記者個人としては、ナタールでのリオ・グランデ・ド・ノルテ日本ブラジル文化協会との交流会で、本紙読者である請井正治さん(79、静岡)と出会えたことが印象深い。サンパウロから3000キロ離れたナタールでも本紙を読んでくれているとは、ありがたいことである。新聞が届かないことがあることと、誤字脱字が多いことのお叱りを受けてしまったが……。
請井さんは、第1次7回のコチア青年団員として1957年に「ぶらじる丸」で移住してきた。「特別希望や目的はなく、漠然と『日本にいてもなぁ』という思いがあって」ブラジルに来たという。
サンパウロ州ソロカバに入植後、みかんやジャガイモ栽培に4年間従事。「今思うと4年もいる必要はなかった気がするけど、僕は真面目でね」と話し、今でも嘘や人を騙したりすることは苦手。「ブラジルだとそれではダメなんだけどね」と笑った。
フォルタレーザに1年いた後、ナタールには1962年に移転して来た。「非の打ち所がないくらい、ナタールが大好き」と語り、54年間暮らしている。父親が百姓をやっており、農業が嫌で日本を飛び出したはずが、ソロカバの時からずっと百姓として働いてきた。これまで苦労したこともあるが、苦労と思ったことはない。結婚した当初はお金がなく、銀行への返済期限近くになると眠れない夜もあった。「やっぱり真面目なんでしょうね」と苦笑する。
最初の夫人をガンで亡くし、10年前に17歳年下の現在のマチコ夫人と再婚。「本当に再婚して良かった。俺は一人でやっていけないよ。ご飯も何でも美味しく作ってくれるし」と2人の生活に満足そうだ。
「人生で苦労は、少しはした方が良い。嫌なことがあると前向きになるのは難しいけど、それをバネにすれば良い結果がついてくる。人生は悲観するより、前向きに考えた方が得」という、人生観がブラジルでは必要なようだ。(つづく、佐久間吾朗記者)
サンパウロ新聞 2016年4月16日付
