06/03/2026

Mês: abril 2016

新役員は9割が2世、3世で構成 ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、本橋幹久会長)は、3月31日午後4時からサンパウロ市リベルダーデ区の文協ビル5階同事務所で3月度代表者会議ならびに第50回定期総会を開き、各県人会代表ら約60人が出席した。総会では役員改選が行われ、出席者により山田康夫氏(65、滋賀県人会長)を会長とするシャッパ(候補者連記名簿)が拍手で承認された。2016年度の県連の新体制は14人の役員で構成され、約9割が2世と3世となっている。7月の日本祭り開催が迫る中、県連のさらなる活躍が期待される。 代表者会議では本橋会長(80、鳥取県人会長)が議長を務め、16年2月度事業報告ならびに会計報告など各種報告が行われた。その後、会長訪日や、約150人が参加した第45回移民ふるさと巡り、第19回日本祭りなどの報告が行われた。そして、各委員会の中で最も重要な任務を担う日本祭り実行委員を務めた山田氏と、市川利雄氏(富山)に拍手が送られた。その後、各県人会情報紹介が行われ、代表者会議は終了した。 総会では原島義弘氏(千葉)が議長を務めた。物故者への1分間の黙とうに続いて昨年度の事業および収支報告、今年度の事業計画、予算案の審議が行われた。 昨年度の収入は約368万レアル(うち第18回日本祭りは約341万レアル)、支出は約351万レアル(うち日本祭りは約322万)で約17万レアルの黒字を計上した。今年度予算は約344万レアルでいずれも承認された。 役員改選では、山田氏を会長とする12人の役員で構成されたシャッパと、山田氏の指名により第3会計と第3書記の2人が追加され、14人の新役員体制が拍手で承認された。 山田氏は通信関係の仕事で1971年に渡伯。その後はレストランを経営するなど多岐にわたって活動。県連では10年近く役員を務め、滋賀県人会では、04年から会長を務めている。また、山田氏は本橋会長に2期目も続投してほしかったというが、本橋会長が継続できないとのことで周囲からのバックアップもあり、会長を務めることを決意した。 就任あいさつで山田氏は「県連50周年という節目の時期を迎える今、会長に選ばれたことを有り難く思う。県連の事業で一番大切な日本祭りが差し迫っており、日本祭りが成功しない限りは何を語っても無駄だろう。3人の実行委員のメンバーは非常に辛い立場だと思うが、一致団結して乗り切らなければならない。また、本日は4人の歴代会長が出席しており重圧を感じているが、新しい県連の姿を示すいい機会でもある。そのためには皆さんの協力なしにはできない。一緒に新しい県連を盛り上げていただきたい」と会員らに協力を呼び掛け、意気込みを語った。 14年から1期2年会長を務めた本橋氏は、自身及び家族の体調の問題などで勇退。退任のあいさつで「会長に就任してから早いもので2年。県連の役員14人で一生懸命務め、皆さんの協力もありここまでやってこれた。新しい事業を始めて成功させることも悪くはないが、県連の現状を見て今やっている日本祭りやふるさと巡りなどの事業をさらに充実させていくことが重要だと思い、その面に力を入れてきたつもり。これからも県連の名を広めていくにはそれなりの行動をしなければならない」と語り、次の世代を担う新しい県連に向けてエールを送った。 新執行部は次の通り(敬称略)。 会長=山田康夫。副会長=高田隆男アルマンド(長野)、坂本アウグスト進(栃木)、島袋栄喜(沖縄)、森永正行ジェラルド(石川)、高野ジョルジ(山梨)、谷口ジョゼ眞一郎(和歌山)、市川利雄(富山)。第1会計=田呂丸哲次(熊本)、第2同=松村マキシミリアノ滋樹(鹿児島)、第3同=川合昭(秋田)。第1書記=菅原パウロ農夫男(香川)、第2同=中矢伝(愛媛)、第3同=四條玉田イウダ(大分)。正監査=篠原俊巳(山形)、西山実(佐賀)、松下大谷瞳マルリ(兵庫)。監査補=平崎靖之(広島)、平山イナシオ(福岡)、杉本教雄(静岡)。 サンパウロ新聞 2016年4月2日付
気温31度の暑さの中、ふるさと巡り一行はフォルタレーザ市内の海岸を望む日本庭園へ到着。この庭園は日本移民100周年を記念して作られたもので、現地の日本人移民の先駆けである藤田十作氏の名前が付けられている。赤い鳥居をくぐった先には社(やしろ)のような建物があり、庭園内には椰子の木やバイアーナの人形も置かれ、日伯折衷の庭園という趣だ。 日本庭園で30分過ごした後、一行はフォルタレーザから85キロの地点にあるベベリベに移動。レストランで食事を済ませた後はそれぞれ近くの海岸「モロ・ブランコ」周辺の散策に出かけた。 記者はバギー車のツアーに申し込み、名嘉正良さん、中村博毅・博子夫妻らと一緒に海岸ドライブへ。右手には赤い岩山、左手には海が見える広大な砂浜をバギーは予想以上に速いスピードで駆け抜ける。後部座席には手すりがあるだけで囲うものは何もない。後部座席に座った記者ら男性陣は、振り落とされないよう捕まるのに必死だ。 バギーは途中で停車し、ガイドが岩山の間を案内してくれた。白い砂の大地を歩き奥へ進んで行くと、巨大な岩山が連なる壮大な景色が目の前に現れる。その風景はまるで、違う惑星かハリウッド映画の1シーンのようだ。上空に広がる青空とのコントラストも美しい。奥にさらに進むと岩山の頂上へと達し、崖っぷちとなっている。崖から一望する大西洋は殊更に美しい。眼前にはどこまでも続く岩山と砂浜、濃い青色の海が広がる。モロ・ブランコは美しく壮大な景色の連続である。 その後もバギーは海岸線を走り、復路では砂漠ような砂地を走り、ドライブ終了となった。 ベベリベを後にした一行はホテルへと戻り、海やプールで過ごす人、卓球やトランプで深夜近くまで遊ぶ人など思い思いに過ごしていた。(つづく、佐久間吾朗記者) サンパウロ新聞 2016年4月2日付
6泊7日の日程で149人が参加 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)主催の「第45回ふるさと巡り」が3月10日から16日の6泊7日の日程で行われ、今回はノルデステ(東北伯)地方のフォルタレーザ、アラカチ、モッソロ、ナタールの4都市の日系団体や移民、文化に出会う旅となった。人気ツアーとなっているふるさと巡りには今回、サンパウロ州を中心にリオやブラジリアからの参加者合わせ総勢149人が参加。熱帯地方の暑さの中、一人もケガ人や病人を出さず無事全行程を終えた。(佐久間吾朗記者) 重たい曇り空が広がった旅行初日。サンパウロ周辺の参加者は午後3時半にリベルダーデ広場近くのマクドナルド前に集合し、グアルーリョス空港へ向け出発した。 バスが空港に着く頃には曇天から雨模様へと変わった。ふるさと巡り一行は、午後7時55分のフライトでフォルタレーザへ向け飛び立ったのだが、その後雨足が強まった影響で飛行機の運航中止や、遅延になった便もあったと聞いた。雨は翌日まで降り続き、サンパウロ市周辺の市町村で水害が出た地区もあったそうなので、日程通り出発できたことは、ある意味幸先の良い旅の始まりと言えた。サンパウロの様子を聞いた参加者の一人は「最近の神様はヒステリーを起こしてるとしか思えない。雨を全然降らさないと思ったら、降らす時は過剰なくらいに降らす」と呆れた様子で漏らしていた。 飛行機は午後11時半頃セアラー州フォルタレーザ市のフォルタレーザ空港へ到着。冷房が効き過ぎた空港から外に出ると、もわっとした熱気が肌にまとわりつく。ここでリオとブラジリアからの参加者6人も合流し、市内で人気の海岸「プライア・ド・フトゥーロ」近くにあるホテル・オトン・パレスへ移動。記者がチェックインを終え部屋で荷物を解く頃には、時計の針は既に午前1時近くになっていた。 ◎   ◎ 2日目は午前8時にホテルを出発。旅の全行程を参加者は3つのグループに分かれ、グループ単位で行動する。記者はグループ3の一員となり、快晴の空の下、その日最初の行程である市内観光のためバスに乗った。 グループ3の現地ガイドはシーダ・オリベイラさん。彼女がフォルタレーザの歴史を語る中、バスは街の中心部を走り最初の目的地セアラー博物館に到着した。しかし、いざセアラー博物館に向かおうとした矢先、大粒の雨が降り出す。バスの停車地から博物館入り口までは距離があり、この雨の中を傘も差さずに歩いたらびしょびしょに濡れてしまう。杖をついて歩行する参加者もおり、短い距離であっても雨の中の移動は困難を極める。しばらくバスの中で待機するが止む気配はなく、「あと1時間は降るだろう」というガイドの判断で見学は中止。次の目的地の中央市場訪問に予定は変更された。 博物館からすぐ近くにある中央市場へと向かう数分の間に、雨はさっぱりと上がり再び太陽が顔を出した。「こんなことなら博物館へ行きたかった」と不服そうな男性陣と、「これで買い物に時間を費やせる」と笑顔の女性陣。対照的な表情が面白かった。 地上階から5階まである巨大な中央市場には所狭しと店が並ぶ。機能性よりデザイン性を追及したような建物の造りは記者好みだ。名産であるカシューナッツや、手編みの洋服やカバン、現地の伝承をまとめたコルデルという小冊子だけでなく、ハンモックやTシャツ、靴など多彩な商品が売られていた。 半年かけて編まれたという黒のドレスを購入した女性の参加者は「手作りだから同じものが一つとしてないし、売ってるものがサンパウロと比べて格段に安い」と戦利品を手に満足気。参加者の多くは名産のカシューナッツを購入したようだった。 午前10時にバスは中央市場を発車し、次の目的地である藤田十作氏を称える日本庭園へと移動した。(つづく) サンパウロ新聞 2016年4月1日付
ニッケイ新聞 2016年4月5日 11日午前中に一行は、フォルタレーザ市内の高級別荘地が立ち並ぶメイレーレス海岸にある「藤田十作日本庭園」を観光した。鳥居やスズラン灯、滝のある日本庭園も造られ、一等地にある立派な公園だ。プレートを見ると、観光省から予算をもらって、移民百周年を記念して建設したものだ。 当時の記事を読んでみると、08年にセアラ―州日伯文化協会(藤田ジョアン会長)が構想を打ち出し、1900平米の土地を市が提供し、観光省がなんと約200万レアルの大枚を投じて建設し、11年4月11日に完工式を行った。 庭園奥の部分には4本の柱があり「訓育」「我慢」「決心」「苦心」「献身」「根気」などの古風な言葉が鋳抜かれている。藤田十作とは一体、どんな人物だったのだろう。 午後は、真っ白な砂浜が広がるモーロ・ブランコに行き、バギーや散歩を楽しんだ。バギーでは巨大な風車の様な風力発電施設が立ち並ぶ様子や、洞窟、海岸にある淡水池などにも足を延ばした。川上三枝子さん(74、二世)は「バギーの後ろで風に吹かれて、とても気持ち良かった」と喜んだ。 ホテルに戻ると、故郷巡りらしい劇的な出会いが待っていた。午後5時過ぎ、ロビーで一人ソワソワしている小山徳さん(のぼる、76、長野)に、なにげなく声をかけると、「千田功(ちだいさお)って知ってるでしょ。君が昔書いたイタイプーダム建設で活躍した青年隊の連載『国家事業救った8人の侍』の一人だよ。先日、連絡先がようやくわかった。偶然このホテルから4キロ先の所に住んでいるから、会いにくるっていうんで、待ってるんだよ」というので驚いた。 小山さんは南米産業開発青年隊の8期。千田さんは9期でイタイプー工事の後、青年隊とは連絡を断った状態になっており、小山さんは「彼はアフリカに行ったとか、スイスに行ったとかの噂で、全然連絡が取れなかった」という。「ウマラーマ訓練所以来だから50年ぶり。僕が日本語でメールを書いても、ポルトガル語で返事を書いてくるんだ。どんな生活をしているのかと思って…」という。 ほどなく、さっぱりした表情のスマートな男性が回転扉を回して入って来た。「千田か!」「小山さんか」と二人は顔を見合わせ、固く握手を交わした。そこへ偶然にも一行の一人で青年隊4期の曽我義成さん(78、岐阜)も通りかかり、事情を聴いて驚き、一緒にテーブルに座って、千田さんのイタイプー後日談を聞いた。 「サダム・フセイン時代のイラクに、メンデス・ジュニオール(大手建設会社)から派遣されて2年間、ペトロブラスの仕事で行ったよ。ユーフラテス川の下に地下用水路を作って、チグリス川の水を流す大規模な灌漑設備を作る仕事だった。でも、たまたま休暇でブラジルに帰って来た時、湾岸戦争が勃発したんだ。フセインは『外国人を人質にする』って宣言し、あの時、現場に残っていた仲間はみんな捕まった」。平和な北東伯の海岸に立つホテルのロビーで、衝撃の体験談が始まった。(つづく、深沢正雪記者)
ニッケイ新聞 2016年4月2日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)が主催する第45回「移民の故郷巡り」一行149人は、3月10日から16日までセアラー州都フォルタレーザ、北大河州モソロー、同州都ナタルを観光し、現地日系人と交流した。「どこに移民の故郷が?」と首をかしげるほど日系人が少ない北東伯だったが、〃アマゾン下り〃のセアラー州の先駆移民・藤田十作の子孫、メロン栽培で有名なモソロー、入植者の大半が町に出てしまった戦後移住地ピウンなどを巡るなかで、一行は「ここにジャポネースあり!」との誇らしい気持ちを新たにした。加えて一行参加者を取材し、戦争前後の出来事を中心に、まるで〃歴史の玉手箱〃の様にキラキラと輝く貴重な逸話の数々を聞いて回った。 記者が同行した第3グループは10日午後8時のGOL機で一路フォルタレーザへ、北北東へ約3100キロを一っ飛び。南米大陸が大西洋に最もせり出している地点のわずかに北だ。149人という大人数のため、一行は聖市からの飛行機、現地バスも三つに分かれて行動した。 翌11日(金)から観光開始。現地ガイドは「セアラーは1885年に最初に奴隷解放をした州。4年間ほとんど雨が降っていない。首都の人口は300万人。ここは踊りフォホーで有名だし、有名なユーモリストが沢山生まれた州よ。例えばシッコ・アニジオ、レナート・アラゴン、ファルコン(歌手)、あと連邦議員になったチリリッカもそう」と早口に説明した。 北東伯の半砂漠地帯カアチンガの55%は同州にあり、戦前にはカンガセイロ(匪賊)が大活躍した。午前中に訪れた市営手芸品市場には、民衆から義賊と親しまれたカンガセイロの首領ランピオンと妻マリア・ボニータの土産物人形がいたるところで散見された。 目の細かい独特のセアラー織物(renda do Ceara)は人気が高く、一行女性には200、300レアルのテーブルクロスやワンピースを「安い、安い」と勝って行く姿も。スカートとテーブル掛けを買った大村順子さん(65、鹿児島県)は「一枚編むのに半年かかるって。サンパウロで買ったら高いのよ」と初日からの収穫を喜ぶ。ワンピースを買った森小百合さん(71、鹿児島県)も「偶然に店主が日系二世で日本語が達者だった。『負けて負けて』ってお願いしたらサービスしてくれたわ」とホクホク顔を浮かべた。 州南部のジュアゼイロ・ド・ノルテは、地元では熱烈な信者が多いシセロ神父の本拠地だ。青年時代フォルタレーザで学んだ人物で、長年バチカンから反逆者扱いされ、昨年末にようやく聖人への筋道が認められたばかり。いわばセアラー州はブラジル史の主要な歴史舞台の一つだ。(つづく、深沢正雪記者)
ニッケイ新聞 2016年4月2日 ブラジル日本都道府県人会連合会の第50回定期総会が先月31日午後、文協ビル内の県連会議室で行なわれた。本橋幹久氏(80、鳥取県)が1期2年で会長職を勇退し、山田康夫氏(65、滋賀県)の就任が決定した。今年50周年の節目を迎える県連の新役員は、会長こそ一世が引き継いだが、副会長以下は二世が圧倒的多数を占めた。 本橋氏は「思い起こしてもこれといった功績はない」と前置きしながらも、「首相官邸に4度お願いに上がり、ようやく日本政府が日本祭りに参加してくれるようになった。自ら足を運び、働きかけることの大切さを思い知った」と振り返り、関係者に感謝を述べた。 後任の山田氏は、滋賀県近江八幡市出身の65歳。71年に飛行機で工業移住し、NECの下請け企業で通信事業に従事した。16日の締め切りまでに山田氏のシャッパしか提出されなかったことから、挙手によって会長就任が信任された。 山田新会長は「重い責任を感じる。まず7月の日本祭り成功が大切だ。役員には二世が多く、副会長で言えば島袋さんだけが一世。創立50周年を迎える県連の新しい姿を見せる良い機会になる」と決意表明した。 なお2015年度の通常収入は約26万6千レ、支出約28万3千レ。今年の第19回分への前払い金を含む昨年の日本祭りの収支は、順に約341万レ、約323万レだった。16年度の通常収支23万6400レと30万4700レ、今年の日本祭りのみの収支は292万7千レと314万1千レで赤字を計上。 今年度の事業として50周年式典を9月18日に予定。記念事業には、県人会活性化セミナーが企画されている。次回の第46回ふるさと巡りは訪問地を検討中。 総会前に行なわれた3月度代表者会議では、日本祭りの議題も。本橋氏が先月上旬に訪日し、世耕弘成内閣官房副長官と面会した報告があった。「昨年は場所代として1750万円の支援があったが今年は金額、面積、内容は未定」とし、4月中に決まる見込み。 県人会による郷土食広場は45の参加が決定。茨城と、創立式典を同月に控える新潟は見送りが濃厚となっている。 2016―17年度の新執行部は次の通り(敬称略)。【会長】山田康夫【副会長】高田アルマンド陸男(長野県)、坂本アウグスト進(栃木県)、島袋栄喜(沖縄県)、森永正行ジェラルド(石川県)、高野ジョルジ(山梨県)、谷口ジョゼー(和歌山県)、市川利雄(富山県)【書記】田呂丸哲次(熊本県)、松村滋樹(鹿児島県)、川合昭(秋田県)【会計】菅原パウロ農夫男(香川県)、中矢伝(愛媛県)、四條玉田イウダ(大分県)【監査役】正=篠原俊巳(山形県)、西山実(佐賀県)、松下大谷瞳マルリ(兵庫県)、補=平崎靖之(広島県)、平山イナシオ秀夫(福岡県)、杉本教雄(静岡県)   □関連コラム□大耳小耳 県連の本橋幹久前会長は、自身と妻の健康状態を考慮し1期2年で退任。最後のあいさつでは、連合国軍最高司令官だったマッカーサーの引退演説から「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ」という一節をもって勇退した。そういえば2年前の就任あいさつでは、ケネディ元米大統領の演説「国家(県連)に対して何を望むかよりも、自分が国家(県連)に何を奉仕できるかを考えるべき」から引用した言葉があった。最後は決まり文句である「弥栄!」で締めくくり。最後まで〃らしい〃本橋さんだった。
ニッケイ新聞 2016年3月31日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)が毎年主催する日本祭り(7月8~10日、サンパウロ・エキスポ)に関し23日午後、文協ビル内の県連会議室で臨時代表者会議を行なった。赤字見込み30万レアルという状況を受け、開催の意思を改めて確認するもの。後日、同祭の市川利雄準備委員長(富山)らが取材に応じた。 ここ数年、赤字覚悟の開催が続いているが、今年は特別に雲行きが怪しい。不景気による企業スポンサー減に加え、政局混乱による連邦政府の資金助成手続きが遅れているからだ。 昨年も同額の赤字見込みだったが、最後は約7万レの黒字となった。「これまで以上に苦しいが継続したい。大不況の中、前回と同額を出してくれた企業もある。そうした期待に応えるため各県人会、ボランティア一丸で乗り越えたい」と前向きな思いを語り、関係者の支援を募った。 赤字の最大の原因は、ルアネー法申請の返答が例年より遅れている点だ。昨年は2月に連邦政府から認可が下り、総予算300万レの内50万レほどが充てられた。今年はいまだに認可が下りておらず、不況で利益を上げる企業も少ない可能性があることから、臨時会議を開き、そうした現状報告をした上で、改めて開催の賛否を協議した。 話し合いの結果、「会場費約100万レの内6割を前払いしているほか、中止とするには見えない部分の損失も大きい」との判断から開催が決定された。赤字30万レを覚悟しての実施。県連にはそれを補填できる貯金があるので、いざという場合はそれを一部切り崩す覚悟だ。 損害を最小限にするため入場券を当日23レ、前売り20レに設定。前回からそれぞれ5レ値上げした。5月には一般発売を開始する。 また議員助成(エメンダ・パルラメンタール)は今年もゼロ。公的な支援は、聖市によるメインステージの設営、州の免税プログラム「ProAC」(30万レ)のみとなった。企業によるスポンサー収入は昨年と同額を目指すが、不況のため楽観できない。 赤字対策として委員長は「入場券の販売増」を第一に考えており、「夕方以降は入場料を下げるなど工夫が必要。金曜日は学校児童などを招待しても良い。広告費を多めに充て宣伝方法も見直す」とした。会場設営を2社に任せ競わせるなど新たな試みも行なう。 概要も明らかになり、テーマ「スポーツと健康」に沿いスポーツ広場を設ける。車椅子卓球の体験や、義足ランナーとの100メートル競走を企画中だ。日本政府によるブースも昨年に続き設置される。また会場や駐車場の改修工事は順調で、前回のような混雑は起きないとのこと。   □関連コラム□大耳小耳 県連日本祭りは、今年も赤字覚悟の開催に。一昨年は会場費の高騰、昨年は議員助成金が0となったことが原因だった。今年はルアネー法の認可が不透明で、汚職、政治混乱、経済不況という悪循環ときた。仕方なく入場料を値上げしたが、無料対象者もこれまでの65歳から70歳に引き上げるという。家計は火の車だが、昨年は半額や無料対象者でも、寄付だと思って一般料金を支払った者がいたと聞く。今年もきっと、そんな有志による〃ささやか〃な手助けが必要だ。
ニッケイ新聞 2016年3月31日 ブラジル沖縄県人会とブラジル沖縄文化センターの『2016年度定期総会』が先月21日午前、聖市の同県人会館で開かれ、本部、地方44支部から会員ら約150人が出席した。 黙とう、島袋栄喜会長のあいさつに続き事業報告が読み上げられた。琉球民謡コンクール、ウチナー芝居をなどの例年行事を主催したほか、沖縄空手古武道演舞大会や卓球大会、実業家の集いを初開催する試みがあった。 県人会は収入67万4653・57レ、支出64万8849レ、文化センターは収入22万5027・94レ、支出21万1774・76レだった。 事業計画では県人会創立90周年式典が目玉となっている。前夜祭として9月3日、市内の劇場でウチナー芝居大会を行なう計画を進めており、翌4日に県人会館で式典を行なう方向。翁長雄志知事らの来伯も期待される。10月26~30日には母県で、第6回世界のウチナーンチュ大会も控えている。 会費はインフレにともない、55レから60レに値上げすることが承認された。予算案として県人会は収支共に62万レ、文化センターは収入16万レ、支出15万6千レと算出している。 2016―17年度の評議員について、補充15人を含む60人が決定。また聖州外のカンポ・グランデ、ロンドリーナほか、プレジデンテ・プルデンテなどから支部長交代のあいさつもあった。 一部会員からは、「施設利用料が高すぎるのではないか」と質問が上がったが、「価格表は一般向け。沖縄文化の普及や継承活動に関するものは、状況に応じて決めましょう」と返答し理解を得た。
来場者数の増加が一番の鍵 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は、23日午後3時半からサンパウロ市リベルダーデ区の文協ビル内5階事務局で、7月8~10日に行われる「第19回フェスティバル・ド・ジャポン」についての会議を開いた。ブラジルは現在、過去25年で最悪の景気後退中。その影響を受け、昨年に引き続き支援金やスポンサーの獲得が非常に困難な状況にあり、赤字が見込まれている。そうした中、赤字幅縮小に向けて様々な策が練られている。約15万人以上の来場者数を誇る日本祭りは、海外で行われる日本祭りの中でも最大規模だが、成功のためには来場者数のさらなる増加が一番の鍵となる。 9万7000平米と中南米で一番の大きさとなる会場は完成に近づいており、4月末にオープニング・セレモニーが予定されている。日本祭り期間中の会場は約4万平米のスペースが使用される。そこで、高齢者や足の不自由な人のための車いすや、電気車の用意なども検討されている。 同祭実行委員会の市川利雄委員長は「去年に引き続き、景気低迷が続くブラジル経済の影響を受けて、今年も日本祭りの財政面はかなり厳しい状況におかれている」と窮状を述べた。 県連は外部からの支援金が下りないものとして、支出が330万レアル、収入が297万レアルを見込んでいる。PROAC(聖州政府の文化活動プログラム機関)による助成が見込まれるものの、税金の一部を文化事業に還元するルアネー法が適用されるかは未だ不明(昨年度は約50万レアル)。今年の議員割り当て金(イメンダ・パラメンタル)の支給も見込めない。一方、厳しい経済状況の中でも何とかして日本祭りを支援しようとする日本企業も見られるという。 赤字幅削減のために3つの策が検討されている。第一に、来場者数の増加。3日間にわたって行われる日本祭りは、曜日と時間帯により来場者数の波が見られる。とりわけ、午前10時から午後9時まで開催される2日目の土曜日は昼頃にピークを迎え、夕方にかけての来場者数は下り坂となる。「宣伝量を増やすことが、来場者数の増加に直結するのではないか」と市川氏は述べる。新聞、雑誌、テレビ、メトロなど多方面から日本祭りを宣伝する予定だが、広告料などの費用が発生するため宣伝にも限界がある。 第二に、入場料の値上げ。前売り券20レアル、当日券23レアル(60歳以上は半額、70歳から無料)昨年より5レアル値上げして販売される予定だ。 第三に、前売り券(5月から販売予定)販売ネットワークの拡大だ。昨年は、前売り券の売り上げは約3割だったが、今年は4割を目指している。 その他にも、全店舗でのクレジットカードの取り扱いや、周囲の学校を巻き込み、日本祭りを学校行事の一環にするなど、様々な新しい取り組みが検討されている。 さらに、今年の日本祭りのテーマである「スポーツと健康」のもと、来場者がスポーツを楽しめるようなコーナーの設置にも励んでいる。 市川氏は「新しい取り組みは売り上げだけでなく、お客さんに楽しんでもらうことや、若い世代を取り込むことで県人会の将来につなげるということも考えて行っている。素晴らしい日本祭りになることは間違いないので、たくさんの人に来ていただきたい」と呼びかけている。 サンパウロ新聞 2016年3月31日付
岡山県人会(根岸健三会長)主催の雛祭りが、5日午後1時から同4時までサンパウロ市リベルダーデ区の同県人会館で開催された。 当日は雛祭り以外にも、煎茶のお点前や折り紙、お手玉教室なども行われた。会場では、日本から3回に分けて持ち帰ったという「ひな壇」が飾られ、所有者の岡美恵子さん(69)は、「一人でも多くの方にお雛様を見て、日本の思い出を懐かしんでほしい」と思いを語った。 根岸会長は、「日本語離れしていく日系3世、4世の若い人たちに、せめて日本の文化だけでも継承していきたい」と、1988年から岡山県人会で毎年開催されている雛祭りに込められた願いを語った。 サンパウロ新聞 2016年3月29日付
【福岡発・吉永拓哉福岡支局長】平成27年度福岡県移住者子弟留学生(県費留学生)の留学証書授与式が13日、福岡市内のソラリア西鉄ホテルで行われた。 同授与式は、県費留学生の窓口をする(公財)福岡県国際交流センターが主催し、会場には福岡県海外移住家族会の会員や関係者ら約60人が集まった。 平成27年度は海外7カ国の福岡県人会から子弟10人が来日したが、ブラジルからの留学希望者が例年よりも少なかったため、ブラジル人子弟は2人だった。 この日は、県費留学生を代表として高階強ジュリアノさん(32、3世、ロンドリーナ市)があいさつした。高階さんは1年間を振り返り「辛い思いもしたが10人の仲間と助け合い、励まし合ったことで、自分が大きく成長できた」と述べ、「帰国したら福岡県人会の活動を頑張り、福岡の魅力を多くのブラジル人に伝えたい」と意気込んだ。 続いて、県費留学生たちによる留学成果活動報告が行われた。 九州産業大学に通った平田さゆりカレアンドラさん(25、3世、カンピーナス市)は、経済学部で日伯の経済を比較しながら、ブラジル経済の活性化を研究した。また、休日を利用して全国を一人旅したことにも触れ、「自分ではできないと思っていたことにチャレンジし、成功したことが自信につながった。これからも様々なことにチャレンジしたい」と胸を張った。 その後、田中専務理事から各自に留学証書が授与されると、参加者たちから大きな拍手が沸いた。 サンパウロ新聞 2016年3月24日付
県連(本橋幹久会長)の定期総会が31日に開催されることを受け、当日の議題の一つである役員改選に向けた新執行部シャッパの受付が、21日午後5時に締め切られた。その結果、滋賀県人会の山田康夫会長を県連会長とする12人の執行部で構成されるシャッパのみが受け付けられたという。 2014年3月から1期2年会長職を務めている本橋現会長が、自身及び家族の体調の問題などで勇退する意思を示していることから、新執行部のシャッパ提出が行われた。 次期会長を巡っては、山田氏を推す動きと、本紙17日付の意見広告で秋田県人会長の川合昭氏を会長に推す動きもあったため、21日締切のシャッパ提出が注目された。しかし、結局は川合氏を推す派のシャッパは提出されなかったという。 なお、正式な役員改選は、31日の定期総会の場で決定される。 サンパウロ新聞 2016年3月23日付