06/03/2026

Ano: 2016

 新しい会館購入を巡り、8月28日に開かれたブラジル鹿児島県人会(松村滋樹会長)の臨時総会。しかし、松村会長らが推薦するサンパウロ(聖)市サウーデ区の候補地と、青年部及び婦人部が推薦するジャバクアラ区の候補地で意見が二分して収拾がつかなくなり、決定は延期となっていた。決定のための臨時総会が9日、聖市リベルダーデ区の文協ビル5階県連会議室で再び行われ、会員による投票の結果、新会館候補地はジャバクアラ区に決定した。  臨時総会は定例役員会の開始が遅れたため、予定より1時間近く遅れた午前11時15分に開始。総会には43人の会員が集まり、松村会長以外に、サウーデ区の候補地を推薦していた吉原豊治氏は欠席となった。  同県人会先亡者への黙とうに続き、松村会長があいさつに立ち、聖市パカエンブーにあった以前の会館が母県とブラジル、両国からの支援で購入された経緯を語った。聖市内一等地にあり、当初は他の県人会もうらやむ会館で「県人会員の誇りだった」と語った。しかし、メトロの駅から遠いことや維持費の問題から会館の売却案が浮上。臨時総会が開かれ、会員らの投票により売却することが決定した。  その後、予想より下回る額で会館が売却されると、当時の臨時総会に出席した会員らも含め「なぜ会館を売ったんだ」という文句の声が挙がったとし、「自分たちも出席したこと、売却に投票したことを忘れてしまった無責任な投票だった」と松村会長は批判した。  今回の投票では受付時の番号が記載されており、誰がどちらの候補地に投票したか分かる仕組みとなった。松村会長は「投票には責任が伴います。5年経っても誰がどちらに投票したか判ります。自分が納得して、どちらの候補地を選んだのか、はっきりとした意志を示して下さい」と会員らに訴えた。  議長には田畑稔氏を選出。書記には同県人会事務局長の平井真理子さんが選ばれ、有効な委任状は44人分と発表された。  続いて、投票前に両候補地の内部映像が上映され、同時に値段や施設概要が比較形式で詳しく説明された。その後「下見をした人の意見が重要」という声があり、両候補地を見学した婦人部の大沢晴子さんと理事の上園モニカさんがそれぞれ意見を述べた。理事会と婦人部、青年部と一緒に3回候補地を見学した上園さんは「ジャバクアラ区は太陽光発電が可能で、電気代を抑えることができる。台所が広く婦人部は日本祭りの準備時は助かるし、各教室や文化活動ができるので青年部は希望に溢れている。どの部門の人間も納得できる」とし、ジャバクアラ区を推薦した。  続いて投票が行われ、ジャバクアラ区に81票、サウーデ区に1票、新会館購入自体に反対の票が1票(失票4票)でジャバクアラ区の候補地が新会館に決定した。  今後は平井事務局長を中心に、臨時総会の結果の書類を作成。購入契約を進め、順次新会館に荷物を運び込むとした。   選挙の焦点となった両候補地の違いだが、駅から近く会館が小さいのはサウーデ区。駅から遠いが、台所部分など施設や会館自体が大きいジャバクアラ区となり、大半の会員は後者を支持する結果となった。  候補地決定後、松村会長は「サウーデ区に投票したのは自分」と会員らに明かし、「ジャバクアラ区の候補地は前会館そっくり。吉原氏が今日欠席したことは逃げというか、責任を果たしていないと思う」と述べ、「今日の臨時総会だけは出てほしかったが、これでは責任放棄と言わざるを得ない」と落胆の表情を浮かべた。 サンパウロ新聞 2016年10月14日付
ニッケイ新聞 2016年10月19日  広島文化センター(平崎靖之会長)が6日、広島県系人の農業家3人を招き講演会を同センターで開催した。テーマを「農業ビジネス」と設定し漁業、果樹栽培、養鶏という3つの視点から紹介された。  アラサツーバ市でピラルクーの養殖業を営む末永リカルドさんは、2011年から研究を開始。生息地のアマゾン川流域と聖州は水温など環境差の問題を解消し、「13年には約1メートルまで成長させることに成功した」と伝えた。  グァラサイ市の香林昭司さんはパイナップル栽培で有名。自身が経営するグァラサイ農場では現在、年間6万トンを生産し、州内一の生産力を誇る。  最後に登壇した伊藤悟さんはスマレーで養鶏業を営む。59年に渡米、同国で養鶏業を経験した。現在営む「グランジャ・イトウ」は、世界各国の機械や設備が導入され、一舎10万羽の鶏舎を担当社員一人で管理可能。また、ブラジル盛和塾の塾生でもあり、過去を振り返りつつ、「盛和塾の稲盛哲学を忠実に守っています」と時折声を詰まらせながら自身の経営論を語った。  閉会には羽藤ジョージ州議会副議長が挨拶し、一次産業の重要性を語り、息子のジョルジ市議とともに農業の維持、発展を約束した。また講演者には功労賞が贈られた。  閉会後は参加者でピラルクー、卵、パイナップルなどを楽しんだ。
ニッケイ新聞 2016年10月14日  鹿児島県人会(松村滋樹会長)は9日、新会館購入決議のため、聖市文協5階の県連会議室で臨時総会を招集した。新旧会長が激しく対立し、会員が途中退場するなど大荒れとなった前回総会からおよそ一カ月―。ほぼ倍増の43人の会員が出席し、2年半に及んだ議論にようやく終止符が打たれた。会の未来を託してジャバクアラに新会館購入を決定した。  挨拶に立った松村会長は、高級住宅街パカエンブー区の旧会館設立の経緯に触れ、「羨ましがられるほど立派な会館だった」と振り返る。だが、立地の悪さや維持費が嵩んだことを理由に14年4月に売却。売却後は会館がないなか、会員離れも生じる苦労の2年半を過ごしてきた。  若手への権限委譲によって、次世代育成に成功した沖縄や高知県人会を例に、「青年会や婦人会の希望に添えるものを選びたい」と世代交代を強調する一方、過去の二の舞を踏まないよう、「投票には責任が伴う。自分の意思をしっかり表明して欲しい」と呼びかけた。  田畑稔議長が議事進行するなか、理事会で絞られたサウーデとジャバクアラの2つの物件について、前回総会の反省を踏まえ、項目ごとに各々の利点・不利点を比較し、明確な説明がなされた。  サウーデは、メトロから徒歩3分と近いが、修復費用が別途かかるほか、近隣との騒音問題が問題とされた。一方、ジャバクアラは駅から徒歩10分で坂道があるが、それ以外に懸念事項は上がらなかった。  実際に物件を見学した会員からは、ジャバクアラへの賛成意見が相次いだ。上園モニカ理事は、「若手からこのスペースを利用して、こういった活動をしたいという意欲的な案が出てきた」と語り、他の婦人部会員も「光が一杯差し込み、雰囲気の非常に良い家」と太鼓判を押した。  投票の結果はジャバクアラ81票、サウーデ1票、無効1票。圧倒的多数でジャバクアラの物件購入が議決された。購入額は135万レアルを見込み、今後2カ月ほどで諸手続きを済ませ、新年会で会館開設を祝福する見通しだ。  就任時からの大仕事を終えた松村会長は、「前会長から駅から遠く、大きな会館はダメと言われてきたが、結果は反対となった」とサウーデに一票投じた胸のうちを明かしつつも、「皆の合意で購入決定できてよかった」とホッと安堵の表情をうかべた。 □関連コラム□大耳小耳  会館購入を巡る鹿児島県人会の臨時総会では、実際に物件を見ていない人のために、わざわざビデオを作製し上映していた。ジャバクアラの物件を訪ねた際も、青年部の会員がそれぞれの能力を活かし、写真撮影やビデオ作製などの講座を開きたいといった声も。新たな会館に夢を託し、意欲的な案が色々出たという。高い買い物だけに、無駄には出来ない。会館を購入後、それをどのように活用し、県人会を盛り上げてゆくのか。これからが正念場だ。
谷口ジョゼー眞一郎 (著) 9月25日ブラジル和歌山県人会で臨時総会が催され、議題は来年「和歌山県人ブラジル移住100周年記念式典」を開催するかの賛否を諮った挙句満場一致で可決された。それに及び追悼法要も含むことになった。従って県知事、慶祝団の皆様をご招待に谷口会長の来日も可決された。 谷口会長は10月10日の夜、ヒュウストン、サンフランシスコ経由で大阪の関西空港へ向かって旅立った。12日の夕方関西空港へ到着。当時、中南米国際交流協会会長の迫間修氏、県庁から坂木氏、粂山氏が出迎えに来た。先ず和歌山市のグランビアホテルにチェック・インをおさめてそれから近くの「えびす」料理店で皆さんと夕食を済ました。夕食会には元国際交流課主査の山田啓之氏と国際担当参事の津井宏之氏も参加した。 翌日の13日午前11時、予定通りに谷口会長は迫間中南米国際交流協会会長と同伴で仁坂吉伸県知事に表敬訪問をした。同じく11時30分服部一県議会副議長に表敬訪問をした。お二人に来年の2017年開催される「和歌山県人ブラジル移住100周年記念式典」に参加の依頼をした。仁坂知事から「それは何時になるのですか」と問われると谷口は次の様に答えた:「 ―現在は未定で知事から都合の良い日に決めて下されば結構です。我らは知事が決められた日を焦点に計画を立てて進めます。それからもう一つあります。私は臨時総会によって会員全員に代わってお願いする次第です。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」そこで知事は10月の半ばから11月の半ばまでは有効だと申した。谷口は帰ってから役員達と相談の上確認すると言って別れた。しかし、一応、11月の12日にする方が相応しいと発言した。 同日の昼、迫間氏と同伴で和歌山大学へ訪問した。大学では長友先生、野田先生をはじめに中 元一恵(チーフ・プロジェクト・コオヂネーター)にもお会いした。彼女は国際観光部研究センターの担当者である。 夜には和歌山県中南米国際交流協会主催の歓迎会が開催され、約30名余りの会員が集まった。翌日、WIXA`Sの理事長、樫畑直尚先生に及び、職員の皆様へもお会いになった。特に「子弟受入体験制度」の担当者の松尾千夏様ともお会いになった。当時、和歌山県庁から和歌山のマスコット「きいちゃん」を持ち運んできた坂木氏と樫畑先生と三人で贈呈の記念撮影をした。「きいちゃん」は来年からサンパウロ県連主催の日本祭りに和歌山県人会のブースのスタンドに位置して「お好み焼き販売」にお客さんの呼び寄せに手伝ってもらうためにブラジルへ移住。 同日、谷口は「特急くろしお15号」で田辺市に向かって移動した。田辺駅には真砂夫妻が出迎えに来ていた。早速、タナベ・ハルベスト・ホテルへ行ってチェック・イン後真砂夫妻と同伴で上富田町「くちくまの文化交流館」で小出上富田町長を始め、ブラジル和歌山県人会の監査役の平啓介氏の兄ご夫妻と友人の皆さんとの夕食会。 15日の午前9時から10時まで中南米国際交流協会紀南支部5名の役員ホテルにての歓談。10時から11時まで田辺市福田副会長と面談。(真砂市長が出張のため、副市長が対応。土曜日のため市庁舎が閉められていることから、ホテルに来て頂くことになった。)田辺市総務庁の前川光弘氏も参加した。11時から真砂ご夫妻と冨家氏と同伴で本宮町へ移動。途中昼食の後、「世界遺産・本宮大社」を参拝。17時―田中実マルコス氏宅(龍泉寺)着。田中氏と歓談。田中氏は青年のころ、サンパウロ国立高等工業学校で谷口会長の教え子である。19時和歌山県中南米国際交流協会紀南支部主催歓迎会(会場:「あしべ本店」。 10月16日、全てのスケジュールを果たし、谷口は田辺市駅で真砂ご夫妻と別れ、紀北の笠田町へ向かって親戚に会いに行った。17日の夕方、関西空港から出る飛行機でブラジルへ旅立ち、18日の夜帰宅した。  
 年に2回実施されている恒例の「第21回屋台祭り」が、16日午前11時から午後3時ごろまでサンパウロ市リベルダーデ区の愛知県人会館(Rua Santa Luzia, 74)で開催される。  出店するのは、愛知県人会(味噌串かつ、エビの串刺し、抹茶アイス、セビッチェ)、和歌山県人会(関西風お好み焼き)、長野県人会(シイタケご飯、手作りケーキ)、滋賀県人会(近江肉うどん)、大分県人会(鶏飯、鶏天、牛のタタキ)、笠戸丸協会(ニシンの塩焼き)の日系6団体で、前述の各種日本食が会場内で販売される。  当日、会場では「ひまわり太鼓」による和太鼓演奏、合気道のデモンストレーションやビンゴ、カラオケなどのアトラクションも披露される。  案内に来社した愛知県人会の沢田克巳会長、和歌山県人会の谷口ジョゼ会長、長野県人会の杉本みどり理事、笠戸丸協会の吉加江ネルソン会長は「約500人の来場者を想定していますが、新しいお客も回を重ねるごとに増えています。県人会同士の横のつながりもできるし、楽しい一日を過ごすことができます」と当日の来場を呼びかけた。  入場無料。 サンパウロ新聞 2016年10月8日付
ニッケイ新聞 2016年10月11日  ブラジル時間7日昼に噴火した熊本県の阿蘇山。36年ぶりという爆発的噴火に、当地の県人会関係者からも心配の声が上がった。  不安に思った役員数人が週明けの10日午前、申し合わせたように自然と会館に集った。会として対応は検討中だが、熊本県文化交流協会の田呂丸哲次会長は、「個人的には近くに親戚もいる。心配している」と表情を曇らせた。  母県との窓口を担当する赤木数成書記は「県庁との連絡はまだ」としたが、「来年4月の訪日団を募集し始めたところだった」と肩を落とす。熊本地震から1年が経過し、予定される慰霊祭への参加や、復興を直接応援しようという前向きな話題が出た矢先だった。  震災以外に、九州には日本の今夏多くの台風も襲来した。相次ぐ天災に「どう同情したら良いのか…」と、ブラジルの熊本県移住者も頭を悩ませている。
ニッケイ新聞 2016年10月8日  5県人会と笠戸丸協会による『第21回屋台祭り』が、16日午前11時から聖市の愛知県人会(Rua Santa Luzia, 74, Liberdade)で行われる。午後3時まで。  今回のメニューは味噌串かつ、抹茶アイス(愛知)、トリ飯、トリ天、牛たたき、ペルーの郷土食であるセビッチェ(大分)、醤油ラーメン(滋賀)、関西風お好み焼き(和歌山)、椎茸ごはん(長野)、焼きニシン(笠戸丸)など。  様々な郷土食のほか、和太鼓やカラオケ、ビンゴなどもあり楽しめるイベントとなっている。案内に来社した各氏は、「色々なご飯を食べながら、他の人とも交流し楽しんでください」と来場を呼びかけた。  問い合わせは愛知県人会(11・3104・8392)まで。   □関連コラム□大耳小耳  屋台祭りで出る料理は、県連日本祭りとほぼ一緒。その理由は、日本祭りでは各県人会の店に長蛇の列ができて、列の途中で諦める人や調理中に返金を求める人がいるためだとか。「日本祭りでは1、2時間かかったりする、食べる場所も少ないし。その点、屋台祭りには食べる場所はたくさんある。ゆっくり食べながら、周りの人と話し、日系人同士の懇親会のように楽しんで欲しい」とのこと。日本祭りで食べ損ねた人は、屋台祭りで郷土を感じてみては。
ニッケイ新聞 2016年10月7日  ブラジル日本都道府県人会連合会(山田康夫会長)の9月度代表者会議が、先月29日に文協ビル内の県連会議室で行われた。来訪者発言では下本八郎元聖州議が、チエテエコロジー公園のパルケ・ナソンエス計画について、協力を求める声があった。  冒頭下本さんから、チエテエコロジー公園内に建設を予定するパルケ・ナソンエスの日本文化エリアについて構想が説明された。生け花教室や空手道場などの設備や後援者などについて紹介があり、同エリアの建設計画は「2年後に完成、提出は5年後にされる」とした。  下本さんは「日本祭りの来場客数から見ても、日系人への関心は高い。この計画は成功すると考えている」と前向きだが、質疑応答では「莫大な予算が必要なため実行は難しい」と、現実的な意見が出た。  7、8月の会計は日本祭りの収支が調整中のため、発表はなかった。またイビラプエラ公園内の開拓先没者慰霊碑に関し、整備費を捻出するための基金を設立する提案が出された。慰霊碑の整備費は月々800~900レアルで、寄付や県人会からの援助を充てていたが不足が予測されている。  移民110周年(2018年)には皇室招待を検討しているとの報告もあった。
 ブラジルでの任期を終え、日本へ帰国する在ブラジル日本国大使館の梅田邦夫特命全権大使の送別会が、9月29日午後7時半からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区のブラジル日本文化福祉協会ビル2階貴賓室で行われた。会場には150人を超える各日系団体や日本企業の代表者らが集まり、梅田大使を見送った。  梅田大使は恵子夫人と出席。文協の呉屋春美会長、援協の菊地義治会長、県連の山田康夫会長、商工会の近藤剛史副会頭、日文連(アリアンサ)の大城幸夫会長、在聖総領事館の中前隆博総領事が壇上に上がった。  日系団体を代表して呉屋会長があいさつに立ち、「両国のために働いてくれた梅田大使には感謝の言葉しかありません」と礼を述べた。呉屋会長個人の思い出としては、梅田大使がリンス日本人移民入植100周年祭に出席した際、プロミッソンの上塚周平氏の墓を訪れたことを挙げ、「大使としては初となり、歴史的な出来事だった。日系社会に理解を示してくれたことを何よりも嬉しく思う」と語った。その後、日系団体から感謝状と大竹富江氏の絵画が記念品として贈呈された。  続いてあいさつに立った梅田大使は今月上旬に離伯するとし、「すべての日系社会の皆さんに感謝致します」と述べた。2年7カ月の在任中はサッカー・ワールドカップ、10年ぶりとなる日本の現職総理の訪伯、日伯外交関係樹立120周年、リオオリンピックなど多くの大イベントが目白押しとなったが、「各地の日系社会が協力してくれ、『オールジャパン』で取り組むことができたことに感謝します」と重ねて日系社会へ礼を述べた。  大使の職務としては、日系社会との交流強化を最重要課題にしていたと話し、また大使館では各種文化事業、団体への支援、表彰などに取り組んでいるとした。  「日系社会はブラジル社会への発展だけではなく、親日感情性、日本文化の伝播に貢献している。皆様の長年のご尽力に日本政府を代表して感謝したい。最後に、特別な人的な絆を有する日本とブラジルの関係がますます強まることを願っています」と結んだ。  その後、援協の菊地会長の音頭で乾杯。乾杯後は梅田大使夫妻と写真撮影を希望する出席者の長い列ができていた。 サンパウロ新聞 2016年10月7日付
 ブラジル日本都道府県人会連合会(山田康夫会長)の9月度代表者会議が、9月29日午後4時からサンパウロ市リベルダーデ区文協ビル内5階の同会事務所で行われた。  はじめに山田会長があいさつに立ち、「(9月下旬の)国際民族舞踊祭と県連主催の弁論大会を見学してきた。その中で若い人がいると盛り上がるということを痛感した。これからはもっと若い人を取り込んでいかなければならないと感じた」と話し、県人会の活性化を促した。  報告が遅れている7、8月分の会計報告及び9月の会計報告は来月に持ち越しとなった。会計報告が遅れているのは、日本祭りにかかった費用の支払い方法が特殊なため。日本祭りに使われるスポンサーからの支援金は県連の通常の口座ではなく、ルアネー法用の口座に振り込まれる。口座の金は文化事業にのみに使用され、使用にあたっては承認が必要となるので、工事業者への支払いはまず県連の通常の口座から立て替えられ、承認後、ルアネー法口座からも支払いが行われる。二重で支払ったことになるため、業者から立て替え分が県連口座へ払い戻しされるという。結果的に動いた金額は一緒だが、書類上支出分が重複しており、その修正が終わっていないことが会計が遅れている理由だと市川利雄副会長から説明がなされた。  慰霊碑整備の基金については、日伯外交関係樹立120周年実行委員会から、余った記念事業費用4万1990レアルが寄付されたことが山田会長から報告された。これは、維持費など慰霊碑にのみ使用される。鳥取県人会の本橋幹久会長は、慰霊碑の管理に毎月800レアルから1000レアルかかっているとし、今後は寄付金を元手に管理基金を作り、管理費を賄っていく意向を示した。  主要議題終了後、山形県人会の篠原俊巳会長から「日本祭りは発展しているが、県人会は縮小傾向にあり、祭りのための協力者を出すのが難しい県人会もある」という声が挙がった。篠原会長は「2世、3世が会長を務める県人会は、1世会長の県人会より恐らく活気があるだろう」とし、活性化について良い情報の共有また県連側から話し合いの場を設けてもらえるよう要望した。 サンパウロ新聞 2016年10月5日付
ニッケイ新聞 2016年10月4日  九州ブロックによる『第1回九州文化大会』が16日午前10時から、熊本県文化交流協会(Rua Guimaraes Passos, 142, Vila Mariana)で開かれる。  運動会、敬老会などの定例行事を行なう九州の8県人会。その内の一つだったカラオケ大会の代わりに、文化大会を開催することになった。参加者の減少や高齢化を危惧して、文化継承ができ若者も参加できるような催しに改めたという。  5人一組のチームを組み各県の文化を披露、優勝を争う。演目の合間には、日本や九州をテーマにしたクイズ大会なども予定する。  主催者らは「誰でも楽しめるような内容。九州人以外も私たちの文化を知ってほしい」と来場を呼びかけている。
 9月30日ブラジル和歌山県人会から7人の団体で約10時40分(ペルー時間)ジョルジ・チャヴェス空港へ到着した。空港の出口で多数のペルー和歌山県人会役員達が出迎えに来ていた。小坂リカルド(顧問)、斎藤カルロス(顧問)、佐藤セルヒオ(会長)、坂田アルフレド(顧問)、松下ビクトル(顧問)、稲垣フアン(顧問)と田村マルコ(顧問)であった。直ぐあとから和歌山県企画部 国際担当参事の津井宏之氏と国際課 国際交流班 班長の坂木守彦氏が到着した。  その夜、団体は日本・ペルー食店「鶴」に招待された。当時、同じく日本から来賓の皆様のほか、役員夫妻も参加した。  10月1日、午前中、団体は「ペルー人類博物館」を見学した。博物館にはコロンブス以前の文明が作ったあらゆる土器、反物や金具の手芸品が展示されていた。それから「ラルコ」博物館にも見学した。そこにも同じくコロンブス以前の手芸品が展示されていた。その後、ペルー・日本文化協会にある食堂「刀」で昼食した。昼からリマ市内のファヤマルコ遺跡を見学してからホテルへ戻った。夜にはペルー和歌山県人会創立25周年記念式典に参加した。式典はミラフロレス地区の豪華なホテル会場で盛大に行われた。  10月2日の午前中、10時からペルー・日本文化協会の会議室で南米における各和歌山県人会の未来に関する短期ヂスカッションが催された。アルゼンチン、ブラジル、ペルー、三か国の和歌山県人会代表者会議の結果は次の通り:会議は有意義であり、時代が代わるに従い日系社会はますますと進む一方、和歌山文化を保護することと県人会の継続を守ることの大切さが実感された。その後、全員は日本来賓の二人も含めてペルー料理の「パンチット」食店で再び盛り上がった。昼食後、団体はリマ中央の市内観光を夜まで続けた。  ブラジル帰国は翌日3日の朝食後であった。忘れがたき楽しい旅であった。素晴らしい接待を受けた我らは心を打たれ、深く感動した。ペルーの皆様へ厚く感謝致します。また再会の日まで!
ニッケイ新聞 2016年10月1日  ブラジル離任が発表された梅田邦夫特命全権大使が先月29日、サンパウロ市にある本紙編集部へあいさつに訪れた。2014年3月の着任から2年7カ月。話題の多かった任期中を「激動の時代」と振り返りつつ、「たくさんのご支援を頂いた」と日系社会に対し感謝を伝えた。  サッカーW杯やリオ五輪といった一大イベントを終え、外交120周年での皇室ご来伯に、安倍晋三首相も2度にわたり当地を訪れた。「無事に終えてホッとしている」と安堵し、様々な成果を口にした。  五輪では400人もの有識者が日本から訪れ、「東京に何を持ち込めるか、そんな成果を持ち帰ってくれたはず」。「参考にすべき」と言う点に節約型運営、ホワイト・エレファント(無用の長物)を残さないこと、大会演出の巧みさやボランティアの活躍を挙げ、バリアフリー対策は「もっと改善できる」と指摘。東京大会の成功を願った。  約2年半の間に76回の出張を重ねた。サンパウロには実に39回、リオにも15回訪れた。さらに18の州を訪問し、知事との会談機会を持つなど精力的に動き回った。入植100周年を迎えた平野植民地ほか、パラー州のトメアスー、サンタカタリーナ州のラーモスなど多くの移住地にも訪れ、「想像以上の歓迎だった」と喜び。ブラジリアの老人会にも訪問するなど、気さくな人柄はコロニア中で親しまれた。  秋篠宮ご夫妻のご来訪には「各地で熱い歓迎があった」とし、移住者が抱く皇室への思いを目の当たりに。同年には外交樹立120周年を記念した公聴会が上下院で実施され、「こんな国は他にない」と常々称賛してきた。  安倍さんの来訪も大きな転機になった。JICAボランティアの増員につながり、「日系社会との連携強化は最重要案件の一つだった」と語る。その間、議員や軍事交流も始まった。  世界最大のコロニアに対し「日本の国益に直結するという意識で取り組むべき」と日本側へ訴え、「インフラ、治安改善、教育、医療など日本の制度を活用することでより強固な協力関係が築ける」と展望した。  デカセギ子弟や帰伯者の教育は「日伯共通の課題」として捉える。また伯国内の動乱に「変改を見届けたかった」との悔いは残るが、様々な課題は「後任に引き継ぎたい」と思いを託した。  今月上旬の離任に先立ち、同日夜には文協で送別会が行なわれた。150人以上の日系人や駐在員が駆けつけ、笑顔で別れのあいさつが交わされた。  リオの日系団体を統括するリオ州日伯文化体育連盟の鹿田明義理事長は、「五輪を中心に気遣いをして頂いた」と話し大使の離国を惜しんだ。呉屋春美文協会長も「常にコロニアに気を配って頂いたことが、何よりも嬉しかった」と感謝を重ねた。   □関連コラム□大耳小耳  惜しまれつつ離伯することになった梅田邦夫大使。政治経済の動乱も大使にとっては良い経験になったとか。大統領罷免や一連の汚職事件には「学ぶことが多かった。外交官冥利に尽きる」。W杯や五輪に加え、安倍総理や皇室のご来伯にも立ち会うなど、実に多忙な任期だったはず。唯一の心残りはジウマ大統領(当時)の訪日延期か。そこは後任の佐藤悟外交官に期待。
ニッケイ新聞 2016年10月1日  広島文化センターと長崎県人会が先月25日、平和卓球大会を初開催した。被爆両県の県人会が、平和活動の一環として共催。27人の出場者が個人戦で優勝を争った。  競技に親しむ長崎県系人が多かったことから、卓球が選ばれたという。会場となった聖市の広島文化センターには4台の卓球台が並べられ、午前8時半から午後2時まで競技を行なった。  優勝したのはムナカタ・アレシャンドレさん(33)。野村アウレリオ聖市議による記念プラッカが贈られ、上位入賞者にもトロフィーが授与された。  報告に訪れた広島の平崎靖之会長は、「初開催とあってどう運営できるか不安もあった。でも好評で、来年はもっと集ろうとの声があった」と喜び。次回に向け「先月立案したばかりで、原爆投下の8月に間に合わなかった。来年はその時期に合わせて開催したい。選手が増えれば、年代別や団体戦など拡大できるかもしれない」と意気込んだ。  戦争や原爆について、広く知ってもらうことが目的の一つ。昼食時には婦人部が用意した料理を囲み、ちびっ子から大人までの選手を含めた約40人の参加者が交流した。
アペル、若林、本橋の3氏を祝い  【既報関連】平成28年度外務大臣表彰の在サンパウロ(聖)総領事館管内での伝達・祝賀式が、9月27日午後3時から聖市モルンビー区の同総領事公邸で行われ、アルビラ・アペル(52)、若林和男(85、兵庫)、本橋幹久(80、鳥取)の3氏が受章した。日系5団体の各代表者が来賓として出席し、家族・友人ら約50人が見守る中、中前隆博総領事から表彰状と副賞の正絹風呂敷が手渡された。  当日は日伯両国歌斉唱後、受章者3氏の功績が読み上げられ、伝達式が行われた。表彰状と記念品を手渡した中前総領事は「御三方がこれからの日伯友好関係を担う若者たちの手本となることを期待し、今回の表彰でさらなる励みになれば」と一層の活躍を願い、3氏の貢献を称えた。  アペル氏はカンポ・グランデ・セントラル観光マーケット協会会長として沖縄移民が伝統的に多い南マット・グロッソ州カンポ・グランデ市で、「フェイラ・デ・ソバ」の会長を2006年から10年にわたり務めている。集客力を高めるために週末ごとにイベントを実施。沖縄そばのモニュメントを設置し、ソバソングのコンテストを行うなど沖縄そばの普及に貢献した。  アペル氏はあいさつで「この受章はカンポ・グランデの日系団体をはじめとした私たちのコミュニティーのもの。とても嬉しく思います」と喜び、「でも、私がやりたいことはまだ半分ほどしかできていません。カンポ・グランデを経済的に盛り上げ、より良い街にしていきたい」と今後の抱負を熱く語った。  美術家の若林氏は約50年間、伯国で絵画活動を行い、サンパウロ国際ビエンナーレを含む多数の展覧会に参加。ブラジル外務省賞をはじめとする賞を受賞している。漆工芸の技法や日本の古典から引用された図柄を生かした作品などを発表し、日本の伝統をブラジル人に分かりやすい形で伝達。後進の指導にも尽力し、日伯文化交流のため献身的な活動を行ってきた。  若林氏は「身に余る受章で非常に嬉しい。個人の表彰ではなく、ブラジルの美術界の中で戦ってきた仲間すべてに対する受章だと思っております」と感謝の言葉を口にし、「これからは我々の美術仲間の仕事に少しでも役立てるよう、今まで以上に集中して貢献していきたい」と意気込んだ。  ブラジル日本都道府県人会連合会前会長の本橋氏は、同連合会と日本の地方自治体との交流促進に貢献。伯国内日系社会のみにとどまらず、南米各国の日本人移住地・コミュニティーを訪問し、日系団体ネットワークの構築に尽力。また、ブラジル鳥取県人会会長として「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹プロジェクトを推進し、日伯友好親善と自然環境保護活動に貢献してきた。  本橋氏はあいさつで「今回、私が表彰していただけるのは県連の会長を務めたから。会長としての義務を果たしただけで、貢献できたかは分かりませんが、県連が世間に評価されたという意味では非常に喜ばしい」と受章に対する思いを語った。現在は県連の執行部役員を引退した同氏だが、「『日本祭り』や『移民のふるさと巡り』などのすでに行っている意義ある行事に力を注ぎ、慰霊碑維持のための基金を作ることが今後の目標」と具体的な方針を語った。  受章者のあいさつ後、呉屋春美文協会長が乾杯の音頭を取り、出席者一同が3氏を祝福した。 サンパウロ新聞 2016年10月1日付
ニッケイ新聞 2016年9月30日  平成28年度外務大臣表彰伝達・祝賀式が27日、在聖総領事公邸で行われ、アルビラ・アペルさん(52)、若林和男さん(85、兵庫)、本橋幹久さん(80、鳥取)の3氏が受賞した。家族、友人ら約40人が見守る中、中前隆博総領事から賞状と記念品が授与された。  アペルさんは南麻州カンポ・グランデ市で、日系人経営の沖縄ソバ屋28店舗によるフェイラ・デ・ソバの会長を、2006~10年に務めた。8月に同市で開催されるソバ祭りには毎年10万人が来場しており、沖縄そばは同市の無形文化財に認定されている。  受賞に改めて感謝したアペルさんは、これからの活動について「人種や考え方などの違いもあるが、さらに日伯関係強化に貢献したい」と意気込んだ。  画家の若林さんは約50年にわたり当地で芸術活動に励む。サンパウロ国際ビエンナーレを含む数多くの展覧会に参加し、ブラジル外務省賞をはじめ数々の賞を受賞した。漆工芸の技法や、日本の古典から引用された図柄を活かした作品を多く発表している。  「美術家の仲間の中で自分がたまたま受賞した」と謙遜し、「美術家として名前が残ったが、コロニアの一員でいれることが嬉しい。色々な人に支えて頂き感謝している」と礼を述べた。  本橋さんは県連副会長、会長を歴任し、県連日本祭りへの日本政府参入に貢献した。また、日本の地方自治体との交流促進、南米他国の日系社会との交流にも尽力した。  受賞あいさつでは、「寝る前になんと言おうか考えていたが、結局思いつかなかった」と照れ笑い。県連会長職については、「一生懸命職務を果たしてきたつもりだが、今回の表彰は自分ではなく、県連全体が表彰されたと思っている」と関係者に感謝した。  中前総領事は3氏の受賞に「文化、美術、友好親善にそれぞれ貢献された」と称賛。表彰状を手渡し、記念撮影や懇談など和やかに終了した。