ギリシャから贈られた聖火「ナガサキ誓いの火」がサンタ・カタリーナ(SC)州フレイ・ロジェリオ市にあるラーモス移住地に無事到着し、12日午後2時半から「平和資料館」で分灯セレモニーが開催された。式典では「ブラジル・日本平和の絆交流会」の中嶋年張代表と歌手の井上祐見さん、井上さんの息子でチビッコ交流大使の笠戸丸ともやす君(7)が分灯の使者として日本から「ナガサキ誓いの火」を持って入場。ブラジル側からは同市のオズニー・アルベルトン市長、州知事代理のロッケ・スタングーリン地域開発長官、モニュメントの設計者であるジェアン・カルロス氏(ブルメナウ市在住)や池田敏雄クリチバ総領事夫妻、大河正夫長崎県人会副会長など約150人が出席した。
両国歌斉唱の後、司会のリジアーネさんから「ナガサキ誓いの火」が贈られた経緯が説明され、続いて、中嶋代表からその搬送経緯が説明された。その後、「誓いの火」を持って井上さんが入場。オズニー市長に手渡され、原爆被爆者と子孫の会の小川渡会長(86、長崎)と「平和資料館」や「平和の鐘公園」建設に尽力した故小川和己氏の妻・満里子さん(81、長崎)ら3人の手によって灯火台に点火され、参加者全員で1分間の黙とうが捧げられた。
大河長崎県人会副会長が田上富久長崎市長のメッセージを代読。その中で「古代ギリシャでは聖火が燃えているオリンピック期間中はすべての戦闘が中止されたという平和のシンボルだったことから、1983年、その聖火を『長崎を最後の被爆地とする誓いの火』として贈られたものであり、今年は戦後70周年、ブラジル日本修好120周年という記念すべき年、フレイ・ロジェリオ市に分灯されることを大変嬉しく思う。同市の皆様が長崎市民と共に平和への思いを共有し、平和活動を続けて行くことを願っています」と結んだ。
また、池田総領事を通して、在ブラジル日本国大使館の梅田邦夫大使からも「今年7月にラーモスを初めて訪れたが、同移住地には『思いやり』と『助け合い』という平和の原点がある。ナガサキ誓いの火が無事到着し、セレモニーが開催されることを心より嬉しく思う」との祝辞が披露された。
オズニー市長は「人口わずか2500人の市がラーモスのお陰で大きなプレゼントをもらった」と話し、平和教育を義務付けているサンタ・カタリーナ州のライムンド知事からも「戦争が無くなり、永遠に平和であり続けるよう、その象徴となっていってほしい」とのメッセージが寄せられた。
自身も入市被爆者で、和己氏の親友であり妹婿でもある小川渡会長は「この火が子孫代々に伝わり、平和が続くことを願っている」と感無量の面持ちで語り、満里子夫人は「私も戦中派です。あの戦争の思いだけは嫌。初めての分灯ということで、これからもここラーモスで大いに平和活動に貢献したいです」と亡き夫の思いをつないだ。
ラーモス移住地に住み、フレイ・ロジェリオ市の副市長でもある岩崎秀樹さん(58、帰化)は「この火を大切にして、平和の大切さを子どもたちに教えていきたい」と話した。
セレモニー終了後はラーモス日語学校の生徒たちによる「私の町ラーモス」の歌や笠戸丸君の「こぎつね」、さらに地元幼稚園児による「こぎつね」のポルトガル版である「Todos os Patinhos」などが合唱された。
さらに笠戸丸君から長崎の福田小学校と横浜の高田東小学校からのメッセージが資料館に手渡され、逆に日本への巨大な折り鶴が使者の井上祐見さんに渡された。また資料館に地元の高校生から長崎に落とされた原子爆弾「ファットマン」の模型も贈られた。
今後、「ナガサキ誓いの火」は365日24時間体制で、資料館内に作られたステンレス製円錐形の灯維持ケースで灯され続ける。
屋外に設置される灯火台は来年の8月9日、長崎原爆の日に完成予定で、博物館の入り口奥に作られるという。デザインを担当したジェアン氏によると、台座は地球をモデルにした青や緑の地球儀の平面円形台でその上にステンドグラス製のひょうたんを現した8の字型のモチーフが建つ。このひょうたんはラーモスのシンボルマークで日本の諺の「『ひょうたんから駒』のように、小さな移住地だがその殻を飛び越えて、不可能なものから何か立派な夢のあるものを作り出す」という願いを込めて決められた。その上に平和のシンボル折り鶴を掲げ、そこから平和の誓いの火が灯されるようなモニュメントとなっている。なお、ステンドグラスは長崎原爆のシンボルでもある浦上天主堂をイメージして織り込まれている。
また、搬送した「温度差発電」の器具や蓄電池、ランタン、使用予定だったハクキンカイロ、国土交通省からの認可書などが中嶋代表から寄贈された。
サンパウロ新聞 2015年12月18日付
