日系軍人輩出の街、タウバテへ
ブラジル日本都道府県人会連合会主催の第41回移民のふるさと巡り(本橋幹久団長=鳥取県人会長)が3月14日から17日まで行われ、スタッフを合わせた126人がバス3台に分かれてサンパウロ(聖)州東部の5都市を訪れた。一行が向かったのは、聖市から97キロ離れたサンジョゼ・ドス・カンポスの東部に位置するタウバテとピンダモニャンガーバ、南部で沿岸に位置するカラグアタツーバ、サンセバスチャン、そしてイーリャ・ベーラだ。(倉茂孝明記者)
14日午前9時半にリベルダーデ広場を出発した一行はリオ市へと続くヅトラ街道(BR―116)に乗り、約130キロ離れたタウバテの日伯文化協会の会館に正午ごろ到着した。
ここタウバテの街は17世紀前半に探検隊バンデイランテスによって興され、ミナス・ジェライス州で取れた金を運ぶ道の宿場町として栄えた。現在、人口は伯国では23番目の約27万人と多い。一行はまず昼食を取った後、市内にあるブラジル陸軍のヘリコプター基地の見学へと向かった。
日系人にとってタウバテの街は、日系2世で初めて将官となったブラジル陸軍の小原彰少将、同参謀長となった木原義一大佐、タウバテ陸軍飛行基地司令官となった清田一大佐らが活躍した地として有名。
1988年に建てられたブラジル陸軍航空基地とパイロット養成学校があり、ここで日系2世の3人の軍人たちが5カ所の基地を統括し、ブラジル全土の防衛と指揮責任のある任務に就いていた。
軍人の街らしく整然とした道を通り抜けて約170万平方メートルある広大な基地へ入った一行は、まず初めにブラジル陸軍航空隊の先駆者で士官学校の校長ともなったリカルド・カーク中尉を祀った記念碑の前にバスを止め、一行を代表して本橋団長と玉城道子氏(青森県人会長)が献花を行った。
当日説明を担当したロナウド・ロペス中佐によると、「カーク中尉はブラジル軍初めての飛行士となり守護的な存在。このモニュメントは96年に造られた」ということだ。
次にヘリコプターが管理されている大きなガレージへと案内された一行は、目の前に現れた多くの機体を前に目を輝かせた。この施設では陸海空軍すべてのヘリ コプターの整備、パイロットの養成、伯国全土を管轄した救急救難活動などを行っているそうで、現在80機のヘリコプターを整備しており、今後はより大型の ものを70機ほど整備する予定だという。
続いて30人乗りで4000馬力以上の力を持つ巨大な最新モデルの輸送機(EC725機)に案内された一行は、その大きさに息をのんだ。
機体などについて説明するロペス氏を囲む一行の一番前に立ち、ひときわ熱心に話を聞いていたのはヘリコプターを愛してやまない浜口洋さん(61、三重)。 20代で通信技術生として伯国に渡り、今では「自分で作ったヘリコプターやグライダーのラジコンを持って毎週日曜に仲間と飛ばして遊んでいる」というなか なかのマニアだ。一行がEC725の機内にも入らせてもらえる段になると先陣を切って機内に乗り込んだ浜口さんは、他の参加者同様、普段目にすることので きない操縦席などを背景に写真を撮り、生き生きとした表情で楽しんだ様子だった。
ヘリコプターから降り、ふいに「早くこっちへ来い」とある人に呼び掛けられた。「何かしてしまったか」と一瞬不安になったが、その後まさかの感動的な再会に遭遇するとは思ってもいなかった。(つづく)

2014年4月10日付
