06/03/2026

Dia: 16 de março de 2016

3県人会中心に実施、100人が出席 東日本大震災5周年追悼復興祈願祭実行委員会(中沢宏一委員長)主催の慰霊祭が、11日午後2時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区のブラジル宮城県人会ホールで行われた。被災地復興を世界に発信し、ブラジル側からの気持ちを届けるという思いのもと、宮城、福島、岩手の被災3県人会が中心となり、犠牲者の追悼法要と復興祈願が執り行われた。 11日の慰霊祭には約100人が詰めかけ、出席者一同による黙とう、献花が実施。その後、聖州防災局のマルコス・デ・パウラ・バヘット副局長の講演が行われ、先日、聖州で起こった大洪水被害と自然災害の多い日本を比較しながら、災害に対する警告を発した。 岩手県知事、宮城県知事、福島県知事からのメッセージの代読で、各県の復興の取り組みが紹介されたほか、日本から遠く離れたブラジルで追悼式が執り行われることへの感謝の気持ちが表された。 中前隆博在聖総領事は、5年前の3月11日に自身も東京で東日本大震災を経験したことを振り返り、「外国からの観光客が年々増加する中、2020年の東京オリンピックに向け、より復興した東北を見せられるよう努力し続けなければならない」と会場の出席者たちに話した。 中沢実行委員長はあいさつで、「約8割の日系人がここサンパウロに住んでいる。遠いブラジルだが震災を忘れず、これからもできることをしていきたい」と熱い気持ちを語り、ブラジルと日本のつながりを強調した。次いで、「石巻日日こども新聞」ブラジル支部の福島文遥(もみぢ)さん(15、宮城)が発表。子供たちが自ら情報を発信していくことで、「震災の辛い経験を溜め込まずにすむのでは」という思いから始まった地元石巻で行われるこども新聞の活動や、昨年帰国した際の石巻の復興の様子が報告された。 引き続き、「被災地を支えるオーガニックコットン」の上映が行われた。福島県いわき市で栽培した綿花で作られた「コットンベイブ」と称する人形の中に綿花の種が入っており、購入者は各地で綿花を栽培し、収穫した綿をいわき市に送り返す農業復興プロジェクト。1年間で1万個売り上げ、現在では福島県の復興の象徴となっている。 最後に、ブラジル健康体操協会によるイッペー音頭が披露。「花は咲く」の合唱で会場中が被災地を思う気持ちで包まれた。 千田昿暁副実行委員長は、「ふるさとを思う気持ちは一つ。被災地の方には、牛歩のごとくこれからも前に進んでほしい」と復興への思いと出席者への感謝の意を表し、閉会のあいさつとした。 慰霊祭後の懇親会では出席者から、「今回の追悼式典は構成が素晴らしかった。オーガニックコットンプロジェクトなら、我々も簡単に協力できる」という式典に対する称賛の声もあがった。 「多くの出席者が集まり、慰霊祭は大成功だった。これからも被災地を思い続けたい」と永山八郎副実行委員長は慰霊祭を振り返った。さらに、福島県人会の曽我部威事務局長は「復興はまだまだこれからで時間も要するが、一刻も早い復興を願っている。ここブラジルで福島県の宣伝活動に力を入れたい」と、意気込みを語った。 中沢実行委員長は、「平日の午後2時からという時間帯にも関わらず、たくさんの参加者に足を運んでもらえて有り難い。毎年3月11日に形は違っても、東日本大震災を思う日にしたい」と、率直な思いを語った。 サンパウロ新聞 2016年3月15日付
ブラジル大分県人会(矢野敬崇会長)の定期総会が、2月28日午前10時からサンパウロ市リベルダーデ区の宮城県人会会館で行われた。 今年は役員改選が行われ、新会長に四條玉田イウダ氏が就任した。四條氏は同県人会初の2世、そして女性会長となる。 あいさつに立った四條氏は「日本語が分からないので就任には不安があった。県人会の皆さんが『助けるから』と言ってくれたので、やることを決めた」と話し、「皆さんの協力がなければ県人会は成り立たない。各行事はもちろん、普段からも活動の協力をお願いします」と会員らに呼びかけた。 退任となる矢野会長は「2、3世への世代交代が長年の課題だったが、なかなか上手くいかなかった。今回ようやく実現した」と念願の2世会長誕生を喜んだ。新体制に関しては、ブラジル講道館柔道有段者会を参考にすると話し、「同会では柔道に関しては日本人が、広報に関してはブラジル人がやっている。それにならい、日本との連絡などは1世が、ブラジルでの広報などは2世らが担当していく」とした。今後矢野会長は名誉会長として同県人会を支えていく。 総会には100人が出席。2015年の収入は4万6314レアル、支出は3万5010レアルとなり、8631レアルが繰り越された。2016年の予算には6万2705レアルが計上され、会員らの拍手で承認された。また会費が95レアルから100レアルに上がったが、こちらも拍手で承認された。 役員人事では、長年書記を務めた伊東信比古氏が第2副会長に就任した。 総会後に開かれた新年会には会員子弟らが多く集まり、賑やかな雰囲気の会となった。 サンパウロ新聞 2016年3月12日付
ニッケイ新聞 2016年3月12日 甚大な被害をもたらした東日本大震災の発生からちょうど5年――。被災県である岩手、宮城、福島の3県人会が中心となって11日午後、5周年追悼復興祈願祭を開催した。会場となった聖市の宮城県人会館には、復興を願う一世を中心に約80人が参加。地球の反対側から祈りが捧げられた。 挨拶に立った福島県人会の永山八郎会長は、「月日が経つのは早いもので5年の節目を迎えた。我が福島は原発事故による問題を抱えるが、希望を持って歩んでほしい」と励ましの言葉を語った。 参列者が順に献花、黙とうが捧げられた。真藤武吉さん(79、東京)は「NHKで当時の映像を見たが今でも信じられない。二度と起きてほしくない」と語り、被災者を追悼した。 毎年コロニアが主催する追悼式典だが、初めて訪れた80代女性は「福島県会津生まれの私にとって他人事ではない。亡くなった方々を追悼したいと思い参加した。津波よりも原子力発電の恐ろしさを感じる」と振り返った。 被災3県からは、知事から復興状況の報告が寄せられた。3県人会による式典開催に感謝を示すとともに、課題を抱えながら復興に向け尽力する各県の取り組みが紹介された。 中前隆博在聖総領事も挨拶に立ち、「発災当時、東京にいた私にとっても感慨深い出来事。ブラジルからの心温まる支援には御礼申し上げる。5年を過ぎ復興期の第一段階を終え、次のステージに進むところ。被災者と共に歩んでいくことが必要なんだと思いを新たにした」と語った。 来賓として、聖州防災局から消防隊員のマジョール・デ・パウラ氏も訪れた。州内で発生中の洪水被害に対応する局長に代わり出席した同氏は、「2014年にJICAを通じた訪日研修に参加したが、日本の教育や文化は大変素晴らしい」と称賛。防災における日伯間交流の緊密化を願った。 また、綿花栽培を通して農業復興を目指す福島県いわき市の『ふくしまオーガニックコットンプロジェクト』の紹介、ブラジル健康体操協会21人による哀悼の踊り『イッペー音頭』が披露された。最後に『花は咲く』を合唱し閉会。 実行委員長を務めた中沢宏一宮城県人会長は、「テレビで改めて見ると涙が出る。我々も忘れてはいけない出来事だ。遠いブラジルからも何か出来ることがあるのでは」と呼びかけた。 会場には河北新報による特集『被災市町村の今』のパネルが設置された。人口の増減や、公営住宅建設の進捗率などが紹介された。
ニッケイ新聞 2016年3月12日 岩手、宮城、福島県人会が中心となり開催した『5周年追悼復興祈願祭』。開催にあたり、3県の知事から復興状況を報告するメッセージが寄せられた。追悼の意を込め全文を掲載する。 復興事業、着実に進展=10月に46年ぶり国体控え=岩手県知事 達増拓也 本日、東日本大震災5周年追悼復興祈願祭が、ここサンパウロにおいて開催されますことを、岩手県民を代表して心から御礼申し上げます。時間の経過とともに、大震災津波の記憶の風化が懸念される中、遠く離れた御地ブラジルにおいて、宮城、福島、岩手の三県人会合同によりこのような催しが開かれることは、被災地で復興に取り組む私達にとりましても、多いに励まされるものであります。大震災津波の発災から本日で5年となりますが、岩手県では、全線開通した三陸鉄道南北リアス線に加え、昨年3月にJR山田線宮古~釜石間の復旧工事が開始され、県立高田高校の新校舎が完成しました。また、昨年7月には、大船渡市の仮設商店街が県内で初めて本設の商店街へ移転オープンし、11月には、青森県八戸市と宮城県仙台市を結ぶ復興道路の三陸沿岸道路のうち「吉浜道路」が開通して全体の43%が、12月には、東北横断自動車道釜石秋田線「遠野~宮守」間が開通して釜石・花巻間の79%が供用開始されるなど、安全、暮らし、なりわいを支える復興事業が着実に進んでいます。2016年は、復興計画における本格復興期間の最終年度であり、次のステージにつながる重要な一年であると認識しています。岩手県では、防潮堤の整備や浸水地域の嵩上げが進み、災害公営住宅や海岸保全施設の整備、復興関連の道路整備や市町村が行うまちづくり事業などの復興事業がピークを迎えますので、本格復興の完遂に向け、全力で取り組んで参ります。また、「広げよう感動―伝えよう感謝」をスローガンに、本年、岩手県で開催する「希望郷いわて国体・希望郷いわて大会」の成功に向けて鋭意取り組んで参りますので、より多くの皆様の一層の御支援、御協力をお願いします。結びに、この度の5周年追悼復興祈願祭の開催に御尽力されました関係者の皆様に深く感謝申し上げますとともに、御参会皆様方のますますの御活躍と御健勝を心からお祈り申し上げます。   県復興計画は折り返し=地下鉄開通、復旧加速へ=宮城県知事 村井嘉浩 本日、ブラジル宮城県人会をはじめとする東日本大震災の被災3県県人会の共催の下、「東日本大震災追悼復興祈願祭」を開催いただきますことに、厚くお礼申し上げます。2011年の東日本大震災に際しましては、ブラジル宮城県人会の皆様をはじめブラジルの皆様からも多大な御支援や励ましの言葉をいただきました。また、震災から月日が経った今でもこのような催しを開催いただくなど、被災地に心を寄せていただいていますことに、あらためて心から感謝申し上げます。さて、早いもので、本日で震災からちょうど5年となりました。震災から10年での復興の達成を目指す「宮城県震災復興計画」もちょうど折り返しを迎えますが、いまだ応急仮設住宅での暮らしを余儀なくされている方々も残されているなど、復興の道のりはまだ半ばです。しかし、こうした中におきましても、津波被災により一部運休となっていたJR仙石線が昨年5月に全面開通したほか、12月には仙台市地下鉄東西線が新たに開通するなど、明るい話題もございました。また、今年7月には仙台国際空港が民営化される予定となっており、更なる復興の加速が期待されます。皆様からの御期待に応えられますよう、今後も、被災者の生活の再生に向けた施設の復旧・復興やまちづくりを一層加速させるとともに、創造的な復興に向け県民一丸となって取り組んでまいりますので、引き続き御支援を賜りますようお願い申し上げます。   原発、風評…課題山積も=誇りある福島の実現へ=福島県知事 内堀雅雄 本日、ここに「東日本大震災5周年追悼復興祈願祭」が執り行われるに当たり、福島県民を代表し、謹んで哀悼の言葉を捧げます。囲催に御尽力いただきました、被災3県の県人会役員の皆様、ブラジル日本都道府県人会連合会役員の皆様を始め、関係者の皆様に心から敬意と感謝の意を表します。東日本大震災から5年の歳月が経過しました。2011年3月11日午後2時46分。あの時から、私たちの取り巻く環境は一変し、今もなお多くの県民の皆さんが避難生活を続けています。また、本県は、廃炉、汚染水対策や、被災者の生活再建、除染による除去土壌の処理風評と風化の2つの逆風など課題が山積しており、残念ながら復興はいまだ途上であります。一方、ブラジルを始めとした世界中の方々からの温かい御支援と、県民の皆さんのたゆまぬ御努力により首都圏と東北地方を結ぶ常磐自動車道の全線開通、復興を担う人材を育成する「ふたば未来学園高等学校」の開校、大型観光キャンペーンによる観光地の賑わいなど、明るい光は着実に広がりを見せ、県内各地に笑顔が戻り、本県の復興は着実に進んでいます。ふるさと福島の復興を進め、将来世代に引き継いでいくためには、福島の「光」と「影」の両方を丁寧に発信しながら、新しい誇りを生み出していかなければなりません。県民の皆さんを始め、福島に想いを寄せていただいている国内外の多くの方々と手を携え、「生まれて良かった、住んで良かった、来て良かった」と思える誇りある福島の実現を目指して、果敢に挑戦を続けてまいりますので、引き続き御支援をいただきますようお願い申し上げます。結びに改めて皆様への感謝を申し上げ、挨拶といたします。
ニッケイ新聞 2016年3月12日 1969年間から姉妹都市関係を結ぶ聖市と大阪の交流事業として、聖市在住の大貫純さん(21、四世)が7日から約2週間、親善大使として訪日する。大阪・サンパウロ姉妹都市協会主催。 大貫さんは埼玉県生まれで2歳まで生活、家族と聖市に移ってからも日本語の勉強を続け、日本語能力試験N1を取得している。昨年の日本語スピーチコンテストに出場、優秀成績だったことから、親善大使に選ばれた。 ホームステイや工場見学、市内見学が予定されており、「日本に対しては色々な話を聞いているけど、自分の目で確かめてみたい」と期待を話した。 姉妹都市協会の会長が理美容品メーカー、タカラベルモント社の吉川秀隆社長であることから、同社が事業をコーディネートする。ブラジル支社の粟嶋裕(あわしま)さんは「将来の交流が活性化に繋がる意義ある活動。今後とも継続させるべき」と話した。
ニッケイ新聞 2016年3月11日 沖縄芸能イベント『第11回さんしんの日』が6日、沖縄県人会館で開かれ、約500人が来場した。野村流音楽協会、野村流古典音楽保存会、琉球民謡協会、琉球民謡保存会の各ブラジル支部の共催。 舞台には首里城が大きく描かれ、開幕演奏では琴、さんしん奏者32人による合奏で『かぎやで風節』『辺野喜節』『揚作田節』『東里節』『赤田花風節』が披露された。琉球民謡の独特な旋律と三線の音色は、沖縄の原風景を県系人の区別なく想起させ、会場の雰囲気を一気に沖縄色に染めた。 その後、玉城流小太郎会千舞―知花千恵子琉舞道場による舞踊『沖縄ジントヨー』や、琉球民謡保存会ブラジル支部による合唱、レキオス芸能同好会と琉球国祭り太鼓による太鼓演奏などが行われ、合間の休憩時間には、協和婦人会による沖縄ソバを楽しむ人もいた。 最後には来場者も参加しての『カチャーシー』(両手を頭上に掲げて左右に振り、足も踏み鳴らす踊り)を行い、盛況のうちに閉会となった。 毎年同イベントに参加しているという西原和江さん(78、3世)は「皆で集まると楽しい。今年も開催してくれてうれしい」と満足した様子で、一緒に来場した親戚のジーミートリ幸地カエチテくん(9、4世)は「皆の演奏を観て三線を弾いてみたくなった」と沖縄文化に関心を示した。 山内盛一実行委員長は「演奏者だけでなく、運営面でも二、三、四世の県人子弟が助けてくれた。来年も続けて開催したい」と感謝と意気込みを語った。