交流センター設立20周年記念式典 「母県鳥取に感謝を申し上げることが今回の式典の目的」――。鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典が8日午前10時からサンパウロ市サウーデ区の同交流センターで開催され、鳥取県人会の本橋幹久会長は冒頭の言葉を強調した。式典には留学生・技術研修生OBをはじめ、会員や同交流センターの20を超える各教室参加者など約250人が出席。母県からは林昭男副知事、斉木正一県議会議長をはじめとする27人の慶祝団が来伯し、日伯関係の絆をさらに強化していく考えを表した。 式典では日伯両国歌、先亡者への黙とう、来賓紹介に続き、本橋会長があいさつ。今回の式典が県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年の2つの大きな事業を目的に開催されたとし、現在までに累計で99人の留学生・研修生が母県で世話になったことに言及。また、交流センターでは今や1週間に約400人、20年間で約50万人が使用してきたことにも触れ、「母県鳥取に感謝の気持ちを申し上げることが今回の式典の目的でした」と強調した。 引き続き、2010年度留学生の西坂アンドレ幸次理事が、鳥取での留学体験を通じて専門知識習得をはじめ、自身のルーツを知ることができたことに感謝。さらに、来年3月ごろをめどに留学生・研修生OBたちが中心となって母県の若者をブラジルに招聘することを明言した。 千田伊藤初美副会長は1995年に完成した交流センター建設の経緯を説明。同センターで傘踊り、日本語教室、幼稚園や各種音楽活動を実践するなど有効利用していることを挙げ、今月14日からコーラス部員たちが自費で鳥取を訪問するとし、「将来的に同じ目的で鳥取からの訪問団を迎えることができれば」と述べ、母県への感謝を示した。 平井伸治県知事のビデオメッセージに続き、祝辞を述べた斉木県議長は鳥取県人会の活動について「ブラジルの発展に貢献されてきたことは我々の大きな誇り」と称賛。母県鳥取について「日本一人口が少ないが、日本一魅力を有した県」とアピール。来年のリオ五輪、2020年の東京五輪開催を前に小学生を中心としたトップ・アスリートを育成する「チーム鳥取」を結成したことにも触れ、「郷土鳥取をさらに住みやすい自治体にしていく」と意気込みを見せた。 林副知事、中前隆博在聖総領事、西原昌彦鳥取ブラジル交流団体連絡協議会会長、原島義弘県連副会長らの祝辞に続き、本橋会長から鳥取県側に感謝の記念プレートが手渡された。 「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹証明書授与、各種記念品交換、日系3団体への激励金授与などの後、1964年から1年間鳥取大学に留学した第1回県費留学生の田中山添勝子さん(76、2世)が「鳥取とブラジルのつながりが末永く続くことを祈る」とあいさつした。 鳥取県民歌「わきあがる力」を会場全員で合唱して式典は終了。県費留学生・技術研修生OB及び傘踊りメンバーの野村スミエさん(95)と日本語教室幼稚園部の東フェルナンダちゃん(5)がそれぞれ記念のケーキカットを行った。 鳥取県人会元副会長の霜田育(しもだ・いく)さん(81、鳥取)とともに出席した娘の霜田美夕起(みゆき)さん(55、2世)は、1983年に米子医大に留学した経験を持つ。現在も聖市イタケーラ区で難聴言語障害科の医師として自らの診療所を開業しているとし、「日本が大好きで何回でも行きたいと思っています。鳥取の皆様にお世話になったことに感謝しており、この制度がいつまでも続いてほしいです」と述べ、笑顔を見せていた。 サンパウロ新聞 2015年11月11日付
