08/03/2026

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 【ベレン支局】ベレン市近郊に540ヘクタールの自然林を保有する「アマゾン群馬の森」が創立15周年を迎え、その記念式典が8月4日に同地で実施された。アマゾン群馬の森はベレン市から約50キロの近い距離に在り、540ヘクタールの総面積中、74%の400ヘクタールが原始林で、残る140ヘクタールが再生林の森となっている。  開発の進むベレン市近郊で、これだけの広さの原始林が残っているのはまれなことで、政府や大学の研究機関、日本の研究者等による熱帯雨林の研究フィールドとして広く活用されている。  この日、午前10時から行われた式典に先立ち、群馬の森の良き理解者だった故久保田富一郎県議の胸像に、岡島博北伯群馬県人会長より献花が行われた。  引き続き、会館サロンに移り催された式典には群馬県より7人の慶祝団を含め約40人の参加者があり、来賓者を代表して阪野真司在ベレン総領事館領事、生田勇治汎アマゾニア日伯協会長、山中正二パラー日系商工会副会頭、山本陽三北伯県人会協会会長のほか、慶祝団の都丸高志団長らの祝辞が次々に披露されていた。  次いで、参加者一同による記念植樹が群馬の森内の圃場で行われ、この後、群馬県人会が準備した昼食を取りながらの懇談に移っていた。  1992年にリオ市で実施された地球環境サミットを契機に、北伯群馬県人会による群馬の森構想が生まれている。この構想に共鳴した母県側の募金活動で当時、3000万円の資金が集まり、これを基に540ヘクタールの自然林が購入された。  15周年を迎えたアマゾン群馬の森は内外に広く知られ、見学者も後を絶たない状況だが、その一方で広大な森を維持するための日常経費の捻出に頭を痛めているのが現状だ。「母県での民間ベースの支援活動は継続していますが、県庁側は残念ながらこの森に関心が無いようで」と岡島博会長は嘆きながらも、現在、森のスポンサー探しに精力的に奔走している。 2013年9月6日付
大きな喜びの桜高森植民地  岐阜県人移住100周年、岐阜県人会(山田彦次会長)創立75周年記念式典に出席するために来伯していた高原剛副知事、渡辺真県議会議長をはじめとする岐阜県一行約20人は式典翌日の8月26日、サンパウロ(聖)州グァラレマ市にある「岐阜県村」の桜高森植民地を訪問した。日本からの岐阜県関係者が同植民地を訪れるのは約30年ぶりで、一行を出迎えた桜農事文化協会の田中八束(やつか)会長(67、長崎)や第1回入植者の土田加津司(かつし)さん(66、岐阜)らは、大きな喜びを表していた。  一行には岐阜県人会の山田会長、青山高夫副会長も同行し、宿泊していた聖市のホテルを午前8時40分に大型専用バスで出発。バス内では山田会長が桜高森植民地の概要を説明した。  一行は午前10時ごろ同植民地に到着し、田中会長たちの出迎えを受け会館で懇談した。  植民地側から出席したのは田中会長、土田さんと次男の健司さん(29、2世)をはじめ、同文協副会長の関富士夫さん(65、北海道)、岐阜県郡上市出身の山内一豊さん(79)と移住地初の2世である息子の和浩(たかひろ)さん(51)と初の3世で孫の裕吾さん(25)たち。この日の夜に同地の花卉生産者たちがCEAGESP(聖州食糧配給センター)に行くために、田中会長は人数の少ない出迎えであることを説明した。  土田さんの話によると現在同文協には38家族が所属しており、岐阜県出身者は4家族のみ。そのうち農業を営んでいるのは土田さんと山内さんの2家族だけとなっている。1980年に完成した同文協会館落成の際には、岐阜県選出の衆議院議員で在ブラジル日本国大使も歴任した安東義良(あんどう・よしろう)氏が訪問。それ以来、岐阜県関係者の訪問者が無かったが、土田さんは「今年の県人移住100周年と県人会創立75周年に(県関係者に)来てもらいたいと思っていたら、山田会長から皆さんが来られるという話を聞き、非常にうれしかったです」と喜びをあらわにした。  同地に入植して40年になるという田中会長は、「ちょうど村に電気が入った時でしたが、当時は入植者もまだ多かった。40年の間にかなり人数も減 りましたが1世の時代は終わり、今は2世、3世が次のコロニアを背負う立場になっています」と現状を説明。現在、同文協では一行が訪問する前日に開催され た盆踊り大会や、運動会、焼きそば大会など青年たちが主導で実施しており、「最近も会館に入る門も若い人たちが中心になって直すなど、すごく助かっていま す。今年で入植53年になりますが、50年先を見越して文協をつぶさないようにどのようにやっていくか、若い人たちと話しています」と述べた。  長老的存在となっている山内さんは、同村入植者の中で第一号の結婚経験者。当時、安東大使に仲人をしてもらったという。「入植当時は泥壁の家だった。嫁に は来てもらったが、今から思うとどんな気持ちだったのか。本当によく来てもらった」と山内さん。「今は子供や孫に任せて、どうにかこうにか食べている」と 話した。  北海道芦別市出身の関副会長は、炭鉱離職者だった父親が同地入植に応募したという。村では60年代半ばに養鶏が 落ち目になり、鶏糞を使用した果樹生産を行ったが、「(植民地の)気候はいいが、出荷先でよその物とかち合い、お金にならなかった」と当時を振り返る。そ の後、花卉生産を行うようになり、現在の植民地の90%がラン栽培に従事しているとし、「今、皆で一生懸命やっているので伸び始めている」と期待感を示し た。...
 県連(園田昭憲会長)は8月29日、サンパウロ市リベルダーデ区の文協ビル内会議室で第16回日本祭りの反省会と8月度代表者会議を開いた。  園田会長は冒頭のあいさつで「(日本祭りでは)表の華やかさとは裏腹に関係者は苦労した。最終的な決算はまだ出ていないが、赤字の可能性もあり厳しい状況」と出席者に告げた。  反省点としては、強風でバザリスタの天井が落ちたことや、管理運営ルールの認識がボランティアを含む関係者全体で共有できていないなどの指摘があった。山田康夫県連副会長は「資料として残し、来年の運営に役立てる」と答えた。  引き続き行われた代表者会議では各種報告の後、来年の日本祭りについて話し合いが行われた。山田副会長によると、現在の会場であるイミグランテス展示場が会場使用料を少なくとも倍以上に値上げすることが決定しているという。  現状のままでは莫大な赤字が危惧(きぐ)されるが、日本祭りの存続自体については満場一致で「どんな形になっても開催する」ことが合意された。  来年の同祭運営について「各県人会の出店費用負担額を増やすなどして、同会場での開催を続ける」「小さい会場に移って祭りの規模を縮小する」などの案が出たが、「県人会はいくらまで負担できるのか」「他の会場候補と、その使用料に応じて祭りの開催規模はどうするのか」といった具体的な話に移ろうとすると、「9月にイミグランテス展示場の新管理運営団体と金額交渉するまで何も分からない」と執行部側が口を閉ざした。  また、スポンサーが減少している現状について、小松ジェニー清香愛知県人会長が「インフレに加え、単に『日系のつながり』だけで投資をしようとしてくれる企業が減ったのでは」と自論を唱え、「ブラジル社会全体にとって魅力的な祭りにして、多方面からスポンサーを集める必要がある」と鋭く指摘した。  しかし、具体的な改善策については何も決まらないまま会議は閉会した。 2013年9月3日付
 ブラジル移民105周年を祝い、またサンパウロ州サンビセンテ市との姉妹都市提携35周年念記念式典に出席するため、沖縄県那覇市から翁長雄志市長、安慶田光男市議会議長ら6人の慶祝団が25日来伯し、26日にサンパウロ市リベルダーデ区の沖縄県人会館で記者会見と懇談会が開かれた。  翁長市長はブラジル移民90周年時に県議会議員として、また市長として95、100周年時に来伯しており、今回で4度目の来伯となった。ブラジルの印象について「車窓から見える景色が変わってきて、経済の発展を感じる。国力の大きいブラジルで沖縄移民が活躍していることは非常に頼もしい」と話した。  またサンビセンテ市については「風光明媚(めいび)な点で那覇市とよく似ている」と話した上で、伊波興祐サンビセンテ市長(1979年当時)に那覇市国際親善名誉市民第一号が顕彰されたことを挙げ、同市との姉妹都市交流の重要性をアピールした。  那覇市とサンビセンテ市は、姉妹都市交流事業として幼稚園教諭を相互に派遣し合っているほか、市長団が訪問し合うなどして積極的な交流を行っている。  翁長市長はまた、「琉球舞踊や三線、空手などの沖縄独特の文化を自分のアイデンティティーとして受け継ぎ、一致団結して頑張ろうという姿勢が沖縄の発展の原動力」と話し、おきなわ祭りなどに見られる同県人会の文化普及活動に敬意を示した。  15人ほどの県人会員を交えた懇談会では、県人会側から市の予算配分、議員の待遇、米軍基地移設と経済の関係などについて質問が出され、翁長市長が具体的な数字を挙げながら説明した。  宮城あきらさん(75、本部町)は「日本の状況を直接聞けるのはとても貴重で大切な機会。今後も情報発信してほしい」と話した。 2013年8月31日付
【既報関連】25日に開催された岐阜県人ブラジル移住100周年、ブラジル岐阜県人会(山田彦次会長)創立75周年記念式典では、母県の県民や各団体から多数の寄付金が同県人会に贈られた。 寄付金を贈ったのは、当日の式典で杉山幹夫岐阜新聞・岐阜放送会長から山田会長に目録が手渡された(財)国際調和クラブをはじめ、岐阜県農業高等学校ブラジル会引率者指導者OB会、ブラジルを応援する会、岐阜県農業高等学校ブラジル会や、式典を前に既に5月ごろに寄贈していた税理士法人・TACT高井法博会計事務所など。 同県人会では母県からのこうした厚意に、「本当に恐縮でありがたいこと」(山田会長)と、深い感謝の意を表している。 2013年8月30日付
ニッケイ新聞 2013年8月29日  「昨日から甥の写真を見ては、涙が流れてしょうがない」。岩手県人会55周年式典には、県海岸部で壊滅的な被害を受けた被災地から駆けつけた同会賛助会の副会長・松本トミさん(83)の姿もあった。聞けば、この4月に盛岡に住む甥の藤村勝己(かつみ)さんが病気で亡くなった。「県人会50周年の時に甥と一緒に来たんです。とても気に入っていて55周年も『ぜひ一緒に』と約束していたのですが…」とその写真を持参した。 2年前の3・11大震災の2カ月後、本紙記者が現地山田町を取材した連載『けっぱれ! 岩手=立ち上がる被災地を歩く』でトミさんは登場した。その記事の中で、壊滅的被害を受けた田の浜地区まで案内してくれた菊池光明さん(こうめい、60)の姿も式典にはあった。当時、市役所の課長で自宅も火事で焼け仮設住宅暮しだった。慶祝団30人余りの中で、被災地からはこの二人だけだった。 「仮設暮らしを1年半した」という菊池さんだが、すでに定年退職し、自宅も再建した。「ですが町の復興はまだまだですね。高台への移転、敷地造成がなかなか進まない」と表情を曇らせた。 トミさんの自宅1階は津波に洗われたが、なんとか無事だった。でも、すぐ家の裏から海岸までは津波被害と火事で焼け野原という壮絶な光景が広がっていた。その焼け跡の中で、トミさんは「まだ分からないが、再来年の県人会55周年にはぜひ行きたいと思っている」と絞り出すように語っていた。そして――実際にやってきた。おそらく相当無理もしたに違いない。 トミさんも「生活物資に不足はないところまでなった。でも仮設から出られた人は、まだ1割ぐらいしかいないのでは。不便な生活を強いられている人は多いです」という。岩手県人会役員の藤村光夫さんの実姉、来伯7回目だ。「岩手とブラジルの絆は強い。皆さんにお世話になっているので、お礼のためになんとか駆付けなければと思ってきました」と繰り返し、万感の想いを込めた表情で式典に臨んでいた。
ニッケイ新聞 2013年8月28日  琉球民謡協会ブラジル支部(仲村渠清徳会長)主催の『島唄の祭典』が9月1日午前9時から、沖縄県人会ビラ・カロン支部会館(Praca Haroldo Daltro, 297)で開かれる。入場無料。 過去16年間、『東西民謡歌合戦』として開催されてきたが、今回から名称が変更される。 70人の歌い手が「新人」「優秀」「最高」の三つのカテゴリーに分かれ、日ごろの練習の成果を披露する。「最高」の部優勝者は、沖縄への往復航空券が贈られ、沖縄テレビの正月番組「新春島唄の祭典」に出演する。大会の合間には、琉球舞踊や過去の大会優勝者の歌唱ショーもある。 案内のため来社した仲村渠会長、大城竹友、国頭マリオさんは「沖縄の伝統文化を味わって」と来場を呼びかけた。 問い合わせは仲村渠さん(11・2295・7652)まで。
ニッケイ新聞 2013年8月28日  聖州サンヴィセンテ市と姉妹提携を結ぶ那覇市の翁長雄志市長(62、那覇)は26日、サンパウロ市の沖縄県人会館で県人らと懇談した。 市長、安慶田光男市議会議長ら6人でつくる訪問団は25日にブラジル入り。28日にサンヴィセンテ市内である「提携35周年記念式典」に出席する。 懇談前に開かれた記者会見で、来伯4回目となる翁長市長は「13年前の市長就任以来、姉妹都市の周年記念式典には欠かさず参加している。兄弟のような関係を築けている方もたくさんおり、再会が楽しみ」と笑顔を見せ、安慶田議長も「市議会同士で交流し、さらに関係を深めたい」と意欲的な姿勢を見せた。 会員らとの懇談会では、集まった15人ほどの会員らから市政や基地問題に関する質問が飛んだ。これに対し翁長市長は、具体的な数字を挙げながら丁寧に説明した。「米軍基地を含む諸問題に対し、右や左、保守、革新といった思想、党派に関係なく、一丸となって取り組んでいく。沖縄は一つです」と締めくくり、会場から大きな拍手が沸き起こった。 参加者の1人で、積極的に質問をぶつけていた宮城あきらさん(75、本部町)は「自分たち戦後移民は、先の見えない真っ暗な沖縄からこちらに渡ってきた。母県が基地を中心とした経済から脱却出来ているという話を聞いて安心しました」と感慨深げに話した。 沖縄県人会の田場ジョルジ会長は「自治体リーダーが当地まで来てくれることは、友好親善において本当に意味がある」と来伯を歓迎していた。 懇談後は聖市内のレストランに移動、那覇市民会と県人会が主催する歓迎食事会に参加し、集まった約180人の会員らとともに会食を楽しんだ。一行は29日まで滞在する。
ニッケイ新聞 2013年8月27日  沖縄県人会ヴィラ・カロン支部(翁長清会長)が『第11回沖縄祭り』を10、11の両日、同会館前のマンチェスター・クラブで開催した。二日で約2万人が来場し、沖縄文化に親しんだ。  神谷牛太郎聖市議(当時)の提案により、2007年から市の公式行事になった同祭は、当地沖縄コロニアにおける主要イベントの一つ。今年は他のイベントと日が重ならないよう、通常より早めに開催された。二日目は父の日だったが、多数の来場者で賑わった。 初日に開かれた開会式には、沖縄県人移住105周年を祝うため来伯した喜納昌春・沖縄県議会議長をはじめとする議員一行や、多数の日系議員らが出席した。 翁長会長は「文化を継承するという祖先の夢の実現に向けて、一歩歩みを進めることができた」と挨拶。市長代理として訪れた聖市スポーツ局のセルソ・ジャネッチ氏は、「現政権は日系社会にとても敬意を抱いている。これから更に、日系イベントへの支援に力を入れていきたい」と激励した。 終日、野村流古典音楽保存会ブラジル支部や玉城流小太郎会など古典音楽や民謡、舞踊グループがショーを繰り広げ、舞台を沖縄一色にそめた。 また、沖縄空手など武術には400人以上が出演、太鼓演奏には、各地の琉球国祭太鼓やレキオス芸能同好会から600人の奏者が参集し、迫力の舞台を見せ付けた。 スペースを拡張してより快適になった食のコーナーでは、沖縄そばやヒージャー汁、サーダアンダギーなどの郷土料理を販売。輸入品などのバンカも合わせると100以上が出店し、郷土食や日本食を楽しむ来場者で溢れた。 照屋敏光実行委員長は「幸いなことに天候にも恵まれて、全て予定通り進行した」と満足気に語った。
ニッケイ新聞 2013年8月27日  ブラジル高知県人会は24日、『県人会創立60周年記念式典』を同会館で開いた。高知県出身で〃移民の父〃とよばれる故水野龍氏の息子、龍三郎さんや、母県からは黒岩正好・県議会副議長ら8人の慶祝団、アルゼンチンとパラグアイの高知県人会からも役員らが来伯し、約200人が節目の年を共に祝った。慶祝団一行は式典後、昨年から青年部が聖市アグア・ブランカ公園で行っている「土佐祭り」の開会式にも出席。同祭は今年から聖市の公式カレンダー入りも果たすなど盛り上がりを見せており、一行は県人会の歴史を称えるとともに、青年らの活躍を喜んだ。  同県人の移住は1908年の笠戸丸移民の移住とともに始り、約7千300人を数える。水野氏を始め、下元健吉コチア産組専務理事や中沢源一郎スール・ブラジル農協理事長など卓越した人材を輩出してきた。1953年、氏原彦馬さんが率先し聖市に県人会を設立、73年に会館が建設された。現会員数は約250家族。 片山アルナルド会長は「『いごっそう』(快男児)と『はちきん』(男勝りの女性)の精神を生かし、会の発展向上に努力したい」と一言ひとことを噛み締めるように挨拶をした。 「これからは若い世代が中核となり、会が活発化していくと確信する」会員に語りかける尾崎正直知事のビデオメッセージも会場に流された。 半世紀以上、会活動に貢献してきた武吉七郎さんと、婦人部8人に功労賞、百歳以上の会員・田鍋義美、山本民樹さんに高齢者表彰が贈られた。また、安部順二連邦下議の秘書・宮原ジョルジ氏から高橋一水名誉会長に感謝状が贈られた。 武吉さんは感謝を述べるとともに、「県人会の柱は『会員の相互親睦』と『子弟の留学研修』。次世代を受け継ぐ若者育成のためにも、留学研修受け入れ制度の継続を」と訴えた。 母県のRKC調理師学校で学んだ山西小百合さんも研修生を代表して登壇し「夢は日本食店を開くこと」などと語った。 続いて鏡開きとケーキカットが行われ、高橋名誉会長の乾杯の音頭で会食に移った。 参加者らは、婦人部が泊りがけで作った鯛の蒸し、カツオのたたき、姿寿司、桜餅などのご馳走を思う存分堪能しながら、カラオケやサンバなどの余興を楽しんだ。 堀川久美子(63、二世)さんは結婚して高知に住む娘の森岡留美(33、三世)さんと料理に舌鼓を打ちながら「鯛の蒸しなんて、もう母県では殆ど知っている人がいない」と笑った。 24、25の2日間開催された「土佐祭り」は、日本文化普及を目指し、武田アウグスト青年部長らが企画したもの。今年は規模を約2倍にして開催、多くが来場した。 開会式には、同祭を市の公式行事に加えた野村アウレリオ聖市議など多くの日系議員も出席。慶祝団一行は若い県人会子弟の率先や、多数のブラジル人が参加し交流が行われていることを喜んだ。   コラム【大耳小耳】  高知県人会60周年式典で、片山アルナルド会長は日本語のみで挨拶をした。二、三世と世代交代するに従い、ポ語のみで挨拶する役員・来賓も増える中、形式ばった日本語も手なれた様子の同会長。一世の高橋一水名誉会長も、「片山さんは二世だけど、60%は一世。どちらの言葉でも上手に挨拶するし、最高の会長」と絶賛していた。一方、『土佐祭り』では一世の文野雅甫副会長が、議員らの挨拶をポ語に通訳するなどの働きぶりを見せていた。 ◎  どこも長引きがちな記念式典だが、今回の高知県人会の式典は予定通りに終了。手際よく司会進行をつとめた文野副会長は「新聞でよく『式典が何時間遅れた』などとかかれているので、予定通りに行ってよかった」とプレッシャーから開放された様子。様々な式典に顔を出している福嶌教輝総領事からも、「時間通りに終わったのは高知が初めて」とお褒めの言葉があったとか。  
県人会創立75周年も記念  「言葉の問題や生活習慣の相違など苦難の歴史を刻んだ100周年」―。岐阜県人ブラジル移住100周年、ブラジル岐阜県人会(山田彦次会長)創立75周年記念式典が、25日午前9時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の広島県人会館で開催された。式典には母県から高原剛副知事、渡辺真(しん)県議会議長をはじめとする慶祝訪問団42人が来伯して出席。当日は県人関係者など約300人が一堂に会し、1世紀の節目の年を祝った。  岐阜県人のブラジル移住は、1913年3月30日に神戸港発の「若狭丸」に乗船した11家族44人に始まり、戦前戦後を合わせた移住家族数は629家族2142人に上り、現在の子孫は推定では約1万人を超えているという。  当日は午前9時から、式典を前に仏教連合会(松峯慈晄会長)による先亡者追悼法要が執り行われ、各人が焼香した。導師を務めた松峯会長は法要について「『多くの宗派の県人が亡くなったが、それらの人たちのために仏教各宗派のお経をあげてもらうことで、普段は忘れがちな亡き人々へのご恩に報いたかった』と県人会から依頼があった」と同県人会の先人への思いを説明し、称賛した。  午前10時から行われた記念式典には、母県から高原副知事、渡辺県議会議長、渡辺信行中南米親善岐阜県議会連盟会長、細江茂光岐阜市長、松尾浩平岐阜県警察本部警視、杉山幹夫岐阜新聞・岐阜放送会長をはじめ、高杉優弘在ブラジル日本国大使館公使、園田昭憲県連会長、安部順二連邦下議が来賓として出席し、それぞれ祝辞を述べた。  日伯両国国歌斉唱に続いてあいさつに立った山田会長は、岐阜県人ブラジル移住の歴史を振り返り、「このようなおめでたい日を迎えたわけですが、戦 前戦後を通じて言葉の問題や生活習慣の相違など苦難の歴史を刻んだ100周年でもあります」と強調。国土の広いブラジルで岐阜県人とその子弟が各地に散ら ばっている中、同会長が中心になり20年以上にわたって日ポ両語での会報を送り続け、情報と話題を提供してきたことにも触れた上で、式典開催に当たり会員 及び関係者への感謝の意を表した。  引き続き、祝辞を披露した高原副知事は38年に発足した県人会と岐阜県人移住100周 年について触れ、移民の不屈の開拓者精神で困難を乗り越え、今日の発展に貢献したことを褒めたたえた。さらに、同県人会が岐阜県からの農業高校生や警察の 語学研修の受け入れなどを行ってきたことに感謝し、さらなる活躍を期待した。  各来賓のあいさつに続き、在外移住岐阜県人表彰として高原副知事から、歴代会長の娘に当たる安田正子氏(82、2世)に賞状が、また北幸子、長屋充良、伊藤パウロ勉、長屋瀧雄、高木和博の5氏にそれぞれ感謝状が贈られた。  表彰者を代表して安田氏が謝辞を述べた後、岐阜新聞会長の杉山氏から山田会長に(財)国際調和クラブからの寄付金目録が手渡された。さらに、松尾警視から語学研修事業の感謝状が山田会長に贈られた。  その後、岐阜県人会から渡辺中南米親善岐阜県議会連盟会長、杉山会長、ソプラノ歌手の山田香織さんに感謝状と記念品が贈呈された。  県費留学生OBの大野ルマさんからの謝辞の後、「岐阜県民の歌」を参加者全員で合唱。青山高夫県人会副会長の閉会の辞で式典を終了した。  祝賀会では、関市市長の尾関健治氏が乾杯の音頭を取り、「乾杯、ビーバ、万歳」とブラジル式で杯を掲げた。...
 今月17日から続いた三重県とサンパウロ州との姉妹州県締結40周年、在伯三重県人移住100周年を記念したイベントの一つ「三重デー」が、21日午後2時からサンパウロ市リベルダーデ区東洋人街のレストラン「エスパッソ和」で、美と健康(beleza e saude)をテーマに開催された。  同イベントは、三重県内でブラジル人の教区や定住の支援を行っているNPO法人「愛伝舎(坂本久海子理事長)」が中心となり企画したプロジェクト『MIEBRAS』の一環で、三重県産品の魅力を紹介した。  伊賀の忍者にちなんだ衣装を身にまとった坂本理事長は「現在三重県には約1万2000人のブラジル人労働者が在住し、多くが日本の文化に適応し暮らしている。しかし経済的に苦しい生活を強いられている家庭もあり、特に子供たちに十分な教育が行き届いていないのも現実」と話す。  このことに課題を感じている同団体が、行政からの資金援助にプラスして、自らの活動資金及び教育支援の資金調達を目的に行うプロジェクトが『MIEBRAS』だという。同プロジェクトは、愛伝舎の活動に賛同する三重県の企業が同団体を通じてブラジルで自社製品を販売。収益をすべて同団体の活動に充てるというものだ。  今回は、美容品や健康食品のもととなる天然素材を扱うメーカー「辻製油株式会社(松阪市、辻保彦代表取締役社長)」、豆腐や自宅で豆腐を作る容器萬来鍋など豆腐にまつわる商品開発やサービスを総合的に手がける「ミナミ産業株式会社(四日市市、南川勤代表取締役社長)」、「鈴鹿川」などの日本酒の醸造・販売や日本酒バーも展開している「清水清三郎商店(鈴鹿市、清水慎一郎代表取締役)の3社が自社製品を紹介。試食・試飲も行われ、当日集まった食品関係者を中心とした参加者の興味を引いていた。  日本の食文化を紹介する雑誌「#HaSHiTaG」の広報部長カルバーリョ・レアンドロさんは「まずイベント自体がよく組織されていて素晴らしかった。商品では豆腐を作ることができる『萬来鍋』を初めて知り、とても関心を持った。イベントについては、記者も来ているので、雑誌で詳しく取り上げたいと思う」と話した。  また会場で商品が販売されることをブログで知り、集まった一般の参加者たちは、目当ての品を求めてイベント終了後に列を作っていた。  プロジェクトの賛同企業の一つ、辻製油株式会社の辻代表取締役社長は「今の日本は、ブラジルからの移住者のみならず、体に不自由がある人たちなど、社会的立場が弱いとされる人たちに対して社会的な配慮が足りていないと感じることがあるため、企業として少しでも手を差し伸べる活動をしていきたい。そのためMIEBRASの活動には深く賛同し、喜んで協力させてもらっている」と話していた。 2013年8月29日付
 岐阜県慶祝団の高原剛副知事及び同県議団一行と、岐阜県人会(山田彦次会長)子弟で県費留学生OBたちによる意見交換会が、24日午後6時からサンパウロ市内の松原ホテルで開催された。  意見交換会には県人会から山田会長、青山高夫副会長、長屋充良理事をはじめ、山田美香さん、北レジーナさん、竹市マルシアさん、佐久間パウロさん、大野ルマさんの5人の留学生OBが出席した。  交換会では県側職員が、1969年に始まった同留学生制度がこれまでに約70人を母県で受け入れていることを説明。今回の意見交換会は、留学生たちがブラジルに帰国した後の様子を知ることを目的に開かれたという。  留学生OBたちはそれぞれ自己紹介し、当時の母県での活動と現在の仕事内容などを報告した上で、日本で生活体験できたことの喜びや日本文化の大切さを強調。「日本文化を子供たちにも伝えていくことを考えています。それも県人会と母県のお陰です」と当時世話になったことへの感謝の意を改めて表していた。  意見交換後、長屋理事から母県に対して海外に16ある岐阜県人会の「在外県人会サミット」開催と、サンパウロでの岐阜県駐在員事務所設置案が要望された。  これについて県側では、昨年開かれた岐阜県国体の際に、海外7県人会関係者が集まったとし、「16ある県人会が一つの場所で一気に集まるのはすぐには難しいが、国際課のウェブサイトに各国県人会のメールアドレスが記載され、岐阜県民ともメールでやりとりできるようにもなった」と説明した。  また、駐在員事務所設置案についてもJICA派遣ボランティアの中に岐阜県現役教員が2人いるとし、県職員は「岐阜県の先生を県人会と結び付けて活動してほしい」と述べた。 2013年8月29日付
母県から8人の慶祝団も参加  ブラジル高知県人会(片山アルナルド俊一会長)の創立60周年記念式典が、24日午前10時からサンパウロ市ピニェイロス区の同会館で開催され、会場には来賓と一般合わせて約200人が参加し、節目の年を祝した。母県からは黒谷正好県議会副議長ら8人が慶祝団として参加したほか、同県出身の故・水野龍氏の三男、龍三郎さん(82)も出席した。文野雅甫氏の司会により式典は予定通り進行され、多くのブラジル日本移民を代表する人物を輩出した県だけあり、規律ある雰囲気の中で執り行われた。  多数の出席者が見守る中、壇上には片山会長、黒谷副議長ら慶祝団、福嶌教輝在サンパウロ日本国総領事、園田昭憲県連会長、山下譲二文協副会長、尾西貞夫援協副会長、中角広喜アルゼンチン同県人会会長、山脇生年パラグアイ同県人会会長、水野氏が並んだ。  片山会長はあいさつで土佐弁を用いて「いごっそう(頑固で気骨のある男)と、はちきん(男勝りの女性)の精神を持った2世、3世の若い会員らと1世の高知県人会員と共に、県人会発展にこれからも努力していく」と、思いを来場者に語りかけた。  黒谷副議長は「県議会、執行部ともどもこれからも末長く、ふるさと高知県とのきずなが続くよう県人会との連携をより一層深め、友好親善を図っていきたい」と森田英二同県議会議長のあいさつ文を代読。また、今回出席を見合わせた尾﨑正直同県知事のビデオメッセージが披露され、「若い世代が中心となって県人会を盛り上げる機運が高まっているとお伺いしております。今後も本県とブラジルの懸け橋としてご活躍いただきますことをご期待いたしております」と祝辞を読んだ。  功労賞と高齢者表彰各授賞式では、婦人部を中心に計9人と100歳以上の会員である山本民樹さんと田鍋義美さんが県人会から賞を受けた。元同県人 会会長の武吉七郎さんは受賞者を代表して、「今まで会員の一人として活動してきただけ。身に余る表彰で誠に恐縮です」と謝辞を述べた。  その後、鏡開き、ケーキカットが行われ、高橋一水名誉会長(74)が乾杯の音頭を取り、会食と懇談会の部に移行。同県人会婦人部が中心となって調理した郷 土料理の鰹(かつお)のタタキや鯛の姿蒸しなどが振る舞われ、参加者は各料理に舌鼓を打った。同時にサンバショーや日本舞踊、カラオケなどが催され、懇談 しながら思い思いの時間を過ごしていた。  功労賞を受賞した自称「仲良し3人組」と語る森岡和さん(93)、大平美佐子さん(92)、石元静恵さん(91)の3人は取材に対し、「県人会を命ある限り支えていきたい。みんなが集まるこの場所は私たちの生きがいの場所」と笑って答えた。  また高橋名誉会長は「1世最後の式典になるのでは。5年先といっても我々にとってはどうなっているか分からないし、祝えるうちに祝っておかないとね。これからは2世、3世の時代」と総括していた。   コラム【モザイク】  コロニアの式典では珍しく、高知県人会の式典は時間通りのプログラムで進行し、気持ちが良かった。式典終了後、司会・進行を務めた文野さんから「この前の岩手の式典が予定時間を大きくオーバーしたことについて書いたモザイクを読んで、今日は時間通り終わらせようと努力したんだよ」と突然言われてびっくり。何気なく書いたコラムがスムーズな運営に一役立ててうれしい限りだ。だが同式典に参加した人は承知のはずだが、時間に追われている意識があったせいか、早口の言葉は聞き取りにくかったのも事実。時間と質を意識して進行するのは難しいか。時間通り進行した一番の要因は、日系議員のあいさつが無かったからに他ならないのも事実かと。 2013年8月28日付
 【一部既報】「三重プロモーション」の一環として、21日午前9時半からサンパウロ(聖)市ビラ・マリアーナ区の三重県人会館で観光案内説明会が開かれ、来伯していた鈴木英敬三重県知事が母県の魅力をアピールした。  観光関連企業やマスコミ関係者など約40社を招いて行われたこの日の説明会で鈴木知事は、19日にジェラルド・アルキミン聖州知事との共同宣言の中で40年前の姉妹都市提携時には無かった「観光」についても交わされたことの意義を強調。2012年度のブラジルから三重県への訪問者数が約3万2000人と前年度対比74%増加していることを挙げ、ブラジルから日本観光の日程の中に三重県内の観光を組み込んでもらえるよう協力を求めた。  「三重にしかないもの=日本人の心の古里」を基本理念として、(1)伊勢神宮(2)忍者(3)鈴鹿の3本を柱にその魅力をアピールした鈴木知事。(1)については、約2000年前に始まった伊勢神宮が日本の神社の頂点であり、今年が20年に1回の「式年遷宮(しきねんせんぐう」の年であるとし、その目的として「神様に常に若々しく住んでもらうこと」と説明した。  (2)は、伊賀市にある「伊賀流忍者博物館」で「阿修羅(あしゅら)」と呼ばれるメンバーたちが忍者ショーを実施し、訪問者は忍者体験を満喫できるという。  (3)は、日本で唯一のFIレースが開催される鈴鹿サーキット場が同市にあり、アイルトン・セナが同サーキットで2回優勝していることなどを挙げた。  そのほか、御在所岳、長島温泉などの観光地や松阪牛、ミキモト真珠などの名産についても紹介し、三重県への観光訪問を促した。  出席した旅行関係者からは、三重の観光資源をよりよく知るための同県への招待旅行実施を要望する意見が出され、鈴木知事も「議会とも相談しながらぜひ、検討したい」と話していた。  鈴木知事は今後のブラジルとの経済交流の具体策についての本紙の質問に、製造業関連分野での協力ではカーボンやリチウムイオン電池など高付加価値のある材料を将来的に取引するなどし、三重県の認知度を高めていく考えを示した。また、調味料や豆腐、茶などの日本食分野でもブラジル側の反応を見ながらビジネスチャンスを構築していくことに意欲を見せた。  さらに、以前から日伯関係の中で懸案事項となっているノービザ協定について鈴木知事は「三重県が先頭に立って、ブラジル人の多い(静岡県)浜松市など各首長たちと連絡を取り、外務大臣や法務大臣をはじめ、日伯議員連盟の麻生(太郎)さんたちへも働きかけたい。来年はサッカー・ワールドカップも開催されるし、ぜひとも実現させたい」と自ら率先して実現させていく意気込みを示した。   コラム【モザイク】  「日本一若くて、日本一サンバが上手な知事」と自ら紹介していた三重県の鈴木知事。この日にブラジルを離れたこともあって「この場所(三重県人会館)でサンバを踊ったことは忘れられません」と感慨深げだった。一方、同知事はミキモト真珠の説明の際、知事夫人がシンクロナイズドスイミングの元五輪メダリストだったことを打ち明け、「水に潜ることが得意な彼女でも、海女さんのようには海で貝は取れません」と笑いを誘いながら海女の仕事の奥深さを説いていた。「海女(アマ)と」呼ばれてもプロの仕事を行う海女さんは、日本全国で2000人いるうち、三重県内でその半分の1000人もいるというから驚き。 ◎  三重県関係者から聞いた話によると、伊勢神宮の「神様の引っ越し」と言われる歴史的な行事である20年に1回の「式年遷宮」は今年がちょうどその年に当たるそうだが、6年間かけて「ご神体」を移動させ、次世代にその技術を伝達することも目的の一つだとか。今回は東から西に移動させ、その費用は550億円も掛かるそうな。昔はその費用を国が出していたそうだが、今では伊勢神宮が全国の神社などに寄付を募り、その費用を集めているとも。金は、有るところには有るもんですな。 2013年8月28日付
 ブラジル高知県人会創立60周年記念式典同日の午前9時から、サンパウロ(聖)市バラ・フンダ区のドトール・フェルナンド・コスタ公園内アグア・ブランカ会場で第2回土佐祭りが開催された。同祭は青年部主導により公園利用者の多くが足を運び、コスプレショーやバンドといった若者目線で日本文化を伝える催しとなった。  24日午後6時から行われた開会式には来賓として母県慶祝団8人をはじめ、連邦、聖州、聖市議員から大田ケイコ氏、飯星ワルテル氏、羽藤ジョージ氏、野村アウレリオ氏、大田マサタカ氏、中角広喜アルゼンチン同県人会会長、山脇生年パラグアイ同県人会会長が登壇した。  同祭は、野村市議の協力で開催され、野村市議ら日系議員の働きかけにより同祭は今年から聖市の公式行事としても認定されている。司会を務めた武田アウグスト青年部長は各議員に涙ながらに感謝の言葉を伝えていた。また連邦、州、市議から、移民制度に貢献した県側に感謝の意を込めた記念プレートが手渡された。  片岡会長は「2世、3世なので間違っていることをしているかもしれないが多めに見てほしい。母県側に今後もぜひ協力しもらいたい」と述べたほか、黒谷正好県議会副議長は「ブラジルで『土佐』の名前を使って祭りが開催されるのは大変誇らしいこと」とあいさつした。  同祭を視察した園田昭憲県連会長は、「とても良い取り組み。県連日本祭りも初めはこの規模から始まった」と述べたほか、武石利彦県議は「このような祭りを通じて高知の文化がブラジルに普及してもらえたらうれしい限り。県議側としても協力していきたい」と、それぞれ感想を述べた。  2日間を通しコスプレ大会、歌手のツバサさんのライブ、ガイジン戦隊、よさこいソーラン、琉球國祭り太鼓などの催しや高知県の郷土料理が販売されるなど、60周年記念式典も含めて同県人会各会員が一丸となって同県を盛り上げた2日間となった。 2013年8月28日付
 琉球民謡協会ブラジル支部(仲村渠清徳支部長)主催の「島唄の祭典」が、9月1日午後2時からサンパウロ市ビラ・マンチェスター区のブラジル沖縄県人会ビラ・カロン支部会館内サロン(Praca Haroldo Daltro, 297)で開催される。  同祭典は昨年まで16年間続いた「東西民謡歌合戦」が名前を一新して開かれる第1回目の祭典で、今年は7歳から83歳までの民謡協会会員約70人が出場し、日ごろの練習の成果を披露する。  なお、優勝者は来年の正月に沖縄テレビが主催する「新春島唄の祭典」に出演するため訪日する。そのほか、会場では琉球舞踊や歴代優勝者の民謡ショーが楽しめる。  案内のため仲村渠支部長、大城竹友大会実行委員長、国頭マリオ同副委員長が本紙を訪れ、仲村渠支部長は「日本語が分からない3世4世が三味線を弾きながら一生懸命歌う姿は印象的」と話し、来場を呼び掛けた。 2013年8月28日付
ニッケイ新聞 2013年8月24日  北海道協会婦人部「はまなす会」(柳生エレーナ会長)は『第17回ラーメン祭り』を9月1日午前11時から、同会館(R. Joaquim Tavora, 605, Vila Mariana)で開催する。一杯18レアル。  豚骨や鶏がらをじっくり煮込んだ醤油味スープと、日本から取り寄せた麺を使用。チャーシュー、シナチク、卵など具もたっぷり。毎年5百杯を完売している。  ほかにもひじきおこわ、イチゴ大福、あんみつ、シュラスコを販売。青年部がYOSAKOIソーランやビンゴなど余興で盛り上げる。  案内のために来社した柳生会長と奥野あさ子、関屋八重子さんらは、「毎年おいしいと好評の札幌ラーメン、ぜひ食べに来て」と呼びかけた。  持ち帰りの場合は1レアル追加。麺・具とスープ(瓶詰め)を別に包装してもらえる。  問い合わせ、前売り券の購入は同協会(11・5084・6422)まで。   コラム【大耳小耳】  北海道協会婦人部によるラーメン祭り。毎年売れ行き上々だが、青年部がフェイスブックにイベント案内を載せたところ、客が殺到。会員の関屋八重子さんは「売り切れても次々にお客さんが来て、もう大変だった」と振り返る。就職活動や企業の宣伝にも使われるだけあり効果は高いよう。各県人会も、若手の協力を得てファンページを作ってみては。
ニッケイ新聞 2013年8月23日  【既報関連】聖州との姉妹提携40周年、県人移住百周年、県人会創立70周年を迎えた今年、三重県の行政、経済、民間からなる「オール三重」訪問団約60人が17日から21日頃まで滞在し、総合的に県のプロモーションを行った中、一連のイベントの一環として、三重県の食品と化粧品のPRイベントが21日、聖市リベルダーデ区の日本食店エスパッソ和で行われた。  同店1階のレストランフロアに設けられた特設会場には約60人が集まり、熱心に説明に耳を傾けた。  担当したのは鈴鹿市を拠点に外国人の生活支援など行うNPO団体愛伝舎。「ブラジルビジネスの推進と社会づくり」を目指した、地元企業との連携プロジェクト「MIEBRAS」を企画した。県内企業の伯国での市場開拓をサポートし、得られた収益の一部を、県内に住む外国人の教育支援などに用い、若い世代の日本社会への進出につなげることが目的だ。  当日はMIEBRASへの協賛企業「辻製油株式会社」(松阪市)、「ミナミ産業」(四日市市)、「清水醸造株式会社」(鈴鹿市)が自社商品を持ち込み、スライドを用いて説明した。豆腐に関する幅広いビジネスを手がけるミナミ産業の南川勤社長が紹介したのは、即席豆腐を作れるセット。「萬来鍋」という小ぶりの鍋に、専用の豆乳とにがりを入れ、約10分火にかけるだけで本格豆腐ができるというものだ。会場では作りたての豆腐が振舞われ、関心を集めた。  天然素材の総合食品メーカー辻製油は、同社の支援で開発された美容液(トウモロコシ由来の美成分セラミドの原液を使用)、粉末唐辛子、柚子、醤油の薬味セットを紹介した。大豆レシチンの精製、研究開発を行い、原料の大豆の約半数を伯国から輸入しているため、辻保彦社長(70)は約30年前から伯国に足を運ぶ。経済ミッションの一員としての参加は2回目だ。  「美容液は美肌効果が高い。女性の目が光っていました」と笑い、薬味セットについては「ゆずへの反響が大きい。ブラジルにはないので、これは売れると思う」と期待をあらわにした。  辻氏は、愛伝舎が行う外国籍の子弟を対象にした奨学金プログラム「夢の懸け橋奨学金」のスポンサーでもある。MIEBRASへの参加について、「坂本さんの熱意で、ぜひ協力したいと思った。外国人の立場はまだまだ日本では厳しいもの。子供の教育は一番大事」と、趣旨に賛同した理由を語った。
 県連ふるさと巡り忘年会ツアーが11月29日~12月1日(2泊3日)、ミナス・ジェライス州の「泉の町」カシャンブー市で実施される。  11月29日午前8時にサンパウロ市リベルダーデ広場を専用バスで出発し、310キロ離れたカシャンブー市へ。翌30日は同市のミネラルウォーターパークを訪問、同夜はホテルで特別イベントが開かれる。12月1日はサンロレンソ市へ移動し、同市のミネラルウォーターパークを訪問し、午後8時半にリベルダーデに到着予定。  参加費は1人670レアル(3回払いも可)。申し込み、問い合わせはグローバル・ツーリズモ(電話11・3572・8990)まで。 2013年8月27日付