慰霊祭に続いて、セアラー日伯文化協会との交流会が行われ、同協会の会員ら約60人が参加した。
交流会には、藤田十作氏の長女であるルシアさんと弟のジョアンさんが訪れ、ふるさと巡り一行に紹介された。
紹介されたジョアンさんがあいさつに立ち、「今日はお越しいただきありがとうございます」と一行を歓迎した後、「戦後の藤田家が立て直せたのは姉(ルシアさん)のお陰。彼女が家族を復興へ導いてくれた」と一家の歴史を語り始めた。
戦争ですべてを失った藤田家だったが、戦後長女のルシアさんが大学に入学。後に続くジョアンさんの学費が免除されるように、大学側に嘆願した。ジョアンさんは「彼女のお陰で大学で勉強ができた。彼女をとても尊敬している」と感謝。ルシアさんが下の兄弟らの進学の足がかりとなったことを振り返った。
さらに「私が幼い頃、よく泣いていた父の姿を覚えている」とジョアンさんは続けた。藤田氏は自身が満足に勉強できなかった分、子供たちには勉強をさせたいと思っていた。しかし「戦争で家も何もかもを失った」と泣き暮れる藤田氏。その姿を見た幼いジョアンさんが「お父さん、なんでそんなに泣くの?」と聞くと、「心配するな。大丈夫だから」とジョアンさんにいつも言い聞かせたという。
「父はいつも『人はいつかこの世を去る。だからこそ、もっと人を大切にするべきだ』と言っていた。自分のした良いことは必ず返ってくる。そういうことを父から学んだ」とジョアンさんは話した。
ジョアンさんはブラジルの軍隊に入隊し、カピトン(大尉)まで昇進。除隊後は建設会社を起こし、実業家として79歳の今も活躍している。州知事に藤田十作日本庭園建設の要請をしたのも、ジョアンさんだそうだ。
あいさつの後、玉城道子団長から県連の事業報告書と日本祭りのパンフレットとDVD、日本酒がジョアンさんに贈られた。(つづく、佐久間吾朗記者)
サンパウロ新聞 2016年4月7日付
