一行がブラジリアに到着した9月29日は、日中の気温が35度まで上った。湿度が極端に低いため、乾いた空気でのどがヒリヒリと痛む。昼食後にチェック インしたのは、五つ星ホテル「マンハッタンプラザ」と「クビチェックホテル」でバスタブ付きだ。朝が早かったこともあり、シャワーを浴び、ひと寝入りした 人も多かったようだ。
初めてふるさと巡りに参加した聖州アラサツーバ市在住の藤木誠吾さん(78)と昌子さん(74)は「ブラジリアは街並みが奇麗。今回、キャンセル待ちでようやくふるさと巡りの定員に入れた。ブラジリアにはいとこが居るので、会えれば」と期待を寄せていた。
今回のツアーで最初に交流を行ったのは、ブラジリアからバスで1時間ほど離れたところにある近郊都市、タグアチンガ。ブラジリア文化協会(松永行 雄会長、会員100家族)の会館があり、一行が門ををくぐると青年部らが勇壮な太鼓で迎えてくれた。夕食を前に木原団長は「盛大に歓迎していただいてあり がとうございます。感無量でびっくりしました」とあいさつした。
ブラジリアには文協、老人会、DF文化体育協会などの日系組織があり、老人会会長の高橋実さん(88)は「各団体同士も団結している」と話す。老 人会は毎月第2日曜にカラオケやラジオ体操などを楽しむために120~130人が集う。会員数は250人で、1世が7割。近年は非日系の会員も増えてい る。吉田武弘さん(67)は「こんなに大きい老人会はブラジル中探してもないだろう。今度、日本政府に表彰されるんだ」と胸を張る。
また、田中淳雄さん(72)は「ブラジリアの日系社会はサンパウロよりも先に、一致団結して東日本大震災の際に義援金約8万レアルをブラジル日本大使館に送った」と教えてくれた。
青年の活動も活発で、日本語教育も熱を帯びている。タグアチンガ日本語学校の生徒数は現在100人。日系人は約半数。教師も16人いる。サンパウロ州と比べ日本語教師の給料が高い点が大きく異なる。
5歳から20歳まで富山県で過ごしたという日本語教師の西川カミラさん(26)は「明日はスピーチコンテストがあって10人が出場する。みんなのやる気はすごい」と話す。
宴も酣(たけなわ)にさしかかったころ、ブラジル大使館から荒木要参事官らが文協会館を訪れた。同地ではこのような交流がよく行われているそうだが、ツアー参加者らは一様に驚いていた。(つづく、植木修平記者)
2012年10月19日付
