安倍首相来伯など多忙な1年に
本日付紙面が今年最後の発行となる。2014年はブラジル日本移民106周年、サッカー・ワールドカップ(W杯)ブラジル大会、安倍晋三首相の来伯、大統領選をはじめとする全国統一選挙など例年以上に日本とブラジル両国に関係のある行事が行われ、めまぐるしい1年だった。来年も日伯修好120周年をはじめ、日系コロニアでの周年行事などさらに各種イベントが目白押しとなることが予想される中、今年も「コロニア10大ニュース」を紹介し、この1年を振り返る。
第1位=安倍晋三首相夫妻が来伯
現職首相としては小泉純一郎氏以来10年ぶりとなる、安倍晋三内閣総理大臣夫妻のブラジル訪問が8月に実現した。
首相はメキシコから中南米4カ国を経て、7月31日ブラジリアに到着。首脳会談、伯経済界との意見交換はじめ、日系議員・政府高官、ジーコ氏など日本サッカーに貢献した選手たち、日系団体代表などと懇談し、1日夜にサンパウロ(聖)市へ到着した。
聖市では夫妻で開拓先亡者慰霊碑と日本館を訪問。首相はその後、記者会見や日伯医療セミナー、ビジネスフォーラム出席、アルキミン聖州知事との会談、移民史料館訪問と日系議員・団体との懇談、和食セミナーや日系スポーツ選手との交流など分刻みのスケジュールをこなし、昭恵夫人もカルモ桜祭りや憩の園、リベルダーデ広場などを訪れて市民・日系人と交流した。
同日午後4時から文協大講堂で行われた歓迎会で、首相はブラジル社会における日系人の貢献に敬意を表し、今後も日系社会との関係、日伯交流を強化したいと表明。歓迎会終了後には夫妻で来場者全員と記念撮影も行い、出身の山口県人会館を訪問するハプニングもあった。
首脳会談の共同声明では、来年の日伯修好120周年を機会に、経済・インフラ・科学技術・人材育成などさまざまな分野で協力を進めることを確認。ブラジル人に対する数次査証の導入や、日系社会に対してもJICAボランティア増員や文化・人材交流などを通じて関係強化の方向性が示されるなど、長年停滞していた日伯関係の将来に向けて多くの種を蒔いた二日間となった。
第2位=安永家100年、各移住地周年行事
各地の移住地では周年行 事が相次いだ。4月には、1914年5月10日に「帝国丸」で渡伯した安永家の100周年記念祭が聖州プロミッソン市の自宅で開催され、地元をはじめ遠方 からは日本やアマゾン地域など各地に散らばる同家関係者や来賓など約400人が一堂に会した。同家の長老格で現在も矍鑠(かくしゃく)として日常生活を 送っている安永忠邦さん(93、2世)は、「長年の安永家の思いがかない、一族の気持ちが一つになることができた」と感激した様子だった。
また、8月には南マット・グロッソ州カンポ・グランデ沖縄県人入植100周年記念式典が同地で開催され、母県からの使節団や各国の県人会代表者及び一般を合わせて約500人が出席した。
9月には、サンタ・カタリーナ(SC)州フレイ・ロジェリオ市にあるラーモス移住地開設50周年記念式典が同地文協敷地内で開催。第17回さくら祭りと並行して行われ、約400人が訪れた。
さらに11月には、聖州ミランドポリス市管内で第1アリアンサ入植90周年式典が開催。同地開拓の中心となった長野県から知事代理らが駆けつけ、約200人が節目の年を祝った。
第3位=修好120周年・ジャパンハウス
来年の日伯修好通商航海条約締結120周年を官民で祝うため、「日ブラジル外交関係樹立120周年・記念事業ブラジル実行委員会(委員長=梅田邦夫駐伯大 使)」が今年8月末に発足し、特別事業として「日伯友好花火大会」(9月、聖市)、「日伯共同プロジェクト巡回展覧会」(2月から全伯各地で)が開催され ることが決定した。
また、全伯各地の在外公館を中心に100を超える記念事業が予定されており、聖市ではサンバチーム「アギア・デ・オウロ」がカーニバルのテーマに「日伯120周年」を選び、青森県の立佞武多(たちねぷた)を山車に使用すると決め話題を呼んでいる。
一方、日本政府は戦略的対外発信を強化するため「ジャパンハウス」をロンドン、ロサンゼルス、そしてサンパウロに設置することを決定。日本の「正しい姿」と「多様な魅力」を発信し、親日派・知日派の育成を目指すとしている。
今後は年明けの早い段階に公示をかけ、不動産、設計、事業運営を専門家に一括委託しプランを選定。現地運営委員会を立ち上げながら、2016年内の開業に向け準備を進める。
第4位=アマゾン移民入植85周年
アマゾン日本移民入植85周年を記念した行事が9月、パラー州ベレンとトメアスーでそれぞれ開催。梅田邦夫大使夫妻も出席した。ベレンでは15~20日の 第27回日本週間期間中に、北伯県人会協会傘下県人会による食の屋台出店と各種日本文化イベント及び展示も行われ、来場者を楽しませた。
ボリビア、ペルーと国境を接するブラジル最西端アクレ州(当時は連邦直轄准州)の州都リオ・ブランコ郊外に13家族が入植して始まったキナリー移住地。入 植者の大半は数年で同地を離れたが、今年55周年の節目の年を迎え、5月に当時の移民たちがキナリーの地に集った。ブラジルでの第一歩を踏み出した「原 点」で思い出をたどり、懐かしい人との再会を喜び合った。
トレゼ・デ・セッテンブロ(旧グァポレ連邦直轄州)植民地入植 60周年記念式典が7月、ロンドニア州ポルト・ベーリョ市内近郊の植民地内と同市内でそれぞれ午前と午後の2部に分けて開催された。1954年7月に29 家族が入植してから「還暦」の節目の年を迎え、同植民地関係者がアマゾン地域やサンパウロなどから一堂に会した。
第5位=W杯で伯国各地に支援委員会
6月に開催されたサッカーW杯を前にした1月半ば、W杯で来伯する日本人サポーターを支援する目的で「ブラジルワールドカップ日本人訪問者支援委員会」が 発足。聖市の主要日系団体が中心となり、ホームページも作成。インターネット上でけが・病気対策や宿泊施設など緊急時に必要な情報及び生活に役立つ情報等 を提供した。
また、日本戦の会場となったレシフェ、ナタル、クイアバでも地元日系団体及び在外公館が中心となって応援委員会等が設立され、約7000~1万人にも及んだと言われる日本人サポーターを支援した。
その結果、サンパウロ、リオなどの都市部も含めた強盗・窃盗や旅券紛失などW杯関連の邦人保護件数は50件強に及んだものの、幸いにも殺人などの凶悪犯罪には至らなかった。事前のインフラ整備が遅れたW杯で、日系社会と在外公館の連携が目立った大会となった。
第6位=日系3団体(御三家)の活動
文協、援協、県連の主要日系3団体はそれぞれ、順風満帆とは言い切れないまでも、無事に2014年の年の瀬を迎えた。
3月に本橋幹久新会長が就任した県連。最大行事の日本祭り(山田康夫実行委員長)は会場賃貸料の増大を受け、大幅な赤字が懸念されたが、最終的には約10 万レアルの黒字で終えた。日伯修好120周年をテーマとした来年は、日本政府からの協力も見込まれている。同祭りへの協力とともに安倍首相へ要望した留 学・研修制度の強化についても期待される。一方で各都道府県人会の活動活性化など、取り組むべき課題もある。
援協では 10月に菊地現会長の続投が決まった。「次世代へ引き継ぐ準備」と任期を位置づける。サンミゲル・アルカンジョ市のSUS事業は、懸案となっていた市側負 担金の支払い遅延が解決の方向へ。公益福祉団体認可への対策として、新組織日伯福祉援護協会の立ち上げとスザノ・イペランジャホームの分離、リベルダーデ 診療所の会員割引廃止と高齢者割引開始など新しい動きもあった。
文協は昨年で終了する予定だった大塚プロジェクト(篤志 家・大塚実氏寄贈の1億円で文協ビル内の改修事業等を実施)が、今年12月にようやく完工式を迎えた。役員改選となる来年は、文協創立60周年の節目。木 多会長時代に立ち上げた国士舘センター活性化プロジェクトについては、残念ながら十分な結果を残したとは言いがたく、文協ビルINSS問題など懸案は残 る。修好120周年が全伯日系団体がまとまる機会となり、将来につながる1年になることを期待する。
第7位=裏千家千玄室大宗匠が来伯
今年、中南米布教60周年を迎えた茶道裏千家は、第15代家元・千玄室大宗匠(91、京都)を聖市に迎え、「裏千家淡交会中南米大会」を8月29日から31日にかけて開催した。
主会場となった聖州政庁バンデランテス宮殿では30日、着物姿の同門ら約900人が集まり、厳粛な雰囲気の中、「日伯友好・平和祈念献茶式並びに和合の茶会」「中南米茶道布教60周年・茶道裏千家淡交会ブラジル協会設立60周年記念式典」が執り行われた。
また、「一※(わん)からピースフルネスを」を提唱する大宗匠は、「みんな一緒に平和を!」と題した記念講演会を行い、茶を通じた世界平和を祈念した(※宛のウ冠を取ったものの下に皿)。
初日には「千玄室大宗匠主催晩餐会」、最終日には「記念茶会」が聖市グランド・ハイアットホテルで行われたほか、中南米布教のきっかけの場となったイビラ プエラ公園の日本館では、同大会に先立ち「開拓先亡者慰霊碑献茶式」「日本館60周年記念月間開会式」が大宗匠出席のもと執り行われ、節目の年が共に祝わ れた。
第8位=小野田寛郎さんが死去
大東亜戦争終結後もフィリピン・ルバング島で29年間戦闘を続けた小野田寛郎さんが1月16日、東京で亡くなった。91歳。
陸軍中野学校二俣分教所で情報将校の訓練を受け、44年に陸軍少尉としてルバング島に赴任。終戦後も残置諜者として仲間と島に残り、74年に元上官の作戦解除命令を受けて帰国した。
翌年、兄・格郎氏がいたブラジルへ移住し、南マット・グロッソ州のバルゼア・アレグレ移住地に土地を購入。夫妻で10年かけて牧場経営を成功させ、移住地日本人会の世話役なども務めた。
日本で起きた受験生の両親殺害事件に心を痛め、84年、福島県に「小野田自然熟」を設立。青少年の育成を目指した野外活動には計約2万人が参加した。以後は年に1、2度ブラジルへ来ていた小野田さん。昨年12月のカンポ・グランデ訪問が最後の機会になった。
サントス・ドゥモン章、藍綬褒章を受章し、南マット・グロッソ州の名誉州民。3月には聖市でもお別れミサが行われ、親交のあった人たちが各地から集った。
第9位=移民100周年事業の完結
2008年の移民100周年以来進められてきた二つの記念事業が完成の日を迎えた。マリンガ日本公園と「写真で見る沖縄県人移民の100年」。関係者の地道な努力が実り、地域、次世代への大きな贈り物となった。
日本公園は05年に着工。約10万平米の敷地に日本庭園や茶室、体育館などを整備し、姉妹都市の兵庫県加古川市やJICAも庭園造成等で協力した。100 周年式典の際には皇太子殿下が訪問され、記念モニュメントを除幕。クリスマス期間は特別開放され、多くの市民が訪れる憩の場となっていた。大雨によるがけ 崩れなど困難もあったが、6月のレストラン・パーティー会場落成をもって全工事が終了。開園式典には約500人が訪れ、新たな観光地の誕生を祝った。今後 は日系団体も加わる公園協会が管理・運営にあたる。
08年に県人移住100年を祝った沖縄県系社会。記念祭典には母県・ 世界各国から1500人が来伯し、式典やパレードなど関連行事で盛り上がった。「写真で見る―」の事業は09年に始まり、編集委員会(宮城あきら委員長) が中心となって国内各地から資料を集め編集を続けてきた。資金不足で出版が危ぶまれた時期もあったが、西本エリオ州議の協力で継続。第1回笠戸丸移民から 現在まで、全国の県人・県系人の歩みをたどる1500枚の写真と説明文を付けた384ページの大作として完成した。笠戸丸県人移民名簿も別冊として製作。 9月の出版パーティーには200人が集い、5年ごしの完成を祝った。
第10位=「グループ・民」初公演
担い手の高齢化や減少が進み、次世代への文化継承を願うブラジルの日本民謡界が待望した、平均年齢約25歳の若手民謡家の集まり「グループ・民(みん)」(海藤紀世代表)が今年後半に発足し、初公演となる「第1回フェスティバル・民」を10月11日に開催した。
会場は入場券が完売となる約200人で満席となり、舞台には若手実力者から初舞台の人まで約60人の若手民謡家が登壇。日本各地の民謡を披露した。また、 丹下セツ子太鼓道場や正派ブラジル琴の会の生徒も演奏を披露。特別演目では琉球民謡保存会と、斉藤悟琉舞道場代表の斉藤悟さんが登場し、民謡の垣根を越え た交流が実現した。
公演終了後、閉幕した舞台の裏からは達成感に満ちた歓喜の声が沸き起こり、同会立ち上げを陰で支えた 海藤三味線教室の海藤司代表と、正派ブラジル琴の会の北原民江代表は涙を浮かべて若者の頑張りを称賛。その後は、尺八や三味線などのワークショップも行わ れ、若手民謡家らは「皆で集まって稽古し、舞台で一つになれたことが大切」と述べ、初公演の成功を笑顔で喜んだ。
2014年12月27日付
