06/03/2026

Ano: 2015

ニッケイ新聞 2015年5月12日 「多羅間殿下」とコロニアで親しまれていた明治天皇の孫、多羅間俊彦さんの初七日ミサが4月21日に行われたが、その前に、天皇皇后両陛下をはじめ皇太子殿下ご夫妻、秋篠宮ご夫妻からお悔やみの電話があり、さらに三笠宮さまや久邇宮家からも御供花があったことが分かった。多羅間アリッセ未亡人は驚きながらも、「本当にありがたいお心遣い」と心から感謝しているという。 多羅間さんは、東久邇宮稔彦王と同妃聡子内親王(明治天皇の九女)の第四王子として生まれた。父の東久邇宮稔彦王は終戦後初の第43代内閣総理大臣で、47年に皇籍離脱した。戦前に在聖総領事館に勤務し、退官後に渡伯して耕地を経営していた多羅間鉄輔・きぬ夫妻の養子となり、51年4月に単身、渡伯していた。ブラジル唯一の皇室血縁者だった。15日午後3時ごろ、聖市の自宅で心臓発作のために享年86で亡くなった。初七日ミサは4月21日に自宅近くのサンタテレジンニャ教会で行われ、当日は祭日だったにも関わらず100人以上が参列した。多羅間さんが亡くなった後、宮内庁の侍従から電話があり、天皇皇后両陛下や秋篠宮ご夫妻などからの「多羅間さまがお亡くなりになりましたことに対し、ご家族にご弔意をお伝えするよう仰せつかりました」との電話が自宅にあり、妻のアリッセさんが対応した。両陛下は、ご来伯時にサンパウロ市で会ったことをたいへん懐かしく思い出しているとのメッセージを託された。また皇太子殿下ご夫妻からも、訃報に接し、大変残念に思うとのお言葉に加え、「日本移民百周年のおりに、大変良くして頂いた事を、ありがたく思っております。心からのご冥福をお祈りいたします」との心のこもったメッセージが託された。その他、秋篠宮ご夫妻からお言葉もあった。教会には、三笠宮さまや久邇宮家からの御供花も供えられた。ミサでは、お言葉の全文が日本語では友人の尾和義三郎さん、ポ語ではアリッセさんの弟・花城ゼッツリオさん(元聖市交通局長)から披露され、会場には驚きの声が広がった。なお四十九日法要は5月31日午後3時から聖市の西本願寺(Rua Changua, 108, Saude)で行われる予定。
ニッケイ新聞 2015年5月9日  元島根県人会長の安達敬之助さんが7日、急性心不全のためになくなった。享年79。初七日は13日午後2時より浄土真宗本派本願寺(西本願寺、住所=Rua Changua, 108, Chacara Inglesa)で行なわれる。  安達さんは1936年4月6日に島根県八束郡鹿島町(現・松江氏)に生まれた。1958年に柔道の師範として来伯し、全伯講道館有段者会の会計を長く務めた。  島根県会長を2001年から3期務めた。それ以前も副会長として20年以上に渡り、県人会を支え、現在も顧問を務めていた。  その他、ブラジル拓殖大学学友会会長や、文協評議委員を現在まで務めており、各方面で活躍していた。
ブラジル熊本県文化交流協会(田呂丸哲次会長)は、17日午前11時半からサンパウロ市ビラ・マリアーナ区の同交流協会サロン(Rua Guimaraes Passos,142)で「第1回ブラジルふりかけ祭り」を開催する。 当日は、来場者が4種類のふりかけを食べ比べ、一番おいしいと思うものを投票で決定。食後にはビンゴ大会も行われる。 開催に至った経緯について田呂丸会長は「新たな取り組みを模索する中、昨年5月に熊本県を訪問した。ふりかけ工場が多いことに気づき、地元の人に尋ねたところ、同地がふりかけ製品発祥の地だと知った。その後、熊本県側と1年間の協議の末、祭りが実現した」と説明した。 ご飯にかけて食べる「ふりかけ」は熊本県から生産が始まったと言われ、古くは戦時中の食べ物として重宝された。アジア諸国を中心に外国でも種々の製品が販売され、親しまれている。 市場拡大が見込まれるブラジル。フリージャーナリストの日下野良武氏によると「モンスーン気候で、米を食べるアジア諸国では普及しやすい。ブラジルは一見すると肉食だが、その根底には豆と米があり、日本と同じ量の米の生産が行われている。きっかけがあればその後の普及は早い」とコメントした。 現代の日本の食文化を代表するふりかけ。田呂丸会長、小山田祥雄氏、赤木数成氏の3人は「同じ日本食でも寿司は調理が大変。ふりかけは手間要らず」「ご飯にかけるだけで、時間短縮、栄養満点」「偏食だった孫がふりかけのお陰で、ご飯をおかわりするまでになった」とふりかけの魅力を語った。 明石照久同祭実行委員長は同祭を「普及の出発点にしたい」と意気込み、来場を呼び掛けた。 参加費20レアル、当日はふりかけの商品販売は行わない。問い合わせは同協会(電話11・5084・1338)まで。 2015年5月9日付
訪日旅行で訪れた鹿児島県。昨年まで鹿児島県研修生として本紙で取材活動を行い、現在は鹿児島市内の種苗企業に勤務している川口裕貴氏の強い勧めで鹿児島市から車で30分ほどの南九州市にある「知覧(ちらん)特攻平和会館」を訪問した。 同会館は日米戦争末期の1944年から45年にかけ、戦況不利を打開しようとする日本軍部が戦闘機パイロットの人命を兵器の一部分として特攻、戦死させた17歳から26歳まで1036柱の英霊の遺影や遺書等を展示している。1036柱はすべて日本人ではなく、当時日本の統治下にあった韓国や台湾の若者の名前も展示。また、当時20歳の青年が書いた遺書もあった。 同会館の存在を今回の訪日までは知らなかった記者だが、日本人なら一度は見ておきたい場所だ。 なお、写真は会館内が撮影禁止のため、会館横に併設されている特攻隊員たちが出撃までの期間を過ごした三角兵舎の復元モデルの外観と内部を撮影した。 2015年5月9日付
ニッケイ新聞 2015年5月6日 ブラジル岩手県人会(千田曠暁会長)が『第9回わんこそば祭り』を5月17日午前11時から、同県人会館(Rua Tomas Gonzaga, 95)で開く。前売り券23レアル、当日券25レ。12歳までは各5レ引き。 日本から輸入したそばが食べ放題、餃子一皿付き。毎回約300人が来場する。3分間の早食い競争の優勝者には記念品が贈られる。過去最高記録は106杯だった。 千田会長は「改良を重ねた特製のめんつゆが自慢です。食欲に自信のある方も、ゆっくり食べたい方もぜひ」と呼びかけた。 競技は当日参加も可能だが、できるだけ前売り券購入時に申し込むこと。問い合わせは同県人会(11・3207・2383)まで。
ニッケイ新聞 2015年5月5日 昨年、沖縄県民入植百周年を迎えた南麻州カンポ・グランデ市の沖縄県人会(志良堂ニウトン会長)が、このほど記念誌『希望の大地』(617頁、B5版、Life出版社)を刊行した。 2007年、同県人会創立85周年を迎えた折に生まれた構想で、08年中旬から編集委員会による資料集めが始まった。初の記念誌制作とあって調査は難航したが、8年以上の歳月を経て完成に至った。 07年当時、会長を務めていた玉城ジョルジさんは、「先輩の移民が亡くなっていて、昔のことを知っている人が少なくて大変だった。歴史を残すにはとてもよい本だと思う」と話した。 同地における県民移民の軌跡や移民が創設した各植民地、カンポ・グランデ沖縄県人会の歴史と活動などを日ポ両語で紹介する。祖先崇拝や沖縄料理など伝統文化の解説や「ウルマ野球チーム」「世界のウチナンチュ大会」など関連行事・団体、沖縄県人ボリビア移民の歴史にも触れる。 同県人会では昨年8月、母県から高良倉吉副知事はじめ約80人の慶祝団を迎えて盛大に記念事業を行った。移民が降り立った元ノロエステ鉄道駅近くの公園には、本の題名と同じ文言が刻まれた石碑が設置されている。 発行部数は1千。まだ150冊ほど残っている。入手希望者は同県人会(67・3383・3954)まで。
沖縄県人会(島袋栄喜会長)主催の第8回フォーラムが、17日午後2時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の同県人会館(Rua Dr. Tomas de Lima, 72)で開かれる。比嘉アナ・マリア実行委員長と島袋会長、比嘉パウロ副会長、島袋カミロ・エウゾ副会長が案内に来社した。 今年のテーマは「沖縄文化の無常の象徴であるウチナーグチ(沖縄弁)を消滅させてはならない」。聖市のエザッツス大学(Colegio Exatus)で沖縄弁の講師を務める高良エルトンさんによって提案された。当日はブラジリアなど、各地の沖縄県人を招き、話し合う。 フォーラムは三線(さんしん)の演奏から始まり、琉球国祭り太鼓のショーも行われる。日伯語話者の発言後、それぞれ通訳される。島袋会長は「多くの人に来てもらいたい」と来場を呼び掛けた。 参加者は1キロ分の基礎食料品を持参のこと。食料品は社会福祉法人「希望の家」に寄付される。問い合わせは同県人会(電話11・3106・8823)の岩屋氏まで。 2015年5月8日付
在サンパウロ日本国総領事館の福嶌教輝総領事は帰国を前日に控えた4日、サンパウロ市イビラプエラ公園内の開拓先亡者慰霊碑を訪れ、参拝した。 福嶌総領事は、同日午後2時半頃に慰霊碑に到着。県連の本橋幹久会長や千葉県人会の原島義弘会長らが見守る中、献花し合掌した。その後、慰霊碑の礎石の下の霊廟にも焼香し、最後に名簿に記帳。本橋会長が礼を述べ、福嶌総領事は共に参拝した各関係者との歓談や写真撮影に応じた。 福嶌総領事は「在任期間2年7カ月の締めくくりとして、最後にきちんと慰霊碑を参拝したかった。今年は総領事館の開設100年の節目の年ということもあり、先亡者の方々にこの100年はまさに皆さんのお陰だと伝えた。尊敬と感謝の気持ちでいっぱい」とし、「ブラジルは、日本が(日本移民をブラジルに送り出し発展させたという意味で)最高のプレゼントをしてくれたというが、ブラジルも日本にとって最高の国だ」と言い、別れを惜しんだ。 総領事は5日に既に帰国しており、東京で引き継ぎ業務などをした後、次の赴任地へ向かう。 2015年5月6日付
在サンパウロ日本国総領事館の福嶌教輝総領事は帰国を前日に控えた4日、サンパウロ市イビラプエラ公園内の開拓先亡者慰霊碑を訪れ、参拝した。 福嶌総領事は、同日午後2時半頃に慰霊碑に到着。県連の本橋幹久会長や千葉県人会の原島義弘会長らが見守る中、献花し合掌した。その後、慰霊碑の礎石の下の霊廟にも焼香し、最後に名簿に記帳。本橋会長が礼を述べ、福嶌総領事は共に参拝した各関係者との歓談や写真撮影に応じた。 福嶌総領事は「在任期間2年7カ月の締めくくりとして、最後にきちんと慰霊碑を参拝したかった。今年は総領事館の開設100年の節目の年ということもあり、先亡者の方々にこの100年はまさに皆さんのお陰だと伝えた。尊敬と感謝の気持ちでいっぱい」とし、「ブラジルは、日本が(日本移民をブラジルに送り出し発展させたという意味で)最高のプレゼントをしてくれたというが、ブラジルも日本にとって最高の国だ」と言い、別れを惜しんだ。 総領事は5日に既に帰国しており、東京で引き継ぎ業務などをした後、次の赴任地へ向かう。 2015年5月6日付
岩手県人会(千田曠曉会長)主催の第9回わんこそば祭りが、17日午前11時から午後4時までサンパウロ市リベルダーデ区の同県人会館(Rua Thomaz Gonzaga, 95 – 1 andar)で開催される。案内に千田会長が来社した。 わんこそば祭りのメインイベントは、3分間で何杯食べられるかを競う競技の部。部門は一般の部が年齢別に分けられており、女性の部、子供の部もある。当日の飛び込み参加も可能。競技の部に参加しなくても、食べ放題形式で美味しいそばを思う存分堪能できる。 前売り券は23レアル(12歳以下18レアル)で販売しており、当日は25レアル(12歳以下20レアル)となる。 千田会長は「競技の部は参加者が少ないので、ぜひ奮って参加して下さい。今までより美味しいそばを用意してお待ちしております」とアピールした。 競技申し込み、前売り券購入、問い合わせは岩手県人会館の千田会長(電話11・3207・2383)まで。 2015年5月6日付
愛知、大分、和歌山、滋賀、長野の5県人会主催の「第18回屋台まつり」が、4月19日午前11時からサンパウロ市リベルダーデ区の愛知県人会館で開催された。 小雨がぱらつく中、当日の会場では各県人会がそれぞれ用意した自慢の料理が販売された。中でも、毎年7月のフェスティバル・ド・ジャポンでは2時間待ちの行列ができる和歌山県人会名物の関西風お好み焼きは好評で、多くの人が舌鼓を打った。谷口ジョゼ眞一郎和歌山県人会長(72、2世)は「200個売り上げるのが目標」と語り、裏ではお好み焼き作りに県人会ボランティアが大忙しの様子だった。 会場ステージでは、ミニコンサートや文協剣道部による演武、ビンゴ大会が行われた。特に剣道の演武では、ビシビシと響く竹刀の音に会場中がくぎ付けとなった。今回演武を披露した6人には非日系人も3人含まれていたが、「日系人の3人は、5月29日に日本で行われる剣道の世界大会に出場します。文協道場代表として頑張りたい」と大政ロナルド氏(33、3世)は抱負を述べた。 他にも古本の販売や、塗り絵コーナー、子供が遊べるスペースなどの施設もあり、訪れた人を楽しませた。次回の屋台まつり開催は10月を予定している。 2015年5月5日付
ニッケイ新聞 2015年4月30日 今年、パラナ州では日伯外交関係樹立120周年、日本人入植百周年、兵庫県との姉妹・友好提携45周年と三つの節目を祝う。その記念を兼ね、西森ルイス連邦下議が団長を務める「第42回パラナ日伯友好経済使節団」が7日~22日まで訪日し、日本各地で市長や知事らを表敬訪問した。一行は海苔工場などを視察し、経済交流活性化の可能性を探ったほか、井戸敏三県知事との間で今後の交流推進を期した声明への署名式も行い、関係深化に向けて両者、思いを新たにした。 「45周年への期待が高まっている」。神戸市で行われた歓迎会で16日、西森団長はそう確信を込めて本紙に語った。「昨年は住友ゴムのパラナ進出が実現し、今回も海苔工場建設が検討されることになった。今度はグローリー(本社姫路、金融機関向け機器の開発・販売)の工場を作って頂きたいという話もできた」と使節団の成果をアピールする。パ州と兵庫県は1970年に友好提携を結んでおり、使節団の派遣はその3年後、73年に開始した。リオと神戸(69年)、マリンガと加古川(73年)、クリチーバと姫路、ロンドリーナと西宮(77年)、パラナグアと淡路(86年)も友好提携を結ぶなど両州県の結束は強く、西森団長は「ブラジルの中でも地域同士の緊密さはナンバーワン」と胸を張る。今年の使節団には同州の市長や経済人、パ州120周年記念事業実行委員会の山脇ジョルジ委員長、兵庫県ブラジル事務所の山下亮所長ら26人が参加した。歓迎会で挨拶に立った井戸敏三県知事は、「長年の 交流重ねて協定を 結びし今日から さらに進む」との即興歌で活発な交流を喜んだ。また本紙の取材に対し、「大きな経済圏である中南米に関心を持つ企業は多いので積極的に進めていきたい」と前向きな姿勢を見せ、「こうした交流は先人の努力の上に成り立っている」と先駆者に敬意を示した。また日系の参加者からは「海外移住と文化の交流センター」見学に対する喜びの声も聞かれた。遠藤エウリコ・コーイチさん(55、三世)=パラナグア市=は「祖父母がここを通ってブラジルに行ったと思うと感動した。『ただいま、帰ってきましたよ』と言う気持ちになった」と感慨深げに語った。三野哲治日伯協会理事長(住友ゴム工業取締役会長)は閉会の挨拶で、「パラナに工場を進出し2年前から操業開始したが大変順調。インフラもすばらしいし労働の質も大変高く、出てよかった。これから進出される方には自信を持ってお勧めしたい」と話した。8月には井戸知事をはじめとする県の訪問団が、同州を訪れる予定。   【大耳小耳コラム】 姉妹提携45周年を迎えた兵庫県とパラナ州。新たな工場進出の可能性も検討されており、交流がますます活発化している。井戸敏三兵庫県知事も度々当地を訪れており、10年前の誕生日(8月10日)には還暦をクリチーバ文協で迎え、「『着ない』と言い張っていた赤いチャンチャンコを、結局は着せられたのが良い思い出」と笑う。人との信頼関係ありきのブラジル・ビジネスには、そんな温かい人間関係の構築が欠かせない。45年の粘り強い堅実な取り組みが、今実ろうとしているようだ。
ニッケイ新聞 2015年4月29日 在聖総領事館の福嶌教輝総領事が5月に帰国するにあたり、歓送会が23日午後7時半よりブラジル日本文化福祉協会の多目的ホールで行われた。会場には日系5団体はじめ関係者ら約200人ほどが出席した。最後に福嶌総領事は流暢なポ語でスピーチを行った。冒頭では感極まり、言葉を詰まらせる場面も見受けられ、これまでの2年半に及ぶ任期を振り返った。「ブラジルの日系社会は世界一」だと称え、数多くの集団地を訪れた総領事ならではの、重みのある言葉を語った。出席者の顔を一人ひとり見つめながら、それぞれの思い出を語り、最後に日本語で「本当にありがとう」と感謝の言葉でしめくくった。本紙の取材に対し、総領事は「W杯や安倍総理の訪伯は非常に大きなイベントだったが、自分にとっては移住地を数多く訪れたことが最も重要だった」と語り、「遠いブラジルの地で本当の日本の精神を持つ日系社会の方々と交流することで、自分が日本人であることに誇りを持てるようになった」と振り返る。心残りな点として「在聖総領事館創設100周年や、ジャパン・ハウスの完成に立ち会えないのが非常に残念だ」と述べ、後任への期待を一層膨らませた。当日は聖州地方部の各地文協からも代表者らが参加した。歓送会はその後も遅くまで続き、福嶌総領事との別れを惜しむ声が多数聞かれた。
在サンパウロ日本国総領事館の福嶌教輝総領事の送別会が、23日午後7時半からサンパウロ市リベルダーデ区の文協多目的ホールで行われ、関係団体及び関係者が約200人訪れた。 送別会で福嶌総領事は日系5団体の会長と共に壇上に上がり、木多喜八郎文協会長のあいさつの後、各諸団体から記念品を贈呈された。福嶌総領事は目に涙を浮かべ、終始感動した面持ちだった。 福嶌総領事は、ポルトガル語と時折日本語を混ぜたあいさつを述べ、冒頭では感極まり、声を詰まらせる場面もあった。あいさつでは、各団体、関係者や集まった人たちへの感謝を繰り返し述べ、日系社会の重要さを強調した。また、同総領事があいさつを終えると、2度にわたり会場総立ちの拍手が送られ、しばらく止むことはなかった。その後は集まった人たちと記念撮影の時間が設けられ、多くの人が共に写真に収まった。 乾杯後、会場は歓談の時間となり、総領事との会談を待つ人で長い列ができた。 会談後に記念撮影したブラジル日本会議の徳力啓三理事長(64歳、三重)は、「福嶌総領事は『日本会議のことは忘れませんよ』とおっしゃってくれた。せっかく日系社会に理解がある人が来てくれたのに、帰国してしまうのは非常に残念」と漏らしていた。 送別会は遅くまでたくさんの人が残り、福嶌総領事の人望の厚さを窺わせた。 2015年4月28日付
在伯大阪なにわ会(下平尾哲男会長)主催の慈善バザーが12日、サンパウロ市ビラ・マリアーナ区の同会会館で行われた。慈善バザーは今回で80回目を迎え、会場は暑い日差しの中、訪れた人で賑った。 会場には婦人会の会員が作った刺繍(ししゅう)や古着、アクセサリーなどが販売され、なかには美容品の体験販売コーナーもあり、バザリスタの個性が反映されていた。 手作りの巾着袋や財布を販売していた長谷川マリアさん(2世)は「1976年から参加している。今日の売り上げはボチボチ。新商品を出すとよく売れる」と語った。 なにわ会副会長の山本剛介さん(大阪)に話を聞くと、「婦人会やバザリスタがよく協力しあってるのが長く続いている秘訣だと思う。毎回あまり変わり映えがなく変化に乏しいが、これからはもう少し多彩な商品を売ったり、今までとは違ったことができるように何か考えたい」と述べた。 会場の奥には、汁粉やうどんがその場で食べられるスペースがあり、多くの人が日本の味を堪能していた。 同会館2階でサウディー楽団というバンドの練習を毎週しているという長谷川邦友さん(2世)は「バザーがある時はいつもここでご飯を食べます。なにわ会の新年会や行事ごとがある時は演奏を披露しています」と語り、うどんをたいらげた。 70本販売された巻きずしは午後1時の時点で1本しか残っておらず、当日の盛況ぶりを伺わせた。 次回のバザー開催は8月。1メートルあたり50レアルで出店希望のバザリスタに提供している。 2015年4月24日付
大使訪問、州と日系企業の懇談も リオ・グランデ・ド・スル(南大河)州における日本ブラジル外交樹立120周年と滋賀県との姉妹提携35周年を祝う開幕式典が、7日夕方に同州都ポルト・アレグレ市の州政庁ピラチニ宮で開催された。同州政府サイトによれば、ジョゼ・イボ・サルトリ知事はじめ州政府関係者、梅田邦夫在ブラジル日本国大使、池田敏雄在クリチバ総領事、後藤猛ポルト・アレグレ出張駐在官事務所長など日本政府代表、地域・日系社会の招待者や企業関係者など多数が出席した。 サルトリ知事はあいさつで、同州の多様性に日本文化が果たした貢献を確認するとともに、経済面における連携の重要性を強調。文化面にとどまらない他分野での協力関係構築、さらに新たな投資にも期待を表した。 滋賀県との姉妹州県提携は1980年に結ばれ、環境、産業、農業、教育、スポーツなど様々な分野で交流関係が続いてきた。同県の三日月大造知事のメッセージを持参した梅田大使は、知事はじめ同式典開催への関係者の協力に感謝。大使館サイトによれば、日本と同州の経済関係強化、同地で開催される日本祭りなど文化面の交流強化に期待を表すとともに、農業から始まり日系社会の各分野で同州の発展に貢献してきた1世、日系人の尽力に感謝した。同州と滋賀県に加え、姉妹都市(ポルト・アレグレと石川県金沢市、ペロッタスと同県珠洲市)の交流促進にも期待を表した。 和楽器を中心としたサンパウロの音楽グループ神楽坂トリオの演奏なども式典に花を添え、最後に来賓による鏡開き。一同で乾杯し、節目の年を祝った。 大使の同地訪問には恵子夫人も同行し、州知事夫人で特別補佐官のマリア・エレナ・サルトリ氏と懇談。知事夫人から大使夫人に南大河州の風物を紹介する写真集が贈られた。 ◎   ◎ 開幕式典にあたり、サンパウロ市から日系企業関係者がポルト・アレグレを訪れた。一行は13社の代表とブラジル日本商工会議所の平田藤義事務局長。式典に 先立ち7日午後、白川安弘会頭など南日伯商工会議所代表とともに、州経済開発・科学技術局(ファビオ・ブランコ局長)との懇談会が開催された。梅田大使、 サルトリ知事も出席した。 懇談会では同州における造船、石油・天然ガス生産や石炭のガス化事業の可能性などについて意見が交わされた。三菱商事や東洋エンジニアリングなどの各企業代表による会社紹介、新規の投資分野に関する説明等も行われ、知事は日伯経済関係のさらなる拡大に期待を表した。 ブランコ局長は、同州の石炭埋蔵量がブラジル全体の90%を占めることに触れ、環境に配慮した日本の技術によるガス化事業はビジネスの機会と説明。造船分野についても、同州には労働力があり、技術研究センターを有している点などをアピールした。ポルト・アレグレでは今年8月末、日本経団連とブラジル全国工業連盟による第18回日伯経済合同委員会の開催が予定されている。 2015年4月21日付
【一部既報、吉永拓哉福岡支局長】今年3月1日から1週間にわたりブラジルに滞在したグローバルステージin BRAZIL(武田誠一団長)の体験報告会が3月28日、福岡市内のアクロス福岡で行われた。『グローバルステージ』は、福岡県の青年たちをブラジルやハワイに短期派遣し、現地の福岡県人会や青年部と交流を深めることで、次世代のパイプ役となる人材を育成することを目的としており、今回、海外県人会人材育成・活用推進事業実行委員会が初めて企画したもの。 第1期生として参加したのはブラジル5人、ハワイ5人の計10人で、それぞれが自己のテーマに沿って報告した。 最初に平野梓さん(西南学院大)が登壇し、『日系社会について』と題して移民船・笠戸丸のことや「ガランチード」と呼ばれる日本移民について説明した。 また、ブラジルでは国際空港に降り立った際、現地の福岡県人会が『歓迎』と書かれた横断幕を手にして迎えてくれ、帰国の時は県人会の一人一人から土産を受け取り、「スーツケースに入らないほどだった」という。 そのような県人会の温かいもてなしを受けた平野さんは「これからブラジル日系社会の魅力を福岡で伝えていきたい」と語った。 続いて『ブラジル福岡県人会について』をテーマに報告した米村淳平さん(九州海外協力協会職員)は、「ブラジルには本当にもう一つの日本があり、嬉しかった」と感想を述べながらも、県人会の継承の難しさなど、これからの課題についても話した。 『日系人の農業改革』がテーマだった東雲雄馬さん(西南学院大)は、福岡県出身者の農家で360度の広大な畑を目の当たりにした。その際、移民が考案した炭素循環型農法の説明を聞き、畑に植わっていた大根をもらってその場でかぶりついたという。 「とても瑞々しくて美味しかった」とその時の感動を述べ、「こういった福岡にルーツのある人たちが頑張っているからこそ、ブラジル人は日本に良いイメージを抱くのだと思う」と誇らしく語った。 なお、企画した同委員会ではグローバルステージを継続し、今後はブラジルやハワイ以外の海外福岡県人会にも広げていきたいという。 2015年4月18日付
ニッケイ新聞 2015年4月17日 「多羅間殿下」とコロニアで親しまれていた明治天皇の孫、多羅間俊彦さんが15日午後3時ごろ、自宅で心臓発作のために亡くなった。享年86。16日正午時点で初七日は21日を考えているが、場所等は未定。 多羅間さんは、東久邇宮稔彦王と同妃聡子内親王(明治天皇の九女)の第四王子として生まれ、学習院で学んだ。父の東久邇宮稔彦王は終戦後初の第43代内閣総理大臣(1945年8月17日―同10月9日)。1947年に皇籍離脱。 在聖総領事館に勤務して平野植民地やアリアンサ移住地建設に尽力した多羅間鉄輔領事は、退官後に一移民として渡伯し、リンスでコーヒー耕地を経営した。開戦直後に交換船で帰国を勧められたが「移民と残る」と決断、42年に当地でなくなった。多羅間さんはそのキヌ未亡人の養子となり、51年4月にブラジル移住した。 当時コロニアでは「昭和の天孫降臨」と呼ばれ大騒ぎになった。多羅間耕地の経営を10年間ほど引き継ぎ、その後は聖市に移転してプロドゥトーレス・コーヒー倉庫会社監査役や経営審議会副会長を30年間も務めた。 渡伯10年ほどで資産家の花城清安さんの娘と結婚し、「ブラジルに住むならここで選挙権を取ったほうが良い」と考え、70年頃に帰化した。 ブラジル東京都友会会長、県連副会長、文協副会長、学術振興会ブラジル協会副理事長などを歴任した。1985年に東京都で世界大都市サミットが開催された際、マリオ・コーバス市長(当時)の特別補佐官として出席し、1990年に東京都と聖州の友好協定の実現にも尽力するなど、日伯をつなぐ懸け橋的な人材として常に交流に参加していた。
ニッケイ新聞 2015年4月17日 長野県人会元会長の矢崎逸郎さんが14日午後7時半ごろ、聖市モルンビー区のサンルイス病院で心臓発作のため逝去した。享年85。15日に同区パース墓地で葬儀が執り行われた。遺体はイタペセリカ・ダ・セーラ市オルト・ダ・パース火葬場で荼毘に付され、同墓地に埋葬された。長野県岡谷市生まれ。1954年に渡伯し、米国のエレクトロニクス企業「RCA」に10年ほど勤務した。その後、独立してテレビの電子部品メーカー「KINETRON」を創業、73歳まで同社経営に携わった。1997年~2000年まで長野県人会会長を務め、創立35周年時は刊行委員長として記念誌制作に、99年は実行委員長として40周年記念式典の実施に尽力した。県連の県費留学生・海外技術研修員委員長ほか、島崎藤村をしのぶ「藤村会」会長も担った。初七日ミサは21日午後3時、ピニェイロス区の聖ヨハネ教会(Rua dos Coropes, 108)執り行われる。
ニッケイ新聞 2015年4月10日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)の『第49回定期総会』が3月26日午後、文協ビルの県連会議室で開かれ、約50人が出席した。会計報告では昨年の日本祭りが、24万レ弱の黒字となったと伝えられた。ただし今年の同祭には総支出292万7千レ(約1億1500万円)を計上し、17万レの赤字が見込まれている。日本祭りは120周年記念事業だが、日本政府からの支援は期待外れに終わるかも―との声が漏れている。 総会の会計報告では通常収入は51万754・37レ、支出は51万6777・49レ。昨年の日本祭り収入は280万7363・09レ、支出は256万9705・66レだった。当初は約25万レの赤字見込みだったが、議員割当金が見込みの20万レから32万レに増え、入場者も見積もりより増加し、最終的には24万レ弱の黒字となった。今年度の通常会計は収支共に22万4千レ、今年の第18回日本祭りには収入275万8千レ、支出292万7千レを計上し承認された。議員割当金は今年も32万レを見込むが、それを入れても16万9千レの赤字だ。支出増の最大の原因は58万レから78万レに値上がりした場所代。その分、新規スポンサーも獲得しているが、山田康夫実行委員長は、「今回も議員割当金に頼るところが大きく、収支は流動的」と明かした。第2次ジウマ政権は緊縮財政の徹底を目指しており、議員割当金がすんなり出されるかは未知数。あまりそれに依存した予算だと、見込みが外れた時が怖そうだ。また不況感を強める業界が多いことから新規スポンサー増も難しい雲行き。そこで頼りたいのが今年、外交樹立120周年を祝っている日本政府からの支援――「外務省関係者は『顔が見える形になる』と強調していたので期待したが、思ったよりも小額…」と関係者は肩を落とす。昨年の安倍晋三首相来伯の〃恩恵〃は、今のままでは期待外れになりそうだ。最後に監査役選挙が行なわれ、森永ジェラルド(石川)、有北ジョージ(奈良)、片山アルナルド(高知)三氏が正監査に就任した。また今年会長が交代したのは14県人会。その一つである和歌山も役員の木原氏が退任したことで、島袋栄喜氏(沖縄)が副会長を引き継ぐことになった。総会に先立って行なわれた3月度代表者会議では、日本祭りの参加に関し茨城、京都、島根の見送りが正式に決まり、51店舗が出店することになった。換気扇の設置義務などの疑問に答えるため、16日に栃木県人会館(Rua Capitao Cavalcanti, 56, Vila Mariana)で、郷土食ブースに関する説明会を行なう。 □関連コラム「大耳小耳」□ 県連会議では日系諸団体主催の正月新年会に関し、監査役から物言いが。「主催の一つである文協が会場なのに、場所代4千レも含まれている。支払う必要はないのでは」との指摘があり、役員会に文書で正式に通達しているという。本橋幹久会長は「我々も事前に申し合わせをしなかったわけだから…。検討します」と、少々困惑気味の様子。文協の徴収方法に、県連役員も頭を悩ましているようだ。◎県連総会のある出席者は、「山形県人会の現役会長で突然なくなった押切フラビオさんには黙祷が捧げられたが、かつて県連会長までやった羽田宗義さん(昨年8月逝去)のことには触れずじまい…。とても悲しい思いをした」との手紙を編集部に寄せた。その出席者は本紙読者でもあり、本紙3月27日付け樹海コラムで「野球の恩人・国井精さんに少年大会で黙祷もなし」とあったのにちなんで、「先人の苦闘の歴史を忘れた県連はルーツを失う」と手紙を結んだ。