600人が参加、節目の年を祝い
ブラジル沖縄県人会(島袋栄喜会長)創立90周年記念式典が、4日午前10時半からサンパウロ(聖)州ジアデマ市の沖縄文化センターで開催され、約600人が一堂に会した。母県からは県庁、県議会、那覇市、各市町村など合わせて57人の大型慶祝団が来伯して出席。1926年に「球陽協会」として発足した県人会が、「ユイマール(結びつき)」「イチャリバチョーデー(会えば皆兄弟)」の心でつながっていることを確認し合い、90周年の節目の年を祝った。
沖縄県人会は、1926年8月22日に会員の親睦と相互扶助、当時の日本政府による沖縄県人移民禁止全面撤廃を目指す県人移民導入運動を展開することを目的に、「球陽協会」の名称で発足。その全面撤廃を実現し、今年で90周年の節目の年を迎えた。
この日の記念式典には母県から、翁長雄志県知事代理の照喜名一(てるきな・はじめ)氏、新里米吉県議会議長、城間幹子那覇市長、城間俊安沖縄県町村会代表(南風原町長)をはじめ、在サンパウロ総領事館の中前隆博総領事、日系3団体代表、日系議員ら来賓が出席した。
聖州軍警音楽隊による日伯国歌吹奏、先亡者への黙とう、来賓紹介の後、島袋会長があいさつ。県人会発足の歴史を振り返り、先駆者たちが沖縄伝統の「ユイマール」「イチャリバチョーデー」の精神で沖縄戦災救援運動を展開したことや県人会を創立したことに触れ、「私たちは我が県人会の将来のために先人が残してくれた遺産をしっかりと受け継ぎ、後継者の育成、ウチナーンチュの世界ネットワークの構築とブラジル社会への普及と統合に尽くさなければならない」と強調。若者たちの交流と今年10月に母県で開催される第6回世界のウチナーンチュ大会にも言及し、母県との絆を固め、世界のウチナーンチュの結束と繁栄を誓った。
引き続き、翁長県知事のメッセージを代読した照喜名氏は先人たちの苦労と助け合いの歴史を振り返り、次世代たちが現在はブラジルの各分野で活躍していることを称賛。「90周年を契機に、今後ともウチナーネットワークを担う若い世代の育成に力を入れていただきたい」と激励し、10月の世界のウチナーンチュ大会への参加を呼びかけるとともに、県人会のさらなる発展に期待した。
新里県議会議長、城間那覇市長、城間町村会代表、中前総領事、山田康夫県連会長、呉屋春美文協会長、大田ケイコ下議、シルバナ・ワニエル・ジアデマ市長、うりずん(県費留学生・技術研修生OB会)の松本カリーナさとみ会長の祝辞とあいさつに続き、記念品の交換がそれぞれ行われた。
その後、移住功労者(15人)、特別高齢者(100歳以上、6人)、高齢者(90~99歳、79人)の計100人が沖縄県知事から表彰。代表して呉屋文協会長、103歳の新城トシさん、92歳の比嘉良一さんが代表として表彰状を受け取った。
さらに、歴代会長(3人)、理事役員(3人)、支部功労者(3人)、100周年編集委員会(12人)、特別功労者(15人)の計36人が沖縄県人会から表彰された。
表彰者を代表して呉屋文協会長が謝辞を述べ、「名誉あるこの表彰は、共に歩んだボランティアの皆さんと共有したい」とし、感謝の気持ちを表した。
鏡開きに続き、山城勇名誉会長が乾杯の音頭を取り、「乾杯、ビーバ、ビーバ・ウチナーンチュ」と言いながら杯を高々と掲げた。
記念ケーキカットの後は祝賀会に移り、午後からの芸能アトラクションでは「かぎやで風節」に始まる琉球演奏・舞踊と空手、エイサー太鼓などが披露。サンバショーで会場が一体となった後、締めくくりは「サンバ太鼓カチャーシー」によりフィナーレを迎えた。
サント・アンドレ市に住み、特別高齢者表彰を受けた新城トシさん(103)は日頃、テレビでニュースなどを見るのが楽しみで、自分で座布団なども作って余生を楽しんでいるという。表彰された新城さんは「どうもありがとうございます。大変感謝しております」と達者な口ぶりで答え、満面の笑みを浮かべていた。
サンパウロ新聞 2016年9月7日付
