USP卒業した大城坪井ダニエルさん
1964年度から県費留学生制度を設けている富山県人会(市川利雄会長)は、2012年度の留学生として母県の子弟ではない日系人を推薦した。今年4月から約1年間、富山県での留学が決まっているのは沖縄系4世で、昨年12月にサンパウロ総合大学(USP)を卒業した大城坪井ダニエルさん(25)。富山県観光・地域振興局国際・日本海政策課で富山県南米県費留学生の担当をしている藤田恭子さんによると、同県の県費留学生制度は原則として県人子弟を対象としているが、今回大城さんは県人会からの推薦を受け、特例として派遣が決まったという。
大城さんは在学中、富山県が支給している「サンパウロ州友好記念奨学金」を受給して日本語を学んだ。そういった経緯から、大学側より富山県の県費留学生として大城さんを推薦する声が上がり、県人会が面談を実施。 県人会役員が立ち会った面談では、他県ではなく富山県で学びたいという本人の意思と語学力が評価された。そして県人会から同県庁へ推薦状を提出したところ受理され、派遣が決定した。
同大学で大城さんを推した一人、森幸一教授は「非常に日本語能力が高く、おとなしい人柄」と大城さんについて語り、今回の決定に対して「県人会の中には県費留学生制度を中止しようとする動きもある。そんな中、富山県と県人会は県人子弟でない留学希望者に機会を与えるという意義のある決断をした。県費留学生制度の新たな展開のモデルの一つが出現したと言える。日系コロニアにとってインパクトが強いのでは」と述べた。
富山県庁の藤田さんは、今回は特例であるとした上で「今後、継続的にUSPから県費留学生の推薦を受けると決めたわけではない」と説明した。また、県費留学生制度については「県人会の考えを尊重しつつ、県人会と県の双方に利点のあるものにしたいと考えている。県人会とUSPが連携することで県人会と大学、富山県それぞれの活動に良い相乗効果があれば、今後も大城さんのように県人子弟以外の人が県費留学生となって良いのでは」と今後のあり方について述べた。さらに「いずれにしても県人会と協議を重ね、運営していきたい」としている。
市川会長によると、来年度の県費留学生を選考する段階では同県人会員と血縁関係にある候補者もいたが、語学力が十分でなかったという。市川会長は「県人子弟の留学希望者と大城さんのレベルが同等だった場合は前者が選ばれていただろう」としたが、「県費留学の派遣生は戸籍謄本で決めるのではなく、心で勝負してほしい」と自身の思いを語った。
USPで日本語を学んだ学生の進路は様々だが、大城さんの夢は日本語とポルトガル語の翻訳家になること。大城さんが初めて日本を訪問したのは大学在学中。 長期休暇を利用していとことともに静岡県へ3か月間のデカセギに行った。職場の工場で翻訳家として働いていた人と出会い、「翻訳の仕事は面白いと思った」 ことがきっかけで翻訳家を志した。日本語以外の外国語にも興味があり、英語とスペイン語、フランス語を学んでいる。
大城さんは「留学期間中は日本の歴史や文化を学びたい」と意欲を語った。日本文化は特に歴史や音楽、宗教に興味があると言い「歌舞伎も見に行きたい」と目を輝かせていた。
聖州と富山県は1985年に友好提携を結んでおり、同県は95年から毎年サンパウロ総合大学で日本語・日本文化を専攻する学生を対象に「サンパウロ州友好記念奨学金」を給付している。
同奨学金制度では、毎年5~7人に対して1人当たり毎月100ドルが1年間交付されている。給付を希望する学生は富山系子弟である必要はなく、日系・非日系も問わない。
同奨学金を受給する学生には研究成果の発表が課せられており、昨年行われた報告会を聴講した市川会長は「富山県からの奨学金で学ぶ学生は立派に勉学に励んでいる。研究成果は素晴らしいものだった」と褒めたたえた。
大学側も「奨学金を受けた学生の中には、USPの教授となった日系ブラジル人もいる」と同県からの援助を喜んでいる。
森教授によると、同様の奨学金制度は企業が行うものはあるが、県が主体となって実施している例は富山県の他にはないという。森教授は「企業は学生を育てる利点がある。県からの支援はブラジル全国でも珍しい」と話し、17年間続く奨学金の提供に感服していた。
また今年は、同県庁からの要請を受けてこれまでの奨学金受給者の名簿を作成する。森教授は「半分以上が非日系人でしょう」と言い、「名簿が完成すれば、奨学金を受給した卒業生がブラジル社会にどのように貢献しているかが分かる」と意気込んでいる。
同県からは同奨学金以外にも日本語の書物やビデオ、映画が送られており、USPでは「富山文庫」として学生らに親しまれている。
2012年2月28日付
