ニッケイ新聞 2009年12月8日付け 在伯長野県人会(北澤重喜会長)は19日午前11時からリベルダーデの同会事務所(Pca. da Liberdade, 130, 9o. andar – cj. 910)で忘年会を開く。今年は11月に知事を迎えて会創立50周年を祝った同会。北澤会長、野澤今朝幸副会長、牧野恒司理事が案内に訪れ、一年の締めくくり行事への参加を呼びかけた。会費は一人10レアル。不足分は同会が負担する。参加希望者は16日までに同事務所(電話=11・3106・1268)へ申し込むこと。詳細は同会まで。
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ニッケイ新聞 2009年12月5日付け ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)は6日正午から会館(R.Itajobi,54)で忘年会を開く。一品持ち寄りで、ビンゴやカラオケも行う。参加希望者は同会(電話11・3862・2540)まで。
県連(与儀昭雄会長)の11月度代表者会議が、11月26日午後4時から聖市リベルダーデ区の文協会議室で行われ、来年の第 回日本祭り、2010年度事業計画案などが検討された。 今年の第12回日本祭りについては、スポンサー1社のみがまだ入金を行っていないものの、与儀会長は「(県連としての)大きな支払いも終わり、約34万レアルの黒字は変わらない」と明言した。 坂本アウグスト第13回日本祭り実行委員長によると、来年のテーマは「伝統芸能継承」。来年は奈良県で平城遷都1300年記念式典が行われることなどを説明し、今月から各社スポンサーへの挨拶回りをしていく考えを示した。 2010年度の事業計画案では、毎年の恒例行事を記載した計画案が配布され、それ以外の必要行事の提案が促された。来年度は特に、各県人会の周年行事が目白押しとなり、7月の兵庫県人会50周年をはじめ、佐賀、奈良、岡山、福岡、富山、秋田のほか、群馬、東京、神奈川、大阪、広島、香川の 団体が記念式典などを予定している。 なお、17日午後4時からの12月度代表者会議に続いて、同日午後6時半から県連の忘年会が栃木県人会館(聖市ビラ・マリアーナ区カピトン・カバルカンテ街56番)で開かれる。会費は1人15レアル。 写真:会議に参加した各県人会代表 2009年12月3日付
生田流筝曲ブラジル宮城会(小倉祐子代表)は11月7日、ペルー日本人移民110周年を祝して、同国リマの日秘劇場で箏と三味線の演奏会を開催、好評を得た。 同25日、報告のため来社した小倉代表と同会の長瀬令子さんによると、ブラジルからは両名のほか深田久子、杉尾宣柄、矢崎幹子、石幡浄子、西沢紘子さんらが参加。ペルー在住の続木初美さんと、娘のジュリア・カオリさんをまじえて「八段」「光る海」「都おどり」など7曲を披露。アンデスの民俗音楽「コンドルは飛んでいく」では、サンポーニャと呼ばれる民族楽器(笛)とも共演した。 今回の演奏会は『第 回日本文化週間』のプログラムの一つとして開催されたもので、実現にあたっては現地に住む続木初美さんの多大な協力があったという。 去年10月に夫の仕事の都合でペルーへ転居するまでは、サンパウロの国際交流基金に勤めるかたわらブラジル宮城会に所属していたという続木さんが、ペルー日本人協会や在ペルー日本国大使館などの関係機関へブラジル宮城会の招聘を働きかけ、演奏会開催が決まった後は受け入れ準備などに奔走した。 航空会社(ラン・チリ)が「規定の大きさを超えるため箏は積めない」と言い出すなどのトラブルを乗り越えて実現した演奏会。1曲ごとに送られる拍手から「とても喜んでもらえたと感じた」という長瀬さんらは、これを機に今後も交流を続けていきたいと嬉しそうに語った。 写真:ペルーを訪問したブラジル宮城会の一行 2009年12月3日付
満3年を迎えた恒例の青葉祭り(青葉健康福祉協会主催)が5日、19日の両日午前7時からリベルダーデ区の宮城県人会会館(ファグンデス街152番)で催される。 5日は、婦人部による定番のてんぷらうどんを提供。ブラジル農協婦人部連合会(ADESC)の手作り製品を販売する他、高橋幸衛家紋研究者による日本家紋の展示即売会を実施する。 19日は、郷土料理の「はらこ飯」や「ずんだ餅」、ソースイカ入り焼きそばなどを提供し、手作りの大豆製品、有機野菜の販売、好評の小児ぜん息背骨矯正治療を行う。 1日、案内に来社した中沢宏一会長、鈴木運蔵宮城県人会副会長、玉腰豊子ADESC副会長、栖原マリーナ同指導員は、「ぜひ多くの来場を」と、呼びかけている。 写真:来場を呼びかける案内の関係者 2009年12月2日付
ニッケイ新聞 2009年12月4日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(与儀昭雄会長)は47都道府県の郷土料理をポ語で紹介した本「郷土食」を刊行、1日文協貴賓室で出版記念祝賀会が盛大に行われ、約80人が祝った。執筆したのは日本料理研究家の康本静子さん。懇親会では康本さんらが調理した郷土食が実際に用意され、参加者は各地の郷土食に舌鼓を打っていた。康本さんは準備した料理のことについて触れ、「少しでも違った味を味わってください」と挨拶した。同書には各県4品の料理を紹介、県の歴史や文化、料理の由来も記載している。分量や作り方が事細かに説明され、全ての料理は写真付き。康本さんによれば、郷土食で、かつブラジルで調理できる料理を選んだという。日本祭りでもお馴染みの広島のお好み焼きや沖縄のサーターアンダギーも掲載、京野菜で有名な賀茂ナスに白味噌を乗せ、甘焼きにする京都の「賀茂ナスの田楽」や、薩摩芋とアンコが詰まった熊本の「いきなり団子」など全188品が紹介されている。さらに同書には、昔の生活様式が分かるように、すり鉢や臼などの調理道具や新年の儀式、お盆の様子などの写真も掲載されている。「最後の仕事かな」と笑いながら話す康本さん。日本語で理解するのは難しいので、今のうちにポ語で説明したかったという。同書は10年前から練っていた構想で、07年に出した魚の本に続いて3冊目。「日本食は少ししか知られていない」と語り、「寿司や刺身だけではない。本当の日本食は郷土食」と改めて強調した。与儀会長は「日本料理の本はほとんどが日本語。三世でも四世でも読めるものが出来て嬉しい」と語った。同書はA4版カラー、211頁。宮坂国人財団の協力で実現した。発行部数は1千500部、同書はインターネットのみでの販売。希望者はコジロー出版サイト(www.editorakojiro.com)、問い合わせは同出版(電話=11・3277・4121)まで。
ニッケイ新聞 2009年12月4日付け 「とにかくお礼が言いたかった」。〃アマゾン移民のふるさと〃トメアスー文化農業振興協会の海谷英雄会長が、日系団体の協力に感謝するために来聖した。トメアスー郡の選挙結果に問題が起き、裁判沙汰になったために、あまり公的な支援が期待できない中、9月の式典には聖市や日本からの続々と参加者が集まった。「サンパウロから300人近く、日本からも全国知事会会長代理の海老井悦子福岡県副知事、井本邦彦県副議長らにも来ていただき、本当にありがたかった」と振り返る。トメアスーの式典実行委員会には約50人が参加するが、一世は海谷会長を入れて2人だけ。「40代、50代の若い世代、特に二世と準二世が今回がんばってくれた。彼らがきっと90周年も立派にやり遂げてくれるはず」と期待をかける。「人間だからたまにぶつかることもある。でも、バトンタッチする良い機会になった。これからも皆で手を取り合ってやってほしい」。80周年の最後を飾る今月、ゲートボール大会の他に打ち上げを兼ねた忘年会も行われる。
ニッケイ新聞 2009年12月3日付け ブラジル岡山県文化協会(根岸健三会長)は13日正午から同会館(R.da Gloria,734)で忘年会を開催する。一品持ち寄りで、飲み物は同会が負担。当日はビンゴを行う。参加希望者は同会(電話=11・3207・3487)まで。
ニッケイ新聞 2009年12月3日付け 「みなさん、ありがとうございました」。汎アマゾニア日伯協会の生田勇治会長は堤剛太事務局長と共に11月16日に来社し、アマゾン入植80周年への聖市日系団体の協力を感謝した。9月の式典には、県連ふるさと巡り一行211人をはじめ、幾つかのツアーが組まれ、計250人近くが駆けつけた。「県連ふるさと巡りのみなさん、本当にありがとうございました。すごく力になってもらって嬉しい」と生田会長。9月18日のベレン式典はアマゾニア祭の一環として行われ、1万6千人の地元ブラジル人でにぎわった。「日本文化をアピールできた。日本から井上信治衆議院議員、首都から島内大使にも来ていただいて立派な式ができ、市や州にもはっきりと日系人の存在が認識された」と同会長は感謝する。堤剛太事務局長も「スピーチコンテストでも林達也マテウスさんが3位にはいり、町田リョートも良い成績を残している。80周年のいい締めくくりになりました」と笑顔を浮かべた。町田選手は総合格闘技「UFC98」のライトヘビー級で5月に世界王者になり、10月14日にはマウリシオ・ショーグン相手に見事タイトル防衛に成功し、プロ公式戦無敗記録を16に伸ばした。今年、パラー州議会が第1回移民がベレンに上陸した9月16日を「アマゾン日本移民の日」に制定した。堤事務局長は「日本人は政府関係者にはペコペコしがちですが、80周年では生田会長がブラジル人政府関係者と対等に交渉した。ここまで日系人は来たかと感慨深いものがありました」と語った。
岡山県人会(根岸健三会長)は、13日正午から聖市リベルダーデ区の同県人会館(グロリア街734番)で毎年恒例の忘年会を開催する。 一品持ち寄り。飲み物は県人会で負担。忘年会では、ビンゴも行われる。 2009年12月2日付
埼玉県人会(飯島秀昭会長)は6日午前11時から、アルジャー市内の別荘で忘年会を行う。 同県人会は、10月に埼玉県所沢、川越両市で催されたフェスティバルに県人会ブースを出店。会では、参加した飯島会長、尾崎副会長から同事業についての報告も行われる。 当日は、リベルダーデ区の三重県橋からの無料送迎バスを用意、午前9時半出発。同県人会では、「会員、県出身者はもちろん、県人会にゆかりのある人はぜひ参加を」と、呼びかけている。申し込みは、同県人会事務局(電話11・3253・8554)まで。 2009年12月2日付
県連(与儀昭雄会長)は、以前からの懸案事項だった定款改正を行うために、11月26日午後3時半(第2次招集)から聖市リベルダーデ区の文協ビル1階会議室で臨時総会を開いた。委任状を含めた参加代表者34人による投票の結果、賛成29人、反対2人、白票3人により、定款改正委員会(園田昭憲委員長)が進めてきた改正案が承認された。 今回の改正案の焦点は、(1)投票権は正会員のみが持つこと(2)県人会会長の委任状で補佐役の投票が可能になることを明記(3)執行部の人員が 人から 人に減らしたこと(4)代表者が執行部役員を離れた場合、自動的に役目を失うが、執行部の判断により、県連の定期総会月の最終日まで務めることができること、の大きく4点。 臨時総会では、園田委員長が与儀新体制発足翌月の09年4月の執行部会議で「定款改正委員会」を立ち上げたことを説明。その後、各勉強会などを経て、ブラジル語の定款を日本語に公証翻訳したことや、今年に入って数回、日ポ両語の定款改正案を代表者会議で配布し検討を促してきたことを発表した。その上で、11月11日に定款改正臨時総会を告示し、同月21日までに各県人会に意見・提案を求めていた。 これについて出席した代表者からは、定款改正案の記述に細かい間違いがあることが指摘されたほか、「改正内容が充分に検討されておらず、今日この場で決定するには時間が、なさ過ぎる」との意見も出された。 これに対して、定款改正委員会からは、記述の間違いについては「公証翻訳人が書いたもので、我々が手を付けることができず、改正案が承認されれば法律上問題が無いか、専門弁護士に早急にはかる」と説明。また、「充分な検討がされていない」とする意見には、定款改正前のオリジナルと改正後の定款案を事前に複数回、各代表者に配布しているとし、理解を求めた。 各代表者による無記名投票の結果、改正案が承認された。 園田委員長は「民主主義なので色んな意見はあるが、時代に沿った定款ができたと思う。これで肩の荷が下りた」と、ホッとした表情を浮かべていた。 写真:各代表に改めて配布された改正前後の定款 2009年12月1日付
2日間で500人が来場 ブラジル秋田県人会(小松雹玄会長)による『第3回手工芸品バザー』が11月21、22日の両日、聖市ビラ・マリアナ区の同県人会館で催され、2日間で約500人が詰めかける賑わいを見せた。 同バザーには和紙絵、手作りのアロマキャンドル、陶器、アクリル加工飾り物、ハンドバッグ、折り紙と切り紙、粘土細工、各種アクセサリー、手作りチョコレートなどバラエティーに富んだ手工芸品が出品され、出品数は合計約2500点に及んだ。 午前10時の開場後、訪れた来場者が多種多様の工芸品を前に「とても綺麗」と口々に声を上げ、各ブースをじっくり見ながら好みの手工芸品を買い上げていた。 2人の弟子とともに 点近くの和紙絵を出展した同会婦人部長の米谷ヨシ子さんは、「和紙絵制作は様々な種類の和紙を使って色をつける手間のかかる作業ですが、それだけに完成したときの喜びもひとしお」と語る。和紙絵は雪景色、桜の花びらや遠くから見た木々の葉や枝など、出したい色や質感によって用いる和紙を変え、大きい作品になると制作に1か月以上を要することもあるという。 溝口オルガさん(3世)、萩原イアラさん(2世)、タマキ・ロウールデスさん(3世)は陶器とアクリル加工飾り物を出品。溝口さんはピニェイロスのアリアンサ陶芸教室で陶器づくりを習得。粘土などの材料はすべてブラジルのものを用い、ろくろなど多種の手法を駆使して制作する。「思ったとおりの色を出すことが一番難しかった」と語っていたが、展示品の出来栄えに満足そうだった。 正午からは特製焼きそば、パステル、秋田名物のわらびの酢漬け、飲み物なども販売され、買い物を終えた来場者たちが用意されたテーブルでランチタイムを楽しむ姿も見られた。 同会館の近所に住むアメリカ・タヴァーレスさん(88)は、娘と孫の女性3人で来場。全長1センチ以下の小さな折り紙細工とワイングラス用の装飾品を購入した。「日本の工芸品は芸術的で繊細。日本人はブラジル人よりも手先が器用なのね」と笑顔を浮かべ、お気に入りの品物を購入できてご満悦といった表情を見せていた。 写真:多数の来場者で賑わいを見せた会場 2009年12月1日付
日伯友好協力に貢献 2009年(平成21年)度秋の叙勲者への勲章伝達式が、26日午後3時から聖市モルンビー区にある在サンパウロ日本国総領事公邸で行われ、旭日単光章受章の荻原孝行(おぎはら・たかゆき)さん(79)と瑞宝中綬章受章の坂手實(さかて・みのる)さん(72)に勲記・勲章が伝達された。 会場には家族や友人をはじめ約30人が集まり、木多喜八郎文協会長、森口忠義イナシオ援協会長、本橋幹久県連副会長、五十嵐司老ク連副会長ら日系団体関係者が見守る中、大部一秋総領事から勲章が伝達された。 荻原さんはペドラブランカ日伯文化協会の活性化に尽力。1973年に同協会会長に就任後、23年間にわたり会長職を務めた。世代間を超えた活動の充実を図る目的で婦人部、青年部を創設し、後継者育成に貢献した。また自家農園でゴヤバ栽培を営む傍ら、姉妹都市である岐阜市の少年サッカーチームやリオの日系果樹生産者の研修生を受け入れ、日伯交流と地域の発展に貢献してきた。 坂手さんはサンパウロ州立パウリスタ総合大学ボツカツ校にて教鞭を執る日系2世の教授たちとボツカツ日本文化協会を創立。初代会長として市の行事に全面的に協力するなど同協会の発展と、日系人の地位向上に大きな功績を残した。さらに大学教授として退官までの31年間、優れた指導者として人材育成に邁進。日伯間の文化学術に関する人事交流に取り組み、相互の指導者の資質向上に寄与してきた。 勲記・勲章の伝達に続き、大部総領事が挨拶。荻原、坂手両氏のように長い人生にわたり積み重ねた努力や、その誠実な姿こそが日系社会やブラジル社会の発展、そして日本とブラジルの友好協力関係に偉大な貢献を成し遂げてきたと称賛し、「豊かな体験と貴重な知恵を十分に生かし、これからの日伯両国の交流を深めるために引き続きご尽力いただければ誠にありがたい限り」と述べた。 荻原さんは挨拶の中で「本日このような受章ができたのも、私を支えてくれた友人や妻の力によるものが大きい」と感謝の意を示し、続いて坂手さんが「人生は一度しかないので、これからも社会のために貢献できるような仕事を続けていきたい」と今後の抱負を語った。 伝達式を終えた後に記念撮影が行われ、軽食や飲み物が用意されてパーティー形式の懇談会に移行。萩原悦子夫人(73)は夫の活動について「ペドラブランカ文協での活動以外では、同市で住民会を発足させて警察署を初めて設置したことで、強盗もいなくなり治安が良くなったんです」と更なる功績を教えてくれた。また坂手さんの娘の由美さんは「父が本当に一生懸命働いてきたのを知っているので、評価されたことに対して嬉しく思う」と、誇らしげな表情を浮かべていた。 写真:更なる活躍を祈願しての「乾杯」 2009年11月28日付
ニッケイ新聞 2009年12月2日付け 在ブラジル日本国大使館へ9月4日に着任した國方俊男公使(くにかた、57、広島)がサンパウロに初出張し、各日系団体を訪問するとともに、11月17日午後、ニッケイ新聞を訪れて着任のあいさつを行った。ドイツ語が専門で、これまでドイツで4回勤務したほか、海外駐在勤務経験は10カ所以上にのぼるが、中南米は今回が初めて。だが、ハワイ・ホノルル、北米ロサンゼルスに続き、日系社会が大きい地での勤務は3カ所目。「ブラジルでも日系人の偉大な遺産を感じている。ブラジルに『ウェルカム』と温かく受け入れてもらえるのを感じ、ありがたいなぁと思っています」と頷く。ホノルルの日本フェスティバルには7、8万人が訪れるというが、それ以上の日本祭りがサンパウロで開催されていることに驚き、目を輝かせる。日伯間の経済が、失われた10年を取り戻しつつある最中での着任。「日本の注目もブラジルへシフトし、前向きな話がいくつかある。二国間の経済交流がうまくいくよう力を入れたい」とし、「目下の課題は新幹線。入札が控えているので、後方、側面支援をしっかりやっていきたい」と抱負を述べた。
ニッケイ新聞 2009年12月2日付け 在伯埼玉県人会(飯島秀昭会長)は6日、アルジャ市の飯島会長の別荘で忘年会を開く。県内で反響を呼んだ所沢、川越市民交流フェステバル参加の報告を兼ね、来年への更なる展開をアピールする。同会では会員、県出身者はじめ、県人会にゆかりのある人への参加を呼びかけている。当日は午前9時半にニッケイ新聞社前(R.da Gloria,332)から無料のバスが出る。申し込み、詳細についての問い合わせは事務局の尾崎さん(電話=11・3253・8554)まで。
ニッケイ新聞 2009年12月2日付け 青葉健康生活協会(中沢宏一会長)は、5日、19日の午前7時から午後4時まで宮城県人会館(Rua Fagundes, 152, Liberdade)で恒例の青葉祭りを開催する。両日、農協婦人部連合会(ADESC)が有機野菜や手作り製品を販売、家紋の調査、制作、販売などを行う。また、19日は小児ゼンソクに背骨矯正治療や整体、指圧も行われる。さらに、ナタールも近いことからパッチワークや絵を描いた手作り手芸も販売される。同県人会婦人部による天ぷらうどん(5日)、はらこ飯、きな粉餅、ずんだ餅、さんま定食、イカポッポ焼き、ソースイカ入りやきそば(19日)などが販売される。食事は午後3時まで。案内に訪れた中沢会長、鈴木運蔵副会長、同連合会の玉越豊子副会長、栖原マリーナ指導員らは「おかげさまで青葉祭りは満3年。みなさん是非いらしてください」と呼びかけた。問い合わせは、同県人会(電話=11・3209・3265)まで。
ニッケイ新聞 2009年12月1日付け 宮城県から見た県人移住―。財団法人未来の東北博覧会記念国際交流基金(高橋俊一理事長)は先ごろ、宮城県人のブラジル移住100年の歴史を著した記念誌『赤い大地を拓く』を発行した。案内に本紙を訪れたブラジル宮城県人会の中沢宏一会長によると、日本移民・県人移住100周年に合わせて、同県民に対し移住の全容を明らかにし、各市町村や図書館に寄贈できるような記念誌をつくるべきと同県に要請した成果だという。調査は記念誌制作実行委員会(京極昭委員長)のメンバーが07年から08年中頃までに、計3回以上来伯し、パラナからアマゾンまで調査に行き資料収集、インタビューなどを行った。宮城県国際交流協会や宮城・ブラジル友好協会、河北新報の記者なども協力し、財団法人・宮城県国際交流協会(高橋俊一理事長)などの資金協力を得て完成した。同記念誌は序章「移住前史Ⅰ、Ⅱ」、第1章「ブラジル移住100年の歴史」、第2章「宮城県人100年の歩み」、第3章「海外移住を推進した機関・団体」、第4章「仙台七夕のブラジル移住」、第5章「日系人の出稼ぎ問題」、第6章「ブラジル親善訪問団の足取り」、資料編の530ページからなる。宮城県人100年の歩みや七夕祭りなどが記載され、巻末の資料編では移住者名簿などのほか、県費留学生や技術研修員の名簿なども記載されている。さらに、1803年、ロシア船にのって世界一周をしていた仙台藩石巻港の若宮丸船員、津太夫ら4人が日本人として初めてブラジルの地を踏んだ話や、初の日本進出企業で、日伯貿易のさきがけともなった藤崎商会についても記されている。中沢会長は「仙台藩からの移住の歴史が詰まっています。県の学校や市町村図書館にも保管して欲しい。日本語以外でも出版したい」との期待を述べた。同記念誌の問い合わせは同県人会(電話=11・3209・3265)まで。
矍鑠(かくしゃく)とした104歳翁 聖市サウーデ区在住の丹羽義雄さん 日散歩に出かける元気印 サンパウロ市サウーデ区在住の丹羽義雄さん(兵庫県垂水区出身)が今月で104歳(数え年、1906年11月9日生まれ)となり、その誕生日会が 日、聖市内の長男の家で行われ、子孫たちに囲まれて祝福されるなど充実した1日を過ごした。義雄さんは多少耳が遠いものの食事の好き嫌いもなく健康そのもので、毎日散歩に出かけたり、孫や曾孫ら家族と過ごしたりと有意義な日々を送っている。 サウーデ区で自動車部品販売店を経営する次男の丹羽清さん(68、2世)の話によると、義雄さんは1926年、父母、兄妹4人の計7人で渡伯。当時20歳で、働き盛りの若者だった。ミナス州のカフェザルに契約移民として入植し、カフェ生産に従事してきた。 その後、聖州アララクアラ線のサンタ・ベリアに転住し、同州マットン生まれの2世、キクエ夫人(86年に70歳で死去)と結婚した。30年代半ばにパラナ州ロンドリーナに新しいカフェ生産地を求めて家族で転住したが、義雄さんは「勝ち負け抗争」により、一時的に身柄を警察当局の拘束されたこともあったという。 ロンドリーナでは霜害にやられ、カフェ生産を断念し、サンパウロに出てきたのが戦後すぐの 年代半ば。現在のサウーデ区で洗染業を営み、家族総出で家計を助けた結果、70年代後半には30人近い従業員を使用できるほどに成長した。 しかし、長男の英雄さんが43歳の時に若くして病死。義雄さん、英雄さんとともに家計を支えてきた清さんは、信頼していた兄の突然の死に「やる気が無くなった」と洗染業を辞め、学生時代から勉強していた電気関連業に転換。現在の場所に自動車部品販売会社を経営して、すでに25年になるという。 15日、今は亡き英雄さんの自宅で開かれた義雄さんの104歳誕生祝賀会には、同居している清さん家族をはじめ、孫、曾孫など20人近い親戚や兵庫県人会の尾西貞夫会長も出席。義雄さんは、家族に囲まれながら記念ボーロのローソクを吹き消すなど、家族たちとの充実した1日を過ごした。 清さんによると、義雄さんは丹羽家が戦国武将・織田信長の家来だったことをよく話し、家族たちと一緒に過ごすのが一番の楽しみだという。 耳が多少遠いものの、食べ物に好き嫌いがなく、100歳を超えてなお心身ともに健康そのもので、「自宅から、お父さんがやっていた洗濯屋の店まで100メートルほどあるのですが、いつも1人で歩いていって、家族を驚かせるんですよ」と清さん。「自分のことはすべて自分でやってくれるので、本当に手のかからない父親です」と、更に長生きしてくれることを望んでいる。 写真:家族とともに104歳の誕生日を祝った丹羽義雄さん(前列中央) 写真:ボーロの火を吹き消す義雄さん 2009年11月27日付
兵庫県産の海苔を輸出 実現に向け関係者が来伯調査 兵庫県産の高級海苔(のり)をブラジルに輸出することを目的に、その事前調査として兵庫県漁業協同組合連合会のり海藻事業本部の高瀬博文本部長、(株)三菱総合研究所海外事業研究センター主席研究員の中野正也氏、同研究員の齋藤美穂子氏の3人が16日から来伯。サンパウロ、クリチーバなどの輸入業者、日本食レストラン・食料品店関係者などと会い、情報交換を行った。 23日、尾西貞夫兵庫県人会会長の案内で3人が来社、調査状況などについて説明した。 中野氏によると同調査は、日本の農林水産省からの委託により平成21年度農林水産物等輸出ステップ・アップ推進委託事業として実施。兵庫県漁協連が実際の輸出を行う予定だという。 高瀬本部長の説明では、日本の海苔の年間生産量は90億枚で、そのうちの10億枚を神戸、須磨、明石、淡路島など兵庫県内で生産している。兵庫県産は、「色が黒くて、艶があり、味が良いのが特徴」(高瀬本部長)で、毎年12月には皇室にも献上しているほどの逸品だそうだ。 今回、ブラジルを輸出先に選んだことについて高瀬本部長は、「世界最大の日系社会があり、海苔の消費量が多いこと。ブラジルでは、中国産、韓国産が多いと聞くが、元々海苔は日本から伝わったもので、ブラジルに住む方々に兵庫県の高品質の海苔の食べていただきたい」と、差別化を図りたい考えだ。 サンパウロやクリチーバの日本食関連業者に実際に試食してもらったところ、「味と香りが凄く良い」との評価をもらったという。しかし、その一方で価格面の問題があり、伯国で販売する場合、関税の影響などから日本国内の小売値段(10枚約600円)の3倍ほどの値段になる可能性が高い。 このことについて3人は、高級日本食レストランを対象にしたり、輸送方法などを考慮し、来年2月下旬に改めて来伯して調査を行う。 来年創立50周年を迎える兵庫県人会では、来年7月の日本祭りに、これら兵庫県産の海苔を使用した料理も出品するとし、郷土の海苔をアピールしていく考えだ。 写真:海苔の調査で来伯した高瀬本部長(右から2人目)ら 20009年11月27日付
