ブラジル日本都道府県人会連合会(山田康夫会長)の9月度代表者会議が、9月29日午後4時からサンパウロ市リベルダーデ区文協ビル内5階の同会事務所で行われた。 はじめに山田会長があいさつに立ち、「(9月下旬の)国際民族舞踊祭と県連主催の弁論大会を見学してきた。その中で若い人がいると盛り上がるということを痛感した。これからはもっと若い人を取り込んでいかなければならないと感じた」と話し、県人会の活性化を促した。 報告が遅れている7、8月分の会計報告及び9月の会計報告は来月に持ち越しとなった。会計報告が遅れているのは、日本祭りにかかった費用の支払い方法が特殊なため。日本祭りに使われるスポンサーからの支援金は県連の通常の口座ではなく、ルアネー法用の口座に振り込まれる。口座の金は文化事業にのみに使用され、使用にあたっては承認が必要となるので、工事業者への支払いはまず県連の通常の口座から立て替えられ、承認後、ルアネー法口座からも支払いが行われる。二重で支払ったことになるため、業者から立て替え分が県連口座へ払い戻しされるという。結果的に動いた金額は一緒だが、書類上支出分が重複しており、その修正が終わっていないことが会計が遅れている理由だと市川利雄副会長から説明がなされた。 慰霊碑整備の基金については、日伯外交関係樹立120周年実行委員会から、余った記念事業費用4万1990レアルが寄付されたことが山田会長から報告された。これは、維持費など慰霊碑にのみ使用される。鳥取県人会の本橋幹久会長は、慰霊碑の管理に毎月800レアルから1000レアルかかっているとし、今後は寄付金を元手に管理基金を作り、管理費を賄っていく意向を示した。 主要議題終了後、山形県人会の篠原俊巳会長から「日本祭りは発展しているが、県人会は縮小傾向にあり、祭りのための協力者を出すのが難しい県人会もある」という声が挙がった。篠原会長は「2世、3世が会長を務める県人会は、1世会長の県人会より恐らく活気があるだろう」とし、活性化について良い情報の共有また県連側から話し合いの場を設けてもらえるよう要望した。 サンパウロ新聞 2016年10月5日付
Mês: outubro 2016
ニッケイ新聞 2016年10月4日 九州ブロックによる『第1回九州文化大会』が16日午前10時から、熊本県文化交流協会(Rua Guimaraes Passos, 142, Vila Mariana)で開かれる。 運動会、敬老会などの定例行事を行なう九州の8県人会。その内の一つだったカラオケ大会の代わりに、文化大会を開催することになった。参加者の減少や高齢化を危惧して、文化継承ができ若者も参加できるような催しに改めたという。 5人一組のチームを組み各県の文化を披露、優勝を争う。演目の合間には、日本や九州をテーマにしたクイズ大会なども予定する。 主催者らは「誰でも楽しめるような内容。九州人以外も私たちの文化を知ってほしい」と来場を呼びかけている。
9月30日ブラジル和歌山県人会から7人の団体で約10時40分(ペルー時間)ジョルジ・チャヴェス空港へ到着した。空港の出口で多数のペルー和歌山県人会役員達が出迎えに来ていた。小坂リカルド(顧問)、斎藤カルロス(顧問)、佐藤セルヒオ(会長)、坂田アルフレド(顧問)、松下ビクトル(顧問)、稲垣フアン(顧問)と田村マルコ(顧問)であった。直ぐあとから和歌山県企画部 国際担当参事の津井宏之氏と国際課 国際交流班 班長の坂木守彦氏が到着した。 その夜、団体は日本・ペルー食店「鶴」に招待された。当時、同じく日本から来賓の皆様のほか、役員夫妻も参加した。 10月1日、午前中、団体は「ペルー人類博物館」を見学した。博物館にはコロンブス以前の文明が作ったあらゆる土器、反物や金具の手芸品が展示されていた。それから「ラルコ」博物館にも見学した。そこにも同じくコロンブス以前の手芸品が展示されていた。その後、ペルー・日本文化協会にある食堂「刀」で昼食した。昼からリマ市内のファヤマルコ遺跡を見学してからホテルへ戻った。夜にはペルー和歌山県人会創立25周年記念式典に参加した。式典はミラフロレス地区の豪華なホテル会場で盛大に行われた。 10月2日の午前中、10時からペルー・日本文化協会の会議室で南米における各和歌山県人会の未来に関する短期ヂスカッションが催された。アルゼンチン、ブラジル、ペルー、三か国の和歌山県人会代表者会議の結果は次の通り:会議は有意義であり、時代が代わるに従い日系社会はますますと進む一方、和歌山文化を保護することと県人会の継続を守ることの大切さが実感された。その後、全員は日本来賓の二人も含めてペルー料理の「パンチット」食店で再び盛り上がった。昼食後、団体はリマ中央の市内観光を夜まで続けた。 ブラジル帰国は翌日3日の朝食後であった。忘れがたき楽しい旅であった。素晴らしい接待を受けた我らは心を打たれ、深く感動した。ペルーの皆様へ厚く感謝致します。また再会の日まで!
No dia 30 de setembro um grupo de 7 membros da Wakayama Kenjinkai do Brasil chegou no...
ONGSESHI ビジネス日本語学校 代表者:村信 政幸 所在地:Av. da Liberdade, 486- 2°andar – Sala 205, Liberdade, São Paulo 連絡先:TEL (11)...
ONGSESHI ビジネス日本語学校 代表者:村信 政幸 所在地:Av. da Liberdade, 486- 2°andar – Sala 205, Liberdade, São Paulo 連絡先:TEL (11)...
ニッケイ新聞 2016年10月1日 ブラジル離任が発表された梅田邦夫特命全権大使が先月29日、サンパウロ市にある本紙編集部へあいさつに訪れた。2014年3月の着任から2年7カ月。話題の多かった任期中を「激動の時代」と振り返りつつ、「たくさんのご支援を頂いた」と日系社会に対し感謝を伝えた。 サッカーW杯やリオ五輪といった一大イベントを終え、外交120周年での皇室ご来伯に、安倍晋三首相も2度にわたり当地を訪れた。「無事に終えてホッとしている」と安堵し、様々な成果を口にした。 五輪では400人もの有識者が日本から訪れ、「東京に何を持ち込めるか、そんな成果を持ち帰ってくれたはず」。「参考にすべき」と言う点に節約型運営、ホワイト・エレファント(無用の長物)を残さないこと、大会演出の巧みさやボランティアの活躍を挙げ、バリアフリー対策は「もっと改善できる」と指摘。東京大会の成功を願った。 約2年半の間に76回の出張を重ねた。サンパウロには実に39回、リオにも15回訪れた。さらに18の州を訪問し、知事との会談機会を持つなど精力的に動き回った。入植100周年を迎えた平野植民地ほか、パラー州のトメアスー、サンタカタリーナ州のラーモスなど多くの移住地にも訪れ、「想像以上の歓迎だった」と喜び。ブラジリアの老人会にも訪問するなど、気さくな人柄はコロニア中で親しまれた。 秋篠宮ご夫妻のご来訪には「各地で熱い歓迎があった」とし、移住者が抱く皇室への思いを目の当たりに。同年には外交樹立120周年を記念した公聴会が上下院で実施され、「こんな国は他にない」と常々称賛してきた。 安倍さんの来訪も大きな転機になった。JICAボランティアの増員につながり、「日系社会との連携強化は最重要案件の一つだった」と語る。その間、議員や軍事交流も始まった。 世界最大のコロニアに対し「日本の国益に直結するという意識で取り組むべき」と日本側へ訴え、「インフラ、治安改善、教育、医療など日本の制度を活用することでより強固な協力関係が築ける」と展望した。 デカセギ子弟や帰伯者の教育は「日伯共通の課題」として捉える。また伯国内の動乱に「変改を見届けたかった」との悔いは残るが、様々な課題は「後任に引き継ぎたい」と思いを託した。 今月上旬の離任に先立ち、同日夜には文協で送別会が行なわれた。150人以上の日系人や駐在員が駆けつけ、笑顔で別れのあいさつが交わされた。 リオの日系団体を統括するリオ州日伯文化体育連盟の鹿田明義理事長は、「五輪を中心に気遣いをして頂いた」と話し大使の離国を惜しんだ。呉屋春美文協会長も「常にコロニアに気を配って頂いたことが、何よりも嬉しかった」と感謝を重ねた。 □関連コラム□大耳小耳 惜しまれつつ離伯することになった梅田邦夫大使。政治経済の動乱も大使にとっては良い経験になったとか。大統領罷免や一連の汚職事件には「学ぶことが多かった。外交官冥利に尽きる」。W杯や五輪に加え、安倍総理や皇室のご来伯にも立ち会うなど、実に多忙な任期だったはず。唯一の心残りはジウマ大統領(当時)の訪日延期か。そこは後任の佐藤悟外交官に期待。
ニッケイ新聞 2016年10月1日 広島文化センターと長崎県人会が先月25日、平和卓球大会を初開催した。被爆両県の県人会が、平和活動の一環として共催。27人の出場者が個人戦で優勝を争った。 競技に親しむ長崎県系人が多かったことから、卓球が選ばれたという。会場となった聖市の広島文化センターには4台の卓球台が並べられ、午前8時半から午後2時まで競技を行なった。 優勝したのはムナカタ・アレシャンドレさん(33)。野村アウレリオ聖市議による記念プラッカが贈られ、上位入賞者にもトロフィーが授与された。 報告に訪れた広島の平崎靖之会長は、「初開催とあってどう運営できるか不安もあった。でも好評で、来年はもっと集ろうとの声があった」と喜び。次回に向け「先月立案したばかりで、原爆投下の8月に間に合わなかった。来年はその時期に合わせて開催したい。選手が増えれば、年代別や団体戦など拡大できるかもしれない」と意気込んだ。 戦争や原爆について、広く知ってもらうことが目的の一つ。昼食時には婦人部が用意した料理を囲み、ちびっ子から大人までの選手を含めた約40人の参加者が交流した。
アペル、若林、本橋の3氏を祝い 【既報関連】平成28年度外務大臣表彰の在サンパウロ(聖)総領事館管内での伝達・祝賀式が、9月27日午後3時から聖市モルンビー区の同総領事公邸で行われ、アルビラ・アペル(52)、若林和男(85、兵庫)、本橋幹久(80、鳥取)の3氏が受章した。日系5団体の各代表者が来賓として出席し、家族・友人ら約50人が見守る中、中前隆博総領事から表彰状と副賞の正絹風呂敷が手渡された。 当日は日伯両国歌斉唱後、受章者3氏の功績が読み上げられ、伝達式が行われた。表彰状と記念品を手渡した中前総領事は「御三方がこれからの日伯友好関係を担う若者たちの手本となることを期待し、今回の表彰でさらなる励みになれば」と一層の活躍を願い、3氏の貢献を称えた。 アペル氏はカンポ・グランデ・セントラル観光マーケット協会会長として沖縄移民が伝統的に多い南マット・グロッソ州カンポ・グランデ市で、「フェイラ・デ・ソバ」の会長を2006年から10年にわたり務めている。集客力を高めるために週末ごとにイベントを実施。沖縄そばのモニュメントを設置し、ソバソングのコンテストを行うなど沖縄そばの普及に貢献した。 アペル氏はあいさつで「この受章はカンポ・グランデの日系団体をはじめとした私たちのコミュニティーのもの。とても嬉しく思います」と喜び、「でも、私がやりたいことはまだ半分ほどしかできていません。カンポ・グランデを経済的に盛り上げ、より良い街にしていきたい」と今後の抱負を熱く語った。 美術家の若林氏は約50年間、伯国で絵画活動を行い、サンパウロ国際ビエンナーレを含む多数の展覧会に参加。ブラジル外務省賞をはじめとする賞を受賞している。漆工芸の技法や日本の古典から引用された図柄を生かした作品などを発表し、日本の伝統をブラジル人に分かりやすい形で伝達。後進の指導にも尽力し、日伯文化交流のため献身的な活動を行ってきた。 若林氏は「身に余る受章で非常に嬉しい。個人の表彰ではなく、ブラジルの美術界の中で戦ってきた仲間すべてに対する受章だと思っております」と感謝の言葉を口にし、「これからは我々の美術仲間の仕事に少しでも役立てるよう、今まで以上に集中して貢献していきたい」と意気込んだ。 ブラジル日本都道府県人会連合会前会長の本橋氏は、同連合会と日本の地方自治体との交流促進に貢献。伯国内日系社会のみにとどまらず、南米各国の日本人移住地・コミュニティーを訪問し、日系団体ネットワークの構築に尽力。また、ブラジル鳥取県人会会長として「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹プロジェクトを推進し、日伯友好親善と自然環境保護活動に貢献してきた。 本橋氏はあいさつで「今回、私が表彰していただけるのは県連の会長を務めたから。会長としての義務を果たしただけで、貢献できたかは分かりませんが、県連が世間に評価されたという意味では非常に喜ばしい」と受章に対する思いを語った。現在は県連の執行部役員を引退した同氏だが、「『日本祭り』や『移民のふるさと巡り』などのすでに行っている意義ある行事に力を注ぎ、慰霊碑維持のための基金を作ることが今後の目標」と具体的な方針を語った。 受章者のあいさつ後、呉屋春美文協会長が乾杯の音頭を取り、出席者一同が3氏を祝福した。 サンパウロ新聞 2016年10月1日付
