【福岡発・吉永拓哉福岡支局長】母県で1年間を過ごした福岡県移住者子弟留学生(県費留学生)9人の留学証書授与式が15日、福岡市内のソラリア西鉄ホテルで行われ、県費留学生を世話した福岡県海外移住家族会や大学関係者ら約60人が集まった。 式典では(公財)福岡県国際交流センターの新宮松比古理事長らがあいさつし、それぞれに留学証書を手渡した。 続いて県費留学生による留学成果報告では、それぞれ1年間の思い出写真をスクリーンで紹介しながら、日本語でスピーチを行った。 県費留学生たちは福岡の各大学に通いながら、休日には餅つきや着物の着付けなど日本文化を体験し、農家で田植えや脱穀の手伝いもした。 また、夏休み期間中は『青春18きっぷ』を利用してユニバーサル・スタジオ・ジャパンや京都など日本の名所を見て回った。 日系4世の南ソフィアさん(サンパウロ市出身)は、同じ県費留学生の重エリッキさん(3世、同市出身)らとともに富士山の登山にチャレンジした。 会場でその時の写真を見せながら「頂上から景色を眺めると、日本のイメージがよく分かった」と嬉しそうに話した。 今回、兄妹で県費留学した行徳ロニーさんと、ミリアさん(4世、モジ・ダス・クルーゼス市出身)は、期間中に福岡県海外移住家族会から世話になったことについて触れ、「私たちのことを家族のように接してくれた恩は一生忘れない」と感謝した。 2015年3月19日付
Ano: 2015
ニッケイ新聞 2015年3月14日 【長村裕佳子クリチーバ通信員】今年は日本ブラジル外交関係樹立120周年、パラナ州日本人入植百周年、パラナ州兵庫県姉妹州県提携45周年の三つの節目を迎えることから、パラナ州政府、在クリチーバ日本国総領事館、パラナ州記念事業実行委員会の合同で12日、クリチーバの州政庁で記念事業の開幕式が行われた。式典にはベット・リッシャ州知事、梅田邦夫駐ブラジル日本国大使をはじめ、約250人が出席した。 実行委員会の山脇ジョルジ委員長は、「百周年を迎えたパラナの日本移民は苦労を乗り越え、今日各分野で活躍している。共にこの記念の年を祝いたい」とあいさつ。梅田大使は「東日本大震災でパラナから多大な支援を受けた事に日本政府、国民を代表して感謝したい。パラナ州で日本移民が活躍し、州の発展に貢献している事は日本国民にとって大きな名誉」と伝えたほか、兵庫県とパラナ州の姉妹州県関係について「日本が外国と図っている交流の中でも最も強固な関係である」と断言した。ベット・リッシャ州知事は、日本移民の多いロンドリーナ市で育った経緯を振り返りながら「パラナ州では全ての分野において日本の文化が浸透している」と称え、「日本の教育である献身や辛抱強さという教えは州の発展を目指す上での理念でもある」と示した。西森ルイス、高山ヒデカズ両下議も挨拶を行い、更なる日伯関係強化への尽力を誓った。在クリチーバ総領事館の池田敏雄総領事も出席した。式典では実行委員会により日伯外交関係、パラナ州日本人入植、姉妹州県関係の歴史についてスライドの発表も行われた。式典後は、クリチーバ文協若葉太鼓の演奏が行われたほか、同日に合わせてサンパウロから駆け付けた茶道裏千家によって来場者にお茶が振る舞われた。前日の11日夜には、クリチーバ文協で梅田大使夫妻の歓迎夕食会が開催され、日系団体代表者ら約160人が参加した。また、同大使はクリチーバ訪問に合わせてパラナ日伯商工会議所や日本語学校も訪れ、現地の企業家や日本語教師らと意見交換を図った。
ニッケイ新聞 2015年3月12日 東日本大震災4周忌追悼支援集会が、11日午前、聖市の宮城県人会館で開催された。岩手、宮城、福島の3県人会や福祉団体による追悼支援委員会(永山八郎委員長)が主催。東日本に甚大な被害をもたらした大災害から4年が経過し、当地からも支援活動の継続や拡大を狙って、新たな取り組みが生まれようとしている。 「真っ白な雪道に 春風香る」――粛々と被害者へ黙祷が捧げられ、日系3団体代表らが次々に献花し、約90人の参加者全員で復興支援曲「花は咲く」を熱唱した。永山委員長(福島県人会長)があいさつに立ち、「歴史に残る大災害から4年。私の福島はまだ県人12万人が避難生活をしている。時間はたっても人間の生活、心の問題はまだ深刻です」と伝えた。在聖総領事館の佐野浩明首席領事も登壇し、「これまで伯国から温かい支援、激励があったことに感謝。今日の式典も日本政府に伝える。これからもコロニアと協力していかねば」と話した。秋田県人会の川合昭会長は、母県が被災者受け入れや支援物資送り出しに尽力したことに加え、岩手県陸前高田市などの復興活動を伝えた。「津波被災地では土地のかさ上げ作業が行なわれている。陸前高田では昨年から、土地を10メートル上げる作業が開始した。3キロのベルトコンベアを設置し、山から土を運んでいる」と具体的な動きを挙げた。宮城県名取市ではオイスカや林野庁と連携し、黒松の再生事業が始まっている。12年2月に名取市海岸林再生の会が立ち上がり育苗を開始し、市民が一体となって活動をしているという。新たな試みも始まろうとしている。宮城県人会の中沢宏一会長は、棉栽培での復興協力を呼びかけた。「震災後の耕作放棄地を利用した取り組みとして、福島県では棉花栽培や加工・販売が行われている。年明けに、歌手の中平マリコさんから綿人形が届けられた。そこから棉花の種を取り出して植えたので、5月ごろ収穫できる」という。製品化して販売収益を被災地に寄付するなどの事業を具体化させたい考えだが、試行錯誤の段階だ。「栽培加工できる協力者を募りたい。農業者の多いコロニアにとって相応しい支援の形では」と呼びかけた。閉会の辞は救済会「憩の園」の吉岡黎明前会長が務めた。「震災を忘れないためにも支援行事を続けよう。遠いブラジルからも継続した支援が大切だ」と締めくくった。 【大耳小耳コラム】 支援集会の最初には15分の短編アニメ「命の次に大切なもの」が上映された。主人公は福島県相馬市の漁師たち。地震発生直後に起きた大津波から、「漁師にとって命の次に大切だった」という船を守るため、決死の覚悟で沖に逃がしたが、陸に戻るとそこは変わり果てた姿となっていた。家族、我が家、ふるさとを失っていたというストーリで、「命の次に大切なもの」は何だったのかを考えさせる内容に、改めて被害の大きさを感じさせるものだった。◎また聖州オランブラの日語教師、武藤祥子さんは、実際に東北まで行きサークルダンスによって被災者に笑顔を与える活動を行なった報告もあった。昨年8月には聖市内でダンス講習会を行い、その収益を被災地での活動費に充てた。実際に会場でも講習を行い、「ダンスで手を取り合って心の支援が必要です」と話した。当地から、みんなでできる継続的な支援の方法とは何か。〃絆〃のあり方が問われている。
貧富の差と県系人の裕福さ感じて 海外県人会人材育成・活用推進事業実行委員会が主催する「グローバルステージin Brazil」の訪問団7人(引率役員2人、一般参加者5人)が5日午前、本紙を訪れた。「グローバルステージ」とは、福岡県の青年たちをブラジルやハワイに短期派遣し、現地の福岡県人会や青年部と交流を深めることで、次世代のパイプ役を担う人材を育成することを目的としたプログラム。今回が第1回目となった。 2年前に福岡で開かれた海外福岡県人会の代表者会議の中で、各国代表から「母県の青年を受け入れたい」という強い要望があり、今回の実現に至った。武田誠一団長は「在外福岡県人会の若手人材を日本に招くプログラム(県費留学、県人会担い手育成招へい事業)はあるが、その反対がなかった」と記念すべき日本からの訪問団派遣を喜んだ。 一行は、今月1日から8日まで9日間にわたりブラジルに滞在。日系企業や現地企業の視察、総領事館やJETRO等の政府機関、移民史料館、大学・研究機関等の訪問、県人会員や現地青年との意見交換会、ホームステイ等を行った。 来社した5日は旅程の折り返し地点。サントスにある日本移民ブラジル上陸記念碑やサンパウロ大学などを訪れ、ブラジルを肌で感じた団員たちに(1)ハワイではなくブラジルを選んだ理由と(2)渡伯後の心境の変化を尋ねた。 (1)では「時間的・距離的にブラジルは行く機会がないから」が3人。「祖母の祖母がブラジル移民」の東雲雄飛さん(20、大学生)、「職場でブラジル人とかかわる機会が多く、彼らを通してブラジルを見て来た」と話す米村淳平さん(31、社会人)、ブラジルに対し何らかのつながりを持つ団員もいた。 (2)では5人全員から「貧富の差を強く感じた」という声があった。東郷秀明さん(34、英語科教諭)は「日本で先人たちの苦労とその環境の苛酷さを学習して臨んだが、衣食住の観点から県人会の人は裕福な家庭が多い印象を受けた。教育に投資する家庭が多い」と述べ、平牧子さん(20、建築学科学生)は「ブラジルの建設中の建物に日本との違いを感じた」とそれぞれ自己の専門分野からブラジルを観察していた。 福岡県からの移住者がブラジルでどのように適応したのかを知りたかったという平野梓さん(21、大学生)は「それまで移民に対して、どこか貧しい印象があった。しかし、裕福な移民の暮らしぶりに驚いた」と話す。 武田団長は「現在、同プログラムの派遣先はブラジルとハワイの2カ国だが、いずれは福岡県人会のある世界9カ国21カ所すべてに拡大していきたい」と展望を述べ、一行はブラジリアへと向かった。 2015年3月14日付
新潟県人会の定期総会が8日、同県人会館で開かれ、会員約60人が出席した。2014年度の事業報告、収支決算が承認された後、15年度の事業計画、収支予算案について審議され、同案についても満場一致で承認された。 続いて役員改選が行われ、朝妻エレーナ会長は「来年新潟県人会は創立60周年を迎える。これから母県との連絡が頻繁になることを考えると南雲さんが適任だと思う」と推薦、これに対して会員からも異議がなく、拍手で副会長の南雲良治氏が新会長に選任された。 南雲新会長は、3度目の会長就任となり、「今さら私の出る幕ではないが、60周年を考えて母県との連絡に専念し、県人会の維持、運営についてはこれまで通り朝妻さんにお願いし、皆さん一緒になって県人会を盛り上げていこう」とあいさつした。 また、同県人会会館は白蟻被害がひどいため屋根などの改修工事が急務となっている。一昨年以来、母県に対して補修費の補助を要請してきたが、回答が得られないでいる。ところが、最近になり同会館の一帯がこれから建設が予定されている地下鉄6号線の新駅の敷地となることが関係当局から通達があったため、立ち退きせざるを得ない状況になった。このため、大幅な改修工事をせずに雨漏りを防ぐ程度の応急処置で済ませることを決め、県人会内部で資金調達が急務となった。 総会終了後に行われた新年会の席上で改修費用捻出のための奉加帳が回され、会員の支援を求めた。 新役員は次の通り(敬称略)。 会長=南雲良治。第1副会長=朝妻秀子エレーナ。第2副会長=樋口香。正監査=佐々木ルイス、水本法子、平井恵子。 2015年3月14日付
「ブラジルでも忘れないように」 東日本大震災発生から4年となる11日午前、サンパウロ(聖)市の宮城県人会館で日系諸団体の協賛による追悼支援集会(主催=東日本大震災追悼支援委員会)が開かれた。震災を描いたアニメーションの上映や、被災地での活動紹介なども行われ、約80人の出席者はブラジルから犠牲者の冥福と被災地の復興を願った。 昨年の岩手、宮城、福島3県人会共催による追悼式に続き、今年も開かれた追悼の行事。集会は午前10時過ぎに始まり、最初に日本で製作されたアニメ「命の次に大切なもの」が上映された。 主人公は福島県相馬市の漁師。地震発生後、船を沖に出し津波を乗り越えて船を守ったが、翌朝戻った港で見たのは全てが流された故郷の姿だった。津波で家族を失い、原発事故の影響で、魚は安全検査を通っても昔のようには売れない。「命の次に大切な」船を守ったが、本当に大切なものは何かを問いかける作品に、出席者は静かに見入っていた。 震災犠牲者に1分間の黙祷を捧げ、永山八郎委員長、後援の在サンパウロ総領事館の佐野浩明首席領事ほか、日系団体代表らが献花。続いて参加者全員で復興支援歌「花は咲く」を合唱した。 永山委員長(福島県人会長)は、昨年福島で開かれた世界県人会サミットで被災地復興の状況や避難者を視察した経験を振り返り、今も全国で約23万人が避難 していることに触れ、「一番大事な人間の生活、心の問題は深刻な状況だと思う。こうして参加していただいた皆さんの温かい心は、必ずや日本の方々に届くも のと確信している」と述べた。 佐野首席領事は、日本で行われた追悼式での「心を一つにして寄り添っていくことが大切」と いう天皇陛下のお言葉を紹介し、ブラジルから寄せられた支援、同集会関係者に感謝を表明。「ブラジルには日伯関係を長年支えてきた日系社会という強い基盤 がある。引き続き、協力していただければ」と話し、この日の集会のことを日本政府に伝えたいと述べた。 川合昭氏(秋田県 人会長)は、震災直後の被災地へ山形、秋田からの道路・鉄道を利用して行われた物資等の支援活動や、土地を10メートルかさ上げして新しい町を作る岩手県 陸前高田のことなどを伝えた。「日本人の助け合いの心」を称賛し、「私たちもこういう機会を通じて応援していきたい」と語った。 このほか、宮城県名取市の農業従事者ら地元有志とオイスカが10年計画で進める海岸林再生の黒松植樹活動や、聖州オランブラ在住の武藤祥子さんが被災地を 訪ねて行っている「サークルダンス」の活動も紹介された。同ダンスは参加者が手をつないで輪になり、色々な音楽に合わせて踊るもの。武藤さんは「被災した 人たちが一瞬でも笑顔を取り戻せる活動を」と思いを語った。...
鹿児島県人会定例役員会(園田昭憲会長)が8日、サンパウロ市リベルダーデ区の県連会議室5階で行われた。 主な議題は、新会館・事務所の購入。鹿児島県人会は現在、専用の会館を保有しておらず、新会館設立に関して議論が進められている。今回の役員会では2件が検討されたが、いずれも却下となった。背景にあるのは、不動産価格の下落と一定の貯金の確保。園田会長は、婦人会・若い人々が集まりやすいことを物件の条件に挙げた。 「できるだけ出費を抑えて手持ち資金200万レアルを少しでも多く、次の世代に託していきたい。また、県人会の若い世代らは、リベルダーデから遠い場所に住んでいる。リベルダーデ周辺に今すぐ県人会館を建てる必要性を感じない」と述べた。また「会館を維持するために、会員が苦労することはあってはならない。毎年、黒字を計上し、会員にお金を返していけるように」(園田会長)とかつて財政難に苦しんだ同県人会は、その苦い経験を糧に、一歩ずつ前に進んでいる。 同日、定款の変更点が報告され、ブラジルの登記所に出す際に求められる「選挙」項目が新しく付け加えられた。 2015年3月13日付
県連(本橋幹久会長)主催の第44回移民のふるさと巡りが、9月24日から10月1日までの8日間にわたって実施され、今回はメキシコを訪れる。 メキシコ日本移民の歴史は、1897年の「榎本武揚殖民団」36人が同国南部のチアパス州アカコヤグアに入植したことに始まる。 今回のふるさと巡りでは、首都メキシコシティーでの交流を中心に、ティオティワカン遺跡、最初の移住地だったアカコヤグアの榎本殖民記念碑などを訪問する。 参加人員は80人を予定しているが、希望者が多いため県連では早めの申し込みを促している。 参加料金はツイン・トリプルルームが一人2855ドル+142ドル(空港使用税)。シングルルームが3160ドル。 詳細についての問い合わせ、申し込みはグローバル旅行社(電話11・3572・8990)まで。 2015年3月13日付
55周年を機にバトンタッチ ブラジル兵庫県人会は8日午前10時過ぎから、サンパウロ(聖)市の宮城県人会館で2015年度定期総会を開催した。20年間会長として会をまとめてきた尾西貞夫氏(72)が、この日の総会をもって勇退。新会長に元県費研修生の松下大谷マルリ氏(51、3世)が就任した。同会は今年創立55周年。8月23日に母県訪問団を迎え、静岡県人会館で記念式典を予定している。 当日は41人が出席。冒頭に昨年の県人物故者の氏名が読み上げられ、出席者が1分間の黙祷を捧げた。 続いてあいさつした尾西会長は、はじめに今任期限りでの退任を表明。高松浩二氏に代わって会長に就任したのが1995年1月の阪神淡路大震災の直後だったことを振り返り、在任中の思い出として、40周年から50周年まで3度の記念式典と記念誌の発行、旧神戸移住センターの改修への協力などを挙げた。 同会以外にも、自身の商売や他団体の活動を通じて培った人脈で母県、日本との交流に努めてきた。尾西会長は「後継者が育ったので辞めることを決めた。会員、役員の皆さんの声援のお陰で今日がある」と感謝。「8月の55周年式典は若い人にバトンタッチして、バックアップする覚悟」と述べ、出席者から大きな拍手が送られた。 昨年度の収支は、事務所家賃の上昇、職員退職に伴う支出などがあり、約7400レアルの赤字を計上した。補助金や会費、日本祭り等のイベント収入 のほか、兵庫県からの進出企業の協力も同会の運営を支えている。今年の予算は約6万4000レアルで、いずれも承認された。また、出席者から現在50レア ルの会費を上げることが提案され、来年から70レアルとすることも決まった。 今年の事業は昨年同様、ピクニックや日本祭 り参加、母県の若手農業派遣団との交流など。8月の55周年式典には井戸敏三知事はじめ、40人ほどの来伯訪問が見込まれている。尾西会長は「今年一番大 きな行事。ご協力をよろしくお願いします」と要望。日本祭りは出店料上昇で厳しい運営が予想されるが、「若い人たちが色んなことをやってくれると思う」と 期待を表した。 役員改選では、提出された単一シャッパの役員候補が一人ずつ紹介され、承認を受けた。 松下新会長は就任あいさつで、尾西前会長への感謝とともに今後の協力も要請。8月の式典では来伯する訪問団に対して「できる限りのおもてなしをしたい」と話し、「これから心機一転、新しいメンバーと頑張ろうと思います」と抱負を述べて協力を呼び掛けた。総会終了後は出席者一同で記念撮影。昼食会に移り、親睦を深めた。松下新会長は85年の研修生で、同会役員を務めて6年になる。現在、他の団体の青年との共同イベントなど、新たな活動も検討しているそうだ。同会から訪日 した研修生、留学生は約120人。子供のいる年齢の人も多い。松下氏は「子供たちのために頑張らないと」と話し、より多くのOB・OGが参加できる会作り に意欲を見せた。 2015年3月12日付
ブラジル鳥取県人会の2015年度通常総会が2月8日午前、サンパウロ(聖)市の鳥取交流センターで開催された。役員改選が行われ、本橋幹久会長の続投(4期目)が決まった。 昨年は、母県鳥取市の「第50回しゃんしゃん祭り」にブラジルの傘踊りグループが招待を受けて参加。日本祭り郷土食への出店や、焼きそば会、フェスタ・ジュニーナなど定例行事のほか、同センターを利用した文化サークルも順調だった。収入は27万7000レアル、支出は19万2000レアル。 今年度予算は28万5000レアル。11月8日に、県費留学・技術研修事業50周年と、県の支援も受けて建設した同センター創設20周年の記念式典を予定している。 当日は、同会創立60周年で聖州森林院内に造成された「サンパウロ鳥取友好の森」の現状説明や、県から中堅リーダー事業で来伯した2氏、訪日する留学生・研修員の紹介も行われた。総会終了後は新年昼食会とアトラクションを楽しみ、親睦を深めた。 15、16年度役員は次の通り。(敬称略) 会長=本橋幹久。第1副会長=山添源二。第2同=末永正。第3同=千田伊藤初美。【理事】総務=西坂幸二アンドレ、シャネス石井パシャ。会計=大西マリエ、西坂健治ジオゴ。財管=池堂美幸ミリアン、西坂ヨウイチ・ダニロ。渉外=東真澄ルシー、村信政幸。文化=美甘好重、竹下朝枝イルダ。正監事=西坂勇治ファビオ、西谷ユキ・オルガ、杉田アツコ。監査補=伊藤マコト・パウロ、加藤トミヒロ・エジソン、加藤アケミ・ベロニカ。 2015年3月12日付
ニッケイ新聞 2015年3月11日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)の2月度代表者会議が先月26日、文協ビルの県連会議室で行われ、45人が出席した。冒頭の会計報告で同月の収入は4万359・01レ、支出は6万8840・25レと発表された。先月13日に申し込みが締め切られた第18回日本祭り参加については、経費高騰により出店数の減少が懸念されていたが、昨年とほぼ同数となる54の団体の出店が決まった。県人会に限れば茨城、島根が昨年に続き不参加で、京都、愛媛、福岡が返答待ち。ガスや換気扇の配置を示すレイアウトの提出は今月20日までとなる。また炭を使用する団体は、会議の時点で4つの申し込みにとどまった。会場の改修に伴い、焼き場スペースが限られているため、昨年の12より減少した。「4県合同で使用すれば経費削減できるのでは」という提案があり、実現可能か協議していくとした。今月末に出発する「第43回ふるさと巡り」には、150人以上の申し込みがあった。27日から4泊5日でパウリスタ線沿いの移住地を巡る。9月末に開催する第44回(メキシコ)は、まず80人の枠で受付を開始した。最後に新会長が紹介された。群馬は小渕民雄氏から、1982年の県費留学生である矢島オタビオ氏(60、二世)、和歌山は木原好規氏が退任し谷口ジョゼ氏(72、同)、広島は2001年から務めた大西博巳氏から平崎靖之氏(69、広島)、愛媛は西村定栄氏からサクラ中矢食品の中矢レナト社長の従兄弟にあたる中矢伝氏(70、二世)、沖縄は田場ジョルジ氏から島袋栄喜氏(64、沖縄)へそれぞれバトンタッチした。今月26日には定期総会が開催される。
ニッケイ新聞 2015年3月11日 兵庫県人会が8日に宮城県人会館で開催した定期総会で、20年間会長をつとめた尾西貞夫さんが勇退し、元研修生で6年間役員を務めた松下大谷マルリさん(51、三世)が新会長に就任した。兵庫県出身者が少ないこともあり、年に一度の新年会とピクニック、農業研修生の受け入れを、同会では長年細々と続けてきた。今回は一転、総会には若者中心に約40人が出席し、活発な議論が繰り広げられた。新会長は「元研修生を何とか会活動に参加させたい。行事をもっと増やし、活性化したい」と意気込んでいる。 役員改選は単一シャッパの承認でスムーズに行われた。メンバーは従来の役員数人を残し、ほぼ入れ替わった。尾西会長は「若い人が立派に成長して来たので、辞めることにした。任期中は創立40年、45年、50年をやり、記念誌を3冊出せた」と振り返り、「55周年記念式典は、若い人にバトンタッチする」と後任に期待を託した。松下新会長は「これまで尾西さんに任せっきりだったが、心機一転、新しいメンバーとがんばる。今年の日本祭りも予算が倍近くになるけど、自分たちの責任で何とかしましょう。皆さんよろしく!」と日ポ両語で元気良く挨拶した。議題の進行中、会場では盛んに質問や意見が飛び交った。「会費50レアルは安い。もっと上げよう」「出せる人は多く出せる仕組みを」といった要望や、「元研修生が非会員のままで連絡も取れない状況はおかしい」などの意見が上がった。それを受け、新役員らは2016年には会費を70レに値上げし、研修生に関しては消息を調べてリストを作り、会の活動に参加させる意向と発表した。松下会長は「兵庫は会館がない。若い人を呼び込むため、他の県人会の青年部と一緒に何かできれば」との希望も語った。昨年の収入は約5万6千レアル、支出は約6万3千レ。インフレや元事務局長の退職に伴い、約7500レの赤字となった。今年の予算は6万3千レ。新事務局長には、兵庫出身の平井真理子さんが就任している。8月23日には静岡県人会で創立55周年記念式典を予定している。母県から知事ら約40人が来伯する見込みだ。監査補の喜多山重男さんは、「今まで年寄りばかりでシーンとして拍手だけだったのに、今日は若い人が7割くらい、すごく活発だった」と喜んでいた。 新役員は次の通り【会長】松下大谷マルリ【副会長】小林ジルセ(第一)、上野聖二(第二)【総務】山本アナ・パウラ【会計】植村エジナ【正監査】天野右郷、尾崎俊彦、衣川レジーナ【監査補】大川満、喜多山重男、高松セルジオ、坂本エレーナ、島田マルシア(敬称略)。 【大耳小耳コラム】 兵庫県人会の定期総会が、まさかこれほど盛り上がるとは思ってもみなかった。松下新会長が県系の親戚を連れてきたこともあり、若い女性の姿が目立った。役員も半数が女性と、これから彼女たちの活躍が期待できそう。資金集めも、これまでは尾西貞夫会長が兵庫出身の企業から寄付などを募っていたが、松下新会長は「企業には頼りたくない」と独立独歩で行く意気込みだ。尾西元会長の勇退で、幸先の良い世代交代のスタートが切られた模様。
ニッケイ新聞 2015年3月11日 長年行方が分からなくなっていた、琉球古典音楽の大家・山内盛彬(せいひん)氏真筆の歌が刻まれた琉歌碑がカントリークラブ日本公園内で発見され、沖縄県人会が会館敷地内に移設を図っている。山内氏は琉球古典音楽の渉猟と保存に尽くした音楽学者で、1952年に来伯した際、勝ち負け抗争の余燼で揺れ動く日系社会と沖縄県系人社会内の対立を憂い、音楽の力で大同団結を訴えた。サンパウロ市制400年祭の折に同県出身の作曲家・金井喜久子女史と共に「国際民族音楽会議」に日本代表として参加し、沖縄音楽の普及に努めた。石碑は同氏を顕彰し、県人会有志により1954年10月2日、サント・アンドレー市のジュッタ農場に建立されたもの。平和を希求した同氏による琉歌「平和しぬくゆる武器よさめ楽や原子爆弾も吹きゆ散らせ」が刻まれている。沖縄県人会の知念直義さんによれば、ジアデーマか本部のいずれかが移転先になる予定。聖市本部で3月1日に開催された「さんしんの日」には、館内に実物が展示された。
琉球古典音楽、民謡4団体共催の芸能祭「さんしん(三線)の日」が1日午後、サンパウロ市の沖縄県人会サロンで開催された。伝統的な弦楽器、三線(沖縄三味線)による音楽文化の継承を目的に始まった同イベントも今年で10回目。当日は約400人が会場を訪れ、沖縄芸能満載の一日を楽しんだ。 三(3)線(4)の語呂にあわせ、1993年以来沖縄県で3月4日に開催されている同イベント。ブラジルでは2006年から毎年続いており、音楽だけでなく様々な芸能に触れられる行事として親しまれている。今年も筝曲団体や沖縄舞踊協会、太鼓団体、協和婦人会、留学研修OBの「うりずん」会などが協力し、計150人あまりが出演した。 午後1時半からの開会式で山内盛一実行委員長は、同イベントが始まった当時、「後世に三線の文化を伝える上で大きな課題を持っていた」と回顧。「9年間繰り返してきた営みが、今の三線文化興隆の原動力になっている」と述べた。さらに2世、3世が中心になりつつある現状を「大変頼もしいこと」と喜び、「関係者の期待を引き継いでくれると確信している」と話した。 島袋栄喜県人会長は「ブラジルのウチナーンチュは、嬉しい時は喜びを表すため、悲しい時、苦しい時は慰めのために三線を弾いてきた。今では子弟や日系でない人も多く弾くようになり、沖縄の文化が着々とブラジルに定着していると思う」と述べ、指導者や音楽団体など関係者の尽力に感謝を表した。 野村流古典音楽協会、野村流古典音楽保存会、琉球筝曲興陽会、琉球筝曲保存会による、祝宴の初めに歌われる「かぎやで風節」の合同演奏でイベントが開幕。その後は舞踊の各道場の師範、生徒たちによる踊りや、民謡協会、同保存会による演奏・合唱が次々と披露された。若い世代の踊り手、歌い手も多く、会場から盛んな拍手が送られていた。 留学生OBが日ポ両語で司会を務め、休憩時間には三線を持参した来場者も一緒になって民謡を演奏する趣向も。琉球國祭り太鼓の演奏に続き、最後は会場全体でカチャーシーを踊ってにぎやかに閉幕した。 2015年3月10日付
戦後の県人団結助けた山内盛彬氏 【既報関連】ブラジル沖縄県人会・沖縄文化センターの定期総会が開かれた2月22日、会場の同県人会館ロビーに琉歌を刻んだ石碑が置かれていた。高さ1.5メートルほどの、苔が点々とついた古びた碑だが、ブラジルの沖縄県系コミュニティーにとっては先人が残した財産だ。石碑の歌は、琉球古典音楽の大家、山内盛彬(やまのうち・せいひん)氏(故人)が詠んだもの。同氏は1952年、戦後の在伯邦人を二分した「勝ち負け」対立に心を痛めて来伯。3年間各地を訪れ、音楽を通じて県人社会の融和に尽力した。長年行方の分からなかった碑が再び日の目を見たのは、建立から約60年が過ぎた昨年のことだった。 石碑に刻まれた琉歌は「平和しにゆくゆる武器よさめ楽や 原子爆弾も吹きよ散らせ」。音楽は世の中を和やかにし、原子爆弾も吹き散らす武器であると、音楽を通じた平和への願いが込められている。 定期総会で歌碑の由来を説明した山城勇名誉会長によれば、山内氏がブラジルを訪れたのは戦後の52年。戦前から音楽家として活動していた同氏は当時、米国コロンビア大学に招聘され、同国で沖縄の音楽を紹介していた。その滞米中、在伯邦人社会が日本の戦勝・敗戦をめぐって対立していることを知ってブラジルへ来たという。 3年間の滞伯中、山内氏は国内各地の県人集団地を訪ねて琉球古典音楽を紹介。音楽を通じて、まだ残る「勝ち負け」対立の空気を和らげ、県人が団結する一助となった。同氏の活動はまた、ブラジルでの古典音楽団体創設にもつながった。 そして54年、サンパウロ400年祭で開催された第7回国際民族音楽会議に沖縄から代表として来伯した金井喜久子氏とともに、山内氏も同会議に参加。その折に、「音楽の力で皆の心を慰め、ウチナーンチュの心を一つにさせたい」との思いを込めて前述の琉歌を詠んだという。 山内氏の自書を刻んだ同碑は、大城亀氏、山内盛長氏ら同氏が滞在した聖市近郊サント・アンドレーの県人や、当時母県救援活動に携わっていた花城清安氏など 有志が資金を集め、54年、当時サント・アンドレーにあった「日本荘」内に建立された。同所は戦前移民の三好綱一氏が地元資産家から土地を借り、日本庭園 を整備した場所で、鳥居や、明治天皇御製の碑などもあった。 山城さんが移住したのはその4年後だが、当時日本荘のあった ファゼンダ・ジュッタに住んでいたことから昔のことを聞いていたという。まだ日本人の団体がないころ。一番手近に集まれる場所が日本荘で、「来て間もない ころは、運動会や演芸会など盛んに行事をしていました」と思い出す。 しかし、周辺開発の進んだ70年代初めに三好氏が土地を返すことになり、日本荘は移転。以後、歌碑の所在については分からなくなっていた。 その後、移民100周年事業「写真で見るブラジル沖縄県人移民の歴史」の編集を進める中で、日本荘の建築物がアルジャー市の日本カントリークラブに移さ れ、その中に歌碑もあることが分かった。昨年7月ごろに山城さん、宮城あきら編集委員長、垣花輝明委員らで同クラブを訪問。敷地内の一角に移設された日本 荘を探したが、一日探しても見つからなかった。断念して帰ろうとした夕方、はるか奥で高く伸びた草の陰に隠れていた石碑を見つけたという。 歌碑の写真は同記念誌に収録され、そしてこのたび、知念直義・野村流古典音楽協会会長、新城盛春・野村流古典音楽保存会会長ら関係者の提案により、会の財産として保存するため同クラブから県人会館へ運ばれた。...
ニッケイ新聞 2015年3月6日 福岡県が今年から、県人会のある国々に県内青年を派遣する新事業「グローバルステージ in BRAZIL / in HAWAII ~フロンティアに挑んだ先人に学ぼう~」を開始した。毎年2地域を訪問予定で、今回は移民史の古いブラジル、米国ハワイに5人ずつを派遣。当地では1日から、同県国際交流局交流第二課課長の武田誠一さん(団長)、福岡県国際交流センターの加藤奈美さん率いる訪問団5人が、8日まで県人会関係者との交流等を行っている。県費留学生や研修生が次々に規模削減・廃止される一般的な風潮に逆行するような、国際交流を重視した粋な取り組みといえそうだ。 同県では、県民の子弟招へい制度と、毎年10人を受け入れる県費留学制度を長年続けているが、青年を海外へ派遣する事業はなかった。武田課長によれば、2013年10月に同県で「海外福岡県人会世界大会」が開かれ、約300が集って今後の交流のあり方について議論した結果、「若い人同士の交流がなければ関係は続かない。青年を現地の県人会に送ろう」との方針が決まった。同課長は「海外の福岡県人会の活動は活発で、現地での影響力が強い人も多い。それに、知事も国際交流を大事にしている」と事業の追い風となった背景を説明した。一般公募を行ったところ、2カ国の募集に計60人もの希望者が殺到。ブラジル組は1日~8日、ハワイ組は6日~14日まで滞在し、県人会との交流のほか現地の政治経済事情を見聞する。当地組は、ホームステイをしながらブラジル日本移民史料館、県民が多く移住したスザノの県人会支部や同地農家、三菱商事などを訪問中。ブラジリアで梅田邦夫大使と面会の予定も。関西学院大学法学部の平野梓さん(21、福岡)は「授業で外国人労働者や移民のことを調べているので、彼らの母国に行ってみたかった」と参加を希望した。筑紫女学園中高等学校でグローバル教育推進準備委員をつとめる東郷秀朋さん(35、京都)は「経済格差を目の当たりにして考え込んだ」と所感を述べ、「学校として、これから生徒たちをもっと海外に出していきたい」と抱負を語った。 【団員名簿】武田誠一、加藤奈美、東郷秀朋、米村淳平、平野梓、平牧子(福岡大学)、東雲雄飛(西南学院大学) 【大耳小耳コラム】 福岡県の新派遣事業「グローバルステージ」の団員・米村淳平さん(31、福岡)は、「職場にブラジル人が沢山いるので、彼らの住んでいる所を見てみたかった」という。勤務先の九州海外協力協会は、いわば〃JICAの下請け〃で、毎年千人もの外国人を受け入れているとか。知事の理解もあり、国際交流が盛んな土地柄のよう。県庁の武田誠一さんが「交通の便も良く、海外との玄関口なのでオープンなんでしょう」と説明するように、明治維新発祥の地なだけに、国際感覚も先祖譲り?
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は、2月26日午後4時からサンパウロ市リベルダーデ区の文協ビル内県連会議室で2月度代表者会議を実施した。 初めに本橋会長からあいさつがあり「2月は日本では逃げると言う。2月ももう終わるが、県連の役員は3月31日の午後11時59分59秒までやっていただけたらいいな」と述べ、会場を盛り上げた。 議題は、(1)第18回日本祭り(2)第43・44回移民のふるさと巡り(3)県人会情報紹介。 第18回日本祭りに関しては、屋外会場と屋内会場の併設から屋内統一に伴う昨年度との変更点が中心に説明された。料理時の煙が充満するのを防ぐため、換気扇の設置による各県人会の負担増など飲食部門は痛手を被る。また山田康夫実行委員長は「(郷土食は)茨城と島根が参加しないと表明。また、昨年度出なかった静岡は出る」と発表した。愛知、京都、福岡の3県はまだ決めかねていたが、今月3日に本紙が電話取材で確認したところ、愛知、福岡の2県が参加することが明らかになった。昨年度よりも各県人会の参加率が高く、今年の祭りも期待を持てる。 第43回のふるさと巡りに関しては、3日目の昼に予定していたバカエンブー市の現地日本人会との交流を相手先の都合により変更。同日の夕方に着く予定だったリンス市にある西本願寺に向かう。寺で接待を受け、法要が行われるという。 最後に各県人会の新会長らが就任のあいさつを行った。和歌山県人会の谷口眞一郎新会長は「ブラジルと日本の二重国籍なので二つ名前がある」と述べ、愛媛県人会のワカヤ・ツタエ新会長も「日本語で読み書きはできませんが、よろしくお願いします」と世代交代らしいあいさつを行った。 2015年3月6日付
東日本大震災4周年追悼支援集会が11日午前10時から正午時まで、サンパウロ市リベルダーデ区のブラジル宮城県人会ホール(Rua Fagundes, 152)で開催される。 案内に永山八郎実行委員長、中沢宏一氏(宮城県人会会長)、佐藤直氏(憩の園理事)の3人が来社した。「あの時、俺は、なんで家族のそばにいて、家族を守らなかったんだべ。なんで、なんで…家族を守らねで船なんど守ったんだべ」―。当日は被災した漁師を描いた物語「命の次に大切なもの」の上映会や歌手中平マリコさんの支援活動などをはじめ多くの支援活動が紹介される。 中平氏はこれまでに何度も被災地を訪れ、「花は咲く」を歌い歩くなどの草の根支援に加え、在日本のNPO法人と共に福島県いわき市産の綿人形プロジェクトを行っている。 開催にあたり永山実行委員長は「ブラジルにいる方々に参加してもらって、日伯の友好関係を築きたい」と参加を呼び掛けた。
福島県人会(永山八郎会長)は、14日午後2時から午後4時までサンパウロ市リベリダーデ区の福島県人会会館(Rua da Gloria, 721)で講演会を開くにあたり、同県人会より永山会長、曽我部威事務局長が来社した。行われ、講師に池田マリオ清高氏と前園マルセリーノ武弘氏を招く。 池田氏は元連邦警察コンゴーニャス空港の署長で、「ブラジルでの今後の県人会の在り方、生き方など県人会の将来」。前園氏は現サンパウロ日伯援護協会事務局次長で、「コロニアに対してのこれからの援協の在り方、存在感」について話す。講演会を通じ、移民の生き様を学ぶ。 ポルトガル語で行われ、参加費は無料。 永山会長は「1世の時代が終わり、今は2世の時代。県人もそれ以外の人も、一人でも多くの人に来てもらいたい」と当日の参加を呼び掛けた。 問い合わせは同県人会(電話11・3208・8499)まで。 2015年3月5日付
鳥取県とブラジル鳥取県人会が1年おきに実施する「中堅リーダー交流事業」で、同県から谷上雄亮さん(29)、拝藤均さん(54)の2人が来伯した。約10日間の滞在中、ホームステイしながらサンパウロ(聖)市の県人会や、県が開設にかかわった第2アリアンサ移住地(聖州ミランドポリス)などで交流したほか、テーマに沿った視察・交流を通じて見聞を広めた。 同事業は2003年に始まり、県からの派遣は7回目。ブラジルからの派遣は6回で、県人会を担う人材が母県を知る機会となっている。 県の公募で選ばれた拝藤さん、谷上さんのテーマはそれぞれサッカー、農業。拝藤さんは昨年のサッカーW杯ブラジル大会日本・ギリシャ戦(ナタル)を観戦に家族で来伯したことがきっかけだったという。 小学校教師の傍ら、同県内のNPOスポーツクラブ副理事長として、長年少年サッカーの振興に携わる拝藤さん。毎年日本の中学生チームを招いて大会を開催するアルモニア学園を訪問し、「(子供たちが)ブラジルに来る時に得るものは非常に多い」と感じたという。コリンチャンス関連の少年チームも訪ね、サッカーだけでなく、非行防止など「地域のことを考え、使命感をもって取り組む」指導者の姿を見ることができたそうだ。 持参した郷土芸能は、父親が県内先駆者の一人という「皿回し」。第2アリアンサでも子供たちに教えた。「チャレンジして楽しんでくれた。こっちの子供はすごく素直です」。県人会との交流でも、「県への思いが強く、感謝していただいている。つながりを持ち続けたいという思いを感じた」と振り返っていた。 農業関係の会社で働く傍ら、現役の梨農家でもある谷上さんは、父親が40数年前にブラジルで研修した縁もあって応募した。「商品の扱いが雑で、物があふれてロスが多いのにびっくりした」聖市のセアザ訪問。聖州ピラール・ド・スールの柿生産者組合やモジの農家も訪ねた。日本と違う大量生産のスタイルを知る一方、付加価値をつける生産への取り組みも見た。「儲かる農業を子供に見せて、継いでもらえるよう頑張っている」という生産者の言葉に意気投合したと振り返る。 持参した郷土芸能は神楽の獅子舞。県人会で披露した時には、無病息災で過ごせるよう、たくさんの会員らが頭をかんでもらいに集まったそうだ。「県とのつながりを大事にしてくれてありがたい。温かく迎えられ、鳥取にいるみたいです」と谷上さん。「県人(1世)が少なくなる現在、事業を継続する意義を感じた」と話していた。 滞在中は鳥取県と交流のある聖市の松柏・大志万学院や、聖州森林院内の「サンパウロ・鳥取友好の森」も訪れ、2月13日夜には「日伯」をテーマとしたサンバチーム「アギア・デ・オウロ」のパレードなど聖市のカーニバルを満喫。サントス、リオ観光も楽しみ、同16日夜に離伯した。 2015年3月3日付
