県人移住100周年も祝って
「日伯両国の交流、懸け橋となる留学生・研修制度をこれからも続けていただきたい」―。ブラジル宮崎県人会創立65周年・県人移住100周年記念式典が24日、サンパウロ(聖)市ビラ・マリアーナ区の北海道協会会館で開催され、高橋久子会長はあいさつの中で冒頭の言葉を県側に依頼、強調した。式典には、母県から稲用(いなもち)博美副知事、福田作弥県議会議長をはじめとする74人の大型慶祝団が来伯し、県人会関係者を合わせて約400人が出席した。式典前の県人物故者慰霊法要に続き、ブラジルで初公演となった「高千穂の夜神楽(よかぐら)」も奉納。県人移住100周年を節目に、宮崎県とブラジルとの交流が改めて深められた。
ブラジルへの県人移住は、川南町出身の故・甲斐長蔵(かい・ちょうぞう)氏が1914年、27歳の時にサントス港に上陸したことに始まる。同氏は12年に25歳でペルーのカニエテに入植後、チリを経由してアンデス山脈を越え、アルゼンチンから船で渡伯。南マット・グロッソ州などで牧場経営を行い、97年に90歳で亡くなったという。
24日午前9時から県人物故者慰霊法要が南米大神宮による神式で執り行われ、高橋会長、福嶌教輝在サンパウロ総領事、稲用副知事、福田県会議長らが一人一人玉串奉納を行った。
引き続き、「高千穂の夜神楽」公演が実施。「手力雄(たぢからお)の舞」「鈿女(うずめ)の舞」「戸取(とと)りの舞」の3演目が奉納された。同公演は昨年8月に母県を訪問した県人会の故・谷広海前会長夫妻の強い思いで実現したもので、同10月に交通事故で不慮の死を遂げた谷氏への思いがしのばれた。
予定時刻通り、午前10時半から行われた式典には、日本側から稲用副知事、福田県会議長、田村俊彦宮崎市副市長、椎葉晃充町村会団長、伯側から福 嶌総領事、松尾治文協副会長、尾西貞夫援協副会長、木原好規県連副会長、羽藤ジョージ聖州議、野村アウレリオ聖市議など来賓が出席。日伯両国歌斉唱に続い て高橋会長があいさつし、100年前に甲斐氏がブラジルへの第一歩を踏みしめたこと、49年に創立した県人会が24人の会員から始まり、現在では県人子弟 が約1万5000人存在することなどを説明。その上で、80年に開始された技術研修生制度や県費留学生、農業研修生制度などを通じて学んだことを子弟たち が伯国社会の発展に役立てているとし、「両国の懸け橋となるこれらの制度をこれからも続けていただきたい」と強く願った。
河野俊嗣県知事の祝辞を代読した稲用副知事は、宮崎県からブラジルに計約4000人が移住し、母国とは異なる環境の中でたゆまぬ努力を続け、現在のブラジ ルに貢献していることに敬意を表した。また、今回の「高千穂の夜神楽」公演について「今後のブラジルと宮崎の新しい交流のきっかけになる」とし、県費留学 生・技術研修生制度による息の長い交流を実現させてきた中、「未来を担う若者たちの意見も反映しながらより一層強固な関係を作っていきたい」と述べた。
日伯両国代表者の祝辞に続き、第1回県人先駆者移住100周年記念表彰として、亡き甲斐氏の出身地である川南町の日高昭彦町長に記念プレートが手渡された。
その後、県人会から母県への感謝状、県からの記念表彰として県人会発展功労者(歴代会長ら4人)、県事業功労者(18人)、80歳以上の高齢者60人に表彰状と記念品が寄贈された。
吉加江ネルソン氏、大浦洋人氏、中鶴フジ氏がそれぞれ代表して謝辞を述べ、その後、県費留学生・農業研修生を代表して中村さゆりさんと土田オスカルさんもそれぞれ県への謝辞と思いを語った。
記念品交換、日系福祉団体への寄付の後、山元治彦実行委員長が閉会の辞を述べ、式典は締めくくられた。
高齢者表彰で謝辞を述べた中鶴フジさん(97)は「今日は初めて夜神楽を見ましたが本当に珍しいもので、素晴らしかったです」と高齢にもかかわらず矍鑠(かくしゃく)とした態度で笑顔を見せていた。
谷前会長の夫人である涼子さん(69、2世)はアラゴアス州マセイオ市から式典の2日前に聖市に来たという。昨年8月に谷氏と訪日後はブラジルでゆっくり 話す暇もなかったと振り返り、「私自身、(夜神楽は)初めて見ましたが、とても感動しました。こうした伝統芸能を続けてもらい、ブラジルの3世、4世世代 にも知ってもらいたい」と話し、亡き夫への思いをはせていた。
2014年8月26日付
