リオ・グランデ・ド・ノルテ(北大河)日本ブラジル文化協会との交流会はホテルから20分ほどの所にある「エスパソ・ギンザ」で行われた。会場には同協会の会員12人、そしてナタール市の近郊にあるピウン植民地から北山初江さんが出席した。
北山さんは現在95歳。1956年、「野菜を作るため」一家で他の10家族と共にピウン植民地に入植した。「来た頃は食べるものがなくて、最初は小さい土地に大根など日本の野菜を栽培していた」と当時の様子を話す。「言葉が分からず苦労した」と言い、仕事を終えた夜間に独学でポルトガル語を勉強し、少しずつ覚えていったそうだ。
移住して14年経った1970年には、主人を自動車事故で亡くすという悲劇に見舞われる。それでも「トマトやメロン、みんな一人で栽培した」が、野菜は作っても売れなかったため、花栽培に切り替えこれが成功。女手一つで子供7人を育て上げた。
一緒に入植した家族の多くはピウン植民地を離れ、現在残っているのは2家族だけとなった。北山さんは今も同地に一人で暮らしている。ただ半年前に足を悪くし、今は車いす生活。孫たちが面倒を見てくれている。この日も孫のアンドレさんが付き添って来場した。アンドレさんは「生活環境や、言葉など苦労がたくさんあったが、彼女は強い女性で、一人ですべてを成し遂げた。僕にとっても良い手本」と祖母への賞賛を惜しまなかった。
「たくさんの日本人、日系人が来てくれて嬉しい。知らない人ばかりだけど、同じ日本人。愛着が湧くね」と滅多にない日本人との交流に笑顔がこぼれた。
会場では玉城道子団長が「150人も来て、皆さん驚いているかもしれませんね。この機会を利用して楽しんで交流をして下さい」とあいさつ。続いて同協会の青木ミルトン会長が協会の活動内容を一行にスクリーンを使って説明した。また青木会長からは北山さんを含む出席した会員一人一人が紹介され、それぞれあいさつをした。
その後出席者で炭坑節を踊り、最後は「故郷」を全員で合唱し、午後10時半交流会は幕を閉じた。(つづく、佐久間吾朗記者)
サンパウロ新聞 2016年4月14日付
