婦人会45周年、老壮会25周年も記念山城勇さんがグラン・クルス章受章 沖縄県人会サント・アンドレ支部(儀間マリオ支部長)創立60周年、うるま婦人会創立45周年・老壮会創立25周年を兼ねた記念式典が、15日午後3時からサント・アンドレ市の同支部「うるま会館」で開催され、関係者ら約300人が出席した。式典では、数え年で104歳の新城(あらしろ)トシさんをはじめとする80歳以上101人への高齢者表彰と各種功労者表彰が行われたほか、最高相談役の山城勇さん(87)にグラン・クルス章が授与された。 式典は、開拓先亡者への黙とう、日伯国歌斉唱、来賓紹介に続き、儀間支部長があいさつ。この日の式典が支部創立60周年、婦人部創立45周年・老壮会創立25周年に加え、第35回敬老祝賀会も兼ねていることに触れ、「オジーさん、オバーさん、心からおめでとうございます。チバリヨー(頑張れ)」と高齢者を激励し、先人への感謝とともに次世代の団結を一層強めてさらに発展していくことを強調した。 引き続き、宮城あきら祭典実行委員長が式辞を述べ、1944年にサントスから転住した大城助一・ウト家族が最初に同地に入植し、55年5月10日に大城氏、金城政次郎氏、平田志安氏、高江洲盛吉氏ら18人の創立会員によってサント・アンドレ支部が結成されたことを説明した。また、会員の活動拠点である「うるま会館」が66年12月18日に建設されたことにも言及。(1)会館の改修工事(2)支部役員及び功労者の表彰(3)会員の15年ぶりの実態調査実施(4)会館前での植樹、の4つを60周年記念事業として挙げ、「子弟の職業調査に力点を置き、ブラジル社会に広く進出している姿を明らかにし、ブラジル社会との交流、ウチナーンチュ子弟同士の交流の幅を一層広めたい」と意気込みを見せた。 玉城安子婦人会会長、糸洲三郎老壮会会長のあいさつ、サント・アンドレ日系連合会会長の喜納ジョルジ会長など来賓の祝辞に続き、最高齢者で数え年で104歳になる新城さん(名護市出身)をはじめとする80歳以上の高齢者101人の名前が一人一人読み上げられた。高齢者を代表してこの日出席した新城さん、103歳の高江洲盛吉さんと100歳の国吉和さんの代理にそれぞれ表彰状と記念品が手渡された。そのほか、特別功労賞、功労賞、歴代支部長、歴代婦人会長、歴代老壮会長、10年以上永年勤続区長、芸能・スポーツ功労団体、青少年・老壮スポーツ功労者がそれぞれ表彰された。 その後、同支部最高相談役で今年12月で88歳となる山城勇さんにグラン・クルス章が授与された。山城さんは「支部創立60周年の節目の年にこうした勲章をいただき、誠にありがとうございます。ウチナーンチュのさらなる発展を念じながら、次の70周年、80周年とこの喜びを伝えていきたい」と謝辞を述べた。 次女の愛子さん(72、2世)と一緒に出席した104歳の新城さんは1912年12月12日生まれ。36年に24歳で渡伯し、ジュキア線のアナジアスに入植。バナナ作りに従事したという。現在は趣味のミシンでタペッチ(じゅうたん)などを作るのが楽しみだという新城さんは「仕事が好きです」と語り、充実した表情を見せていた。 サンパウロ新聞 2015年11月18日付
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岐阜県人会(山田彦次会長)がサンパウロ市リベルダーデ区の同県人会館(Rua da Glória, 279)で行っているパソコン教室では、2016年の生徒10人を募集している。 教室は坂野政信氏指導により、月曜日から金曜日の午前9時から午後5時まで1クラス2時間制で行われている。文書作成ソフト「WORD」やインターネットの操作方法、Eメールでの連絡のやりとりなどを学ぶ。 月謝は会員は150レアル(50レアル3回払い)、非会員は210レアル(70レアル3回払い)。 山田会長は「生徒の皆さんは教室に来るのを楽しみに通ってきている。2世や3世で日本語が分からない人も日本語入力を通じて、日本語を学ぶ良い機会になるのでは。月謝も通いやすい値段になっていると思う。申し込みはお早めに」と話した。 問い合わせは同県人会事務局(電話11・3209・8073か、3208・4207)まで。 サンパウロ新聞 2015年11月18日付
留学・研修生OBが母県から若者招聘 【既報関連】8日に鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典を開催した鳥取県人会(本橋幹久会長)では、活発な動きが目立っている。コーラス部が自費で訪日し、今月21日に鳥取市で地元のコーラスグループとの合同公演が行われるほか、留学生・技術研修生OBが経費を出し合い、来年3月をめどに鳥取県に住む若者をブラジルに招聘する考えだ。8日の式典で、これらの事業が明言された。これまで、母県からの資金援助等で各種事業が行われることが多かった中、県人会が自助努力で資金を出す母県との交流事業として注目される。 ◆コーラス部合同公演 鳥取県人会のコーラス部は鳥取交流センターで行われている約20ある教室の一つで、大刀(おおたち)ミリアンさんを指揮者に34人のメンバーが活動している。 同メンバーで県人会副会長の千田伊藤初美さんによると、指揮者の大刀さんは1976年にそれぞれ鳥取と福島への留学生として訪日した時の同期で、2008年から同コーラス部で指揮を行っているという。 今回、コーラス部が鳥取市の「わらべ館」で地元のコーラスグループ「コールおもかげ」と一緒に合同公演を行うきっかけとなったのが、約2年半前の13年3月に中堅リーダー研修で来伯した同館童謡・唱歌推進員で声楽家の山尾純子さんの存在だ。山尾さんは千田副会長の知り合いで、中堅リーダー研修で来伯した当時、東日本大震災復興支援ソングの「花は咲く」の楽譜とCDを持参し、鳥取県人会コーラス部に教授した。 二人が鳥取とブラジルで連絡を取り合い、コーラス部メンバーがそれぞれ自費で訪日する初の合同公演が実現した。メンバーの一人で、旅行ガイドをしているという小森田節子さんによると、21日の合同公演ではブラジル側が「サンバレレ」など約10曲を披露し、「コールおもかげ」と一緒に「花は咲く」「ふるさと」などを合唱するという。 ◆鳥取県若者招聘事業 鳥取県若者招聘事業は、現在いる留学生・技術研修生OB99人がそれぞれに資金を出し合い、来年3月ごろをめどに鳥取県に住む20代前後の日本人の若者を数人、約2週間の日程でブラジルに招聘するもの。その目的は、(1)留学生・技術研修生OBたちが現在、どのような活動をしているかを知ってもらうこと(2)鳥取県の若者にブラジルの鳥取県人会の活動を知ってもらうこと(3)ブラジルを見てもらうこと、の主に3点。 同事業の募集は鳥取県内の新聞社、テレビ局などのメディアの協力を通じて行われ、ブラジル滞在期間中はサンパウロ市を中心に北パラナ、聖州第2アリアンサ(鳥取村)を回って鳥取県人及びその子弟と交流を深めるほか、リオなどの観光地も視察する予定だ。 本橋会長は「これまで周年行事の記念式典は華やかに行ってきたが、今後はブラジルと鳥取を結び、後世に残る事業を行うことが大切」と県人会主導型の事業の必要性を強調していた。 サンパウロ新聞 2015年11月14日付
鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典に出席するため来伯していた鳥取県からの27人の慶祝団一行は9日、サンパウロ市北部のオルト・フロレスタル森林公園を訪れ、記念植樹を行った。 同地には2012年の鳥取県人会60周年を記念して327本の記念植樹が行われたが、その後と今回の植樹によりパウ・ブラジル、ジュキチーバなどの在来種88種類で計386本が植えられたことになるという。 植樹には林昭男副知事、斉木正一県議会議長をはじめとする県庁、県議団と民間で構成される慶祝団一行と本橋幹久会長ら鳥取県人会役員も同行。県人会副会長で元聖州森林院総裁の山添源二氏の説明と指導により、創立60周年記念の植樹場所から約300メートル離れた所で新しく27人が植樹を行った。 植樹には、フェルナンド・デシオ聖州森林院副総裁も立ち会い、「鳥取と森林公園を結ぶ集まりができたことは嬉しい。この友好関係を末永く続けたい」とあいさつした。 山添氏は「植樹した苗は多様性があり、数年で花が咲くものもあれば、あまり成長しないものもある。これから5年から10年と長い目で成長を見ていきたい」と説明していた。 2015年11月14日付
8日に開催された鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典で、鳥取県内の八頭(やず)高校時代の同級生だった西原昌彦鳥取ブラジル交流団体連絡協議会会長と西尾雅夫(のりお)コチア青年連絡協議会副会長が懐かしの再会を果たし、当時の思い出話に花を咲かせていた。 西原さんは高校時代、生徒会長を務め、西尾さんとは3年生の時に同級だったという。 また、西尾さんの娘と孫も鳥取県での留学及び研修制度で母県で世話になっており、8日の式典には親子孫3代そろって出席していた。 西尾さんは「今でも鳥取に帰ると同級生たちと会いますが、西原さんに会えて特別に懐かしいです」と笑顔を見せていた。 2015年11月14日付
ニッケイ新聞 2015年11月14日 「親思う心にまさる親心」と日々実感しているブラジル鳥取県人会の本橋幹久会長は、母県への感謝の気持ちを伝えるために、林昭男副知事、斉木正一県議長ら26人の訪問団を迎え、『県費留学・研修制度50周年並びにブラジル・鳥取交流センター設立20周年式典』を8日に同センターで執り行った。 歴代の留学生OBや現在センターを文化サークルの場として利用する人達が式典に参加し、感謝のスピーチや日々の練習の成果を披露した。 99人の留学生・研修生を代表し、県人会理事の西坂幸次さん(33、三世、2010年度)は「先祖の地を訪ね、ルーツ意識を深めることができた。見事な砂丘の光景や梨の味が忘れられない」と思い出深い日々を振り返った。 センターを利用する21の団体からは県の伝統芸能「しゃんしゃん傘踊り」や、非日系中心のダンスグループが訪問団を楽しませ、温かい拍手が送られた。 非日系も在籍するコーラス部は県歌「わきあがる力」、作曲者が県人と言われる「故郷」を会員や訪問団と共に美しく歌いあげた。 県からも県内発祥のスポーツ「グラウンド・ゴルフ」が紹介、実演された。「県人会を中心に普及させて欲しい」という言葉と共に、専用のクラブが贈呈された。 県国際交流財団から県人会へ表彰状が送られ、訪問団と県人会が記念品を交換し合い、友好を確かめ合った。 挨拶では平井伸治県知事もビデオでコメントを寄せ、「センターの活用は嬉しいこと。会員の方々にはこれからも日伯の友好に貢献して欲しい」と述べた。 林昭男副知事、斉木正一県議長、中前隆博在聖総領事、原島義弘県連副会長、飯星ワルテル連邦議、野村アウレリオ市議らも続いた。 途中、県人会創立60周年時より継続される記念事業「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹証明書の授与も、プロジェクト代表の山添源二県人副会長から訪問団に手渡された。翌9日には聖市オルト・フロレスタルを訪問し、以前植樹した木々の成長を眺めつつ、末永い友好への願いを込めて新たに植樹も行われた。 県費留学・研修50年=父の一言に背中押され開始=日本の親戚との絆も深まる 他県では中止が相次ぐ中、鳥取県による県費留学・研修制度は今年で50年の節目の年を迎えた。式典には母県への思いを伝えるため、多数のOB・OGが駆けつけた。留学制度開始のきっかけを作ったのは、式典でも挨拶を述べた第1期生の田中勝子さん(76、二世)だ。 田中さんは以前から日本に憧れがあり、訪日を夢見ていた。しかし、滞在費のために「東京でアルバイトでもする」という田中さんの意見に、父が「半端なことをするな」と反対すると同時に、「他県と同様に県に留学を頼んでみては」と提案した。 そんな1964年5月、たまたま石破二朗知事(当時)が来伯。田中さんはこの絶好機をとらえて面会を申し込んで直談判した結果、「検討する」との返答を得た。 その後、短期間の約束で訪日、東京の親戚の家で世話になっていた8月に「県費留学を開始、留学生として認める」との突然の電報が田中さんを驚かせた。...
ニッケイ新聞 2015年11月13日 2011年3月に起きた東日本大震災の復興状況報告のため、福島県庁から国際部の馬目常寿副課長らが来伯。7日に聖市の福島県人会館で、ポ語通訳つきの報告会を開催した。写真やグラフを使った説明に満足する人がいる一方、「質疑応答の時間が無かった」という不満の声も聞かれた。 会場が満員となる60人以上が参加し、関心の高さをうかがわせた。受付で同県の紹介パンフレットと、ポ語で書かれた説明資料が配布された。 諏訪慎弥主査が、「現地に住む私達には信じられないようなマイナスイメージが広まっている」と、食品を中心とした風評被害の深刻さを語った。 パワーポイントを使用して、馬目副課長が県を紹介。同県の地理的特徴、会津若松城(通称鶴ヶ城)をはじめとする名所、名物、伝統行事などが映像で流された。 震災当時の写真も表示すると、福島第一原発を大津波が襲った様子が映され、「うわぁ…」という声が会場のあちこちから聞かれた。 また放射能の広まり具合を示した図を出し、「現在でも立ち入り出来ない地域がある」と解説。今年の7月時点でも避難生活を送る人が10万人以上いると話した。 第一原発の廃炉については、「中に残っている核燃料をいかに取り除くかが課題」とし、施設が解体され処理が終わるのは2040年から2050年頃と述べた。 復興状況について、道路や貿易港などの写真を出し、震災当時と改修後を比較。避難指示区域以外では92パーセントに着工し、74パーセントが完了したと報告した。 風評被害によって農産物や水産物の売上高が落ち込んだ様子を、グラフで表示。出荷時に放射性物質の数値検査を行い、EUや米より10倍程度厳しい国内基準に照らし、合格品のみ出荷していると解説した。 報告が終わり、大槻立志主幹が福島に原発が存在する理由を明かした。「原発で作られた電力は、ほとんど福島では使われていない」の言葉に、会場から驚きの声が上がった。「昔から東京で使うための電力を、火力・水力・原子力発電所で作ってきた」と解説。 最後に諏訪主査が「ぜひ福島に来てください」と結びの言葉を述べると大きな拍手が起こった。 地下ホールで福島県産の米を使ったおにぎり、お寿司、日本酒などが振舞われ、「おいしい」の声が聞かれた。聖州レジストロから来た直井幸子さん(77、神奈川)は、「今日参加して改めて福島に関心を持った。豊かな伝統のある県なので、みんなで大事にしていきたい」と、満足した顔で感想を話した。 一方、同県大玉村出身の渡辺三男さん(48)は、「質疑応答が無かったのが残念。ブラジルには浪江町からの移住者も多い。30年後あそこに住めるかどうか、みんな知りたがっている」と残念そうに語った。 □関連コラム□大耳小耳 福島報告会では「質疑応答が無い」ことに不満を持った人がかなりいた。逆にいえば、それだけ関心が高かった。わざわざ日本から来たのに質疑応答の30分がどうして作れないのか―とちょっと疑問に。中には「第二の福島は本当に出ないのか」という切実な疑問を持っていた人も。一行のスケジュールがどうか知らないが、サッカー博物館の見学はしても、肝心の説明が足りないのでは本末転倒か。次回はぜひもっと広く説明会を呼びかけ、質疑の時間を設け、人々の誤解や疑問を解きほぐしてほしい。それを積み重ねることが、風評被害の解決にもつながるのでは。
ニッケイ新聞 2015年11月12日 鳥取県人会(本橋幹久会長)は『県費留学・研修制度50周年並びにブラジル・鳥取交流センター設立20周年式典』を8日、聖市の同センターで開催した。母県から林昭男副知事、斉木正一県議長ら26人の訪問団を迎えた。留学制度で99人が訪日を果たし、センターは21のサークルによって利用されている。留学OBは制度の意義を振り返り、各芸能サークルは日頃の練習の成果を披露。県へ感謝の思いを届けた。 本橋会長は「『親思う心にまさる親心』を感じている」と県と県人会の関係性を強調。留学OBの活躍、会館の利用度など県人会の現状を報告した上で、感謝の辞を述べた。 2010年度に留学生として鳥取大学で歯学を学んだ西坂幸次さん(31、三世)は、「専門知識はもちろん、自分のルーツを見つけることに大きな意味があった」とOBを代表し挨拶。 斉木県議長は「鳥取県は人口こそ少ないが、最近は毎年1千人が移住する魅力ある土地」と近況報告し、「県人のブラジルでの活躍は県の誇り。これからも日伯の理解者として尽力してほしい」と述べた。 また県職員としてセンター建設時に尽力した「鳥取ブラジル会」会長の西原昌彦さんは「広く生涯学習の場として使われており、設立の意義を果たしていると実感」と話した。 林副知事は「留学生が県人会の活動の中核になっていることは頼もしい」と述べ、平井伸治県知事もビデオでコメントを寄せ、中前隆博在聖総領事、原島義弘県連副会長、飯星ワルテル連邦議、野村アウレリオ市議らが出席、挨拶した。 母県の国際交流財団より県人会へ表彰状、訪問団からも伝統芸能「しゃんしゃん傘踊り」の傘、郷土品が贈られ、県人を喜ばせた。また県人会からも県を含む訪問団に感謝状を贈り、今後一層の親交を確かめた。 県歌「わきあがる力」を同コーラス部と共に合唱した後、呉屋春美文協会長から乾杯、歓談を楽しんだ。余興では、各文化サークルがしゃんしゃん傘踊りや棒踊りを披露。最後は再び童謡「故郷」を大合唱し、和やかな雰囲気のまま閉会した。
「復興している真実の部分を我々職員の口から直接伝えたい」――。東日本大震災で福島原発の放射能被害を受けた福島県の職員3人が、今月5日から15日までブラジル、アルゼンチン、ペルーの南米3カ国を訪問し、風評被害を受けている同県内の復興の現状について南米各国の県人会関係者を中心に報告している。 来伯したのは、福島県生活環境部国際課の馬目(まのめ)常寿主幹兼副課長、同課の諏訪慎弥主査、同県知事直轄広報課の大槻立志主幹の3人。 一行によると、2011年3月に発生した東日本大震災に伴う福島県内での原発事故後は、除染作業や原発の廃炉など復興作業が進んでいるが、「原発事故から4年8カ月も経っているのに食事や飲み物などに影響を及ぼしていると思っている人たちが少なくなく、危険と思って買ってくれないなど風評被害を受けている」という。 一行は昨年はフランスのパリ、今年は英国ロンドンやイタリアのミラノなども訪問して福島県の現状を訴えており、「直接話すことで現状を分かってもらい、福島の本当に姿を知ってほしい」と強調した。 現在、福島県人会は世界に30カ所あり、「海外に出た時に各国の県人会に協力してもらえると、情報発信がしやすい」と福島県では今回、南米3カ国の県人会にも協力を求めた。 一行は既に7日に聖市リベルダーデ区の福島県人会館とアルゼンチン(8~11日)で現状報告を行っており、11日から15日まではペルーを訪問する。 サンパウロ新聞 2015年11月12日付
交流センター設立20周年記念式典 「母県鳥取に感謝を申し上げることが今回の式典の目的」――。鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典が8日午前10時からサンパウロ市サウーデ区の同交流センターで開催され、鳥取県人会の本橋幹久会長は冒頭の言葉を強調した。式典には留学生・技術研修生OBをはじめ、会員や同交流センターの20を超える各教室参加者など約250人が出席。母県からは林昭男副知事、斉木正一県議会議長をはじめとする27人の慶祝団が来伯し、日伯関係の絆をさらに強化していく考えを表した。 式典では日伯両国歌、先亡者への黙とう、来賓紹介に続き、本橋会長があいさつ。今回の式典が県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年の2つの大きな事業を目的に開催されたとし、現在までに累計で99人の留学生・研修生が母県で世話になったことに言及。また、交流センターでは今や1週間に約400人、20年間で約50万人が使用してきたことにも触れ、「母県鳥取に感謝の気持ちを申し上げることが今回の式典の目的でした」と強調した。 引き続き、2010年度留学生の西坂アンドレ幸次理事が、鳥取での留学体験を通じて専門知識習得をはじめ、自身のルーツを知ることができたことに感謝。さらに、来年3月ごろをめどに留学生・研修生OBたちが中心となって母県の若者をブラジルに招聘することを明言した。 千田伊藤初美副会長は1995年に完成した交流センター建設の経緯を説明。同センターで傘踊り、日本語教室、幼稚園や各種音楽活動を実践するなど有効利用していることを挙げ、今月14日からコーラス部員たちが自費で鳥取を訪問するとし、「将来的に同じ目的で鳥取からの訪問団を迎えることができれば」と述べ、母県への感謝を示した。 平井伸治県知事のビデオメッセージに続き、祝辞を述べた斉木県議長は鳥取県人会の活動について「ブラジルの発展に貢献されてきたことは我々の大きな誇り」と称賛。母県鳥取について「日本一人口が少ないが、日本一魅力を有した県」とアピール。来年のリオ五輪、2020年の東京五輪開催を前に小学生を中心としたトップ・アスリートを育成する「チーム鳥取」を結成したことにも触れ、「郷土鳥取をさらに住みやすい自治体にしていく」と意気込みを見せた。 林副知事、中前隆博在聖総領事、西原昌彦鳥取ブラジル交流団体連絡協議会会長、原島義弘県連副会長らの祝辞に続き、本橋会長から鳥取県側に感謝の記念プレートが手渡された。 「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹証明書授与、各種記念品交換、日系3団体への激励金授与などの後、1964年から1年間鳥取大学に留学した第1回県費留学生の田中山添勝子さん(76、2世)が「鳥取とブラジルのつながりが末永く続くことを祈る」とあいさつした。 鳥取県民歌「わきあがる力」を会場全員で合唱して式典は終了。県費留学生・技術研修生OB及び傘踊りメンバーの野村スミエさん(95)と日本語教室幼稚園部の東フェルナンダちゃん(5)がそれぞれ記念のケーキカットを行った。 鳥取県人会元副会長の霜田育(しもだ・いく)さん(81、鳥取)とともに出席した娘の霜田美夕起(みゆき)さん(55、2世)は、1983年に米子医大に留学した経験を持つ。現在も聖市イタケーラ区で難聴言語障害科の医師として自らの診療所を開業しているとし、「日本が大好きで何回でも行きたいと思っています。鳥取の皆様にお世話になったことに感謝しており、この制度がいつまでも続いてほしいです」と述べ、笑顔を見せていた。 サンパウロ新聞 2015年11月11日付
岩手県人会(千田曠暁会長)は、「第22回餅祭り」を15日午前11時からサンパウロ市リべルダーデ区の同県人会館(Rua Thom痙 Gonzaga,95)で開催する。案内のため、千田会長が来社した。 当日は雑煮を1杯8レアル、焼き餅2個8レアルで販売する。焼き餅は醤油、あんこ、きな粉、くるみ、納豆など様々な味を楽しめる。また、餅祭り前日の14日には大人気の白餅販売も行われ、1袋(500グラム)15レアルで限定購入できる。 約2年ぶりの同祭再開について千田会長は「我々岩手県人会自慢の特製餅です。水を少なくすることで、伸びのある餅に仕上げています。ぜひ、大勢の方に食べに来てもらえたら」と来場を呼びかけた。 問い合わせ、事前申し込み等は 同県人会(電話11・3207・2383)まで。 サンパウロ新聞 2015年11月7日付
岐阜県人会(山田彦次会長)主催の日帰りピクニックが、10月25日に行われた。 当日は午前7時半にサンパウロ(聖)市リベルダーデ区グロリア街の県人会館前に集合。33人の参加者が集まった。道中のバス車内では「岐阜県人会宴会部長」の長屋良武さん(56、岐阜)企画による「到着時間予想ゲーム」とビンゴが行われた。ビンゴの景品として日本製の食器や、山田会長作の絵画の「非売品」クリスマスカードなどが贈られた。 一行は同10時半頃、最初の目的地のイトゥー市郊外のチョコレート農場に到着。聖市内では肌寒い曇り空だったが、現地では暑いくらいの快晴に。農場では当日は見られなかったが、チョコレートの製造過程などが見学でき、敷地内には池や滝、馬や牛が飼育されている。良く晴れた日曜の朝を思い思いに過ごした。農場内の土産屋で蘭の花などを買物していた深川京子さんは「普通の店はせかせかしているけど、ここではゆっくり店員と会話して買物ができて良い」と満足そうに話した。 その後は市内のレストランで昼食。食事の前に参加者33人が自己紹介し、午後に向け一層親睦を深めた。 食事後はパドレ・ミゲル広場周辺を散策。ノッサ・セニョーラ・ダ・カンデラリア教会や巨大なビーボ社の公衆電話を見学し、イトゥー名物の二色のソルベッチで涼を取った。 続いてイトゥー市内のドス・エサジェーロ広場へ。ここには巨大なチェスボードやATM、鉛筆などの設置物があり、最後にサッカーのユニフォームを着た巨人の前で参加者全員で集合写真を撮った。 親娘で参加していた小木曽豊子さん(80、2世)は「晴れて本当に良かった。皆と一緒に遊んだり、歩いたりして楽しかった」と感想を語った。 その後バスは一路サンパウロへ戻り、午後6時解散となった。 宴会部長の長屋さんは「また皆さんと交流を深めることができて嬉しい。今後も継続して続けていきたい」と話した。 サンパウロ新聞 2015年11月7日付
ニッケイ新聞 2015年11月7日 2011年東日本大震災の復興状況を報告するため、福島県庁から国際部の馬目常寿副課長、諏訪慎弥主査、広報課の大槻立志主幹らが来伯した。一般向けに今日7日午後1時から、福島県人会(Rua da Gloria, 721, Liberdade)で説明会を行なう。 復興の進度や原発事故にともなう除染作業、食品の安全性などを訴える。これまでも日本国外で説明会などを行なっており、今年5~10月のイタリア・ミラノ万博でも復興をPRした。当日はパワーポイントを用いての現状報告、県産の米や水の試飲試食も行い安全性をアピールする。 馬目副課長は「未だに福島は危険な場所だと思われている。正しい認識を広めるためにも、多くの方々に集ってほしい」と呼びかけ。諏訪主査、大槻主幹も「今の福島の良い部分を知ってほしい。これからも応援して頂ければ」と話した。 来伯団は8日まで当地に滞在しアルゼンチン、ペルーでも同様の説明会を行なう。問い合わせは同県人会(11・3208・8499)まで。
ニッケイ新聞 2015年11月7日 岐阜県人会(山田彦次会長)が25日、日帰りピクニックで聖州イトゥーを訪れた。5~92歳までの参加者33人を乗せたバスは、午前7時半すぎに聖市内を出発。道中ではビンゴや目的地に到着する時刻を当てるゲームが行なわれ、食器や絵葉書などの賞品が贈られた。 一行はチョコレート農場を訪れ、野に放たれた馬、リャマ、鳥類とのふれあいを楽しんだ。手土産にはチョコ以外に、農産加工品や酒類などを購入し中心街へ。信号機や公衆電話など、名物の巨大オブジェを見て楽しんだ。昼食には巨大パルメジャーナを堪能するなど、イトゥー観光を満喫した。 これまで複数回、同会のピクニックに参加しているナガヤ・エドアルダちゃん(8、四世)は、2度目のイトゥー観光に「大きなオブジェだけでなく、農場でクジャクやアヒルを間近に見られて良かった」と笑顔で話した。
ニッケイ新聞 2015年11月6日 岩手県人会(千田曠暁会長)が15日午前11時から、『もち祭り』を同県人会(Rua Thomaz Gonzaga, 95, 1o. andar, Liberdade)で行なう。 雑煮(8レ)、焼きもち、あんこ、きなこ、納豆(ともに一皿2個で5レ)など各種の味が用意される。1袋500グラムの白餅も15レで販売され、前日14日午後2時から受け取ることが出来る(要予約)。 来社した千田会長は、「混ぜものなしの特製もちをいろんな味で楽しんで」と呼びかけた。 問い合わせは同県人会(11・3207・2383)まで。
ニッケイ新聞 2015年11月6日 一般社団法人ステージサポート沖縄(大野順美代表)が外交120周年記念に、沖縄琉球舞踊公演を国内二カ所で開催する。日本文化庁から助成。沖縄から国指定重要無形文化財「琉球舞踊」保持者である玉城流扇寿会家元ら18人の演者を迎える。 8日午後7時から、南麻州カンポ・グランデのアルキテット・R・G・カミーロ・コンベンションセンター(Av. Waldir dos Santos Pereira, s/n – Parque dos Poderes)で入場料50レアル。15日午後2時から聖市の文協大講堂(Rua Sao Joaquim, 381)で100レ(ともに高齢者、学生など半額)。 また7日午後3時からは、カンポ・グランデ沖縄県人会館でワークショップも行なわれ、沖縄組踊音楽歌三線の人間国宝、西江喜春さんも指導に当たる。 来社したブラジル琉球舞踊玉城流扇寿会の斉藤悟主宰は、「久しぶりに大人数の演者が来泊する。本物の琉球舞踊を見る貴重なチャンスです」と来場を呼び掛けた。...
沖縄県に本社があるステージサポート沖縄主催の琉球舞踊公演が15日午後2時から、サンパウロ市リベルダーデ区の文協記念講堂(Rua São Joaquim, 381)で行われる。案内に琉球舞踊玉城流扇寿会ブラジル支部の斉藤悟代表が来社した。 このイベントは日本ブラジル修好通商条約120周年を記念して行われるもの。玉城流の家元で、国指定重要無形文化財保持者の谷田晶子さんと金城美枝子さんら18人が来伯し、舞踊を披露する。琉球舞踊はもちろん、両家元の創作舞踊も見どころとなる。 また7日には聖市に先立ち、カンポ・グランデ市で午後7時からの上演も予定されている。 斉藤代表は「裏方含め23人も沖縄から来伯するのはなかなかない。どうしてもブラジルの皆さんに見てもらいたい。そして当地で琉球舞踊を広めていきたい。ぜひ見にお越し下さい」と来場を呼びかけた。 入場券は一般100レアル、12歳以下と60歳以上は50レアル。 サンパウロ新聞 2015年11月5日付
【鹿児島通信員・川口裕貴記者】ブラジルと日本を行き来し、絵画の作品制作活動を行う画家の森ジュリオ一浩さん(65、3世、千葉県在住)が10月18日~25日にかけて、故郷鹿児島県枕崎市にある衣料品店「サロン・ド・クワハラ」の一室で個展を開き、期間中は作品を見に多くの来場があった。 森さんの同市での個展は3年ぶりで、会場には大小合わせて34点の絵画が展示。会場中央には2013年にブラジル鹿児島県人会創立100周年記念事業の一環として森さん、若林和男氏、豊田豊氏による図画作品の「三人展」でも展示された大きさ130センチ四方の「FUUJIN」「RAIJIN」が一際目を引いていた。 また同2作品は今年、千葉県印旛郡酒々井町の醸造元「飯沼本家」の日本酒のラベルにも採用され、採用を記念して同日本酒が会場一角に展示された。 3年ぶりの個展開催について森さんは「個展を通じて枕崎を盛り上げられたら」と語り、「できれば、毎年開催したいね」と、アートを通じた枕崎の地域活性化に今後も協力する姿勢を口にしていた。 サンパウロ新聞 2015年11月6日付
一見の価値ある国立人類学博物館 チアパス日墨協会の植物研究所は、メキシコ国立農牧森林研究所の協力を得て2014年4月7日に創設されたばかりの新しい施設だ。施設内には、健康食品のモリンガや甘味料の原料となるステビア、アロマ香料の葉などのほか、トマトやキュウリなどの野菜類も植えられている。 施設の建物の壁は、そうした植物類の苗を入れたペットボトルで造られており、環境面と経済面でのエコをアピールしていた。 同研究所にも「ドン春日」こと春日カルロス氏が先導して案内役を務めてくれ、「4世や5世など次世代に日本の良さを伝えるために、こうした活動を続けて頑張っている」と強調していた。 施設内では祖父母が滋賀県出身で自身はタパチュラ生まれの農業技師である辻フェリペ・アルジャノさん(75、3世)も姿を見せ、レモンのような香りがするアロマの葉を取って嗅(か)がせてくれた。 一行は、午後1時50分に同研究所を出発、午後2時半に市内の海鮮レストランで昼食を取る。メキシコ大統領が出席した海軍施設でのイベントに同行したらしい政府関係者たちが我々より遅れて入ってきたにもかかわらす、彼らの料理が先行。ふるさと巡り一行の料理がなかなか出てこずにイライラするが、蒸し暑さの中で飲む冷たいビールに癒される。 一行はその後、タパチュラ空港に午後4時半に到着。同6時半発のアエロ・メヒコ機で同8時半にメキシコシティに着いた。初日と2日目に泊まった馴染みのホテルにチェックイン。夜はホテルで夕食が用意されていたが、記者は移動での疲れのため夕食も取らずにそのまま部屋に直行し、就寝した。しかし、他のメンバーはほとんどがホテルで夕食を取ったと後で聞き、一行の体力には感心するばかりだった。 ◎ ◎最終日の9月30日、いよいよブラジルに帰国するが、我々第2グループは9月27日に行けなかった国立人類学博物館を午前中に見学するため、午前10時にホテルを出発した。 ガイドのセサルさんの案内で博物館の中を見て回る。博物館全部を見て回るのには1週間かかるそうだが、我々は時間の都合で約1時間と、1階の古代文明の展示を中心に急ぎ足で見学することに。それでも博物館は一見の価値があった。 紀元前3万年にアジアからの原住民がベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に移動。その後、各地に拡散し、紀元前3000年にはメキシコ湾側の原住民が定住して文明を作ったことなどが、「先古典期」「古典期」「後古典期」と大きく3つに分けて解説されていた。その中でも特に目を引いたのがテオティワカン遺跡室で、「羽の生えた蛇の神殿」の外装のレプリカや各種出土品などが展示されていた。 また、ユカタン半島で栄えたマヤ文明の古代遺跡では、チアパス州で7世紀に在位したパカル王が亡くなる前に自分の墓を建て、翡翠(ひすい)のデスマスクが1952年に発見されたとし、その当時の墓の一部と実際の翡翠のデスマスクが飾ってあった。 正午前に博物館の見学を終えた第2グループ一行は、お世話になったガイドのセサルさんに別れを告げてメキシコシティの空港へ。午後4時半発のラン航空でペルーのリマを経由し、翌10月1日午前7時半、サンパウロに到着。メキシコへのふるさと巡り旅行を無事、終えることができた。(おわり、松本浩治記者) サンパウロ新聞 2015年11月6日付
庶民的なタパチュラの町並み 5日目の9月29日、ふるさと巡り一行の他のグループによっては早朝からトゥクストラ・グティエレスを経由してメキシコシティに向かったと聞かされたが、我々第2グループはこの日の午前中は自由時間が取れた。希望者は、その時間を利用してタパチュラの町まで買い物などに出かけた。 地元のスーパーマーケットなどが近いと聞き、ホテルを出て歩いていると、ホテル専用のバンが偶然通りかかり、運転手の厚意で町まで連れて行ってくれるという。さすがに無料というわけにはいかないので、乗り合わせた6人ほどのメンバーが少々のチップを運転手に渡した。 地元のスーパーはブラジルのそれとあまり変わらず、品揃えも結構豊富だったが、それ以上に面白かったのは、その近くにあった地元の市場だった。地下には、鶏肉、魚介類、野菜類など生鮮食料品も販売しており、庶民の雰囲気が漂う。地下は迷路のように入り組んでいたが治安は悪くないようで、カメラを向けると地元民が恥ずかしがりながらも笑顔を見せてくれる。帰りは各自ホテルに戻り、午前11時にチェックアウト。正午の出発を前にホテル前に集まっていた団員の1人である草川一郎さん(83、2世)に話を聞く。草川さんは、今回母子の再会を果たした草川和田明子さんの兄に当たり、パラナ州マリンガ市に住んでいる。 サンパウロ(聖)州ドゥアルチーナで生まれ、6歳の時に1年間、奈良県天理市に住んでいたこともあるというが、その後、家族でマリンガに転住。父親から日本語を学び、20代半ばには一時、聖市の日本語の印刷屋で活字を拾っていたこともあるそうだ。また、90年代前後には仲間と日本に出稼ぎに行き、日本語を話せたことで重宝がられた。ふるさと巡り旅行には第30回目から毎回のように参加しているという。今回のメキシコの旅では、「姪(前述の小木曽春美さん)が住んでいたこともあり、思い切って皆で行こうやと親戚たちで来ることになりました。言葉(スペイン語)は分かりにくいけれど、日本語が分かるガイドさんもいるし、何より食べ物が毎回楽しみですね」と笑顔を見せる。 一行はホテルを出発し、人口32万人のタパチュラ市内をバスで観光する。ガイドのセサルさんによると、同市の経済基盤は農業と商業が中心だが、日本のマツダ車など自動車の組み立て工場も進出しているという。また、グァテマラとの国境に近いことから、同国からの移民も多いそうだ。 一行は、昨夜ホテルで歓迎を受けたチアパス日墨協会の植物研究所へと向かうが、その途中に物々しい警備をしている一団に出くわした。話によると、米国ニューヨークで開催された国連での会議に出席したメキシコ大統領が前日夜にタパチュラ入りし、この日行われるメキシコ海軍施設でのイベントに参加するために来ているのだという。 午後1時過ぎ、チアパス日墨協会の植物研究所に到着した。(つづく、松本浩治記者) サンパウロ新聞 2015年11月5日付
