ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)主催で、7月8~10日に行われる「第19回フェスティバル・ド・ジャポン」の会場となるサンパウロ市クルシーノ区のサンパウロエキスポエキシビジョン&コンベンションセンター(Rod.dos Imigrantes km 1,5)の会場視察会が、3日午後3時から行われ、本橋会長をはじめ、各県人会会長など約20人が参加した。 9万7000平米と中南米で一番の大きさとなる会場は、現在約65%が完成している段階で、4月上旬の完成を目標に300人の作業員が24時間体制の急ピッチで建設作業を進めている。昨年よりも天井が高くなり、新しく造られている部分は柱の数が従来の3分の1ほどに減ったので、面積は変わらないものの、かなり広くなったように感じると関係者は話す。 また、長年大きな課題となっていた来場者の交通手段についても今年は大幅に改善される予定だ。これまで、車で訪れる来場者に対して駐車場の収容車数が少なく、入り口も1箇所しかなかったので、例年大渋滞が起こっていた。車を停める駐車場までの長い行列に耐えられず、会場を目の前にして、相当な数の人々が帰ってしまっていた。今年は、会場の敷地内に入る4箇所の橋や道路を時間帯に合わせて一方通行にするなどの処置を検討中。新しく建てられた駐車場は7階建てで、4500台の車が収容可能。2箇所の入り口に18個の発券機が設置される。機械が、空いている場所を自動で管理し、その場所を光で車に案内するというシステムの導入も、現在検討されている。駐車場2階部分と会場をつなぐ屋根付きの橋も造られるため、天候を心配する必要も全くない。 普段はなかなか見ることができない光景を見学することができて県連関係者たちは満足の様子で、「例年の課題をもとに大幅な改善がなされている。今年の日本祭りは間違いなくよくなるだろう。期待がさらに高まった」と口々に語っていた。 サンパウロ新聞 2016年2月6日付
Dia: 9 de fevereiro de 2016
1000人の会員増加目標に ブラジル福岡県人会の第86回定期総会が、1月31日午前10時(第2次招集)からサンパウロ市ビラ・マリアーナ区の大阪なにわ会館で行われた。2008年に会長に就任し、4期8年務めた南アゴスチンニョ俊男氏(3世)が勇退。平山イナシオ秀夫氏が新会長(2世)に就任し、新体制となることが発表された。 総会当日は会員約85人が出席した。冒頭に開会宣言、開拓先亡者の霊に黙とうを捧げた後、顧問、相談役、支部長並びに招待者の紹介に続いて、南会長があいさつ。「自分一人の力では何もできなかったと思う。役員の方々、支部長の方々、会員の方々の協力でここまで続けてくることができた。会長職に就いて、学ぶこともたくさんあった。本当に感謝している。新体制の役員には多くのOBの方々や若い方々が入る。自分が会長を務めた8年間も、1世から3世への変化の年になったが、福岡県人会は良い意味でこれからさらに変わっていくと思う。新役員をどうぞよろしくお願い致します」と8年間を振り返るとともに、感謝の言葉を述べた。その後、新聞掲載の総会通告の公示読み上げや、80歳以上の高齢者に対する祝い状と記念品の贈呈、2016年度県費留学生の紹介とあいさつなどが行われた。 15年度会計報告では、前年度繰越金や銀行利子を含めた収入が25万9708.76レアル、支出9万6889.57レアルで、16万2819.19レアルが次期繰越となり、事業報告とともに承認された。16年度事業計画案の後、同予算案では10万1200レアルが発表され、それぞれ審議と承認が行われた。 最後に新体制となった役員らが紹介され、前方に一列に並び、平山新会長が代表してあいさつを行った。平山氏は、自ら会長就任を立候補した福岡県人会への熱い思いの持ち主。総会終了後のインタビューでは「最近は、高齢化などの影響で県人会の会員がどんどん減ってきているのが現実。さらに、世代の差が作り出すコミュニケーション方法の違いなどが関係の溝につながっていると思う。今回の新役員には、若い世代も増えた。会報誌やインターネットを使った情報公開などを活発化させ、現在200人を超える福岡県費留学生のOBなどの日本を知っている若い人たちの力も借りて、出来る限り会員の数を増やしていきたい。それが、県人会全体の活性化につながる。現在700人の会員を1000人に増やすことを1年目の大きな目標としている」と意気込みを語った。 定期総会終了後は新年会が行われ、出席者一同で親睦を深めた。 新役員は次の通り(敬称略)。 会長=平山イナシオ。副会長=福永ミルトン、古賀トシユキ、石崎カンジョ、錦戸エジソン、松田エリアナ。書記=アデマール・カゲ、テレジーニャ・ニタハラ。会計=中村エバンドロ、高田コウジ。 サンパウロ新聞 2016年2月5日付
【東京支社=瀬頭明男】東日本大震災から5年目を目前にした2日、岩手県の達増拓也知事が東京都内で外国メディアと会見し、順調な復興ぶりをアピールした。同知事は、これまで3.4兆円の資金を投入して復興事業を行っており、現在も事業は継続中と述べ、今年から2020年までさらに2.2兆円(復興事業資金総額は5.6兆円)を投入すると説明した。災害復興は全体として、公共施設を中心に6割まで進んでいる。 復興は順調に進行し、災害廃棄物の処理は終了、三陸鉄道も全線が開通した。被災した学校の復旧もほぼ終わり、魚市場も業務を再開している。ただ、仮設住宅住まいの被災者が2万2000人も残っており、公営住宅の整備、土地整備事業などの遅れが目立つ。知事は、18年までには災害住宅の建設を終えたいとしている。 震災で岩手県は金額にして1兆円を超える被害を受け、4672人(現在でも行方不明者が1130人いる)もの死者が出た。しかし、復旧が進んだこともあり、観光客も増え始めた。14年には震災前より観光客が4.8%増加した。岩手県下の各観光地が努力した結果であり、明るい兆しが見え始めたということだろう。 達増知事は会見で説明を始める前に、世界各地からの支援、お悔やみが寄せられたことに感謝の言葉を述べた。 サンパウロ新聞 2016年2月5日付
ニッケイ新聞 2016年2月5日 ブラジル南城市民会(新里哲夫会長)は「創立10周年記念祝賀会」と「第6回敬老会」の記念式典を、1月31日午後2時から聖市ジアデマの沖縄文化センターで開催した。日本から南城市の古謝景春市長、大城悟市議会議長らが来伯。会場は400人を超す参加者で満杯となり、式典後の同5時過ぎから、斉藤悟琉舞道場による踊りなどの伝統芸能を堪能した。 会場は南城市系の家族で埋め尽くされ、賑やかに挨拶する姿があちこちで見られた。式辞の挨拶で新里会長は、「10年というのは会の歴史としてまだ浅い。絆を永久に結び、これからも南城市とブラジルのためにがんばる」と力を込めた。 古謝市長は観光地として200万人以上を集める同市の説明をした後、「南城市民会の方々には今後も会員相互の交流と、若い世代への沖縄文化継承にご尽力をお願いしたい」と述べた。 大城市議長は「皆さんは誇りを持って歴史を刻んでこられた」と会員を称え、ブラジル沖縄県人会の島袋栄喜会長は「南城市からは多くの人材が輩出されている。沖縄県人会とブラジル社会に大きな貢献をしてくれた」と語った。 聖市議会の神谷牛太郎市議から古謝市長、大城市議長、新里会長へ、表彰プレートが贈られた。 古謝市長と新里会長からは、南城市民会の歴代会長へ記念品が贈呈された。創立者への特別表彰として新垣源三さん(故人)の代理・新垣美枝さんが花束と記念品を受け取った。表彰者代表挨拶では、2代目会長の津村勇さんが「今後もブラジルと沖縄の南城んちゅが、ますます友好を深めていくようお願いします」と真剣な面持ちで話した。 06年から行なわれている南城市研修生制度が紹介され、11年度生の嶺井健三さんと12年度生の国保下ジェシカさんが壇上に上がった。 古謝市長から同市民会へ寄付金が贈呈され、新里会長は「市民会発展のために使わせていただきます」と答え、沖縄県人会の与那嶺真次元会長が「今日の喜びを記念してビーバ!」と乾杯の音頭をとった後、参加者はゆっくり食事を楽しんだ。 敬老者表彰式では80歳以上に記念品が贈呈され、古謝市長が「皆様はうちなーんちゅとして多大な貢献をしてこられた」と労をねぎらった。 午後5時から余興が行なわれ、斉藤悟琉舞道場が「かぎやで風」「鳩間節」「繁盛節」などの踊りを披露。また佐久間チエコさんと古堅メイレさんの歌謡ショー、同市民会と吉村尊雄三線・胡弓研究所による「安里屋ゆんた」などの出し物が続いた。ホカマ・ジョアンさん(86、二世)は「南城市の人々が来てくれてとても嬉しい、あるのは感謝だけ」と顔をほころばせた。 □関連コラム□大耳小耳 沖縄県人会の与那嶺元会長は、来伯した南城市の市長に「『そちらからブラジルに研修生を送りませんか』とお願いした」と明かした。日本からブラジルにくる研修生を県人会や市民会が受け入れれば、まさに〃相互〃交流の深化となる。研修生OBの嶺井健三さん(23、二世)は受付を担当、「このイベントに参加するのは義務感からではなく、お返しの気持ちから」とにこやかに話した。この気持ちがさらに強まれば、間違いなく友好が深まりそうだ。
ニッケイ新聞 2016年2月4日 4年越しの念願がついに実現――長崎市が姉妹提携先のサントス市へ寄贈を約束していた路面電車と、民俗芸能「龍踊り(じゃおどり)」の龍体が、1月24日にサントス港に到着し、この2日にサントス市の路面電車発着所前でお披露目された。長崎県人会の栗崎邦彦会長、サントス市のパウロ・バルボーザ市長、中井貞夫市議、ルイス・ギマランイス観光局長、中前隆博在聖総領事をはじめ、約150人のサントス市役所、サントス日本人会、同県人会関係者らが集った。 サントス市と長崎市はともに貿易港で観光都市であり、市内を路面電車が走るという共通点があり、72年から姉妹提携を結んでいる。 中井貞夫市会議員が4年前、路面電車がサントスの古い町並みを走る観光企画「生きた博物館」(Museu Vivo de Bondes)に、長崎の電車も加えたいと打診。長崎市が承諾し、今回の寄贈につながった。 式典では、輸入手続きの折衝を行なったルイス観光局長は、「多くの援助や協力があってお披露目することができた」と感謝の言葉を口にした。 栗崎会長は龍体に言及し、「龍踊りは福を運んでくるもの。サントスでも披露しましょう」と話した。バルボーザ市長は姉妹都市になってからの交流を説明した後、市が受けた日本文化の影響に謝辞を述べた。 その後、バルボーザ市長らは電車内に入り、マルコス・ロゲリオ車体改装責任者から説明を受けた。電車は日本車両製造株式会社の製品。1950年に製造された車体で、重さ16トン、長さ11メートル。現役時は長崎市内を走っており、14年に引退した。サントスでは「長崎号」の名前で走る予定。 中井市議は「一番の問題は輸送だったが、困難を乗り越えられて本当に嬉しい。他国の電車と同じく、長崎の電車がサントスの一員になったことが誇らしい」と笑顔で話した。話が持ち上がった4年前にサントス日本人会会長だった土井セルジオさんは、「到着まで4年もかかったけど、電車も龍体も無事に到着して本当に良かった」と安堵の笑顔を見せた。 ヤクルトの協力で困難乗り越え 電車到着までに大きな問題があった。12年のブラジル長崎県人会創立50周年で、長崎の田上富久市長が「龍踊り」の龍体を同県人会に寄付すると表明。サントス市に寄贈する電車内に龍体を入れ、一緒に輸送する計画が持ち上がった。 しかし長崎港から電車を輸送できる船は出ておらず、特別仕様トラックで博多港まで運ぶ費用が必要となり、計画は難航していた。 ルイス観光局長は14年10月、長崎市で行なわれた電車贈呈式に出席。その際同席していた貞方賢彦ブラジルヤクルト経営審議会会長に輸送費用不足の件を話した結果、ヤクルトの創業者である松園尚巳氏の記念財団が、費用支援を申し出ることに。紆余曲折を経て電車と龍体の輸送が実現した。 ...
伝統芸能「龍踊り」の龍も一緒に 【一部既報】2014年に長崎市からサンパウロ州サントス市へ寄贈された路面電車車両「長崎号」が約1年の運送期間を経て、サントス市に到着。その贈呈式が2日、サントス市で行われた。発端となったのはサントス市の中井サダオ市議会議長の発案から。それをブラジル長崎県人会(栗崎邦彦会長)が仲介し、12年の両市の姉妹都市提携40周年式典を経てようやく実現した。輸送された「長崎号」には、同県人会が長崎市に要望していた長崎県の伝統芸能「龍(じゃ)踊り」の龍も乗車し、共にブラジルの地へと到着した。 今回の電車車両贈呈は、サントス市の中井市議会議長の発案によるもの。同市名物の観光電車には各国の電車が走っており、「日本の電車も走らせたい」という同議長の意向から、長崎県人会が長崎市との間を仲介。要望を受け、12年に行われた両市の姉妹都市提携40周年式典に参加した長崎市の田上富久市長が寄贈の意を表明していた。 贈呈された「長崎号」は1950年に製造された車体で、長さ11メートル、高さ3・5メートル、重さ16トン。14年2月に運行を終え、寄贈されることが決定した。同年10月に長崎市で両市の関係者が参加し贈呈式が行われ、その後松園尚巳記念財団の支援を受け、特別仕様のトラックで山形県酒田港まで運搬。シンガポールなどを経由し、1月24日にサントス港へ辿り着いた。 午前11時からサントス市のバロンゴ駅で行われた式典には、同市の日本人会会員や関係者ら約60人が出席。在サンパウロ日本国総領事館の中前隆博総領事、パウロ・アレクサンドレ・バルボーザ市長、ブラジルヤクルト商工の貞方賢彦会長、川添博前長崎県人会会長など18人が来賓として参加した。式典に先立ち、ステージではサントス踊りの会のメンバーが「花の盆踊り」と「田原坂」など2曲の舞いを披露した。 あいさつに立った栗崎会長は「長崎の電車がサントスの街を走るのは大変光栄。この機会に多くの人に長崎の名前を知ってもらえたら。龍が来たことも嬉しい。龍が市民に幸せと健康を運んでくれると思う。練習を重ねて、早く皆さんに龍踊りを披露できるように頑張りたい」と述べた。 中井市議会議長は来賓たちに「皆さんの協力のもと、この企画が実現した」と感謝の意を述べ、「他の国の電車と共に日本の電車が走ることは光栄」と喜んだ。 式典後は来賓らが「長崎号」にいち早く乗車。バルボーザ市長が発車の汽笛を鳴らした。 サントス日本人会の大橋健三さん(83、静岡)は「(『長崎号』がサントスに来て)感慨無量。日本人会で仕事をしているので、2012年から今日までの経緯を知っている。大変だったと思う。日本とブラジルの友好関係を象徴する電車なので、これを機にますます日伯の関係が深まってほしい」と「長崎号」への期待を込めた。 同市のルイス・ジアス・ギマランエス観光局長に今後について聞くと、「車幅の変更などに半年の修理期間が必要」と話し、「期間中に日本を思い起こす模様を車体に描く予定」と説明。「サントス市民に日本の電車だと見せることが目的。『長崎号』は他の国からもらった電車より状態が良い。長い時間がかかったが、長崎市には感謝している」と礼を述べた。 サンパウロ新聞 2016年2月4日付
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は、1月28日午後4時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区文協ビル内5階の同会事務所で1月度代表者会議を行った。12月度会議議事録、事業報告、11月と12月の会計報告が行われた後、第19回日本祭りと県連創立50周年記念事業の現在の準備状況、県連事業報告書についての報告、その他各県人会の情報紹介、懇談会などが行われた。 今回のメーンテーマは県連創立50周年記念事業について。今まで仮としていた式典日程を9月18日に正式決定したとし、ロゴ案などが発表された。しかし、催しの内容や会場、招待客、すべてはまだ検討段階とし、本橋会長は「県連の創立記念イベントではあるが、各県人会、特に若い人たちがそれぞれの意志を持って、積極的に参加したくなるような行事にしなければならない。経費については、かかった支出額の半分を県連が支払い、残り半分の支出は各県人会が分担して負担してもらうことに役員会で決定した」と述べた後、各県人会に催しの具体的な案についての意見を求めた。 宮城県人会の中沢宏一会長から「ブラジル日系団体を代表する県連が日本の政府や著名人と参加を交渉するにあたって、今から招待状を送るなどということはあまりに遅すぎる。個人的な意見としてはとても恥ずかしい。その部分をどのように相手に説明し、修正していくつもりなのか。今後の県連を担っていく2世、3世の模範とならなければいけない1世の我々がこのようなことをしていては、示しがつかない。周囲から見られる立場というものを役員の方々にもっと真剣に考えてもらいたい」と準備の遅れを指摘する厳しい意見を述べた。 それを皮切りに、大分県人会の矢野敬崇会長からは「条件だけを作られて、意見を求められても出るわけはない。下手なことをいって、自分たちの経費負担が増えてしまったら、県人会の会員たちに何と説明すればいいのか分からない」といった意見が出るなど、このような状況に至った内容への不満の声が至る所で相次いだ。 サンパウロ新聞 2016年2月3日付
