母県から副知事、議長ら88人 「明日からは次の100年のスタート」―。ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)創立100周年および県人移住105周年の記念式典が、20日午前10時半からサンパウロ(聖)市イビラプエラ区の聖州議会で開催された。母県から布袋嘉之副知事、池畑憲一県議会議長をはじめとする慶祝訪問団88人が来伯して出席。当日は県人関係者、来賓を合わせて約600人が一堂に会し、コロニア最古の県人会の100年の節目を祝った。 鹿児島県人のブラジル移住は1908年の第1回「笠戸丸」に乗船した172人に始まり、戦前戦後を合わせた移住者数は7081人に上る。現在の県系人は推定で3万9000人を超えているという。 同会が州議会で周年式典を開くのは初めて。会場となった議会議事堂には、同議会での開催に協力した羽藤ジョージ聖州議、園田会長を中心に、布袋副知事、池畑議長、川畑隆・県海外移住家族会会長、森博幸鹿児島市長はじめ県内各市長・市議など母県関係者、福嶌教輝在サンパウロ日本国総領事、安部順二連邦下議、日系団体代表らが並んだ。パラグアイ、アルゼンチン、タイ、香港、ベトナムの県人会代表者らも出席した。 日伯両国国歌斉唱、県人開拓先没者に対する黙祷後、羽藤州議が同会場を利用する規約を読み上げ、「日伯で一番古い誕生日を祝福するのは州議会にとっても大きな喜び」と言葉を付け加えた。 続いてあいさつに立った園田会長は鹿児島県民移住の歴史を振り返り、「式典を開催できたのは家族愛、隣人愛をモットーにした先人たちのご努力の賜である」と感謝。さらに「今日こうして100周年を祝ったら、明日からは次の100年のスタート。100年を大切な財産として検証し、次世代へ継承していきたい」と今後の県人会の健勝と発展を誓った。 今回来伯できなかった伊藤祐一郎県知事はビデオメッセージによりあいさつ。県人会の活動について「県人移住者の情報収集、親睦活動、子弟の育成な どの取り組みなど、鹿児島との交流に大きな役割を果たしていただいた」と功績を称えた。加えて昭和45(1970)年度から実施している県費留学生制度を 100周年を機会に、現在1人の枠を2人に増員することを伝え「鹿児島および日本とブラジルの絆をより一層深める橋渡しになっていただきたい」と同留学生 への期待を表した。 各来賓のあいさつに続き、記念切手発行の調印式、県知事表彰と県人会表彰が行われ、各表彰に該当する代表者が賞状と記念品を受け取り、州議会での式典を終了。その後は議事堂入口ホールに場所を移し、式典の第2部が開催された。 県知事表彰者(80歳以上の表彰対象者72人)を代表して小森廣さん(84)、県人会表彰者(75歳以上の表彰対象者198人)を代表して大羽豪三さん (77)、また県費留学生・海外技術研修生を代表して加賀城グラウシアめぐみさん(2010年度県費留学生)、鹿児島県ブラジル実習生を代表して本紙で研修中の出水翔子さん(20)がそれぞれ県、県人会側に謝辞を述べた。 終了後は来賓、関係者による鏡割りとケーキカットが行われ、祝賀昼食会へ。「遠いところからおやっとさあごわしたなあ(お疲れ様です)」と慶祝団と、在伯県人との交流や、ブラジル内でも何年、何十年ぶりに再会した出席者も多く見られた。 慶祝訪問団として南九州市頴娃(えい)町から訪れた原田義幸さん(75)は、いとこで聖市内在住の西村政美さん(70)と5年ぶりの再会を果たした。原田 さんは「昔は手紙のやり取りで苦しい生活をしていると聞いて心配していた。しかしいつしか私よりいい生活をしている。嬉しい限り」と喜び、同町出身らと楽 しげに会話を交わしていた。...
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ニッケイ新聞 2013年10月19日 ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)は11~13日、文協2階貴賓室で日伯両国の芸術家による「三人展」を開催した。創立100周年及び移民105周年記念事業の一環。 芸術家の豊田豊、若林和男、画家の森一浩3氏の絵画や彫刻作品約50点が会場を彩り、延べ約300人が来場した。 森さんは、97年の個展で自身の作品が書道のようだと評されたことをきっかけに、より意識した現在の画風になったという。 展示作品『侍の夢』を「侍が刀を振り抜くように、私も筆を持って舞うように描いた。制作した時の『今』を描く、というイメージ。人それぞれの感性で作品と向き合ってほしい」と話した。 画家の故間部学さんの妻よしのさんも訪れ、「芸術に囲まれた生活で私も大好きになった」と笑顔を見せ、来場者らはゆっくりと作品を鑑賞していた。
ニッケイ新聞 2013年10月18日 【既報関連】兵庫県加古川市で11日、パラナ州マリンガ市との姉妹都市提携40周年を記念する式典が開かれた。伯国側からは、西森ルイス連邦下院議員率いる「パラナ日伯経済使節団」のメンバー76人が駆けつけ、共に節目の年を祝った。副団長として参加したカルロス・プッピン同市長は「加古川のいたるところにマリンガのシンボルがあることに驚いたし、人々の温かさにも触れ感銘を受けた。多くのマリンガ市民が加古川を訪れるよう宣伝したい。経済的な繋がりについても、現在持っている鶏肉やエタノール関係に加え、さらに多様な分野で関係性を強めていければ」と期待を込めた。 式典には樽本庄一市長、大西健一市議会議長、長谷川吉弘商工会議所会頭(ハリマ化成社長)ら市の要人が数多く出席した。 挨拶に立った長谷川会頭は「神戸港や移住センターなど、兵庫はブラジル移民との繋がりが最も強い県。今日は家に帰ったつもりでくつろいでもらいたい」と歓迎の意を示した。 続いて、使節団団長として登壇した西森下議は「熱い気持ちを持った団員が多いおかげで、今日はこんなに暑くなってしまった」と話して会場を和ませた後、「両市の関係は、数ある日本とブラジルの姉妹都市関係の中でも最も良好で、間違いなく一番」と日本語で力強く観衆に語りかけ、大きな喝采を浴びた。 記念品の交換の後には夕食会が開かれ、多くの加古川市議やマリンガへの民間訪問団参加経験者など200人が参加した。各テーブルについた通訳を通し、終始和やかな雰囲気で会話が弾む様子が散見された。 樽本市長は本紙の取材に対し、「こんなにたくさんの方々に来て貰えるとは。今の関係性を築けたのは、日系人の存在が非常に大きい。言葉の問題を考えても、これがなければ長く続くこともなかったはず」と振り返り、「人と人の交流がだいぶ深まった中で、さらにもう一歩経済的な面でも手を取り合うことが出来れば、さらに絆は強固なものになる」と今後への期待を語った。 今年5月初旬には、マリンガでも40周年を記念した式典が開かれており、加古川市から樽本市長はじめ慶祝団21人が出席していた。
2日に亡くなった谷広海さんの四十九日法要が11月10日午後4時からサンパウロ市シャッカラ・イングレーザ区の西本願寺(Rua Changua 108)で執り行われる。 2013年10月19日付
ニッケイ新聞 2013年10月16日 ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)は創立百周年記念事業の一環として11日、文協小講堂で『西郷隆盛講演会』を行なった。約150人が訪れ、興味深そうに耳を傾けた。 約3年前にも「坂本龍馬」をテーマに当地で講演した鹿児島大学の原口泉名誉教授(66、鹿児島)が講師を務めた。NHK大河ドラマ「篤姫」はじめ、テレビ番組の時代考証や解説のほか、「龍馬は和歌で日本を変えた」「維新の系譜」など著書もある。 まず、最大の功績として「近代国家の枠組みを作ったこと」を挙げ、明治維新によりたった一夜にして多くの武士が失業し、廃藩置県が行われたことが、いかに歴史的で世界に類を見ない改革であったかを強調した。 市民平等、万国対峙、国民議会の必要性を説いた西郷は、「人の上に立つほどの学もなく、右ひじの怪我によって剣においても秀でず、フィラリアによる象皮病で馬に乗ることもできなかった」。そんな彼が持っていたものは人間力だったという。 「幼少期から損得ではなく善悪をもって行動しろと徹底的に教え込まれた。海で溺れた人間を見た時、助けねばと善悪を持って判断するが、直後には損得が脳裏に浮かび躊躇する。西郷の場合は思考が損得に達する前に助けに飛び出す。そういった考え方に魅せられ、グループの先頭に立った」と潔い武士の姿、侍の心得により人望を得たと語った。 また西郷自身、「敬天愛人」(天を敬い人を愛すという意)という言葉を好んで使い、「天命への自覚を持って江戸・明治期の変革にまい進した。これは伯国鹿児島県人移民が創立百周年を迎えたこととも通じ、長年の成果が実ってのこと。今日の日系社会があるのは皆さんの努力があってこそ」と県人会関係者を称え、「次世代の若者のためにも、引き続き努力と貢献をもって日系社会を支えて下さい」と力強く締めくくった。
ニッケイ新聞 2013年10月16日 琉球民謡保存会ブラジル支部(米須正支部長)主催の『第7回民謡の祭典』が13日、沖縄県人会館で開かれ、訪れた約350人がウチナーグチの響きに耳を傾けた。6歳から80歳を超える高齢者まで、約120人が日頃の研鑽の成果を披露。米須支部長は「近年は若者が自分から歌詞の意味を理解しようと勉強会を開くなど、非常に積極的。レベルもどんどん上がっている」と満足げに話した。 開会式で挨拶に立った米須支部長は「支部開設から来年で20周年。今年の5月に沖縄を訪問したが、母県の本部でも大きく評価されていることを改めて実感できた」と力強く話し、座嘉比昇・祭典実行委員長は、ウチナーグチで関係者への謝意を示した。 新たに教師として認定された当間チエミさんへの免許状の授与も合わせて行われた。 祭典は約20人の教師・師範による「かぎやで風節」「鶴亀節」「豊節」の斉唱からスタート。迫力ある三線の音色と勇壮な歌声に観客から大きな拍手が沸いた。 ジャバクアラやバウルー、カンピーナス、ヴィラ・カロンといった各地の民謡グループのほか、島袋順子琉舞道場や具志堅洋子琉舞道場などから琉球舞踊のグループも参加。色とりどりの衣装での華麗な舞で会場を盛り上げた。 最終プログラムでは、初の試みとして寸劇「毛遊び」が披露された。玉城流扇寿会と琉球民謡保存会青年グループのメンバー約15人が、仕事を終え、野外で飲み、歌い、踊ることを楽しみとしていた戦前から戦後期の沖縄の若者らを再現し、会場は大きな拍手に包まれた。 終演後は、米須支部長の音頭によるカチャーシーで会場が一体になって踊り、和やかな雰囲気の中祭典の幕が降りた。 若者の舞台を見ながら体を揺らし、歌を口ずさんでいたアシミネ・ノブさん(82)は「自分たち一世の文化が孫、ひ孫まで受け継がれている。良い時代になったね」と感慨深げに話し、最前列の席で耳を傾けていたイズ・セイジさん(82、二世)も「ウチナーグチを聞くと両親のことを思い出して、懐かしい」と話していた。
ブラジル兵庫県人会(尾西貞夫会長)恒例のピクニックが9月15日に実施され、サンパウロ州サンロッケ市にあるランショ・エボネ小農園に県人会員ら45人が参加した。 当日は晴天に恵まれ、バスの中では松下マルリ、山本アナパウラ両監査、金城ヤス子事務局長が菓子類を配るなど和気あいあいの雰囲気で会員が近況を報告し合った。 錦鯉が広い池に放流されている園内では、屋根の上で野菜類を植える畑の小屋が3軒もあることが参加者の目を引いた。また、各種動物も飼育されており、一行は農園内を歩いた後、園内でできた野菜や果物を使った昼食を取った。 尾西会長はあいさつで「長い間会長を務めてきましたが、次の新しい会長が元留学生の中から選ばれることを期待しています」と述べた。 会員の島田マルシア氏と松下監査によりくじ引きも行われ、賞品が当選者に配られた。 一行は記念撮影の後、来年の再会を誓い合い、帰途に就いた。 2013年10月18日付
19日(土曜日)◎青葉祭は、午前7時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で。◎和太鼓グループ「生(しょう)」のワークショップは、午前10時から聖市ビラ・マリアーナ区の同グループ教室(Rua Ver gueiro, 2676)で。◎第7回文協総合美術展オープニング式典は、午後3時から聖市リベルダーデ区の文協ビル(Rua Sao Joaquim, 381)で。 20日(日曜日)◎サンパウロ木蔭句会の第35回念腹忌全伯俳句大会は、午前9時から聖市リベルダーデ区のブラジル日系熟年クラブ連合会会館(Rua Dr. Siqueira Campos, 134)で。◎サント・アマーロ連合婦人会の慈善バザーは、午前9時から聖市サント・アマーロ区の同文協会館(Rua Vigario Taques...
鹿児島県人会100周年記念して ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)は同県人会創立100周年記念行事の一環として12日、サンパウロ市リベルダーデ区の文協小講堂で「西郷隆盛講演会」を開催した。母県から鹿児島大学名誉教授で志学館大学教授の原口泉氏を招いて鹿児島弁とユーモアを交えた2時間の講演が行われ、約150人の来場者たちは熱心に耳を傾けていた。 開会のあいさつでは園田会長が「本物の西郷さんをぜひ知っていただきたい」と話し、また実行委員長の井料堅治参与は「鹿児島県人だけでなくコロニア全体を巻き込んで面白いことができないかと考え、同講演会を企画した。存分に楽しんでもらいたい」と呼び掛けた。 原口教授は日本近世・近代史を専門に研究しており、NHK大河ドラマ「翔ぶが如く(1980年)」「琉球の風(1993年)」「篤姫(2008年)」の時代考証を担当。「龍馬を超えた男小松帯刀」「維新の系譜」など著書多数で、2010年に来伯し、坂本龍馬や維新について講演したことも記憶に新しい。当時、世話になったというブラジル龍馬会会長だった故谷広海氏へ哀悼の意を表した。 今回が4回目となる来伯だが、「カシャッサがおいしかったのをよく覚えている」と話すと、会場からは拍手と笑い声が起こった。 原口教授は蒸留酒に関連させて、本坊酒造(鹿児島市、本坊和人代表取締役専務)の本格芋焼酎「あらわざ桜島」が今年イギリスで開催された国際品評会で世界一の焼酎に認定されたことや、同県の紅茶やかつおぶしが高い評価を得ていることを紹介し、「ブラジルでも100年の歴史を紡いできた鹿児島県人の長年の努力が今、世界に認められている」と同県人の活躍をたたえた。 講演の中で原口教授は、「内村鑑三の著書『Representative Men of Japan』(1894)で代表的日本人として紹介されている西郷の魅力は、人間力にある」と強調した。 原口教授によれば、西郷隆盛は明治維新で尊王を推し進めたが攘夷(じょうい)を口にしたことはなく、先見の明がある人物だった。180センチメートル、110キロの巨漢に大きな目で一見恐ろしい外見をしながら、情に厚い人物で理屈を超えた魅力が人々を引き付けたという。 また原口教授は、一夜にして200万人の武士の特権をはく奪した廃藩置県を「約700年続いた封建制度を一瞬で崩壊させた西郷の大功績。まさに革命」と位置付けた。 幕末まで武士道教育が色濃く残っていたのは会津藩と薩摩藩だけで、近代になっても士族意識が残っていた鹿児島は「何をなすべきか」を一番に考える県民性があるという。 原口教授は「今、日本人が忘れかけている日本の姿がブラジルには残っており、ブラジル日系人の生き方が日本にインパクトを与えている。地下資源に頼らない物作りを実現させる新たな文明・革命を起こすために『何をなすべきか』考えていくことがこれからの課題」と力強く語り、講演を締めくくった。 最後に、同県人会から来場者全員に西郷隆盛の肖像画が配布され、講演会は終了した。 西南戦争に敗走し西郷と共に自決した祖先を持つという牟田邦子さん(81、福岡)は「テンポが良くて飽きない話には3年前の龍馬講演の時から大ファン。維新から今の私たちが生きるヒントがもらえた気がする」と満足そうに話した。 ...
ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)創立100周年記念事業の一環として、森一浩、若林和男両画家と豊田豊彫刻家の図画作品を展示した「三人展」が、11日から13日までサンパウロ市リベルダーデ区の文協2階貴賓室で開催され、11日午後7時から行われたオープニングパーティーには来賓、同県人会員ら合わせて約150人が出席し、開催を祝った。 オープニングパーティーには3氏の芸術家が出席する中、園田会長、山下譲二、呉屋新城春美両文協副会長、尾西貞夫援協副会長、羽藤ジョージ聖州議、中山雄亮在サンパウロ総領事館副領事、杉田尚央国際交流基金所長補佐、原口泉鹿児島大学名誉教授らが来賓として参加した。 冒頭のあいさつで園田会長は「これからブラジルに残すべきものは日本文化。3氏それぞれの絵の良さを感じ取ってほしい」と簡潔に祝辞を述べた。3氏もそれぞれあいさつし、森画家は「いつか展示する機会があればと思っていた。思いがかなって感激」。豊田氏は「100周年にしてこのような画展を開催できたことは芸術家として心からありがたいこと。ほかの県人会も文化の関係に力を入れてくれれば」と県人会の姿勢を評価。若林氏も同様に三人展開催に感謝する喜びの言葉を来場者に伝えた。 乾杯の音頭を安楽良雄同記念式典実行委員長が取り、用意された軽食を片手に来場者は大小合わせて50点ほどの飾られた3氏の作品を眺めながら、思い思いの時を過ごしていた。 同展は3日間を通じて約300人の来場(県人会発表)があった。同展を終え森画伯は「100年の節目に(画展を)開催できたことに不思議な縁を感じる。コロニアに感謝したい」と総括。同展は20日に開催される記念式典の余興でもあり、成功を収めたことにより式典に向けての盛り上がりを印象付けた。 2013年10月16日付
パラナ州マリンガ市のマリンガ州立大学内図書館で9月23~30日、「原爆写真展―広島と長崎―」が開催された。 同展は9月25~27日に同大で行われた「第6回歴史に関する国際研究会」の一環として企画され、ブラジル長崎県人会(川添博会長)から60枚ほどの写真が提供された。 同研究会は、南米諸国を中心に国内外から約1000人の教授や研究者が集まり、原爆については同大のシジネ・ムニョス教授が講演を行った。参加者のうちほとんどの人が同展を見学し、涙を流しながら写真に見入っていたという。 写真にはポルトガル語で説明文が付けられ、来場者たちは「爆心地付近で黒焦げになった少年」の写真などを神妙な面持ちで見ていた。 今回初めて原爆の写真を見たという大河ロビンソンさん(33、3世)は「写真で見ることによって、話で聞いていた以上に悲惨な原爆投下後の状況がよく分かった。こんな恐ろしい武器を作るより、もっと平和のためにできることがあるはず」と話し、表情を引き締めた。 また、長崎県人会の栗崎邦彦副会長は「原爆のむごさを知ってもらい、平和運動につなげるという被爆県民としての一つの役目を果たせたと思う。機会を与えてくれたマリンガ大学に感謝したい」と総括した。 2013年10月15日付
海外とのネットワーク強化を 【福岡発・吉永拓哉福岡支局長】世界9カ国に21カ所ある福岡県人会同士の交流や活性化を目的とした『第8回海外福岡県人会世界大会』の記念式典が9日、福岡市内の西鉄グランドホテルで行われた。世界大会にはブラジル福岡県人会(南アゴスチンニョ会長)、ベレン福岡県人会(小野重善会長)、トメアスー福岡県人会(加藤広行会長)をはじめ、中南米、北米、アジアから約300人の県人会会員が来日し、母県の関係者らを合わせると出席者600人もの盛大な式典となった。 海外福岡県人会世界大会は1994年から3年おきに実施されており、8回目となる今回は(公財)福岡県国際交流センターが主管して母県で開催した。 新宮松比古大会実行委員長(同センター理事長)の開会宣言に始まり、小川洋福岡県知事があいさつ。「大会テーマは『ルーツは福岡 夢は世界へ 未来につなごう 福岡の絆』です。この大会を機に故郷福岡と海外県人会のネットワークがさらに強くなることを願います」と述べた。 続いて海外県人会を代表し、南加福岡県人会(在ロサンゼルス)の宗伸之会長は「県人会同士で共通の話題、悩み、出来事を語り合い、お互いにアイデアを出し合って次世代の福岡県人会につなげていきたい」と抱負を語った。 式典ではこの後、小川知事から各県人会長へ感謝状や記念品が贈呈され、最後は地元小学生たちによる『ふるさと』のコーラスに合わせて場内全員で合唱した。 引き続き行われた歓迎レセプションでは、小倉祇園太鼓や博多祇園山笠など郷土の芸能が披露される中、各県人会と母県の人たちが楽しそうに歓談した。 ブラジル福岡県人会副会長で、同県費留学生OB会長の福永ミルトンさん(51、会社経営者)は、88年に九州産業大学で経営学を学んだ。その時の 留学経験が今の仕事に生かされているという。「私の目標は、県費留学生OBと福岡の企業を結ぶこと。これが次世代の福岡県人会と母県の発展となる。今回は そのための交流でもある」と福永さんは意気込んでいた。 レセプション会場の端で椅子に腰かけていた靍我(つるが)昌則さ ん(90)は、住まいの筑豊地方から会場へと足を運んだ。靍我さんの弟・博文さんが54年前に単身でブラジルへ渡り、モジ・ダス・クルーゼス市で長年農業 を営んでいたという。博文さんは世界大会への参加を楽しみにしていたが、渡航手続きをしていた最中の今年8月2日に自宅で亡くなった。享年77歳だった。 靍我さんは会場を眺めながら「わしは弟を訪ねて平成元年にブラジルへ行ったことがある」と、在りし日の博文さんとの思い出を懐かしんだ。 本来なら博文さんと一緒に来日するはずだった妻の敬子さん(81、福岡県出身)は、ブラジルから博文さんの写真を持参して会場入りした。「夫がいなくて不安でしたが、どうにか故郷まで帰って来れました」と、目にうっすら涙を浮かべてほほ笑んだ。 なお、同大会は3日間にわたり、代表者会議、ブラジル経済セミナー、企業視察、県人会フェアなどが行われた。 2013年10月12日付
ニッケイ新聞 2013年10月12日 【既報関連】宮城県人会(中沢宏一会長)は5日、同会館で今年主催団体としての参加を断念し、共催団体のリベルダーデ文化福祉協会(ACAL)の単独開催となっていた『サンパウロ七夕祭り』に関する臨時総会を開き、会員約20人が出席する中、今後の開催のあり方が検討された。理事会は、確執が問題視されるACALとの間に抱える問題についても言及した上で、来年度以降の共同開催体制意の復活を目指してACAL関係者との交渉を進めていく意向を示し、賛成多数でこれが可決された。 今年度の七夕祭りに参加しなかった経緯を会員に向けて報告する初めての公式な場となった。報告を担当した鈴木運蔵副会長は「未解決になっていた過去の共同経費の精算方法など、両団体における諸問題について、県人会側の回答が遅れたことを理由に、理不尽なやり方で独自開催を宣言したから」と説明した。 また、共同での開催の再開に向け、ACAL側に主張・提案する内容として、以下の事項が明確化された。 ◎=ACALによって2002年に申請が行われ、07年に正式にINPIへの登録が決まり、確執の根源となっていた「SENDAI(Y) TANABATA MATSURI」「SAO PAULO LIBERDADE SENDAI TANABATA MATSURI」の商標登録問題について、宮城県で長く続く祭りの名称の登録は、伝統文化の私有化と解釈する。日本の国益の損失につながる問題であり内々で解決すべきものではないと判断し、宮城県紙である河北新報などを通じアピールすることで、国や県に問題解決を委ねる。◎=祭り開催における基本的事項は、ACALと県人会の幹部陣で決定する。実行委員は決定された計画を実行する機関とし、役割を分担、明確化させる。◎=メイン会場となるガルヴォン・ブエノ街大阪橋周辺への七夕飾り・吹流しについて、損傷の原因となる周辺店舗への荷物搬入を防ぐ術は無いと判断し、同地区への吹流しなどの設置は行わない。代替案として、現行特設ステージが設置されるリベルダーデ駅前広場への飾り付けの充実を提案する。◎=例年深夜まで時間がかかることが指摘されていた竹の搬入について、午後4時に到着できるよう市の交通局に要請する。◎=互いに未納となっている2010年、2012年の共同経費について、すでに合意に達している2011年分と同様の方法で精算する。◎=本年度及び次年度の計画書と予算書について、それぞれ必要書類の提出期限を設ける。◎=他の日系団体からの参加と協力を回復させるため、定期的に計画の進行状況を字邦字紙上で伝える。◎=次年度のテーマを「COPA2014」とする。 中沢会長は本紙の取材に対し「ACALには歩み寄りの姿勢を見せて欲しいし、こちらも歩み寄っていきたい。両団体のこれまでを語るより、祭りを良い形で継続させていく方法を模索する方が重要」と話した。
「対立ではなく互いの歩み寄りを」 宮城県人会(中沢宏一会長)の臨時総会が、5日午後3時よりサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の同会館で行われた。「サンパウロ仙台七夕祭開催の件」と銘打たれた同総会では、2007年のリベルダーデ文化福祉協会(ACAL、池崎博文会長)による七夕祭の商標登録に端を発し、今年同県人会が不参加に至った経緯と、来年の共同開催に向けての問題提起と方針について発表され、県人会員など約20人が出席した。 臨時総会で説明された宮城県人会の主張によれば、一連の騒動は大きく(1)07~09年、ACALによる七夕祭の商標登録と七夕契約書の締結(2)09~12年の共同計算の清算拒否の問題(3)13年、宮城県人会の七夕祭不参加とACALの単独開催、の三つの段階に分けて考えることができる。 (1)は、07年にACALが「SENDAI TANA BATA MATSURI」「SAO PAULO LIBER DADE SENDAI TANA BATA MATSURI」の商標登録を完了し、書面で宮城県人会の名称使用の禁止を言い渡した。これに対し、同県人会は弁護士をたてACALに取り下げ要求の文書を送付するも解決には至らず、最終的には聖市役所の仲裁で県人会が主催を守った。ちなみに、この仲裁に法的拘束力はない。 なおACALの商標登録申請について、同県人会は02年に動きを察知していたが、常識的に考えて正式に登録できるはずがないと静観していたという。 08年、宮城県人会は100周年記念協会とACALより、ACAL主導の下で同県人会が協力して七夕祭りを開催するよう文書で要請を受けた。同県人会はこれに異議を申し入れ、書面で撤回を要求。最終的には、前年同様聖市役所の仲裁で県人会が主催を守った。 09年、ACALとの関係悪化を受け、宮城県人会は七夕祭を両者の共催行事とする「七夕契約書」を正式に登記。契約書では、同県人会が七夕祭りの...
12日(土曜日) ◎ブラジル日系キリスト教連盟の「第30回熟年一日研修会」は、午前8時半からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区のホーリネス・リベルダーデ教会(Rua Pirapitingui, 165)で。◎鹿児島県人会主催の「三人展」は、午前9時から聖市リベルダーデ区の文協ビル2階貴賓室(Rua Sao Joaquim, 381)で。13日も。◎第17回ジャクチンガ会は、午前9時から聖市リベルダーデ区の青森県人会館(Rua Dr. Siqueira Campos, 62)で。◎華道家元池坊華道会ブラジル支部主催の「同支部開設45周年記念花展」は午前10時から聖市リベルダーデ区のニッケイパレスホテル中2階メザニーノ(Rua Galvao Bueno, 425)で。13日も。◎鹿児島県人会主催の「西郷隆盛講演会」は、午後2時から聖市リベルダーデ区の文協小講堂(Rua Sao Joaquim, 381)で。...
原始林散策道の整備など 【既報関連】今年8月に創立15周年を迎えた「アマゾン群馬の森」。1992年にリオ市で開催された「地球環境サミット」でアマゾン熱帯雨林の重要性が再認識されたことを機会に、その思いに共鳴した当時の群馬県知事・小寺弘之氏(故人)を中心に母県で集められた募金3000万円で540ヘクタールの土地を購入した。2009年までは県から補助金が送られていたものの、その後県側の体制変化などで打ち切りとなり、現在は厳しい運営状態が続く。「群馬の森」を所有管理している在北伯群馬県人会の岡島博会長(72)に話を聞いた。 「群馬の森」はパラー州ベレン市から北東に約50キロの距離にあるサンタ・バルバラ市に位置し、約540ヘクタールの面積のうち、400ヘクタールが原始林、140ヘクタールが再生林となっている。 森は約100年前からポルトガル系移民たちが農業用地として使用していた。92年のリオ市での地球環境サミットを経て、在北伯群馬県人会が熱帯雨林保護を目的に「アマゾン群馬の森」設置を母県に陳情。当時の小寺県知事を会長とした「アマゾンに群馬の森を作る会」を中心に、「県民の手によるアマゾンに群馬の森」募金実行委員会(久保田富一郎会長=当時)が組織され、県内の550団体と延べ数千人により3000万円の資金が集められた。 96年に540ヘクタールの森を購入し、在北伯群馬県人会の名義での登記を完了。98年には敷地内に同群馬県人会館と研究棟が完成した。 その後、群馬県内で組織されたNPO法人「森の会」が植樹団を「群馬の森」に派遣。「こども緑の大使」らが植樹活動を行うなどし、母県の民間団体なども協力して毎年、県側から200万円の補助金が送られていた。 しかし、県側の体制変化や財政的な問題などから2009年に補助金が打ち切られ、その後は岡島会長が個人的に資金を出すなどして運営を行っているが、厳しい状況が続いている。 森には、将来的な資金確保などを目的に25ヘクタールの再生林の土地に1500本のブラジル・マホガニーと1000本のアフリカ・マホガニーがアサイーな どの有用植物と一緒に混植されている。昨年8月には、IBAMA(国立再生可能天然資源・環境院)が管轄するSEMA(パラー州環境局)から、植樹したマ ホガニーの部分的伐採可能の許可が下りたが、伐採したマホガニーの海外への輸出は禁止されたままで販売はブラジル国内のみに限られ、短期的な資金確保は難 しい状態だ。 岡島会長は現在、「群馬の森」を維持管理するためのスポンサー探しなども行っているが、実質的な解決のめどは立っていない。 しかし、「群馬の森」では毎年8月に地元の人々との交流を目的とした「サンタ・ローザ」のミサをはじめ、県人会の新年会総会や森への来客対応などを行って いる。特にベレン市や地元周辺の小中学校の生徒など年間約500人が同地を訪問し、青少年の環境学習にも貢献している。 今後の方向性について岡島会長は、「ベレン市、パラー州やその他の地域からの来訪者が気軽に来て原始林に自然に触れるように散策する道を整備するなど、身近にできることからやっていきたい」と話し、「これまでの15年、一緒にやってきてくれた仲間たちに顔向けできるよう新しいスポンサー探しからやっていき たい」と節目の年を機会に新たな意気込みを見せている。 2013年10月10日付
パラー州ベレン市内にある北伯広島県人会(越知恭子会長)は9月29日、創立25周年記念式典と第2回北伯県人会協会親睦会を同地の越知日伯学園講堂で開催した。 当日は、沼田行雄在ベレン総領事、汎アマゾニア日伯協会の生田勇治会長、アマゾニア日伯援護協会の八十島エジソン会長、北伯県人会協会の山本陽三会長と熊本、福島、香川、群馬、秋田、山形、山口、宮崎、宮城、福岡10県の北伯県人会会長らが出席。また、北伯広島県人会会員を合わせた約60人が参列し、創立25周年を祝うとともに各県人会同士の親睦を図った。 式典では越知会長があいさつし、歴代会長・会員のたゆまぬ努力と同地総領事館や日系団体及び母県の協力支援により、創立25周年が祝えられたことに感謝の意を表した。また、各県人会が2世、3世へと世代交代の時期を迎え母県との関係維持が難しくなる中、会を存続・活性化させるための手段にも言及した。その一つとして、日伯協会主催の日本週間や援護協会で行われる厚生ホームバザーなどの大イベントに北伯県人会協会が後援し、県人会存続のアピールとともに若者の日系社会へのつながりを深めていくことの大切さを強調。また、日本語教育と県費留学生送り出しに力を注ぎ、日系子弟たちに日本文化や習慣を知ってもらい、その経験を各種イベントで生かす機会をつくることを提案した。 続いて沼田総領事が、創立以来の苦労や努力を重ねてきた北伯広島県人会への祝いの言葉を述べ、県人会の存続について各日系団体の協力の必要性を説いた。 生田会長、八十島会長、山本会長の祝辞に続いて、湯崎英彦広島県知事からの祝いのメッセージが読み上げられた。 その後、越知日伯学園よさこいグループによるアトラクションがあり、記念式典は終了した。 式典後は第2回北伯県人会協会親睦会が行われ、出席していた各県人会メンバーの紹介の後、会食により和やかな親睦会となった。 2013年10月10日付
【一部既報】パラナ州選出の西森ルイス連邦下院議員(PSDB)は8月22日、首都ブラジリアで岐阜県美濃加茂市の藤井浩人市長(29)と会談した。藤井市長は2013年6月の同市長選で当選し、当時全国の市長としては28歳の全国最年少で市長の座に就き注目を浴びた。 西森議員事務所の情報によると藤井市長は「今後、2カ国の交流に向けて姉妹都市提携が大きな鍵になるはず」と発言し、姉妹都市提携の可能性を探ったという。美濃加茂市は全市民のうち約1割がブラジル日系人で、ブラジル日系人をはじめ外国人登録者数が多い市として知られている。 西森下議は会談で「姉妹都市提携は双方の都市にチャンスをもたらしてくれる。新たな日本とブラジルの地域同士の交流が始まれば」と期待を示したという。 なお、西森議員は経済友好使節団として5日~16日の訪日中、美濃加茂市を視察し藤井市長と再び会談する予定だ。 2013年10月10日付
ニッケイ新聞 2013年10月10日 兵庫県人会(尾西貞夫会長)は先月15日、サンロッケ市にあるランショ・エボネ小農園に毎年恒例の「親睦ピクニック」を挙行した。会員や役員ら45人が参加した。 絶好のピクニック日和となった青空の下、集まった参加者らは元気に近況を報告しあった。 緑に囲まれたのどかな農園では、池には大小の錦鯉、小動物も飼育されている。参加者らは澄んだ空気を深呼吸してリフレッシュし、園内を散策しながら生き物の生態を観察した。 特に参加者の関心を引いたのは、屋根を野菜畑として利用した小屋。小屋に直接太陽があたらないため、中は涼しく保つことができるという。 昼食時、尾西会長は「長い間会長をつとめてきたが、元留学生から次期会長が選ばれることを期待する」とあいさつ。一行は歓談しながら食事に舌鼓を打ち、くじ引きなどを楽しんだ。 リベルダーデ到着後、参加者は来年の再会を約束し、帰路についた。
ニッケイ新聞 2013年10月8日 ブラジル広島県人会(大西博巳会長)が「お好み焼祭り」を13日午前11時から、リベルダーデ区の広島文化センター(Rua Tamandare, 800)で行う。 前売り券が20レアル、当日は22レ。1キロの保存可能な食品を持参のこと。 問い合わせは同県人会(電話11・3208・5476)まで。
