07/03/2026

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ニッケイ新聞 2012年2月21日付け 「夢が叶った」――。サンパウロのカーニバル2日目、『アギア・デ・オウロ』のパレードに出場するため、沖縄から来伯した宮城佳代子さん(32)、弥生さん(30)姉妹は感動を露わにした。アーラ・ダス・パシスタに出場した日本人の中で姉妹一緒は初めて。姉妹は、幼い頃からバレエを習い、ジャズやヒップホップなど様々なジャンルのダンスに親しんできた。沖縄のサッカーチームFC琉球のチアダンスチームに所属したことも。「サンバを始めたのは、ダイエットがきっかけでした」と佳代子さんは笑う。本格的に練習を開始したのは09年。サンバチーム『アンダギーニャ』を同時に結成した。「サンバのステップは激しいけど、上半身は優雅な動き。バレエの経験が役に立ちました」一昨年、知人の紹介でアギアのサンバ合宿に参加、「生で見る本場のサンバはすごい迫力」。心を打たれ、自然に涙が流れた。帰国後、カーニバルに出たいとの気持ちは止まず、昨年5月に自分たちのダンス映像をアギアの代表とサンバ協会へ送った。姉妹であることやオリエンタルな雰囲気が受け、出場が決定。その後は、インターネット動画で練習を続けた。来伯後、全体練習に合流できたのは一日のみ。佳代子さんは「言葉は分からない。それでもステップを踏めば通じあえる」。本番では、黄色と緑色の羽がついたブラジルカラーの衣装をまとい、堂々と観客に笑顔を振りまいた。「多くの日系人、日本人の方が私達を見つけて手を振ってくれた」と嬉しそうに感動を話す弥生さん。パレード終了後も物足りないかのようにステップを踏み、満面の笑顔を見せる姉妹は「どこでも踊れ、盛り上がれるカチャーシーにそっくり。きっと誰でも楽しめるはず」。次の二人の夢は沖縄でのサンバ普及だ。
鳥取県人会の郷土芸能と言えば、傘踊り。聖市・州内だけでなく、最近は州外のイベントにも呼ばれる人気の芸能だ。最近では、まだ人数は少ないが、同じく郷土芸能の銭太鼓の普及にも力を入れており、母県から指導者を呼ぶことも考えているとか。さらに今年は、よさこいソーランにも出場する予定と活動は活発だ。これに合わせて母県の鳥取市から衣装20着が贈られ、総会の場でも紹介されていた。 ◎ 鳥取県海外協会が開設にかかわり、「鳥取村」とも呼ばれる第2アリアンサ移住地。同県からは節目の式典への出席のほか、同地日本語学校へ教師を派遣するなど交流を続けている。このたび帰国する教師の津村雄一さんは9人目。総会を訪れた津村さんは「次の人が決まらなければ残れたのですが」と笑いを誘いながら、「帰国したらこの2年間の経験を子供たちに伝えたい。日本に来たらぜひ連絡を」と感謝の言葉を述べた。 2012年2月18日付
ニッケイ新聞 2012年2月18日付け パナソニック、NEC、豊田通商、三菱総合研究所の4社の企業連合が昨年から、ここ数年の自家用車やバス利用の増加などによる深刻な交通渋滞問題を抱えるサンパウロ、リオ、ベロ・オリゾンテ、ブラジリアの4都市を対象に、道路交通情報収集システムの導入を提案している。ベロ・オリゾンテでは、今月初めに行なわれた日本祭りに出展し、来場者に説明を行なうため日本から三菱総合研究所の山口行一・専門研究員(41、大阪)が来伯した。 14年のW杯や16年の五輪時に向け、国外の選手団の円滑な輸送や的確な道路交通情報の提供は必須の課題とみて、三菱総研が日本側、豊田通商ブラジルが当地側の対応を担当し、日本から担当者が来伯して各市の州政府や市役所などで営業活動を行なっている。リオ市では市交通局と日本の総務省が覚書を締結、市内を走行するタクシー10台に車載器を搭載して実験が行なわれている。各車両が市の中心部や五輪会場、国際空港を接続する幹線道路を中心に走行した結果、約2750キロの車両の走行履歴が収集でき、道路網に正確に反映されることが確認された。山口さんによれば、導入にかかる予算は6~10億円。ミナス州知事、ベロ・オリゾンテ市長のほか州の交通局、文化局関係者らが訪れた。「システムは気に入ってもらえましたが、予算が問題のようです」との手応えのようだ。JICA等から援助を受けられるなら導入できるかもとの声もあったが、「円借款の対象としては金額が低いので難しいのでは」とも。同システムは日本では96年から導入されており、現在では3台に1台が利用している計算だ。渋滞は20%減、二酸化炭素は200万トン余り削減という効果が出ている。渋滞状況や区間の所要時間など、市内の道路交通状況を把握して都市の交通管制に利用するシステムで、パナソニック製の通信機能を持つ安価な端末を車に搭載し、車そのものがセンサーとなり、最新技術で情報を収集するというもの。収集された情報は市内の情報を一元管理する交通管理センターなどに流れ、センターに設置されたNECのサーバで情報を処理し、道路交通情報や車両管理情報が生成される。将来的には表示板など道路上や、システムを持っている人の車のカーナビゲーション、携帯電話にリアルタイムで配信され、視覚的にわかりやすい形で、画面上に渋滞情報や気候情報など運転に有用な情報が表示されるようになるという。伯国では現在情報を収集するセンサーが道路に埋められているため、センサーをもった機械を車に搭載することで、より生の情報収集が見込める。現段階ではどこの市も購入する意志を見せていないものの、山口さんは「予算は安価で、日本のメーカーの技術はやはり高い。需要は高いと思うので、どこかで購入してもらいたい」と意気込みを見せた。
ニッケイ新聞 2012年2月18日付け 山口県人会(要田武会長)は『2012年度定期総会』を26日午前10時(9時半受付)から、同県人会館(Rua Pirapitingui, 72, Liberdade)で開催する。総会後は新年会がある。会費20レアル。主な協議事項は11年度事業・会計報告、12年度事業計画・予算審議、会長および役員選出。要田会長は「新年会は留学研修員の歓送迎会も兼ねて行ないます。皆様お誘い合わせの上お越しください」と呼びかけている。問合せは同県人会(11・3208・6074)まで。
ニッケイ新聞 2012年2月18日付け 伯国在住のプロフットサルプレーヤー、横澤直樹さん(35、山梨)の主催で、3月11日午前8時から正午頃まで、聖市の広島県人会館(Rua Tamandare, 800, Liberdade)でフットサル体験イベント『家族わくわくみんなDEチャリティフットサル』が開かれる。参加無料だが、任意で寄付も受け付ける。東日本大震災の被災地支援も目的とし、当日寄せられた応援金は、義捐金として県連を通じて被災地に届けられる。当日は午前7時10分集合。5~8人のチームに分け、男女混合でリーグ戦の試合を行う。勝利したチームには賞品もある。「フットサルを皆で楽しみながら、被災地で復興に頑張る皆さんを応援できたら」と横澤さん。参加資格は問わず、家族での参加を歓迎している。問い合わせは横澤さん(11・8396・8037)まで。
「鳥取の森」造成の企画案も 鳥取県人会(本橋幹久会長)の通常総会が12日に聖市の鳥取交流センターで開かれ、会員ら約50人が出席した。同会は今年創立60周年。本橋会長は冒頭のあいさつで、「還暦」となる60年を「新しい出発」と位置付け、会員の意見を聞きながら節目の事業に取り組みたいと述べた。 昨年の収入は約22万レアル。各種文化講座などセンターの利用が順調で、3万1千レアルを繰り越した。東日本大震災の募金活動も行い、1万7515レアルを送金している。 今年の予算は60周年関連経費を含み約27万レアル、そのほか防災設備の整備や増改築費用で10万レアルを計上した。今後は同センター建設20周年となる3年後をめどに、手狭になった日本語教室や台所などの増築も計画しており、母県からの補助も得られる見込みだという。 式典は11月11日に実施され、母県関係者、民間の慶祝団も来伯する予定。節目に合わせ、会報「伯因伯」は写真を中心に県人会の歩みをまとめた特集号にする考えだ。 記念事業として「鳥取の森」造成のアイデアが出ており、同会副会長の山添源二さん(元聖州森林院総裁)が中心となって検討を進めている。このほか、母県のプロサッカーチーム「ガイナーレ鳥取」(J2所属)との交流も計画されているという。本橋会長は「そのほかにアイデアがあれば聞かせてほしい」と要請した。 当日は昨年入植85周年を祝った第2アリアンサ鳥取村の代表も訪れ、感謝の言葉を述べた。今年度県費留学生の西坂健冶ジオゴさん(23)、研修生の大山エンリッケ・パウロさん(33)も家族とともに抱負を述べ、大きな拍手が送られた。 総会終了後は新年会が開かれ、持ち寄りの食事で歓談。同会文化講座の生徒らによる発表もあり、出席者らはにぎやかに午後のひと時を過ごした。 2012年2月18日付
 岩手県人会(千田昿暁会長)は、東日本大震災復興を目的とした写真展を5月27日頃をめどに、聖市リベルダーデ区の同県人会館で開催する。  現在、同県人会では母県の岩手日報社と詳細内容を詰めている段階で、写真の枚数や開催期間などは未定。千田会長によると、写真の選定などについては2008年の岩手県人会創立50周年記念式典の際に来伯した岩手日報社編集局読者センター長の松尾尚人氏に依頼しているという。  千田会長は「被災者の方々に一日も早く元の生活に戻ってほしいとの願いを込め、一般の方々にもぜひ見てもらいたいと思います」と話しており、パラグアイ岩手県人会などへ巡回する考えも示している。 2012年2月18日付
ニッケイ新聞 2012年2月17日付け 2期4年にわたり愛知県人会長を務めた豊田瑠美さんは最後の挨拶で「アパート暮らしの会員家族も多くなり、孫に会えない人も増えた。家族が集まれる場所として、自分の家のように県人会を使って下さい」と話し、新会長にバトンを渡した。「家族のような県人会」の考え方は副会長時代に培われたようだ。豊田さんが昨年リンスやボツカツ、プ・プルデンテなどで行った日本文化・マナー講習会は今後も継続されるとか。
ニッケイ新聞 2012年2月17日付け 沖縄の読谷村文化センターで3月4日午前11時半から午後9時まで開催されるRBCiラジオの公開生放送『第20回三線の日』の様子が、琉球放送のホームページ(www.rbc.co.jp/rbciradiotop2.php)のユーストリーム中継で見ることができる(ブラジル時間で4日午前零時~10時まで)。ブラジル、イギリスなど6カ国で集まった三線愛好者が電話回線を通して、沖縄の会場と「かぎやで節」を〃合奏〃する。ブラジルでは同日早朝、沖縄県人会館で演奏が行なわれる。カーニバルに参加するため来伯中で、主催する琉球放送ラジオ局製作部に勤める宮城佳代子さん(32、沖縄)は「インターネットで気軽に聞ける。三線の音色を知ってほしい」と視聴を呼びかけていた。
ニッケイ新聞 2012年2月17日付け グァタパラ農事文化体育協会(川上淳会長)は「入植50周年記念祭典」を7月21、22の両日、同移住地で行なう。初日は先没者慰霊祭(モンブッカ墓地)のほか、記念事業として会館隣に造成された公園を市に譲渡する式典がある。同公園には、記念モニュメントとして灌漑用の用排水ポンプをすでに設置、赤い鳥居も昨年11月に建立されている。館内や屋外を使っての昼食会、農産展、記念演芸会があり、夕方からは盆踊り大会もある。翌日も終日、記念イベントが行なわれる。また、来年には式典の様子を盛り込んだ「グァタパラ移住地50年史」を編纂する計画で、今月末にある総会後に編纂委員会が立ち上げられる。案内のため川上会長、脇山俊吾、岸田博志両総務代行、岡田一郎財務担当が来社し「記念事業である会館の塗り替えも終わった。私たち移住者を受け入れたグァタパラに感謝の気持ちを込めて開催する。縁のある多くの方に集まってほしい」と関係者の来場を呼びかけている。
ニッケイ新聞 2012年2月17日付け 「家族にやさしい県人会に」―。12日にあった愛知県人会の定期総会で役員改選が行われ、小松ジェニー清香さん(38、二世)が新会長に選ばれ、涙ぐんで挨拶する姿に、会場からは暖かい拍手に送られた。県人会の女性会長としては最年少。大学卒業後、97年に県費留学生として流通技術科学大学(愛知県豊橋市)で学び、02年に文科省留学制度を利用し、京都大学大学院で修士号を修得。08年から副会長として豊田瑠美会長をサポートした。現在はエンジニアとして働き、2歳の子供の母親でもある。「現在、お腹には2人目がいる。主人の理解、役員や事務局など多くの協力がなければ引き受けられなかった」。昨年初めて行われたイベント『家族で日本語』を発案した。子育て支援と同時に、高齢の一、二世たちが日本の昔話を読み聞かせるなど3世代の会員が楽しめる企画となった。「県人会は手伝いにくるのではなく、一緒に楽しむ場所。家族のような雰囲気にしたい」との抱負を示す一方で「運営については会社のような厳しさを心がけたい」と表情を引き締めた。事業報告では、スライドでイベントの様子を振り返り返った。収入は14万4977レアル、支出が13万8607レで6370レの黒字。本年度予算は15万7200レと発表された。総会後に行われた新年祝賀会では、エトワールグループによる歌謡ショー、花柳流なでしこ会の舞踊で会員らは終日楽しんだ。
大きな喜びと将来見据えた努力継続を ブラジル日本語センターの谷広海理事長は先月末、JICA日本語教師本邦研修(継承日本語教育教師研修)の今後のあり方について各国の教育関係者と話し合うため中南米各国の代表者15人とともに訪日し、2月1日には東京都永田町の衆議院第2議員会館で藤村官房長官と面会した。この中で谷理事長は「中南米の日本語教育は運が良かった。日本語教師の本邦研修が中止になりそうな年に、ブラジルの事情をよく知る藤村さんが官房長官になった」と藤村長官の強い支援によって本邦研修の継続が決定したことに対して礼を述べた。 中止の方向で動いていた本邦研修が、一転して継続すると告げられたのは昨年10月。園田昭憲県連会長が海外日系人大会に参加した際、外務省の水上正史中南米局長と共に藤村長官と面会。その際に今後の本邦研修について質問すると、同長官から「継続することに決めた。谷さんによろしく」との返事をもらったという。 その後、谷理事長がJICAブラジル事務所芳賀克彦前所長に同件について確認すると「まだ聞いていない」との返答があり、谷理事長は「(藤村さんによって)政治的判断がなされた」と納得。 この知らせを受けたブラジル日本語センターの教師たちは手を取り合って喜んだ。 谷理事長によると「この問題が浮上したのは5年前。総務省の行政改革の答申の中で中南米の日本語教育支援について触れ、成績優秀な生徒を年間約40人日本に派遣する生徒研修と、日本語教師約30人を派遣する本邦研修が廃止を含めて検討することが発表されたことに始まる」という。 これに対し、ブラジルの日本語教師らは署名運動などを展開。3千人以上の署名が集まり、当時来伯していた緒方貞子元JICA総裁に直接手渡し陳情を行った。以来、歴代在サンパウロ総領事や日伯議員連盟などの協力を得て本邦研修などの継続を求めてきた。谷理事長は「これまでの事情と経緯をよく知る藤村さんが幹事長代行時代に担当の移住政策課長などの関係筋に対して中南米地域の日本語教育の重要性を説き、継続を指示したことが大きかった」と話す。 現在、ブラジルでは日本文化への関心の高まりなどもあり、約2万人が日本語を学んでいる。それに対し、日本語教師数は約1千人。高齢者が多い1世の教師の減少は進んでおり、日本を訪れたことのない2世や3世が教師になっている。日本の文化を正確に伝えるためにも、中南米地域の日本語教育において本邦研修の重要性は極めて高いと言える。ブラジル以外の中南米地域においても同様の問題を抱えており、今回の本邦研修継続の報は中南米の日本語教育関係者の歓喜の声が聞こえてきそうだ。 谷理事長は「大きな喜びに包まれていると同時に、将来を見据えた努力を続けることを関係者一同誓い合っている」と満面の笑みを浮かべた。 2012年2月17日付
今年のカーニバル期間中の日系団体の業務日程は以下の通り。文協は18~21日の4日間、事務所を休業。移民史料館は20、21日、図書館は19~21日がそれぞれ閉館となる。22日は午前から通常通り開館される。 援協は、リベルダーデにある診療所と本部事務局は18日、通常通り午前7時から午後1時まで受け付ける。19~21日は終日休業。その間は予約の受け付けもできなくなる。22日は午前から通常通りとなる。 また、援協傘下の日伯友好病院は、20、21日の2日間は緊急患者のみ受け付け可能。22日は午前から通常通り。県連事務局は、18~21日が終日休業。22日午後1時から業務を再開する。ブラジル日本商工会議所は20~22日の3日間休業し、23日から通常通りとなる。 2012年2月17日付
公益財団法人オイスカは、東日本大震災復興を目的とした海岸林再生プロジェクトに取り組んでいる。同法人副理事長でプロジェクト最高責任者の渡邉忠氏が11日から来伯。13日、津波で失われた宮城県名取市のクロマツ林を再生する計画への協力呼びかけのため、中沢宏一宮城県人会長とともに来社した。 渡邉氏によると、東日本大震災では3600ヘクタールに及ぶ600万本のクロマツが被害を受けたという。同計画では10年かけて100ヘクタール50万本を再生し、10億円の寄付を国内外から募る。 同計画は、震災発生1週間後の昨年3月17日にオイスカが日本の林野庁に申請し、すでに宮城県人会が昨年12月に3万レアルを寄付しているほか、米系のウォール・マート(600万円)や英国系保険会社などからも寄付金が届けられている。 渡邉氏は「目標額の10億円は名取市に渡すだけではなく、クロマツの種や苗を育てる同市の人々、特に女性たちの労賃として渡したい」と震災で職を失った人々の支援も考慮している。また、クロマツは成木になるまで約30年かかると言われており、「次の世代への贈り物となれば」(渡邉氏)と話している。 中沢会長は「このプロジェクトがモデルケースになって、岩手や福島にも広がってほしい」と期待感を込める。渡邉氏は今年6月に開催される「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」にも出席し、同計画をアピールする考えだ。そのため、15日からリオ入りして同会議組織委員会関係者との話し合いなどを行い、パラグアイのイグアスー移住地訪問( 17日)の後、20日にはニューヨークの国連本部でも打ち合わせを行う。 同プロジェクトの概要はウェブサイト(www.oisca.org./kaiganrin/)で見ることができる。なお、ブラジルでの寄付金の振り込み先は宮城県人会(電話=11・3209・3265)まで。 Associação MiyaguiKenjinkai do BrasilBanco BradescoAgencia:0131-7Conta Corrente:120459-9 2012年2月17日付
新生愛知県人会を率いるのは、若い小松新会長と役員の約半数が女性。執行部は2世と3世のみで1世はいない。これからのコロニアについて悩む人は多いが、いち早く対応しようというところは少ない。愛知県人会は最も進んだ団体の一つと言えるだろう。新会長が「家族に優しい県人会にしたい」と言うように、サーラの脇にはベビーベッドや遊具が並ぶ。若い会員の拡充を望むなら当然の設備だ。式典で誰と話して一緒に写真を撮っただとか、表彰されたなどの名誉ばかりを追う男性とは違い、女性は根本的に誰のための県人会であるかを的確に見つめている。県人会最年少の会長が描く未来はどのようなものになるだろうか。注目されることは間違いない。 ◎ 静岡県浜松市は再整備計画中の同市西区の舘山寺総合公園内に、目玉施設として南米産動物を集めた獣舎「南米アマゾン館」の新設を庁内討論会の中で提案した。同館ではナマケモノやワニなどを飼育するほか、獣舎内外に南米産植物を植え、「アマゾンに来たような空間を演出する」という。同公園の整備は15年かけて実施する計画。同市に住む日系ブラジル人をはじめ、市民の憩いの場所になりそう。 2012年2月16日付
ニッケイ新聞 2012年2月16日付け 日曜日(19日) コチア青年連絡協議会定期総会、午前10時、宮城県人会館(Rua Fagundes, 152, Liberdade)◎柿専門家・松村博行氏の講演会、午前9時、ピラール・ド・スル教育局講堂(Av. Papa Joao XXIII, 1175, Campo Grande)◎魁聖による稽古と歓迎シュラスコ、午前9時、常設土俵場(Avenida Castelo Branco, 5446, Bom Retiro)
サンミゲル・アルカンジョ市のピニャール移住地は今年、入植50周年を迎える。記念式典は8月5日に行われ、西川一誠福井県知事、西村正日伯友好協会理事長のほか、一般の慶祝団も式典に参加する。場所はコロニア・ピニャール文化体育協会会館。時間は午前9時から。また、50周年記念誌も作成する予定だという。 案内のために本紙を訪れた山下治50周年記念式典実行委員長と徳久俊行記念誌編集長は「記念誌の作成は40周年以来。より現在の状況を重視したものにする」と話す。 同移住地は戦後、日本人の移住の再開により移住振興会社(現・国際協力機構)が伯国各地に造成した移住地の一つ。当時の宮本由太郎福井県人会会長が日本移民 50周年の記念事業としてブラジル福井村を建設したいと進言し母県の賛同を得たことが始まりで、1962年12月、3家族14人が初めて同地に入植し開拓営農を始めた。 その後、南伯農協中央会の企画による第2ピニャールが隣接地に造成され、双方合わせた村づくりが推進された。これまで母県からは県人入植者に対し土地代金の一部補助、電気の導入、会館及び日本語教師宅建設などの援助を受けている。 現在は同地の51家族が文協の会員。これまで手狭だった小中学校が6月に完成するほか、8月には文協敷地内に母県からの資金援助を受け、約1100平方メートルの敷地面積を持つ体育館が完成する。 2012年2月16日付
広島日伯協会主催のアンドウ・ゼンパチ展(共催=ブラジル日本文化福祉協会、ブラジル日本移民史料館。後援=広島県地域政策局、教育委員会、中国新聞社)が、1月17~31日まで広島県庁本館2階の県民ギャラリーで開催された。 広島県出身のアンドウ氏(本名=安藤潔、1983年に83歳で死去)は1924年5月、「大毎移民」の輸送助監督として神戸港を出港。渡伯後は「伯剌西爾時報」記者、「日伯新聞」編集長や日本語教師などを務め、人文研の前身だった「土曜会」メンバーでもあった。 同展は、アンドウ氏の地元での開催を以前から関係者らが検討し、ようやく実現したもの。聖市では2010年11月下旬から翌11年1月下旬までの2か月間、リベルダーデ区のブラジル日本移民史料館9階で展示された。 同史料館では、戦前の移民船展などについても日本の関係機関(JICA横浜移民資料館、日伯協会、各都道府県の日伯協会)と連携をさらに深め、協力していくことなどを目的に同展を企画。3月には神戸市の「海外移住と文化の交流センター」での開催も予定されている。 一時帰国した際、同展を視察し関係者と会ったという前史料館運営委員長の栗原猛氏は「今回のアンドウ・ゼンパチ展は、彼が広島出身であるので大きな反響を期待していましたが、主催者の話では入場者は少なく、ゼンパチはもとより移民への関心が残念ながら少ないがゆえに、今一つ盛り上がらなかったとのことです」と会場の様子を本紙に伝えてくれた。 また、会場が県庁のギャラリーだったため若い人たちを集めにくかったことや、写真パネルのみの展示で物品の展示がなかったことも一因している。そのほか、人文研理事の古杉征己氏が資料集めから執筆まで1年間をかけて制作した労作の小冊子『アンドウ・ゼンパチ』が置かれなかったことなどもあり、今後の巡回展示の反省材料となりそうだ。 2012年2月16日付
県人会最年少会長が誕生新会長に38歳の小松ジェニー氏 愛知県人会は12日、同県人会館で定期総会と新年祝賀会を開催し、新会長に38歳の小松清香ジェニー氏が決定した。小松会長はこれまでの4年間、副会長として豊田瑠美前会長を支えてきた。同県人会では2世会長が3代続いており、新執行部の約半数が女性の役員となる。就任あいさつに立った小松会長は涙ぐみながら「愛知県人会は他の県人会からうらやましがられる県人会だ。4年間副会長として、たくさんの人に支えられてきた。私は2歳の子どもの母親でエンジニアとして働く女性でもある。これからはママイ(母親)の目線で、家族に優しい県人会にしていきたい」と自らのビジョンを掲げた。 本紙の取材に対し小松会長は「愛知県人会は事務局が素晴らしい。私は2歳の母親で、現在2人目がお腹の中にいる。到底私一人では何もできない。事務局や役員の皆さんの協力がなければ会長職を引き受けることはできなかった」と流ちょうな日本語で答えた。 小松会長は、県費留学生として1997年に兵庫県の流通科学大学に留学。2002年には文部科学省のプログラムで京都大学大学院に通い、修士号を修得。現在はエンジニアとして多忙な日々を送っている。 就任あいさつで流した涙の理由については「4年間の副会長時代を思い出し、楽しいことと悲しいことが混ざり合って涙になった。また、県人会の会長に選ばれて光栄だという気持ちもあった」と述べた。同県人会は羽田宗義氏、林アンドレ氏、伊藤アンテノール氏、豊田瑠美氏など歴代の会長らが脇を固めて、若い新会長を支えており、小松会長は「新しいことにもどんどん挑戦できる環境」と感謝の意を示した。 また、総会で前会長として最後のあいさつをした豊田氏は「愛知県人会の婦人部は頑張り屋。すべての県人会の中で一番だろう。青年部も新たな会長にも力添えしてほしい」と会員を鼓舞。豊田氏によると「現在も過去の県費留学生などが県人会員として入会してくれて、会員が増えている」という。 さらに、同県人会は子どもを中心に据えた新たな絆を紡ぐ取り組みを開始。この取り組みは豊田前会長が発案し小松新会長が実行委員長となり実施し、「家族で日本語」という子育てイベントを成功に導いた。イベントでは日本昔話の読み聞かせや口腔衛生教室、チャンバラ劇の上映など子育て世代の要望に応え、これまでの県人会になかったイベントは各方面で話題を呼んだ。今年度の開催(8月19日)も総会で決定され、さらに大きな催しとなるとみられる。 このほか総会では11年度事業報告と12年度事業計画を承認し、11年度会計報告と12年度予算案審議も可決された。11年度の支出は13万8607・92レアル。12年度への繰越金は9501・68レアル。12年度予算は14万7200レアル。 同県人会は収入のほとんどを県人会館のサーラや駐車場の貸し出しで捻出しているが、会館のINSSの支払いなどで財政の立て直しは急務とされており、昨年一時期は会館の売却のうわさも上がった。小松会長は「県人会の雰囲気は家族のようなものにするが、運営に関してはシビアに考えなくてはならない」と表情を引き締めた。 2012年2月16日付