「いまだに自分たちの家に帰ることもできず、復興しているとはとても思えない。私たちの声を聞いてほしい」―。日系6団体、被災県県人会共催の東日本大震災犠牲者三回忌追悼法要及び追悼式典が、9日午後2時からサンパウロ市(聖市)リベルダーデ区の文協記念講堂で行われ、法要と式典に出席した福島・岩手両県で被災した高校生たちは、被災地の現状を訴えた。会場では、震災で犠牲となった約1万8500人(行方不明者約2700人を含む)の冥福と被災地の一日も早い復興が祈られたが、わずかに約200人が出席したのみで、寂しい法要となった。
午後2時から始まった法要は、仏教婦人連盟によるコーラス「ささぐみあかし」で始まり、それに合わせて仏教連合会の諸僧たちが入堂した。
木多喜八郎文協会長によるあいさつ、松峯慈晄導師焼香に続き、園田昭憲県連会長が追悼の辞を述べ、2年前の3月11日に発生した震災で約1万8500人が一瞬にして命を絶たれたことに言及。「幸せな家庭が壊され、残された若い人たちの無念さを思うと察するに余りある。我々はこの悲惨な事実を次世代に受け継いでいくことを皆さんと共に誓いたい」とし、犠牲者たちの冥福を祈った。
引き続き、舞台上では福嶌教輝在サンパウロ総領事をはじめ、宮城、岩手、福島、茨城、青森、千葉の被災県県人会及び日系団体代表が焼香。また、今月7日に高校生平和大使としてブラジルを訪問し、自ら被災した福島県南相馬市出身の高野桜さん(18、小高工業高校3年)と岩手県陸前高田市出身の佐々木沙耶さん(18、高田高校3年)の2人も登壇して焼香を行った。
法要後に行われた追悼式典では、福嶌総領事があいさつを行い、犠牲者への哀悼の意を捧げるとともにブラジルからの義援金が日本の復興の一助になったことにも触れ、日本政府を代表して改めて感謝の気持ちを表した。
被災地からのメッセージとして現状を報告した高野さんは、現在も家族が離れ離れになって避難生活を強いられ、震災から2年たった今でも「毎日、不安におびえて生活している」ことを説明。「日本国内では福島は復興が進んでいると言われていますが、いまだに家に帰ることもできず、復興には全然向かっていません。国内でも『放射能を持ってくるな』と偏見を持たれている中、私たちが元気で頑張っていることを皆さんに知ってもらいたい」と強調した。
佐々木さんは陸前高田市にあった自宅が津波に流され、現在も大船渡市の仮設住宅に住んでいるという。「今まで経験したことのない地震の揺れの後、30分ほどして地鳴りがしたかと思うと、津波が近くまで来てぎりぎりのところで逃げることができました。運良く家族は無事だったですが、自宅が無くなりました。世界に日本の復興のニュースが流れていますが風評被害もあり、復興ができているとはとても思えません。ブラジルの皆様の温かいお気持ちには感謝しています。これからも私たちのことを忘れないでください」と被災地の実情を訴えた。
同式典は被災県県人会を代表して永山八郎福島県人会長のあいさつ、国際交流基金の震災関連ビデオ上映、菊地義治援協あいさつにより終了した。
若い世代の出席がほとんどなかった中で、本門仏立宗信徒として昨年に続いて今年も参加した聖市リベルダーデ区在住の石原アラン勇二さん(25、3世)は、「震災が起こったことは本当に悲しいが、多くの人が日本の(被災地の)人たちのことを気にしていることはうれしい」と話していた。
岩手県人会の千田曠暁会長は、昨年6月に母県の陸前高田市や大船渡市の被災地を自身で訪問。「家がなく、がれきがたまった風景を見て空虚な気持ちになりました。(被災者が)どうやって明日から生活するのかなどさまざまなことが頭に浮かび、一日も早い復興のために私たちにも協力できることをやっていこうと思いました」と県人会としての協力姿勢を示していた。
なお、この日受け付けられた義援金は3925レアルで、11日午前に文協事務局から県連事務局に預けられた。同義援金は今後、被災地に直接届けられる予定。
コラム【モザイク】
昨年の震災追悼法要では同じ文協記念講堂に約600人が詰め掛けたが、今年はわずかに約200人の出席と少なかった。主催者側の広報不足か、日系社会の意識の低さかは分からないが、被災者の思いとは裏腹にブラジルでは震災への思いも年々風化している様子。高校生たちが地元の現状を訴えているが、果たしてこのままで復興は本当に進むのか。日本国内では、被災者の転住、仮設住宅や補償金など数々の問題がいまだに山積している。海外に住む日本人として、被災地への息の長い物的及び精神的支援を考える必要があるのでは。
2013年3月12日付
