2016年7月8,9,10日São Paulo Expo.展示広場で開催された。 去年と異なって、今年は好適な状態であり、送迎バスの手頃な停車場に十分な駐車場。雨も降らなかった。おそらく16万人を超す来客を迎えた。県連は無事に成功を達成した。したがって、ブラジル和歌山県人会も同じく「関西風お好み焼き」4500個販売の目標を達成した。そのために80人余りのボランチャが協力した。皆さんに再び感謝の意を述べます。
Dia: 28 de julho de 2016
Ocorreu nos dias 8, 9 e 10 de julho de 2.016 no Pavilhão de Exposições São Paulo...
2016年6月26日、和歌山県人会において第11回青年部の慈善バザーが行われた。このバザーのためいろいろな品物を集められた。例えば、衣類品、寝室用の衣類、浴用衣類品、子供用衣類、靴類、おもちゃ、など。また新しい製品と中古製品も有った。ボランチアの皆さん始め、宣伝に手伝ってくださった人々、掘り出し物を提供して下さった皆様、最後に数多く参加されたお客さんで今年も我らのイベントは目標以上達する大成功であった。 毎年、青年部が催すこの慈善バザーはもう既に顧客の皆さんの興味を引き寄せ、前もって期待するようになっている。バザーで売り残った衣類の一部は分別して福祉団体に贈呈し、そのほかバザーの良い評価のため保存した。 多くの顧客は自分の好みな福祉施設に購入した品物を贈呈するためにやってくる。先ずバザーをする場所を譲ってくださった和歌山県人会から始め、品物を提供してくださった優しい皆さま、バザーの運営に手伝ってくださったボランチアの皆さま、最後に大切なお客様たちに再度感謝する。 どうも有り難うございました。また今後も皆さんに宜しくお願いする次第です。
Foi realizado no dia 26 de junho de 2016, pelo Seinenbu (Departamento de Jovens) da Wakayama Kenjinkai,...
25/07/2016 – ブラジル広島文化センター ~ブラジルの広島県人会の皆様へ~ いよいよ,待ちに待ったリオデジャネイロオリンピック大会が開幕します。 この大会には,広島県ゆかりの選手が9名出場します。 選手たちの大いなる活躍に期待を込めて,ブラジルの県人会の皆様も,ぜひ広島県選手を応援してくださるようお願いいたします。 なお,出場選手・競技種目・試合開始時間は次のとおりです。 (出場者名簿) 競技名 試合時間等 (現地時間) 選手名 本県とのつながり サッカー男子 8月4日(21:00~) 日本×ナイジェリア...
25/07/2016 – Centro Cultural Hiroshima do Brasil ~AOS ASSOCIADOS DO CENTRO CULTURAL HIROSHIMA DO BRASIL~ Finalmente vai começar a...
ニッケイ新聞 2016年7月27日 聖州ミランドポリス郡の第2アリアンサ移住地(鳥取村=矢尾板暉埜会長)で23日、『入植90周年記念式典』が行われた。母県から8人の慶祝団ほか、郷友会や県人会から80人を超える会員が聖市から集まり、延べ700人超となる来場者で盛大に敢行された。 一分間の黙祷を捧げた後、第2アリアンサ文化体育協会(ACENSA)の矢尾板暉埜会長は「理想郷建設のため原始林を開拓し、村を築いた先人に感謝でいっぱい」と挨拶した。同村で深刻な高齢化が進行する一方、「村を離れた子供たちは立派に成長し、村民との繋がりを強く感じている。後継者のためも村を守り続けてゆきたい」と力強く宣言した。 午前10時からの式典には中前隆博在聖総領事、鳥取県から藤縄喜和県議会副議長、野川聡県庁統轄監ほか、フランシスコ・アントニオ・パサレリ・モルネソ同郡長らが来賓として招かれ、祝福の言葉が相次いだ。 10年前にも当地を訪問した藤縄副議長は、「今後も地域・民間レベルでの交流を強化し、100年、200年と交流を続けていきたい」と積極姿勢を示した。本橋幹久鳥取県人会会長は、94年から行われてきた同村への日語教員派遣事業に対して謝意を表し、「母県からの派遣事業は移民がルーツを知る上でも重要」と評価し、事業の継続を要請した。 慶祝団からは同協会にお祝い金50万円が贈呈されたほか、机や椅子、白板、プロジェクタースクリーンが日語学校へ寄贈され、関係者から謝意が述べられた。 午後には、会館前に新設された移住史料館と鳥居の完成を祝い、テープカットが行われた。アリアンサ出身者らによる支援を受け、旧組合従業員住居を改築し、3年がかりで完成。史料館の佐藤勲館長(76、二世)は、「鳥取出身者は今では三世帯ほど。このままでは母県との繋がりが希薄化する」との危機感から史料館設置に至った。 初代理事として移住してきた大岩村(現岩美町)村長だった故・橋浦昌雄氏の息子・行雄さんも「村を維持してゆくだけでも精一杯なのが現状。同村の子弟が奮発して頑張らないと」と危機感を募らせた。 例年は400人程度というなか、今年は700人超で会館外の席も来場者で溢れかえった。野川統轄監は「ここまで結集力があるとは。日本人が忘れたものがここにはあるように感じた」と率直に語り、「後継者問題など課題は色々あるが、仲間意識・連帯の強さを示したことに価値がある。これが原点回帰となって移住地の精神を受け継ぐきっかけに」として、同村事業支援の甲斐を感じたという。 式典の後、会館では日語学校の生徒や県人会員らによる鳥取の「傘踊り」が披露された。800食分準備した同村婦人会による盛大な昼食会で来場者は懇親を深め、昔話に花を咲かせた。 □関連コラム□大耳小耳 第2アリアンサ90周年式典で、数年ぶりに〃故郷〃を訪れたという小橋節子さん(80、二世)は「木登りをし、満天の星空を眺めた記憶が蘇るよう。小学校時代の旧友とも再会できて、とても嬉しかった」と喜びを見せる一方、「小学校までは6キロもあって、毎日通うのは大変だった」という。他の郷友会婦人も「灼熱の大地を裸足で通学し、火ぶくれになったことも何度もあった」と振り返る。「子供心で楽しんでいたけど、両親は本当に大変な苦労をしていた。教育をきちんと受けさせてくれた両親のお陰で今がある」と感謝を滲ませ、先人の労苦に思いを馳せていた。
日伯のさらなる交流誓い合い サンパウロ州ミランドポリスにある第2アリアンサ「鳥取村」の入植90周年記念式典とアリアンサ郷友会の51周年式典が、23日午前9時半から同地の自治会館で行われた。当日は各地から集まった各アリアンサ出身者や郷友会会員、同地の住民など出席者が会場いっぱいに集まり、記念の年を祝った。(佐久間吾朗記者) 式典には、母県鳥取県の藤縄喜和県議会副議長、野川聡統括監など8人の訪問団が来伯して出席したほか、在サンパウロ日本国総領事館の中前隆博総領事、鳥取県人会の本橋幹久会長、ミランドポリスのフランシスコ・アントニオ・バサレリ・モメソ郡長など日伯合わせて32人の来賓が出席した。 赤羽大作祭典委員長の開式の辞、先亡者への黙とうに続き、あいさつに立った第2アリアンサ日系文化体育協会のヤオイタ・テルノ会長が「鳥取村」のこれまでの歴史を説明。「多くの先輩方の犠牲をもって、村の発展の基礎を作りました」と先人らを称えた。また、同村の少子化傾向に触れつつ、「立派に成長した子供たちが、村とのつながりを強めている。次世代を担う基盤ができてきている」とし、若い世代との絆が強まっていると力強く語った。 続いてあいさつに立った藤縄副議長は「皆さんは故郷を遠く離れて困難に立ち向かい、『鳥取村』の発展に貢献した移民であり、その子孫です。皆さんの協力に感謝し、より一層の事業交流の思いを新たにした」と話し、加えてこれまでの県費留学や海外技術制度などの事業を挙げ、「次世代の交流を担う人材育成に励みたい。そして皆さんとの交流は100年、110年と続けていきたい」と今後のさらなる交流を誓った。 鳥取県人会の本橋会長は「『鳥取村』では多くの事業を行っているが、特筆すべきは母県より日本語教師が派遣されていることでしょう。移民の子孫が自らの出自の地の教師から学びルーツを知ること、それが大切なことなのです」と教師派遣事業の意義を話した。同式典では第12代日本語教師として、現在同村に派遣されている大場諒(おおば・あきら)さんが日本語司会を務め、大役を果たした。 同式典終盤には訪問団と同村で記念品の交換が行われ、高齢者表彰では20人に記念品が贈られた。 式典後は祝賀昼食会が開かれ、メイン会場外の席も埋める来場者約800人が訪れ、大いに賑わった。 昼食会後のアトラクションでは、同村日本語学校の生徒らが鳥取県の郷土芸能「しゃんしゃん傘踊り」を披露。途中、藤縄副議長も飛び入り参加し、毎年「鳥取しゃんしゃん祭」に参加しているその腕前を披露した。他にも同県人会の傘踊りグループやコーラスグループが登場し、会場を楽しませた。 同村で生まれ育った中尾秀隆さん(85、2世)は「同年代でこの村に住んでいるのは、今では自分だけになってしまった。今日(23日)帰ってきた人たちはみんな知ってる顔ばかり。『鳥取村』はここにしかない。移住してきた先人に感謝したいし、会館建設費の補助などたくさんの援助をしてくれた母県にも感謝したい」と話した。 サンパウロ新聞 2016年7月27日付
第2アリアンサ「鳥取村」の入植90周年式典アトラクションでは、鳥取県人会(本橋幹久会長)で練習を行っている「しゃんしゃん傘踊り」のグループがサンパウロから訪問し、踊りを披露した。その中の一人に同村創設時に現地受入理事として鳥取県から派遣され、第2アリアンサ産業組合会長も務めた故・橋浦昌雄氏の三女である野村(旧姓、橋浦)澄江さん(95、2世)の姿もあった。 橋浦氏は同県岩美郡内の村の村長を3期務めた実績を評価され、現地の理事職に抜擢。1927年にブラジルへ派遣された。入植時、野村さんは6歳で、その頃の同村内は住人が住む家と新規の移民用の収容所しかない寂しい場所だったことを覚えているという。入植後の橋浦氏は理事として、新規入植者をサントスまで迎えに行く慌しい日々を送っていたと野村さんは話す。 理事としてブラジルに着任したものの、橋浦氏の子供5人のうち4人は女の子で、長男の行雄さん(91、鳥取)は生まれたばかりだった。農業をやるにも人手がなく、本人も百姓の経験はない。野村さんは「父は来たくなかったといつも言っていた」とその姿を回想する。行雄さんも「父はブラジルに苦労しに来たようなもの」と語る。しかし、そんな苦労の甲斐があってか同村の発展に貢献したことが評価され、66年には鳥取県知事から橋浦氏へ功労賞が贈られた。行雄さんは「父も住民も最初は苦労ばかり。でも90年も村が存続していることはすごいこと」と誇らしげに語った。 式典に出席した野村さんは、懐かしい顔の小林礼子さん(86、2世)と再会した。小林さんを見ると「わー、礼子ちゃん」と声をあげ、再会を喜んだ。野村さんは小林さんの姉と親しくしていたこともあり、小林さんのことも覚えていたという。当時の橋浦家は学校の通学路沿いにあり、「野村さんの家で休憩して、よく水を飲ませてもらった」と小林さんは当時の思い出を語った。 そして午後からは野村さんにとって本番となるアトラクション。95歳とは思えぬしっかりとした足取りで傘踊りを披露した。野村さんは踊ることが大好きで、83年の創設当時からグループに参加。当日は母県鳥取から送られた傘と衣装で踊り、会場から大きな拍手が送られた。「もう歳だから人に見せるような踊りじゃない。一生懸命、間違わないように踊るだけ」と舞台後に話し、大きな声で笑った。 サンパウロ新聞 2016年7月27日付
ブラジル広島文化センター(平崎靖之会長)は、今年で71回目を迎える「原爆の日」の8月6日午前8時15分からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の同会館(Rua Tamandaré, 800)で広島原爆死没者追悼法要を執り行う。平崎会長と村上佳和副会長が案内に来社した。 予定では追悼法要の後に献花と、広島県を流れる太田川の水で献水が行われる。献水には原爆投下時に川に水を求め、苦しみ亡くなった多くの人々を慰霊する意味が込められている。 また、リベルダーデ文化福祉協会(ACAL、池崎博文会長)、聖市イタケーラ区の州立ヒロシマ学校、また県連の第19回日本祭りの子供の広場から折り鶴の贈呈が行われ、寄贈された折り鶴は広島市に送られる。 当日は、午前10時45分頃から「原爆の子」が上映される(ポルトガル語字幕付き)。同映画は1952年に公開された作品で、監督は平崎会長の遠い親戚に当たる新藤兼人氏。「追悼法要後にこの映画を上映できるのは大変意味のあること」と平崎会長は語った。 昨年まではブラジル被爆者平和協会(森田隆会長)と共催で、原爆犠牲者追悼慰霊法要を行っていたが、平崎会長は「お寺ではどうしても他のイベントができず、出席者がどんどん減ってきてしまっている。一般の人にもっと知ってほしい。また、日系人だけでなく非日系人や若い人にも参加してほしいという思いから、講堂のある会館で行うことを決めました」と語った。 案内に来社した平崎会長と村上副会長は「追悼法要を通じて世界平和の祈りを捧げたい。たくさんの人に来てほしい」と呼び掛けた。 一方、ブラジル被爆者平和協会は例年通り、同日時にサンパウロ市シャカラ・イングレーザ区の西本願寺で原爆犠牲者追悼慰霊法要を行う。関係者によると「1984年に同協会を結成して以来、毎年西本願寺で行っているため、同じところで行いたい」という森田会長の思いがあり、広島県人会とは別々に行うことを決めたという。 サンパウロ新聞 2016年7月27日付
ニッケイ新聞 2016年7月27日 【サンパウロ、リオ・デ・ジャネイロ共同=遠藤幹宜、渡辺雅弘】リオ・デ・ジャネイロ五輪開幕が間近に迫ってきた。劣悪な治安、ジカ熱、準備遅れ…。不安要素ばかり指摘される中、ブラジルにある海外最大の日系社会は「祖先の故郷から来る同胞を支えたい」との熱い思いを胸に、日本人観戦客の受け入れ準備を進めている。 「今は冬なのでジカ熱はあまり心配ない。安心して応援に来てもらいたい」。最大都市サンパウロで日本移民が1939年に設立した「サンタクルス病院」の北原貴代志アメリコ医長(51)がほほ笑んだ。北原医長は日系二世だ。 サンパウロにはブラジル日系人約160万人のうち100万人が暮らす。一方、リオ・デ・ジャネイロの日系社会は規模が小さい。日本国籍を持つ永住者はサンパウロの約3万8千人に対しリオは約1600人で、日本語を話す医師はほぼいない。 このため同病院は五輪と9月のパラリンピック期間中、日本語を話す日系人医師と看護師をリオの五輪公園近くにある総合病院に派遣し、常駐させることを決めた。サンタクルス病院には日本留学経験がある医師も多く、期間中、24時間態勢で日本人患者の対応に当たる。北原医長は「日本の人をできるだけサポートしたい」と強く訴える。 サンパウロの日系団体が組織する観戦者支援委員会は緊急連絡先を日本語で印字したカード約3千枚を作製、サンパウロやリオのホテルや和食店に置く。2014年のサッカー・ワールドカップ(W杯)開催時と同様、緊急対応用のボランティア通訳を用意。ブラジル最大のゲートウエー(玄関口)であるサンパウロの各県人会に緊急宿泊先も確保する予定だ。 沖縄県八重瀬町から5歳で移住した呉屋春美委員長(63)は「困った人は必ず助けたい」と話す。ブラジル経済停滞に伴い、治安は一層悪化傾向にあり「スマートフォンやカメラは狙われやすいので、極力表に出さないで」と呼び掛けている。 一方リオでは日系団体が8月1日、日本選手団の本隊を空港で出迎える計画で、地元日本人学校の生徒や保護者も参加。日の丸を振って歓迎し、花束を贈呈する。 8月14日には日系人や在留邦人が集まって女子マラソンを一緒に応援する計画だったが、テロへの懸念から断念。ただ14日夕には市内のホテルで、選手らを慰労する会合を開催する予定だ。パラリンピックでも、車いすバスケットボールを応援する計画を立てている。
ニッケイ新聞 2016年7月27日 沖縄県人会ヴィラ・カロン支部(上原テリオ会長)主催の『第14回沖縄祭り』が6、7の両日午前11時からクラブ・ヴィラ・マンチェスター(Praca Haroldo Daltro, s/n)で開催される。入場無料だが、保存可能な食品1キロの寄付が必要。 昨年BEGINが公演した同祭。今年は600人による太鼓のショーや琉球國祭り太鼓、エイサー演舞、歌謡ショーなどが行われるほか、県人会婦人部お手製の沖縄そばやヒージャー汁(ヤギ汁)、サーターアンダギーなどの郷土食も販売される。 案内のため来社した照屋武吉副会長は、「地下鉄カロン駅からほとんどのバスが会場前を通ります。駐車場が少ないのでバスが便利。ぜひご家族でお越しを」と呼びかけた。 問い合わせは同支部(11・2296・1120)まで。
ニッケイ新聞 2016年7月26日 茨城県人会(小林操会長)の創立55周年記念式典が、31日午前10時から文協小講堂(Rua Sao Joaquim, 381, Liberdade)で行われる。 橋本昌県知事など10人が来伯する。リオ五輪視察を兼ね慶祝団が組まれた。 式典は正午まで行われ、その後は祝賀会が同会場で開催される。余興には祥こう(水偏に工)流吟剣詩舞道が出演するなど、華やかな催しを予定する。 問い合わせは同県人会(11・3209・8515)まで。
ニッケイ新聞 2016年7月26日 来月5日に開幕する南米発のリオ五輪――大会を盛り上げのために、コロニアでもあちこちで観戦会や応援イベントが企画されているようだが、編集部にはまだ聞こえてこない。 郷土の選手を応援する県人会や、日系のスポーツクラブ、その他の日系団体などがあれば、ぜひニッケイ新聞編集部まで連絡を。本紙が取材する可能性があるほか、リオ五輪を取材に訪れている日本の報道関係者、ブラジルのメディアも高い関心を持っている。 せっかくの五輪。次はいつか分からない。日伯両側におけるコロニアの存在感をさらに強める意味で、応援イベントを考えてみては。連絡は本紙編集部(11・3340・6060)まで。
第38回岐阜県農業高校生海外実習派遣団一行が今月11日から24日までの約2週間にわたって来伯し、青山高夫岐阜県人会長の案内により、18日に本紙を訪れた。 岐阜県内の農業高校に通う2、3年生で構成された同派遣団は、今年は男子生徒7人、女子生徒3人の計10人が選ばれた。引率の中島浩平団長、三輪嘉文副団長を合わせ計12人で、サンパウロ州内の日系農家での農業実習や市場見学を行っている。 今年のテーマは「Think Globally, Act Locally~これからを担う農業者を目指して~」。「世界的規模で大きく物事を捉え、刻々と変化する状況に対応し、研修で学んだことを地元や地域社会に適した方法で還元し、新たな息吹を吹き込み自らが農業を継続していく」という強い思いが込められている。 中島団長は、「この制度で派遣されたことに感謝します。事前学習と実体験は雲泥の差がありました。広大な土地を相手に機械だけでなく、丁寧な手作業を取り入れた様子も驚きでした。今回の滞在に関して、ブラジル岐阜県人会の方はもとより、コロニア・ピニャールに移住した福井村をはじめ多くの日系人の人々の手厚い支援があったことで中身の深い交流ができました。コロニアの運動会にも呼んでいただき、生徒たちもコロニアの若者たちの温かい心に触れて距離が近くなったと思います。今後もこのつながりを大切にしていきたい」と熱く語った。 それに答えた岐阜県人会の青山会長は、「今回の経験を岐阜に持ち帰っても同じようにできるか分からないが、色々考えながら日本全体に発信する気持ちで頑張ってもらいたい。今年で第38回目を迎えるが、こんなに長く続いているのも皆様のお陰。このまま末永く母県との交流を続けたい」と話した。 今回の実習生受け入れを通して両者が受け取ったものは、単なる農業実習での気付きや課題に留まらず、同じ日本を根幹に持つ者としてブラジルと日本の結びつきを再確認し深めたようだった。 一行は、サンパウロ市内に拠点を移し、日本移民先亡者慰霊参拝、日本移民史料館、ブタンタン毒蛇研究所、サンパウロ総合大学、セアザ中央市場などでの見学や調査をする予定。 24日の離伯後は、オランダで研修を行う。糞尿処理会社、農業機械会社、生花市場、有機栽培トマトハウス、ミルク農場、食肉牛牧場、バイオ天敵農法、チーズ作りなどを視察し、31日に日本へ帰国する。 なお、ブラジル岐阜県人会ホームページ(http://www.gifukenjinkai.org.br/?topic=nougyoukoukoukiji&lang=jp)には、同派遣団の今回の研修状況が更新されている。各生徒の研修内容と感想は、後日掲載する予定。 サンパウロ新聞 2016年7月22日付
