ニッケイ新聞 2012年11月24日付け
慶祝 ブラジル鳥取県人会創立60周年記念式典
【鳥取県】
副知事 藤井 喜臣
教育次長 生田 文子
交流推進課課長補佐 山下 大治
同課主事 堀本 将也
【県議会】
議長 伊藤美都夫
議員 横山 隆義
議員 砂場 隆浩
議会事務局係長 溝内 博
【鳥取市】
副市長 深澤 義彦
議会議長 中西 照典
議会事務局長 中村 英夫
企画調整課長 國森 洋
同課主任 田中 直美
【米子市】
市長 野坂 康夫
市民自治振興課課長補佐 奥田 晃巳
【記念友好交流訪問団】
団長 石谷 雅文
副団長 中川 俊隆
事務局長 川上 信温
会計 角馬晃子
塩谷絹恵、池田孝子、
奥田幸人、中島佐代子、西尾公孝、矢部博祥、
山下俊一、脇田武志
【ブラジル鳥取県人会 役員一同】
顧問 佐々木陽明、西谷敏雄、大原光人、山添良一、中村浩子
相談役 橋浦行雄、西谷博、加藤恵久、重道清富、
霜田育、高居ジャシー
名誉会長 加藤恵久
会長 本橋幹久
副会長 (第一)山添源二 (第二)末永正
(第三)千田伊藤初美
総務担当理事 荒木アレシャンドレ、西坂アンドレ幸二
会計担当理事 大西竹下マリエ、森岡カチアるり
財管担当理事 池堂吉田ミリアン美幸、弓場パウロ勇作
渉外担当理事 東吉田ルッシー真澄、根布谷ジェシカゆり
文化担当理事 美甘好重、竹下イルダ朝枝
理事 細田アダルベルト英治、杉田敦子、高橋クリスチーナ理恵、長田デルザ、三浦江美、松崎本橋クリスチーナ敏江、岩永ヂナ小百合、加藤エヅソンとみひろ、山城エレーナ美智子、米原啓三郎、竹下エリオ、犬丸ルッセリアゆみ、深草マルガレッチ妙子、井上マルガリータ友子、伊藤マリオ、加藤エリカ直美、中村西坂マウリーれいか、西尾カリーナめぐみ、大坪正幸、船橋エリキ、小東光男、パイス西谷ナイル、成田サンドラあけみ、守屋ようこ、川島ロウリバル洸二、遠藤ネリー輝子、杉田登貴夫、山城ウゴ、岩本ワデマール益典、岩本大家のえみ、西谷オルガ由紀子、西谷オズワルド、明穂薫
正監事 荒木進、伊藤パウロ誠、加藤ベロニカあけみ
補充監事 末永あゆみ、西坂ファビオ勇治、西谷みどり
婦人部 (部 長)千田伊藤初美
(副部長)末永勇美子 大家のえみ
(敬称略)
ニッケイ新聞 2012年11月24日付け
「県との絆、大切に」=式典でさらなる成長誓う
記念式典と祝賀会は18日、サウーデ区のブラジル・鳥取交流センターで盛大に行われた。県からは伊藤美都夫県議会議長、藤井喜臣副知事、野坂康夫・米子市長ら総勢27人の慶祝団が来伯し、集まった約350人が節目の年を祝った。
千田初美副会長の開会挨拶に続き、式辞をのべた本橋会長は県人会活動における最重要事項を「母県との交流」と位置づけ、今後の県人会の成長を誓った。
平井伸治知事のビデオメッセージ、伊藤議長、藤井副知事の祝辞に続き、野坂米子市長は「日本と(伯国)の関係がいかによくなってきたかを実感した」との感想をのべ、深澤義彦・鳥取市副市長は竹内功市長の祝辞を代読した。
県からは、因幡国の時代から県に古くから伝わる民俗で獅子舞の一種「麒麟獅子」のレプリカが県人会に贈呈され、県から日系三団体への激励金の贈呈、慶祝団と県人会の記念品の交換が行われた後、元県費留学生の西尾ファビオ勇治さんが日本語で挨拶した。
最後に鳥取県民歌「わきあがる力」を来場者一同で斉唱し、ケーキカット、鏡割りの後昼食、アトラクションへと移った。
12人の民間訪問団団長を務めた石谷雅文さん(69、鳥取市)は新日鉄勤務時代、国内4カ所目の国営製鉄所設立時に技師として来伯し、80年代に約2年半ミナス州に住んだ。来伯6回目で「ブラジルは第二の祖国」というブラキチだ。
「文化や食べ物が好き。日本人だというだけで社会で尊敬されると感じた」。現在は鳥取ブラジル友好協会の監事として、伯国からの研修生の歓迎会を行うなど交流事業に力を入れている。
県人会は今後、5年計画でエレベーターの設置や日本語講座用の教室の拡張など、センターの増改築を行いたい意向だ。本橋会長は「県からの支援だけに頼らず、日本祭りなどで会としても積極的に資金集めをしたい」と今後の展望を語った。
ニッケイ新聞 2012年11月24日付け
県人と県人会のこれまでの歩み
1908年の笠戸丸以前に、既に自由移民として5人の鳥取県人がいた。1906年に渡伯した記録がある明穂梅吉氏を中心に戦前にも親睦組織があったと考えられているが、県人会の正式な創立は1952年。きっかけは、同年に母県で起こった大火で被災した人々に義捐金を送るため、国内各地に散らばっていた県人を訪ねた募金行脚だった。
初代会長は明穂実氏、会計は鈴木栄蔵氏。ともに創立に尽力し、『椰子樹』の代表的歌人でもあった徳尾恒壽氏は2、4代目会長を務めた。
その後1964年の石破二朗知事の来伯以降、会としての活動が活発化する。県人子弟の支援事業の県費留学生が翌年に始まり、県人会報『伯因伯』が創刊し、35年間で120号まで発行された(現在休刊中だが、今後は再開を予定)。
1973年には『在伯鳥取県人発展史』が完成、88年に技術研修生の派遣も始まった。
現在の活動拠点のブラジル・鳥取交流センターは1995年10月に落成。多くの県人、鳥取ブラジル交流団体、県海外移住家族会等の個人からも寄付があり、翌月盛大に竣工式が行われた。
現在の会員数は約300家族。同センターでは母県の伝統芸能「しゃんしゃん傘踊り」「銭太鼓」、日本語など約30の文化講座が開かれ、活発に活動が行われている。(2008年刊行の『鳥取県中南米移住史』を参照)
ニッケイ新聞 2012年11月24日付け
樹木とともに成長めざし=鳥取県人会会長 本橋 幹久
現在の県人会活動において、母県との交流は最重要事項であり、実施されている県費留学生、技術研修生受け入れ事業、県人会にとって非常に効果的である中堅リーダー交流事業、第二アリアンサ鳥取村日本語教諭派遣事業などは人的交流として今後とも継続して頂くことを切望いたします。
今後の県人会活動として、コミュニティの一員としての参加活動は無論のことですが、会員は二世以降の世代であり、日系団体でありながらブラジル一般社会との取り組みを考えねばならないでしょう。
創立から60年、年輪一回りしての還暦であり、これから新しい環に入っていく節目です。会員の構成も時代と共に変わり、活動内容も変わりますが、自分のルーツとのかかわりは断ち切ることはできません。
県人会はそのルーツ鳥取との絆を大切にしながら、ブラジル社会の一構成員として、植樹した樹木と共に成長いたすよう努力する所存です。
ニッケイ新聞 2012年11月24日付け
県と日本のよき理解者に=県議会議長 伊藤 美都夫
鳥取から移住された皆様はブラジル各地で活躍され、この国の発展に多大な貢献をされるとともに、日本との強い絆を守り両国の友好の架け橋となってこられました。鳥取県は日本一人口の少ない県ではありますが、国際舞台で活躍できる人材を育て日本や世界から注目される県となるべく、県民が一致協力して努力していかねばならないと思います。
県議会といたしましても交流をますます深めますよう努めるとともに、皆様方の郷土鳥取県をさらに住みやすく、活力と魅力ある自治体とすべく努力してまいります。
皆様方におかれましても今後ともお元気で活躍されますとともに、本県はもとより日本のよき理解者として、ブラジルとの友好と親善のためにご尽力いただきますよう念願いたします。
ニッケイ新聞 2012年11月24日付け
県の伝統を次世代へ=鳥取県副知事 藤井 喜臣
移住された皆様におかれましては鳥取県をあとにされて気候、風土、生活習慣などの全く異なるブラジルで長い苦難の道を歩まれ、これを見事に克服され、そしてご子孫の皆様方も後に続かれ、ブラジル社会のよき一員として今日の地位と名誉を築いてこられました。そのご労苦とご功績に対し深く敬意を表します。
県人会の活動では「日本祭り」など様々な機会を捉え、しゃんしゃん傘踊り、銭太鼓といった文化面、大山おこわなど郷土料理の分野でふるさとの伝統を伝承する活動にも尽力されています。このように皆様方の長年にわたるブラジルへの貢献が、両国の友好関係を深めており、これらの取り組みを次世代へと受け継いでいただきたいと切に願っております。県としても、これからも県人会との間で中堅リーダーの相互派遣および研修員・留学生制度による若い世代を中心とした交流活動に継続して取り組んでまいります。
ニッケイ新聞 2012年11月24日付け
サンパウロ鳥取=友好の森づくりを=未来につなぐ記念事業=植樹し州政府に寄贈=県人会と森林院が管理へ
今年で創立60周年を迎えた鳥取県人会(本橋幹久会長)は記念式典に先立ち、60周年記念事業「サンパウロ・鳥取友好の森」プロジェクトの植樹式を17日に行った。養国ブラジルへの感謝と同県との友好のしるしとして、かつて日本移民も周辺地域に入植し、再生と保護が叫ばれる大西洋岸林(マタ・アトランチカ)の樹木70種を、聖市の州環境局森林院の敷地に330本植樹し、州政府に寄贈するというものだ。プロジェクトの発案者で、元同院総裁の山添源二副会長(77、二世)は「陰でも育つような木も植えて、多種を織り交ぜた。一年中花が見られる森になると思います」と笑顔を見せた。
企画が持ち上がったのは約3年前。鳥取県民や当地移住者らから、苗木植え付け、管理費として一口100レアル(日本円では5千円)の寄付を募ってきた。鳥取県からは170口が集まり、「予想以上の寄付を頂いた」と役員らは喜ぶ。その中には県出身の衆議院議員の石破茂(自民党幹事長)、湯原俊二両氏の名前もある。
植樹の場所には、聖市中心から近いモジの近くやカルモ公園などを当たったが、いずれも決まらなかった。そこで山添さんの仕事や人柄を以前から知っていたという同院のミゲル・フレイタス現総裁が院の敷地提供を申し出、以降は森林院や植林を手がける「Florestas Inteligentes」社の協力を得て、準備が進められてきた。
植樹式では一人ひとりがいっせいに苗に土をかけ、すぐ横にイペ・アマレーロ、パウ・ブラジルなど樹木の名前、「後世にもわかるように」と寄付者の名前を記した看板も立てられた。
挨拶に立った山添さんは「樹木が豊かな果実をつけるように、交流が深まれば」と期待し、伊藤美都夫・県議会議長は「心を込めて、移民した祖先の苦労を感じながら植えてほしい」と話した。
「広い世界を見たいと思って」と民間訪問団の一員として初来伯した中島佐代子さん(60、八頭郡若桜町)は「県人会と同い年だから、何だか感動しました」と笑顔を見せ、「元気に大きく育ってほしいですね」と苗を見遣り目を細めた。
本橋会長は取材に対し、「きちんと立派に育てたい。サンパウロの人たちに、マタ・アトランチカの木を知ってもらえるような森になれば」と意気込む。今後、管理は県人会と森林院が協力して行っていく予定だ。
県からの表彰を受けた皆さん
(カッコ内は年齢と出身地、敬称略、第二=聖州第二アリアンサ)
【特別功労賞】加藤恵久(72、聖州ポンペイア)、佐々木陽明(77、鳥取市賀露町)【功労賞】霜田育(78、倉吉市)、中村浩子(77、第二)、杉田志津夫(同)、米原啓三郎(73、佐賀県)、小東光男(75、鳥取市)、杉田敦子(70、第二)、野坂美智子(75、米子市)、中尾秀隆(81、第二)【高齢者】末永加藤八重子(88、八頭郡下私都村)、江川加藤千賀子(81、第二)
