その後、バスは貨物専用のジョインビレ駅やキリストの心臓をかたどった教会のカーザ・ダ・コラソン、ロシアのボリショイバレエ団が持つ国外唯一の付属学校などを見学した。参加者の牧野恒司さん(73、長野)は、ジョインビレ市内を回った感想を「ヨーロッパの風情が残っていて、住みやすそうないいところだね」と奇麗でのんびりした街並みを見て語った。
昼食の前にはレストランで、参加者の小池みさ子さん(75、長野)がジョインビレ在住の筒井惇さん(78)との邂逅(かいこう)を喜ぶ場面が見られた。2人は以前よりコロニア文芸誌「椰子樹」を通した交流があったものの、顔を合わせるのは初めてだという。小池さんは「同じ短歌を詠む者としてお会いできてうれしい」と感極まった様子で、いつまでも尽きることなく会話を続けていた。
なお当地で一行を出迎えたのは、ジョインビレ日伯文化協会(佐藤マリオ会長)の会員らだ。ジョインビレ文協が設立されたのは1993年、今年で20年目の比較的新しい文協だ。ジョインビレ日本語学校は91年に当地の有志らによって設立されたので、それよりも後に同文協が設立されたということになる。
ジョインビレに暮らす日系人の多くは技師や医師、商人などの職業を持って移住してきた人であり、日系入植地があったわけでは無いことが設立が遅くなった原因だという。設立に携わった佐藤会長は、「当時の文協設立には初めてのことばかりで、多くの苦労があった」と振り返る。現在は40家族150人が会員だ。しかし、同文協も他の文協と同じく「文協を担う次世代の後継者不足」に悩んでいるという。
そういった中で最近同文協が力を注いでいるのが、2008年に設立された集(しゅう)太鼓部だ。同年、日本移民100周年記念事業として東京にある民族歌舞団「荒馬座」がジョインビレで出張公演を行ったことから、同文協で太鼓やはやしをやろうとする機運が高まったという。さらに日本政府から太鼓を寄贈を受けられたことで、集太鼓部は発足した。
現在同部に在籍する部員は35人で、10代の若者が中心だ。また、その多くを非日系人が占める。パラグアイのイグアス移住地から定期的に講師を招いているほか、毎月演奏会を開くなど、その腕を磨くことに余念が無いようだ。練習は文協会館が無いため、日本語学校で行っているようだ。(つづく、毛利健人記者)
2013年4月10日付
