メキシコシティ歴史地区へ
日本メキシコ学院を出発した一行は、昼食のためにメキシコシティ歴史地区へと向かう。
市内に入ると、バスの車窓からは建物の屋上からメキシコの国旗を表す緑、白、赤色の大きな幕が垂れ下げられているのが見え、メキシコ国旗もそこらじゅうではためいていた。
メキシコ人ガイドが説明してくれるが、スペイン語しか話さないので要領を得ず、当初は1985年に発生したメキシコ地震から今年で30周年を記念してたくさんの国旗が掲げられているものと思われた。しかし、後日、日本語の分かる別のガイドに聞くと、9月は独立記念日があったからと教えられた。
また、歴史地区に入ると、男性は短パン一つ、女性は上半身を露わにしたメキシコの原住民と見られる人々が巨大な横断幕を掲げ、マニフェスト(政府への抗議運動)を行っていた。
午後2時、遅い昼食を市内歴史地区のソカロ中央広場に面するホテル「マジェスティック」の7階で取る。同所は中央広場が一望できる観光ポイントでもある。
記者と同席した山下美佐尾さん(73、2世)は、コチア青年2次4回生の夫・山下哲男さん(75、鹿児島)と一緒に初参加。サンパウロ州バルジェン・グランデ市に住み、同地のADESC(農協婦人部連合会)仲間に誘われたという。
「10年ほど前までは養鶏をやっていたので、なかなか家を空けることができなかったけれど、今はADESC一本」で活動しているとし、バルジェン・グランデの月2回開催されるADESCのフェイラで、焼きそばや天ぷら等を販売しているそうだ。
メキシコの印象について美佐尾さんは「少し昔のブラジルという感じで落ち着きがある」と率直な感想を述べ、「ファミリアで行く旅行もいいけど、このツルマ(ふるさと巡り一行)で大勢で行くのも楽しみがあるよね」と笑顔を見せていた。
昼食を済ませた一行はグループごとに分かれて、ソカロ中央広場に面するメトロポリタン大聖堂などを見学した。しかし、メキシコ人ガイドのスペイン語が分かりづらく、日本人が多い我々第2グループのメンバーからは「せっかく説明してもらっても、言葉が分からない」と不満の声が複数から挙がっていた。
この日の公式スケジュールを終えて、午後5時ごろホテルにチェックインした一行だが、90人もの団員がホテルに2台しかないエレベーターを使用するため、ロビー周辺はしばらくの間、ごった返していた。
夕食は午後7時に団員全員がホテルで取ると言われていた。しかし、遅い昼食だったために夕食には時間が早いことと、公式行事がこの日は終了したため、記者たちはブラジルから同行した日系ガイドに「夕食は公式行事ではなく自由参加であること」を確認し、同ガイドの了承を得た上で外出。メキシコシティの庶民の雰囲気を楽しんだ。
しかし、翌日の9月26日の朝食の時、前日の夕食の席に山田彰(あきら)駐メキシコ日本国大使が出席したことを県連関係者から聞き、面食らった。山田大使は9月26日夜に予定されていた日墨協会(和久井伸孝会長)主催の歓迎夕食会には所用で出席できないために、その前日にふるさと巡り一行に顔を見せたという。夕食会では山田大使自ら団員の各テーブルを一つずつ回って交流を深めたことを伝え聞いたが、「後の祭り」だった。(つづく、松本浩治記者)
サンパウロ新聞 2015年10月15日付
