震災経験語り継ぐことの大切さ
死者6434人、行方不明者3人、負傷者4万3792人を出した阪神淡路大震災から17日で20年となり、ブラジル兵庫県人会(尾西貞夫会長)は、同日午前10時から物故者追悼法要をサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の宮城県人会館で執り行った。法要には兵庫県出身者をはじめ、福嶌教輝在聖総領事館総領事、日系3団体代表ら約80人が訪れ、犠牲者の冥福を祈った。
1995年1月17日午前5時46分52秒、淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡を震元とするマグニチュード7.3の大震災が発生し、兵庫県を中心に近畿地方一帯で大きな被害がもたらされた。
それから20年が立った17日、ブラジル兵庫県人会は物故者追悼法要を菊池顕正ブラジル仏教連合会会長(東本願寺南米開教監督)を導師に執り行った。
はじめにあいさつに立った尾西会長は、「ブラジル兵庫県人会が主催する法要は今回で2回目ですが、改めて亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。被害に遭われた方のご心労をお察し申し上げ、また、昨年亡くなられた当時の県知事でご苦労なされた貝原俊民氏のご冥福をお祈りいたします」と述べ、続いて1分間の黙とうが捧げられた。
追悼の辞では、井戸敏三兵庫県知事からのメッセージが山下亮ブラジル兵庫県事務所(パラナ州クリチバ市)所長によって代読され、「内外からのご支 援や励ましを頂きながら懸命の努力を重ねて兵庫は不死鳥フェニックスのように蘇ることができました。今後とも私たちの経験と教訓が世代や国境を超え、安全 安心な社会の実現につながっていくことを願います」と伝えられた。
また、兵庫県出身で震災時には同県に祖父母や両親、親 戚が住んでいたという福嶌総領事は、「(当時のメキシコ駐在から)帰国後は近所の風景が相当に変わっていて、震災のすさまじさを極めて身近に感じました。 今我々の使命は、その経験を語り伝え、日本を含め世界各地で頻発する自然災害での多くの悲しみや困難をこれらの知恵を集め、技術を向上させ、力を合わせて 乗り越えていくこと」と、追悼の辞を述べた。
その後は、読経の中、参列者たちが焼香し、犠牲者の冥福を祈った。
震災当日、兵庫県尼崎市の自宅で被災し、一時部屋に閉じ込められたという曽我部威さん(80、山形)は、「テレビが床に落ちてきて目が覚め、何十秒かの揺 れが何分にも感じられました。潰れたビルや倒れた高速道路を見た時は終戦を思い出すほどゾッとした」と被災時の様子を振り返り、神妙な面持ちで焼香してい た。
神戸高校出身で1959年にブラジルへ移民してきた八木静代さん(78、大阪)は、「震災の7年後に母校を訪れた際 にはまだ仮設教室がグラウンドにあったり、街を見ても被災した建物が残っていたが、あれから何度か訪れる度に復興が進んでいることを実感します。景色はだ いぶ変わったけど、やっぱり神戸は好きな街」といい、今年99歳を迎える母を訪ねに「また、神戸に戻りたい」と話していた。
2015年1月20日付
