06/03/2026

Dia: 23 de outubro de 2015

ニッケイ新聞 2015年10月23日 ブラジル広島センター(平崎靖之会長、会員家族数360)は25日午前10時から、『創立60周年記念式典』をブラジル日本文化福祉協会大講堂で盛大に祝う。湯崎英彦県知事、平田修己県議会議長、松井一實市長、永田雅紀市議会議議長、町村会の吉田隆行会長、サンパウロ州マリリアと友好姉妹都市提携を結ぶ東広島市の蔵田義雄市長、広島日伯協会の白井孝司会長らを中心に65人の大型慶祝団を迎える。1955年の芸備協会発足から60年―。この機会に母県広島と関係を再確認し、日伯関係の強化に力を入れる考えだ。 ブラジル広島文化センターは2003年の会館建設を機に、日系社会はもとより、地元ブラジル人社会にも文化、スポーツ活動の拠点として親しまれている。ヨガや空手教室のほか、隣接する体育館ではバレーボールやフットサルの歓声が響く。260人を収容するサロンでは、週末に様々なイベントに利用され、カラオケ、ダンスなどの練習会場としても広く利用されている。 特記すべきは、「ブラジル神楽保存会」の活動だ。日本国外唯一の神楽団として1970年、県人会員らによって発足した。一世の減少により活動を休止したが、故郷の誇る文化をより多くのブラジルの人々に見せたいと、若い二世らを中心に活動を再開。サンパウロ市を中心にブラジル各地で公演、大きな反響を呼んでいる。 25日午後3時からは、同講堂で本場広島から来伯する20余人による公演『紅葉狩・八岐大蛇』が行われるので、ぜひ会場に足を運んでほしい。県人会唯一のデイケアサービスだった「もみじの会」も現在諸事情により中断しているが、この60周年に再開させる予定だ。平崎会長は、「目下進行中の会館リフォームを機に、活動を活発化させたい」と意気込んでいる。   ブラジル広島センター歴代会長 初代=武田義信(1955~57)、2代=竹内秀一(57~58)、3代=柞摩宗一(59~63)、4代=村上智(64~70)、5代=前野豊(70~74)、6代=池森春三(74~82)、7代=中川清人(82~85)、8代=定常大二良(86~87) 、9代=力石敏雄(88~89)、10代=田中洋典(89~90)、11代=定常大二良(91~98)、12代=田中洋典(99~00)、13代=大西博巳(01~15)、14代=平崎靖之(15~現在)。   原爆ポスター展 24日(土)~11月6日までMemorial da América Latina, Barra Funda,...
ニッケイ新聞 2015年10月22日 広島県の伝統芸能「広島神楽」の公演が25日、「広島文化センター創立60周年式典」後の午後3時から、文協大講堂(Rua Sao Joaquim, 381)で行われる。入場無料だが、午後1時半から整理券を配布する(1人2枚まで)。開場は午後2時。 母県から総勢25人の大所帯を迎え、大迫力の公演を届ける。演じられるのは代表的な「紅葉狩」と、須佐之男と火を噴く巨大な大蛇が対峙する圧巻の「八岐大蛇」。日本から面や衣装のほか大道具も持ち込まれる。本場の神楽団が来伯するのは2008年の移民百年祭以来だ。 県内には150以上もの神楽団が存在するが、来伯するのは選抜された17人の演者と裏方合わせた25人。来社したブラジル広島神楽保存会の皆さんは、「日本でも中々見られない」といその貴重さを語る。 問い合わせは同センターまで(11・3207・5476)。
◆記念式典ブラジル広島文化センター(平崎靖之会長)は、創立60周年記念式典を25日午前10時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の文協記念講堂(Rua Sao Joaquim,381)で開催する。案内のため、平崎会長、重田エルゾ、中森紳介両副会長、県人会員の橘愛子氏、佐々木敏江氏が来社した。 当日は広島県から湯崎英彦県知事、平田修己議会議長をはじめとする総勢65人の慶祝団が来伯し、記念品贈呈や県知事表彰などが行われる。式典終了後の正午頃から祝賀会に移行し、「サンバ」「広島神楽サンパウロ公演」を実施する。 ◆広島神楽公演60周年記念式典の一環として、「広島神楽サンパウロ公演」が25日午後3時から同文協記念講堂で開催される。当日は広島県から来伯した神楽団が「紅葉狩り」「八岐大蛇」の2演目(各40分間)を、ブラジル神楽保存会が「恵比須」(20分間)を披露する。 平崎会長は「来場者に配布するプログラム資料には神楽の魅力が存分に伝わるように日伯両語で説明を施した。会場の都合で座席数に限りがあるが、1人でも多くの方に広島神楽を楽しんでもらいたい」と来場を呼び掛けた。入場無料。先着900人で入場券(1人あたり2枚まで)を午後1時半から無料配布し、午後2時から開場する。 ◆「被爆70周年記念 広島・長崎原爆ポスター展」広島県人会、長崎県人会、ブラジル被爆者平和協会は「被爆70周年記念 広島・長崎原爆ポスター展」を24日から11月6日まで、聖市バラ・フンダ区のラテンアメリカ記念館(Av. Auro Soaresde Moura Andrade, 664)で実施する。 開会式が24日午前10時半から開かれ、来賓には中前隆博在聖総領事や松井一實広島市長、永田雅紀市議会議長が臨席する予定。同展覧会には計30作品のポスターのほか、聖州立学校の生徒らが折った千羽鶴も飾られる。無料だが、参加希望者はスーツとネクタイを着用のこと。 問い合わせは、同県人会(電話11・3207・5476)まで。 2015年10月21日付
日墨協会で受けた熱烈歓迎 小雨の降る中、日墨協会に到着したふるさと巡り一行は、和久井伸孝会長をはじめとする同協会会員たちの出迎えを受け、会館内へと案内された。 総面積2万平米を誇る同会館敷地内には日本庭園、日本食レストラン、プールやテニスコートも整備されているほか、「榎本殖民」をはじめとする約2000人に及ぶ先亡者たちの名前が一人一人刻まれている慰霊碑もある。 中畝(なかうね)明博事務局長によると、1956年に創立され来年60周年の節目の年を迎える同協会は、初代会長の故・松本三四郎氏が2万平米のうちの半分の1万平米の土地を寄贈して創設されたものだという。 日本庭園は、クエルナバカで7年ぶりの再会を果たした草川和田明子さん(74、2世)の娘・春美さん(50、3世)の義父に当たる小木曽貞義さん(81、岐阜)が約30年前に造ったものだ。小木曽さんは明治大学農学部を卒業後、恩師の勧めと親戚の呼び寄せで59年に24歳で単身メキシコに渡り、造園技術を学んだ。 昨年7月下旬には安倍晋三首相夫妻が同地を訪問し、20年ほど前には父親の故・安倍晋太郎氏も同庭園を視察した経緯がある。30年前に庭園を造った時は「枯山水」にしていたが、3年前から人口池を造り変えたという。 メキシコ岐阜県人長良会の会長でもある小木曽さんは造園業一筋で生きてきたが、日墨協会理事も約20年にわたって務め、現在もボランティアで日本庭園の管理を行っている。長良会の会員は現在10人ほどで、「以前は商社や企業の人も入っていましたが、帰国したため会員も少なくなりました」と寂しげな様子だった。 会館内での歓迎夕食会を前に、ブラジル側からは本橋幹久県連会長、メキシコ側からは和久井会長、メキシコ日系社会の名士である春日カルロス氏、前会長の戸田眞氏、在メキシコ日本国大使館の清水享公使らが会館敷地内にある先亡者慰霊碑に献花を行い、一行は雨天のため歓迎会会場である会館2階からそれぞれ黙とうを行った。 和久井会長の説明では、慰霊碑には毎年30人ほどの日本人及び日系人の物故者の名前を刻み続けているという。 改めて会館2階で歓迎夕食会が開かれ、メキシコ側からの64人を含めた約160人が一堂に会した。日墨協会の配慮により伯墨両国の出席者が出身県人別にテーブルに座り、日墨協会の中村剛副会長の歓迎ムード溢れる司会で進行、各県ごとに出席者が紹介された。メキシコには宮城、福島、新潟、埼玉、長野、岐阜、滋賀、京都、和歌山、岡山、福岡、沖縄などの県人会があるそうだが、会はなくても広島や大阪出身の出席者もいた。 あいさつに立った和久井会長は、「90人もの日本人及び日系人の方々をお招きするのは前代未聞で、協会の歴史始まって以来のこと」と歓迎の意を表した。また、同協会が来年創立60周年を迎え、2017年には「榎本殖民団」がメキシコの地を踏んで120周年の節目になることにも言及。「メキシコの熱い熱い日系の思いをお持ち帰りいただきたい」と述べた。 2004年から07年まで在ブラジル日本国大使館で勤めた経験のある清水公使のあいさつに引き続き、ブラジルを代表して本橋県連会長があいさつ。ふるさと巡りの経緯と県連のメイン行事である毎年恒例の日本祭りなどについて説明し、和久井会長が今年7月の日本祭りにメキシコから参加してくれたことや今回の歓迎会などへの感謝を表した。 両会長による記念品交換に続き、春日氏が「ブラジルの皆さんの1%しか日系人がいないメキシコですが、皆さんの100倍頑張りたいと思います」と激励。中村副会長の音頭により、メキシコ名物「マルガリータ(テキーラを使ったカクテル)」で乾杯が行われた。(つづく、松本浩治記者) 2015年10月21日付
「魅惑の町」指定のタスコ市 「銀が取れる町」として鉱物資源豊かなタスコ市。標高約1800メートルで周りを山々に囲まれている。山の斜面には白色を基調とした家がびっしりと建っているほか、山頂にはキリスト像もあり、どことなくリオのファベーラを彷彿とさせる。 ガイドのセサルさんによるとメキシコでは現在、「魅惑の町」観光プロジェクトを推進しており、全国に86カ所の「魅惑の町」が設けられているという。「魅惑の町」に指定されると政府から助成を受けられるとし、タスコ市もその町の一つ。同市は近い将来、世界遺産になる可能性も高いそうだ。 また、同市では坂が多く道が狭いため、白色に統一された馬力のあるカブトムシ(フォルクス・ワーゲン車、ブラジルのフスカ)がタクシーとして活躍しているとセサルさんが説明してくれた。 タスコ市街に入る前に我々第2グループは、銀細工の土産物屋で一旦停車。銀についての説明を聞く。それによると、1キロの銀を取るためには、4トンの銀鉱物が必要になるという。その後、銀製品の土産物を見て回るが、食事用のナイフが1本7200ペソ(約5万円)もするなど高価で、庶民である記者はとても手が出ない。 午後1時40分、この日も遅い昼食をタスコ市の眺望の良いレストランで取る。 昼食後、3人一組に分かれてカブトムシ・タクシーに分乗し、「超バロック様式」の彫刻が施されているというサンタ・プリスカ教会へと向かう。カブトムシ・タクシーの助手席は取り外されており、客は後部座席に3人が並んで座ることになる。 くねくねした狭い道を排気音をうならせて上がると、開けた場所に外観がピンク色のサンタ・プリスカ教会がそびえていた。教会前広場には、観光客を目当てにした地元の物売りが群がり、大人も子供も関係なく民芸品やガムなどを売りに集まってくる。 班ごとに教会内部を見学すると、キリスト像など壁に装飾された立体的な彫刻が迫ってくるかのようで、「超バロック様式」と言われるのもうなづける。 教会を見学し終えて広場に出ると、ここでも小規模なマニフェスト(反政府デモ)をやっていた。ガイドのセサルさんに聞くと、昨年ゲレロ州イグアラ市で大学生43人がバスでの帰路に警察からの襲撃を受けて行方不明になっていた事件への抗議運動だと説明してくれた。 この日の観光を終えたふるさと巡り一行は、午後4時にタスコ市をバスで出発し、メキシコシティまでの160キロの道のりを約2時間半かけて戻った。 メキシコシティに入ると雨模様となっており、午後6時40分、市内コロニア・ラス・アギラス地区の「富士山(ふじやま)通り」にあるメキシコ日墨協会に到着した。(つづく、松本浩治記者) 2015年10月20日付