ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)は同会創立90周年の年にブラジル鹿児島研修・実習制度を設け、「次世代のリーダー育成と日伯間の交流促進」を目的に母県の青年を毎年ブラジルに招へいしている。今年も2人が本紙記者とピラール・ド・スル日本語学校教師として実習中。最終年である今年度までの10年間で計36人が研修した。
同制度で2008年3月から1年間ニッケイ新聞社で秘書として研修した有島弥生さん(29、鹿屋市)がこのほど、同県人会創立100周年式典の運営を手伝うため23日まで再来伯した。
「自分が変われるチャンス」を求めて同制度に応募した有島さんは、研修を通じて「人との出会いを大切にすることや、どんなことでも感謝する気持ちを学んだ」といい、任期終了直後に心に抱いた「5年後に必ず戻ってくる」という決意を今回果たした。
研修中は同会創立95周年式典の運営に携わったほか、同式典を取材し地元の南日本新聞に寄稿。「ここまで大きな日系社会があることには本当に驚いた。方言を使って故郷の話題で盛り上がれる県人会では日本以上に密接な人間関係があり、とてもお世話になった」と話し、「だから、サッカー・ワールドカップやリオ五輪よりも式典への参加を優先させて今来伯したんです」と笑顔で続けた。
研修終了後も現在まで同県の「かごしま国際交流フェスティバル」でブラジルブースを出店するなど、ブラジル文化の紹介に尽力してきた有島さんは「これからもずっとブラジルとかかわっていきたい」と目を輝かせた。
最後に有島さんは同県人会に対し「遠く離れたブラジルで先輩方が頑張っていることは県民の誇り」と100周年への祝意を表わし、「2世以降の日本語離れが問題となり、方言も薄れてきているが鹿児島の文化としてブラジルでも残していってほしい」とエールを送った。
コラム【モザイク】
2008年度ブラジル鹿児島研修生の有島弥生さんは、今年6月に結婚したばかりの新婚さん。研修期間中に出会った人と再会するたびに、「あれ、旦那は鹿児島に置いてきたのね?」と冷やかされていた。「結婚式もあるし、自分ばかりブラジルで遊んでくるのは忍びないけどね」と有島さん。それでも県人会のために一人で再びブラジルを訪れたあたり、並々ならぬブラジル愛と県人会愛を感じる。地元で母と簡易郵便局を運営する有島さんは「母に頼りっぱなしで申し訳ないから来年はみっちり働く予定です」と笑ってみせ、「子どもができたらできれば一緒に、無理なら一人でも絶対ブラジルに行かせたい」と続けた。こうして新たな日伯交流が生まれていくのかも。
2013年10月23日付
