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ニッケイ新聞 2016年6月25日 ブラジル熊本県文化交流協会(田呂丸哲次会長)は4月に熊本大震災の義援金専用口座を開き、そこには現在までに約37万レアル(1120万円)の寄付金が寄せられた。今月の8日、全義援金のうち15万レアルを母県へ送金した。先没者を偲ぶ『第14回追悼供養』を19日午前11時から開催した折り、同会役員らは揃って寄付者への感謝を口にした。 今回は熊本県を中心に4月に発生した地震被害を受け、震災で亡くなった人々の慰霊法要を同時に行い、同会員を中心に約90人が参加した。最初に熊本地震の犠牲者や、同会の先没者へ一分間の黙祷が捧げられた。 田呂丸会長は挨拶で「先祖に対する感謝を決して忘れてはいけない」と強調。熊本地震に言及し「今も多くの人々が避難所に暮らしている。犠牲者のご冥福と、母県の一日も早い復興を祈りましょう」と訴える。 東本願寺の川上寛祐師による読経とともに、参加者は神妙な顔で焼香を行なった。川上師は法話で「阪神淡路、東日本、そして熊本と、人間の力が及ばないような大震災が続いている。私たちはいつ無くなるか分からない命を生きている」と説き、「先祖をはじめ、ご恩を頂いて生きている。そこに感謝することが大事」と述べる。 参加者の三浦重幸さん(77、二世)は、「僕らもブラジルから応援している。ますます皆で助け合い、仲良くがんばってもらいたい」と真剣な表情で語った。 義援金について赤木数成書記に尋ねると、「マット・グロッソやミナスといった遠方からの寄付もあれば、ふらりと事務所に来た男性が50レ札の厚い束をいくつも取り出し、計2万レもの寄付をしたこともある」と語った。非日系人から2レや5レといった小額の振込みもあり、「生活費に困っているような人が、やり繰りして送金してくれたのでは」と目頭を押さえた。寄付は約500の個人、約30の団体から届いた。 集まった寄付の送金方法だが、日本へ直接送ると25%前後も課税される場合があるため、定款を銀行側に提出し、特別な「義援金扱い」で送った。これにより18米ドルの手数料と0・38%の低課税のみで送金手続きが可能。 同義援金の送金は今回が初。慎重を期して、義援金約37万レのうち約15万レを送金。熊本県側で14日、無事に届いたことが確認された。同会には現在も義援金が届き続けているため、今後3回に分け、残りの義援金を母県へ送る予定。 田呂丸会長は「一世が少なくなって日系社会のつながりは弱まったと思っていたが、今まで全く接点が無かった日系団体からの寄付も多く、大変驚いている」と感謝の気持ちを述べた。 □関連コラム□大耳小耳 読経をつとめた川上寛祐師は、去年4月に帰国した東本願寺の元輪番・菊池顕正師の安否に言及。熊本県出身の菊池師は南阿蘇に暮らしており、地震後に電話したところ、「棚の上にあるものが落ちた程度」だったとか。熊本県人会の赤木書記の親戚は、現在も全員が車中泊を強いられている。また熊本県庁の職員の中にも「日中は震災復興のために走り回り、夜は壊れかけた家に入れず車に寝ている」人がいるという。数字には現れない被災者の辛さを軽減するため、今後も伯国からの支援を続けていきたいところ。
18日の「海外移住の日」に合わせ 【熊本発・吉永拓哉福岡支局長】6月18日は、第1回契約移民を乗せた笠戸丸がサントス港に到着した日。ブラジルでは「移民の日」として様々な場所でミサや行事が行われている。一方で、日本でもこの日を「海外移住の日」に定めてはいるものの、母国では記念日として特に行事がない。そんな中、移民の父・上塚周平の故郷である熊本県では、ブラジルに縁がある若い世代が中心となって「熊本ブラジルの日 実行委員会」を組織し、6月18日を同県とブラジルの友好記念日として祝おうとイベントを催した。 イベントの企画者は、熊本市を拠点にサンバダンサーとして活動する伊藤雅史さん。伊藤さんは昨年9月から半年間、サンバの修業でブラジルに滞在。その際、サンパウロ(聖)市で熊本県人会の日下野良武さんと会い、「熊本に住む若者たちの手で、熊本ブラジルの日を作ってほしい」と頼まれた。その後、伊藤さんは、聖州プロミッソンのコロニアを訪ね、上塚周平の墓参りや熊本県人たちとの交流を深めた。 このような経緯から、「海外移住の日」に合わせてイベントが開催される運びとなった。 『ツナガル マジワル 熊本ブラジルの日』と題したこのイベントは、18日午後7時から熊本市内にあるレストラン「Tutti」で行われた。 熊本県はブラジル人が少なく、当日会場にはブラジル人がまったく見当たらなかったが、それでも約120人が集まり、ブラジルに対する熊本県民の関心の深さがうかがえた。また、イベントにはブラジルで民踊指導を行っている田中豊渕さん、リベルダーデ東洋人街の教会で牧師をやっている徳弘浩隆さんら、コロニアに関わりがある人たちも参加していた。 会場では、ブラジルの料理や飲み物が振る舞われた。その食材がユニークで、干しダラの代わりにトビウオの一夜干しを使ったボリーニョ・デ・バカリャウ、馬肉で作ったキビ、地元の黒豆や県産牛のスネ肉を使ったフェイジョアーダなど、熊本とブラジルの食文化を融合した料理にこだわった。 参加者たちが料理に舌鼓を鳴らす中、スクリーンではブラジル日系社会の歴史が紹介された。 プレゼンテーターは山本真実さん(29)と村上優衣さん(27)。2人は劇団「笠戸丸」のユニットとして、2009年にブラジル公演を行ったことがある。 「地元熊本の人たちに、まずはブラジル日系社会の存在を知ってもらいたい」という2人は、公演の際に世話になった弓場農場やピラール・ド・スールでの思い出を熱く語った。 続いて、伊藤さんがプロミッソンを紹介した。 同移住地は熊本県にルーツがあることから、熊本地震の際は逸早くコロニアで募金を行い、母県の被災者に向けて応援メッセージのビデオレターを作成。伊藤さんがスクリーンでその映像を公開した。 伊藤さんは「ブラジルの熊本県人たちが被災した母県に向けて『頑張れ』と言っていた言葉が胸に突き刺さった」と声を詰まらせながら映像を解説する場面もあり、参加者たちも心打たれ、映像が終わると会場から大きな拍手が沸き起こった。 その後、ブラジル音楽の生演奏で会場は賑わい、「熊本ブラジルの日」のテーマソングが披露されるなど、「6月18日」を大いに祝った。 参加した渕田夕加里さん(35)は、曾祖父母がブラジル移民からの引揚者だったという。「幼いころ曾祖母からブラジルの話をよく聞いていたので、一度は私も行ってみたい国。今日はすごく楽しかったです」と笑顔で話した。 サンパウロ新聞 2016年6月24日付
九州大学と山口大学の名誉教授を務める社会老年学の専門家、小川全夫(おがわ・たけお、72)氏が、17日午前9時からサンパウロ市リベルダーデ区の熟年クラブ連合会ホールで「生涯現役社会をめざして」と題した講演会を行い、47人が参加した。 小川氏はNPO法人アジアン・エイジング・ビジネスセンターの理事長や、全国老人クラブ連合会の評議員を務めており、アジア諸国を中心に世界各国を訪れ、それぞれの国の介護について比較研究している。 小川氏の来伯に協力した鹿児島県人会の松村滋樹会長は「小川先生の話が少しでも何かのヒントになれば」とあいさつを述べた。約50年前に日本海外学生移住連盟の第7次団で伯国訪問経験を持つ小川氏は「何らかの形でブラジルと関わりたかった」と話す。 講演会では「高齢者がいかにして、生涯活躍し続けられるか」が説明された。日本では85歳を超えると約半数が要介護の状態になっているという。 小川氏によると健康で長生きできる秘訣は「『働く・喋る・くよくよしない』の3点が重要」と説明する。また、日本では定年退職後も働きたい人が登録し、仕事が振り分けられる「シルバー人材センター」や、会話ロボットや、介護ロボットなども開発されているという。「新しい技術もどんどん取り入れていくべき。それを海外にも広めていきたい。また、同世代同士で助け合いながら生涯現役社会を構築していくことが重要」と語った。 講演会後の質疑応答では「ブラジルと日本は全く違う。日本は恵まれている」という意見が出された。小川氏は「政府間の協力を得て、東南アジアでの福祉活動に力を入れているが、それが今の混乱したブラジルでは難しいので、政府を通さずに民間で福祉活動に取り組まざるを得ない。しかし、ブラジルには老年学の研究者もいるので、今後伯国の高齢者社会の現状について詳しく話を聞く予定」と語った。 聖州モジ・ダス・クルーゼス市在住の田附正甫さん(74、千葉)は「日本は共存共栄の社会。それに対してブラジルは個人主義の社会。日本の方法をそのまま伯国に用いるのは無理があるだろう。この国はラテン系独特の文化があり、人も陽気。ブラジルから日本の高齢者社会に生かせることもあるのでは」と率直な感想を語った。 サンパウロ新聞 2016年6月24日付
ニッケイ新聞【2016年移民の日特集号】 2016年6月23日 ブラジルの日本移民は今年108年、戦後の移住が再開されて63年になり、戦前、戦後を通じてブラジルに移住した日本人の数は25万人余、そして現在では190万人余といわれる日系人の中に占める日本人の数は3%を下回るといわれています。 しかしながら108年前に、コーヒー園へのコロノ生活に始まり、幾多の年月の中には志しを果たせず、また過酷な労働の中で生を受けた子供が早世するなど、一言でブラジルの日本人移民を語ることはできませんが、その人たちの労苦があったから現在があるということも忘れてはなりません。 6月18日の移民の日は、志を果せず亡くなられた人を慰霊する日でありますが、自分の意思とは関係なく両親につれられて、ブラジルに来て亡くなった人たちも沢山います。 今では日系社会も移り変わって、ブラジル生まれの人たちが多くなり、一世の大半は高齢化し、二世、三世そして四世、五世、六世という時代が来ており、今では日系人の中心は三世かと思います。 そして世代別の混血状況は四世においては六〇%を超えるとみられています。そこでこれからの日系社会のあり方を考えなければなりません。 このような中で、日本に対する認識、理解は希薄になっておりますが、県連が主導で留学生や研修生の復活、存続などを訴え、それが相互の交流を今まで以上に密にして行くことと思います。 それには、私どもの行く基礎を作っていただいた、先人の足跡を忘れてはなりません。毎年6月18日に行われる慰霊祭は、これからの日系人の生き方を考えるとともに先人の方々への鎮魂の儀式です。これを次代に受け継いでもらうとともに、新しい日系の歴史への第一歩を踏み出したいと思います。
