長野県人会(高田アルマンド隆男会長)は、フェスティバル・ド・ジャポン(県連日本祭り)の郷土料理販売で恒例の同県名産、野沢菜漬けを今年も販売する。販売に合わせて15日、モジ・ダス・クルーゼス市郊外ビリチーバ・ミリンにある同県人会の北澤重喜さん(82)の農園で栽培されている野沢菜の収穫と、漬け込み作業を会員らと同農場の従業員16人で行った。野沢菜漬けは昨年で最後の出品になる予定だったが、同県人会2世役員らの要望を受け、急きょ同農園で栽培し販売する形となった。
1998年に日本祭りが始まって以来、ほぼ毎年郷土食コーナーに出品し、人気を博している野沢菜漬けだが、昨年まで同県人会会長だった北澤さんは、昨年の販売を最後に「辞める」と宣言していた。続けることになった理由について聞くと、「2世から強い要望があったから」だという。
同県人会は、今年1月の役員改選で初の2世の会長が誕生し、役員の多くも2世がそろった。それまで野沢菜の収穫、漬け込みの作業は1世が中心となって行っていたため、高齢化に伴い状況を酌んで辞めると北澤さんが判断した。だが、同県人会の運営が2世主体となり、「続けたい」と急きょ打診を受けて継続されることとなった。
北澤さんは渋々了解したものの、出品が決定すると早速、用意していなかった種を日本から取り寄せて日本祭り開催時期に合わせて準備を整えていった。
野沢菜は長野県特産の高原野菜で、「栽培の苦労が本当に多い」と北澤さんは語る。高温に弱く、同地での栽培には寒さが足りず不適地とされている。そのため、温度を下げる努力として、晴れの日の午前中に欠かさずスプリンクラーで水をまく。また病害虫にも弱く常に管理が必要で、「無理して栽培している」と苦労を語った。
15日午前8時半から、男性陣が北澤さんが管理する約30メートル四方の畑に植えられた野沢菜を収穫。女性陣が集荷場に運び込まれた野沢菜を念入りに洗い、最後に直径1・5メートルのたるに塩漬けした。
しかし同作業に県人会役員の姿はなく、北澤さんは「参加してもらってこの大変さを分かってほしかったんだが」と複雑な思いを感じていた。午後5時過ぎに作業を追え、参加者は皆疲れた様子だった。
この日塩漬けされた野沢菜は、北澤会長夫人のアキエさんによってピンガや砂糖、味の素などを加えて独自の味付けを行った後、袋詰めを行う。今年は昨年と同様600袋を用意するほか、新たに東山農園の酒粕(さけかす)を使ったウリの粕漬けも用意される予定だ。
販売価格は1袋(500グラム)10レアル。「安すぎるのでは」と作業に参加した同県人会元会長の新井均さん(78)に尋ねると、「これ以上高くするとブ ラジル人は買わない。同じ値段だったらブラジル人は漬け物より焼きそばを買う。野沢菜漬けを知っている1世も少なくなってきているしね」と現状を語った。
北澤さんは「野沢菜はおいしいだけじゃなく、食物繊維が豊富なので便秘によく効く」と効能についても語り、「長野県民が長寿の県で日本1位になったのも野 沢菜漬けのお陰といっても過言ではない」と豪語。心境は複雑だが、野沢菜に対しての愛情は取材を通じて随所に感じられた。
コラム【モザイク】
野沢菜の収穫を手伝ったモザイク子。ブラジル渡伯以前、農業関係の仕事をしていたこともあり、土のにおいと作物の恵みに癒されリフレッシュできた。夢中になって本領を発揮していると一緒に収穫していた2世から、「記者より農業が向いているじゃない」と皮肉とも取れるお褒めの言葉をいただき、作業を全うした。しかし、作業を終えると言葉が出ないほど疲れていて、長年の記者生活で農業する体力が明らかに衰えていることを感じた。同時に北澤さんの言う通りで、高齢者には収穫をはじめ漬け込みまでの一連の作業は過酷だとモザイク子も身を持って感じた。同県人会が来年以降も販売を考えるのであれば来年こそ、役員の皆さんに作業に加わって体験した上で出品を続けるか判断してもらいたい。
2013年7月17日付
