去る10月21日、ブラジル和歌山県人会の会員6名はアルゼンチン和歌山県人会創立50周年記念式典に参加するためブエノスアイレスへ向かって旅立った。当県人会の団体は谷口ジョゼー眞一郎会長と妻のローザ・ミネ子、顧問の下本八郎と妻のちえ子と娘のマルリ、婦人部部長の宮下ちえ子であった。ブエノスアイレスでは方尖塔(ほうせんとう)(obelisk)がある中心街のコリエンテス街のNOVOTELで宿泊した。昼から散歩しながら観光地区のフロリダ繁華街まで行きパッシフィコ・ショッピングへ入って先ずドルとペソの交換をした。それからショッピング内で食事をした。食事は伝統のチョリソのビフテキ。ビフテキの量は多く、厚くて柔らかい牛肉の炭焼きである。おいしさは言うまでもない。昼食時間は遅かったので夕食と重なった。帰りは途中に並んでいるお店を見ながら気に入った小さな買い物をしながらホテルへ戻った。 翌日、我らを迎いに来たマイクロバスはルハン区の動物園に向かった。そこには人馴れのライオンが何匹か居た。ライオンに手を触れる実感は唯一の体験であった。帰りしな、ルハン大聖堂にチョット止まり、撮影。それからボッカ地区のカミニット繁華街へ行った。そこも観光地帯で道端にはタンゴのダンサーなど数多く、観光客にダンス・ポーズの撮影を誘致する。ホテルへ帰る途中、もう一度カーサ・ロサーダの前で撮影のためストップ。そこはペロン大統領時代から残された有名な宮殿である。夜はアルゼンチン和歌山県人会主催の晩餐会があった。レストラン「ラ・エスタンシア」は我らのホテル近くでとても便利がよかった。そこには和歌山県庁から下宏(しも・ひろし)県副知事、服部一(はっとり・はじめ)県議会副議長、その他の慶祝団の皆さんが参加していた。それにペルー和歌山県人会からも4人の代表者がいた。 23日、日曜日、午前11時からアルゼンチン和歌山県人会創立50周年の開会式が宮井正克(みやい・まさかつ)元会長の宣言で始まった。当日、福嶌教輝(ふくしまのりてる)在アルゼンチン特命全権大使のほか、母県から県庁、県議会の慶祝団、迫間修氏が率いる中南米国際交流協会の団体、その他の慶祝団が参加した。先ず主催役のビビアン会長はご来場の皆さんへ向かって感謝と歓迎の意を述べた。引き続き、来賓の皆様も挨拶を述べた。式典は盛大に快く開催された。続いて懇親・昼食会にかわり、「牛肉付きあばら骨」のシュハスコ(炭焼き)と付き物飲食の給仕。 翌日の月曜日、午前中、また細かい買い物などをおさめて13時ホテルから出た。団体はサンパウロ空港へ無事到着したのは21時であった。ようやくこの使命も果たすことができた。
Ano: 2016
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ニッケイ新聞 2016年10月29日 海外日系人協会(田中克之理事長)が主催する第57回海外日系人大会が24日から3日間、東京の憲政記念館などで開催された。19カ国から集まった203人が、日本社会とどのように共生していくかを探った。 24日には基調講演会と秋篠宮同妃両殿下をお招きしての歓迎交流会。24日には国際シンポジウム「21世紀の日系人像」として南カリフォルニア大学ダンカン・ウィリアムズ教授やブラジル日本文化福祉協会の呉屋春美会長の講演が行われ、分科会ごとに討議をした。その結果が次の7項目の大会宣言として26日に採択された。 (1)「日系社会が急速に多様化している点を認識し、新たな共生の施策が必要」では、日本側からの日系社会への取り組みは「支援」ではなく、今後は「共生」「協力」に比重に移した施策にするように求めた。 (2)「ビジネスや国際協力など多様な分野で人材活用を」では、日系人がビジネスで有益な人材として日本でもっと認識されるように求めた。 (3)「日系の若者は多様性、柔軟性、人脈を武器に、グローバル人材として日本と在住国の橋渡しに務めます」 (4)三世までに限定されている特別定住ビザに関して「四世以降にも在留資格の配慮を」という要求項目も入った。 (5)「日系社会で活躍する非日系人の育成・活用を提案します」、(6)「重国籍者には、柔軟な国籍対応を求めるよう日本政府に求めます」、(7)「在外選挙権制度の簡素化を」。 参加2回目の邦字紙・日豪プレスの池口アイク社主に感想を尋ねると「日系人同士の国を越えた横のつながりが必要だと痛感した」という。 田中理事長は「私個人としては四世ビザに前向きじゃない。今のままだと日本社会の底辺に送り込まれる可能性がある。先に受入れ体制(教育等)をカチッとしたものにしないと。ワーキングホリデー制度を検討してはどうか」と語った。 最終日の5分スピーチではサンパウロ日伯援護協会の菊地義治会長が活動紹介をしたほか、計8人が意見を述べた。 衆参両議長主催昼食会で、伊達忠一参院議長は「皆さんのご苦労が、それぞれの国と日本との交流に活かされている」と称賛し、大島理森(ただもり)衆院議長が勢いよく乾杯の音頭をとった。「中南米の日系人を支援する議員連盟」の河村建夫会長(衆議)も挨拶するなど約10人の代議士が会場を訪れた。 ラテンアメリカ協会の桜井敏浩常務理事は「例年より日系人参加者も国会議員も多い。これは安倍総理が日系人重視を打ち出した影響では」と分析した。 □関連コラム□大耳小耳 日豪プレスの池口アイク社主と邦字紙の将来について話していると、「日豪にはワーキングホリデーがあるので、日本人はどんどん増えている。司法試験に合格した東大法学部の女子学生が最近、その制度を使って記者に応募してきたので驚いた」とのこと。日本と最初に同制度を始めたのはオーストラリアで、今でも参加者の半数が同国を目指す。2番目はカナダ。日本は計16カ国と協定があるが、ブラジルとの場合、問題は失業率11%という高さか。まずはテメル政権が好況にすることを期待?
ニッケイ新聞 2016年10月28日 若者の積極参加を促すため、九州地区8県人会の各青年部が16日、第1回九州文化大会を初開催した。識者による審査で順位を競うコンクール形式の大会で、各県20分間という持ち時間の中、様々な手法で故郷の歴史や文化を伝えた。 参加者が高齢者に限られ、停滞しつつあった九州ブロックのカラオケ大会を取りやめ、「若者がそれぞれの特技を生かせ、なおかつ文化継承につながる企画を」との狙いで立案された。 母県文化という枠にはこだわりつつ、若者らしい柔軟な発想での発表が相次いだ。長崎で言えば皿踊り、宮崎なら神楽などが定番だが、これまでの伝統にとらわれない個性的な演目が目立った。 例えば鹿児島は県の公式キャラ「ぐりぶー」のぐりぶーダンスを着ぐるみのぐりぶーとちびっ子が実演し、西郷隆盛の逸話を元にした演劇、最後は地元出身の歌手、長渕剛の「乾杯」を演者全員で大合唱した。 宮崎は同地で生誕したとされる、神武天皇の東征神話を演劇で再現。大分はおばあ役が孫に、座敷で県の文化や方言を伝えるという会話形式の発表を行なった。 熊本は伝統芸能「山鹿灯籠踊り」を実演し、熊本城の建設逸話を演劇で披露した。長崎は原爆をテーマに、原爆前夜の平和な生活風景や、知人が犠牲となる様子を寸劇で披露し、平和について考えさせる演目を見せた。 全ての発表が終わり、優勝は鎌倉時代に博多湾沿岸で起きた一連の戦い「元寇」を、精細な影絵で表現した福岡に決まった。デザイナーや建築家など、手先の器用さや美的感覚に優れた若者が構成に加わったことで、一際完成度の高い発表となった。審査員からは「最も芸術的な発表」と高評され、賞品のペルー往復航空券が贈られた。 福岡チームは、元県費研修生と次期研修生だけで構成されており、母県への理解も深く、テーマの「元寇」についても帰伯者が実地で知り覚えた知識だった。精細な影絵の発案者は、デザイン関係の仕事に就く西木戸エジソンさん(43、三世)。「限られた時間と予算の中で一番面白いことを考えようと思った」という。投影装置は建築家の部員が設営。総力を結集して勝ち取った価値のある優勝といえそうだ。 2位は時代劇風喜劇で名産品を紹介した佐賀。佐賀県人会は青年部を持っておらず、秀島正幸副会長ら演技派県人と熊本青年部の客演による混成チームでの参加となった。 劇内容は、美食を求める殿様に主人公の若者2人が献上品を差し出すも、その見当違いさに殿様が怒り、最後の献上品である佐賀名産のお米やお茶、有田焼に満足するというもの。滑稽な芝居で大いに観客を沸かせた。 3位にはエイサー太鼓やカチャーシーで会場を沸かした沖縄が輝いた。 趣向を凝らした工夫の演目は、聖市の熊本県人会館に集った聴衆約200人を楽しませ、九州各県の歴史、文化を広める絶好の機会となった。 □関連コラム□大耳小耳 九州文化大会では沖縄は惜しくも3位に。琉球民謡に合わせて、琉球空手や琉球舞踊を披露するという内容で、完成度は一級品だったが、個性がもう一歩足りなかったか。芸能大国、沖縄にとっても今大会は新たな刺激になったのでは?
7項目の大会宣言を決議 【東京支社=瀬頭明男】海外日系人協会主催の第57回海外日系人大会が24日から26日までの3日間、「21世紀の日系人像」をテーマに東京・永田町の憲政記念館、同市ヶ谷のJICAビルを会場に、海外19カ国から203人(ブラジルからは71人)が参加して開かれた。大会では「重国籍に柔軟な対応を」「在外選挙制度の簡素化を」といった7項目の大会宣言を決議、日系人の考えを表明した。初日の歓迎レセプションには秋篠宮ご夫妻がご出席になり、参加者と親しく言葉を交わされた。 ◆呉屋文協会長「日本の役割は大きい」 大会では、ブラジル日系人を代表して参加したブラジル日本文化福祉協会の呉屋春美会長が「世界最大の日系コミュニティの未来像」をテーマに基調講演を行った。 講演で呉屋会長は、ブラジル日系社会の現状を説明し、「出稼ぎ者の帰国で日本文化が新たにもたらされ、日系社会に受け入れられている。このことで日伯両国はさらに強い絆で結ばれつつある」と強調した。さらに日本語教育に触れ、「キャリアアップを目的に日本語を学ぶ人、日本文化への興味から学ぶ人が多くなった」と説明した。 日系社会は3世、4世の時代に入りつつあり、日本語から離れていく日系人も少なくない。呉屋会長は日系社会の将来を考えた時、日本の役割は大きいと語り、「これまでも県費留学生、同研修制度は親日日系人を育成するのに非常に効果があった」と同制度の充実が必要と指摘。また、「若い人たちが気軽に訪日、訪伯できるようにビザの障壁を無くしてほしい」とも要望した。 ◆様々な意見が出た分科会 大会での討議は、テーマごとに3分科会に分かれ行われた。この討論を通じて7項目の大会宣言にまとめられた。 【第1分科会】 「日系人の想像力を生かす」をテーマに話し合われ、「日本との交流が欠かせない」「日系人の良いところを発揮すれば、それが独創につながる」「各種行事に2、3世が参加すれば、非日系人も参加する内容になっていく」といった意見が出された。日本政府への注文も出され、「もっと海外日系人300万人の存在を国内で広めてほしい。そのためには教科書に載せ、紹介する必要がある」と、日本人はあまりにも日系人に対する知識が無いと指摘する声もあった。 【第2分科会】 ここでは、ビジネスへの日系人の活用について話し合われた。「これまで日系人は通訳などの下働き要員で、2、3世には魅力ある職場ではなかったが、最近になって変化してきた。日本人駐在員より高給をもらう日系人やトップに就任する日系人も現れ始めた」と企業が日系人を見直し始めたと指摘する意見も出た。日系人が日本の進出企業に興味を持ち始めたとも言う。「21世紀の日系人は、グローバルな人材として貴重な存在である」として、日本の企業はその活用を考えるべきだとの意見に集約された。 【第3分科会】 大会に出席している留学生・研修生が議論するセクションで、中南米だけでなく、ドイツ、シンガポールからの留学生も参加した。討議の結論として、「我々はグローバルな人材であり、日本と海外を結ぶ役割を果たせるのではないか。在日日系人は、日本人の日系人に対する意識が変化するよう発信する必要がある」とした。 ◎ ◎ 3分科会の討議で、次のような大会宣言を採択した。 (1)日系社会は急速に変化しており、日本は支援から共生へ政策変更を(2)日系人をヒューマンパワーとして活用を(3)若い日系人は、日本と在住国の橋渡しに努める(4)日系4世以降にも在留資格に配慮を(5)重国籍者に柔軟な対応を(6)日系社会で活動する非日系人の育成・活用を(7)在外選挙権の簡素化を。...
ニッケイ新聞 2016年10月26日 島根県人会(村上アンドレ光明会長)が23日、聖市の島根県人会交流センターで在伯島根県人会創立60周年記念式典を行なった。母県からは溝口善兵衛知事、中村芳信副議会議長、山碕英樹町村会長代理ら約40人が来伯し、中前隆博在聖総領事や各日系団体の代表者、県人会員ら約300人が節目を祝った。 式典は午前10時から始まり、日伯国歌、島根県民の歌斉唱後、先没者に黙祷が捧げられた。来賓紹介後、開会あいさつで村上会長は、「先人らにより1956年に創立された。島根県、また県人会関係者らの協力により特別な時を迎え感謝し、光栄に思う」と語り、60周年を迎えた喜びを語った。 祝辞に立った溝口知事は県と県人会の繋がりを強調した。「皆さんの故郷、島根の文化や自然は国内外から高評価を頂いている財産。在伯県人会と島根の60年間の交流もまた、皆さんと私たちの財産。今後の日伯交流と発展に欠かせないものになる」と話し、会場から大きな拍手が起こった。 続いて中村副議長、町村会の山碕会長代理、中前総領事ほか、当地での環境教育で協力関係にあるJICAの那須隆一所長らが祝辞を述べた。またパリ、ニューヨーク、ロサンゼルスやイギリスの島根県人会からも花やメッセージが届いた。 功労者と高齢者を記念表彰した後は、相互で記念品を交換し、昨年県費研修した戸田メラニー・スエさんがあいさつ。「3カ月間の滞在は大変素晴らしいものだった」と、帰国者を代表して感謝を述べた。 ケーキカットと溝口知事による乾杯の音頭で祝賀会に。テノール歌手田中公道さんのオペラ、婦人部の日本舞踊、会員のどじょうすくいなどが会場を沸かした。 最後は来訪団による石見神楽が披露され、ヤマタノオロチ退治を題材にした「大蛇」が発表された。ヤマタノオロチの目が光り、口から花火が出る迫力満載の演出に一際大きな歓声が沸いた。 1月に100歳を迎える高橋八千代さん(99、島根)は余興でドンパン節を踊り、人一倍元気な姿を披露した。高齢者表彰も受け、「60周年を祝うイベントに出席できて嬉しい。優しくしてくれる皆さんのお陰でここまで来れた」と喜びを語った。 □関連コラム□大耳小耳 島根県人会の創立60周年記念式典に来場していた、三世の大森ステファニーさん(25)。次期県費研修生として、来年の7月から半年間の滞日を控えている。USPビジネス学部を卒業し、現在は聖市内の新規企業で働いている。「日本の新規企業に興味があるので、そこで研修をしたい」と笑顔で語った大森さん。県費研修という経験を糧に、さらなる活躍を期待。
ニッケイ新聞 2016年10月25日 宮崎県によるブラジル移住者子弟の留学制度開始から50年が経過したことを記念し、ブラジル宮崎県人会が23日、サンパウロ市内で記念式典を開催した。稲用博美副知事ら母県から訪れた8人の慶祝団に感謝を伝え、来伯団員も当日訪れたOB・OGらと交流のひと時を楽しんだ。なお技術研修は開始から昨年で35年、農業研修はちょうど20年が経過し、3つの節目を合わせて祝った。 宮崎による県費留学制度の開始は1966年にさかのぼる。今年度を含め計88人が祖先の国に滞在する機会を得た。80年に始まった技術研修は86人、96年からの農業研修では40人が訪日している。 ケーキカットする女性陣。左から関口ひとみ首席領事、高橋県人会長、県庁職員の久島章子さん ケーキカットする女性陣。左から関口ひとみ首席領事、高橋県人会長、県庁職員の久島章子さん 開会あいさつに立った高橋久子県人会長は、「半世紀が流れ200人以上の子弟が母県で研鑽を習得した。長きに渡るご厚情に感謝」と謝意を伝えた。また「式典の声かけでは3分の1から応答がなかったが、久しく音信のなかった者の参加もある」と報告し、「子弟は自力精神に富を得て帰国。両国の良い部分を生かしてほしい」と、集った元留学生らを激励した。 稲用副知事が河野俊嗣知事の祝辞を代読。「就学の機会と交流を目的に始まった事業。培った知識、経験を生かしブラジルの発展にも貢献しておられるはず」とつづり、OB・OGによる交流深化に期待を寄せた。 星原透県議会議長の祝辞も代読された。読み上げた宮原義久副議長は「私自身、この3日間の滞在で農場や市場を視察した。また移民史料館にも訪れ先人の苦労を実感したところ」とあいさつし、「節目に立ち会えて嬉しい。片道30時間の道のりを忘れるほどの歓待を頂いた」と、県からも感謝を送った。 ほか宮崎ブラジル親善協会からも祝辞が寄せられ、当地からも中前隆博在サンパウロ総領事、県人会連合会の四條玉田イウダ役員、羽藤ジョージサンパウロ州議が登壇し、半世紀の節目を祝福した。母県へ感謝状を贈呈し、相互に記念品も交換した。 08年の留学生、甲藤幸(かっとう・さち)パトリシアさん(31、三世)、第1回研修生(80年)の黒木悟さん(54、二世)、10年12月から90日間、農業研修に訪日した土田オスカルさん(32、三世)が代表で謝辞を述べ祝賀会へ移った。 黒木慧顧問が「堅苦しさ抜きに語らいのひと時を過ごしましょう」と呼びかけると、稲用副知事も「制度は50年、100年と続けて生きたい」と継続要請に力強く応え乾杯した。 ボサノバの生演奏やカラオケを楽しみながら、元留学生同士の再会、また来伯団との交流で絆を確かめた。実行委員の一人で91年の研修生、尾関ローゼ・マリさん(55、三世)は「準備は大変だった。でも無事に終えて良かった」と胸をなでおろした。 □関連コラム□大耳小耳 留学制度の開始から半世紀を祝った宮崎県人会。運営を担ったのはそのOBたちだ。国府ジョナス実行委員長は北パラナに暮らすとあって、「名前だけです」と謙遜したが、尾関ローゼさんら聖市近郊在住者が式典を支えた。来訪団もボサノバの生演奏を聞きながら、出張ボテッコによるカイピリーニャを堪能。古参にはない若者らしい選択が、和やかな雰囲気作りに一役買ったかも。
ニッケイ新聞 2016年10月22日 今月11日に閉幕した希望郷いわて国体のため、ブラジル岩手県人会から千田曠暁会長ら6人が日本を訪れた。1日の開会式を現地で観戦したほか、県庁への表敬訪問や他国の県人会と交流する機会も設けられた。 一団は28日に県庁を訪問し、その後、県人会報への記事提供などで交流のある岩手日報社を訪れた。8月の台風10号被害への義援金として、25万円の寄付を送ったことなどを報告した。 30日には海外県人会サミットが開催された。国体に合わせ同じく訪日した米ニューヨーク、亜国、パラグアイのピラポー、イグアスの県人会と意見交換した。外国から7人、県側からは14人が出席し、文化継承や世代交代の難しさが各団体の課題に挙げられた。 国体の開会式は1日、北上市で行なわれた。鬼剣舞や鹿踊といった郷土の伝統芸能が式典に彩を添え華々しく開幕を祝した。千田会長は「大人数での演目は圧巻だった。大変素晴らしい芸能披露で、県人として誇らしい」と語り、「父の安治が46年前の国体を観戦している。息子の私がこうして今大会を見にこれたと思うと感慨深い」と思いを馳せた。 1日夜には各国県人会を招き、県主催の夕食会が開かれた。当地から盛岡市内で研修中の八重樫亜紀カリンさんも加わり、総勢75人がテーブルを囲んだ。 県の民謡協会や相撲連盟など、ブラジル県人会創立の節目などで来訪経験のある関係者との再会に千田会長は、「食べる暇もなかった」と振り返り交流のひと時を喜んだ。また全国に50人ほど在籍する、ブラジル岩手県人会賛助会員の会から吉田恭子会長らも招待された。 翌日には東日本大震災の被災地にも視察へ。昨年から当地県人会が要望していた交流が実現し、充実した滞在を終えた。 □関連コラム□大耳小耳 11日に終了した岩手国体では、選手宣誓に競歩の高橋英輝選手が登場した。リオ五輪の日本代表で、県人会が観戦会を開いて聖市から声援を送ったあの選手だ。五輪では42位だったが、国体では大会新で優勝する活躍を届けた。
ブラジル宮崎県人会(高橋久子会長)は、宮崎県費留学研修制度50周年記念式典を、23日午前10時からサンパウロ市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で開催する。 同制度は1966年に開始され、その間、宮崎県人子弟たちが県費留学・技術研修生として母県を訪問。農業をはじめ各種技術を学んで帰伯し、ブラジル社会に貢献してきた。 当日は、母県から友好交流団を迎えるとして同県人会では、関係者の出席を呼び掛けている。 問い合わせは同県人会事務局(電話11・3208・4689)まで。 サンパウロ新聞 2016年10月19日付
資金不足の中で2018年には完成予定 宮坂国人財団初の事業として、2008年の日本人移民100周年を念頭に構想が練られていた「イミグランテス・エコロジコ公園」プロジェクト。各種許可の取得などに時間を要し、作業が進まずにいたが、3年前に工事が始まった。サンパウロ(聖)州イミグランテス街道沿いにある同公園は、現在までに入口部分と遊歩道、ケーブルカーの設置工事が完了している。10日には在サンパウロ日本国総領事館の中前隆博総領事や日系団体の会長らが招待され、同公園を見学した。 当日は中前総領事をはじめ、ブラジル日本文化福祉協会の呉屋春美会長、ブラジル日本都道府県人会連合会の山田康夫会長、日伯文化連盟の大城幸夫会長、サンタ・クルス病院の石川レナト理事長ら日系団体の代表らが同公園を訪れた。 同公園のプロジェクト企画は、聖州モジ・ダス・クルーゼス市のネブリナス公園などを手がけた環境関係のコンサルタントチームが担当。施設建設にあたっては捨てられたプラスチックや、木材切断時に出た木屑などの素材でできた板を使用している。作業に機械などは一切使わず、すべて人力で行われているのが特徴。また、公園内で消費される電力は太陽光や風力発電で賄うなど、徹底して自然や環境に配慮した工夫がなされている。 各所の整備、視覚障害者用設備の工事がまだ残っているが、エレベーターなど歩行障害者用の設備を含め、高台に上るケーブルカーの設置工事までが終了している。高台には、訪れた学校の生徒が学習できるスペースなどが設けられ、屋根部分を残してほぼ完成している。 残るは「セル」と呼ばれる八角形の建物の設置だが、こちらは資金不足などもあり、工事が遅れている。同財団の松尾治執行理事はセルの建設について、プロジェクトの全体費用(約1600万レアル)のうち、約600万レアルが足りないと話し、「コンピューター室と展示室、講堂を造る予定だったが、今はコンピューターを持つ人は多く、3つも必要ないと思う」と縮小する考えがあると明かした。 訪れた中前総領事らは、環境コンサルタントの案内で公園内を視察。「原生林を間近に見られる貴重な体験だった。昔の移民はこのような森林を開拓していったのではないかと思うと、感慨深いものがある」と感想を話し、「自然を楽しみながら問題提起をするという姿勢は敬意に値する。これからの日系人の心意気を示す一つの形として一日も早い完成を願う」と期待を述べた。 コンサルタントのリカルド・マルフィ氏の話では、300メートルある遊歩道脇にはこれから暖かい季節を迎えると、マナカの花など多くの色彩豊かな花々が咲き誇るという。また、遊歩道の中間は道が二手に分かれた菱形になっており、真ん中の空洞部分に植林することで、さらに自然を豊かにする案もあると話した。 見学を終えたブラジル日本商工会議所の樹神幸夫環境委員長は、「一通り見て、建設や維持面など多くの点で難しい面があると思った」と率直な感想を語った。しかし、財団側もそれは認識しているので心配はないとし、「環境対策は世界的な潮流であり、それをブラジル政府ではなく日系財団がやることに意義を感じる。会議所としても環境問題に対応し、この先を見守って行きたい」と話した。 松尾理事は「とにかく中前総領事に最初に見てもらいたかった。今後は南米銀行の元職員や県人会、企業などに公開して広く広報し、資金を募っていく」とした。2018年は同財団設立20周年の節目の年。それまでには完成させる意向で、「たとえ、お金が集まらなくても完成させる。何とか早く完成させて、皆さんに早く見てもらいたい」と思いを語った。 サンパウロ新聞 2016年10月15日付
