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Ano: 2015

ニッケイ新聞 2015年8月18日 高知県人会(片山アルナルド会長)主催の『第4回土佐祭り』が22、23日の両日午前9時から、聖市アグア・ブランカ公園(Av. Francisco Matarazzo, 455, Barra Funda)で開催される。入場無料。 カツオのたたきや鯛の蒸しなど郷土食販売に、太鼓、コスプレ大会、錦鯉展示といった余興もある。開催時間は初日が午後9時、二日目が午後7時まで。開会式は初日午後3時5分から。 母県からの特別ゲストとして、人気ギターデュオ「いちむじん」もステージに立つ。ともに高知県出身で、NHK大河ドラマ「龍馬伝」のエンディング曲を担当したことでも知られる。県観光大使を務める彼らの意向もあって実現した。 県人会の片山会長、東かよこさん、青年部の塩川ファビアーノさん、音楽プロデューサーの鎌倉祐子さんが来社し、「様々な出し物を用意してお待ちしています。思う存分土佐を味わって」と呼びかけた。 詳細はサイト(www.tosamatsuri.com.br)、問い合わせは担当者(11・97178・0085/98749・1758)まで。
ニッケイ新聞 2015年8月14日 在サンパウロ日本国総領事館(中前隆博総領事)が今年で創立百年を迎えたことを記念して4日、百団体に対して「在外公館長表彰」の伝達式を行なった。総領事公邸に受章団体の47都道府県人会、教育機関、各地方文協、邦字紙等100団体200人以上が出席した。 中前総領事は団体の名前を一つひとつ読み上げて代表者に賞状を手渡すと、「今年は色々な節目が重なる特別な年。表彰だけでは伝わりきらない思いがあるが、日頃お世話になっている皆様に感謝の意を表する」と挨拶した。続いて呉屋春美・文協会長が祝辞を述べ、祝賀会が開かれた。 坂本アウグスト栃木県人会長は「日本文化を残そうという取り組みが評価されたのでは。これからも子や孫に伝える活動を続けたい」と話した。 県人会47団体に次いで受章数が多かったのは、教育団体の約30。開校10年を数え、授業に日本語教育を導入する「スザノ日伯学園」で、開校以来校長を務める安楽恵子さんは、「これを弾みに、さらに充実した教育を提供できるように努めていきたい」と喜びを語った。
ニッケイ新聞 2015年8月14日 パラグアイ・ピラポ移住地の岩手県人会(工藤好雄会長)が7月31日午後、創立55周年記念式典を行なった。冬晴れの中、同移住地の富美村公民館前競技場には首都アスンシオンやイグアスー移住地、在エンカルナシオン領事事務所、伯亜両国県人会からの来賓含め、約150人が祝福に訪れた。 同移住地には岩手県から91家族が移住、45周年には知事も訪れるなどゆかりが深い。今回は相撲交流を目的とした力士3人を含め、7人の慶祝団が参加した。県環境生活部の根子忠美部長は知事の祝辞を代読、県相撲連盟会長で相撲選手団の玉澤徳一郎団長や、ピラポ市の永見禎輝市長らも祝福の言葉を送った。 県から目録が手渡され、功労者として西舘世公前会長が表彰された。県人会も慶祝団一行へ記念品を贈り、高齢者表彰などを行なった。式典後は郷土芸能「鬼剣舞」やピラポ音頭などアトラクションでにぎわった。 当地県人会から駆け付けた千田曠曉会長夫妻は、「ブラジルから、そして日本からもピラポの節目を祝えてうれしい」と喜んでいた。後日、同地の入植祭や第6回国際親善相撲大会も行なわれた。 式典に先立ち27日夜は、聖市の県人会館で県主催の交流夕食会が開催された。70人を越える参加者を前に玉澤相撲連盟会長は、「個人としては9回目、相撲使節団としては6回目のブラジル訪問をうれしく思う」と話し、根子部長は「ルーツを大切にしながら、末永い交流が行なわれていることに感謝」と礼を述べた。 余興では同県人会の雷神太鼓が迫力ある演目を披露し、関係者を驚かせた。
「なぜ早く情報を出さないのか」 伯国到着直前まで通知しない隊員名簿 2008年の移民100周年以来、7年ぶりにブラジルに寄港した海上自衛隊練習艦隊。レシフェ、リオ、サントス、サンパウロと各地で地元日系団体などとの交流事業も行われ、練習艦隊一行は無事、次の寄港地へと出発した。しかし、サンパウロで5日に行われた文協記念講堂での歓迎式典後に、出身県別に乗組員を応対した各県人会からは、乗組員リストの事前の情報伝達が遅すぎたとして不満の声が噴出していた。練習艦隊の情報を管理していた在サンパウロ(聖)総領事館では、「海上自衛隊からの連絡が直前まで来なかった」と弁明している。 県連によると、在聖総領事館から練習艦隊乗組員のリストが届いたのは7月30日夕方だったという。県連事務局では隊員のリストを県別にまとめ直して、翌日に各県人会に情報を送付したが、県人会によっては連絡が付かないところもあったようだ。 また県連では、聖市文協での歓迎式典に出席するために上陸する隊員数は300人と聞いていた。しかし、歓迎式典当日の5日に総領事館から289人と情報差し替えの連絡があったという。そのため、当初予定されていた出身県の隊員に会えなかった県人会や、突然出席した出身県の隊員を応対できない県人会もあった。 岐阜県人会(山田彦次会長)では、7月22日の時点で2人の隊員が来るとの情報をつかんでいた。滅多にない機会ということもあり、県人会交流の活性化も兼ねてサンパウロ市から200キロ離れた場所に住む会員にも声を掛けていた。 しかし当日、文協に隊員を迎えに行くと岐阜県出身者は誰もおらず、文協に聞くと同県出身隊員はリオにいることが判明。事前変更の連絡はどこからもなかったという。 その一方、会場には徳島県出身の隊員が3人いたが、事前に連絡を受けていない徳島県人会関係者の姿はなく、隊員たちは行き場がない状態になっていた。文協の依頼を受け、岐阜県人会が徳島県出身隊員の歓迎会を引き受ける形となった。「仕方がないことだけど、同郷の若者に会えなくて残念」と山田会長は話し、「来るはずだった隊員が岐阜だけ来ないのは寂しいね」と声を落とした。 また、10数人の隊員の応対を行った県人会長は、「日本側の守秘義務か何なのかは分からないが、あまりにも我々への連絡が遅すぎる。7年前の来伯の時には個人情報は出さないという条件で、乗組員のリストは事前に来ていた。いくら同じ県出身でも名前も地域も分からない人間をなぜ、県人会が応対しなければならないのか。日本の自衛隊がブラジルに来るというのは日本の国が管理していること。日本政府出先機関である総領事館がなぜ隊員の名簿くらい管理できないのか。こちらはいつも善意でやっているのに、ふざけるなと言いたい」と怒り心頭の様子だった。 さらに、当初4~5人の隊員の上陸予定を聞いていた別の県人会では、数日前になって10数人もの県出身隊員がいるとの報告を受け、戸惑った様子だった。「4、5人なら(昼食歓迎会に)シュラスカリアに行こうと予定していたが、10人以上となると金銭的な都合上もあり、急きょ他の場所を考える必要に迫られた。せっかく郷土の人たちがブラジルまで来てくれるのだから親しく交流したいと思っていたが、あまりにも受け入れる側の立場を無視している。日本政府が昼食会の費用を出してくれるならまだしも、いつも県人会に丸投げの状態で、事前に正確な情報を早く流さないというのは、いくらお役所仕事でもひどすぎる」と批判していた。 そのほか、ある県人会会長は「県連は県人会に丸投げして、メールを送るだけ」と憤慨する。「代表者会議では『県人会が(隊員らを)受け入れる義務はない』と言われた。『断るなら断って下さい』と。それでは誰が(母県の)隊員を受け入れるのか。無責任な発言だ。お金はかかるが、せっかく日本から来たのだから同郷の若者をもてなしてあげたい。県連の役員は自分たちの仕事ができていない」と怒りの矛先を県連に向けていた。 こうした各県人会からの不満の声について在聖総領事館では、「こちらとしましても県人会関係者の方々から『早く(隊員の情報を)知らせてほしい』との声を受けて、日本の海上自衛隊からの連絡を再三にわたってお願いしておりましたが、連絡が来たのが(練習艦隊が)ブラジルに到着する直前でどうしようもない状態でした」と弁明していた。 2015年8月14日付
岡山県文化協会(根岸健三会長)の「移住105周年式典」が、23日午後4時からサンパウロ市ジャルジン区のゴールデンチューリップ・パウリスタプラザホテル(Alameda Santos,85)で開催される。根岸会長と水本裕氏が案内に訪れた。 式典には伊原木隆太県知事、小野康弘県議会議長はじめ16人の慶祝団が母県から出席する。伊原木県知事は今回が初来伯。前日の22日はアルゼンチン岡山県人会の記念式典に出席し、23日ブラジル入り、翌24日に帰国する。 式典後には「岡山が一番最初に始めた」という県費留学研修制度の創立56周年を記念し、留学生と知事の懇談会が予定されている。 時間の都合上、アトラクションは少ないが、根岸会長の孫の村上龍君が岡山唱歌を歌うなどの出し物を予定している。 根岸会長と水本氏は「同日に式典が重なりますが、ぜひお越しください」と来場を呼びかけた。 2015年8月14日付
奈良県人会長も務めた梅崎嘉明さん(92)が、初の翻訳集「O Canto dos Retirantes」を発表した。 翻訳集出版は、米寿の祝いをしてくれた若い日系人をはじめ、多くの2世、3世から以前から要望があったそうだ。かつて創作を競った友人たちは次々に他界。日本語を読む移住者たちも老齢化し、梅崎氏の作品への反響は少なくなった時にポルトガル語版を求める若い日系人の声が聞かれるようになり、「我々、移民の書いたものはポルトガル語にして若者に読んでもらってこそ意味があるのではないか」と発刊を決意したという。 「(米寿の祝いの時は)90歳までに作る」と言ったものの、編集や翻訳などが難航し、4年の時を経てようやく発刊に至った。 収録されたのは今までの発表作品から、小説6編、手記2編。古いものでは1964年にパウリスタ年鑑で入賞した「佐代の周辺」など、各賞入賞作品を中心に構成されている。また日本語版原文も同時収録されており、全390ページに及ぶ、これまでの集大成的な一冊になっている。 梅崎さんは「第二次世界大戦前後の日本人移民がどういう環境で、どういう生活を送っていたか、その実体験を綴った作品を選んだ。当時を知る人は過去を思い出し共感してくれるだろうし、最近の移住者や若い日系人には当時の様子を伺い知ることができると思う。若い読者にぜひ読んでもらいたい」と語った。 ポルトガル語版のみ好評だった最新作「奴隷と移民」が収録されている。 80レアル。購入希望者は梅崎さん(電話11・5571・5043)まで。 2015年8月13日付
海上自衛隊練習艦隊護衛艦「やまぎり」と練習艦「しまゆき」の乗組員が5日、サントス港に入港し、サンパウロ(聖)市では日系5団体共催による歓迎式典の後、出身県人会との昼食交流会がそれぞれに行われた。   埼玉県人会歓迎会 埼玉県人会(尾崎眞次会長)では14人の隊員を迎え、聖市モエマ区のレストランで歓迎会を開き、シュラスコでもてなした。隊員らは口々に「ブラジルは肉が本当に美味しい」と話し、本場のシュラスコの味を堪能した。 ブラジル流に「ビーバ!」と乾杯した後、会員と隊員は交流を楽しんだ。1等海士の牧野佑樹隊員は「ブラジルのお酒を飲んでみたい」と話し、元県人会長の根本信元氏がカイピリーニャを注文し、初めてのカイピリーニャに挑戦。「強いが甘くて飲みやすい。今日は学生時代のように久しぶりに楽しくお酒が飲めました」と会員らの歓迎にご満悦の様子だった。 今回が3回目の来伯という小川純市監理幕僚は「歓迎会を楽しみにしていた。日本とブラジルは地理的には遠いが、来伯時にはいつも多くの日本人が迎えてくれ、遠くの親戚の家に来たように感じる」と懐かしい日本の雰囲気にリラックスしていた。 唯一の女性隊員の鈴木佐和美さんは「サンパウロは大都会だが、すぐ横にファベーラがあり、格差がすごいなと感じた」と初めてのブラジルの印象を語り、歓迎会では「自分の近所の人とブラジルで出会えて驚いた」と笑顔を浮かべた。 森田泰司副会長による料理の説明や、ブラジルに関する質疑応答、各自郷里の話などをして会は盛り上がり、月岡洋平3等海尉が「関西の高校へ進学し、埼玉を離れて随分経つ。埼玉出身と言うと馬鹿にされることもあるが、今はとても愛着がある」と話すと、会員らから大きな拍手が起こった。 最後に同県人会からブラジル産のコーヒーなどが入った土産の袋が贈られ、隊員側からも艦隊「やまぎり」の海軍カレーや日本から持ってきたカップ焼きそばなどが会員らに贈られ、歓迎会は幕を閉じた。   岩手出身の3乗員、県人会員と交流 岩手県出身の乗員3人を迎えてリベルダーデ区の同県人会館で開かれた昼食会には、会員15人が集った。 同県出身の乗員は、三田地紀彦2等海曹(35)と海士長の猫塚巧哉氏(23)、佐野翔平氏(20)。冒頭、千田昿暁会長は3人をねぎらうとともに県人会の活動などを紹介。「皆さんとお話を楽しんでほしい」とあいさつした。 3人の自己紹介に続き、菊地義治名誉会長の音頭で乾杯。乗員からは郷土の菓子南部せんべい、県人会からは会のDVDやブラジル土産などの記念品が贈られた。 県人会側の出席者には、父親が旧日本軍の士官だった人も。食事や航海の様子といった艦隊についての素朴な疑問、独身の隊員への「縁談」の話など、故郷の酒南部美人を飲みながら会話は弾んだ。 「日本の食事が食べられてうれしいです」と話す猫塚氏。「思っていたより日本人が多くて驚いた」とサンパウロの印象を語る。 高校までサッカーをしていた三田地2等海曹は、カズ(三浦知良氏)がプレーした国の訪問を楽しみにしていたという。「日系の人は皆フランクで、カズもそんな感じで過ごしていたのかなと、サンパウロに来ながら思いました」。...
在サンパウロ総領事館開設100周年を記念して、在外公館長表彰が4日午後3時から聖市モルンビー区の同総領事公邸で行われた。受賞対象となった100団体には、各都道府県人会など各日系団体、またサンパウロ州軍警察や同州立学校などブラジル側からも選出された。 表彰式では日伯両国歌斉唱後、来賓者が紹介。今年は総領事館開設100周年、日伯外交関係樹立120周年、移民107周年であり、中前隆博総領事は「この表彰は、日頃からお世話になっている団体の皆様への私たちの感謝の気持ちです。無理やり100団体に限ったわけではなく、今後も様々な機会でそれぞれお世話になった方々に対してお礼をしていきたい」と謝辞を述べた。 今回は日本語コースを設けるなどして、日本語の指導をしているブラジルの教育機関15団体以上が選出された。 モンセニョール・サリオン州立学校のジョアナ・ダルキ校長は「プレジデンテ・プルデンテからバスで約6時間以上かけて来た甲斐があった。今日の記念すべき出来事も生徒たちに伝える」と喜びを口にした。 2015年8月11日付
ニッケイ新聞 2015年8月11日 【既報関連】聖州サントスに寄港した日本海上自衛隊の練習艦隊が停泊中の5~8日、艦内公開や日系社会との交流会など公式行事を行なった。6日夜には練習艦「しまゆき」で艦上レセプションが開催され、サンパウロなどから約200人の招待客が訪れた。同日朝には分散入港したリオから、中畑康樹司令官も駆けつけた。 サントスには練習艦「しまゆき」と護衛艦「やまぎり」の二隻が寄港した。6日午前に艦内を一般公開し、約千人が来場。昼には、日系諸団体などから代表者を招き昼食会も行なわれた。 午後はサントス日本人会を訪問し、乗組員約100人が現地日系人とも交流。午後7時すぎからは在聖総領事館との共催で、艦上レセプションが開かれた。聖市からも文協、県連などが用意したバスが会場のサントス港第28埠頭に向かい、約200人が参加した。 リオに分散入港した練習艦「かしま」の中畑司令官も、当日朝にサントスに到着し交流行事に臨んだ。レセプションは同氏の発声で乾杯。寿司や刺身などの日本食、ロブスターや貝柱といった魚介類を堪能しながら、日系人らとの交流を楽しんだ。 前日に県人会の昼食会に参加した、実習幹部の上田真央さん(26、熊本)と志村智美さん(26、同)は、「親切な方々ばかりで故郷に帰ったような気分。地元よりもおいしい辛子レンコンに感動した。故郷よりも故郷らしかった」と声を弾ませた。野尻俊輔さん(24、神奈川)も「日本語がこれほど通じる寄港地はこの国しかない。非常に励みになった」と語った。 実習幹部らを対象に、当地日系社会を題材に講演した中前隆博総領事は、「リオの海岸に行きたかったという思いもあるかもしれない。しかし国外最大の日系社会を通じ、日系人の熱い思いを感じてくれたはず」と笑顔を見せた。 やまぎりの橋本聖一艦長は、「26年前に実習幹部として寄港した。活発な日系社会を肌で感じた頃が懐かしい。再びこの地に戻ってこられて感無量」と語り、池田リュウゾウ陸軍少将らと親交を深めた。   □関連コラム□大耳小耳 練習艦隊の艦上レセプションのため、関係者を乗せたバスは午後4時に文協を出発。道中は渋滞に巻き込まれ、市街地をさまよい、パトカーの先導で目的地付近まで案内されるも再び渋滞にはまり…。到着は3時間後の同7時過ぎだった。肝心の式典は鏡割りの直前で代表者挨拶も直接聞けず。インフラの悪さに、関係者もややグッタリしたよう。 ◎ 日本海自は調理訓練を受けた給養員が乗船しており、食事水準が高いことでも有名。長期航海中に曜日感覚を失うとして始まり、今も金曜日に食べるという名物「海軍カレー」も特別に提供された。調理責任者の西川昌昭さん(44、鹿児島)は「カレーはもちろんどの品も評判が良く、日系人らにも喜んでもらえた」と笑顔。絶品の海自料理に、移動の疲れも吹き飛んだ?
ニッケイ新聞 2015年8月11日 聖州ミランドポリス市第3アリアンサ(富山村)で日本語教師を務める谷英志さんが先月25日、近郊ペレイラ・バレット市の「第54回盆踊り大会」に合わせ、同会場で個展を行なった。 2014年8月から赴任する同氏は、県立富山北部高校情報デザイン科の美術教師。鉛筆画を中心とした画家としても活動しており、日語教育に励む傍ら当地でも制作を進めてきた。 テーマを「わたしのみたブラジル日系社会」とし、1カ月に一作のペースで完成させ、今展示で東洋街の鳥居や町並み、地元の日常風景など9作品を並べた。1935年に日本人が設計した地元ノーボ・オリエンテ橋の絵は、開催協力のあった博物館へ寄贈したという。「日系人にも地元伯人にもなじみのある絵で喜ばれた。懐かしく感じて頂いたようで好評だった」と報告した。 元々「日本」をテーマに、コンビニや自動販売機などの風景画を描いてきた。テーマを「わたしの…」に設定したのは「外国にかつての日本の風情が残っている。移住した一世が減る寂しさや哀愁が美しいと感じた」からという。 「硬さのある画風からユーモアのある柔らかい画風に変わったと言われた。朗らかな雰囲気のブラジルに来て、良い意味でスタイルが崩れたのでは」と当地から受けた影響にも言及し、「サンパウロでもぜひ作品を展示できる機会があれば」と抱負を述べた。
ニッケイ新聞 2015年8月11日 ブラジル岐阜県人会(山田彦次会長)主催の「第11回日伯友情交流絵画展」が3日に開幕し、同日夜に会場の在聖総領事館多目的ホール(Av. Paulista, 854, Bela Vista)で開会式が行われた。 同県人会による交流事業の一環で、日伯の芸術家による作品45点が出展された。式典には約150人が来場。関係者が芸術に関する会話をかわしつつ、開幕を祝った。 山田会長は、「これほど継続する事業になるとは、開始当初誰も思わなかったのでは。今ではコンクール入賞者やプロの芸術家も加わり、見ごたえのある絵画展となった。各方面からの協力に感謝です」と話した。 中前隆博総領事も「外交120周年、在聖総領事館100周年などの節目に、当館で10年以上続く事業を開催できうれしく思う」と喜びを口にした。 今展示は14日までの開催で、開館時間は平日午前10時から午後5時(最終日のみ正午)まで。問い合わせは同県人会(11・3209・8073)へ。
ブラジル佐賀県文化協会(西山実会長)創立60周年記念式典が、2日午前10時からサンパウロ(聖)市アクリマソン区の同県人会館で開催されたことに先がけ、副島良彦副県知事と中倉政義県議会議長による記者会見が午前9時半から行われた。 60周年を機に「佐賀県とブラジルの友好をさらに深めたい」と副島副知事は語り、中島議長は「移住に際しては大変だったと聞いている。先亡者にあいさつしたく、慰霊碑を参拝させてもらった」と語った。 また、慶祝団一行の来伯時には熱烈な歓迎を受けたと話し、「改めて絆の強を感じた」と感激した様子だった。 両氏は留学生制度のさらなる充実や、3日間のブラジル滞在中に県人会員らと親交を深め、会員らの意見を取り入れながら今後の計画を立てていきたいとした。 さらに、ブラジルからの留学生たちとの対談にも触れ、「みんながしっかりとブラジルで佐賀をアピールしてくれている」と感じたという。現在は「人を大切に、世界に誇れる佐賀づくり」というプロジェクトで世界に向け県の魅力を発信しており、「こちらの佐賀県民、佐賀県民子弟が誇りに思ってくれるような県政をこれからも行っていきたい」と話していた。 2015年8月8日付
ニッケイ新聞 2015年8月8日 ブラジル佐賀県文化協会(西山実会長)が2日、1946年の創立から60周年を祝い聖市の同会会館で記念式典を行なった。副島良彦副知事、中倉政義県議会議長ら一般含め15人の慶祝団が祝福に駆けつけ、当日来場した約270人の関係者と共に、還暦の節目を祝った。 来賓には日系3団体の代表や飯田茂在聖領事部長、亜国県人会のウメサキ・フラビア会長らが訪れた。祝辞に立った県連の本橋幹久会長は、「早くからこの大きな会館を拠点に、活発な交流に取り組んでこられた。創立60周年、弥栄!」と言葉を送った。 野村アウレリオ聖市議からはこれまでの功績を称え、会に表彰状が送られた。会側は歴代会長の江頭幸男、井上清、辻定男、吉村幸之四氏に、県側も味の素、久光製薬、85歳以上の高齢者29人に感謝状を手渡した。パラナ州から訪れた松尾進蔵さん(95、二世)は、「亡き父と共に、県人会活動に参加でき誇りに思う」と謙虚に謝辞を述べた。 お互いに記念品を交換し、県から日系3団体への寄付金贈与の後、元留学生・久保カチアさんが挨拶に立った。「佐賀短期大学での経験はどれもが有意義なものだった。現在は日本語教師として活動している」と報告。「武道にも触れ、礼儀や相手を敬う気持ちがいかに素晴らしいか感じた」と笑顔を見せた。 県歌「栄の国から」を大合唱し昼食祝賀会へ。ケーキカット、鏡割りで創立60周年を祝い、日舞や居合い、薙刀、健康体操の実演が行なわれた。母県側も加山雄三の「海・その愛」など合唱を披露し、最後は盛大なサンバショーで締めくくった。   佐賀県知事 山口祥義 1822年、ブラジル独立の年に、佐賀八賢人の島義勇は佐賀城下で生を受けました。「北海道開拓の父」でありながら佐賀においては、功績を知る人は少なく顕彰しようとする動きがあまり盛んでない現状を、誠に残念に感じています。 移住者にとってもこれまでのご労苦は、島が感じたものにも匹敵するでしょう。そんな状況下でも、ブラジルの発展に長らく貢献されてきたことは県民として大きな誇りです。 創立60周年という節目を契機に、貴会が一層発展されますとともに、会員、そしてご家族の皆様のご活躍とご健勝、併せてブラジル国の繁栄を心から祈念して私の祝辞といたします。   県議会議長 中倉政義 移住された郷土出身の皆様方は、筆舌に尽くし難い苦難を克服され、ブラジル発展に多大な御貢献をされておられます。私どもが誇りとするところであり、敬意と感謝の意を表する次第であります。 先ごろ三重津海軍所跡が、「明治日本の産業革命遺産」としてユネスコ世界遺産に登録され、来年は有田焼が創業400年を迎えます。また19年ぶりに佐賀市で、熱気球世界選手権大会が開催されます。 私たち県民は、自らの発想と創意工夫によってお客様をお迎えし、郷土「佐賀」をしっかりと守り、次世代に引き継がなければなりません。議会としても佐賀にしかない貴重な財産を活かしながら、山口知事とともに地方自治の両輪として、郷土の発展に全力を尽くす所存です。 皆様方におかれましても、ブラジルの発展と佐賀との絆の強化、促進に御尽力、御協力を賜りますようお願い申し上げます。...
ニッケイ新聞 2015年8月8日 ブラジル日本都道府県連合会(本橋幹久会長)の7月の代表者会議が先月30日夜、県連大会議室で行われ、37人が出席した。議題の中心は終了したばかりの「第18回日本祭り」が占め、活発な議論が行なわれた。 正確な収支は来月以降に発表されるが、山田康夫実行委員長(滋賀)より「県連としては赤字になる見通し」と発表。来場者は土曜日の大雨の影響で約15万人(昨年比3万人減)と少なく、開催前に見込まれた赤字分を埋めるには至らなかった。 来年以降の開催の参考人として、会場「サンパウロ・エキスポセンター」の経営会社GLevents(以下GL)のマーケティング担当も出席した。同氏は来年以降の開催への協力を表明すると共に、同祭の総評として「クレジットカードの未対応」「割高な値段設定」「給料日前の開催」などの問題点を指摘した。 GL側へ当日の駐車場の未整備等へ不満も上がる中、山田実行委員長は各県人会に向け「日本祭りがなくなれば県連は無くなる。利益ばかりでなく、どう存続させるかを考えなければならない」「殆どの県人会が売上げを落とした様だが、お金を取る以上はプロ。それは個人の問題だ」と厳しい指摘をした。 市川利雄同副委員長(富山)も日本祭りの存続方策を「GLと協力してスポンサー探しを実施し、各々でマーケティングを学び、収益を伸ばすこと」と訴えた。 来年の開催の有無に関しては委員会を設置し、今月20日までに決定することになっている。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 【既報関連】サントス港に停泊中の海上自衛隊練習艦「しまゆき」(小圷聖一艦長)と護衛艦「やまぎり」(橋本聖一艦長)に乗船する約300人の隊員が文協での歓迎式典(6日付け本面掲載)後、出身地ごとに県人会から歓迎を受けた。郷里の話題や移住当時の体験談を通し、親交を深めた。また両艦長は文協移民史料館も訪れ、移住の歴史に耳を傾けた。 福岡県出身の6人の隊員は、福岡県人会(南アゴスチーニョ俊男会長)の20人と共に、陸軍少将・池田リュウゾウ氏(54、二世)の招待で、南東伯軍総合司令部講堂で歓迎昼食会に参加した。 県人同士で会話を楽しみながら、フェジョアーダなどブラジル料理に舌鼓を打った。 昼食後、ビデオを使った当地の陸軍組織の概要説明が池田氏から行なわれ、橋本艦長から「ブラジルと国境が接している周辺国との関係は良好と聞いているが、実際はどうか」と質問が出るなど、真剣に聞きいっていた。 本紙の取材に対し、橋本艦長は「日系人の方がブラジル軍の主要なポストに就いて活躍されていることを、とても誇りに思う」と感想を語った。 南会長は、「元々、池田さんを歓迎会に呼ぼうとしていたところ、逆に招待された。熱心に皆さんを歓迎してくれ、県人会としても貴重な機会を持てて嬉しかった」と、予期せぬ出来事を楽しそうに語った。 愛知県出身の14人の隊員は愛知県人会(沢田功会長)の30人からシュラスコなど手作り料理で歓迎を受けた。 沢田会長は「多くの方々が参加してくれて嬉しい。会員は二世が多く、懐かしい故郷の話をする、というわけにはいかないが、今日の楽しい思い出を日本に持って帰り、家族や友人に伝えてもらえれば」と話した。 小圷艦長は「暖かく歓迎してくださり感激。日本人として日本語が大切にされているということを嬉しく思う。これまでの寄港地で他国日系人との交流もあったが、ブラジルの日系社会の大きさには驚いた」と語った。 県人の話を熱心に聞いていた隊員の水谷康宏さん(24、愛知)は、「日本語を聞くとやはり安心する。県人会の存在は艦内でも話題なっていた」と話した。江口重雄さん(77、愛知)は「スポーツの話をした。皆さん体格が良くて頼もしい」と意見交換を楽しんでいる様子だった。 隊員たちは昼食で親交を深めた後、会員の案内でリベルダーデやセー広場を観光して歩き、当地の光景に興味津々の様子だった。 また橋本、小圷両艦長は、文協移民史料館を見学。笠戸丸をはじめ、ブラジル移民の歴史に一つひとつ頷いていた。   □関連コラム「大耳小耳」□ 練習艦隊の歓迎会は、聖市内各地で行なわれた。広島県人会は、24人を迎えながらシュラスカリアへ。「方言で会話して故郷を語る良い機会になった。自衛隊の青年らもたくましくて」と喜ぶ関係者。鹿児島は7人の乗員に対し、約30人の関係者が熱く歓迎したという。また一方では、4県人会が偶然同じ飲食店に居合わせるなど、各会賑やかな様子だった。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 沖縄県人会(島袋栄喜会長)が主催で『第1回沖縄空手古武道演舞会』を16日午後2時から、同県人会館(Rua Tomas de Lima, no 72, Liberdade)で開催する。 サンパウロ市やスザノ、サントスなどから8つの道場が一堂に会し、形や棒、トンファーを使った演舞を解説付きで披露する。 剛柔流・與那嶺育孝藩士、少林流・与那嶺一徳藩士の参加や琉球舞踊、武の舞など琉球芸能のアトラクションも加わる。 「沖縄空手」にはいくつかの流派があるが、異なる流派が同じ行事に参加するのは異例。県人会の「何とか後世に琉球文化を残したい」との要請があり、実現した。 高安宏治副会長、島袋安雄書記、垣花輝明実行委員長が来社し、「今後、県人会の重要な行事にしていきたい。興味があれば是非」と語った。 入場には協力金15レ(任意)を呼びかけている。問い合わせは同会(11・3106・8823)まで。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 サントス―横浜間で姉妹都市提携を視野に入れた交流が始まった。先月末に神奈川県横浜市から横山正人、斉藤たつや両市会議員が来伯し、サントス市に親書を提出した。横山市議(51、横浜)は「互いに窓口を立てて交流を進めると決まった。今回が第一歩」と意気込んでいる。 4年前、横山さんが議員団の一員として来伯した際に、中井貞夫サントス市議との間で姉妹提携の話が初めて持ち上がった。中南米最大の港湾都市で移民が降り立った港サントスと、同じく港湾都市で移民船が就航した横浜には共通点が多いことから、移民史の共有も兼ねて交流を約束した。 横山市議は「11月に神奈川文化援護協会が50周年記念式典をするので、それに合わせて市職員と再び訪れ、サントスで交流を進めたい」と語る。また「2都市の交流が上手くいったら、神戸も入れて3都市の交流もしたい」と両国の交流活発化に意欲的だ。 横山さんと共に「横浜市議サッカーチーム」に所属する斉藤市議(42、横浜)も、「横浜FCの役員に会って、カズに交流への協力を要請した。彼もサントスには特別な思い入れがあるはず」と大物参入に向けて動いている。 また今回、ブラジルの都市との交流の可能性を探るため、北海道札幌市の長内直也市議(50、札幌)も来伯し、二人に同行した。共に政令指定都市であることから、横浜の姉妹都市提携の経過を見るためにやってきたという。 長内さんは「札幌は5都市と交流があるが、緯度の近い北半球の都市ばかり。南部の人には雪がすごく喜ばれるので、自分にないものを持っている都市同士が結びつくのがいいと思う。これから色んな交流が始まりそうだ」と話した。   □関連コラム□大耳小耳 ブラジル―北海道の交流を望む長内直也札幌市議によると、「北海道ではコーラより先にガラナが根付いたので、小さい頃からガラナを飲む習慣がある。味はブラジルのとそっくり」という不思議な歴史があるとか。また道選出の参議で、当地で盛んなYOSAKOIソーラン祭りの創始者でもある長谷川岳さんは、北海道大学の後輩だそう。さらに繋がりを強めるために、ぜひとも張り切ってほしいところ。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 「原爆犠牲者追悼法要」が6日午前、本派本願寺伯国別院(梶原義教輪番)で営まれた。ブラジル被爆者平和協会(森田隆会長)、ブラジル広島文化センター(平崎靖之会長)の共催で、約30人が出席した。 原爆が投下された8時15分にあわせ鐘が鳴り、梶原導師らの読経が響き渡るなか、出席者らはそれぞれの思いを胸に焼香した。 現在訪日中の森田会長に代わり、娘の綏子さん(68)は、「被爆者の体験を聞き、書き留めておいてほしい。それが平和への道しるべになる」と語り伝えることの大事さを訴えた。同協会によれば、ブラジルの被爆者は106人。 5歳の時に被爆した池田美保子さん(75)は、「キノコ雲も見、黒い雨も浴びた。避難する被爆者らに水をあげたことを思い出す」と当時を振り返り、「戦争を知っているものは痛みがわかる。今の日本は色んな動きがあるが、いつまでも平和であってほしい」と話していた。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 4月末から文協会長を務める沖縄県出身・呉屋春美さんの「就任祝賀夕食会」が7月28日、沖縄県人会館で行われた。 県人会員の働きかけにより実現した。同会の山城勇名誉会長、島袋栄喜会長、木多喜八郎・前文協会長、大城ヨキオ・アリアンサ理事長など日系団体関係者を中心に約250人が参加した。 文協創立60年にして初めて誕生した女性会長に、来賓からの祝辞ほか花束が贈呈され、呉屋さんは「皆様の支えをいただきながら、感謝の気持ちを忘れずに務めてまいります」と挨拶した。 参加者らは山城名誉会長の乾杯の音頭でしばし歓談し、呉屋会長の前途を祝した。
サントス、聖市で歓迎行事 日伯外交樹立120周年の節目に当たり、練習艦「かしま」「しまゆき」と護衛艦「やまぎり」からなる海上自衛隊練習艦隊が7年ぶりにブラジルを訪問した。5月に東京を出港した3隻は先月28~31日までレシフェに寄港後、二手に分かれてリオ、サントスを訪問。5日朝、「やまぎり」「しまゆき」がサントス港へ入港した。2隻の乗員は386人で、うち56人が実習幹部。港でサントス日本人会による歓迎を受けた後、サンパウロ市に移動し、日系5団体共催による歓迎式典、出身県県人会との昼食会などの交流行事に参加した。 当日は護衛艦「やまぎり」が午前8時 分に、練習艦「しまゆき」が8時 分にそれぞれ入港した。祝砲等はなく、サントス日本人会(安次富ジョージ会長)の集まり状況に合わせ、同9時半からの入港歓迎式典となった。 サントス日本人会会員 人によって歓迎式が行われ、護衛艦「やまぎり」の橋本聖一艦長など3人に花束が贈呈された。同日本人会の安次富(あじふ)会長は「サントス市民とともに歓迎できたことを嬉しく思います。拙い日本語でのあいさつになってしまい申し訳ないが、お祝いの言葉とさせていただきます」と述べ、同地の歴史も簡単に紹介した。 橋本艦長は「移民100周年の来伯以来、7年ぶりで、とても楽しみにしていた。3泊4日と短い寄港だが、日本人会の方々との交流など、尽力してくださった方々には大変感謝しています」と謝辞を述べた。 歓迎式についてサントス日本人会会長補佐の大橋健三さんは「7年前は、まだまだ1世の方々がいた。現在は1世の意思を継いで、2世、3世が中心となっている」と話す。 その後、海上自衛隊よりブラジル海軍へ敬意を表し、同地で英雄的存在であるジョアキン・マルケス・リスボア元帥胸像への献花が行われた。 ブラジル海軍サンパウロ州サントス港湾司令官のリカルド・ホッシ氏は「海上自衛隊の皆様には、サントス港に志を同じくする朋友(ほうゆう)がいることを申し上げたい。今回の寄港に際し、サントスであれ、サンパウロであれ充実した日々を送っていただけることを願っている」と述べ、歓迎の意を表した。 1998年の移民 年祭から寄港式の度に参加しているという日系2世の男性は「個人情報の保護という目的かは分からないが、歓迎する側と歓迎される側との間に温度差を感じた。寂しいね」と率直な感想を口にした。 2015年8月7日付