母県から34人の慶祝団が来伯出席
ブラジル富山県人会(市川利雄会長)創立55周年記念式典が、4日午前10時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の宮城県人会館で開催された。母県富山からは34人の慶祝団(杉本正団長)が訪伯し、記念の一日を共に祝った。富山県民のブラジル移住の歴史は1910年に3家族10人が渡伯したことから始まる。その後、27年にミランドポリス市第3アリアンサに「富山村」を設立するなど、同郷移民たちが団結してブラジルに根をおろしてきた。同村では母県から日本語教師を招聘し、現在も日本語教育などの文化の継承を熱心に行っている。同県人会は60年に創立。聖州と富山市の友好提携、サンパウロ大学日本語学科への奨学金制度設立などの歴史的行事の背景がある中、母県とブラジルの懸け橋となり今日まで発展して来た。
式典は午前10時から同県人会副会長の前田進氏の開会の辞で始まり、続いて先亡者へ黙とう、日伯両国歌が斉唱された。
当日は在聖日本国総領事館の中前隆博総領事、呉屋春美ブラジル日本文化福祉協会会長、本橋幹久ブラジル日本都道府県人会連合会会長、羽藤ジョージ聖州議員ら9人の来賓が出席した。
市川会長はあいさつで「ブラジルと富山県は105年の歴史がある。慶祝団の皆さんが式典に華を添えてくれた。一緒にお祝いできることが何よりの幸せ」と喜んだ。
慶祝団副団長で富山知事代理の荒木勝氏は「ブラジルと日本は互いに地球の反対側に位置するが、富山県人の皆様のお陰で私たちにとっては、まさに『遠くて近い国』に感じられる」と石井隆一県知事のあいさつを代読した。
羽藤ジョージ聖州議は「30年前に連邦議員だった兄(マリオ氏)と聖州と富山市の友好提携に2人で奔走したのを覚えている」と述べ、「富山の皆さん、もっとブラジルに来て聖市の発展に協力して下さい」と話し笑いを誘った。
その後、高齢者表彰と記念品交換などが行われ、菅沢裕明県議の中締めで式典は終了。ステージ上で鏡割りとケーキカットが行われ、乾杯後、来場者たちは昼食を楽しんだ。
日系2世のアルゼンチン人で祖父が富山出身という森山ミリアンさんは「今月からブラジルに住んでいる。アルゼンチンの富山県人会は規模が小さいが、ブラジルは会の規模も大きく、式典も盛大」と感激した様子だった。
午後からはアトラクションが行われ、ソロカバから来たシンレイ・ヨシアキ、マユミ親娘がそれぞれ美空ひばりやチェッカーズなどの日本の曲を歌唱し、会場を沸かせた。
また「日本で一番民謡が上手いと言われている」竹氏修氏と北日本民謡舞踊連合会が、富山の「帆柱起し音頭」をはじめ、全国各地の民謡を披露。林晴夫氏の奏でる胡弓の音色が1世移民らの郷愁を誘った。最後は「越中おわら節」を来場者が輪になって踊り、「越中魂」がブラジルでも健在であることを見せつけた。
来場者が踊る様子を見ていた草島嘉代子さんは「若い頃はよく盆踊りでこの曲を踊った。おわら節を聴くと懐かしくて涙が出てしまう」と目元に涙をにじませた。
続いて杉本正慶祝団団長が作詞し、富山名物を歌詞に忍ばせた「富山甚句」を来場者と合唱。「あーどすこい、どすこい」の掛け声が会場に響き渡った。
親戚と式典に訪れていた北林寛之、和江夫妻は「素晴らしい式典だった。一緒に踊ったり、今日は本当に楽しい。母県から多くの人が来てくれて嬉しい」と満面の笑みを見せていた。
サンパウロ新聞 2015年10月7日付
