06/03/2026

Mês: junho 2016

 ブラジル都道府県人会連合会(県連)が創立して、今年で50周年の節目の年を迎えた。創立50周年記念式典は8月7日に衆議院議員の河村建夫氏が出席する予定で、サンパウロ州議会で開催されることが決定している。県連では毎年、日本祭りをはじめ、ふるさと巡り旅行などの恒例行事を実施しているが、傘下会員の各県人会からは年間6万レアルの一般収入しか入らないのが現状だ。約350万レアルにも及ぶ膨大な経費がかかり「綱渡り的」と言われる日本祭りでの成否に左右されながらも、その収入に頼らざるを得ないという。半世紀を迎えた記念の年に、新しく県連会長となった山田康夫氏に今後の方向性などについて話を聞いた。(松本浩治記者) ◆創立50周年記念行事  当初、9月18日にサンパウロ市内のブッフェで予定されていた県連創立50周年記念式典は、8月5日から開催されるリオ五輪開会式に出席する河村建夫衆議員議員の予定に合わせた形で、同氏出席のもと8月7日午前9時半から聖州議会のフランコ・モントロ講堂で行われることが決定している。  河村氏は同4日にリオ入り。5日のリオ五輪開会式に出席後、翌6日には聖市の山口県人会を表敬し、イビラプエラ公園内の開拓先亡者慰霊碑にも参拝する予定だ。  当初、河村氏の講演も予定されていたが、スケジュール的に難しく、式典への出席のみとなるようだ。  経費の問題上、50周年記念事業は限られ、式典以外には毎年の報告書に写真を合わせた「写真集的な」(山田会長)「50年の歩み」記念誌を来年半ばに発刊する予定。 ◆日本祭り  今年19回目を迎える日本祭りは、会場となるサンパウロ・エキスポ(旧イミグランテ展示センター)の改築により、天候に左右されない全天候型の室内施設となった。また、新たに4500台が収納できる駐車場が完備され、駐車場から会場まで屋内の遊歩道を通って行けるようになった。さらに、会場の出入り口も2カ所に増やされたことで、これまで車で来場しながらも渋滞で会場入りできなかったケースを緩和できるそうだ。 山田会長によると、現在の県連の一般年間経費は20万レアルが必要だが、傘下会員である各県人会からの年間収入は約6万レアルで、「日本祭りへの依存体質は変えられない」状況という。  「入場料を取っているからには来場者に納得してもらえるものを提供して内容を充実させ、リピーターを増やすことを考えなければならない」 ◆意識改革必要な県人会と県連  そうした中で「県連の対応もプロ化していく必要がある」とし、「各県人会を強くしていくためには、従来の親睦団体としての県人会活動だけではやってはいけない」と指摘する。  「現在、県人会の格差がすごく目立ってきており、1世世代が減少する中で、生き残っていくためには各県人会の意識改革が必要になる。そのためには、若い人たちに各県人会に入ってもらわなければならないが、現在は会長の3分の2が2世会長となっており、優秀な人材、特に女性会長が増えていることも明るい兆しになっているのでは」と山田会長。今後の県連の方向性として、世代が変わって言葉の問題で母県との連絡が取りにくい県人会事務の仕事を県連が窓口になって行うことも考慮しており、「そのためには現在の(日本語が話せる人材が少ない)県連事務局の体質ではやっていけない」とし、その資金作りとして日本祭りの継続や強固な体制作りの必要性を強調する。  そのほか、県費留学生・技術研修生問題について山田会長は、2014年8月に安倍晋三首相が来伯した際、日本政府の補助金制度を復活させる嘆願書を県連側から提出したという。  「留学生を一人受け入れてもらうのに年間300万円もの経費がかかり、今も半分以上の都道府県が県出身子弟しか受け入れない状況にあるが、この制度は今後も続けていただきたい」と山田会長は、現在の各県人会の2世会長のほとんどが留学生OBであることにも触れ、各県での制度継続を願っている。  今後の県連の役割について山田会長は、日本とブラジルとの交流関係において、日系社会の中でブラジル日本文化福祉協会の求心力が以前より無くなりつつある中、「県連は日本の外務省とも直接、話ができるなど日本とのパイプがある。また、日本祭りでのスポンサー探しにおいても、役員が自分たちで頭を下げて回れるフットワークとメリットがある」とし、今後は日本政府との直接的なやりとりも視野に入れている。  「10年ほど前、『10年後には、5つや6つの県人会は潰れているかもしれない』と思っていたが、10年経った現在もまだ、どこの県人会も潰れてはいない。県人会の活性化が県連の活性化につながる。継続性のある県連を目指していきたい」と山田会長は、創立50周年の節目を迎えて新たな意気込みを表していた。 サンパウロ新聞 2016年6月25日付
 サンパウロ州ミランドポリス市にある第2アリアンサ「鳥取村」の入植90周年記念式典が、7月23日午前9時半から同地の自治会館(Rua Shigueichi Fujissawa, 691)で開催される。当日は母県から県庁、県議会、教育委員会関係者など約10人の慶祝団が来伯して出席する予定で、開拓先亡者慰霊法要をはじめ、記念式典、敬老会、祝賀昼食会、日本語学校生徒及び県人関係者のアトラクションなどが行われる。(松本浩治記者)  第2アリアンサ「鳥取村」は、1924年の第1アリアンサ創立を受け、海外移住地の開拓を希望した当時の鳥取県知事だった白上祐吉氏が鳥取海外協会を組織。26年8月7日、信濃海外協会と共同で第1アリアンサの隣接地に土地を購入し、同村を創立した。現在、同村の日系家族は約30家族で、うち鳥取県出身者及び子弟は3家族のみだが、在住者たちは「鳥取村人」の意識を持ち、村を支えている。  「第二アリアンサ四十五年史」によると、翌27年に鳥取村に足を踏み入れた第1回入植者は、信濃(長野)扱い11家族92人、鳥取扱い5家族26人、熊本扱い12家族57人となっており、総数28家族175人がいたという。  27年5月24日、サントス港に入港した同村入植者175人は、当時の信濃協会理事だった輪湖俊午郎氏が鉄道側と交渉して特別列車を仕立てたため、サンパウロ移民収容所に入ることなく、直接現地入りすることになった。しかし、そのことが皮肉にも5人の死者、重軽傷20数人を出す大事故につながった。  トラベッサ1区に入植した故・中尾喜代治さんは、大事故の様子を「第二アリアンサ四十五年史」の中で次のように記している。  「同(ソロカバ)駅を離れる事三キロの地点にさしかかった際、俄然前方より驀進(ばくしん)して来たサンパウロ急行列車とあわやと云う間もなく正面衝突、現場は一瞬にして修羅の巷と化した」―。  一方、26年に12歳で渡伯してその後に同村に入植し、2001年8月に開催された鳥取村入植75周年記念式典で祭典委員長を務めた故・前田撲(すなお)さんは、「その頃は鳥取県出身者と長野県出身者の対立もあり、長野県人の前を通るとよく、いじめられました」と当時を振り返っており、その頃は各人の県人意識が強かったことがうかがえる。  当時の戦前移住者の率直な気持ちと同様、前田さんも「10年間ブラジルで働いたら、すぐに日本に帰る」という心構えでいたが、戦後の「勝ち負け抗争」が帰国を阻んだ一つの理由だったようだ。    ◎   ◎  鳥取村には、1994年から鳥取県が日本語教師を派遣しており、去る5月24日には第12代日本語教師として大場諒(おおば・あきら)さん(29、鳥取県米子市)が来伯し、2年間の予定で現地に赴任している。  第2アリアンサ日本語学校保護者会会長の河北ナンシー美智子さんによると、日本語学校の生徒は4歳から17歳まで18人が在籍し、クラスごとに週2~3回の授業を受けているという。  鳥取村関係者は「1926年に鳥取県から移住者が入植してより、我が第2アリアンサ村は今年の7月で90周年を迎えることととなりました。平素よりお世話になっております近隣の方々とともに祝うことができたらと、村民一同願っております」と当日の出席を呼びかけている。  詳細についての問い合わせは同村会(電話18・3708・1335)まで。 サンパウロ新聞
ニッケイ新聞 2016年6月25日  ブラジル熊本県文化交流協会(田呂丸哲次会長)は4月に熊本大震災の義援金専用口座を開き、そこには現在までに約37万レアル(1120万円)の寄付金が寄せられた。今月の8日、全義援金のうち15万レアルを母県へ送金した。先没者を偲ぶ『第14回追悼供養』を19日午前11時から開催した折り、同会役員らは揃って寄付者への感謝を口にした。  今回は熊本県を中心に4月に発生した地震被害を受け、震災で亡くなった人々の慰霊法要を同時に行い、同会員を中心に約90人が参加した。最初に熊本地震の犠牲者や、同会の先没者へ一分間の黙祷が捧げられた。  田呂丸会長は挨拶で「先祖に対する感謝を決して忘れてはいけない」と強調。熊本地震に言及し「今も多くの人々が避難所に暮らしている。犠牲者のご冥福と、母県の一日も早い復興を祈りましょう」と訴える。  東本願寺の川上寛祐師による読経とともに、参加者は神妙な顔で焼香を行なった。川上師は法話で「阪神淡路、東日本、そして熊本と、人間の力が及ばないような大震災が続いている。私たちはいつ無くなるか分からない命を生きている」と説き、「先祖をはじめ、ご恩を頂いて生きている。そこに感謝することが大事」と述べる。  参加者の三浦重幸さん(77、二世)は、「僕らもブラジルから応援している。ますます皆で助け合い、仲良くがんばってもらいたい」と真剣な表情で語った。  義援金について赤木数成書記に尋ねると、「マット・グロッソやミナスといった遠方からの寄付もあれば、ふらりと事務所に来た男性が50レ札の厚い束をいくつも取り出し、計2万レもの寄付をしたこともある」と語った。非日系人から2レや5レといった小額の振込みもあり、「生活費に困っているような人が、やり繰りして送金してくれたのでは」と目頭を押さえた。寄付は約500の個人、約30の団体から届いた。  集まった寄付の送金方法だが、日本へ直接送ると25%前後も課税される場合があるため、定款を銀行側に提出し、特別な「義援金扱い」で送った。これにより18米ドルの手数料と0・38%の低課税のみで送金手続きが可能。  同義援金の送金は今回が初。慎重を期して、義援金約37万レのうち約15万レを送金。熊本県側で14日、無事に届いたことが確認された。同会には現在も義援金が届き続けているため、今後3回に分け、残りの義援金を母県へ送る予定。  田呂丸会長は「一世が少なくなって日系社会のつながりは弱まったと思っていたが、今まで全く接点が無かった日系団体からの寄付も多く、大変驚いている」と感謝の気持ちを述べた。   □関連コラム□大耳小耳  読経をつとめた川上寛祐師は、去年4月に帰国した東本願寺の元輪番・菊池顕正師の安否に言及。熊本県出身の菊池師は南阿蘇に暮らしており、地震後に電話したところ、「棚の上にあるものが落ちた程度」だったとか。熊本県人会の赤木書記の親戚は、現在も全員が車中泊を強いられている。また熊本県庁の職員の中にも「日中は震災復興のために走り回り、夜は壊れかけた家に入れず車に寝ている」人がいるという。数字には現れない被災者の辛さを軽減するため、今後も伯国からの支援を続けていきたいところ。
18日の「海外移住の日」に合わせ  【熊本発・吉永拓哉福岡支局長】6月18日は、第1回契約移民を乗せた笠戸丸がサントス港に到着した日。ブラジルでは「移民の日」として様々な場所でミサや行事が行われている。一方で、日本でもこの日を「海外移住の日」に定めてはいるものの、母国では記念日として特に行事がない。そんな中、移民の父・上塚周平の故郷である熊本県では、ブラジルに縁がある若い世代が中心となって「熊本ブラジルの日 実行委員会」を組織し、6月18日を同県とブラジルの友好記念日として祝おうとイベントを催した。  イベントの企画者は、熊本市を拠点にサンバダンサーとして活動する伊藤雅史さん。伊藤さんは昨年9月から半年間、サンバの修業でブラジルに滞在。その際、サンパウロ(聖)市で熊本県人会の日下野良武さんと会い、「熊本に住む若者たちの手で、熊本ブラジルの日を作ってほしい」と頼まれた。その後、伊藤さんは、聖州プロミッソンのコロニアを訪ね、上塚周平の墓参りや熊本県人たちとの交流を深めた。  このような経緯から、「海外移住の日」に合わせてイベントが開催される運びとなった。  『ツナガル マジワル 熊本ブラジルの日』と題したこのイベントは、18日午後7時から熊本市内にあるレストラン「Tutti」で行われた。  熊本県はブラジル人が少なく、当日会場にはブラジル人がまったく見当たらなかったが、それでも約120人が集まり、ブラジルに対する熊本県民の関心の深さがうかがえた。また、イベントにはブラジルで民踊指導を行っている田中豊渕さん、リベルダーデ東洋人街の教会で牧師をやっている徳弘浩隆さんら、コロニアに関わりがある人たちも参加していた。  会場では、ブラジルの料理や飲み物が振る舞われた。その食材がユニークで、干しダラの代わりにトビウオの一夜干しを使ったボリーニョ・デ・バカリャウ、馬肉で作ったキビ、地元の黒豆や県産牛のスネ肉を使ったフェイジョアーダなど、熊本とブラジルの食文化を融合した料理にこだわった。  参加者たちが料理に舌鼓を鳴らす中、スクリーンではブラジル日系社会の歴史が紹介された。  プレゼンテーターは山本真実さん(29)と村上優衣さん(27)。2人は劇団「笠戸丸」のユニットとして、2009年にブラジル公演を行ったことがある。  「地元熊本の人たちに、まずはブラジル日系社会の存在を知ってもらいたい」という2人は、公演の際に世話になった弓場農場やピラール・ド・スールでの思い出を熱く語った。  続いて、伊藤さんがプロミッソンを紹介した。  同移住地は熊本県にルーツがあることから、熊本地震の際は逸早くコロニアで募金を行い、母県の被災者に向けて応援メッセージのビデオレターを作成。伊藤さんがスクリーンでその映像を公開した。  伊藤さんは「ブラジルの熊本県人たちが被災した母県に向けて『頑張れ』と言っていた言葉が胸に突き刺さった」と声を詰まらせながら映像を解説する場面もあり、参加者たちも心打たれ、映像が終わると会場から大きな拍手が沸き起こった。  その後、ブラジル音楽の生演奏で会場は賑わい、「熊本ブラジルの日」のテーマソングが披露されるなど、「6月18日」を大いに祝った。  参加した渕田夕加里さん(35)は、曾祖父母がブラジル移民からの引揚者だったという。「幼いころ曾祖母からブラジルの話をよく聞いていたので、一度は私も行ってみたい国。今日はすごく楽しかったです」と笑顔で話した。 サンパウロ新聞 2016年6月24日付
 九州大学と山口大学の名誉教授を務める社会老年学の専門家、小川全夫(おがわ・たけお、72)氏が、17日午前9時からサンパウロ市リベルダーデ区の熟年クラブ連合会ホールで「生涯現役社会をめざして」と題した講演会を行い、47人が参加した。  小川氏はNPO法人アジアン・エイジング・ビジネスセンターの理事長や、全国老人クラブ連合会の評議員を務めており、アジア諸国を中心に世界各国を訪れ、それぞれの国の介護について比較研究している。  小川氏の来伯に協力した鹿児島県人会の松村滋樹会長は「小川先生の話が少しでも何かのヒントになれば」とあいさつを述べた。約50年前に日本海外学生移住連盟の第7次団で伯国訪問経験を持つ小川氏は「何らかの形でブラジルと関わりたかった」と話す。  講演会では「高齢者がいかにして、生涯活躍し続けられるか」が説明された。日本では85歳を超えると約半数が要介護の状態になっているという。  小川氏によると健康で長生きできる秘訣は「『働く・喋る・くよくよしない』の3点が重要」と説明する。また、日本では定年退職後も働きたい人が登録し、仕事が振り分けられる「シルバー人材センター」や、会話ロボットや、介護ロボットなども開発されているという。「新しい技術もどんどん取り入れていくべき。それを海外にも広めていきたい。また、同世代同士で助け合いながら生涯現役社会を構築していくことが重要」と語った。  講演会後の質疑応答では「ブラジルと日本は全く違う。日本は恵まれている」という意見が出された。小川氏は「政府間の協力を得て、東南アジアでの福祉活動に力を入れているが、それが今の混乱したブラジルでは難しいので、政府を通さずに民間で福祉活動に取り組まざるを得ない。しかし、ブラジルには老年学の研究者もいるので、今後伯国の高齢者社会の現状について詳しく話を聞く予定」と語った。  聖州モジ・ダス・クルーゼス市在住の田附正甫さん(74、千葉)は「日本は共存共栄の社会。それに対してブラジルは個人主義の社会。日本の方法をそのまま伯国に用いるのは無理があるだろう。この国はラテン系独特の文化があり、人も陽気。ブラジルから日本の高齢者社会に生かせることもあるのでは」と率直な感想を語った。 サンパウロ新聞 2016年6月24日付
ニッケイ新聞【2016年移民の日特集号】 2016年6月23日  ブラジルの日本移民は今年108年、戦後の移住が再開されて63年になり、戦前、戦後を通じてブラジルに移住した日本人の数は25万人余、そして現在では190万人余といわれる日系人の中に占める日本人の数は3%を下回るといわれています。  しかしながら108年前に、コーヒー園へのコロノ生活に始まり、幾多の年月の中には志しを果たせず、また過酷な労働の中で生を受けた子供が早世するなど、一言でブラジルの日本人移民を語ることはできませんが、その人たちの労苦があったから現在があるということも忘れてはなりません。  6月18日の移民の日は、志を果せず亡くなられた人を慰霊する日でありますが、自分の意思とは関係なく両親につれられて、ブラジルに来て亡くなった人たちも沢山います。  今では日系社会も移り変わって、ブラジル生まれの人たちが多くなり、一世の大半は高齢化し、二世、三世そして四世、五世、六世という時代が来ており、今では日系人の中心は三世かと思います。  そして世代別の混血状況は四世においては六〇%を超えるとみられています。そこでこれからの日系社会のあり方を考えなければなりません。  このような中で、日本に対する認識、理解は希薄になっておりますが、県連が主導で留学生や研修生の復活、存続などを訴え、それが相互の交流を今まで以上に密にして行くことと思います。  それには、私どもの行く基礎を作っていただいた、先人の足跡を忘れてはなりません。毎年6月18日に行われる慰霊祭は、これからの日系人の生き方を考えるとともに先人の方々への鎮魂の儀式です。これを次代に受け継いでもらうとともに、新しい日系の歴史への第一歩を踏み出したいと思います。
ニッケイ新聞 2016年6月23日  長崎県人会(川添博会長)は26日のコロニア芸能祭最終日に、長崎県伝統舞踊「龍踊り」を披露する。本番に先立ち19日、南米神宮の逢坂和男宮司を呼び「魂入れ」を行った。これは龍体に魂を入れ、ご神体にするもの。今回コロニア芸能祭で披露される龍体は、伝統を重んじ長崎県で「魂抜き」の儀式をしてから伯国に送られた。  「気をつけ!」「せーの!」――鋭い号令で龍体は厳かに持ち上がった。声の主は、龍踊りのリーダーと玉使いを務める今村浩三さん(27歳、三世)。儀式前の練習には17~27歳の「龍衆」20人ほどが集まり、勢いよく4回ほどの通し稽古が行われた。  今回が初めてということもあり、荒々しい部分はあったが、龍衆の激しい動きと堂々とした龍体の迫力は、芸能祭のフィナーレを飾るのに相応しい力強さをかもしだしていた。午後5時に終えると、青年と家族など関係者が見守る中、魂入れの儀式が静かに始まった。  龍踊り実行委員長を務める川添さんは式中、「龍体が到着するまで色んな方のご支援をいただき、婦人部や青年たちなども頑張ってくれている。龍体も担ぎますが、いろんな方の想いも担いでいるのです。この伝統を大事にしていきたい。初披露でコロニア芸能祭のフィナーレを飾ることが出来るのは本当に光栄」と挨拶した。  儀式に立ち会った楠本留美コロニア芸能祭実行委員長は「長崎を訪れたときに龍踊りを初めて見た。その時にはブラジルで披露するイメージが出来ていた」と笑った。「海を渡ってきて、到着したときの龍体は壊れていて、本当に可哀相な姿でした。でもついに芸能祭でデビュー。感激です。これだけのことができたのは婦人部の方や、青年たちのおかげ」と感謝した。  今村さんは「龍踊りはとても気持ちが良い。でも、龍体はやっぱり重くて扱いにくい。だからこそ皆で力を合わせて出来るようにしたい。持ち上げた状態で走るのは力のない人には難しく、メンバーも色々変わってしまいました。でも、なんとかここまで出来ました」と振り返った。  展望を聞くと「改善点はたくさんありますが、気持ちだけは負けません。とにかくグループの気持ち、龍踊りをみんなに伝えることが出来れば、芸能祭の観客を感動させられると思う。緊張しますが、やるしかありません」と笑った。  龍踊りの公演依頼などの問い合わせは長崎県人会(11・4828・3611)まで。   □関連コラム□大耳小耳  龍踊りは、龍が玉を追いかける「玉追い」、とぐろを巻いた龍が自分の体に隠れた玉を探す「ずぐら」、胴の下をくぐって再び「玉追い」という流れになっているという。一回目の玉追いの後、会場からいったん龍は去るが、「もってこーい!」という掛け声で再び現れ、さらに激しい龍踊りを見せる。川添さんは「この掛け声が大きいほどたくさんの福が来る。大きな声で叫んでください」呼びかけた。芸能祭での掛け声はいかに。
 山口県山口ロータリークラブ(RC)がブラジル山口県人会(要田武会長)を通じて毎年行っている寄付品の贈呈が、14日午後2時からサンパウロ市リベルダーデ区の同県人会会館で行われた。  寄付品が贈呈されたのは昨年同様、ひまわり託児所と憩の園の2カ所。ひまわり託児所へは台所用液体洗剤144本(500ml入り)と塩素系消毒漂白剤96リットル、粉石けん168キロ。憩の園へは日本米420キロがそれぞれ贈られた。  贈呈品を受け取ったひまわり託児所の和田アンナ幸子園長、遠藤オズワルドボランティア長は「いただいた品は施設で使う分を残し、ジアデーマの託児所や孤児院と分け合って使いたい」と述べた。  憩の園の佐藤直会長は「入居者に日本人、日系人が多く、高齢者は日本食を好むのでお米はとてもありがたい。彼らの好きなお米を食べさせてあげて、これまで頑張ってきた1世の入居者を大切にしたい」と感謝した。  要田会長は「ロータリーが寄付を始めて22年。県人会は日本とブラジルを仲介しているに過ぎないが、コロニアの役に立つためこれからも続けていきたい」と話していた。 サンパウロ新聞 2016年6月23日付
ニッケイ新聞 2016年6月22日  援協の菊地義治会長は8日、熊本地震の被災者支援のため、同県人会を訪れて田呂丸哲次会長に義援金を贈呈。援協本部と日伯友好病院、サントス厚生ホームから供出されたもので、合計2万4528・05レアルと2万円が熊本県人会へ手渡された。 田呂丸会長は深い感謝の言葉を述べ、「送金にかかる税金で目減りしないよう、最も良い方法を選び、できる限り早く熊本県に送金する」と語った。   □関連コラム□大耳小耳  4月に発生した一連の熊本地震だが、20日には熊本県甲佐町で、日本の観測史上4番目の雨量となる150ミリの大雨を記録。同県内で6人が死亡し、弱り目に祟り目という状態か。日に日に地震関連ニュースの数が減っている。それに伴って義援金の集まり方も鈍るのではと懸念される。日本一美しい城と言われた同県のシンボル・熊本城は無惨な姿となり、修復には30年以上かかるという見方も。全伯の日系団体中でも最多の職員数を抱える援協とはいえ、約2万5千レもの寄付を集めるのはすごいことだ。伯人職員の寄付も多いことだろう。
被災者の一日も早い復興祈り  熊本県人会(田呂丸哲次会長)主催の第14回先亡者追悼法要が、19日午前11時からサンパウロ市ビラ・マリアーナ区の同県人会館で開催され、県人会員ら約100人が出席した。毎年恒例の法要では、今年4月14日、同16日に発生した熊本地震の犠牲者への慰霊追悼と被災者の一日も早い復興も祈願。熊本県人会での募金をはじめ、ブラジル国内で集められた義援金総額は19日現在で約37万レアル(約1110万円)に上り、同県人会では募金に協力してくれた人々への感謝の意を表した。 田呂丸会長によると、19日現在で熊本県人会で集められた義援金(約4万レアル)と、広く日系社会などから寄付された義援金(約33万レアル)総額は計約37万レアルに上るという。そのうちの15万レアルを第1回目の送金として9日、肥後銀行を通じて熊本県庁宛ての特別口座に入金。今後、様子を見ながら集められた義援金を順次、送金していく考えだ。  田呂丸会長をはじめとする県人会役員は、今回の熊本地震への日系社会等からの義援金協力について、「最初は県人会の会員に義援金を呼びかけましたが、日系社会からも数多くの寄付金協力を受けました。特に、今までコンタクトの無かった団体、個人の農場主などたくさんの方々からの義援金協力を受け、福祉施設に入居しているお年寄りや自身の生活が決して豊かでないブラジル人などからも2レアルずつの寄付もいただきました。金額ではなく、その気持が本当に嬉しかったです」と多大な感謝の意を表明。「熊本を離れていても、ブラジルに住む皆さんの気持ちが一つであることを母県に伝えたい」と田呂丸会長は思いを語った。   ◎   ◎  第14回先亡者追悼法要では、1分間の黙とうの後、田呂丸会長が追悼の辞。「今日、このように平穏に暮らせるのもご先祖のお陰。先人たちへの感謝の気持ちを決して忘れてはならない」と強調。熊本地震についても触れ、「犠牲者の方々のご冥福をお祈りするとともに、熊本県の一日も早い復興を祈りましょう。今でも約6000人が避難所生活で暮らす中、皆様からの義援金による協力が被災者の方々の励みになると思います」と述べた。  引き続き、東本願寺の川上寛祐氏が導師として読経を行い、出席者全員が焼香を行った。  川上導師は法話で、何事も便利になった現代の世の中で、人間は自分の力で生きていると錯覚している風潮があると指摘。「命によって生かされていることを感じることが大切」と説いた。   法要後は、婦人部手作りのカレーライスと鶏肉の唐揚げ等が振る舞われ、出席した人々は各テーブルごとに懇談し、先人への思いや県人会同士の絆を確かめ合っていた。   なお、熊本県人会では継続して熊本地震被災者への義援金を受け付けている。振込先は次の通り。  銀行名=Banco do Brasil 支店コード(Agências)=1196―7 口座番号(Conta)=42479―X 口座名=Associa鈬o Kumamoto Kenjin do Brasil  問い合わせは熊本県人会(電話11・5084・1338)まで。...
ニッケイ新聞 2016年6月21日  移民108周年の節目を迎え、ブラジル日本都道府県人会連合会(山田康夫会長)の主催する『日本移民開拓先亡者慰霊祭』が18日午前10時半より、聖市イビラプエラ公園の慰霊碑前で行われた。中前隆博在聖総領事をはじめ、羽藤譲二聖州議、各県人会代表者や日系団体関係者など約90人余りが参席し、先人の遺徳を偲んだ。  慰霊碑前には39県人会が持参した過去帳が並べられ、川合昭県連慰霊碑委員長が司会進行。ブラジル仏教連合会の尾畑文正前会長が今年も導師を勤め、焼香とともに式典が始まった。  挨拶に立った山田会長は、「190万人とも言われる日系社会の今日があるのは、先人たちの大変な苦労の賜物だ。過酷なコロノ生活で、志を果たせず道半ばで亡くなった先人たちの思いは一言では表せない。移民の日は、先人たちに思いを馳せ、追悼を表す日だ」と感謝を込めた。  一方で、「世代交代が進むに連れ、日本に対する意識が希薄化している。四世に至っては混血化が60%に達しているという。日伯の交流をさらに強め、我々が日系社会の今後を考えていかなければならない」として来場者に力強く語った。  続いて、尾畑導師ら9人の僧侶によって読経が行われる中、出席者による焼香が粛々と行われた。中には、子連れの出席者も見られ、各々が先人の労苦に想いを馳せていた。
ニッケイ新聞 2016年6月21日  最初の移民船「笠戸丸」がサントス港に到着してから108年――朝から日伯司牧協会によるサンゴンサーロ教会での慰霊ミサ、県連主催の先没者慰霊碑前の法要に続き、午後からブラジル日本文化福祉協会(呉屋春美会長)とブラジル仏教連合会(コレイア教伯会長)による「開拓者先亡者追悼法要」が同大講堂で行われた。今年は18日が週末土曜日だったこともあり、何れの行事も例年より若干多めの参加者となった。  文協での追悼法要には県人会や日系団体代表者らを中心に約200人が参列し、先人に感謝の念をささげた。在聖総領時間やJICA、援協、県連、釈尊讃合会、ブラジル仏教婦人連盟など多数の団体が後援した。 式典は午後2時に始まり、釈尊讃仰会の佐藤雅江会長による挨拶の後、美和会、深山会による琴や尺八の演奏が流れる中、茶道裏千家ブラジルセンターが献茶を、ブラジル生け花協会が献花した。 続いて尾畑文正導師、諸僧、稚児らが会場後部から厳かに入場し、三帰依文復唱、焼香を行った。尾畑導師は挨拶で「仏教の宗派に関係なく一堂に会し、こうして供養の誠を捧げることができてありがたい。これからも続けていきたい」と先亡者への苦労と参加者へ感謝した。 仏教連合会のコレイア教伯会長は、「煩悩の数と、数珠の珠数の基本は108です。そして今年は移民108周年。私たちはこの〃数珠〃を一周しましたが、もう一周できるでしょうか? この一周の間に先亡者の方々は、数々の苦難を乗り越えてきました。先亡者に感謝しつつ、更なるお祈りの精進を誓いましょう」と先亡者への感謝と、今後の日系社会の発展を祈願した。 呉屋文協会長、中前隆博在聖総領事、JICAの那須隆一所長、「移民の祖」水野龍の息子・龍三郎氏などに加え、共催・後援団体の代表者らもあいさつし、先人の苦労と貢献に感謝すると共に、日系社会の発展に努力することを誓い、祭壇に手を合わせた。 諸僧による読経が行われる中、参拝者らが焼香を行った。
ニッケイ新聞 2016年6月21日  今年も日本移民108年記念ミサが18日午前8時から、聖市のサンゴンサーロ教会で粛々と行われ、日系団体代表やカトリック信者ら約80人が参列した。「日系社会およびブラジル社会に貢献された先駆者の遺徳に敬意を表し、私どもが彼らの模範に倣い、勇気と希望のうちに明日の良き社会建設への志を新たにしましょう」と開会が呼びかけられた。 県連、文協、援協、商議所ら団体代表者10人は共同祈願の中で、「それぞれの国の統治者が利己主義から解放され、国民の幸せのために尽くされるよう、切なる祈りを神にお捧げします」「我々を始め、社会の人が自己のアイデンティティを失うことなく、しかも他文化への尊敬と受容をもって、私たちの子弟の教育を大切にし、明日の良き社会建設に貢献することができますようにお祈りします」などと唱えた。 ドイツ系のフレイ・アレシオ神父が日ポ両語で司式司祭を務め、「ブラジルは今、大きな問題を抱えています。よき社会を建設するために皆で力を合わせましょう。神様のご加護がいつまでに日系社会にありますように」と祈った。 ミサの後には、聖母婦人会からカフェ・ダ・マニャンが提供された。参列者の一人、牧山きみ代さん(69、アラサツーバ出身、二世)は「結婚する前、40年以上前から毎週この教会に通っています。でも移民の日のミサは特別。お父さん、お爺さんらを思い出し、感謝を込めてお祈りしました」と清々しい顔で語った。
 東京都浅草の浅草雷門で人力車を操舵する埼玉県出身の田中喬祐(きょうすけ)さんが、8月5日から開催されるリオオリンピック会場で人力車の運行を予定している。  田中さんは浅草で4年間人力車を引いており、2020年の東京五輪を控え、「リオ五輪を皮切りに世界中で日本文化を発信し、現地の日本人や若者に元気を与えたい」とこの計画を発案した。  滞在は8月4日から同22日までを予定しており、日本で選抜した20人の引き手と来伯。会場で無償での人力車の運行や、清掃活動を行う。  他にも東京都が五輪会場で行う「ジャパンハウス」(サンパウロのものとは別)と絡んだ企画や風船を届けるプロジェクトなどを考えているという。  「リオでぜひとも始めたい。そしてリオ五輪後は世界を一周して、東京五輪の開会式に参加したい」と田中さんは語っている。 サンパウロ新聞 2016年6月22日付
 ブラジル高知県人会(片山アルナルド会長)主催の「フェイジョアーダ祭り」が、26日午前10時から午後5時までサンパウロ市ピニェイロス区の同県人会館(Rua dos Miranhas, 196)で開催される。  同県人会のフェイジョアーダ祭りは毎回好評を得ている。30レアルでフェイジョアーダ食べ放題で、他にも焼きそば、餅、桜餅などが会場で販売される。また、ビンゴ大会も開催される。  案内に来社した片山会長と文野雅甫副会長は「4月に開催したフェイジョアーダ祭りでは200食以上作り、完売になるほどの大盛況でした。今回もたくさんの人に楽しんでほしい」と来場を呼びかけた。  問い合わせは同県人会(電話11・3031・6799)まで。 サンパウロ新聞 2016年6月21日付
ニッケイ新聞 2016年6月21日  【沖縄県発】沖縄県那覇市の「ぶんかテンプス館」テンプスホールで、今年もブラジル日本移民の日に合わせて18日に、カナダ、アメリカ、キューバ、ブラジル、ボリビア、ペルー、アルゼンチンの7カ国による沖縄パンアメリカン連合会主催の「移民の日交流会」が行われた。  今年10月の世界ウチナーンチュ大会に向けて、移民の家族や関連団体関係者に加え、例年以上に一般の参加者も増えた。ブラジルの関係の深い沖縄尚学学院高等部の生徒らも運営にボランティアで参加した。  その他、来賓として外務省の沖縄担当大使の川田司さん、沖縄県国際交流・人材育成財団の根来全功国際交流課課長、フィリピン総領事館のアラルコン朝子総領事、JICA沖縄事務所の河崎充良所長らも出席した。  今年の世界ウチナーンチュ大会では、海外・県外からの参加者を1万人以上集めることが目標だという。前々回のブラジルからの参加者は600人ほど。前回は8千人が訪沖したうち、ブラジル勢は1200人といわれており、やはり1千人を突破しているアメリカ勢(特にハワイ)と共に、今回はさらに多い参加が母県からは期待されている。(翁長巳酉さん通信)
 石川県人会(森永正行ジェラルド会長)主催の「第17回文化祭」が11、12日の2日間、サンパウロ市パライゾ区の同県人会館で開催された。  同祭では同県人会館で活動する生け花、謡(うたい)、絵手紙、工芸、水彩画、能楽など各教室の作品展示、催しが会場で行われた。初日となる11日午前10時からは開会式が行われ、約60人の来場者が訪れる盛況ぶりとなった。  はじめに森永会長があいさつに立ち、「7月には今年で創立50周年を迎える県連の日本祭り、8月には待望のリオ五輪が開催される。それらのイベントに先がけ、皆様のお陰で文化祭りを開催することができとても嬉しい」と喜び、「このイベントは当県人会で行われている各教室の集大成。文化祭がブラジルでの日本文化のさらなる普及につながることを期待します」と述べた。  続いて、県連の山田康夫会長があいさつに立ち、「文化とは引き継いでいくことがとても難しいもの。石川県人会が17年も文化祭を通じ、文化継承を続けてきたことは素晴らしいの一言。これもひとえに講師の先生方の尽力があってのこと。これからも続けていってほしい」と述べた。  両氏のあいさつに続き、同県人会館で活動を行っているブラジル能楽連盟が能楽作品の「羽衣」を披露。最後に出演者らが全員で世界平和を願う謡の曲「四海波」を斉唱した。  開会式後には、カクテルパーティーと県人会員らが早朝から準備していた餅つき大会が行われた。また会場では青年部特製の牛丼が販売され、来場者から好評を得ていた。  正午過ぎからは会場の一角で「えてがみ友の会」の会員による絵手紙ワークショップが開かれ、多くの来場者が挑戦。初挑戦だという黒崎マリーナさん(61、2世)は「普段は水彩画をやっている。水彩画とは違う筆の使い方で慣れないが、楽しい。時間があれば始めてみたい」と笑顔を見せた。  指導にあたっていた同会の中島佳子さん(77、2世)は絵手紙を始めて3年。「自由に描けて、下手でも良いというところが魅力。描いていると気分が開放されて、一種の精神療法のように心が癒される」と魅力を話した。  会場には午後からもたくさんの来場者が訪れ、日本文化に触れて晩秋の一日を過ごす人で賑わった。 サンパウロ新聞 2016年6月18日付