ニッケイ新聞 2009年2月13日付け ブラジル鳥取県人会は八日午前十時から聖市の会館で二〇〇九年度定期総会を開いた。三期六年つとめた加藤恵久会長が今期限りで勇退。副会長の本橋幹久さん(73)が新会長に就任した。昨年は六月に平井伸治知事ら慶祝団を迎え、鳥取市から使節団四人を受け入れるなど、母県との交流が活発だった同会。加藤会長はサンボードロモでの聖市百周年式典に郷土芸能の傘踊りが出演できたことを喜び、「慶祝団の皆さんもいい雰囲気で帰ってくれたと思う」と振り返った。昨年度収支は収入約二十三万六千レアル、支出約十五万八千レ。〇六年からのIPTU(土地家屋税)免除が認められ、既に支払った分が戻ったこともあり、八万レアル近くを繰越した。同会の特色の一つ、会館を使った約三十の文化講座も好調。一週間でのべ七百人が会館を利用し、約十万レの収入となった。今年度予算の収入は約十七万レを予定。加藤会長は、経済危機の中で「皆さん一人一人が県人会を守っていかないと難しい年になる」と述べ、協力を要請。留学・研修制度の重要性を強調し、「会長を辞めても皆さんと共にやっていきたい」と話した。役員改選では提出された唯一のシャッパが発表され、出席者の拍手で承認。本橋さんが新会長に就任した。徳尾恒寿会長以来二十二年間、四代の会長の下で副会長を務めてきた本橋さんは、各会長の県連での活動などにも触れながら、「歴代会長のおかげでいい県人会になっている」とあいさつ。方針として、より広い協力を得るために理事を増員することや、各講座で会館を利用する会員外の人たちの会への取り込みなどを挙げた。そのために定款改正を検討していくという。母県の行政、一般の人たちとのつながりも深めたいと抱負を述べ、会運営のため「皆さんから参加を申し出てほしい」と協力を呼びかけた。当日は母県の「中堅リーダー交流事業」で来伯中の河本弘三さん、富村仁美さんの二人も出席。今年度県費留学生の森岡カチア留理さん(22、三世、ピラール・ド・スル市)も家族と訪れ、あいさつした。森岡さんは、日本で生産システム、品質管理について勉強する予定。総会後は持ち寄りの新年会が開かれ、各講座の生徒による発表もあり、にぎわいを見せた。
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ニッケイ新聞 2009年2月13日付け ブラジル山口県人会(平中信行会長)は十五日午前十時(第二次招集)から同会館(ピラピチングイ街72)で二〇〇九年度定期総会を開く。主な議題は〇八年度事業・会計報告および〇九年度事業計画・予算案審議など。総会終了後、新年会を催す。会費は十五レアル。問い合わせは電話(11・3208・6074)まで。
鳥取県人会は八日、同県人会会館で定期総会を開いた。 これには会員ら約三十人が出席。事業・会計の〇八年度報告、〇九年度審議に引き続き、役員の改選が行なわれ、加藤会長に代わって本橋幹久氏(七三)が新会長に選出された。 県人会の新役員は次のとおり(敬称略)▽会長=本橋幹久、第一副会長=山添源二、高井ジャシー、末長正、総務=磯谷貞男、末長あゆみ、会計=磯谷美奈、大西竹下マリエ、財産管理=千田伊藤初美、池堂吉田みゆきミリアン、渉外=東吉田真澄ルーシー、船橋エリック、文化=美甘好重、竹下朝枝イルダ、正監事=川島洸二ロウリバール、加藤とみひろエドソン、西谷ゆきこオルガ、準監事=伊藤誠パウロ、西谷オズワルド、明穂薫。
パラナ支部にも県助成金 ブラジル新潟県人会(柿嶋昭三会長)は八日午前十時半から、同県人会会館(聖市リベルダーデ区)で第五十三回定期総会を開催した。 また、任期満了に伴う役員改選が行われる予定だったが、会長に立候補する者がいなかったため西川忠雄同県人会顧問が現職の柿嶋会長の続投を提案。この案は満場一致で承認され、柿嶋体制は二期目を迎えることになった。 柿嶋氏は本紙取材に対し「若い人が(会長に)名乗り出るのを期待していたが、新潟県人は控えめな人が多いせいか誰も出てこなかった。県人会のために一肌脱いでやろうという人が現れたら任期途中でも(会長職を)譲る考えもある」とした上で、「一部(役員の)入れ替えは必要だと思うが、役員ともども頑張る」と話し、今年九月の親善交流母県訪問団派遣に向けて一丸となって取り組んでいく意気込みを見せた。
ニッケイ新聞 2009年2月12日付け 元会計理事の使途不明金問題で揺れている長崎県人会(野口圭三会長)だが、「チャンポン祭り」で評判の高い婦人部(宮崎静子部長)が今月七日に解散していたことがニッケイ新聞の取材で分かった。理事会が大黒柱ならば、縁の下の力持ちといえる婦人会の解散理由を野口会長は、「七〇歳以上の人ばかりで体力的に大変。若い人に譲ろうということ」と説明するが、まだ〃後継者〃は決まっていないという。「自然にまたできると思う。皆さんには会員として協力してもらうし、実質的には変わらない」と続ける。宮崎部長によれば、最近では月例会も滞り、県連主催「日本祭り」や「チャンポン祭り」に参加するに留まっていた。 「十年ほど前は二十五、六人いましたが、現在は十四、五人。活動もあまりしていませんでした」。野口会長からの解散要請も受けたが、「理由は聞きませんでした。十年部長をやって、私も疲れましたから…」と言葉少なだ。昨年から辞意を伝えていたという宮崎部長だが、後任に適任者がいないこともあって、今回の解散に繋がったようだ。七日に会館で行ったお別れ会には、十六人が集まり、食事を楽しみながら、歓談を楽しんだ。なかには、解散を惜しむ部員の声もあったようだが、宮崎部長は、「会員を辞めるわけではないし、お手伝いはします。ただ、婦人部として活動することはもうありません」ときっぱりとした口調で話す。現在、元会計理事による使途不明金問題で、経営状態が悪化している会に対し、解散にあたり五千レアルを寄付。〇六年末には、業務用冷蔵庫を婦人部の〃ヘソクリ〃三千レアルをはたいて購入するほどの婦人会だったが、会の運営同様、〃仕切りなおし〃が必要な時期が訪れたのかも知れない。
ニッケイ新聞 2009年2月12日付け 大阪なにわ会(下平尾哲男会長)は十五日午後二時(第二次招集)から同会館(ドミンゴ・デ・モライス街1581)で二〇〇九年度定期総会を開く。議題は〇八年度事業・会計報告、〇九年度事業計画審議など。
ニッケイ新聞 2009年2月12日付け ブラジル静岡県人会(杉本教雄会長)は二十八日午前十時半から同会館(ベルゲイロ街193)で二〇〇九年度定期総会を開く。議題は〇八年度事業・会計報告および〇九年度事業計画・予算案審議、役員改選など。総会終了後、新年会を催す。参加費十レアル。問合わせは同会(11・3209・0685)まで。
兵庫県人会(尾西貞夫会長)は、三月一日午前十時半(第一次招集)から宮城県人会館(聖市リベルダーデ区ファグンデス街一五二番)で〇九年度定期総会を開く。 議題は、〇八年度事業・会計報告、〇九年度事業計画・予算案、役員改選など。 総会終了後、新年親睦昼食会とビンゴ大会が行なわれる。 申し込み締切は今月二十日まで。会費二十レアル。七十五歳以上は無料。 詳細についての問い合わせは、同県人会事務局(電話11・3207・0025)まで。
鳥取県から『二〇〇八年度ブラジル中堅リーダー』の二人が六日着聖。十四日まで滞在し、鳥取県人会(本橋幹久会長)会員らの案内で聖市内や第二アリアンサ(ミランドポリス)、リオなどを訪問し、県人らとの親睦を深めている。 来伯したのは河本弘三さん(四四、会社員)と富村仁美さん(二九、ヨガ・インストラクター)。県人会の要請により発足した制度の六期生で、県とブラジルの相互交流を深めるため、鳥取県から派遣された。 二人は「鳥取村」とも呼ばれる第二アリアンサなどを訪問するほか、聖市内では県人会会館でヨガ体験教室を開いたりして、県人らとの親睦を深める。帰国後は、「県と県人会のつながりをさらに深められるよう尽力したい」と語っていた。
ニッケイ新聞 2009年2月11日付け アルツハイマーや認知症などの予防医学に力を入れ、入園者に限らず、地域住民や日系コムニダーデ一般に福祉の輪を広げる――。昨年五十周年を迎えた日系老人ホーム「憩の園」が、そんな新しい方針を掲げた活動を開始した。運営団体である救済会の事務所で四日に記者会見を行い、大きな転換点であることを強調。昨年完成した宮腰千葉太講堂を有効に活用して、月々の活動費支援をしてくれる地域協力員組織を再編成するきっかけにしたいとの抱負が説明された。 昨年の伯国社会における六十歳以上の人口は八%のみだが、二〇五〇年には三〇%近くなるという統計グラフを見せながら、本田泉理事は「高齢化社会ではいくら施設を増設しても足りない。これからは施設に入らなくて済むような予防医学が重要になる。五十周年で建設した宮腰講堂は、そのための拠点として活用する」と説明した。続けて、「まずは日系企業や団体に、憩の園を気軽に見に来て欲しい」と呼びかけた。憩の園には約八十八人が入園しているが、うち約七十人が要介護。残りが自立者だ。特に要介護者向け施設は常に満員。吉安園子理事によれば「毎年四百人から五百人の入居希望者が相談にくるが、まったく応えられない状態」という。施設改築を繰り返すたびに特養施設を増設して職員も増やし、福祉施設の理想ともいえる園生一人に一職員の体制を築いてきた。園生の平均年齢は八十六歳。職員の一人は「他のブラジルの施設では一週間に一人、入寮者が亡くなるところもあるが、憩の園は長期入園者が多いので空きが少ない」と説明した。施設運営費の半額以上は寄付や慈善バザーなどのイベント収入でまかなっており、固定収入である入居者の寮費は三八%、協力員の会費は一五%に過ぎない。今後の安定運営を考えた時、固定収入である協力員の会費収入を増やすことが最大の悲願だ。この協力員は八六年頃が最も多く、八千二百四十四人を数えた。その後、協力員の高齢化、デカセギなどにより激減、九八年には二千三百四十一人、昨年には一千人を切る状態になっている。支援の目標額に関し、吉岡黎明会長は「月々最低給分の支援をしてくれる協力員二百六十三人の企業・個人を求めている」という。一最低給分を十五人で割れば月々三十一レアル、二十三人で割れば二十レアルとなり、そのような形に取りまとめてもらい、支援を受けることも可能。本田理事は「運営費を援助するという発想でなく、予防医学を実行するための投資として支援して欲しい」と強調する。吉安理事は「宮腰講堂を使って、昨年来られた日野原重明先生の『新老人の会』と連動した活動を展開していきたい」と語り、伝統ある福祉施設が始めた新しい考え方に理解を求めた。訪問希望者は憩の園事務所(11・3208・7248、3209・0215)まで連絡を。
ニッケイ新聞 2009年2月11日付け ブラジル北海道協会(木下利雄会長)は十五日午前十時(第二次招集)から同会館(ジョアキン・タボラ街605)で二〇〇九年度定期総会を開く。主な議題は〇八年度事業・会計報告および〇九年度事業計画・予算案審議、役員改選など。総会終了後、親睦昼食会を催す。問合わせは同会(11・5084・6422)まで。
ニッケイ新聞 2009年2月11日付け 沖縄県人会(与儀昭雄会長)は十五日午前十時半(第二次招集)から同会館(トマス・デ・リマ街72)で二〇〇九年度定期総会を開く。主な議題は〇八年度事業・収支報告および〇九年度事業計画・予算案審議、役員改選など。問合わせは同会(11・3106・8823)まで。
ニッケイ新聞 2009年2月11日付け ブラジル広島文化センター(大西博巳会長)は十五日午前十時(第二次招集)から同会館(タマンダレー街800)で二〇〇九年度定期総会を開く。主な議題は〇八年度事業・会計報告および〇九年度事業計画・予算案審議、役員改選など。総会終了後、新年会を催す。問合わせは同会(11・3207・5476)まで。
ニッケイ新聞 2009年2月11日付け 福島、茨城、福井、和歌山、島根、熊本の各県人会は〇九年度定期総会で役員改選を行い、新役員を選出した。各会新役員の氏名は次の通り。▼【福島】会長=小島友四郎、副会長=(第一)大竹輝和、(第二)遠藤勝久、(第三)秋元たかお、(第四)木村カチア▼【茨城】会長=小林操、副会長(第一)黒沢儀人、(第二)鈴木康夫▼【福井】会長=志田茂夫、副会長=石津黎子、西川修治、佐々木則一、会計=川崎省三、野中エリザ、書記=柴田イナシオ、西村純子▼【島根】会長=古田川英雄、副会長=浜野稔、福間エジソン、池田好史、会計監査=宮村径行、馬庭得夫、福島パウロ▼【和歌山】木原好規会長以下、全役員留任▼【熊本】小山田祥雄会長以下、全役員留任
ニッケイ新聞 2009年2月11日付け 二百年以上前に製作されたと思われる三線(沖縄三味線)がこのほど、沖縄県人会の調査により見つかった。初期の沖縄県人移民がブラジルに持参したもの。県人会資料の記述から琉球王朝時代の作と見られ、本物なら貴重な発見だ。現在は他の県人子孫が保管するこの三線。夜毎、ひとりでに音色を奏でたとも伝えられている。 きっかけは昨年十一月、「写真で見る県人移民百年史」編纂のため宮城あきら委員長、大城栄子委員たちが昔の資料をあたっていた時、県人会発行の会報「協和」五十四号(一九六六年五月)に一つの文章を発見したことに始まる。協和婦人会第三代会長を務めた故新城スエ子さんが、「霊魂は生き通し」と題した文章の中で自宅にある「不思議な三線」について書いた一文だ。そこには、県人移民の親川徳太郎氏(故人)の家に代々伝わり、同氏が渡伯時に持参したその三線が、琉球王国時代の名音楽家、知念績高(一七六一~一八二八年)の愛用したものであると記されていた。文章にはまた、移住後の生活の中で親川氏が三線を他人に譲ったところ、ある夜袋の中でひとりでに鳴り出し、再び親川氏のもとへ戻ったこと。別の友人に譲ると同じ事が起き、再び手元へ戻った逸話などがつづられている。スエ子さんの夫は、野村流古典音楽保存会ブラジル支部の初代会長を務めた故新城清助氏。三線は親川氏の死後、夫妻が夫人のマカトさんから譲り受けた。「今も三味線箱の中に静かに保管されてあります」という一文から、宮城さんらは調査を開始。親川氏が一九一八年に移住したことや、聖市在住の二男、秀夫さん(83)が保管していることが分かった。三線の棹は八重山クルチ(黒木)で、白い年輪の模様(ウジラミー)が入っている。知念績高が生きた時代から見て、二百~二百五十年ほど前のものと見られるという。宮城さんや県人会関係者、三線師範で製作も手がける知花眞勲さんらも秀夫さん宅を訪れ、存在を確認した。知花さんは、三線を取り出した際、箱の上に置いて両手を合わせたという。宮城さんは「漆を塗っていないように見え、クルチ自体の色彩に息を飲む思いがした」と振り返る。材質や光沢、加工などの点を見た結果、専門家の鑑定を受ける条件を備えていると判断したという。今月五日には、県人会館で古典音楽関係者向けの鑑賞会が開かれ、新城家からも四男パウロ氏のヨシコ夫人が出席した。底光りする棹に一人一人が感心した様子を見せ、その日演奏した関係者は皆、神妙な面持ちで音色を確かめていた。与儀昭雄県人会長は、「持参した家族や、これまで関わってきた人たちにとって重要な三線だったでしょう。それだけでも大切なものだと思う」と話した。県人会では三月一日に開く「三線の日」芸能祭で一般向けに披露するほか、今後はブラジル国内に残る歴史的な三線の所在確認を進めていく考えだ。百年から百五十年程度の三線は現時点で七、八丁あることがわかっているという。
2009年2月28日(土) 県人会館 一次召集 10時00分 二次召集 10時30分 議題 2008年度事業報告 2008年度決算報告 2009年度予算審議 2009年度事業計画審議 役員改選 そのほか 終了後新年会 会費r$10,00
2009年2月15日 難波会館 一次召集 13時30分 二次召集 14時00分 議題 2008年度事業及び会計報告 2009年度事業計画 他
2月鳥取熟年大学 鳥取県人会(本橋幹久会長)の鳥取熟年大学は十八日午後一時から同県人会会館(聖市ミランドポリス区ドナ・セザリア・ファグンデス街三二三番。 電話11・2276・6032)で今年の始業式引き続いて講演を行う。 講師は佐々木陽明南米浄土宗別院日伯寺開教総監(淑徳大学客員教授)。会費=七レアル。 一般の方の参加も歓迎。
重文に匹敵の三線を発掘 楽聖知念績高愛用の逸品 沖縄県人会聖市在住、新城秀夫さんが所蔵 沖縄県人会(与儀昭雄会長)は昨年十一月、母県にもほとんど残っていないという二百年以上前と見られる貴重な三線(サンシン)が、聖市内で埋もれていたことを発見した。 この三線は、琉球王朝時代に「御冠船の歌氏を勤めた楽聖」と言われる天才的音楽家・知念績高(一七六一年~一八二八年)が愛用したとされる名品。 五日午後三時から同県人会館で「お披露目」が行なわれ、役員や琉球古典音楽関係者など約三十人が集まり、丹念に見入ったほか、手に取って演奏を行なうなど歴史的な逸品への敬意を払っていた。
ニッケイ新聞 2009年2月10日付け 母県から贈られた二宮金次郎の石像除幕式が聖市内の神奈川文化援護協会会館で、県庁などからの来賓を迎えて八日午前十時から行われ、約九十人が出席した。まず、鴻谷正博知事室長が挨拶を述べ、今までの経緯を説明した。昨年百周年を記念して松沢知事が来伯した折り、同県人会から尊徳像がほしいとの要望があったのが発端となり、知事が石像寄贈について報徳博物館の草山昭館長に相談し、快く快諾されたという。昨年九月十一日に『二宮金次郎像、ブラジルに渡る』プロジェクト実行委員会が結成され、パンフレット配布、会社訪問、ホームページなどの募金活動が始まった。わずか三カ月で北海道から九州まで、百五十団体、三千二百個人から約八百八十万円の募金が集まったという。除幕式で大部一秋在聖総領事は、「戦前の日本移民は、ブラジル国民に勤勉、努力家、信頼できるという印象を定着させた。これは尊徳思想と一致している。その石像が海を渡って届いたことに感慨深いものを感じる」と感想をのべた。草山館長は「現在は物質的な面に目が向けられがち。もっと報徳思想を見直さなければならない」と道徳面の大切さを強調した。神奈川協会の村田洋会長は「報徳思想をブラジル社会へ少しずつでも浸透させていきます」と啓蒙していく意気込みを見せた。
