ニッケイ新聞 2009年7月30日付け 「糖尿病向け焼き饅頭はじめます」―。「青葉祭り」(青葉健康生活協会主催、中沢宏一代表)で今月から、カロリー控えめの手作り焼き饅頭を販売する。鈴木運蔵宮城県人会副会長、吉泉美和農協婦人部連合会(ADESC)副会長、饅頭を作る鳥原寿子さんが二十八日、案内に来社した。「砂糖を使わず天然甘味料で作るんです。お饅頭が食べたくても食べられないっていう人がたくさんいるから」。鳥原さんは、糖尿病の母が甘い物を食べられないのを気の毒に思い、その母が亡くなる二十年前まで作っていた。「天然甘味料も改良されて、その頃よりも美味しい。これなら喜んでもらえる」と販売に踏み切ることになった。はじめは予約注文制で、八月一日の「青葉福祉祭り」で予約を受け付け、十五日「青葉祭り」で販売となる。屋上食処では一日が天ぷらうどん、十五日はイカポッポ焼き、秋刀魚定食、はらこ飯、ずんだ餅が並ぶ。地下では通常のADESC食品、有機野菜販売、武道医術など。会場=宮城県人会館(ファグンデス街152)。午前七時から午後五時まで。
admin@kenren
ニッケイ新聞 2009年7月30日付け ブラジル琉球舞踊協会(城間和枝会長)は八月二日正午から聖市の沖縄県人会館(トマス・デ・リマ街72)で「第五回芸能祭」を開催する。三歳から八十八歳まで総勢五百人余が出演。玉城流玉扇会、玉城流小太郎会、玉城流てだの会、太圭流華の会による舞踊のほか、琉球國祭り太鼓、レキオス芸能同好会エイサー太鼓による太鼓演奏など約五十演目が披露される。中でも有名な歴史舞踊劇である「与那国旅情」は本場の醍醐味が分かると城間会長は薦める。各流派の親睦や沖縄文化の継承を目的とした同祭。来社した城間会長、知花千恵子実行委員長、具志堅シゲ子第一副会長、栄野川ミヨ子第二副会長、古我知ゆり子監査役、島袋安雄県人会書記ら一行は、「舞踊は世代によって踊れるものが変ってくる。できるだけ多くの舞台を作り、機会を逃さずに披露し見てもらえるようにしています」と話す。稽古に参加する子供たちも、自然と沖縄の方言が身についているという。知花実行委員長は「皆多くの人に見てもらいたいと張り切っています。ぜひ会場に足を運んで下さい」と来場を呼びかけた。協力券は二十レアル。当日券あり。問い合わせは沖縄県人会(11・3106・8823)まで。
ニッケイ新聞 2009年7月30日付け 原爆投下から六十四年目を迎える今年、レジストロで灯篭流しが行なわれる。被爆者の鎮魂とブラジルで平和の尊さを訴えることが目的。広島で平和祈念式典が行なわれる八月六日午前八時十五分にあわせ、ブラジル時間五日午後八時十五分にリベイラ川に流される。サンパウロや地元レジストロの関係者ら約五十人が参加する。ブラジル広島県人会(大西博巳会長)、ブラジル被爆者平和協会(森田隆会長)、リベイラ沿岸日系団体連合会(FENIVAR、山村敏明会長)、レジストロ日伯文化協会(滝内功会長)の四団体共催。コーディネーター役を務める平崎靖之さん(63、広島県人会理事)は、「私自身が胎内被爆者。原爆の悲惨さを知らせ、平和の大切さを伝えるイベントにしたい」と話し、来年からも継続的に行なっていく考えを示した。
ニッケイ新聞 2009年7月29日付け ブラジル熊本県文化交流協会(小山田祥雄会長)は、八月二日午前九時から同会館(ビラ・マリアーナ区ギマランエス・パッソス街142)で「第三十九回熊本芸能祭」を開催する。入場無料。カラオケ、民謡、長唄、端唄、琴演奏、尺八演奏、ダンス、舞踊、寸劇など六十の演目を披露。「内容は当日まで秘密」という寸劇は、各グループがアイデアを凝らす。ロンドリーナ市からも十一人が出演する予定だ。婦人部により餅や饅頭、汁粉などが用意されるほか、昼食時には熊本県の名所や、二〇一一年四月に開通予定の九州新幹線建設の様子がスライドで紹介される。このほか、会員からの寄付で集まった商品を用意してのくじ引きも行われる予定。案内に来社した小山田会長と書記の赤木数成さんは、「二世、三世の交流を図り、次の世代が日本の芸能を無くしてしまわないように伝えていくことを目的としています」と説明し、「ぜひ見に来てください」と呼びかけた。問い合わせは同会(11・5084・1338)まで。
治療に生かしたい異文化体験 滋賀医科大学から教授らが来伯 日系ブラジル人女性の妊娠・出産・育児などの支援を滋賀県内で行ない、異文化理解を目的に国立大学法人・滋賀医科大学の畑下博世教授と植村直子助手の二人が、二十一日から一週間滞伯。二十二日、山田康夫滋賀県人会長の案内で来社した。 同大学の医学部看護学科で地域生活看護学講座を担当する畑下教授らは、滋賀県内で日系女性の支援を行なう中で、日本文化の価値判断だけでは看護に違いがあると実感しており、「一度ブラジルに来て、自分の五感でブラジル文化に触れてみたかった」と初来伯のきっかけを語る。 畑下教授によると、看護は「その人の生活に合わせて考えることが必要」で、日本人女性が出産時などの痛みを我慢することを美徳とする傾向にある一方で、日系ブラジル人は痛みに対する概念が違うという。 現在、滋賀県内には約一万四千人の日系ブラジル人が在住し、特に二十代から三十代が多いという。畑下教授らは、授業の無い土、日曜日に病院などに出向いて日系ブラジル人女性の相談を通訳を通じて受けたりしているが、「異文化の人に対して、今後どうケアーしていくかを考えたい」と話す。 一週間の滞在日程では、サンパウロを中心に産婦人科医との意見交換や日伯友好病院の視察などを行ない、出産後一か月以内の乳児を持つ日系家族へのインタビューも実施する。 帰国後は、滋賀県国際交流協会の資金援助を得て、主に日系ブラジル人を対象にした日ポ両語の看護マニュアル作りも行なっていく考えだ。
恒例の芸能祭 熊本県人会 県の名所、九州新幹線DVD放映も 熊本県人会(小山田祥雄会長)は八月二日午前九時から、同県人会会館(聖市ビラ・マリアナ区ギマランエス・パッソス街一四二番)で第三十九回芸能祭を行う。 のど自慢、うで自慢の会員出演で華やかな舞台が繰り広げられるほか、恒例のように役員出演の寸劇、浪曲名人の中川芳月氏のショー、また、パラナ州ロンドリーナ支部会員の舞踊と多彩なプログラムが披露され、一日を楽しませてくれる。 二十三日、小山田会長、赤木役員が案内に来社、「幕間には母県から贈られてきた新幹線建設や県下の名所風物を記録したDVDの放映などもある。兎に角、芸達者な県人の多い熊本、多数の来場を待っています」と呼びかけていた。
ニッケイ新聞 2009年7月25日付け 大阪なにわ会(下平尾哲男会長)は八月二日午前九時から同会館(ドミンゴ・デ・モライス街1581)で恒例の「第六十三回慈善バザー」を開催する。会場では婦人部が手芸品を出品するほか、協賛業者が出店。食堂ではお寿司、なにわうどん、天ぷら、おしるこ、おはぎなどが用意される。同バザーは年に三回行われ、同会婦人部(久保美恵子部長)では一九九六年から毎年バザーの売上金を使い、希望の家に車椅子二台を寄付している。今年は、五月にすでに寄付したそうだ。案内に来社した久保部長、会計の桑原妙子さんは「皆様のご来場をお待ちしております」と呼びかけた。
ニッケイ新聞 2009年7月25日付け リベルダーデ地区治安協議会(CONSEG)の会議が二十一日夜、東洋文化会館で開かれ、新規役員(〇九―一一年)の発足式が行われた。六年間会長を務めた福井ニルトン氏が内規により交代となり、新会長に小川彰夫氏(インスティトゥートICARO代表)が就任した。 式には小川新会長、福井前会長、リベルダーデ文化福祉協会(ACAL)の池崎博文会長はじめ、リベルダーデにある第一警察署のリカルド・コンドウ署長補佐代理など警察関係者、サンパウロ商業協会代表、文協、県連、援協など日系団体代表、各県人会長十数人ら、合計百五十人が列席した。福井前会長の挨拶で発足式が開会。ブラジル国歌斉唱に続き、福井前会長がCONSEGのマークを模ったピンを小川新会長の胸につけ、固い握手をして引き継いだ。続いて新役員が紹介され、小川新会長は一人一人にピンを胸につけてまわり、全員で輪になり、右手を前に突き出しリベルダーデ区の治安を守ることを宣言した。小川新会長、来賓の挨拶に続き、ウィリアン・ウー連邦下議代理の関谷ロベルトさんから福井前会長に記念プレートが贈られた。来賓一同による鏡開き、木多喜八郎文協会長の発声で乾杯した後、カクテルへ。新旧会長の周りには大勢の人が集まり、リベルダーデの治安や将来について活発に話し合う姿がみられ、午後十一時頃、散会となった。ニッケイ新聞の取材に対し小川会長は「リベルダーデには県人会館をはじめ、多くの日系団体があるが、治安が良くなればもっと活発な活動ができるだろう。老後も安心して住めるような雰囲気になれば」と述べ、「住民の代表として取り組むが、みなさんも警察の悪口を言うだけではなく、良い所を見つけ、一緒になって取り組んでもらいたい」と語った。心残りはリベルダーデ広場への交番設置という福井前会長は「広場周辺が聖市の文化遺産に登録されてから、交番を設置するのが難しくなった。今年は大阪市との姉妹都市四十周年なので、これを機に再挑戦したい」と任期を振り返ると共に、副会長として襟を正していた。◎新役員は次の通り。会長=小川彰夫、副会長=福井ニルトン、コミュニティ問題・社会局長=セルバ・マーラ・シケイラ・フェレイラ、第一書記=フルヤ・ミノル、第二書記=マルコス・デ・アギアール・トファロ、倫理教育顧問=池崎博文、藤本徹也、遠藤マリオ。(敬称略) ※ 治安対策協議会(CONSEG)は一九八五年、当時のフランコ・モントル聖州知事が設置した機関。同機関は全伯にあり、各地区の住民と警察を繋ぐ役割を果たす。同会では、地域の警察と協力して治安や生活環境改善に取り組んでいる。聖州内では現在、約八百の協議会が活動をしており、リベルダーデ区では毎月一度、同地区の商店主や警察関係者らが集まり、治安や防犯問題について会合を開いている。
ニッケイ新聞 2009年7月25日付け ブラジル福島県人会(小島友四郎会長)は、二〇〇七年十月の創立七十周年記念式典の際に、知事や県議会議長から慶祝訪問を受けた答礼として、十月に県庁訪問を計画。現在、参加者を募集している。小島会長、大竹輝和副会長が二十二日に来社して説明を行った。対象は、県人や県人子弟。毎年短期研修生十人、留学生二人を送っているほか、六十人いる青年部が活発な同県人会。次世代育成に力を入れているが、「やっぱり母県とのつながり、人と人とのつながりを続けていかないと何にもならない」と小島会長。昨年の移民百周年では先亡者慰霊祭を行い母県からメッセージを受けた。「今年は私たちがお礼をする番」と話し、「ちょうど福島の十月は紅葉の季節。みなさん予定を合わせて一緒に行きましょう」と呼びかけている。八月十五日まで募集。参加は実費で、現地での団体行動は一日程度。申込み、問い合わせは県人会(11・3208・8499/礎我部)まで。
大阪なにわ会(下平尾哲男会長)は八月二日午前九時から、同会会館(聖ビラ・マリアナ区ドミンゴ・デ・モライス街一五八一番)で第六十三回慈善バザーを行う。 婦人会(久保美恵子部長)会員の精魂込めた手芸品はじめ味の美味ななにわうどん、寿司、てんぷら、お汁粉、おはぎ、その他、多彩なメニューを用意して待っているそう。 また、協賛業社による内外の衣類、食料品、装飾品、日用日など豊富な商品が取り揃えている。 二十一日、久保部長、桑原妙子会計が案内に来社、「豊富な商品のあるバザーで知られています。ぜひ家族連れで来場して、楽しんで下さい。純益は福祉施設に毎年、車椅子を購入して寄贈しています。今年は早めに購入し、希望の家に二台寄贈しました」と語り、来場を呼びかけていた。
記念誌『赤い大地を拓く』 宮城県人会、県人の百年を刊行 宮城県人会(中沢宏一会長)が、宮城県国際交流協会や同県海外移住家族会と、一年半がかりで編集した記念誌『赤い大地を拓く―ブラジル移住・宮城県人の一〇〇年』が、このほど刊行された。 農業移民の苦闘やサンパウロ仙台七夕祭りの隆盛、記録が残る同県出身者の消息、移住者名簿なども掲載。六章から成る移民史は、森幸一USP教授が概観した。 記念誌はB五判、五百三十頁、二千円。問い合わせは同県人会事務局(電話11・3209
フェスチバル・ド・ジャポン恒例となったミス日系コンテストが十八日午後六時から、同フェスチバル会場の特設ステージで開催され、北はパラー州から南は南大河州まで、十州から集まった二十一人の日系女性たちが参加。法被、ビキニ、ドレスによる審査を経て、水平ロマーニ・ラリッサさん(一九)が見事、ミス日系ブラジル二〇〇九の栄冠に輝いた。 聖州ピラシカーバ出身の三世で現在は学生というラリッサさんは、本紙取材に対し「日本にはまだ行ったことはないが、祖父母が生まれ、自分のルーツでもある国なのでぜひ行ってみたい」と話し、日本語は話せないとしながらも最後は「ありがとう」と笑顔で答えた。 第一プリンセーザにはパラナ州クリチーバの山岸エフチング・ツアニさん(一八、三世)が、第二プリンセーザにはマット・グロッソ州クイアバの西谷レジーナさん(二〇、三世)が、そしてミス・シンパチアにはパラナ州ロンドリーナの岩井リダオン・ビビアン・アユミさん(一七)がそれぞれ選ばれた。
ニッケイ新聞 2009年7月23日付け 宮城県人会(中沢宏一会長)は二十四日午後六時から同会館(ファグンデス街152)で、十一、十二両日開催された第三十一回サンパウロ仙台七夕祭りの七夕飾り、文芸入賞者の授賞式を行う。 主な受賞者は次の通り。(敬称略) 【七夕飾り】▽一般の部。一位=モッカ日本人会婦人部、二位=GRACIELA HIDEMI SATO、三位=青葉婦人部。▽学校の部。一位=ESCOLA JAPONES DE PQ EDU CHAVES、二位=MOGI NICONICO GAKO、三位=BIRITIBA NIHONGO GAKO。 【俳句】特選=杉本絃一、菊田島椿(日本)、小島愛子。【短歌】一位=香山和栄、二位=栃沢千秋、三位=尾山峯雄。 問い合わせは同県人会(電話=11・3209・3265)まで。
ニッケイ新聞 2009年7月22日付け 第一回アマゾン移民の山田元さん(82、広島)の講演会『トメアスーに生きる』が、二十日夜、聖市リベルダーデ区の文協貴賓室であった。立ち見が出るほどの盛況ぶりを見せ、約二百人が貴重な初期アマゾンの開拓の証言に耳を傾けた。今年のアマゾン日本人入植八十周年を記念し、広島県人会(大西博巳会長)とニッケイ新聞社(高木ラウル社長)が共催した。ベレン総領事館、文協、援協、県連、サンパウロ人文科学研究所、ブラジル・ニッポン移住者協会、コチア青年連絡協議会、ブラジルを知る会の後援、レアル銀行の協賛。 山田さんは第一回南拓移民として、二歳のとき、両親の義一、スエノ、姉三江さん(7)の四人でトメアスー(旧アカラー)移住地に入植。第一回アマゾン移民として今でも現地に住みつづける、たった二人のうちの一人だ。講演前、山田一家が主人公として描かれた『アマゾンの歌~日本人の記録』(角田房子著)のドラマ映画の一部が上映され、来場者らは真剣な眼差しで見入った。続いて、高木社長、木多喜八郎文協会長が開会のあいさつ。清水オリジオ・レアル銀行取締役は、「私は移民の子。父は二三年、山田さんと同じ広島から来た。映画を見て苦労がひしひしと伝わって胸が熱くなった」と感極まった様子。「遠くから来てくれて、ありがとうと言いたい」と感謝の言葉を送った。大きな拍手を浴びて山田さんが壇上へ。「非常に光栄で身に余る思い」。深く頭を下げる姿に再度、拍手が沸き起こった。トメアスーの古い写真を見ながら堀江剛史・本紙記者が質問し、山田さんが答えるという形式で講演が始まった。渡伯前の家族写真を見て「こうして母に抱かれて来ました」とはにかみ、「とにかく働き詰めだった母の背中にくくりつけられて育ったから、母の体に沿って自然と足が曲がってしまった」。幼少の頃の記憶はないが、山田さんの体が開拓移民の苦労を物語る。「家族全員が罹り、生きているのが不思議」と移住地を襲ったマラリア禍にも触れた。当時の特効薬キニーネの多量摂取による〃赤ションベン〃(黒熱病)で、「三、四〇年代半ばは、バタバタ死んだ」との証言に会場は静まり返った。十三歳でジャングルに入り、精米のために建てた水車小屋で十年過ごした。当時、妻豊江さんが身ごもった長男、次男を取り上げたエピソードでは、「へその緒を処理して、トマ・バーニョさせて…まあ何とか格好つけました」と会場を笑わせた。七、八〇年代には、トメアスー農協理事長、市議も一期務めた。ピメンタブームに沸く移住地の様子も語った。その記憶力とその律儀で真面目な喋り口調に来場者は、小一時間じっくりと耳を傾けた。講演後、大西会長と高木社長から記念プラッカが贈られた。与儀昭雄県連会長の発声で、トメアスー農協提供のグラヴィオーラで作ったバチーダで乾杯、「ブラジルを知る会」(清水裕美代表)手作り料理のカクテルパーティーが開かれた。真剣な表情で聞いていた村本清美さん(51)は、「苦労されたのにそんな様子を全く見せない。本当に貴重な話を聞かせてもらえた」と感慨深げ。戦後移民の益田照夫さん(67)は、「金の苦労はしたけど、山田さんのような生死の苦労はしてない。そんなの苦労と言えないね」と苦笑い。ブラジル日本交流協会生で山田さん出身の広島で育った日系三世、古賀アンドレアさん(22)は、「移民だった祖母が山田さんと同じ広島出身。胸が熱くなった」と語った。講演を終えた山田さんは、来場者の笑顔の輪に包まれながら、「移民して八十年、感無量の一言に尽きます。父母が苦労した歴史は継承して欲しい」と穏やかな表情で語った。
ニッケイ新聞 2009年7月21日付け ブラジルを代表する日系イベント「第十二回日本祭(フェスティバル・ド・ジャポン)」が十七日から十九日まで三日間、聖市のイミグランテス会場で開催された。ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、与儀昭雄会長、加藤恵久実行委員長)が主催。各県人会自慢の郷土食をはじめ、舞台では郷土芸能や太鼓、ミス・フェスティバルなど多彩なプログラム、パビリオン内では期間中、企業ブースや日本文化ワークショップなどが来場者を楽しませた。天候にも恵まれ、主催者によるとのべ十七万人が来場。会場内はどこへ行っても人で溢れかえり、ブラジル社会に改めて〃ニッポン〃を披露する場となったようだ。 二日目正午に始まった開会式にはジルベルト・カサビ市長、大部一秋在聖総領事、飯星ワルテル連邦議員、西本エリオ聖州議、羽藤ジョージ聖市議ほか、日系団体代表など来賓二十人が列席した。与儀会長は挨拶の中で、「各県人会やスポンサー、ボランティアのおかげで開催できます。テーマは環境。個人個人が少しのことに注意すれば良い世界になると思う。シンボルとしてこの祭りが役立てば」と語り、開幕を宣言した。カサビ市長らの挨拶に続き、舞台上で鏡開きが行われ、千坂平通JICA聖支所長の音頭で乾杯した。メインステージでは歌手のジョー平田さんや、日本から来た中平マリコさんらのショー、各県の郷土芸能や太鼓などで盛り上がった。リベイロン・ピーレス健康体操グループによるYOSAKOIソーラン、皿踊りでは派手な衣装とリズム感ある音楽と踊りで観衆を圧倒し、健康体操では観客が一緒に参加する姿も見られた。パビリオン内の入口近くには、岩や緑の木々で作られた日本庭園。お茶会が開かれ、日本文化を体験する人や記念撮影を楽しむ人の姿もあった。コチア青年連絡協議会と農協婦人部連合会、弓場農場のブースが並ぶ一角は、お目当ての野菜や果物、手作りジャム、漬物等の加工品、花などを買い求める人たちで終日混雑した。中には三時間も同農場の場所を探しようやく辿り着いた人もいた。弓場農場はトラック一台で約四千点の食品を持参した。声を張り上げて販売していた同農場創設者弓場勇氏の孫、らおりさん(三世)は、「今日は弓場の卵油を飲んできました。これで元気に頑張れます」と笑顔。特設ステージでは期間中通じて太鼓や踊りなどが披露され、来場者の注目を集めていた。中でも日本からきた古武道「神刀流」の演舞では型の他、試し切りも行われ、多くの観衆が魅了された。神刀流四段の黒田雅彦(53、静岡)さんは「ブラジル人は日本人と違い、体全体で拍手を送ってくれて嬉しかった」と感想を語った。二日目には一時雨がぱらついたものの、その後天候が回復。最終日は急激に冷え込んだが、雨に降られることはなく、会場は終日超満員の来場者で賑わった。着任してから初めての日本祭りを訪れた大部総領事は、「想像もしていなかった」と盛況ぶりに驚いた様子。「日本文化、日系人がブラジル社会に溶け込み、受け入れられていることがよく分かった。日本人として嬉しく思う」と語った。開催期間中、忙しそうに会場内を動き回っていた加藤実行委員長は、「日系社会は今や三世、四世の時代。彼らは非日系人を連れてくるので、日本文化を伝える場になった。スタッフも優秀でスムーズに進みました」と話していた。 写真=日本祭の会場の様子
聖市と大阪市が姉妹都市友好提携を結んでことしで四十周年になるが、大阪サンパウロ姉妹都市協会(吉川謹司会長)は九月、慶祝使節団をサンパウロに送り、聖市の文協記念講堂で『歌でつむぐ心の旅』をテーマに日伯親睦交流を予定している。 平松邦夫大阪市長も力をいれており、大阪在住の歌手・成世昌平さんを親善大使に任命して協力、メッセージも託すという。 さらに作曲家・船村徹さんが、移民の苦難の歴史に思いを馳せて作曲した『みかえり富士』を披露する歌謡ショー、紅白歌合戦、交流の夕食会などのプログラムが組まれている。 このほか、大阪市からの記念品『澪の鐘』の聖市への贈呈、宮崎県民謡「ひえつき節」の作詞者・酒井繁一さんを顕彰する歌碑建立計画推進、マナブ・マベ近代美術館建設支援歌謡大会協力などが予定されている。 2009年7月21日付
2009年8月23日(日)9時半 先没者慰霊法要10時 60周年記念式典場所 北海道協会会館 在サンパウロ日本国総領事、宮崎県知事、県議会議長、慶祝団を迎えて行われます。
【福岡発・吉永拓哉福岡支局長】海外福岡県人会の後継者育成を目的として、県人会子弟を母県に招き、福岡の自然や文化、県民たちとのふれあいを体験させる『海外福岡県人会子弟招聘事業』(福岡県主催)が、今月十一日から実施されている。 昨年に続き、今年で二度目となった同事業では、ブラジル、ペルー、アメリカなど六か国の福岡県人会から子供たち二十人、引率者十人が来日。県内の吉武小、大島小で小学生同士の交流を行なったほか、福岡、北九州市内を見学した。 子供たちは十六日午前、麻生渡知事(海外日系人協会会長兼任)を表敬訪問するため、福岡県庁を訪れた。 特別会議室のテーブル席で行儀よく待機し、麻生知事が現れると起立、礼をした後、元気よく「おはようございます」と挨拶。知事の顔をほころばせた。 同招聘事業の発案者でもある麻生知事は、挨拶で「福岡県は皆さんの父祖の地です。皆さんのルーツを知って頂くとともに、日本の子供たちと仲良くなって帰ってもらいたい」と話した。 また、麻生知事は、同事業の世話役として子供たちと行動を共にしている南ビビアンさん(二四、九大法学部)ら県費留学生たちに対し、「ご苦労さまです」と感謝の意を述べた。 表敬訪問では、知事と子供たちとの対話の時間が設けられ、パラ・デ・ミナス市の柔道教室に通っている三田フェリッペ君(一一)が「知事は柔道が強いんですか?」と質問すると、麻生知事は「強いぞ。私は柔道四段で、得意技は内股だ」と、終始子供たちに目線を合わせながら楽しそうに話した。 最後に知事と子供たちとのプレゼント交換が行なわれ、ブラジル福岡県人会の子供たちは、移民百周年記念誌や記念DVDなどを手渡し、麻生知事は子供たち一人ひとりに和ごまを贈った。 ベレンから来た小野ベアトリアさん(一四)は、「とても優しい知事だった」と笑顔を見せた。 今後、子供たちは、太宰府天満宮や九州国立博物館などの見学や、ホームステイを体験する予定で、二十二日に帰国する。
ニッケイ新聞 2009年7月21日付け 天気にも恵まれ、無事に終了した県連フェスティバル。今年三回目の参加となったコチア青年連絡協のブースでは、聖南西各地をはじめとする青年らによる花卉、農産物が早朝から次々と到着。南伯サンジョアキンから名産のリンゴも出品されるなど、青年たちの結束は健在だ。隣接する農協婦人部連合会の加工食品も相変わらずの人気。味見をする客と談笑するなど、忙しい中でも和気藹々とした雰囲気に包まれていた。 ◎ 血圧・コレステロール無料検査に、例年の一・五倍の千九百人が並んだ日本祭りの援協ブース。買い物の時に使うエコバックを配布するなどの工夫からか、はたまた健康志向の高まりからか、援協関係者もびっくり。お隣、サンタクルース病院の眼科無料検査も好評だったよう。今年のテーマ「環境保護」は存在感が薄かったが、来年のテーマは長寿国日本として「健康」にしてはいかが? ◎ 神奈川県文化協会は日本祭りの文化広場で二宮尊徳展を開催。神奈川県庁から送られた像を飾り、周りでは尊徳の物語が、折り紙で作った模型と共に紹介されていた。二宮精神がブラジル社会に根付くには時間がかかりそうだが、郷土食とは違った形で、心に残る日本の文化だ。
ニッケイ新聞 2009年7月21日付け アマゾン・トメアスー日本移民八十周年記念の「サンパウロ前夜祭」(トメアスー文化農業振興協会主催、文協・県連後援)が十五日夜、聖市リベルダーデ区の客家会館で挙行された。大部一秋総領事、木多喜八郎文協会長、与儀昭雄県連会長、上原幸啓百周年協会理事長、千坂平通JICA聖支所長らが列席。飯星ワルテル、ウィリアン・ウー両下議も途中かけつけた。来伯中だった国本武春浪曲師やピアニスト宮下和夫氏が艶やかにディナーショーを飾り、九月の八十周年式典を前に盛大に祝った。約二百五十人が集まり和やかな雰囲気の中、司会を務める頃末アンドレさんと藤瀬圭子さんが登場。ディナーショーがはじまった。来賓紹介後、海谷英雄トメアスー農協会長は、四十二家族百八十九人で始まったトメアスー移住地の歴史に触れて、「今はサンパウロや海外にも加工品を出荷できるまで力がついたが、それまでの苦労は並大抵のものではなかった」と振り返り、「今日はまことにありがとう。サンパウロの方と手を結び仲良く交流していきたい」と感無量の表情であいさつ。大部総領事は、「昨年の百周年に引き続き、アマゾン八十周年が盛大に祝われることを願う」と言葉を贈った。木多文協会長のあいさつ後、斉藤準一空軍総司令官からの祝電が読み上げられた。宮下氏が登場し、「アマゾン組曲」七曲をピアノソロ。これは氏が約十年前のアマゾン滞在中に、ジャングルの上に昇る朝日、町の風景やリオ・ネグロに沈む夕日を曲にしたもの。「アマゾンらしい力強い曲。どんな苦境も乗り越えてきたアマゾン移民にぴったり」と海谷会長は頷きながら聞き入っていた。花柳流なでしこ会の二人が艶やかに舞台を飾り、国本浪曲師が、「着いたところはトメアスーで、八十周年おめでたい」と迫力ある声を節に乗せ、三味線での弾き語りを披露し盛り上げた。大きなケーキが運び込まれてケーキカット。ドレス姿のミス・トメアスーの久保田タチアーニさん(17)も壇上にあがり華を添えた。宮下氏のピアノ伴奏で「パラベンス」を歌って乾杯し、会場は和やかな雰囲気。久保田さんは、「こんな素晴らしいショーを開いてくれてありがとう」と片言の日本語でお礼を述べ、温かい拍手が沸き起こった。終盤には、国本、宮下両氏やコーディネーター兼司会の藤瀬さんに、同農協から感謝状が送られた。海谷会長は、「遠い田舎の私たちのためにサンパウロの人たちが協力してくれ励まされました。嬉しくて涙が出るくらい」と喜びを噛みしめていた。
