東日本大震災の発生から間もなく1年になる。日系コロニアでも当日、追悼ミサを実施しようと話が進んでいる。ブラジル都道府県人会連合会は昨年10月から準備を進め、被災県である宮城県人会館を会場に行うことが決定していた。ところが、今年に入りブラジル日本文化福祉協会が県連に共同開催の打診を行った。20日に両団体を含めたサンパウロ日伯援護協会、日伯文化連盟(アリアンサ)、ブラジル日本商工会議所を加えた5団体で会議を行いたいという▼昨年の大震災発生直後に各団体は独自で銀行口座を設置し、義捐金を集めたことは記憶に新しい。しかし、なぜ一本化できなかったのか。今でも不思議で仕方がない。多くの人たちが同じ思いを抱いている。外部には日系コロニアがまとまっておらず、それぞれが目立ちたいために義捐金集めを行ったのではないか、といううがった見方をする向きも少なくなかった。こうしたことを反省材料にするなら追悼ミサは一本化するのが当然だろう▼5団体が会議を開くに当たって考えなければいけないことが二つある。まず、第一はどこが主導権を握って開催するかだ。通常の行事なら文協だろうが、今回は県連が表面に立つのが順当な選択だ。県連は被災県を会員に持ち、都道府県と最も密接な関係にあるからだ。ともすれば、文協は日系団体の頂点という意識が強いのだが、追悼ミサに関しては一歩退き、会場を提供するにとどめたほうが賢明だ。第二は、追悼ミサを契機に今後どのような継続的な支援を行っていくのか、具体策を打ち出さなければならない。こちらのほうが重要だ。昨年、ブラジルから日本に送った義捐金は総額で6億円にも上るという。しかし、日本の人たちにはブラジルや日系コロニアの顔が見えていない。被災地の人々や日系コロニアの人々と同じように被災地を思いやる日本人にも日系コロニアの思いが伝わるような支援策が打ち出せるかどうか▼この2点を明確にし、会議を行うべきだ。そして、もう一つ重要なのは、追悼ミサの会場を満席にしなければ意味がない。毎年の移民法要を見ても文協大講堂は閑古鳥が鳴いている。こんな状態なら、追悼ミサはやらないほうがいい。(鈴)
2012年1月19日
