06/03/2026

Dia: 19 de dezembro de 2015

ニッケイ新聞 2015年12月18日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)(本橋幹久会長)の「12月代表者会議」が10日午後5時から、聖市の秋田県人会館で行なわれた。来訪者発言では中前隆博総領事が登壇し、日本政府が主導し「市内の一等地」で17年3月の開設を目指す対外文化発信拠点『ジャパン・ハウス』と、各県人会の今後の関係について説明した。 中前総領事は「各県の魅力を伝えることも目的の一つ」とし、事業内容次第で県人会の協力が必要だと説明。しかし、他の2都市(英ロンドン、米ロサンゼルス)と「統一したブランド」を持たせることも必要で、「日系社会の支援だけが目的でない」とした。 途中、「県連会長を運営委員会に入れるべき」という要望も挙がったが、やんわりと却下。「委員会は決定機関ではない」と補足し、「県人会の皆さんとは今後も実のある連携を進めたい」と対話継続を約束した。 また山田康夫県連副会長(滋賀)が10月、県連を代表し『第56回海外日系人大会』に参加。日本祭りに関する講演を行い、同時に日本政府による同祭への支援に感謝を伝えたと報告した。山田副会長は「次回も援助を受けられる見込みだ」と期待を示した。 なお会議は忘年会にあわせ、10月に2千万円をかけて改装した秋田県人会館で行なわれ、お披露目の場にもなった。
ギリシャから贈られた聖火「ナガサキ誓いの火」がサンタ・カタリーナ(SC)州フレイ・ロジェリオ市にあるラーモス移住地に無事到着し、12日午後2時半から「平和資料館」で分灯セレモニーが開催された。式典では「ブラジル・日本平和の絆交流会」の中嶋年張代表と歌手の井上祐見さん、井上さんの息子でチビッコ交流大使の笠戸丸ともやす君(7)が分灯の使者として日本から「ナガサキ誓いの火」を持って入場。ブラジル側からは同市のオズニー・アルベルトン市長、州知事代理のロッケ・スタングーリン地域開発長官、モニュメントの設計者であるジェアン・カルロス氏(ブルメナウ市在住)や池田敏雄クリチバ総領事夫妻、大河正夫長崎県人会副会長など約150人が出席した。 両国歌斉唱の後、司会のリジアーネさんから「ナガサキ誓いの火」が贈られた経緯が説明され、続いて、中嶋代表からその搬送経緯が説明された。その後、「誓いの火」を持って井上さんが入場。オズニー市長に手渡され、原爆被爆者と子孫の会の小川渡会長(86、長崎)と「平和資料館」や「平和の鐘公園」建設に尽力した故小川和己氏の妻・満里子さん(81、長崎)ら3人の手によって灯火台に点火され、参加者全員で1分間の黙とうが捧げられた。 大河長崎県人会副会長が田上富久長崎市長のメッセージを代読。その中で「古代ギリシャでは聖火が燃えているオリンピック期間中はすべての戦闘が中止されたという平和のシンボルだったことから、1983年、その聖火を『長崎を最後の被爆地とする誓いの火』として贈られたものであり、今年は戦後70周年、ブラジル日本修好120周年という記念すべき年、フレイ・ロジェリオ市に分灯されることを大変嬉しく思う。同市の皆様が長崎市民と共に平和への思いを共有し、平和活動を続けて行くことを願っています」と結んだ。 また、池田総領事を通して、在ブラジル日本国大使館の梅田邦夫大使からも「今年7月にラーモスを初めて訪れたが、同移住地には『思いやり』と『助け合い』という平和の原点がある。ナガサキ誓いの火が無事到着し、セレモニーが開催されることを心より嬉しく思う」との祝辞が披露された。 オズニー市長は「人口わずか2500人の市がラーモスのお陰で大きなプレゼントをもらった」と話し、平和教育を義務付けているサンタ・カタリーナ州のライムンド知事からも「戦争が無くなり、永遠に平和であり続けるよう、その象徴となっていってほしい」とのメッセージが寄せられた。自身も入市被爆者で、和己氏の親友であり妹婿でもある小川渡会長は「この火が子孫代々に伝わり、平和が続くことを願っている」と感無量の面持ちで語り、満里子夫人は「私も戦中派です。あの戦争の思いだけは嫌。初めての分灯ということで、これからもここラーモスで大いに平和活動に貢献したいです」と亡き夫の思いをつないだ。 ラーモス移住地に住み、フレイ・ロジェリオ市の副市長でもある岩崎秀樹さん(58、帰化)は「この火を大切にして、平和の大切さを子どもたちに教えていきたい」と話した。 セレモニー終了後はラーモス日語学校の生徒たちによる「私の町ラーモス」の歌や笠戸丸君の「こぎつね」、さらに地元幼稚園児による「こぎつね」のポルトガル版である「Todos os Patinhos」などが合唱された。 さらに笠戸丸君から長崎の福田小学校と横浜の高田東小学校からのメッセージが資料館に手渡され、逆に日本への巨大な折り鶴が使者の井上祐見さんに渡された。また資料館に地元の高校生から長崎に落とされた原子爆弾「ファットマン」の模型も贈られた。 今後、「ナガサキ誓いの火」は365日24時間体制で、資料館内に作られたステンレス製円錐形の灯維持ケースで灯され続ける。 屋外に設置される灯火台は来年の8月9日、長崎原爆の日に完成予定で、博物館の入り口奥に作られるという。デザインを担当したジェアン氏によると、台座は地球をモデルにした青や緑の地球儀の平面円形台でその上にステンドグラス製のひょうたんを現した8の字型のモチーフが建つ。このひょうたんはラーモスのシンボルマークで日本の諺の「『ひょうたんから駒』のように、小さな移住地だがその殻を飛び越えて、不可能なものから何か立派な夢のあるものを作り出す」という願いを込めて決められた。その上に平和のシンボル折り鶴を掲げ、そこから平和の誓いの火が灯されるようなモニュメントとなっている。なお、ステンドグラスは長崎原爆のシンボルでもある浦上天主堂をイメージして織り込まれている。 また、搬送した「温度差発電」の器具や蓄電池、ランタン、使用予定だったハクキンカイロ、国土交通省からの認可書などが中嶋代表から寄贈された。 サンパウロ新聞 2015年12月18日付
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は、10日午後5時からサンパウロ市ビラ・マリアーナ区の秋田県人会館で12月度代表者会議を開いた。各県人会代表など48人が出席し、11月度事業・会計報告、第19回日本祭りについてや第57回海外日系人大会について各種報告などが行われた。 なお、この日は在サンパウロ日本国総領事館の中前隆博総領事が来訪し、ジャパン・ハウスをサンパウロに設置する計画についての現状を語った。 日本祭りについては、締め切り日時などのより具体化した進行計画が、海外日系人大会については、日系社会の高齢化に対する認識の必要性や重国籍を認めない日本の国籍法の改正を求める案など、前大会の討議内容で決議された7項目が大会の成果としてそれぞれ発表された。 ジャパン・ハウスについて中前総領事は「地方の魅力を発信するというのが、ジャパン・ハウスプロジェクトの目的のひとつ。必ずしもそのすべてに県人会の方に関わってもらうという意味ではないが、他の場所(ロサンゼルス、ロンドン)に比べ、とくにサンパウロは日系人コミュニティが活発に活動している。県人会連合会の理解と協力が必要不可欠だ」と語った。 その後は、元県連会長の松尾治さんの乾杯の音頭で忘年会がスタートし、各県人会会長や日系団体の関係者などが出席した。 サンパウロ新聞 2015年12月17日付
ニッケイ新聞 2015年12月17日 【既報関連】日本館の自費修復のため滞伯している中島工務店関係者を招き11日夜、岐阜県人会(山田彦次会長)が聖市内の中華料理店で歓迎夕食会を行なった。 中島工務店の一行は先月24日から滞在中。中島紀于社長と6人の宮大工が作業に取り組んでいる。この日までに大方の工程を終え、和やかな雰囲気で会員ら約20人がテーブルを囲んだ。 山田会長は「遠い日本からようこそお越しくださいました。工務店の皆さまとは長い付き合いになります。今後とも何かお手伝いさせてください」と挨拶。 同県出身でヤマト商事の高木和博社長は、「日本館は移住者にとって非常に重要な文化財。その修繕を自費で請け負うのが岐阜県の方々とあって我々も誇らしく思う」と心意気に感謝した。
ニッケイ新聞 2015年12月16日 サンタカタリーナ州ラーモス移住地の平和資料館で12日午後、「長崎平和の灯」分灯セレモニーが行われ、近隣の小中学生や地域住民ら約150人が参加した。日伯120周年を記念してブラジル・日本「平和の絆」交流会(中嶋年張代表)が主催した事業で、歌手の井上祐見と息子笠戸丸ともやす君が〃分灯の使者〃として長崎市から運んだ。きっかけとなった長崎平和の鐘公園を建設した故小川和己さんの妻満里子さんは「最初から最後まで感動づめ。天国の和己にこれを見せたかった」としみじみ語り、静かに手を合わせた。 「この灯には、絶対に核戦争を起こさせないという誓いが込められている。長崎市民と一緒に、フレイ・ロジェリロ市民の皆さんもこの誓いを広めてください」。聖市から出席した長崎県人会の大河正夫副会長は、長崎市の田上富久市長からのそんなメッセージと、栗崎邦彦県人会長の言葉を代読した。 州知事代理のロッケ・スタンゲーリン地域開発長官は「二度と原爆を使わせないという思いをしっかりと共有したい。先日発表された日本のブラジル牛肉解禁は、我が州にとって大朗報。ますます日伯経済は緊密化する」と語った。 池田敏雄在クリチーバ総領事は梅田邦夫大使のメッセージを代読し、〃分灯の使者〃歌手の井上祐見の挨拶に続き、オズニー・アルベルトン市長は「人口わずか2500人の市に、ラーモス移住地のおかげで大きなプレゼントをもらった。全市民を代表して、この灯の到着を心から歓迎する」と喜んだ。 小川和己さんの妹婿で、入市被爆者の小川渡さん(原爆被害者と子孫の会会長)は「本当に感激しております。孫、ひ孫の代まで大事に守る。いや、早く消してもいいように核兵器が世界からなくなるよう訴えて行く」との決意を新たにし、涙ぐんだ。 〃分灯の使者〃から渡された灯を、満里子未亡人と渡さん、市長3人は灯維持ケースに点火し、平和への想いを新たに1分間の黙とうを捧げた。 笠戸丸ともやす君から長崎市立福田小学校等の生徒からのメッセージが地元小中学校生徒に渡され、逆に千羽鶴が長崎市に渡すよう託された。学校関係者を代表して教師ソランジェ・ヴァス・ピッチさんは「生前、小川和己さんの話を聞く機会に恵まれ、平和の大切さを考えさせられた。この灯を大切に教育に活かしたい」と感謝した。 本紙取材に対し、パラナ州マリンガから参加した佐々木良法さんは「暴力事件が絶えない国内、国際情勢を思えば、平和の灯の意味は大きい」とのべ、ラーモス日伯文化体育協会の尾中弘孝会長も「この資料館の利用者はほぼブラジル人。この灯により、さらに平和教育で地元に貢献できて、移住地としても有難い」と喜んだ。
岐阜県から日本館の修復のため来伯している中島工務店(中島紀于代表取締役)一行を歓迎する食事会が、岐阜県人会(山田彦次会長)主催で11日午後7時からサンパウロ市リベルダーデ区の中華レストランで行われた。 会には県人会員や関係者ら23人が出席。出席者には中島代表から同工務店のカレンダー、山田会長らには職人が製作した木製の器具が配られた。 乾杯に先立ち、山田会長は「遠いブラジルまでようこそおいで下さいました。日本館修復は大変な仕事。県人会としても何かできればと、この会を開かせてもらった。中島工務店には先代からお世話になっている。今後も一報いただければお手伝いしていきたい」とあいさつした。 続いて食品商社ヤマト商事の高木和博社長の音頭で乾杯。岐阜県出身の高木社長は「重要な仕事をしている皆さんを同郷の者として誇りに思う」と同工務店一行を讃えた。 その後は高木社長が持参した台湾製の紹興酒やカイピリーニャなどをそれぞれ酌み交わし、懇談を楽しんだ。岐阜県を離れて長い県人会員も同工務店の若い職人らとお国言葉で故郷の変遷などを語り合い、「春駒」など地元の民謡を歌い盛り上がった。 高山市出身の同工務店社寺部棟梁の袈裟丸(けさまる)幸雄さんは「久しぶりの中華料理は美味しい」と話し、「日系社会の皆さんには色々ともてなしてもらい本当にありがたい」と感謝した。来伯して約2週間が経過したが、「ブラジルは日本では考えられないような夢が持てる良い国。移住したいくらい」とすっかりブラジルが気に入った様子だった。 同工務店一行は翌日も仕事ということもあり、会は午後9時頃お開きとなった。 サンパウロ新聞 2015年12月16日付
【既報関連】「ナガサキ誓いの灯」分灯搬送の使者で、ブラジル日本平和の絆交流会の中嶋年張会長、歌手の井上祐見さん、その息子の笠戸丸ともやす君、ラーモス移住地の山本和憲さんが10日、あいさつに来社した。 一行は10日夜にサンパウロ市を出発し、12日にサンタ・カタリーナ州フレイ・ロジェリオ市ラモス移住地にある平和の鐘公園内の平和資料館で行われた式典へ参加した。 笠戸丸くんは現在小学2年生。長崎市や自身の住む横浜市の友達からのメッセージを携え、今回が初来伯となる。ブラジルの感想を尋ねると「式典などで忙しくて大変」と漏らしたが、シュラスコが気に入ったそうで「たくさん食べた」と話した。 中嶋会長は「世界中の子供たちが笑顔を絶やさないでほしい」という思いがずっとあったそうで、「今回誓いの灯と一緒に、長崎や横浜の子供のメッセージをラーモス移住地に運べて嬉しい」と喜んだ。 また井上さんによると、前回同移住地を訪れた際、現地の子供らが千羽鶴を折り待ってくれていたそうで、「とても感動しました。今は長崎市の原爆資料館に飾られています」と話した。 同移住地に住む山本さんは「フレイ・ロジェリオ市の市民は熱心に『原爆』や『平和』について学んでくれているが、今ひとつ伝わりづらい部分がある。今回の式典は移住地のみならず、市全体に良いこと。何かのきっかけになれば」と今後の同市の取り組みに期待した。 サンパウロ新聞 2015年12月15日付