「二十一世紀を生き抜く為に」をテーマにした二宮金次郎(尊徳)像寄贈記念セミナーが、七日午後一時から聖市リベルダーデ区にある文協小講堂で開催され、約八十人が出席した。 同セミナーは、神奈川県人会(村田洋会長)の依頼で、母県関係者の協力により昨年九月から開始された「二宮金次郎像、ブラジルに渡る」プロジェクトの一環として開催されたもの。翌八日は、同県人会館で石像の除幕式も行なわれた。 草山館長による記念セミナーでは、少年期に両親を亡くした尊徳が、伯父宅に預けられながら農作業に励む傍ら、独学で精進。小田原藩主・大久保忠真に認められ、藩の土地開墾や財政改革を実現させた「報徳思想」が説明された。 また、セミナーの合間には、第五回聖州ビデオコンクール受賞作品の上映や、山村敏明FENIVAR(リベイラ地方日系文化連合会)会長によるレジストロ日系社会の歴史説明、講演者によるパネルディスカッションなども行なわれた。
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ニッケイ新聞 2009年2月10日付け 「金融危機の今こそ、二宮金次郎の思想を思いださねばなりません」。神奈川文化援護協会(村田博会長)や文協・援協・県連などが組織した二宮金次 郎(尊徳)像ブラジル受け入れプロジェクト実行委員会(高村純委員長)が実施したセミナー「二十一世紀を生き抜くために・二宮尊徳から学ぶ」が七日午後、 文協小講堂で行われ、来伯した報徳博物館の草山昭館長の、そのような言葉に来場者約百人は耳を傾けた。当日は玄孫の二宮精三氏も来伯し、二宮哲学の世界普 及への願いを語った。 四十三年間、尊徳思想を研究している草山館長は、ニッケイ新聞などの取材に応え、移民史料館を見た感想として「移民のみなさんは子弟教育に尽力されたと聞き、まさにその実践者だと感銘を受けた」とのべた。 さらに、現代におけるその意義を「世界で経済と道徳の一元論を説いたのは、二宮尊徳だけ。現在は金融資本中心になり、マネーゲームで儲けることが美徳と なり、金融危機が起きた。尊徳はコツコツと勤勉に働くことを説いた。いわば、実体経済を尊重する機運こそ立て直しに必要。日本は胸を張ってその思想を世界 に訴えるべき」と強調した。 セミナーの最初には、小田原市教育委員会が製作した、尊徳の生涯と哲学を要約したアニメ(ポ語字幕付き)が上映された。さらに、十一月二十八日に金次郎 の生家前で行われた石像出発式で松沢成文(しげふみ)県知事が「(昨年)六月にブラジル訪問した時、報徳思想を胸にジャングルを開拓されたとの話を聞き、 いたく感銘を受けた」とのあいさつを行った時の映像が流された。 同知事代理として県知事室長の鴻谷正博氏が挨拶し、それに続いて、玄孫である二宮精三氏はポ語の文面を読み上げて挨拶し、「ブラジルでも尊徳精神で子弟教育に邁進されていると聞き、子孫として感無量の思い」とのべ、感謝した。 ジャクピランガ市とパリケーラス市の日本移民百周年祭実行委員長を務め、両市に二宮像を建立した斉藤咲男さんも、「小さい頃、母親から二宮尊徳のように なれと繰り返し言われた。百周年を記念して作るならこれしかないと思った」とのべた。聖南西・リベイラ沿岸百周年実行委員会をしていた山村敏明会長も、同 地の入植の歴史を説明した。 草山館長は約二時間に渡って、尊徳の思想が生まれた経緯を分かりやすく説明、生涯に六百カ所もの財政再建を果たした生き様をじっくりと語り、来場者は感心したように聞き入っていた。...
昨年創立七十周年を迎えた岐阜県人会(山田彦次会長)の〇九年度定期総会が、一日午前十時半(第二次招集)から聖市アクリマソン区の同県人会会館で行なわれ、会員約三十人が出席した。 総会では、ここ数年来の懸案事項である新会館建設案も議題に挙げられた。母県側の赤字財政の影響などで、これまで続けられてきた日伯交流事業が中止されつつある中、新会館実現に向けた県人子弟のより積極的な参加が求められている。 子弟たちからは、「県人会を続けていくには大きな目的が必要」との意見が出され、スポーツ、太鼓・コーラスやカラオケなどを含めた音楽活動、そろばん教室などの文化活動を希望する声もあった。
ニッケイ新聞 2009年2月6日付け ブラジル東京都友会(坂和三郎会長)は一月三十一日正午、リベルダーデ区のホテルで毎年恒例の新年会を開催し、五十人余りが新年を共に祝おうと駆けつけた。 「一年の計は元旦にあり。どのように新しい百年に向かい、歩んでゆくのか、目標を持って頑張りましょう」。はつらつとした坂和会長のあいさつと大きな拍手で幕が開いた。 藤間流日本舞踊学校(藤間芳之丞校長)の名取りによって、新春らしい長唄「春の寿」の舞などが披露され場が和むと、多羅間俊彦名誉会長は「不景気だが、何も心配していない。戦争で焼け野原になり何も残らなかった東京は見事に復興した」と話し、威勢良く乾杯。 参加者らは笑顔で、日本酒を片手に新年のあいさつを交わし、互いの活躍を願い合った。 食事を囲んで団欒のときを過ごし、音楽が流れ出すと、舞台はカラオケステージへと早変わり。自慢の歌声を披露しながら、合間に抽選会が行われて、会場は和気藹々とした雰囲気。 さっそうとした姿で舞台に上がり、「―人生到るところに青山あり」と、力強く漢詩を吟じた坂和会長。一九五五年、大学卒業後すぐに渡伯した坂和会長は、 大学の送別会でこの詩を吟じた。「学若し成る無くんば復た還らず」と仲間に宣言した当時を思い出すように、目をつぶり迫力せまる声に、会場は静まりかえっ て聞き入った。 また新年会の中で、右近昭夫理事から、二〇〇八年事業報告と〇九年事業計画が報告された。七月の日本祭り出展や慰安旅行の検討が話された。坂和会長は、「金融危機で不況の中迎えた二〇〇九年だが、江戸っ子根性で立ち向かってゆきたい」と話していた。
サントス市の要請により、県連管理下にある【サントス移民上陸記念碑】の 移転が2009年1月の代表者会議で承認された 移転時期などの詳細はこれから市側と詳細を詰めることになるが 6月18日の移民の日までには移転の予定
1月度定例代表者会議で2009年度会費の据え置きを決定 3月26日43回定期総会にあわせ、事業計画に必要な会費の 据え置きを提案し、年会費R$1.200,00が代表者会議で承認されました
県神戸市にある旧移住センター再整備のために、県連(与儀昭雄会長)を通じて約一万レアルの寄付金がセンター関係者に渡されるなど、ここ数年なかった県連本来の仕事の遂行に日系社会からの評価も上がっている様子。 同じように百周年記念協会と文協が同センター整備への寄付金を受け付けているようだが、何故別々の口座を設けて行なうのか少々疑問に思うところ。寄付金が多いのは歓迎すべきだが、窓口を一本化しないと寄付する側の誤解を招く恐れもありそうだが。
ニッケイ新聞 2009年2月5日付け ブラジル宮崎県人会の第六十回定期総会が一日午前、聖市の県人会事務所で開かれ、約三十人が出席した。任期満了にともない長友契蔵会長が勇退。役員改選が行なわれ、第一副会長の黒木慧さん(74)が新会長に就任した。今年創立六十周年となる同会では、八月二十三日に東国原英夫知事などを迎えて記念式典を予定している。総会は午前十時半に開会。先亡者への黙祷に続きあいさつした長友会長は、県連副会長をつとめるなど「いろいろな経験ができた」と自身の任期を振り返る一方、公約だった「会館建設」と「会員倍増」の二つを実現できなかったことを残念がった。また、会館建設問題の担当理事で昨年二月に急逝した桑畑良平氏に哀悼の意を表した。昨年八月には母県を訪れ、今年の六十周年式典へ知事ら関係者の来伯を要望した長友氏。会の規定により二期四年の今期で勇退するにあたり、「会の活性化を考えないと県人会の将来は暗いと思う」と述べ、「今後も努力してほしい」と言葉を送った。同会では昨年、農業研修生受け入れなど恒例行事のほか、顧問の黒木政助さんが外務大臣賞を受賞。現在、六十周年にむけて県人移住者、県系人の実態調査や「宮崎県南米移住史」のポ語訳などを進めている。六十周年準備委員会の委員長は、吉加江ネルソン顧問。収入は約十四万四千レアル、支出約十一万レアルで差引き残高は約三万四千レ。婦人・青年部の報告とあわせ拍手で承認された。〇九年度予算は十万五千レ。役員改選では、選挙管理委員会から出席者に三十二人の理事候補氏名が掲載された用紙が配られ、得票の多い順に二十人の理事を選出。新理事の話し合いで黒木慧さんが新会長に選ばれた。サンロッケ在住の黒木さんは、一次一回のコチア青年。就任にあたり、長友前会長の功績に謝意を表すとともに、「自分に何ができるか心配なところはあるが、六十周年に向け準備委員会が頑張っており、私も褌を引き締めている状態」とあいさつ。「皆さんの協力がなければ県人会の活動はできません。よろしくお願いします」と決意を表した。総会後は新年会が開かれ、黒木顧問の発声で乾杯。食事を囲み一同懇談した。 他の役員は次の通り。(敬称略)【副会長】第一=竹下達也、第二=高橋久子、【会計】第一=大浦洋人、【書記】=山田仁、高橋久子。第二会計は次回役員会で決定する予定。改選にともない長友前会長は名誉会長となる。宮崎県人会の会員は現在約四百五十家族。スザノ、モジ、アチバイア、イビウナ、ピエダーデ、ベレン、ポルト・アレグレに支部がある。
日本人植民地の原点に触れる 感動の交流ピクニック 鹿児島県人会(園田昭憲会長)は一月三十一日、地方との交流を目的とした「日帰りピクニック」をグァタパラ移住地で行った。 当地には、笠戸丸第一回日本移民、鹿児島県十八家族、高知県二家族、新潟県三家族計二十三家族八十八人が平野運平通訳に率いられ配耕された由緒 ある日本人植民地の歴史を誇る。 県人会員や日本からの研修生などで結成されたピクニック団は、午前六時過ぎに鹿児島県人会会館を発ち、約三時間かけ てグァタパラ農事文化体育協会(川上淳会長)に到着。川上会長はじめ役員や関係者の歓迎を受けた一行は、用意されたカフェを飲み、早速、第一目的地である グァタパラ駅跡地に出発した。 参加者からは、移民のルーツに触れ、当地に住む会員らと交流できたことを喜ぶ声が口々に聞かれた。また、会員からも、今回のような交流を望む 声が出るなど、わずか一日の滞在ながら、双方にとって得たものは大きく、百一年目のスタートとしては、これ以上ない一歩を踏み出した。
ニッケイ新聞 2009年2月5日付け 今年から宮城県人会(中沢宏一会長)は、好評の青葉祭りを大きく改革した。運営責任団体として、地域社会の健康的な生活を目的とするNGO団体「青葉健康生活協会」を設立し、月二回実施することになった。会場は今まで通りの同県人会館(ファグンデス街152)。 中沢会長は、「NGOを運営主体にしたことで、地域社会のための連合団体として、県人会の範囲よりも広く活動していける」との利点を強調した。 今月から第一土曜日(七日)は「青葉福祉祭り」と称し、主にカッポン・ボニート地方産の有機野菜の即売やADESC(農業婦人部連合会)手作り製品などを販売するのに加え、福祉団体が食事を提供する交流の場になった。 通常どおりの「青葉祭り」は第三土・日曜日(二十一、二十二日)。中沢会長は「いつも好評のはらこ飯、ずんだ餅、冷やし中華、恒例の秋刀魚定食、イカポッポ焼き、牛タン入り餃子があります」とお薦めする。 森山師範による武道医術、高橋幸衛家紋研究所の家紋の展示、岡崎幸雄氏のこけし販売に、評判の手作りの大豆製品、農地直送の有機野菜にバザーなども出揃う。 なお同祭りでは、会館のあるファグンデス街に建設が進められている援協福祉センターの建設資金の募金運動も行う。 ▽ ▽ 宮城県人会では青葉祭りとは別に、毎週金曜日午後一時から午後五時まで同会館で足のマッサージが行われている。 マッサージ師の鈴木ラウラさんは、「足のツボをマッサージし、刺激が神経系統から患っている体の各部分に伝わり痛みを和らげる。また、体の循環機能を促 進させ、爽やかな気分にさせる。ストレスも自然と解消される」とその効果を説明した。無料だが、先着数人まで受付け。問い合わせは同事務局(11・ 3209・3265)まで。
ニッケイ新聞 2009年2月4日付け ブラジル茨城県人会の定期総会が一月二十五日午前十時から、聖市の同会館で開催された。モジ支部、グァタパラ支部も含めて五十三人が出席し、二年後の五十周年に向けた若手主体の体制づくりが話題になった。 先亡者への黙祷後あいさつした鈴木康夫会長は、「これまでの活動の根本方針は会員の親睦を深めること、文化活動、母県との連絡、若い会員の活動促進を目指してきた」と述べ、「今後は若い世代に台頭してもらわないといけない」と強調した。 〇八年度事業報告として同県人会が運営している書道、水墨画、カラオケ、刻字、篆刻などの教室の活発な活動状況が報告された。会場には書道と水墨画の生徒たちの作品が掲示され、各自の上達振りがうかがえた。 〇八年度会計報告では収入には、約四万レアルに加えて母県からの補助金百万円余りが計上され、支出は約五万レアルだった。他県人会同様、高額なIPTU(土地家屋税)が悩みの種になっており、免税交渉を市役所と継続中との報告があった。〇九年度予算は前年度とほぼ同様。 今年度の事業計画案では、ふるさと交流研修生の小林英二さん(心臓科医)と鈴木ウララさん(歯科医)が、今月十六日から十日間、母県を訪問することが報 告された。四月に敬老会、六月と十一月につくばね会報発刊。七月の県連・日本祭りには、若い会員を中心に参加準備を進めていく方針を示した。 また、十二月の忘年会は役員、婦人部、青年部、ふるさと交流、研修生の合同によるものにする予定だ。 青年部が活動を活発化させるための具体案を提案すれば、会として経費を負担することを執行部が決定したと、鈴木会長から報告があった。「二〇一一年の創立五十周年記念式典は青年部を中心に行う」と意気込んだ。 その後、役員改選が行われ、新しく小林操会長、黒沢儀人第一副会長、鈴木康夫第二副会長が就任した。 新役員の挨拶で小林会長は、「引き受けたからには、万難を排して精力的に活動する。会館改修や、にぎやかな文化活動、若い会員による五十周年式典の準備、同式典への県知事や議員の来伯を積極的に働きかける」との決意を表明した。 午後からの新年会には約百人が出席し、ふるさと交流会の壮行式も行われ、和気あいあいとひと時を楽しんだ。
ニッケイ新聞 2009年2月4日付け 在伯群馬県人文化協会は先月二十五日の定期総会で新役員を選出した。任期は二年。役職、氏名は次の通り。(敬称略) 【会長】内山住勝 【副会長】小渕民雄、渡辺ヨランダ、矢島靖弘 【会計】第一=有賀マルセロ、第二=茂木典子 【理事】茂木安太郎、高橋徳樹、石原正子、白田ネウザ、土屋エレーナ、登丸れい子、石倉佐内、小林英子、渡辺ジョルジ、柴田猛 【監査役】佐藤勝、清水あつし、加藤ジャッケス、【監査役補】藤生重行、小笠原澄代、丸山銀子 【支部代表】▽聖市=佐藤勝、▽モジ=西村文雄、▽スザノ=新井トウル、▽ピエダーデ=河合艶子、▽ジャカレイ=小代正治、▽カンピーナス=矢島靖弘、▽ロンドリーナ=五十嵐俊夫、▽バストス、マリリア、プレジデンテ・プルデンテ=藤生重行、▽ブラジリア=須貝吉彦 【顧問】渡辺忠一、野村次郎、栗原章行、丸山静子 【相談役】高柳清 【名誉会長】松田典仁 【評議員】高柳清(座長)、野村次郎、渡辺忠一、松田典仁、柴田勝男
援協移民上陸記念碑の移転 【既報関連】県連(与儀昭雄会長)は、二十九日午後四時から文協会議室で行われた県連代表者会議で、さきにサントス市役所から要望があった日本移民上陸記念碑移転の件について協議を行った。 同記念碑移転を、全会一致で承認。早速、サントス市役所に回答する。 「みなさんが述べられた意見もふまえて、サントス市役所と話を進めていきます」と語った。
県連旧神戸移住センターに贈る ブラジル日本都道府県人会連合会(与儀昭雄会長)は二十九日午後四時から、文協会議室で「一月度代表者会議」を行い、兵庫県日伯協会(西村正日理事長) から県連に対し、旧神戸移住センター改築に伴い、記念品を贈呈してほしいと依頼があったと報告。その記念モニュメントについて協議が行われた。 各県人会分担案が了承され県連から記念モニュメントの贈呈が正式に承認された。 なお、同センター完成予定は五月末で、それまでにモニュメントを完成させるためには、近日中に石の購入をしなければならない。そこで、とりあえず県連が全額支払を済ませ、その後、各県人会の分担金について話し合いを行うこととなった。
ニッケイ新聞 2009年2月3日付け 在伯愛媛県人会(藤原利貞会長)は十五日午前十時半(第二次招集)から同会館(グロリア街470)で二〇〇九年度定期総会を開く。 主な議題は〇八年度事業・会計報告および〇九年度事業計画・予算案の審議、役員改選など。 総会終了後、新年祝賀会を催す。一品持ち寄り。飲み物は県人会が用意する。問い合わせは同会(11・3207・9575)まで。
ニッケイ新聞 2009年2月3日付け 在伯群馬県人文化協会は一月二十五日午前、聖市の会館で二〇〇九年度定期総会を開催した。役員改選が行なわれ、二期四年務めた松田典仁会長が勇退。副会長だった内山住勝さん(71)が新会長に就任した。 先駆者へ黙祷を捧げ、群馬県歌を斉唱。続いてあいさつした松田会長は、知事ら母県慶祝団も来伯した昨年六月の聖市百周年式典、日伯政府、国内各地の慶祝に触れ、「百周年は日系人の大きなエネルギーの見せ所だった」と振り返った。 同会では昨年、六月の母県慶祝団ほか、群馬県高崎市長一行、県議会視察団、県経済同友会など多くの訪問団を歓迎。 昨年度収支は、収入約十四万三千二百レアル、支出約十三万七百レで、約一万二千五百レの黒字を計上。事業報告とともに拍手で承認された。 役員改選では、議長の高柳清元会長から新執行部のシャッパが発表され、拍手で承認された。 新会長の内山さんは「和をもって運営したい」としながら、あわせて会館の最大限の利用、事業収益の増加など会運営に向けた七つの基本方針を発表。「皆さんの協力で任期を務めたい」と呼びかけた。 二期四年の任期を終え勇退した松田会長は、今後は自身の会社経営に専念する意向を示した。 任期中の大きな行事として創立六十周年、昨年の百周年を振り返りながら、補助金が減額傾向にある中「会継続のためには一定の金が必要」として財政面安定に取組んだことを強調。「四年間を評価して、合格できたと自負している」と話し、会員の協力に感謝した。 開始から一年経った日本語、空手、太鼓などの教室についても「今までにない動き。継続する必要がある」と次期執行部へ要望。「夢のある会、期待される会をめざしましょう」と話した。あいさつ後は、各教室の生徒から花束が贈られた。 今年度予算は約八万二千レアル。執行部から会費を現行の年五十レアルから七十レにすることが提案され、承認された。 事業では、カラオケ大会や焼きそば祭り、南米リーダー派遣など恒例行事に加え、二、三月に支部移動役員会を開催。また、母県の留守家族会が創立五十周年を迎える。 このほか、会員増加の目標が掲げられ、留学・研修OBへの参加呼びかけとともに、小渕民雄副会長からは、「会員の子弟に会員になるよう話してほしい」との呼びかけもされた。 総会後は持ち寄りによる新年会が開かれ、約五十人の出席者でにぎわった。
ニッケイ新聞 2009年2月3日付け 聖州ピラール・ド・スール開拓の草分け、長浜フデさんが先月二十八日午前零時半ごろ、自宅で家族が見守る中、老衰のため亡くなった。享年百三歳。二カ月後に百四歳の誕生日を控えていた。 長浜さんは一九〇五年、鹿児島県坊津町生まれ。三〇年に夫の栄蔵さんと長男の三人で、りおでじゃねいろ丸で渡伯。聖州イタペセリカ・ダ・セーラに入植し、同地の日本語学校創立にも携わった。 ピラールに開拓農民として入植したのは四五年。最初に入った三家族のうち、長浜家だけが同地に残った。文協の発起人としても活躍し、長浜さんは昨年の外務大臣賞を受賞している。 六四年に夫、栄蔵さんが亡くなってからは、息子らと一緒に住んでいた。昨年末に体調を崩すまで元気に過ごしていたという。 七男の正内(しょうない)さん(61)によれば、葬儀・埋葬、初七日には多くの知人が集まったという。四十九日は三月十五日正午から、長浜本家のシチオ で行う予定。詳細は未定。問い合わせは、長浜正内さん(15・3278・1134/8137・7419)まで。
ニッケイ新聞 2009年2月3日付け 【ロンドリーナ】汎ロンドリーナ熊本県人会は一月十日午前十時から同市西本願寺会館で、定期総会と新年会ならびに県知事から贈られた高齢者章、米 寿章、功労賞の伝達式を開催した。聖市の本部より七年早い一九五一年に創立された同会。当日は同会最高齢で中川トミさんの末弟、西村光雄さん(93)も顔 を見せ、同市やイビポラン、マウア・ダ・セーラ、セルタネージャなどから集まった五十五人で迎春を祝った。 中川芳則会長はあいさつの中で、「会員だった中川トミさんの名を冠した広場ができ、熊本県人会本部の五十周年式典に参加できるなど喜ばしい年」と昨年を振り返り、「三家族の笠戸丸移民を含む五家族が新規入会し、若い人材が増えた」と報告、喜びを表した。 先没者への黙祷、会計、事業報告後に行われた役員選挙で、十年間会長を務めてきた中川芳則さんが、「若い世代が育ってきたので、後は任せたい」と話し勇退。 「名誉会長に」との声に会場は大きな拍手で承認。中川さんは同会初の名誉会長に、また新会長には、平川俊六さんが就任した。 県知事賞は、昨年八十歳を迎えた荒木ケサミさん、中川名誉会長、藤岡愛子さん、上村幸三さん(昨年十月に死去)の四人に高齢者章、また中川輝人さん、岩 下ヨエさん、福田勝義さんの三人に米寿章、長年会に尽くした清田勉副会長(75)に功労賞が贈られ、出席した本人と代理人に表彰状と勲章が手渡された。 記念撮影後、持ち寄りで開かれた祝賀宴会では、マウア産の果物や栗、手作りの食事を囲みながら、郷土の熊本弁で和気藹々と語り合い、カラオケなどで盛り上がった。
群馬県人会(松田典仁会長)は二十五日午前九時半から、同会会館で「第六十四回定期総会」を行った。 総会は、約五十人が出席し、開拓先駆者へ黙祷、会長挨拶の後、高柳清前会長が議長に選出され進められた。 新役員は次の通り。会長=内山住勝氏。副会長=小渕民雄、渡辺ヨランダ、矢島靖弘氏。
ニッケイ新聞 2009年1月31日付け 先日の県連代表者会。最後には〇七年度会費の未払い、一部未払いがそれぞれ四県、計六千八百レアルの未回収金があることを杉本教雄副会長が発表。「どの県か公表しては」との声も上がったが、杉本副会長はこれを拒否、あくまで自主的な納付を促していた。 ◎ 昨年十一月に起きたサンタカタリーナ州の洪水被害に対し、同州と母県が姉妹州県であることから義捐金を呼びかけている青森県人会の玉城道子会長によれ ば、二十九日現在、八千三百四十二レアルの浄財が集まっているという。県連代表者会議で明らかにした。来月十三日にはイタジャイ日系人協会に義捐金引渡し のため赴く。玉城会長は、「引き続き募金をお願いしたい」とコロニアに呼びかけている。連絡は同会(電話11・3207・1599)まで。
