06/03/2026

Mês: novembro 2015

9月初句に鬼怒川が決壊するなど栃木県、茨城県を中心に甚大な被害が出た豪雨災害に対して、ブラジル茨城県人会が行った見舞募金活動の報告に同会の小林操会長をはじめとする関係者一同が本紙を訪れた。 今月15日で締め切ったという見舞金は総額約4万レアルで、これらは同23日から訪日する茨城・ブラジルふるさとリーダー交流事業の代表が知事に贈呈する。同交流事業は今回で19回目。今年は建築家の内田カズキ・ジェルソンさんと、管理栄養士の黒沢エリカさんが研修員に選ばれた。 募金だけでなく、グァタパラ移住地の日系3世、4世の子どもたちからもお見舞いの手紙や絵も届いたという。小林会長は「多くの方たちの温かい好意に感謝の気持ちでいっぱい。茨城県人会以外の日系団体からも多くの募金が届き、感激した。ブラジルの日系人たちの結束の強さを実感した」と語った。 サンパウロ新聞 2015年11月20日付
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は、5日午後4時からサンパウロ(聖)市文協ビル内5階の同会事務所で10月度代表者会議を開いた。各県人会代表など37県が出席。9月度事業・会計報告後、第19回日本祭りについて各種報告が行われた。 第19回日本祭りは、「スポーツと健康」をテーマに来年の7月8日から10日までイミグランテス展示場で開催される。広告用のパンフレットも完成し、既に1000枚が印刷されている。 実行委員会は「来年の日本祭りは今年以上に支援金を集める必要があり、企画会社のGLも心配している」と窮状を説明し、対策を考える必要性を訴えた。1つの案として、実行委員会は「有力なスポンサーの広告箇所を新たに会場内に増やすことで、支援金を多くもらえるようにする。そのために、郷土食広場の各県人会のブース正面上に設置されている『各県の名前が入った看板』を利用。看板面積半分に同スポンサーの名前を入れる代わりに、広告代として支援金を多く出資していただけないか先方へ打診する」と発表した。 サンパウロ新聞 2015年11月19日付
今年で37回目となる兵庫県若手地域農業リーダー海外派遣団(松元一師団長)が7日から来伯し、各地で研修を行った。今年度は兵庫県立農業大学校から3人、同県立農業高校、同県立有馬高校、同県立上郡高校から9人の計12人の生徒が参加し見聞を広げた。 一行は7日にブラジルに到着。サンパウロ(聖)市の移民史料館見学など市内観光をし、その後聖州マリリア市へ移動した。現地ではコーヒー農場や果物農園見学、地元日系団体と交流を行った。 9日にはJACTO社の見学、パラナ州のアプカラナ高校では同年代の生徒らと共同実習を行った。同州マリンガ市では非日系を含む一般家庭でホームステイを体験。14日はイグアスの滝を見学、同州クリチバ市では山下農園やブラジル兵庫県事務所を訪問した。 16日に聖市に戻り、リベルダーデ区のニッケイパレスホテル地下レストランで集まったブラジル兵庫県人会員らと食事をして懇談、最後の夜を楽しんだ。 食事会では一人一人自己紹介をし、ブラジルについてのクイズ大会などで盛り上がり、正解者には県人会から景品が贈られた。また県人会から生徒らにサンダルとミサンガが贈られ、松元団長と生徒からは兵庫県の名産が県人会へ贈られた。 研修を通しての感想について、学生リーダーの西山智大さん(農大2年)はマリンガ文協で見たソーラン節に驚いたと話し、「修行をした後、将来は農家としてブラジルへ戻ってきたい」と大きな夢を語った。 五十嵐玲さん(農大1年)はホームステイが楽しかったそうで、「ホスト家族とシュラスコを食べたり、クリスマスツリーを作ったのが思い出」と笑顔を見せた。 堀川裕貴さん(上郡高校2年)はアプカラナ高校の実習で見た豚の解体が印象に残っていると話し、「日本では気絶してから解体するが、こちらでは生きたままやる。可哀そうだと思ったが、自分たちが食べていくためには仕方ないと割り切れた」と自身の成長を感じ取った。 小仲優樹さん(有馬高校1年)は「ブラジルの農業は日本と比べ、機械化されていると思った。機械自体も大きい」と冷静に分析した後、「イグアスの滝に突っ込むボートに乗って楽しかった」と高校生らしい一面も覗かせた。 サンパウロ新聞 2015年11月19日付
ニッケイ新聞 2015年11月20日 沖縄県人会サントアンドレー支部(儀間マリオ会長)は「創立60周年」「第35回敬老祝賀演芸会」「うるま婦人会45周年」「老荘会25周年」の記念式典を15日午後3時からうるま会館で開催した。会場を満杯にした約300人は、式典後、6時過ぎからは伝統芸能を夜9時半頃までゆっくりと堪能した。 会場の前半分は80歳以上の101人のための敬老席が占めた。その中には来月103歳になる新城トシさん(名護市)の姿も。儀間会長は「移民107年の歴史に皆で新しい一章を書き加えている。私は笠戸丸移民の子孫として、この日を迎えられたことを誇りに思う」と挨拶した。 祭典実行委員長の宮城あきらさんは、当市最初の県系人入植者が、サントス強制立退き(1943年)の末に翌年たどり着いた大城助一・ウト家族であり、戦後移民が押し寄せる機運の中で55年に創立し、66年に会館建設につながった歴史を振り返った。更に4つの記念事業として「功労者の表彰」「トイレの改修と地下排水管工事」「台所移設や小2階増設など」「門前にイッペーと沖縄桜の植樹」と実行中だと報告した。 うるま婦人会の玉城安子会長も「記念事業の資金集めに婦人会は率先して協力している。より良い会館に増改築して、我が子や孫たちの未来に贈りたい」とのべた。うるま老荘会の糸洲三郎会長は「老荘会をより活気づけるために会員数を100人にしたい。新規加入を」と呼びかけた。 サントアンドレー日系連合会の喜納ジョルジ会長、ペドロ・デ・トレド市長代理のカワタ・セルジオ市議の祝辞の後、80歳以上の氏名が読み上げられ、中でも100歳以上の3人には表彰状と記念品が贈呈された。 歴代支部長・婦人会長、10年以上金勤続の区長、芸能・文化団体ら功労者・団体等への感謝状贈呈が行われた。同会館で卓球を練習してラ米優勝を果たした仲田なおみ(17)、南米1位になった木元あゆみ(13)、聖州1位の内間ひかり(15)3選手にも功労表彰が渡された。 最後に、国郷ノリヤス元下議から山城勇支部相談役にグランクルス章が伝達された。山城さんは「感激している。次の70周年、80周年に向けてがんばって」と謝辞を語った。島袋栄喜県人会長は「数ある支部の中でもウチナーの心を大事にし、県人会の大きな支えとなっている。ここは住み心地が良いから101人も高齢者がいる。これからも沖縄のチムグクル(●)を若者に植え付けて」と称賛した。 その後、祝賀演芸会となりサントアンドレー古典音楽愛好会、琉舞玉城流てだ伯洋の会、琉球民謡愛好会、空手剛柔流山内盛宏道場など多数の芸能・スポーツ団体が日頃の練習成果を披露し、カチャーシーで盛り上がる中、終幕した。   □関連コラム□大耳小耳 沖縄県人会サンドアンドレ―支部70周年の敬老席にいた高良アレシャンドレさん(85、二世)に感想を聞くと、「このような行事は大切だ。若者は行事がなければ文化に触れる機会もない。行事を重ね、人が集まり続けることで、沖縄の文化や記憶が継承される。その基礎が会館だ」と知的な回答がかえってきた。訊けば、元大学教授だとか。同支部は人数の動員力だけでなく、集まっている人のレベルもなかなかのモノ。   ■ひとマチ点描■コロニアで最も元気な103歳 「1912年12月12日生まれ、なぜか12続き!」とカラカラと笑いなら自己紹介するのは、来月103歳になる新城トシさん(名護市)だ。数え年●なら104歳だ。 沖縄県人会サントアンドレー支部の記念式典に自ら歩いて出席した。眼鏡も補聴器も付けず、記者と会話し、毎日カーベットや座布団をミシンで作って婦人会に寄付している。 「独身時代、沖縄で裁縫を習ってきたからミシンも筋金入りよ」とはるか90年近い昔を振り返る。名護で学校を卒業した後、神奈川県川崎市の川崎紡績に出稼ぎに行き、1936年に家族で渡伯した。ジュキア線アナジアスでバナナ作りをした後、同地に転住した。...
ニッケイ新聞 2015年11月17日 ブラジル沖縄県人会ヴィラ・カロン支部(上原テーリオ会長)が『第13回沖縄祭り』を7、8日両日、同支部前のマンシェステル・クラブで開催し、過去最高 の約3万人が訪れた。集客の最大の原動力になったのは、特別ゲストとして両日公演を行った沖縄県出身で日本の人気バンド『BEGIN』だ。公演後の10 日、聖市内ホテルで本紙単独取材に応じ、3度目の来伯の感想を語った(全文掲載の別ページはこちら)。 7日午後8時過ぎ、『BEGIN』の出演が間近になる頃には1万人が集まった。3人が姿を現すと、大きな拍手と共に上がった「おかえり」の声に「ただいま!」と返した。 最初は「バルーン」や「シュハスコ」など、ブラジル風のナンバーを届け、中盤には演奏に合わせて琉球国祭り太鼓やレキオス芸能同好会が演技し、観客を沸かせた。 代表曲「涙そうそう」「島人ぬ宝」はもちろん、アンコールでは観客の声に応じ、何と5曲を演奏。計15曲の最後は観客全員が立ち上がり、1万人が総「カチャーシー」状態に。熱狂を残したまま舞台を降りた。 午後5時からの開会式には、呉屋春美文協会長はじめ、3団体代表、日系議員が勢ぞろいした。沖縄系二世の神谷牛太郎聖市議の姿もあり、祭りの開催を祝福した。 100を越すバザリスタの中には、市内の沖縄料理店、各県人会支部が数多く出店。山羊汁が名物のサンマテウス支部の久重茂雄会長(56、ボリビア二世) と、ヴィラ・カロンで食堂を経営する金城シゲマサさん(55、二世)は「県人同士が交流する場にもなっている。毎年楽しみでしょうがないよ」と肩を組ん だ。 2日目にも友人のブラジル人ミュージシャンが多数応援に駆け付ける等、初日同様に祭りを盛り上げた『BEGIN』。10日に聖市内のホテルで、これまでの沖縄県人との交流を振り返る単独取材に応じた。 「『BEGIN』にではなく、沖縄祭りに集まった人をどう楽しませるか」を心掛けてステージに上がったというボーカルの比嘉栄昇さん。公演を振り返り、地元エイサー太鼓隊の存在が、「皆のステージなのだという気持ちを伝えてくれて、すごく有難かった」と話した。 電子ピアノの上地等さんは、会場からの「おかえり」の言葉に「仲間と思ってもらえて本当に嬉しい」、「3回も来るとまた会いたい人が増えてきて、ライブとかでは無く、純粋に友達に会いに来たい」と語った。 来年はブラジル沖縄県人会、同支部がそれぞれ創立90周年、創立60周年を迎えることを伝えると「え? 来年来た方が良かったんじゃない?」と冗談を交じりに驚いた顔を見せ、「出来ることがあれば、やるつもりでいます」と協力を約束した。   ■ひとマチ点描■南大河州の『BEGIN』ファン...
ニッケイ新聞 2015年11月18日 茨城県常総市は9月に記録的な「東日本豪雨」に見舞われ大被害が出た。ブラジル茨城県人会(小林操会長)はこの被害に対し、9月末から募金を呼びかけていたが、今月15日をもって終了。予想を超える約4万レアル(約130万円)が寄せられた。「第19回茨城ブラジルふるさとリーダー交流」代表の内田カズキさん(38、三世)は今月30日に表敬訪問して、募金を直接知事に届ける予定。小林会長、黒沢儀人副会長と共に来社し、募金者への感謝の気持ちを伝えた。 常総市には約4千人の外国人が居住し、その大半がブラジル人と報道されている。同市を流れる鬼怒川の堤防が決壊した際、日本語が分からない外国人に避難指示が伝わらず、工場で働き続けていたとの報道もあったこと等で記憶に新しい。 不況突入で苦しい経済状況下、4万レアルが集まった。「それ程大きく広報はしなかった」と黒沢副会長は語る。他県人会など団体の協力はもちろん、留学生OBらは300~500レを当たり前のように出し、個人では聖州各地、遠くはミナス・ジェライス州、パラナ州からも150あまりの個人・団体が日本を想う気持ちを寄せた。 小林会長は「県とゆかりの無い方からも多くの募金が寄せられ感激している。皆さんに心から感謝したい。たとえ少しでも、母県で苦しんいる人達の助けになれば」と話した。 県人が多いグァタパラ移住地の日本語学校生徒数人は、日本語の励ましの手紙を内田さんに托した。生徒の一人、大津慎也さんは「手をつないで頑張ろう」と大きく書かれたポスターを作成した。 内田さんは聖市で建築士として勤務。交流事業では県内メーカーの視察を主に行う。約1週間の短い滞在だが、被害にあった常総市のブラジル人学校「エスコーラ・オブソン」を訪問、同校生徒に「働くこと」をテーマに講演を行なう。なお同交流事業には、管理栄養士の黒沢エリカさん(27、三世)も参加する。
婦人会45周年、老壮会25周年も記念山城勇さんがグラン・クルス章受章 沖縄県人会サント・アンドレ支部(儀間マリオ支部長)創立60周年、うるま婦人会創立45周年・老壮会創立25周年を兼ねた記念式典が、15日午後3時からサント・アンドレ市の同支部「うるま会館」で開催され、関係者ら約300人が出席した。式典では、数え年で104歳の新城(あらしろ)トシさんをはじめとする80歳以上101人への高齢者表彰と各種功労者表彰が行われたほか、最高相談役の山城勇さん(87)にグラン・クルス章が授与された。 式典は、開拓先亡者への黙とう、日伯国歌斉唱、来賓紹介に続き、儀間支部長があいさつ。この日の式典が支部創立60周年、婦人部創立45周年・老壮会創立25周年に加え、第35回敬老祝賀会も兼ねていることに触れ、「オジーさん、オバーさん、心からおめでとうございます。チバリヨー(頑張れ)」と高齢者を激励し、先人への感謝とともに次世代の団結を一層強めてさらに発展していくことを強調した。 引き続き、宮城あきら祭典実行委員長が式辞を述べ、1944年にサントスから転住した大城助一・ウト家族が最初に同地に入植し、55年5月10日に大城氏、金城政次郎氏、平田志安氏、高江洲盛吉氏ら18人の創立会員によってサント・アンドレ支部が結成されたことを説明した。また、会員の活動拠点である「うるま会館」が66年12月18日に建設されたことにも言及。(1)会館の改修工事(2)支部役員及び功労者の表彰(3)会員の15年ぶりの実態調査実施(4)会館前での植樹、の4つを60周年記念事業として挙げ、「子弟の職業調査に力点を置き、ブラジル社会に広く進出している姿を明らかにし、ブラジル社会との交流、ウチナーンチュ子弟同士の交流の幅を一層広めたい」と意気込みを見せた。 玉城安子婦人会会長、糸洲三郎老壮会会長のあいさつ、サント・アンドレ日系連合会会長の喜納ジョルジ会長など来賓の祝辞に続き、最高齢者で数え年で104歳になる新城さん(名護市出身)をはじめとする80歳以上の高齢者101人の名前が一人一人読み上げられた。高齢者を代表してこの日出席した新城さん、103歳の高江洲盛吉さんと100歳の国吉和さんの代理にそれぞれ表彰状と記念品が手渡された。そのほか、特別功労賞、功労賞、歴代支部長、歴代婦人会長、歴代老壮会長、10年以上永年勤続区長、芸能・スポーツ功労団体、青少年・老壮スポーツ功労者がそれぞれ表彰された。 その後、同支部最高相談役で今年12月で88歳となる山城勇さんにグラン・クルス章が授与された。山城さんは「支部創立60周年の節目の年にこうした勲章をいただき、誠にありがとうございます。ウチナーンチュのさらなる発展を念じながら、次の70周年、80周年とこの喜びを伝えていきたい」と謝辞を述べた。 次女の愛子さん(72、2世)と一緒に出席した104歳の新城さんは1912年12月12日生まれ。36年に24歳で渡伯し、ジュキア線のアナジアスに入植。バナナ作りに従事したという。現在は趣味のミシンでタペッチ(じゅうたん)などを作るのが楽しみだという新城さんは「仕事が好きです」と語り、充実した表情を見せていた。 サンパウロ新聞 2015年11月18日付
岐阜県人会(山田彦次会長)がサンパウロ市リベルダーデ区の同県人会館(Rua da Glória, 279)で行っているパソコン教室では、2016年の生徒10人を募集している。 教室は坂野政信氏指導により、月曜日から金曜日の午前9時から午後5時まで1クラス2時間制で行われている。文書作成ソフト「WORD」やインターネットの操作方法、Eメールでの連絡のやりとりなどを学ぶ。 月謝は会員は150レアル(50レアル3回払い)、非会員は210レアル(70レアル3回払い)。 山田会長は「生徒の皆さんは教室に来るのを楽しみに通ってきている。2世や3世で日本語が分からない人も日本語入力を通じて、日本語を学ぶ良い機会になるのでは。月謝も通いやすい値段になっていると思う。申し込みはお早めに」と話した。 問い合わせは同県人会事務局(電話11・3209・8073か、3208・4207)まで。 サンパウロ新聞 2015年11月18日付
留学・研修生OBが母県から若者招聘 【既報関連】8日に鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典を開催した鳥取県人会(本橋幹久会長)では、活発な動きが目立っている。コーラス部が自費で訪日し、今月21日に鳥取市で地元のコーラスグループとの合同公演が行われるほか、留学生・技術研修生OBが経費を出し合い、来年3月をめどに鳥取県に住む若者をブラジルに招聘する考えだ。8日の式典で、これらの事業が明言された。これまで、母県からの資金援助等で各種事業が行われることが多かった中、県人会が自助努力で資金を出す母県との交流事業として注目される。   ◆コーラス部合同公演 鳥取県人会のコーラス部は鳥取交流センターで行われている約20ある教室の一つで、大刀(おおたち)ミリアンさんを指揮者に34人のメンバーが活動している。 同メンバーで県人会副会長の千田伊藤初美さんによると、指揮者の大刀さんは1976年にそれぞれ鳥取と福島への留学生として訪日した時の同期で、2008年から同コーラス部で指揮を行っているという。 今回、コーラス部が鳥取市の「わらべ館」で地元のコーラスグループ「コールおもかげ」と一緒に合同公演を行うきっかけとなったのが、約2年半前の13年3月に中堅リーダー研修で来伯した同館童謡・唱歌推進員で声楽家の山尾純子さんの存在だ。山尾さんは千田副会長の知り合いで、中堅リーダー研修で来伯した当時、東日本大震災復興支援ソングの「花は咲く」の楽譜とCDを持参し、鳥取県人会コーラス部に教授した。 二人が鳥取とブラジルで連絡を取り合い、コーラス部メンバーがそれぞれ自費で訪日する初の合同公演が実現した。メンバーの一人で、旅行ガイドをしているという小森田節子さんによると、21日の合同公演ではブラジル側が「サンバレレ」など約10曲を披露し、「コールおもかげ」と一緒に「花は咲く」「ふるさと」などを合唱するという。   ◆鳥取県若者招聘事業 鳥取県若者招聘事業は、現在いる留学生・技術研修生OB99人がそれぞれに資金を出し合い、来年3月ごろをめどに鳥取県に住む20代前後の日本人の若者を数人、約2週間の日程でブラジルに招聘するもの。その目的は、(1)留学生・技術研修生OBたちが現在、どのような活動をしているかを知ってもらうこと(2)鳥取県の若者にブラジルの鳥取県人会の活動を知ってもらうこと(3)ブラジルを見てもらうこと、の主に3点。 同事業の募集は鳥取県内の新聞社、テレビ局などのメディアの協力を通じて行われ、ブラジル滞在期間中はサンパウロ市を中心に北パラナ、聖州第2アリアンサ(鳥取村)を回って鳥取県人及びその子弟と交流を深めるほか、リオなどの観光地も視察する予定だ。 本橋会長は「これまで周年行事の記念式典は華やかに行ってきたが、今後はブラジルと鳥取を結び、後世に残る事業を行うことが大切」と県人会主導型の事業の必要性を強調していた。 サンパウロ新聞 2015年11月14日付
鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典に出席するため来伯していた鳥取県からの27人の慶祝団一行は9日、サンパウロ市北部のオルト・フロレスタル森林公園を訪れ、記念植樹を行った。 同地には2012年の鳥取県人会60周年を記念して327本の記念植樹が行われたが、その後と今回の植樹によりパウ・ブラジル、ジュキチーバなどの在来種88種類で計386本が植えられたことになるという。 植樹には林昭男副知事、斉木正一県議会議長をはじめとする県庁、県議団と民間で構成される慶祝団一行と本橋幹久会長ら鳥取県人会役員も同行。県人会副会長で元聖州森林院総裁の山添源二氏の説明と指導により、創立60周年記念の植樹場所から約300メートル離れた所で新しく27人が植樹を行った。 植樹には、フェルナンド・デシオ聖州森林院副総裁も立ち会い、「鳥取と森林公園を結ぶ集まりができたことは嬉しい。この友好関係を末永く続けたい」とあいさつした。 山添氏は「植樹した苗は多様性があり、数年で花が咲くものもあれば、あまり成長しないものもある。これから5年から10年と長い目で成長を見ていきたい」と説明していた。 2015年11月14日付
8日に開催された鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典で、鳥取県内の八頭(やず)高校時代の同級生だった西原昌彦鳥取ブラジル交流団体連絡協議会会長と西尾雅夫(のりお)コチア青年連絡協議会副会長が懐かしの再会を果たし、当時の思い出話に花を咲かせていた。 西原さんは高校時代、生徒会長を務め、西尾さんとは3年生の時に同級だったという。 また、西尾さんの娘と孫も鳥取県での留学及び研修制度で母県で世話になっており、8日の式典には親子孫3代そろって出席していた。 西尾さんは「今でも鳥取に帰ると同級生たちと会いますが、西原さんに会えて特別に懐かしいです」と笑顔を見せていた。 2015年11月14日付
ニッケイ新聞 2015年11月14日 「親思う心にまさる親心」と日々実感しているブラジル鳥取県人会の本橋幹久会長は、母県への感謝の気持ちを伝えるために、林昭男副知事、斉木正一県議長ら26人の訪問団を迎え、『県費留学・研修制度50周年並びにブラジル・鳥取交流センター設立20周年式典』を8日に同センターで執り行った。 歴代の留学生OBや現在センターを文化サークルの場として利用する人達が式典に参加し、感謝のスピーチや日々の練習の成果を披露した。 99人の留学生・研修生を代表し、県人会理事の西坂幸次さん(33、三世、2010年度)は「先祖の地を訪ね、ルーツ意識を深めることができた。見事な砂丘の光景や梨の味が忘れられない」と思い出深い日々を振り返った。 センターを利用する21の団体からは県の伝統芸能「しゃんしゃん傘踊り」や、非日系中心のダンスグループが訪問団を楽しませ、温かい拍手が送られた。 非日系も在籍するコーラス部は県歌「わきあがる力」、作曲者が県人と言われる「故郷」を会員や訪問団と共に美しく歌いあげた。 県からも県内発祥のスポーツ「グラウンド・ゴルフ」が紹介、実演された。「県人会を中心に普及させて欲しい」という言葉と共に、専用のクラブが贈呈された。 県国際交流財団から県人会へ表彰状が送られ、訪問団と県人会が記念品を交換し合い、友好を確かめ合った。 挨拶では平井伸治県知事もビデオでコメントを寄せ、「センターの活用は嬉しいこと。会員の方々にはこれからも日伯の友好に貢献して欲しい」と述べた。 林昭男副知事、斉木正一県議長、中前隆博在聖総領事、原島義弘県連副会長、飯星ワルテル連邦議、野村アウレリオ市議らも続いた。 途中、県人会創立60周年時より継続される記念事業「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹証明書の授与も、プロジェクト代表の山添源二県人副会長から訪問団に手渡された。翌9日には聖市オルト・フロレスタルを訪問し、以前植樹した木々の成長を眺めつつ、末永い友好への願いを込めて新たに植樹も行われた。   県費留学・研修50年=父の一言に背中押され開始=日本の親戚との絆も深まる 他県では中止が相次ぐ中、鳥取県による県費留学・研修制度は今年で50年の節目の年を迎えた。式典には母県への思いを伝えるため、多数のOB・OGが駆けつけた。留学制度開始のきっかけを作ったのは、式典でも挨拶を述べた第1期生の田中勝子さん(76、二世)だ。 田中さんは以前から日本に憧れがあり、訪日を夢見ていた。しかし、滞在費のために「東京でアルバイトでもする」という田中さんの意見に、父が「半端なことをするな」と反対すると同時に、「他県と同様に県に留学を頼んでみては」と提案した。 そんな1964年5月、たまたま石破二朗知事(当時)が来伯。田中さんはこの絶好機をとらえて面会を申し込んで直談判した結果、「検討する」との返答を得た。 その後、短期間の約束で訪日、東京の親戚の家で世話になっていた8月に「県費留学を開始、留学生として認める」との突然の電報が田中さんを驚かせた。...
ニッケイ新聞 2015年11月13日 2011年3月に起きた東日本大震災の復興状況報告のため、福島県庁から国際部の馬目常寿副課長らが来伯。7日に聖市の福島県人会館で、ポ語通訳つきの報告会を開催した。写真やグラフを使った説明に満足する人がいる一方、「質疑応答の時間が無かった」という不満の声も聞かれた。 会場が満員となる60人以上が参加し、関心の高さをうかがわせた。受付で同県の紹介パンフレットと、ポ語で書かれた説明資料が配布された。 諏訪慎弥主査が、「現地に住む私達には信じられないようなマイナスイメージが広まっている」と、食品を中心とした風評被害の深刻さを語った。 パワーポイントを使用して、馬目副課長が県を紹介。同県の地理的特徴、会津若松城(通称鶴ヶ城)をはじめとする名所、名物、伝統行事などが映像で流された。 震災当時の写真も表示すると、福島第一原発を大津波が襲った様子が映され、「うわぁ…」という声が会場のあちこちから聞かれた。 また放射能の広まり具合を示した図を出し、「現在でも立ち入り出来ない地域がある」と解説。今年の7月時点でも避難生活を送る人が10万人以上いると話した。 第一原発の廃炉については、「中に残っている核燃料をいかに取り除くかが課題」とし、施設が解体され処理が終わるのは2040年から2050年頃と述べた。 復興状況について、道路や貿易港などの写真を出し、震災当時と改修後を比較。避難指示区域以外では92パーセントに着工し、74パーセントが完了したと報告した。 風評被害によって農産物や水産物の売上高が落ち込んだ様子を、グラフで表示。出荷時に放射性物質の数値検査を行い、EUや米より10倍程度厳しい国内基準に照らし、合格品のみ出荷していると解説した。 報告が終わり、大槻立志主幹が福島に原発が存在する理由を明かした。「原発で作られた電力は、ほとんど福島では使われていない」の言葉に、会場から驚きの声が上がった。「昔から東京で使うための電力を、火力・水力・原子力発電所で作ってきた」と解説。 最後に諏訪主査が「ぜひ福島に来てください」と結びの言葉を述べると大きな拍手が起こった。 地下ホールで福島県産の米を使ったおにぎり、お寿司、日本酒などが振舞われ、「おいしい」の声が聞かれた。聖州レジストロから来た直井幸子さん(77、神奈川)は、「今日参加して改めて福島に関心を持った。豊かな伝統のある県なので、みんなで大事にしていきたい」と、満足した顔で感想を話した。 一方、同県大玉村出身の渡辺三男さん(48)は、「質疑応答が無かったのが残念。ブラジルには浪江町からの移住者も多い。30年後あそこに住めるかどうか、みんな知りたがっている」と残念そうに語った。   □関連コラム□大耳小耳 福島報告会では「質疑応答が無い」ことに不満を持った人がかなりいた。逆にいえば、それだけ関心が高かった。わざわざ日本から来たのに質疑応答の30分がどうして作れないのか―とちょっと疑問に。中には「第二の福島は本当に出ないのか」という切実な疑問を持っていた人も。一行のスケジュールがどうか知らないが、サッカー博物館の見学はしても、肝心の説明が足りないのでは本末転倒か。次回はぜひもっと広く説明会を呼びかけ、質疑の時間を設け、人々の誤解や疑問を解きほぐしてほしい。それを積み重ねることが、風評被害の解決にもつながるのでは。
ニッケイ新聞 2015年11月12日 鳥取県人会(本橋幹久会長)は『県費留学・研修制度50周年並びにブラジル・鳥取交流センター設立20周年式典』を8日、聖市の同センターで開催した。母県から林昭男副知事、斉木正一県議長ら26人の訪問団を迎えた。留学制度で99人が訪日を果たし、センターは21のサークルによって利用されている。留学OBは制度の意義を振り返り、各芸能サークルは日頃の練習の成果を披露。県へ感謝の思いを届けた。 本橋会長は「『親思う心にまさる親心』を感じている」と県と県人会の関係性を強調。留学OBの活躍、会館の利用度など県人会の現状を報告した上で、感謝の辞を述べた。 2010年度に留学生として鳥取大学で歯学を学んだ西坂幸次さん(31、三世)は、「専門知識はもちろん、自分のルーツを見つけることに大きな意味があった」とOBを代表し挨拶。 斉木県議長は「鳥取県は人口こそ少ないが、最近は毎年1千人が移住する魅力ある土地」と近況報告し、「県人のブラジルでの活躍は県の誇り。これからも日伯の理解者として尽力してほしい」と述べた。 また県職員としてセンター建設時に尽力した「鳥取ブラジル会」会長の西原昌彦さんは「広く生涯学習の場として使われており、設立の意義を果たしていると実感」と話した。 林副知事は「留学生が県人会の活動の中核になっていることは頼もしい」と述べ、平井伸治県知事もビデオでコメントを寄せ、中前隆博在聖総領事、原島義弘県連副会長、飯星ワルテル連邦議、野村アウレリオ市議らが出席、挨拶した。 母県の国際交流財団より県人会へ表彰状、訪問団からも伝統芸能「しゃんしゃん傘踊り」の傘、郷土品が贈られ、県人を喜ばせた。また県人会からも県を含む訪問団に感謝状を贈り、今後一層の親交を確かめた。 県歌「わきあがる力」を同コーラス部と共に合唱した後、呉屋春美文協会長から乾杯、歓談を楽しんだ。余興では、各文化サークルがしゃんしゃん傘踊りや棒踊りを披露。最後は再び童謡「故郷」を大合唱し、和やかな雰囲気のまま閉会した。
「復興している真実の部分を我々職員の口から直接伝えたい」――。東日本大震災で福島原発の放射能被害を受けた福島県の職員3人が、今月5日から15日までブラジル、アルゼンチン、ペルーの南米3カ国を訪問し、風評被害を受けている同県内の復興の現状について南米各国の県人会関係者を中心に報告している。 来伯したのは、福島県生活環境部国際課の馬目(まのめ)常寿主幹兼副課長、同課の諏訪慎弥主査、同県知事直轄広報課の大槻立志主幹の3人。 一行によると、2011年3月に発生した東日本大震災に伴う福島県内での原発事故後は、除染作業や原発の廃炉など復興作業が進んでいるが、「原発事故から4年8カ月も経っているのに食事や飲み物などに影響を及ぼしていると思っている人たちが少なくなく、危険と思って買ってくれないなど風評被害を受けている」という。 一行は昨年はフランスのパリ、今年は英国ロンドンやイタリアのミラノなども訪問して福島県の現状を訴えており、「直接話すことで現状を分かってもらい、福島の本当に姿を知ってほしい」と強調した。 現在、福島県人会は世界に30カ所あり、「海外に出た時に各国の県人会に協力してもらえると、情報発信がしやすい」と福島県では今回、南米3カ国の県人会にも協力を求めた。 一行は既に7日に聖市リベルダーデ区の福島県人会館とアルゼンチン(8~11日)で現状報告を行っており、11日から15日まではペルーを訪問する。 サンパウロ新聞 2015年11月12日付
交流センター設立20周年記念式典 「母県鳥取に感謝を申し上げることが今回の式典の目的」――。鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典が8日午前10時からサンパウロ市サウーデ区の同交流センターで開催され、鳥取県人会の本橋幹久会長は冒頭の言葉を強調した。式典には留学生・技術研修生OBをはじめ、会員や同交流センターの20を超える各教室参加者など約250人が出席。母県からは林昭男副知事、斉木正一県議会議長をはじめとする27人の慶祝団が来伯し、日伯関係の絆をさらに強化していく考えを表した。 式典では日伯両国歌、先亡者への黙とう、来賓紹介に続き、本橋会長があいさつ。今回の式典が県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年の2つの大きな事業を目的に開催されたとし、現在までに累計で99人の留学生・研修生が母県で世話になったことに言及。また、交流センターでは今や1週間に約400人、20年間で約50万人が使用してきたことにも触れ、「母県鳥取に感謝の気持ちを申し上げることが今回の式典の目的でした」と強調した。 引き続き、2010年度留学生の西坂アンドレ幸次理事が、鳥取での留学体験を通じて専門知識習得をはじめ、自身のルーツを知ることができたことに感謝。さらに、来年3月ごろをめどに留学生・研修生OBたちが中心となって母県の若者をブラジルに招聘することを明言した。 千田伊藤初美副会長は1995年に完成した交流センター建設の経緯を説明。同センターで傘踊り、日本語教室、幼稚園や各種音楽活動を実践するなど有効利用していることを挙げ、今月14日からコーラス部員たちが自費で鳥取を訪問するとし、「将来的に同じ目的で鳥取からの訪問団を迎えることができれば」と述べ、母県への感謝を示した。 平井伸治県知事のビデオメッセージに続き、祝辞を述べた斉木県議長は鳥取県人会の活動について「ブラジルの発展に貢献されてきたことは我々の大きな誇り」と称賛。母県鳥取について「日本一人口が少ないが、日本一魅力を有した県」とアピール。来年のリオ五輪、2020年の東京五輪開催を前に小学生を中心としたトップ・アスリートを育成する「チーム鳥取」を結成したことにも触れ、「郷土鳥取をさらに住みやすい自治体にしていく」と意気込みを見せた。 林副知事、中前隆博在聖総領事、西原昌彦鳥取ブラジル交流団体連絡協議会会長、原島義弘県連副会長らの祝辞に続き、本橋会長から鳥取県側に感謝の記念プレートが手渡された。 「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹証明書授与、各種記念品交換、日系3団体への激励金授与などの後、1964年から1年間鳥取大学に留学した第1回県費留学生の田中山添勝子さん(76、2世)が「鳥取とブラジルのつながりが末永く続くことを祈る」とあいさつした。 鳥取県民歌「わきあがる力」を会場全員で合唱して式典は終了。県費留学生・技術研修生OB及び傘踊りメンバーの野村スミエさん(95)と日本語教室幼稚園部の東フェルナンダちゃん(5)がそれぞれ記念のケーキカットを行った。 鳥取県人会元副会長の霜田育(しもだ・いく)さん(81、鳥取)とともに出席した娘の霜田美夕起(みゆき)さん(55、2世)は、1983年に米子医大に留学した経験を持つ。現在も聖市イタケーラ区で難聴言語障害科の医師として自らの診療所を開業しているとし、「日本が大好きで何回でも行きたいと思っています。鳥取の皆様にお世話になったことに感謝しており、この制度がいつまでも続いてほしいです」と述べ、笑顔を見せていた。 サンパウロ新聞 2015年11月11日付
岩手県人会(千田曠暁会長)は、「第22回餅祭り」を15日午前11時からサンパウロ市リべルダーデ区の同県人会館(Rua Thom痙 Gonzaga,95)で開催する。案内のため、千田会長が来社した。 当日は雑煮を1杯8レアル、焼き餅2個8レアルで販売する。焼き餅は醤油、あんこ、きな粉、くるみ、納豆など様々な味を楽しめる。また、餅祭り前日の14日には大人気の白餅販売も行われ、1袋(500グラム)15レアルで限定購入できる。 約2年ぶりの同祭再開について千田会長は「我々岩手県人会自慢の特製餅です。水を少なくすることで、伸びのある餅に仕上げています。ぜひ、大勢の方に食べに来てもらえたら」と来場を呼びかけた。 問い合わせ、事前申し込み等は 同県人会(電話11・3207・2383)まで。 サンパウロ新聞 2015年11月7日付
岐阜県人会(山田彦次会長)主催の日帰りピクニックが、10月25日に行われた。 当日は午前7時半にサンパウロ(聖)市リベルダーデ区グロリア街の県人会館前に集合。33人の参加者が集まった。道中のバス車内では「岐阜県人会宴会部長」の長屋良武さん(56、岐阜)企画による「到着時間予想ゲーム」とビンゴが行われた。ビンゴの景品として日本製の食器や、山田会長作の絵画の「非売品」クリスマスカードなどが贈られた。 一行は同10時半頃、最初の目的地のイトゥー市郊外のチョコレート農場に到着。聖市内では肌寒い曇り空だったが、現地では暑いくらいの快晴に。農場では当日は見られなかったが、チョコレートの製造過程などが見学でき、敷地内には池や滝、馬や牛が飼育されている。良く晴れた日曜の朝を思い思いに過ごした。農場内の土産屋で蘭の花などを買物していた深川京子さんは「普通の店はせかせかしているけど、ここではゆっくり店員と会話して買物ができて良い」と満足そうに話した。 その後は市内のレストランで昼食。食事の前に参加者33人が自己紹介し、午後に向け一層親睦を深めた。 食事後はパドレ・ミゲル広場周辺を散策。ノッサ・セニョーラ・ダ・カンデラリア教会や巨大なビーボ社の公衆電話を見学し、イトゥー名物の二色のソルベッチで涼を取った。 続いてイトゥー市内のドス・エサジェーロ広場へ。ここには巨大なチェスボードやATM、鉛筆などの設置物があり、最後にサッカーのユニフォームを着た巨人の前で参加者全員で集合写真を撮った。 親娘で参加していた小木曽豊子さん(80、2世)は「晴れて本当に良かった。皆と一緒に遊んだり、歩いたりして楽しかった」と感想を語った。 その後バスは一路サンパウロへ戻り、午後6時解散となった。 宴会部長の長屋さんは「また皆さんと交流を深めることができて嬉しい。今後も継続して続けていきたい」と話した。 サンパウロ新聞 2015年11月7日付
ニッケイ新聞 2015年11月7日 2011年東日本大震災の復興状況を報告するため、福島県庁から国際部の馬目常寿副課長、諏訪慎弥主査、広報課の大槻立志主幹らが来伯した。一般向けに今日7日午後1時から、福島県人会(Rua da Gloria, 721, Liberdade)で説明会を行なう。 復興の進度や原発事故にともなう除染作業、食品の安全性などを訴える。これまでも日本国外で説明会などを行なっており、今年5~10月のイタリア・ミラノ万博でも復興をPRした。当日はパワーポイントを用いての現状報告、県産の米や水の試飲試食も行い安全性をアピールする。 馬目副課長は「未だに福島は危険な場所だと思われている。正しい認識を広めるためにも、多くの方々に集ってほしい」と呼びかけ。諏訪主査、大槻主幹も「今の福島の良い部分を知ってほしい。これからも応援して頂ければ」と話した。 来伯団は8日まで当地に滞在しアルゼンチン、ペルーでも同様の説明会を行なう。問い合わせは同県人会(11・3208・8499)まで。
ニッケイ新聞 2015年11月7日 岐阜県人会(山田彦次会長)が25日、日帰りピクニックで聖州イトゥーを訪れた。5~92歳までの参加者33人を乗せたバスは、午前7時半すぎに聖市内を出発。道中ではビンゴや目的地に到着する時刻を当てるゲームが行なわれ、食器や絵葉書などの賞品が贈られた。 一行はチョコレート農場を訪れ、野に放たれた馬、リャマ、鳥類とのふれあいを楽しんだ。手土産にはチョコ以外に、農産加工品や酒類などを購入し中心街へ。信号機や公衆電話など、名物の巨大オブジェを見て楽しんだ。昼食には巨大パルメジャーナを堪能するなど、イトゥー観光を満喫した。 これまで複数回、同会のピクニックに参加しているナガヤ・エドアルダちゃん(8、四世)は、2度目のイトゥー観光に「大きなオブジェだけでなく、農場でクジャクやアヒルを間近に見られて良かった」と笑顔で話した。