ニッケイ新聞 2015年12月1日 岩手県人会(千田曠暁会長)が15日、『もち祭り』を聖市の同県人会で行なった。前日午前中から30人以上の会員らが約100キロのもちをついた。 雑煮、焼きもち、あんこ、きなこ、納豆など各種の味が振舞われた。昨年は白餅販売のみだったが役員らの意向により、かつて行なっていた祭りとして3年ぶりに復活したという。 会員歴20年の三部キエさん(90、岩手)は「年末に備え岩手の餅を頂きに来ました。これで安心して年が越せます。良い正月が迎えられそうです」と笑顔。 遠路サンタカタリーナ州からも、白餅5キロ分の注文があるほど盛況だった。
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鹿児島県人会(松村滋樹会長)は、今月5日まで県費留学生を1人募集している。 応募資格について松村会長は「日本語能力試験の級位に関係なく、少し話せれば良い。ただし、両親または祖父母のうち、誰か1人が同県出身者であること」と説明した。 詳細は松村会長(携帯11・97221・1867)まで。 サンパウロ新聞 2015年12月1日付
今月21日にサンパウロ市で行われたブラジル公演のために来伯していた日本の歌手・五木ひろし氏が翌22日、自身の出身県である福井県と馴染みの深いサンパウロ州コロニア・ピニャール(福井村)を訪問した。 福井県人会の西川修治会長によると五木氏は、22日午後0時半にヘリコプターでコロニア・ピニャール会館後ろのサッカー場に到着。福井県人12家族を含めた地元の人々約100人が国旗を降って出迎えた。 また地元の「飛翔太鼓」のメンバーが太鼓を演奏して歓迎し、演奏後に五木氏も「僕も太鼓が好きなんです」とバチを握って実際に太鼓をたたくシーンもあったという。記念植樹を行った後、会館内に入った五木氏はコロニア・ピニャールの住民たちと懇談。西川会長が「ブラジルに来るだけでも大変なのに、よくコロニア・ピニャールまでおいでくださいました」とあいさつし、西川会長と小俵(こだわら)ジョゼ市長から感謝状が渡された。その返礼として五木氏は持ち歌を1曲、生で歌った。 コロニア・ピニャールでは会館で昼食を用意していたが、次の予定があるとして五木氏は同地在住で同じ福井県美浜町出身の山下治さん(80)の自宅を訪問。約1時間にわたって山下さんの農園などを見学したという。 西川会長は「五木さんには福井村の入植当時は土壁の家だったことなどを説明しました。五木さんは日本ではあまり田舎には行かないと言われていましたが、わざわざコロニア・ピニャールまで来てくれて、本当に情けのある人だと感じました」と感動していた。 サンパウロ新聞 2015年11月28日付
ニッケイ新聞 2015年11月28日 山城勇(88歳)、千枝子(85歳)夫婦の「おしどり米寿」の会が22日夜6時から、聖市の沖縄県人会本部大サロンで開催された。会場いっぱいの約450人が慶祝に駆け付け、夫婦への信頼の厚さ、人脈の広さがうかがわれた。 沖縄では88歳は「トーカチ」といわれ、97歳の「カジマヤー」に次ぐ重要な祝い。85歳も節目の「トシビー」(誕生日)だという。 上原テリオさんの軽妙な司会で、「思い出のアルバム」スライドショーが投影された。山城家長男の一也さんが「家族にとって特別な日」と挨拶し、次男の達也さんが両親の経歴を紹介した。 1928月12月に糸満市字米須で生まれた山城勇さんは、43年に満蒙開拓青少年義勇軍に入って満州大陸に渡り、終戦後も大連で2年間の避難生活を送ってから引き揚げるという多難な青年時代を送った。 48年に南部農林学校に入学、地元の三和中学の代用教員になり、村の青年会長におされ、55年に結婚。58年に沖縄産業開発青年隊3期として渡伯し、翌年家族を呼び寄せ、サントアンドレー市郊外で野菜作りとフェイランテで生計を立て、64年から同地沖縄県人会支部の書記・会計として協力し始めて、うるま会館建設に尽力した。 75年から県人会本部理事になり、87年から会長を3期4年間、90年の第1回ウチナーンチュ大会で「民間大使」に認証された。92年からはブラジル沖縄文化センター理事長を3期5年間務めるなど、移住初期から長年コミュニティに貢献してきた人生で、06年には日本政府から旭日双光章が授与された。 千枝子さんは32年1月に米須に生まれ、米須小学校などで代用教員をし、59年に呼び寄せで移住。77年に同支部婦人会長におされ5期5年間務めた。 宮城滋元会長が「サウーデ、乾杯、カリー!」と音頭を取り、来場者は仕出し料理を堪能した。島袋栄喜現会長は「山城さんは県人会の生き字引、宝です。温厚、篤実な性格だから慕う人が多く、こんな盛大な米寿になった」と讃えた。 本紙取材に達也さんは「父はいつも県人会のことに一生懸命で、正直言って家族としては少し複雑な部分もあった。でも今日こんなに集まったのを見て、改めて父の偉大さが理解できた」としみじみ語った。 沖縄青年隊2期生として57年に渡伯した山城弘さん(ひろむ、77、辺戸岬)は「50年前からの付き合い。県人会長で米寿の祝いを本部大サロンでやったのは山城さんが最初。会の集まりには常に率先して参加してきた山城さんだが、他人の悪口を言っているのを聞いた事がない。そんな人徳の高さが愛される理由では」と頷いた。
ニッケイ新聞 2015年11月28日 大阪なにわ会(下平尾哲男会長)が12月6日午前9時から、同会館(Rua Domingos de Moraes, 1581、ビラ・マリアーナ駅そば)で『第83回慈善バザー』を開催する。 1年に3回行なう同会の恒例バザーで、婦人部の手芸品はじめ協賛業者の出店がある。食堂では寿司、なにわうどん、天ぷら、汁粉、パステルなど様々な手作り食品も販売。 婦人部の久保美恵子部長らが来社し、「年内最後の開催です。皆様のご来場をお待ちしています」と呼びかけた。 問い合わせは同会(11・5549・7226)まで。
ニッケイ新聞 2015年11月27日 兵庫県人会(松下瞳マルリ会長)が10月25日、恒例ピクニックで聖州グアラレーマを訪ねた。会員ら約50人が市内観光やレジャーを楽しみ、親交を深めた。 自然が豊かで清潔な同市街を見た一行からは、「ブラジルでこんなにきれいな町はじめて」との声まで聞かれた。 イーリャ・グランデ公園では、巨大な二つの石が微妙なバランスで重なる自然の彫刻「ぺドラ・モンターダ」等の名所を見学した。その後、昼食を取りカラオケ、プール、ダンス、散策などを各自楽しんだ。 ロンギヌスの木像が川から見つかったことをきっかけに、同地はその聖人を祀っていることでも有名。目に病をもっていたロンギヌスは、磔にされたキリストを槍で突き刺し、帰り血でその病が治ったことから、後に洗礼を受けて聖人にまでなった。 当地で同聖人は失くし物を見つけてくれる「サンロンギーニョ」として知られており、バスの中では参加者からのその体験談が語られるなど、終始和やかな雰囲気のまま帰路についた。
ニッケイ新聞 2015年11月27日 ブラジル日本文化福祉協会(呉屋春美会長)は12月3日午前9時から、文協ビル9階の移民史料館(Rua Sao Joaquim, 381)で『天皇お誕生日祝賀会』を開く。 文協ほか援協、県連、アリアンサ、熟連の共催。肖像画を掲げ、今年で82歳を迎えられる天皇陛下の誕生日をお祝いする恒例の行事。 問合せは文協(11・3208・1755)まで。
高知県人会(片山アルナルド会長)は、12月12、13日の1泊2日でサンパウロ州サンビセンテ市での慰安旅行を行う。バスの出発は12日午前7時、聖市ピニェイロス区の高知県人会館前(Rua Dos Miranhas, 196)。 参加費は会員200レアル、非会員は260レアル。全5食付きで、ホテル「Na Onda do Peixe」に宿泊する。同県人会では会員、非会員を問わず、さらなる参加者を募集している。 申し込み、問い合わせは同県人会事務局(電話11・3031・6799)まで。 サンパウロ新聞 2015年11月28日付
大阪なにわ会(下平尾哲男会長)は、12月6日午前9時からサンパウロ市ビラ・マリアーナ区の同会館(Rua Domingos de Morais, 1581)で慈善バザーを開催する。 慈善バザーは年3回、4月、8月、12月に行っており、今回が82回目。会場では婦人部が作ったエプロンやレース編みの手芸品、ふきん、プレゼント用品など、食堂では寿司、なにわうどん、おしるこ、パステルなどが販売される。 婦人部部長の久保さんは「気軽に遊びに来てください。たくさんの方のご来場をお待ちしています」と呼びかけた。 入場無料。問い合わせは同会(電話11・5549・7226)まで。 サンパウロ新聞 2015年11月27日付
ニッケイ新聞 2015年11月26日 高知県人会(片山アルナルド会長)が来月12、13日に恒例の慰安旅行をする。行き先は聖州サンビセンテ。 初日午前7時に同県人会(Rua dos Miranhas, 196, Pinheiros)に集合し、海を臨むホテル「ナ・オンダ・ド・ペイシェ」に一泊。翌日午後4時頃に帰聖予定。初日の朝食から2日目昼食までの5食と宿泊費込みで200レ(非会員260レ)。来月5日まで予約を受け付ける。 片山会長は「水族館見学やヨットでクルージング、スイカ割りを考えています。会員・非会員問わず皆で楽しみましょう」と呼びかけている。 申し込み、問い合わせは同県人会(11・3031・6799)まで。
今年はパラグアイ福岡県人会創立55周年、アルゼンチン同会創立50周年の節目の年。各国の式典に参加するため、南米を訪れていた小川洋福岡県知事に帰国直前、話を聞いた。 海外の福岡県人会への訪問は初めてとなる小川知事は「何十年にもわたってつながり続ける福岡県人会の結束の強さを目の当たりにした。はるばるやってきて本当によかった。困難の時期を乗り越え、今を築き、産業の発展や日本との友好関係に貢献している各国の福岡県人の存在力を実感した。非常に心強い。これからも連携を強め、絆をもっと深めていきたい」と熱く語った。 福岡県からの海外移住は1885年のハワイ移住に始まった。異国の地で互いに助け合いながら生きていくために「海外福岡県人会」を設立。現在、移住者やその子孫などで構成される県人会は、世界9カ国21カ所に存在する。1962年には海外移住者の援護対策や連絡提携を行うために日本で「福岡県海外移住家族会」が結成された。来年は第9回福岡県人会世界大会がメキシコで行われる。 また時を同じくして、小川知事は2016年に五輪を開催するブラジルのリオ市で、20年東京五輪・パラリンピックのキャンプ地誘致キャンペーンも行った。キャンプ地誘致に力を入れる目的は、国際交流を通じた地域の活性化だという。多くの国際大会が行われるほどの競技施設の充実ぶりに加え、交通の利便性、食の魅力をアピールする。 東京五輪に関して、各地でキャンプ地誘致の動きが活発化している。小川知事は「1つでも多くの国、多くの種目を招きたい。キャンプ地誘致をきっかけに、日本の各地、世界の多くの人へ福岡県の魅力を発信していきたい」と意気込んでいる。 サンパウロ新聞 2015年11月26日付
ニッケイ新聞 2015年11月26日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は5日、11月の代表者会議を同会議室で執り行った。議題の中心は県費留学・研修制度の今後について。本橋会長は「本当に復活を希望しているかを確かめたい」と問いかけ、さまざまな意見が飛び交った。 県連は昨年の安倍晋三首相来伯時、県費留学制度復活を求め「長期研修提案」を提出した。今年8月には本橋会長が訪日し、政府関係者に直接掛け合うなど働きかけてきた。その一方で、県費留学生を募集しても応募者が集まらない県人会もある。全ての会が復活を望んでいるわけではないのが現実だ。 討議は「留学の意義」にまで発展し、「ただの旅行になっている」「日本語力が低いので〃勉強〃に至っていない」などの厳しい指摘も相次いだ。 しかし本橋会長は「確かに実りが少ない場合もあるかもしれないが、自分のルーツを知ること自体に大きな意義がある」と、重要な制度であることを強調。復活を望む県人会に向けて、「県費に限らない新たな方法での研修制度を模索する」と語った。 また来年の第19回日本祭りは、7月8~10日の開催と発表、場所は昨年同様のサンパウロ・エキスポセンターとなる。同祭準備委員会は資金確保の方策として、会場内の広告掲示箇所の増加を提案。一例として、各県人会郷土食コーナーの看板の利用が挙げられた。 □関連コラム□大耳小耳 県連会議で県費留学の討議の最中、「留学OBが県人会によりつかない」という、いつもながらの不満が今回も出た。しかし福岡県人会・南アゴスチーニョ会長から「アルゼンチン福岡県人会は、帰国後後に男性なら3年後、女性なら5年後に役員になるよう義務付けられているから若い人ばかり」との朗報がもたらされると、拍手が送られる一幕も。実際にそれが起爆剤的になっているのであれば、当地でも同様の規約を試してみては。
県連役員の川合昭氏(秋田県人会会長)から、県連に「麻生太郎財務大臣揮毫(きごう)による県連の看板」が寄贈された。川合氏は「麻生氏の直筆に加えて、木材には100年持つと言われるアマゾンの名木を使用し、書家の小林操氏(茨城県人会長)に依頼をした。大変価値のある看板に仕上がった」と説明した。 川合氏は昨年6月に訪日。秋田県人会長として「秋田県知事に同県人会館の改装費用の懇願」を、県連役員として「麻生財務大臣に過去4回にわたる来伯のお礼」をそれぞれ行った。看板の件については、麻生財務大臣へお礼を述べると同時に依頼したところ、快諾を得た。麻生財務大臣は、今年の3月に看板揮毫の原稿を手紙で送ってきたという。 川合氏は、「麻生さんからこうした協力を得られたのは、秋田県出身の国会議員で彼の部下の計らいによるものが大きい。彼のお陰で、麻生さんの下に秋田県知事と2人で訪問でき、話を交えることができました。麻生さんが来伯された際には、看板をぜひ見に来てもらいたいですね」と微笑んだ。 看板は年内に設置される予定。 サンパウロ新聞 2015年11月26日付
岩手県人会(千田曠曉会長)主催の第22回餅祭りが、15日午前11時からサンパウロ市リベルダーデ区の同会館で開催された。 準備には総勢30人以上のボランティアが手伝い、110キロの餅米をついたという。前日には白餅が予約販売され、500グラムの餅150袋を売り上げるなど人気も定着している。当日は雑煮や、醤油、あんこ、きな粉、くるみ、納豆など様々な味の焼き餅を味わうことができたほか、前日に引き続き、白餅の販売も行われた。 岩手南部では寒い時期、つきたての餅が一番のごちそうになることも多かったと懐かしむ来場者は、嬉しそうに餅を頬張っていた。 「食のイベントを続ける一番の目的は、分かりやすいから。食べてもらうことが伝えることに直接つながる。今後も勢力的に続けていきたい」と千田会長は笑顔で語った。 サンパウロ新聞 2015年11月25日付
9月初句に鬼怒川が決壊するなど栃木県、茨城県を中心に甚大な被害が出た豪雨災害に対して、ブラジル茨城県人会が行った見舞募金活動の報告に同会の小林操会長をはじめとする関係者一同が本紙を訪れた。 今月15日で締め切ったという見舞金は総額約4万レアルで、これらは同23日から訪日する茨城・ブラジルふるさとリーダー交流事業の代表が知事に贈呈する。同交流事業は今回で19回目。今年は建築家の内田カズキ・ジェルソンさんと、管理栄養士の黒沢エリカさんが研修員に選ばれた。 募金だけでなく、グァタパラ移住地の日系3世、4世の子どもたちからもお見舞いの手紙や絵も届いたという。小林会長は「多くの方たちの温かい好意に感謝の気持ちでいっぱい。茨城県人会以外の日系団体からも多くの募金が届き、感激した。ブラジルの日系人たちの結束の強さを実感した」と語った。 サンパウロ新聞 2015年11月20日付
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は、5日午後4時からサンパウロ(聖)市文協ビル内5階の同会事務所で10月度代表者会議を開いた。各県人会代表など37県が出席。9月度事業・会計報告後、第19回日本祭りについて各種報告が行われた。 第19回日本祭りは、「スポーツと健康」をテーマに来年の7月8日から10日までイミグランテス展示場で開催される。広告用のパンフレットも完成し、既に1000枚が印刷されている。 実行委員会は「来年の日本祭りは今年以上に支援金を集める必要があり、企画会社のGLも心配している」と窮状を説明し、対策を考える必要性を訴えた。1つの案として、実行委員会は「有力なスポンサーの広告箇所を新たに会場内に増やすことで、支援金を多くもらえるようにする。そのために、郷土食広場の各県人会のブース正面上に設置されている『各県の名前が入った看板』を利用。看板面積半分に同スポンサーの名前を入れる代わりに、広告代として支援金を多く出資していただけないか先方へ打診する」と発表した。 サンパウロ新聞 2015年11月19日付
今年で37回目となる兵庫県若手地域農業リーダー海外派遣団(松元一師団長)が7日から来伯し、各地で研修を行った。今年度は兵庫県立農業大学校から3人、同県立農業高校、同県立有馬高校、同県立上郡高校から9人の計12人の生徒が参加し見聞を広げた。 一行は7日にブラジルに到着。サンパウロ(聖)市の移民史料館見学など市内観光をし、その後聖州マリリア市へ移動した。現地ではコーヒー農場や果物農園見学、地元日系団体と交流を行った。 9日にはJACTO社の見学、パラナ州のアプカラナ高校では同年代の生徒らと共同実習を行った。同州マリンガ市では非日系を含む一般家庭でホームステイを体験。14日はイグアスの滝を見学、同州クリチバ市では山下農園やブラジル兵庫県事務所を訪問した。 16日に聖市に戻り、リベルダーデ区のニッケイパレスホテル地下レストランで集まったブラジル兵庫県人会員らと食事をして懇談、最後の夜を楽しんだ。 食事会では一人一人自己紹介をし、ブラジルについてのクイズ大会などで盛り上がり、正解者には県人会から景品が贈られた。また県人会から生徒らにサンダルとミサンガが贈られ、松元団長と生徒からは兵庫県の名産が県人会へ贈られた。 研修を通しての感想について、学生リーダーの西山智大さん(農大2年)はマリンガ文協で見たソーラン節に驚いたと話し、「修行をした後、将来は農家としてブラジルへ戻ってきたい」と大きな夢を語った。 五十嵐玲さん(農大1年)はホームステイが楽しかったそうで、「ホスト家族とシュラスコを食べたり、クリスマスツリーを作ったのが思い出」と笑顔を見せた。 堀川裕貴さん(上郡高校2年)はアプカラナ高校の実習で見た豚の解体が印象に残っていると話し、「日本では気絶してから解体するが、こちらでは生きたままやる。可哀そうだと思ったが、自分たちが食べていくためには仕方ないと割り切れた」と自身の成長を感じ取った。 小仲優樹さん(有馬高校1年)は「ブラジルの農業は日本と比べ、機械化されていると思った。機械自体も大きい」と冷静に分析した後、「イグアスの滝に突っ込むボートに乗って楽しかった」と高校生らしい一面も覗かせた。 サンパウロ新聞 2015年11月19日付
ニッケイ新聞 2015年11月20日 沖縄県人会サントアンドレー支部(儀間マリオ会長)は「創立60周年」「第35回敬老祝賀演芸会」「うるま婦人会45周年」「老荘会25周年」の記念式典を15日午後3時からうるま会館で開催した。会場を満杯にした約300人は、式典後、6時過ぎからは伝統芸能を夜9時半頃までゆっくりと堪能した。 会場の前半分は80歳以上の101人のための敬老席が占めた。その中には来月103歳になる新城トシさん(名護市)の姿も。儀間会長は「移民107年の歴史に皆で新しい一章を書き加えている。私は笠戸丸移民の子孫として、この日を迎えられたことを誇りに思う」と挨拶した。 祭典実行委員長の宮城あきらさんは、当市最初の県系人入植者が、サントス強制立退き(1943年)の末に翌年たどり着いた大城助一・ウト家族であり、戦後移民が押し寄せる機運の中で55年に創立し、66年に会館建設につながった歴史を振り返った。更に4つの記念事業として「功労者の表彰」「トイレの改修と地下排水管工事」「台所移設や小2階増設など」「門前にイッペーと沖縄桜の植樹」と実行中だと報告した。 うるま婦人会の玉城安子会長も「記念事業の資金集めに婦人会は率先して協力している。より良い会館に増改築して、我が子や孫たちの未来に贈りたい」とのべた。うるま老荘会の糸洲三郎会長は「老荘会をより活気づけるために会員数を100人にしたい。新規加入を」と呼びかけた。 サントアンドレー日系連合会の喜納ジョルジ会長、ペドロ・デ・トレド市長代理のカワタ・セルジオ市議の祝辞の後、80歳以上の氏名が読み上げられ、中でも100歳以上の3人には表彰状と記念品が贈呈された。 歴代支部長・婦人会長、10年以上金勤続の区長、芸能・文化団体ら功労者・団体等への感謝状贈呈が行われた。同会館で卓球を練習してラ米優勝を果たした仲田なおみ(17)、南米1位になった木元あゆみ(13)、聖州1位の内間ひかり(15)3選手にも功労表彰が渡された。 最後に、国郷ノリヤス元下議から山城勇支部相談役にグランクルス章が伝達された。山城さんは「感激している。次の70周年、80周年に向けてがんばって」と謝辞を語った。島袋栄喜県人会長は「数ある支部の中でもウチナーの心を大事にし、県人会の大きな支えとなっている。ここは住み心地が良いから101人も高齢者がいる。これからも沖縄のチムグクル(●)を若者に植え付けて」と称賛した。 その後、祝賀演芸会となりサントアンドレー古典音楽愛好会、琉舞玉城流てだ伯洋の会、琉球民謡愛好会、空手剛柔流山内盛宏道場など多数の芸能・スポーツ団体が日頃の練習成果を披露し、カチャーシーで盛り上がる中、終幕した。 □関連コラム□大耳小耳 沖縄県人会サンドアンドレ―支部70周年の敬老席にいた高良アレシャンドレさん(85、二世)に感想を聞くと、「このような行事は大切だ。若者は行事がなければ文化に触れる機会もない。行事を重ね、人が集まり続けることで、沖縄の文化や記憶が継承される。その基礎が会館だ」と知的な回答がかえってきた。訊けば、元大学教授だとか。同支部は人数の動員力だけでなく、集まっている人のレベルもなかなかのモノ。 ■ひとマチ点描■コロニアで最も元気な103歳 「1912年12月12日生まれ、なぜか12続き!」とカラカラと笑いなら自己紹介するのは、来月103歳になる新城トシさん(名護市)だ。数え年●なら104歳だ。 沖縄県人会サントアンドレー支部の記念式典に自ら歩いて出席した。眼鏡も補聴器も付けず、記者と会話し、毎日カーベットや座布団をミシンで作って婦人会に寄付している。 「独身時代、沖縄で裁縫を習ってきたからミシンも筋金入りよ」とはるか90年近い昔を振り返る。名護で学校を卒業した後、神奈川県川崎市の川崎紡績に出稼ぎに行き、1936年に家族で渡伯した。ジュキア線アナジアスでバナナ作りをした後、同地に転住した。...
ニッケイ新聞 2015年11月17日 ブラジル沖縄県人会ヴィラ・カロン支部(上原テーリオ会長)が『第13回沖縄祭り』を7、8日両日、同支部前のマンシェステル・クラブで開催し、過去最高 の約3万人が訪れた。集客の最大の原動力になったのは、特別ゲストとして両日公演を行った沖縄県出身で日本の人気バンド『BEGIN』だ。公演後の10 日、聖市内ホテルで本紙単独取材に応じ、3度目の来伯の感想を語った(全文掲載の別ページはこちら)。 7日午後8時過ぎ、『BEGIN』の出演が間近になる頃には1万人が集まった。3人が姿を現すと、大きな拍手と共に上がった「おかえり」の声に「ただいま!」と返した。 最初は「バルーン」や「シュハスコ」など、ブラジル風のナンバーを届け、中盤には演奏に合わせて琉球国祭り太鼓やレキオス芸能同好会が演技し、観客を沸かせた。 代表曲「涙そうそう」「島人ぬ宝」はもちろん、アンコールでは観客の声に応じ、何と5曲を演奏。計15曲の最後は観客全員が立ち上がり、1万人が総「カチャーシー」状態に。熱狂を残したまま舞台を降りた。 午後5時からの開会式には、呉屋春美文協会長はじめ、3団体代表、日系議員が勢ぞろいした。沖縄系二世の神谷牛太郎聖市議の姿もあり、祭りの開催を祝福した。 100を越すバザリスタの中には、市内の沖縄料理店、各県人会支部が数多く出店。山羊汁が名物のサンマテウス支部の久重茂雄会長(56、ボリビア二世) と、ヴィラ・カロンで食堂を経営する金城シゲマサさん(55、二世)は「県人同士が交流する場にもなっている。毎年楽しみでしょうがないよ」と肩を組ん だ。 2日目にも友人のブラジル人ミュージシャンが多数応援に駆け付ける等、初日同様に祭りを盛り上げた『BEGIN』。10日に聖市内のホテルで、これまでの沖縄県人との交流を振り返る単独取材に応じた。 「『BEGIN』にではなく、沖縄祭りに集まった人をどう楽しませるか」を心掛けてステージに上がったというボーカルの比嘉栄昇さん。公演を振り返り、地元エイサー太鼓隊の存在が、「皆のステージなのだという気持ちを伝えてくれて、すごく有難かった」と話した。 電子ピアノの上地等さんは、会場からの「おかえり」の言葉に「仲間と思ってもらえて本当に嬉しい」、「3回も来るとまた会いたい人が増えてきて、ライブとかでは無く、純粋に友達に会いに来たい」と語った。 来年はブラジル沖縄県人会、同支部がそれぞれ創立90周年、創立60周年を迎えることを伝えると「え? 来年来た方が良かったんじゃない?」と冗談を交じりに驚いた顔を見せ、「出来ることがあれば、やるつもりでいます」と協力を約束した。 ■ひとマチ点描■南大河州の『BEGIN』ファン...
ニッケイ新聞 2015年11月18日 茨城県常総市は9月に記録的な「東日本豪雨」に見舞われ大被害が出た。ブラジル茨城県人会(小林操会長)はこの被害に対し、9月末から募金を呼びかけていたが、今月15日をもって終了。予想を超える約4万レアル(約130万円)が寄せられた。「第19回茨城ブラジルふるさとリーダー交流」代表の内田カズキさん(38、三世)は今月30日に表敬訪問して、募金を直接知事に届ける予定。小林会長、黒沢儀人副会長と共に来社し、募金者への感謝の気持ちを伝えた。 常総市には約4千人の外国人が居住し、その大半がブラジル人と報道されている。同市を流れる鬼怒川の堤防が決壊した際、日本語が分からない外国人に避難指示が伝わらず、工場で働き続けていたとの報道もあったこと等で記憶に新しい。 不況突入で苦しい経済状況下、4万レアルが集まった。「それ程大きく広報はしなかった」と黒沢副会長は語る。他県人会など団体の協力はもちろん、留学生OBらは300~500レを当たり前のように出し、個人では聖州各地、遠くはミナス・ジェライス州、パラナ州からも150あまりの個人・団体が日本を想う気持ちを寄せた。 小林会長は「県とゆかりの無い方からも多くの募金が寄せられ感激している。皆さんに心から感謝したい。たとえ少しでも、母県で苦しんいる人達の助けになれば」と話した。 県人が多いグァタパラ移住地の日本語学校生徒数人は、日本語の励ましの手紙を内田さんに托した。生徒の一人、大津慎也さんは「手をつないで頑張ろう」と大きく書かれたポスターを作成した。 内田さんは聖市で建築士として勤務。交流事業では県内メーカーの視察を主に行う。約1週間の短い滞在だが、被害にあった常総市のブラジル人学校「エスコーラ・オブソン」を訪問、同校生徒に「働くこと」をテーマに講演を行なう。なお同交流事業には、管理栄養士の黒沢エリカさん(27、三世)も参加する。
