日墨協会で受けた熱烈歓迎
小雨の降る中、日墨協会に到着したふるさと巡り一行は、和久井伸孝会長をはじめとする同協会会員たちの出迎えを受け、会館内へと案内された。
総面積2万平米を誇る同会館敷地内には日本庭園、日本食レストラン、プールやテニスコートも整備されているほか、「榎本殖民」をはじめとする約2000人に及ぶ先亡者たちの名前が一人一人刻まれている慰霊碑もある。
中畝(なかうね)明博事務局長によると、1956年に創立され来年60周年の節目の年を迎える同協会は、初代会長の故・松本三四郎氏が2万平米のうちの半分の1万平米の土地を寄贈して創設されたものだという。
日本庭園は、クエルナバカで7年ぶりの再会を果たした草川和田明子さん(74、2世)の娘・春美さん(50、3世)の義父に当たる小木曽貞義さん(81、岐阜)が約30年前に造ったものだ。小木曽さんは明治大学農学部を卒業後、恩師の勧めと親戚の呼び寄せで59年に24歳で単身メキシコに渡り、造園技術を学んだ。
昨年7月下旬には安倍晋三首相夫妻が同地を訪問し、20年ほど前には父親の故・安倍晋太郎氏も同庭園を視察した経緯がある。30年前に庭園を造った時は「枯山水」にしていたが、3年前から人口池を造り変えたという。
メキシコ岐阜県人長良会の会長でもある小木曽さんは造園業一筋で生きてきたが、日墨協会理事も約20年にわたって務め、現在もボランティアで日本庭園の管理を行っている。長良会の会員は現在10人ほどで、「以前は商社や企業の人も入っていましたが、帰国したため会員も少なくなりました」と寂しげな様子だった。
会館内での歓迎夕食会を前に、ブラジル側からは本橋幹久県連会長、メキシコ側からは和久井会長、メキシコ日系社会の名士である春日カルロス氏、前会長の戸田眞氏、在メキシコ日本国大使館の清水享公使らが会館敷地内にある先亡者慰霊碑に献花を行い、一行は雨天のため歓迎会会場である会館2階からそれぞれ黙とうを行った。
和久井会長の説明では、慰霊碑には毎年30人ほどの日本人及び日系人の物故者の名前を刻み続けているという。
改めて会館2階で歓迎夕食会が開かれ、メキシコ側からの64人を含めた約160人が一堂に会した。日墨協会の配慮により伯墨両国の出席者が出身県人別にテーブルに座り、日墨協会の中村剛副会長の歓迎ムード溢れる司会で進行、各県ごとに出席者が紹介された。メキシコには宮城、福島、新潟、埼玉、長野、岐阜、滋賀、京都、和歌山、岡山、福岡、沖縄などの県人会があるそうだが、会はなくても広島や大阪出身の出席者もいた。
あいさつに立った和久井会長は、「90人もの日本人及び日系人の方々をお招きするのは前代未聞で、協会の歴史始まって以来のこと」と歓迎の意を表した。また、同協会が来年創立60周年を迎え、2017年には「榎本殖民団」がメキシコの地を踏んで120周年の節目になることにも言及。「メキシコの熱い熱い日系の思いをお持ち帰りいただきたい」と述べた。
2004年から07年まで在ブラジル日本国大使館で勤めた経験のある清水公使のあいさつに引き続き、ブラジルを代表して本橋県連会長があいさつ。ふるさと巡りの経緯と県連のメイン行事である毎年恒例の日本祭りなどについて説明し、和久井会長が今年7月の日本祭りにメキシコから参加してくれたことや今回の歓迎会などへの感謝を表した。
両会長による記念品交換に続き、春日氏が「ブラジルの皆さんの1%しか日系人がいないメキシコですが、皆さんの100倍頑張りたいと思います」と激励。中村副会長の音頭により、メキシコ名物「マルガリータ(テキーラを使ったカクテル)」で乾杯が行われた。(つづく、松本浩治記者)
2015年10月21日付
