06/03/2026

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ニッケイ新聞 2016年6月21日  移民108周年の節目を迎え、ブラジル日本都道府県人会連合会(山田康夫会長)の主催する『日本移民開拓先亡者慰霊祭』が18日午前10時半より、聖市イビラプエラ公園の慰霊碑前で行われた。中前隆博在聖総領事をはじめ、羽藤譲二聖州議、各県人会代表者や日系団体関係者など約90人余りが参席し、先人の遺徳を偲んだ。  慰霊碑前には39県人会が持参した過去帳が並べられ、川合昭県連慰霊碑委員長が司会進行。ブラジル仏教連合会の尾畑文正前会長が今年も導師を勤め、焼香とともに式典が始まった。  挨拶に立った山田会長は、「190万人とも言われる日系社会の今日があるのは、先人たちの大変な苦労の賜物だ。過酷なコロノ生活で、志を果たせず道半ばで亡くなった先人たちの思いは一言では表せない。移民の日は、先人たちに思いを馳せ、追悼を表す日だ」と感謝を込めた。  一方で、「世代交代が進むに連れ、日本に対する意識が希薄化している。四世に至っては混血化が60%に達しているという。日伯の交流をさらに強め、我々が日系社会の今後を考えていかなければならない」として来場者に力強く語った。  続いて、尾畑導師ら9人の僧侶によって読経が行われる中、出席者による焼香が粛々と行われた。中には、子連れの出席者も見られ、各々が先人の労苦に想いを馳せていた。
ニッケイ新聞 2016年6月21日  最初の移民船「笠戸丸」がサントス港に到着してから108年――朝から日伯司牧協会によるサンゴンサーロ教会での慰霊ミサ、県連主催の先没者慰霊碑前の法要に続き、午後からブラジル日本文化福祉協会(呉屋春美会長)とブラジル仏教連合会(コレイア教伯会長)による「開拓者先亡者追悼法要」が同大講堂で行われた。今年は18日が週末土曜日だったこともあり、何れの行事も例年より若干多めの参加者となった。  文協での追悼法要には県人会や日系団体代表者らを中心に約200人が参列し、先人に感謝の念をささげた。在聖総領時間やJICA、援協、県連、釈尊讃合会、ブラジル仏教婦人連盟など多数の団体が後援した。 式典は午後2時に始まり、釈尊讃仰会の佐藤雅江会長による挨拶の後、美和会、深山会による琴や尺八の演奏が流れる中、茶道裏千家ブラジルセンターが献茶を、ブラジル生け花協会が献花した。 続いて尾畑文正導師、諸僧、稚児らが会場後部から厳かに入場し、三帰依文復唱、焼香を行った。尾畑導師は挨拶で「仏教の宗派に関係なく一堂に会し、こうして供養の誠を捧げることができてありがたい。これからも続けていきたい」と先亡者への苦労と参加者へ感謝した。 仏教連合会のコレイア教伯会長は、「煩悩の数と、数珠の珠数の基本は108です。そして今年は移民108周年。私たちはこの〃数珠〃を一周しましたが、もう一周できるでしょうか? この一周の間に先亡者の方々は、数々の苦難を乗り越えてきました。先亡者に感謝しつつ、更なるお祈りの精進を誓いましょう」と先亡者への感謝と、今後の日系社会の発展を祈願した。 呉屋文協会長、中前隆博在聖総領事、JICAの那須隆一所長、「移民の祖」水野龍の息子・龍三郎氏などに加え、共催・後援団体の代表者らもあいさつし、先人の苦労と貢献に感謝すると共に、日系社会の発展に努力することを誓い、祭壇に手を合わせた。 諸僧による読経が行われる中、参拝者らが焼香を行った。
ニッケイ新聞 2016年6月21日  今年も日本移民108年記念ミサが18日午前8時から、聖市のサンゴンサーロ教会で粛々と行われ、日系団体代表やカトリック信者ら約80人が参列した。「日系社会およびブラジル社会に貢献された先駆者の遺徳に敬意を表し、私どもが彼らの模範に倣い、勇気と希望のうちに明日の良き社会建設への志を新たにしましょう」と開会が呼びかけられた。 県連、文協、援協、商議所ら団体代表者10人は共同祈願の中で、「それぞれの国の統治者が利己主義から解放され、国民の幸せのために尽くされるよう、切なる祈りを神にお捧げします」「我々を始め、社会の人が自己のアイデンティティを失うことなく、しかも他文化への尊敬と受容をもって、私たちの子弟の教育を大切にし、明日の良き社会建設に貢献することができますようにお祈りします」などと唱えた。 ドイツ系のフレイ・アレシオ神父が日ポ両語で司式司祭を務め、「ブラジルは今、大きな問題を抱えています。よき社会を建設するために皆で力を合わせましょう。神様のご加護がいつまでに日系社会にありますように」と祈った。 ミサの後には、聖母婦人会からカフェ・ダ・マニャンが提供された。参列者の一人、牧山きみ代さん(69、アラサツーバ出身、二世)は「結婚する前、40年以上前から毎週この教会に通っています。でも移民の日のミサは特別。お父さん、お爺さんらを思い出し、感謝を込めてお祈りしました」と清々しい顔で語った。
 東京都浅草の浅草雷門で人力車を操舵する埼玉県出身の田中喬祐(きょうすけ)さんが、8月5日から開催されるリオオリンピック会場で人力車の運行を予定している。  田中さんは浅草で4年間人力車を引いており、2020年の東京五輪を控え、「リオ五輪を皮切りに世界中で日本文化を発信し、現地の日本人や若者に元気を与えたい」とこの計画を発案した。  滞在は8月4日から同22日までを予定しており、日本で選抜した20人の引き手と来伯。会場で無償での人力車の運行や、清掃活動を行う。  他にも東京都が五輪会場で行う「ジャパンハウス」(サンパウロのものとは別)と絡んだ企画や風船を届けるプロジェクトなどを考えているという。  「リオでぜひとも始めたい。そしてリオ五輪後は世界を一周して、東京五輪の開会式に参加したい」と田中さんは語っている。 サンパウロ新聞 2016年6月22日付
 ブラジル高知県人会(片山アルナルド会長)主催の「フェイジョアーダ祭り」が、26日午前10時から午後5時までサンパウロ市ピニェイロス区の同県人会館(Rua dos Miranhas, 196)で開催される。  同県人会のフェイジョアーダ祭りは毎回好評を得ている。30レアルでフェイジョアーダ食べ放題で、他にも焼きそば、餅、桜餅などが会場で販売される。また、ビンゴ大会も開催される。  案内に来社した片山会長と文野雅甫副会長は「4月に開催したフェイジョアーダ祭りでは200食以上作り、完売になるほどの大盛況でした。今回もたくさんの人に楽しんでほしい」と来場を呼びかけた。  問い合わせは同県人会(電話11・3031・6799)まで。 サンパウロ新聞 2016年6月21日付
ニッケイ新聞 2016年6月21日  【沖縄県発】沖縄県那覇市の「ぶんかテンプス館」テンプスホールで、今年もブラジル日本移民の日に合わせて18日に、カナダ、アメリカ、キューバ、ブラジル、ボリビア、ペルー、アルゼンチンの7カ国による沖縄パンアメリカン連合会主催の「移民の日交流会」が行われた。  今年10月の世界ウチナーンチュ大会に向けて、移民の家族や関連団体関係者に加え、例年以上に一般の参加者も増えた。ブラジルの関係の深い沖縄尚学学院高等部の生徒らも運営にボランティアで参加した。  その他、来賓として外務省の沖縄担当大使の川田司さん、沖縄県国際交流・人材育成財団の根来全功国際交流課課長、フィリピン総領事館のアラルコン朝子総領事、JICA沖縄事務所の河崎充良所長らも出席した。  今年の世界ウチナーンチュ大会では、海外・県外からの参加者を1万人以上集めることが目標だという。前々回のブラジルからの参加者は600人ほど。前回は8千人が訪沖したうち、ブラジル勢は1200人といわれており、やはり1千人を突破しているアメリカ勢(特にハワイ)と共に、今回はさらに多い参加が母県からは期待されている。(翁長巳酉さん通信)
 石川県人会(森永正行ジェラルド会長)主催の「第17回文化祭」が11、12日の2日間、サンパウロ市パライゾ区の同県人会館で開催された。  同祭では同県人会館で活動する生け花、謡(うたい)、絵手紙、工芸、水彩画、能楽など各教室の作品展示、催しが会場で行われた。初日となる11日午前10時からは開会式が行われ、約60人の来場者が訪れる盛況ぶりとなった。  はじめに森永会長があいさつに立ち、「7月には今年で創立50周年を迎える県連の日本祭り、8月には待望のリオ五輪が開催される。それらのイベントに先がけ、皆様のお陰で文化祭りを開催することができとても嬉しい」と喜び、「このイベントは当県人会で行われている各教室の集大成。文化祭がブラジルでの日本文化のさらなる普及につながることを期待します」と述べた。  続いて、県連の山田康夫会長があいさつに立ち、「文化とは引き継いでいくことがとても難しいもの。石川県人会が17年も文化祭を通じ、文化継承を続けてきたことは素晴らしいの一言。これもひとえに講師の先生方の尽力があってのこと。これからも続けていってほしい」と述べた。  両氏のあいさつに続き、同県人会館で活動を行っているブラジル能楽連盟が能楽作品の「羽衣」を披露。最後に出演者らが全員で世界平和を願う謡の曲「四海波」を斉唱した。  開会式後には、カクテルパーティーと県人会員らが早朝から準備していた餅つき大会が行われた。また会場では青年部特製の牛丼が販売され、来場者から好評を得ていた。  正午過ぎからは会場の一角で「えてがみ友の会」の会員による絵手紙ワークショップが開かれ、多くの来場者が挑戦。初挑戦だという黒崎マリーナさん(61、2世)は「普段は水彩画をやっている。水彩画とは違う筆の使い方で慣れないが、楽しい。時間があれば始めてみたい」と笑顔を見せた。  指導にあたっていた同会の中島佳子さん(77、2世)は絵手紙を始めて3年。「自由に描けて、下手でも良いというところが魅力。描いていると気分が開放されて、一種の精神療法のように心が癒される」と魅力を話した。  会場には午後からもたくさんの来場者が訪れ、日本文化に触れて晩秋の一日を過ごす人で賑わった。 サンパウロ新聞 2016年6月18日付
移民の歴史、次世代への継承を  ブラジル沖縄県人会とブラジル沖縄文化センター(島袋栄喜会長)共催の第22回開拓先亡者追悼慰霊法要が、12日午前10時からサンパウロ市リベルダーデ区の同県人会館で執り行われ、県人会員など約200人が参列した。 高安宏治氏の司会で進められた法要では、はじめに金城ルイス実行委員長があいさつし、同法要が長年にわたって苦労を重ねてきた先亡者を慰霊し、感謝の意を表すものだと説明した。  引き続き、野村流音楽協会ブラジル支部及び野村流音楽保存会ブラジル支部の三線と、琉球筝曲興陽会ブラジル支部及び琉球筝曲保存会ブラジル支部の筝(こと)による献楽の儀、帰国県費留学生の松本サトミさんと2015年ミス琉装の金城りえさんによる献花の儀、琉球ぶくぶく茶道ブラジル支部の銘苅エレナさんと米田ルシアナさんによる献茶の儀が同時並行で執り行われた。  追悼の辞を述べた島袋会長は、先人たちが多くの艱難(かんなん)辛苦に耐え、ウチナーンチュが一致結束して今日の沖縄県系人社会の基礎を築き上げてきたことに触れ、「『温故知新』の言葉通り、古きをたずねて新しきを知る思いで先人たちが築いた移民の歴史に学び、この初志を忘れることなく肝に銘じ、新しい世紀の県系人社会の建設に生かしていく所存」と強調。また、1926年に「球陽協会」から始まった県人会が98年に現在のブ「ラジル沖縄県人会」となった経緯を振り返り、今年で90周年の節目を迎えることに言及した。その上で、9月2日から4日までの3日間にわたって開催される記念行事に母県から県知事をはじめ、県議会、各市町村の慶祝団を迎えることとし、「2世、3世、4世の若い力を掘り起こし、本日の法要で決意を新たにし、県人会とセンターの一層の強化と希望に満ちた社会の増進にさらに努力を重ねることを誓い、亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに会員のご健康とご多幸をお祈り申し上げる」と述べた。  その後、ブラジル禅宗本願寺のコウエン導師の読経により、参加者全員が焼香を行った。  コウエン導師は法話で、沖縄の先人たちがブラジルの厳しい環境の中で子弟のために苦労しながら頑張ってきたことを称賛。そうした歴史を、子孫に継続して伝えていくことの大切さを説いた。  毎年、慰霊法要に出席しているサント・アンドレ市在住の山城勇さん(89)は、同慰霊法要が10年ほど前に一時期行われなかったことがあるとし、「先人への感謝を込めて慰霊法要を行うことは、我々後輩の義務と言える。(法要が行われなかった)当時の総会で『先人への慰霊法要だけはどうしても続けてほしい』と強く訴えたことがある。こうした仏式法要があと何年続くかは分からないが、次世代の時代に合ったやり方で、今後もぜひ続けてほしい」と思いを語った。 サンパウロ新聞 2016年6月18日付
ニッケイ新聞 2016年6月18日  ブラジル沖縄県人会(島袋栄喜会長)は12日午前、聖市の同県人会館にて第22回開拓先没者追悼慰霊法要を行った。県人ら約150人が参列し、先人の霊に対し献楽、献茶、献花の儀を捧げ、追悼の辞、焼香を上げてその遺徳を偲んだ。 午前10時半、居並ぶ参列者を前に、金城ルイス慰霊法要実行委員長が開会の挨拶を行い、最低気温3度という例年に無い寒さの中、集まった参列者らを労った。 続いて献楽の儀として野村流音楽協会、野村流音楽保存会、琉球筝曲興陽会、琉球筝曲保存会の各ブラジル支部が「十七八節」を演奏。沖縄留学経験のある松本サトミ・カリナさん(27、三世)と金城りえさん(19、三世)が献花の儀を、琉球ぶくぶく茶道ブラジル支部が献茶の儀を行った。 三儀の後、島袋会長が県人を代表して追悼の辞を行い、先没者に対する感謝を述べた。また県人会が創立90周年を迎え、9月に知事を招いて記念式典を行うことを報告。「二、三、四世の力を結集して、県人会を更に発展させていく」と位牌を前に誓った。 曹洞宗天随禅寺の孤圓ソーザ導師による読経の下、焼香が始まり、参列者らは手にした抹香に感謝の思いを込め、静々と焚きあげていった。参列した元県人会長で同追悼法要の発案者である山城勇さん(89、沖縄)は、「先人に対する感謝の気持ちを忘れてはいけない。今後も是非続いていってほしい」と話した。
ニッケイ新聞 2016年6月17日  和歌山県人会(谷口ジョゼー会長)が5日午後、聖市リベルダーデ区の同会会館で歴代会長の顔写真プレート除幕式を行なった。谷口会長の発案で、過去に会長職を務めた人物への顕彰を込めて実施された。 元会長の親族、会員ら60人が出席。司会の坂上拓生副会長は「会も創立から60年を過ぎた。これまで運営に携わった方々に敬意を表したい」と述べ、谷口会長は「県人会の歴史を振り返る重要な一日。絶えず母県とも交流し会を支えた元会長に感謝したい」とあいさつした。 初代の竹中儀助さんから順に、武田清一、和田庄一、味村利光、地坂満夫、木原好規さんの写真プレートが親族、代理によって除幕された。 初代会長の親族である竹中オラビオさん(65、二世)は「今となってはひ孫の時代に。会の歴史を実感した」。二代目の息子、武田フラビオさん(58、同)は「84年に県費研修生として訪日した。父への顕彰もありがたいし、私自身も県人会の活動に感謝している」と話した。
 政治資金流用をはじめ、公私混同問題に揺れる東京都の舛添要一知事が15日、辞職願を提出したことを受け、東京都友会の坂和三郎名誉会長は「非常に残念」と率直な感想を話した。  8月のリオ五輪には、次回開催地東京都の知事である舛添知事が来伯する予定だったが、今回の件でそれも取りやめとなった。知事の来伯に際し、都友会では歓迎会などは特に予定していなかったそうだが、企画していた講演会も中止になった。辞職直後ということもあり、東京都とはまだ連絡は取っておらず、今後のはっきりしたことはまだ分からないそうだ。  坂和名誉会長は「前知事が五輪招致に成功し、東京五輪に向け頑張ってほしいところだったが、ロゴ盗作疑惑や国立競技場の問題など、なかなか上手くいっていない印象。そんな中で舛添知事の辞職も重なり、残念としか言えない。なんと言っても東京は『世界の東京』。これまでとは違う個性ある人に知事になってもらい、改革を起こしてもらいたい」と述べた。 サンパウロ新聞 2016年6月17日付
沖縄戦後の思い込めた唄も披露  ブラジル沖縄県人会・ブラジル沖縄文化センター(島袋栄喜会長)主催の「第40回琉球民謡コンクール沖縄県人会創立90周年記念大会」が、5日午後2時からサンパウロ市リベルダーデ区の同県人会館で開催された。当日は小雨が降る中、各カテゴリー別で計45人が出場し、約200人が来場した。沖縄県人会では今年9月に予定されている創立90周年式典を前に、各種イベントを同記念行事と位置付けて盛り上げていく考えだ。 当日はチビっ子の部(13歳まで)、一般の部(14歳から64歳)、高齢者の部(65歳以上)等に計45人が出場した。  午後2時から行われた開会式では高安宏治氏の司会進行により、最初に島袋会長があいさつ。コンクール開催に関係者への感謝を表し、「琉球民謡はウチナーンチュの心を表す大事な伝統文化の一つ。若者の心を惹きつける大きなイベントとしてこれからもぜひ、続けてほしい」と激励した。  引き続き、知念直義実行委員長が「今年は沖縄県人会が創立して90周年で、1976年に開催された琉球民謡コンクールが始まって40年という節目の年。琉球民謡の普及発展には多くの先輩方の貢献がありましたが、現在はその先輩方もわずかに2、3名となっています。これからも琉球民謡を継承し、民謡協会や保存会の先生方と一緒に発展に邁進していきたい」と述べた。  米須正審査委員長の注意事項の後、新人高齢者の部の照屋照子さんの「夫婦船」を皮切りに、各カテゴリーごとに老若男女が練習の成果を披露した。  新人高齢者の部で初出場したサント・アンドレ支部の大城栄子さん(66)は、沖縄戦の悲惨さを唄った「艦砲ぬ喰ぇぬくさー(艦砲射撃の食い残し)」を熱唱。舞台を終えてから、本紙の取材に応えてくれた大城さんは「親兄弟や友人たちが皆戦争で殺されたのに、生き残った自分が一人で生きていていいのかという複雑な思いと、あの激しい艦砲射撃を生き抜いたのだから、どんな苦しいことにも耐えられるとの思いが込められています。良い唄だと思って練習しましたが、戦後70年以上が過ぎても、我々1世にとっての沖縄戦はまだ終わっていないという思いを伝えたかった」と語った。  また、同じくサント・アンドレ支部から初出場した宮城あきらさん(78)も、「二見情話」を披露。同民謡は、米軍基地移設先として国際的な問題になっている名護市辺野古(へのこ)付近にあった「二見収容所」に、米軍の捕虜として収容されたウチナーンチュが作ったという。宮城さんは「辺野古のことを思い、いつも家で唄っている民謡です」と説明した。  各カテゴリーの結果は次の通り(敬称略)。【新人高齢者】1位=宮城あきら、2位=川上テイ子。【優秀高齢者】田野栄正。【最高高齢者】徳永ノリ子。【グランプリ高齢者】1位=城間ローザ、2位=当間ナイル。【新人一般】1位=比嘉カオリ、2位=竹口セリア、3位=与那覇ユウイ、4位=与那覇洋子、5位=喜納レチシア。【優秀一般】1位=百名エメルソン、2位=仲里マリナ。【クランプリ一般】伊集ジュリアナ。 サンパウロ新聞 2016年6月16日付
 去る月曜日、6月13日、和歌山県人会を代表して秋永正俊氏のビリチバ・ミリンにある農場へ訪問した。お迎えしてくださったのは夫婦の正俊さんと静子さんと息子であった。訪問の理由は毎年日本祭りに販売する「お好み焼き」用の生地に加える山芋30キロの提供のお礼であった。秋永夫婦は県人会の推薦で県費留学された二人の娘の恩返しで毎年山芋を作っていると説明した。今年のも収穫し始めたと述べた。彼の栽培している植物は「オルガニック」品で農薬や消毒は一切していない自然で優しい植物のみである。秋永さん、どうもありがとうございました。続いてその当時撮った写真二枚を載せます。
ニッケイ新聞 2016年6月15日  サンパウロ日伯援護協会、熟年クラブ連合会、鹿児島県人会の共催で、17と20の両日、介護の専門家による講演が行われる。日語のみ。  九州大学および山口大学の名誉教授である小川全夫氏が来伯。同教授は生涯現役で暮らす方法や認知症の介護を研究し、東アジアの高齢化問題に取り組んでいる。  17日午前9時から熟連会館(Rua Dr. Siqueira Campos, 134, Liberdade)、20日午前10時から援協5階神内ホール(Rua Fagundes, 121, Liberdade)にて。入場無料だが事前申込が必要。  来社した援協の坂和三郎副会長、熟連の玉井須美子副会長、鹿児島県人会の松村滋樹会長は、「高齢者が増え認知症になる人も多い。興味のある方は、ぜひご参加ください」と呼びかけた。  申込みはそれぞれ熟連事務局(11・3209・5935)、および援協(11・3274・6518/6519)まで。
ニッケイ新聞 2016年6月15日  沖縄県人会(島袋栄喜会長)による『第40回琉球民謡大会』が5日、聖市の沖縄県人会館で行なわれ、46人が出場、約200人が来場した。  島袋会長は開会式で、「琉球民謡はうちなんちゅの絆を強め、人の心をひきつける力を持った大切な文化」と話し、出場者を激励。年齢と技量によって、9部門に分かれ腕を競った。  色鮮やかな琉球着物を纏った出場者らが、琉球民謡独特の緩やかな三線の伴奏と共に日ごろの練習の成果を披露した。新人は自由曲、優秀、最高は「命身節」「恋語れ」などの課題曲、グランプリの部は出場者自身が三線を演奏し自由曲を歌った。  10人の審査員が旋律、拍子、声量、態度の4点を評価し、最高位部門である一般グランプリの部では、伊集ジュリアナさん(36、四世)が「恋ぬ花」を見事に歌い上げ優勝を果たした。授賞式の後、伊集さんは「叶わぬ恋の切なさを表現出来るように、去年から練習してきたのでとても嬉しい」と喜びを語った。  県系人を中心に会場は埋まり、毎年来場しているという田港ネルソンさん(79、二世)は、「皆上手で楽しかった。最近は若い人が多くて嬉しい。これからも続いてくれれば」と大会を楽しんだ。
 世界的に活躍している日本の高齢者福祉の第一人者である小川全夫(たけお)氏が、17日午前9時からサンパウロ市リベルダーデ区のブラジル日系熟年クラブ連合会ホール(Rua Dr. Siqueira Campos, 134)で「生涯現役社会をめざして」、20日午前10時から同区サンパウロ日伯援護協会本部5階の神内ホール(Rua Fagundes, 121)で「老いる日本を誰がみる?」と題した講演会を行う。  案内に鹿児島県人会の松村滋樹会長、援協の坂和三郎副会長、熟年クラブ連合会の玉井須美子副会長が来社した。  一昨年、熊本学園の教授を退職した小川氏はNPO法人アジアン・エイジング・ビジネスセンターの理事長や全国老人クラブ連合会の評議員を務めており、アジア諸国を中心に世界各国を訪れ、それぞれの国の介護について比較研究している。  また、同氏は約50年前に日本学生海外移住連盟の第7次団でブラジルを訪問。その後、世界老年学会リオ・デ・ジャネイロ大会で過去2回の来伯経験があり、ブラジルには特別な思い入れがあるという。  案内に来社した一行は「介護問題を抱えている人や、関心のある人に日本の介護状況を参考にしてもらい、ブラジルではどうしていくべきなのか考える機会にしてほしい」と参加を呼び掛けた。  入場は無料で、講演は日本語で行われる。問い合わせは鹿児島県人会(電話11・3862・2540)、熟年クラブ連合会(電話11・3209・5935)、援協(11・3274・6518)まで。 サンパウロ新聞 2016年6月14日付
 第2回リオ五輪(オリンピック・パラリンピック)サンパウロ連絡協議会が8日午後7時から約1時間行われ、9日に在サンパウロ日本国総領事館の中前隆博総領事による記者ブリーフィングが実施された。  当日は、日系5団体のほか、サンタ・クルス病院、在伯東京都友会、ブラジル日本青年会議所、慈善インテル会館の各代表者が集まり、4月末にリオで行われた第2回オリンピック・パラリンピック連絡協議会に出席した中前総領事を中心に、サンパウロで行う取り組みについて話し合いが行われた。  会議では、リオで行われた協議会の概要説明、在サンパウロ日本国総領事館の取り組み、日系団体の取り組みの主に3点について議論された。  在サンパウロ日本国総領事館は、同館ホームページに「リオデジャネイロ・オリンピック・パラリンピック・サンパウロ総領事館特設ページ」(URL=http://www.sp.br.emb-japan.go.jp/jp/jnot_rio_jp.htm)を開設し、随時更新していく予定。また「サンパウロで困ったら」と題したリーフレットを作成。旅行会社や宿泊施設、治安当局と連携し、来訪者へのリーフレットの配布を進めていくという。  ブラジル日本文化福祉協会(呉屋春美会長)は2014年のサッカーW杯時と同様にホームページを作成しており、主にサンパウロへ訪れる日本人向けに、文化・ニュース・観光・安全上の注意などの情報を掲載する予定で、同じ内容が見られるスマホアプリも作成中。  また、8月10日午後7時半から予定されているサッカー男子「日本対スウェーデン戦」のパブリック・ビューイングが文協多目的ホールで開催される。これを機に、日系人の幅広い世代間の交流のみならず駐在員やその家族の参加により、日系人と日本人の交流の場となることが期待される。  最後に行われた意見交換では「クレジットカード等のスキミング被害に対する警戒」や「リオでの日本人向け医療サービスに関する課題」が指摘された。 サンパウロ新聞 2016年6月11日付
ニッケイ新聞 2016年6月11日  ブラジル日本文化福祉協会が25、26日に開催する伝統ある「第51回コロニア芸能祭」で、長崎県人会(川添博会長)が念願だった「龍踊り」を披露してフィナーレを飾る。2012年の同県人会創立50周年以来、4年がかりで母県から100キロもある「龍体」を運び込み、今年から青年部らが動かす練習を重ねている。龍踊り委員会の委員長も兼ねる川添博会長に話を聞いた。  龍体は今年1月24日に長崎市と姉妹提携を結ぶサントス市に路面電車とともに到着し、2月23日にようやく聖市文協に。この龍体の到着までには長い道のりがあった。12年のブラジル長崎県人会創立50周年で、長崎の田上富久市長が龍体を寄付すると表明し、サントス市に寄贈する電車内に龍体を入れ、一緒に輸送する計画が持ち上がった。 積み出し港まで輸送手段に問題があり、特別仕様トラックの費用が必要となり計画は難航。貞方賢彦ブラジルヤクルト経営審議会会長の尽力で、創業者・松園尚巳氏の記念財団が費用支援を申し出、電車と龍体の輸送がようやく実現した。 ところが龍体は輸送中の破損が激しく、婦人部が総出で紙製の約300枚のうろこを修理した。龍体の腹を開けてウロコの縫い付けをしたが、布はとても厚く、太い針が何本か折れてしまった。現在は縫い付けを全て終え、棒やウロコなどの色付けをしている。 龍踊りでは龍体の胴体の下をくぐる動作など、「龍衆」と呼ばれる踊り手同士の息のあった動きが必要になる。 毎週日曜日、イタペセリカ在住の青年らが集まって、聖市文協の体育館で龍体を動かす練習している。全長20メートル、重さ約100キロの龍体を持ち上げ上下左右に振り、くねらせながら飛び跳ねたり、走ったりしたりするため、20人以上が力を合わせる必要がある。頭部だけで約7~8キロもあり、4人が交代する。 川添会長は「『生きている龍の姿』を表現するためにすごいスピードで動かし、なおかつ壊さないように注意深く扱わなければならない。もぐる動作や龍体のねじれを作る際、うまくやらなければ婦人部が直してくれたウロコが取れたり、布の切れ目がぱっくり開いたりしてしまう」との苦労を語った。 芸能祭への意気込みを聞くと、「本番まで2週間ちょっとだがやるしかない。龍踊りは長い歴史を持つ。伝統を重んじながら、これからの伯国の龍踊りの歴史を作っていきたい」と語った。長崎市の各々の町では、それぞれの特徴を持った龍踊りが見られる。伯国龍踊りの今後の発展が楽しみだ。   □関連コラム□大耳小耳  「龍踊り」は中国で発祥した雨乞いの儀式。踊りには「玉」と「龍」が使われ、龍が太陽と月を表す玉を追いかけ、飲み込むことで雨雲を呼び、雨を降らせると言われている。日本では340年の歴史を持ち、龍体を素手で触れることは許されないとか。いつか、旧正月にリベルダーデ広場で行われる中華新年の龍と〃対決〃させてみたいもの?!
ニッケイ新聞 2016年6月10日  ブラジル埼玉県人会に2日、日本からびっくり仰天の一大企画が舞い込んだ。その名も「2020年東京五輪プロジェクト『俥夫(しゃふ)の世界一周の挑戦』」。発案は東京・浅草で観光人力車を引く田中喬祐さん(23、埼玉県)で、リオから東京へ文字通り人力車で世界を一周するというもの。リオ五輪での出張サービスをきっかけに、仲間と目指すは2020年8月、東京での五輪開幕式だ。  埼玉在住の田中さんは今年、芝浦工業大学を卒業。4年ほど前から浅草で観光客向けに人力車を引いている。リオ五輪の開催に合わせ、人力車の出張サービスを企画。競技の拠点となるバーラ・ダ・チジュッカ地区で実際に、観客を運ぶ計画を立ち上げた。 動機としては「世界中のメディアも集まっているところで、日本文化を発信しながら走らせたい。それによって日本からの観客や現地の日本人、そして若者に勇気や刺激を与えたい」。 最寄りのバス停から会場までの移動を無償サポートする。実施は8月10~18日。治安を鑑み正午から午後3時まで。一日の目標は子ども、高齢者を中心に30人とした。 田中さん自身は3~23日に滞伯する。その他、賛同した100人の若者から、志の高い20人が選抜され、現地を訪れることが決まっている。大学生を始め、昨年のミラノ万博に関わった栄養士、スタイリスト、起業家、トレーナーなど様々な人材で構成されているという。 企画書によれば、総経費は約1千万円ながら、「飛行機代、滞在費すべて実費で支払済みです」と気合は充分。期間中は日本食、折り紙など文化発信イベント、薬学生によるリオ五輪の環境問題調査なども行なう方向だ。 このリオ五輪での出張サービスはプロジェクトの一端に過ぎない。「私は一旦帰国し人力車仲間にバトンを渡す。東京五輪に向けて9月、中国・大連から世界一周して日本へ帰ってくる予定です」。別のグループを組織して4年後、各地を分担して東京を目指す。 「国によっては人を乗せられるところと、乗せることのできない場所があるため、柔軟に対応していく。大人と若者が協力し、64年大会を超えるような東京五輪を一緒に作りたい」と意気込みを寄せた。   □関連コラム□大耳小耳  リオ五輪の出張サービスを皮切りに、4年後の東京五輪へ向け、世界一周企画を打ち立てた田中喬祐さん。人力車文化の幅広い発信にも意気込んでおり、五輪版のジャパンハウスとの連携も視野に入れているよう。「施設を訪問する外国人関係者を玄関まで運ぶ」という構想もあるようだ。同館を訪れる世界のVIPも、わざわざ日本から運び込んだ人力車の〃おもてなし精神〃に驚くこと請け合い?!