06/03/2026

Dia: 5 de janeiro de 2016

ニッケイ新聞 2016年1月5日 ブラジル日本文化福祉協会、援協、県連、商議所、アリアンサが共催した『2015年新年祝賀会』が、文協ビル大講堂で1日午前に行われ、約400人が集まって新年を祝った。主催団体ほか各県人会、JICA、国際交流基金などから代表者が出席。五輪という世界最大のイベントがリオで開催され、コロニアでも「県連50周年」という節目を迎える2016年に向け、各代表から新年の抱負が述べられた。 昨年4月に初の女性文協会長として就任、新たな年を迎えた文協・呉屋春美会長は、〝申〟という漢字は樹木の果物が熟して固まっていく様子も表していると説明し、「実りに向かって成長するという意味でも、今年は大きな通過点を迎えることになる」と挨拶。 さらに「日系社会は時代とともに変化してきた一方で、一貫する極めて日本的な要素や傾向を示す面もあり、時代に順応、また成長するためにも、今年はその力を養う機会であることを強く信じる」と語った。 また同じく昨年就任した中前隆博在聖総領事は、日伯外交120周年、文協60周年等を迎え、日系団体による様々な行事が行われた2015年を振り返り、「日系人の存在が日伯関係の親善の礎になっていることを実感した」と話した。 「今年は新たな一歩を踏み出す年だ」と力強く語り、8月のリオ五輪、さらに4年後の東京五輪がきっかけとなり「スポーツを通した日伯の交流が生まれることを期待している」とした。 その後は50周記念式典を控える県連の本橋幹久会長が先頭に立ち、「日伯の親善を祈念して」と万歳三唱を行い、別ホールに移動。文協コーラス部の合唱の後、援協・菊地義治会長の音頭で乾杯を行った。参加者はそれぞれに挨拶と来年に向けた抱負を語り合い、新たな年に向けたスタートを切った。
ニッケイ新聞 2016年1月5日 リベルダーデ商工会議所(ACAL、池崎博文会長)ほか、日系4団体主催の『第45回餅つきまつり』が昨年大晦日朝からリベルダーデ広場で行われた。 無料で振舞われた2万袋の紅白餅を求めて、開始の午前8時を前に1時間程前から列ができた。遂には400メートル程度も伸び、イタウー銀行を過ぎたあたりで折り返しの列ができ、さらに同広場に辿りつきそう勢い。大晦日の聖市の風物詩として定着していることが伺われた。 正午まで無料の雑煮、茅の輪くぐりや絵馬の販売も用意され、日系や非日系が一緒になって、正月に向けた準備を整えた。 9時半から行われた開会式には池崎会長、中前隆博在聖総領事、文協、県連、援協、アリアンサほか日系諸団体の代表者が一堂に会した。太鼓の演奏で新年に向けた機運を高めた後、代表者から挨拶があった。 その後、多くの見物客が集まる中、餅つきも行われた。ジルベルト・カサビ元聖市市長(現都市大臣)も出席、杵を振り上げ、広場には威勢のいいかけ声が響いた。 一行は会館に移動、「移民送別の歌」「一月一日の歌」などを合唱した後に乾杯、婦人部手製の紅白の餅が入ったおめでたい雑煮を味わった。出汁の効いた品のいい味に、一人3杯も御代わりする人も。厨房は調理と食器洗いで、戦場さながらだった。 同祭を支えているのは、ACAL婦人部やリズム体操会の皆さんだ。ラジオ体操会も会員50人で前日から一日中餅の袋詰め、当日も餅つきの準備に大忙しだった。鹿又信一会長(のぶかず、80、東京)は、「我々は毎朝この広場を使わせてもらっているから、誰よりも親しみがある。体操とは違う〃運動〃も、たまにはいいもの」と餅米のふかし具合を見つつ杵をふるい、真夏の大晦日にしたたる汗をぬぐった。
ニッケイ新聞 2015年12月30日 聖市カーニバルで巨大立佞武多が華々しく行進したかと思いきや、なんと焼失――。秋篠宮さまご夫妻が恭しくご来伯されたかと思いきや、ジウマ大統領が訪日ドタキャン…。日伯が正式な外交関係を結んでから120年という節目は、思いのほか波乱含みの出来事が起きた。その他、パラナ州やコチア青年の周年行事、大物歌手続々来伯、日系歌手や軍人の大活躍など、印象深かったこの一年の10大ニュースを編集部が独断で選んでみた。 第1位=秋篠宮同妃両殿下ご来伯=聖市、首都など10カ所 秋篠宮同妃両殿下は日伯外交樹立120周年を記念して10月28日に着聖され、11月8日までの12日間滞在された。聖市、パラナ州都クリチーバ、ロンドリーナ、ローランジャ、マリンガ、南麻州都カンポ・グランデとパンタナール、パラー州都ベレン、首都ブラジリア、リオの10カ所を訪問された。 秋篠宮さまは移民80周年(1988年)以来の27年ぶりのご来伯で、紀子さまは初。 聖市では、文協が今回のために特別に用意した「皇室ブラジルご訪問回顧写真展」をご覧になられ、移民史料館もじっくりとご観覧された。先没者慰霊碑、日本館、サンタルス病院、憩の園などを回られ、各所で気軽に移住者に声を掛けられ、感激のあまり泣き出すものもでるなど交流を深められた。 ハイライトは修好通商条約の締結日11月5日に首都の連邦議会で望まれた記念式典。エドゥアルド・クーニャ下院議長の司会で、粛々と慶祝議会が行われた。翌6日にはジウマ大統領にお会いになり、リオ五輪のマスコット人形のプレゼントを受け取られた。 両殿下はご来伯前に横浜の「海外移住資料館」や神戸市の「市立海外移住と文化の交流センター」も訪ねられるなど、万全の準備を期してのご来伯だった。 第2位=外交120周年各地で粛々と=大金の割に花火大会今一つ 1895年に日伯修好通商航海条約を結び、両国にとって初めて対等条約が結ばれた。正式な国交が開始された本年を外交樹立120周年とし、梅田邦夫駐伯大使を代表とする実行委員会が結成。400~500の認定行事が全伯各地で行なわれた。 特別企画としては9月の花火祭り、10都市ほどを巡回したJICA展覧会、イビラプエラ公園内の日本館修繕の3つ。ルアネー法によって集められた約200万レの寄付金が充てられた。 目玉だった花火祭りには165万レほどの予算を割き、聖市南部のインテルラゴス・サーキットで約4500発が華麗に打ち上がった。ただし、小雨という天候や広報手段などが原因で来場者数は約1万人。大金を投じた割に集客見込みの半数という結果に、周年行事の目玉としては今一つという声も挙がった。 10大ニュース1位の「秋篠宮ご夫妻来伯」はコロニアにとって最大のニュースになったが、直後にジウマ大統領が2度目の訪日キャンセルをし、せっかくの外交120周年だったが、後味の悪い結末を迎えた。 第3位=朝日新聞が本紙に謝罪=移民への無関心露わに 朝日新聞のサンパウロ特派員の配信記事『悩める邦字新聞』(6月1日付)の見出しと内容に関し本紙が厳重に抗議したことを受け、同紙は電話とメールで謝罪、8日に訂正記事を掲載した。 事実と違う「日系人減少」という大見出し、邦字紙の現状を「悩める、苦境、廃刊、減少」とネガティブな面だけでとらえた記事となっており、日本の読者に与えた悪影響は計り知れない。 移民、日系社会に関するもう少しの関心、国外で発行される日本語メディアへの共感があれば、こうした紙面にはならなかっただろう。記事を作成した特派員は、本紙の生き残りへの取り組みを知りながら一切触れなかった。記者のみならず、デスク、整理部による、日系社会への無関心、無理解が生んだ紙面ともいえる。...
本日付紙面が今年最後の発行となる。2015年は日本ブラジル外交関係樹立120周年を記念し、10月下旬から11月初旬にかけて秋篠宮殿下ご夫妻が来伯され、各地で記念行事が開催されるなど、例年以上にめまぐるしい1年となった。来年も8月のリオ五輪開催をはじめ、日系社会でも各種イベントが目白押しとなることが予想される中、今年も「コロニア10大ニュース」を紹介し、この1年を振り返る。 第1位 修好120年で秋篠宮ご夫妻ご来伯 今年は日伯外交関係樹立120周年を記念し、ブラジル各地で「120周年」を冠した様々な記念行事が開催された。その中でも最大のイベントは、10月28日から11月8日まで12日間の滞在でサンパウロ(聖)、パラナ、南マット・グロッソ、パラー、ブラジリア、リオ各州の全10都市を訪問された秋篠宮ご夫妻のご来伯。各地で日本人及び日系人と積極的に交流の場を持たれ、誰とでも気さくに話されるお二人の姿に好感を持つ人が多く見られた。昨年8月に発足した日本ブラジル外交関係樹立120周年記念事業ブラジル実行委員会(委員長=梅田邦夫駐伯日本国大使)は、特別事業として「日伯友好花火大会」「日伯共同プロジェクト巡回展覧会(2月から全伯各地で)」を開催。花火大会は9月に聖市インテルラゴス・サーキットで文化イベントと合わせた「花火祭り」として行われ、当日は小雨が降る肌寒い一日となったが、花火を一目見ようと聖市内外から約1万人が訪れた。 120周年記念行事の一環として日本からは、5月に講道館柔道(上村春樹館長)10人の師範・高段者及び関係者が来伯し、「形(かた)」講習会が5日間にわたって聖市イビラプエラ体育館横「南米講道館」で開催された。そのほか、8月の「響ファミリー」公演、同月の海上自衛隊練習艦隊の7年ぶりの来伯、11月には劇団「万有引力」公演が日伯修好100周年以来、20年ぶりに行われるなど多岐にわたった。 第2位 マリナ・シルバ元環境大臣が訪日 本紙創刊70周年記念事業として毎日新聞社と共催した講演会、シンポジウム「持続可能な開発と環境保護~シルバさんと語ろう地球の未来」の講師として、元環境大臣のマリナ・シルバさんが10月に初訪日した。マリナさんは、「東北の被災地がどうなっているのか知りたい」と講演に先立ち、東日本大震災で津波の被害に遭った宮城県名取市を訪問したことをはじめ、東京・四谷の上智大学講堂で「持続可能な開発と環境保護」についての講演を行った。 また、水銀中毒が起きた熊本県水俣市の水俣病史料館のほか、北九州市の環境ミュージアム、北九州エコタウンセンター、同リサイクル工場や広島市の平和記念資料館も視察。締めくくりは日本記者クラブでも講演を行い、「日本人の体験は歴史的な悲劇だったが、日本人はその悲劇を克服し、再生している。素晴らしい」と賞賛した。 「社会を持続的に発展させるには、社会の仕組みを変える必要がある」というのがマリナさんの持論。シンポジウムでも「木を伐採して利益を得ることから、森林を保護することで利益になるよう社会の仕組みを変える」ことの必要性を説いていた。 第3位 戦後70周年を記念 多彩な平和関連行事 今年の戦後70周年を記念して、特に平和関連の行事も相次いだ。 6月下旬にはブラジル被爆者平和協会会長の森田隆さん(91、広島)が聖市から名誉市民章を受章し、その授与式が聖市議会で行われた。自ら広島市で被爆し、移住したブラジルで平和活動を推し進めてきた功績が称えられた森田さんは「これからも世界平和のために頑張りたい」と述べ、さらなる意気込みを表していた。 9月初旬には、「原爆の子」の像のモデルになった佐々木禎子(さだこ)さんの兄、佐々木雅弘さんとその息子の祐滋さんが来伯。聖州議会に禎子さんが折った折り鶴を寄贈し、同議会に常設展示された。また、当日は自身も長崎での被爆者である画家の伊藤薫さん(聖市在住)の絵画「平和」も披露され、禎子さんの折り鶴と共に常設展示された。 今月初旬には、核兵器廃絶を願って五輪発祥の地であるギリシャから贈られた聖火「ナガサキ誓いの火」が、「ブラジル・日本平和の絆交流会」の中嶋年張代表と連続11年、13回のブラジル公演を行った歌手の井上祐見さん、そして井上さんの息子で、チビッコ交流大使の笠戸丸ともやす君の3人によってブラジルに運ばれ、12日にサンタ・カタリーナ(SC)州フレイ・ロジェリオ市にあるラーモス移住地内の「平和の鐘公園」に分灯。同地で記念セレモニーが開催された。 第4位 在サンパウロ総領事館開設100周年 在サンパウロ総領事館開設100周年を記念した在外公館長表彰が8月初旬、聖市モルンビー区の同総領事公邸で行われた。受賞対象となった100団体には、各都道府県人会など各日系団体、また聖州軍警察や同州立学校などブラジル側からも選出された。 表彰式では日伯両国歌斉唱後、来賓者が紹介。今年は総領事館開設100周年、日伯外交関係樹立120周年、移民107周年であり、中前隆博総領事は「この表彰は、日頃からお世話になっている団体の皆様への私たちの感謝の気持ちです。無理やり100団体に限ったわけではなく、今後も様々な機会でそれぞれお世話になった方々に対してお礼をしていきたい」と謝辞を述べた。 今回は日本語コースを設けるなどして、日本語の指導をしているブラジルの教育機関15団体以上が選出された。...
鳥取市で日伯交流合唱コンサート 「涙ながらの感動の舞台でした」――。ブラジル鳥取県人会(本橋幹久会長)のコーラス部は11月21日、訪日先の鳥取市で地元のコーラスグループ「コールおもかげ」との「歌声は海を越えて」と題した合唱交流コンサートに出演した。メンバーたちはフィナーレで「故郷」を日伯合同で歌い上げ、会場一体となった舞台を冒頭の言葉で表現した。帰伯後の15日、本橋会長とともにメンバーたちが報告のために来社した。今回訪日したメンバーは鳥取県人会コーラス部から13人、その他のコーラスグループ、ピアノ伴奏者などを含めて計25人。一行は11月13日から、同月29日まで訪日し、その間、鳥取県をはじめ、大阪、兵庫、京都、奈良、岡山、広島、神奈川、東京なども観光したという。 日伯合唱交流コンサートのきっかけは、2013年3月に中堅リーダー研修で来伯した「わらべ館(鳥取市)」童謡・唱歌推進員の山尾純子さんと、県人会副会長でコーラス部メンバーの千田伊藤初美さん(61、3世)が連絡を取り合ったこと。コーラス部メンバーがそれぞれ自費で訪日し、初の合同公演が実現した。 コンサート前日の11月20日夜には同市内ホテルで歓迎レセプションも行われ、11月8日にサンパウロ市の鳥取交流センターで開催された鳥取県費留学・技術研修制度50周年及び鳥取交流センター設立20周年記念式典に来伯出席した林昭男副知事や県議会議員らも出席したという。 21日午前10時半に「わらべ館いべんとほーる」で開演されたコンサートでは、オープニングの合同演奏を皮切りに、ブラジル側が「四季・メドレー」「Aquarela do Brasil」など6曲を披露。ブラジル紹介・合同合奏、休憩を挟んで日本側が「風がはこぶもの」「荒城の月」など6曲を合唱した後、合同演奏「花は咲く」に続いてフィナーレでは日伯合同で「故郷」を会場と一緒に歌い上げた。 伯側指揮者の大刀ミリアンさん(65、3世)は「コーラスで日本に行ったのは初めてでしたが、とても勉強になった。日本の曲とブラジルの曲を同じ場所で歌えて本当に良かった」と話す。 コンサートを実現させた千田さんは「初めての鳥取でのコンサートでどうなるか心配でしたが、最後に『故郷』を歌い終わった後は皆、涙を流しながら抱き合って感動の舞台でした」と振り返る。 伯側コーラス部メンバーで旅行ガイドとして旅程を企画した小森田節子さん(59)は「誰も体調を崩すことなく、皆が楽しんで無事(ブラジルに)帰って来れた」と笑顔を見せた。 ピアノ伴奏を行った中島リジアさん(54、2世)は偶然日本で親戚に出会ったと言い、コンサートでは「緊張しましたが、日本の人のピアノの弾き方など勉強になりました」と語った。 今回、2人だけの男性メンバーの一人である伊勢島誠一さん(69、2世)はコーラスを始めて35年になるというベテラン。鳥取県人会コーラス部では7年前から練習している。今回の訪日コンサートについて「素晴らしい体験ができ、鳥取の関係者の方々に感謝したい」と感動の面持ちだった。 2008年から鳥取県人会コーラス部に所属している非日系のジュリオ・バロスさん(72)は「初めて日本に行くことができ、天にも昇る思い」と喜びを表していた。 本橋会長は「20年前に鳥取交流センターが完成したことで県人会活動も活気が増してきた。今回、コーラス部が自費で訪日して合同コンサートを行うなど今までにない交流ができ、県人会としても大きな喜び」とコーラス部の活動を称賛していた。 サンパウロ新聞 2015年12月24日付
サンパウロ州アチバイア市にあるアチバイア文協日本語学校が、12日に行われた修了式で岩手県の伝統・わんこそばならぬ、「わんこそうめん」大会を行った。一昨年までは流しそうめんをしていたが、昨年、今年と水不足が続いているため、貴重な水を使わずに楽しめる方法を考えたという。生徒の中には蕎麦(そば)になじみがない人も少なくなく、初めて食べてアレルギー反応が出たら危険ということで「わんこそうめん」が発案された。 大会は3部門(男性、女性、子ども〈11歳以下男女混合〉)に分かれ、各組抽選で選ばれた5人で競った。子どもは1分、大人は1分半の制限時間付き。1杯約10グラムのそうめん椀を、優勝者は男性41杯、女性40杯、子ども(女子10歳)20杯完食した。教師陣は、岩手県人会の今年や昨年のわんこそば大会の様子を動画で研究したそうだ。「がんばれー!」という応援の声が響くとても楽しい大会だった。 アチバイア文協日本語学校は、日系85%、非日系15%の割合で、3歳から70代までの約80人の生徒が通っている。それぞれのニーズに合わせ、語学だけでなく文化も教える「継承語教育」を行っている。前日には、臼と杵を使った餅つき大会も行われた。 わんこそばに使う道具を貸し出した岩手県人会の千田会長は「そばでもそうめんでもどちらでもいい。その土地土地で時に臨機応変に形を変えてでも、郷土の文化が広まってくれるのはとてもうれしい」と大会の成功を喜んだ。 サンパウロ新聞 2015年12月24日付
岩手・千田会長と10年ぶりの再会 ブラジルへの日本移民導入のきっかけを作った駐ブラジル第3代日本公使の故杉村濬(ふかし)氏の曾孫に当たる杉村延広さん(61、大阪)が7日から10年ぶりに来伯し、12日に岩手県人会の千田曠曉会長と再会を果たした。濬氏は岩手県盛岡市出身で、岩手県人会では2005年に初来伯した杉村さんとリオ市内で合流し、濬氏が眠る同市内のサンジョン・バチスタ墓地に墓参。その後、2008年の岩手県人会創立50周年と移民100周年を機会に、同県人会が率先して濬氏の墓碑を改修した経緯がある。10年ぶり2回目の来伯となった杉村さんは「奇麗に修復されたお墓もお参りできて、本当に来て良かった」と満足そうな表情だった。大阪府立大学大学院工学研究科教授である杉村さんは今回、クリチバ市にあるパラナ連邦大学と府大との学術提携を結ぶ調整を行うことなどを主な目的に来伯。また、7日にはリオ市で南米最大の機械工学学会「COBEM2015」にも出席した。 翌8日には、10年前に親交のあったリオ州日伯文化体育連盟の鹿田明義理事長の案内により、サンジョン・バチスタ墓地を訪問。改修された濬氏の墓参を行い、岩手県人会の尽力により「(濬氏の墓碑が)非常に奇麗になった」ことに感銘を受けたという。 9日はリオからクリチバ市に移動。10日にパラナ連邦大学とパラナ・カトリック大学との学術提携を行う調整のために関係者と会った。その際、同地にあるブラジル兵庫県事務所の山下亮(まこと)所長が同じ府大の農学部出身であることから好意で大学側との通訳を行ったそうだ。 12日午前にサンパウロに移動した杉村さんは、リベルダーデ区で山下所長を含めた府大OB会メンバー6人と会い、親睦会を行った。その後、午後3時に山下所長の案内で岩手県人会館を訪問し、千田会長と10年ぶりの再会を果たした。 千田会長は2008年の県人会創立50周年、移民100周年を記念して濬氏の墓碑の改修整備の除幕式を、当時の記念式典出席のために来伯していた達増(たっそ)拓也岩手県知事とともに行ったことなどを説明し、10年前に杉村さんと一緒に墓参した時の写真を見せながら、当時のことを振り返った。 杉村さんは「今回はクリチバでの学術提携の調整とリオでの学会出席がメインで、スケジュールの都合でサンパウロで千田会長たちとお会いできる時間があるかどうかが分からなかったが、こうしてお会いできて本当に良かった。リオ、クリチバ、サンパウロを訪問できて、ネットーワークができたことがありがたい」と喜びの表情を見せていた。 また、10年ぶり2回目のブラジルについて杉村さんは「以前よりも渋滞が多く、交通量が増えたように感じる」と話し、2年後の2017年にはクリチバで学会があるとし、改めて来伯する考えも表していた。 サンパウロ新聞 2015年12月23日付