20日に行われたブラジル鹿児島県人会100周年記念式典を取材するため、母県の南日本新聞社から運動部の西青木亨さん(45、鹿児島市)が18日に来伯し、25日、本紙を訪れた。
「100周年は節目の年だから、何かやってこい」との命で始動した同紙のブラジル特集は、普段インターハイや高校野球を担当している西青木さんにとってゼロからのスタートだったという。東京オリンピック開催決定などの影響もあり、実際に取材を始めたのは9月に入ってからのことだった。
多くのブラジル移民を送った枕崎市、南さつま市をはじめ、移民によって作られた「伯国橋」を擁し、ブラジル人比率が県内で突出して多い大島郡宇検村などを取材して来伯までに5本の連載を掲載した。「知れば知るほど1世の苦労や日伯のつながりが見え、ブラジル社会で日本人が築いてきたものに興味が沸いた」と振り返る。
西青木さんは19日に南さつま市の使節団とともに同市出身者が多く移住しているサンパウロ(聖)州イタペセリカ・ダ・セーラ市訪問を取材。移住家族の再会に興味を持ち、自ら同行取材を志願したという。
式典当日は取材しながら記事を書き、数時間後の日本時間21日付同紙への掲載に間に合わせた。翌22日付には20日午後に行われた2部式典やイタペセリカ訪問、移民の歴史を含めた大きな記事を掲載し、同県のブラジル移民理解に一役買った。
西青木さんは同式典の取材を通じて「これからの100年、鹿児島のアイデンティティーをどうつないでいくかが課題」とし、2世以降の若い世代にも注目している。
サッカーが大好きだという西青木さんはイビウナ市で農業を営む遠縁の親戚を持ち、幼少期に同家族と鹿児島で会った際に蝶の標本をもらって「牛肉がたくさん食える」という話を聞かされていたため、ブラジルが長年「あこがれの国」だったそうだ。
運動部として来年のサッカー・ワールドカップや2016年リオ五輪につながる取材も並行して行っており、「世界中から注目が集まる中、少しでも本場ブラジルからの情報を伝えたい」と意気込みを見せた。
なお、西青木さんは31日まで聖市やリオ市などで取材を続け、帰国する予定。
2013年10月30日付
