07/03/2026

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山形県人会(荒木克弥会長)主催の第六回民謡コンクールが、十五日午前九時から聖市リベルダーデ区の宮城県人会館(ファグンデス街一五二番)で開催される。後援は、ブラジル日本民謡協会、ブラジル郷土民謡協会、伯国日本民謡同志協会、江差追分会ブラジル支部、小路流民謡尺八道ブラジル支部、老人クラブ民謡部。 同大会は、山形県の魅力を広く知ってもらい、相互交流を活発にすることを目的に毎年開かれている。当日は、県人会員をはじめ、一般の民謡愛好者たちが「山形県の民謡」を唄って成績を競い合う。 詳細についての問い合わせは、同県人会事務局(電話11・3208・8781)まで。 2009年11月11日付
鳥取県人会(本橋幹久会長)は十五日正午から午後三時半まで、同県人会会館(聖市ミランドポリス区セザリア・ファグンデス街三二三番)でバイア料理「魚のモケカ」を提供する。 当日は、同県人会婦人部(高井ジャシー部長)が、魚のモケカに、ご飯、サラダ、ピラオンを添えて提供。調理される魚は海で獲れるピンタードで、セアザ卸売市場から新鮮なものを取り寄せる。味付けには個人の嗜好を考慮し、海老や薬味を除いたものも用意。価格は一食分二十レアル。 十日、本橋会長と婦人部の末永勇美子さんが案内のため来社。「美味しいのでぜひ食べに来て」と、多くの来場を呼びかけている。 食券の購入・問い合わせは同県人会事務局(電話11・2276・6032)まで。 写真:本橋会長、末永さん(右から) 2009年11月10日付
在伯和歌山県人会連合会(木原好規会長)の創立五十五周年記念式典が、八日午前十時から聖市リベルダーデ区の宮城県人会館で開催され、会場に事前準備された四百席の椅子に座りきれない超満員の約六百人が詰めかけた。式典には、母県から仁坂吉伸県知事、冨安民浩県議会議長をはじめ、民間を含めた慶祝団二十七人が来伯して出席。今後のさらなる交流の絆の大切さを確認し合った。 「松原移民」28人も出席 和歌山県人のブラジル移住は一九一七年に始まり、戦前・戦後を通じて千四百十六家族五千八百十九人が渡伯。現在、県人ゆかりの人々は二万人を超すと言われている。県人会の創立は一九五四年。初代会長には、『竹中商会』を設立した故・竹中儀助氏が就任した。 記念式典では、日伯両国歌斉唱、先没者への黙祷、来賓紹介に続き、木原会長が挨拶。県人のブラジル移住と、県民の移住振興を目的に設立された県人会の歴史を振り返り、近年の世界的な社会情勢が著しく変化する中で、さらなる相互依存と地域住民による交流の必要性を説明。県側の短期研修制度の新設と、昨年、中南米交流協会が民間主導で立ち上げられたことに感謝を表すとともに、二〇一四年のW杯、一六年のリオ五輪に向けた人的交流など日伯の橋渡し役として活動していく考えを示した。 引き続き、来賓祝辞を行なった仁坂県知事は、式典前日に移民史料館を訪問した感想として、移民たちが苦労の中で子弟教育に力を注ぎ、現在の伯国での地位を獲得したことを賞賛。和歌山県が明治の産業革命時期と戦後の六〇年代に二度経済発展したことに触れ、「苦しい時に頑張るのが和歌山県民」と位置づけた上で、「サンパウロに来て多くの同胞の方々と会うことができ、それぞれの地位で頑張っておられることを県に帰ってから伝えたい」と述べた。 松本貞次和歌山県議会日伯友好議員連盟副会長、大部一秋在サンパウロ総領事、樫畑直尚和歌山県国際交流協会理事長らの祝辞、祝電披露に続き、百五十五人の高齢者(八十歳以上)と三人(下本八郎、福島義久、中口千鶴の各氏)の功労者の表彰がそれぞれ実施。代表として岡田弘氏(八二)と下本元聖州議員の二人に賞状と記念品が手渡された。 高齢者代表の岡田氏は謝辞の中で、「昨年の今頃は両足を切断し、病床に臥せっておりましたが、今日はこのような賞状をいただき最高の喜びです」と述べ、感謝の意を示した。 聖市議会から仁坂県知事をはじめとする和歌山県側への賞状伝達の後、和歌山県から県人会に対して金一封と記念品、県人会から県および訪問団へ相互に記念品が贈呈。引き続き、二〇〇七年度に技術研修生として建築関連の勉強をした南恵美さんが研修生OBを代表して謝辞を述べた後、中村裕一県議会議員の発声により会場全員で『万歳三唱』を唱和。記念式典を閉会した。 記念のケーキカット、乾杯で始まった祝賀会に続き、午後からのアトラクションでは、日本舞踊、カラオケや青少年中心の「気炎太鼓隊」による和太鼓が披露。また、慶祝団の一員として来伯している大正琴演奏者・畑美琴峰氏が見守る中、『琴聖会』メンバーによる大正琴演奏も行なわれ、会場が一体となったサンバショーで締めくくられた。 南麻州ドウラードスから県人関係者二十七人を引き連れて出席、『松原移民』として同地に移住した谷口史郎さん(六九)は、「式典には五年ごとに出席させてもらっていますが、今回も木原会長に『マットグロッソから県人を連れてきてほしい』と頼まれました。今後、マットグロッソの日系子弟と和歌山県との交流を期待したいですね」と述べ、笑顔を見せていた。 写真:記念式典で挨拶する木原会長 2009年11月10日付
県連(与儀昭雄会長)の十月度代表者会議が、十月二十九日午後四時から聖市リベルダーデ区の福島県人会館で行なわれ、定款改正、第十三回日本祭りなどについて発表された。 会議に先立って、日本から来伯中の西脇祐平海外日系人協会調査役が挨拶。同協会は各都道府県からの分担金を財源としているが、経済不況や地方財政の悪化により厳しい状況にあると説明したうえで、各県人会に向けて賛助会員を募集した。 九月度会計を含めた各種報告の後、議題では先月に続いて定款改正についての議論が交わされた。県人会側から「新定款案には大きな変更点がなく、今すぐに定款を改める必要性がないのでは」などの意見が出されたが、定款改正委員会では提出された案を臨時総会で話し合い、今期中に定款改正を実行したい考えを示した。 第十三回日本祭りについては、坂本アウグスト実行委員長が今月から一週間に一回、各県人会の代表者を集めて会議を行ない、運営面で様々なアイデアを募集していく方針を発表。続いて第三回弁論大会、サントス港上陸記念碑移転祝賀式典、第五十回海外日系人大会についての各報告が行なわれた。 また各県人会の意見交換では、以前に話題になった各県人会館の居住者のマナー低下による諸問題への対応案が提案された。各県人会が居住者本人もしくは家族の出身県と、出身県の県人会に入会しているかどうかを調べるというもので、居住者の身元を明らかにすることで様々なトラブルを未然に防止していきたい考えだ。もしも県人会に入会していない場合は寮を安く利用できなくするなどの案が提案され、次回の代表者会議で再度話し合われることとなった。 2009年11月10日付
愛知、滋賀、大分の三県人会は十五日午前十時半から、愛知県人会会館(聖市リベルダーデ区サンタ・ルジア街七四番)で『第十一回屋台祭り』を行なう。 愛知は味噌串かつ、白もちの定番メニューと、この日のために特製の麺を準備中というやきラーメンを提供する。滋賀は手作りが人気を呼んでいるハンバーグカレー。大分は鳥メシ、牛たたきに、ブラジル初提供のとり天を販売。普通の唐揚げとは異なり、卵との相性の良さが旨味を引き立てる。 食事は、「多くの味を楽しんでもらいたい」との思いから、フェスティバル・ド・ジャポンよりも小ぶりに用意し、廉価で提供する。当日は、会場内のシネ愛知でDVD上映会をする他、午後二時半からは、ステージ上でカラオケも催される。 四日、案内に来社した会長らは、「家族連れ、団体での来場も大歓迎」と、多くの来場を呼びかけている。 写真:案内に来社した県人会会長ら 2009年11月10日付
ニッケイ新聞 2009年11月11日付け 愛知、大分、滋賀3県人会の共催による「第11回屋台まつり」が15日、午前10時半から愛知県人会館(Rua Santa Luzia, 74)で開かれる。愛知からは「やきラーメン」が初登場。手作り麺と野菜や肉などを炒め、醤油味のスープをかけたもの。それに味噌串カツ、白もちを出品。大分からは、日本祭でもお馴染み、鳥飯は豊後の味。他に牛たたきも。さらに名物「とり天」が初登場。下味をつけた鶏肉を天ぷら風に揚げたもの。からし酢醤油にレモンをかければ完成だ。滋賀からは手作りハンバーグカレーを用意する。日本祭で初出品。好評だったため、満を持しての登場。様々な味を楽しんでもらうため、いずれの食事も10レアル以下の低価格に設定されている。午後2時半からカラオケ大会も行われる。案内のため豊田瑠美愛知県人会長、山田康夫滋賀県人会長、大分県人会の伊東信比古さんが本紙を訪れ「お待たせしました。安くて、美味しくて、手作りの食事を食べに来て下さい」と呼びかけた。なお、当日は1974年度の元留学生・研修生30人が集まるという。愛知県へ県費留学生として滞日した、豊田会長の従姉妹が声をかけ実現した。豊田会長は「こういった場を利用して、元留学生が集まる機会を作っていきたい。他の年度の留学生もぜひ」と呼びかけた。問い合わせは愛知県人会(電話=11・3104・8392)まで。
ニッケイ新聞 2009年11月11日付け 「鳥取風味のムケッカいかが?」―。ブラジル鳥取県人会(本橋幹久会長)は15日正午から午後3時半まで、聖市内の会館(Rua Dona Cesaria Fagundes, 323 – Saude)でノルデステ名物の魚の煮込み料理「ムケッカ・デ・ペイシ」祭りを開催するにあたり、来場を呼びかけている。本橋会長、婦人部の末永勇美子さんが案内のために来社した。これまでにも、ラーメン、ヤキソバ、フェイジョアーダ祭りと様々な食祭りを催してきた同県人会だが、今回初めてムケッカを振舞う。数回試食を重ね、「びっくりするくらい美味しい。レストランの比じゃないですよ」と本橋会長。魚はピンタード・デ・マルを使う。「この日は他県人会イベントとも重なるけど、はしごしてでもどうぞ」。海老、コエントロー抜きのものも用意する。一食20レアル(ご飯、サラダ、ピロン、ポテト付、持ち帰りは2レアル増し)。問合わせは同会(11・2276・6032)。
ニッケイ新聞 2009年11月11日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、与儀昭雄会長)の10月度代表者会議が先月29日午後、福島県人会館で行われた。与儀会長の挨拶に続き、矢野敬崇・汎米ブラジル日系人協会長から海外日系人協会賛助会員の募集案内があった。前回の代表者会議で配布された定款改正最終案に関して、「新旧比較しても重要なものはない。今、改正をする必要はあるのか」と言う意見に対し、執行部からは、「与儀体制になってから一番の課題。練りに練ったもの。臨時総会を開き、役員会で評決したい」という返答があった。第12回フェスティバル・ド・ジャポンの収支報告について、現在13万レアルの黒字で、残り3つのスポンサーから20万レの支払いがあれば、最終的に33万レの黒字となる見通し。来年の「第13回フェスティバル・ド・ジャポン」について、坂本アウグスト実行委員長は、「各県人会、ブロック毎に1人担当者を出してもらい、週に一度会議を開き、いろいろなアイデアを集めたい」と述べた。ASEBEXとの共催で先月18日に行われた弁論大会は、「好評だった。来年は全伯から参加者を募り開催したい」と報告があった。さらに、同日開催された、サントス港の日本移民上陸記念碑・移転祝賀式典では、記念碑前で桜の植樹が行われ、鳥取県人会による「シャンシャン傘踊り」や沖縄県人会の「琉球國祭り太鼓」も披露されたことが報告された。園田昭憲副会長から、10月14~16日に開催された、第50回日系人大会について報告があった。与儀会長は「ブラジルが日本にとって大きな存在であることを実感した。県人会を利用して、日伯の細いパイプを太くしたい。日系人に対する目が、今までよりも少し熱くなってきた」と感想を述べた。表敬訪問したJICAや外務省、国際交流基金の中南米担当官との面談の様子も報告、経済や今後の日系人の雇用状況、文化交流などについて語られたという。県連や文協関係者と共に訪日した飯星ワルテル下議らは、日伯議員連盟4人らと面談、日伯間の社会保障や教育、職業教育などについて話し合ったようだ。その他、22日に長野県人会創立50周年記念式典の案内があった。また、千葉県人会の原島義弘会長から、同県人会の寮が満室になったことが報告された。続けて、原島会長は、「現在、各県人会館には計300人ほどの日系子弟が入居しているが、両親や祖父母が県人会に入会していない人が多い。県人会に入会してから入居すれば、問題が起きた時にも対応できる。これが県人会離れの一つの方法になれば」との提案もあった。
ニッケイ新聞 2009年11月11日付け 紀州人の誇り大事に――。1954年に創立された在伯和歌山県人会連合会(木原好規会長)による「創立55周年記念式典」が8日、宮城県人会館で開催され、約6百人が歴史を振り返るとともに、県人会の繁栄を祝った。母県からは仁坂吉伸知事を始め、冨安民浩県議会議長、松本貞次県議会日伯友好議員連盟副会長、樫畑直尚県国際交流協会理事長ら公式訪問団11人、民間訪問団16人が駆けつけた。大部一秋在聖日本国総領事夫妻、羽藤ジョージ聖市議、与儀昭雄ブラジル日本都道府県人会連合会会長らが出席した。 和歌山県人のブラジル移住は1916年に始まり、戦前・戦後を通じ、1600家族、6千人とされる。1953年7月、第一陣松原移民22家族112人が南マット・グロッソ州ドウラードスに入植。これを受け、県人移住の受け皿として54年4月に県人会が創立された。初代会長は故竹中儀助氏。木原現会長は6代目となる。現在の会員数は、約2百家族。99年の創立45周年を記念し、会館の改修が行われ、活動の場となっている。県費留学生・研修生として、約130人が父祖の地で学んでいる。(ブラジル県連No5)舞台であいさつに立った木原会長は、「母県の支援や会員らの協力で、55年をかけて県人会は発展してきた」と感謝を示し、「紀州人としての誇りを持ち互恵の精神を深め、和歌山県の伝統と文化を継承する人材の育成に努めます」と感動した面持ちで話した。仁坂知事は、式典前日に訪問した移民史料館に触れ、「各家族が苦労を乗り越え、業績をあげた歴史がある。同胞の活躍を県に伝えたい」と話し、「皆さんに恥ずかしくない故郷をつくろうと思います」と述べ、会場を沸かせた。冨安議長は「両国の友好関係は皆さんのおかげ。このルーツを大切にしたい」と強調。樫畑直尚和歌山県国際交流協会理事長は、「民間レベルでの交流を活発に」と呼びかけた。80歳以上の高齢者155人が表彰を受け、代表の岡田弘さんが仁坂知事から表彰状を受け取り、「今日は最高の日」と謝辞で溌剌とした声を響かせた。功労者表彰では下本八郎さん、福島義久さん、中口千鶴さん3人に感謝状が送られ、その功績が称えられた。記念祝賀会では、ケーキカットが行われた後、谷洋一県議会議員により乾杯の音頭が取られた。午後は、舞踊や和太鼓演奏やカラオケなどが披露され、琴聖会による大正琴演奏「故郷」では会場も一緒に歌った。最後にサンバショーが行われ、来場者全員が参加する盛り上がりをみせていた。 節目に響く、喜びの声=松原移民28人も サンパウロ州ボツカツ市から訪れた同県人会員の笠間悦子さん(72、日高郡日高町出身)は、「県人会は私が来伯した年にできた。日本から多くの人が訪れ、一緒に祝ってくれ嬉しい」と満面の笑顔。民間訪問団の団長を務める和歌山県中南米交流協会代表・迫間脩さんは、「これからは民間レベルでの交流が中心になるのでは」と期待を込める。民間の訪問団は今回初で、14人が初来伯だという。和歌山市から参加した阪本美枝子さん(62)は、60年代に移民した県人会員から当時の話を聞き、「想像もしていなかった話を聞けました」。有田郡湯浅町の山下智左枝さん(53)は「涙ながらに語ってもらいました。生の話から実際の苦労を実感しました」と感慨深げ。第1回松原移民として田辺市から53年に移住した梅田幸治さん(85、聖市在住)は、「現地に行ったら何でもあるから『幸福移民』と言われ、ルイス号に乗ったけど、着いたら何もなかった」と破顔一笑、「母県からも多くが来てくれ、松原時代の懐かしい顔にも会えました」と嬉しそうに会場を見渡していた。
ニッケイ新聞 2009年11月10日付け 森下モニカさん(31)が、先月から岩手県人会館(R. Tomas Gonzaga, 95 – Liberdade)で針治療を始めた。大学で生物医科学、大学院で針治療を学んだ森下さんは、針治療は高血圧、不眠症、糖尿病、脊髄異常、五十肩、腫れ物などに効果があると説明する。森下さんの祖父も針治療を行っていたそう。「私も日系の人たちに健康になってもらいたいと思い、始めました」と話し、「針治療は副作用がないので、薬よりも体に良いと信じています。ぜひ試してみて下さい」と案内した。時間は、火曜の午前10時から午後4時、木曜の午前10時から午後5時まで。1人30レアル。問い合わせは、森下さん(電話=11・2639・0572、9236・3956)まで。
一層の絆深める努力を 【宮崎発・吉永拓哉福岡支局長】宮崎県、宮崎市、宮崎ブラジル親善協会の共催による『ブラジル宮崎県人会創立六十周年記念行事』が十月二十五日、宮崎市の宮崎観光ホテルで行なわれた。この行事は、今年八月二十三日にサンパウロ市で開かれた同県人会創立六十周年記念式典に出席した母県の慶祝団の帰国報告を兼ねたもので、八十人以上の関係者が集まった。また、ブラジルから黒木慧同県人会会長夫妻、吉加江ネルソン同六十周年記念祭典実行委員長夫妻、高橋久子同県人会婦人部長の五氏が来賓として招かれた。 「ポ語で語り合える県人会に」 この日は、東国原英夫宮崎県知事が公務のため欠席し、高山幹男同県県民政策部長が挨拶。 「ブラジルでは宮崎県人の温かさと熱い志を感じた」と報告し、「六十周年を契機として県人会との絆を一層深めるよう努力したい」と述べた。 続いて会場では、宮崎放送が九月に放映したドキュメンタリー番組『ブラジルの大地で~宮崎県人会60年の絆~』の上映会が行なわれた。 同番組は慶祝団に同行した宮崎放送が、ブラジルで暮らす宮崎県人たちの暮らしぶりを紹介したもの。八月二十三日の記念式典の模様も報じられ、県民たちに「移住六十年の歴史」を広くPRしたドキュメンタリーとなった。 最後に壇上では宮崎ブラジル親善協会の徳永哲也理事と黒木会長、吉加江委員長両氏との対談が行なわれた。 徳永理事の「県人会の今後は?」との問いに、両氏は「日系子弟たちの県人会離れが問題。これを解決するためにはポルトガル語で語り合える県人会に方向転換していく必要がある。次期県人会長には、思い切って若い人にバトンタッチをすることも考えている」と答えた。 記念行事終了後には、訪日した黒木会長ら五氏の歓迎昼食会が盛大に催された。 はじめに南米を語る会の早川烈代表が、五氏に対して「ゆっくりと宮崎の空気を吸っていただき、故郷の風景を楽しんでほしい」と長旅の労をねぎらった。 黒木会長は挨拶で、「東国原知事のざっくばらんな姿がブラジル日系社会にとても好印象を与えた」と、六十周年記念式典の思い出を振り返るとともに改めて母県へ感謝の意を表した。 中村幸一同県議会議長の乾杯音頭に続き、和太鼓グループ『天響』による迫力のある演奏を楽しんだ。 宮崎在住の日系二世・野崎ローザさん(四六)は、黒木会長らを歓迎するため、『天響』を会場に招いた。 「サンパウロの六十周年式典に出席できなかったのはとても残念。だから今日の和太鼓演奏は、私たちからのプレゼントです」と話した。 慶祝団に同行して同六十周年記念式典を取材した宮崎日日新聞社の奈須貴芳報道部記者(三二)は、「ブラジルに行ったのは初めてだった。宮崎県人が逞しく活躍されている姿に感動した。もう少し取材期間が長ければ、もっとよかったのですが」。 一方で会場の人たちに囲まれていた高橋婦人部長は、「このような立派な会を開いてもらい恐縮しています。故郷の温かさを感じます」と嬉しそうだった。...
(財)未来の東北博覧会記念国際交流基金(高橋俊一理事長)はこのほど、宮城県人ブラジル移住百周年記念誌『ブラジル移住・宮城県人の百年 赤い大地を拓く』を発刊した。 約一年かけて資料収集、執筆、編集活動を経て発刊された記念誌は、巻頭のグラビアをはじめ、序章「移住前史Ⅰ・Ⅱ」、第一章「ブラジル移住百年の歴史」、第二章「宮城県人百年の歩み」、第三章「海外移住を推進した機関・団体」、第四章「仙台七夕のブラジル移住」、第五章「日系人の出稼ぎ問題」、第六章「ブラジル親善訪問団の足取り」、資料編と大きく八項目に分かれ、五百三十ページにも及ぶ。 特に、移住前史では、一八〇三年に日本人として初めてブラジルの土を踏んだ石巻の漂流船「若宮丸」の船員四人と、一九〇六年に日伯貿易の先駆けとして聖市内に設立された『藤崎商会』についても触れている。 また、第二章では、県人移住者の動静として、第一回笠戸丸移民に八人の県人がいたことをはじめ、アマゾン移民や各地在住県人の現地ルポも記載されている。 (財)宮城県国際交流協会理事長も兼任する高橋理事長は発刊に際して、昨年がブラジル日本人移民百周年の節目の年で、移住者の歴史と偉業を讃えるためにさまざまな記念行事や交流事業が実施されたことについて言及。各方面の協力を得て宮城県人の足跡がまとめられたことに対して感謝の意を示し、「この史料が次世代の百年の日伯交流の礎となりますことを祈念します」と綴っている。 中沢宏一宮城県人会長は、「今後の日伯関係は文化交流だけでなく、高度な技術と経済力を持つ日本と資源大国ブラジルとの相互協力の進展も期待されます」とし、「この記念誌によってブラジル移民を理解していただき、一層交流が盛んになることをお祈り申し上げます」との挨拶文を贈っている。 記念誌に関する問い合わせは、宮城県人会事務局(電話11・3209・3265)まで。 写真:『赤い大地を拓く』の表紙 2009年11月7日付
ブラジル宮城県人会(中沢宏一会長)で七日と二十一日の両日、恒例の『青葉祭り』が同会館(聖市リベルダーデ区ファグンデス街一五二番)で開催される。第一土曜日の七日には天ぷらうどん、第三土曜日の二十一日には郷土料理のはらこ飯、きな粉餅、ずんだ餅、秋刀魚定食、イカポッポ焼き、ソースイカ入り焼きそばなどが県人会婦人部により振舞われる。 当日は武道医術の森山雅和師範が小児ぜんそくの患者を対象に脊髄矯正治療と、指圧・灸による健康相談を無料で実施する。また高橋幸衛家紋研究者による日本家紋の展示即売、岡崎幸雄氏が作ったこけしの販売、農協婦人部連合会(ADESC)の手作り製品とカッポン・ボニート地方直送の有機野菜の販売が行なわれる。 さらに会場では、無農薬無化学肥料販売企画として、聖州南西有機野菜協会連合会が扱う「詰め合わせ有機野菜セット」が販売されるなど、盛り沢山の内容だ。 案内に来社した鈴木運蔵同会副会長、河野雅郎青葉祭り協会協力委員は「多くの人の来場を」と呼びかけている。入場は無料。開催時間は七日が午前七時から午後一時、二十一日が午前七時から午後五時まで。問い合わせは、同県人会(電話11・3209・3265)まで。 写真:案内に来社した鈴木副会長(右)、河野協力委員 2009年11月6日付
二年に一度、沖縄県名護市(島袋吉和市長)に派遣されている同市子弟研修生の二〇〇八年度生が半年間の研修を終えて帰国。十月二十二日、ブラジル名護市親睦会の末吉業幸会長と来社、研修報告を行なった。 例年は一人ずつ派遣される研修生だが、ブラジル日本移民百周年記念だった〇八年は、同市に特別予算が組み込まれ、城間聖羌(まりみ)カリーナさん(二六、三世)と比嘉ベニテス・タシアナさん(二四、四世)の二人が参加。 研修は、当初の三か月間、名桜大学で午前中週四回、日本語を学習。同大学では、英語やポルトガル語のスピーチコンテストを手伝ったりもした。また、午後や後半の三か月間は、個人研修とし、それぞれ三味線、空手、琉球舞踊の郷土芸能等を学んだ。 二月には、同市主催の『家庭料理フェア』にマンジョッカ芋のボーロを出品し、市民との交流の場にも積極的に参加。帰国前には、島袋市長をはじめ関係者ら二十人に、感謝の気持ちを込めて、野菜サラダとフェイジョアーダ、ブラジル風に味付けしたご飯を振る舞い、喜ばれたという。 〇八年九月から〇九年三月まで研修した城間さんは、サンパウロ市出身の薬剤師。週に一度、病院の養護施設で介護実習を行なった。 シーツやオムツの交換、食事の補助等を実施し、時にはわがままな入居者から叩かれることもあったという。「大変だったけど、毎日新しい体験ができた。お年寄りが方言で話しているのが面白かった」と、実習を振り返っていた。 帰国後の変化については、「日常の挨拶でブラジル人にも会釈してしまう」と話し、「日本人っぽくなりました」と、笑顔で語っていた。今後は、十二歳から習っている琉球舞踊を通して、先祖、沖縄の文化を広く伝えていきたいとしている。 大学院で経営学を学んでいる比嘉さんは、カンポグランデ市出身。〇八年十一月から〇九年四月の研修では、週に一度、幼稚園で保育助手を経験。 五歳の子どもたちと一緒に太鼓の練習をしたり、サッカー等の球技をして遊んだ。実習中、悪ふざけをしている子を注意すると、言うことを素直に聞いてくれるので、「日本の子どもは躾が行き届いていて、とても行儀が良い」印象を受けたという。 「四世ということで、今まで遠くに感じていた日本が、帰国後は身近な存在になった」と語り、「ウチナンチューの血が流れていると感じるようになった」そうで、「これからは、感謝の気持ちを忘れずに生きていきたい」と、話していた。 写真:比嘉さん、末吉会長、城間さん(左から) 2009年11月6日付
兵庫県人会(尾西貞夫会長)恒例の会員親睦ピクニックが十月十一日に実施され、今年は「世界救世協グァラピランガ聖地」に尾西会長、県人役員、留学生・研修生OBら会員五十五人が参加した。 この日は快晴で、参加者のほとんどは同地を初めて訪問。一行は手入れの行き届いた施設に目を見張り、青空に映えたグァラピランガ湖を望むなど都会の喧騒を忘れて一日を楽しんだ。 日本庭園内の池には大小の錦鯉が泳ぎ、整備された食堂では会員同士が再会を喜びながらの昼食となった。 その後のビンゴ大会では、参加者からの寄付で集まった賞品が好評だった。また、今年もカンピーナス在住で百一歳の後藤留吉氏から寄贈された柿酢と梅酒が参加者全員に配られ、後藤氏への感謝が示された。 全員で記念撮影の後、来年の再会を約束し、一行は午後五時過ぎに同地を後にした。
ニッケイ新聞 2009年11月7日付け ブラジル兵庫県人会(尾西貞夫会長)では、10月11日に恒例の会員親睦ピクニックを行い、10年がかりで建築されたという世界救世教グァラピランガ聖地で、尾西会長はじめ各役員、元留学生・研修生、会員ら55人が楽しい一日を過ごした。先日まで曇り空だったのがうそのような快晴に恵まれた。予想外のピクニック日和となり一行は大喜び。ほとんどの参加者が同地初訪問で、立派に手入れの行き届いた「真、善、美」の文化の楽園に目を見張った。美しいグァラピランガ湖を望み、都会の喧騒を忘れて、一日ゆっくり会員同士の再会を楽しみ、1年分の会話を楽しんだ。日本庭園の大きな池には素晴らしい大小の錦鯉が優雅に泳いでいる。整備された広い食堂で、郊外の美味しい空気の中、全員お互いの再会を喜びながら和やかに昼食が進んだ。その後、お金を賭けないビンゴに移り、参加者からの寄付で集まった多数の賞品で大賑わいとなり、大変好評だった。また今年も、カンピーナス市の101歳、後藤留吉氏からピクニック参加者全員へ、美味しい柿酢、梅酒が送られて、参加者は大喜びで、「後藤さん、誠に有難う御座いました。心から感謝申し上げます」と役員らはお礼をのべていた。最後に、全員で記念写真に収まり、新鮮な空気を胸一杯吸って元気を補給し、午後5時過ぎには、予定通りサンパウロ市、県人会館前に到着、「また来年も必ず再会しましょう」と約束し、無事に終了した。(兵庫県人会通信)
ニッケイ新聞 2009年11月7日付け 長野県人会(北澤重喜会長、会員650)は会創立50周年式典を22日午前10時から、北海道協会(Joaquim Tavora, 605, Vila Mariana)で開く。長野県人会は1933年に宮坂國人、矢崎節夫、野村忠三郎氏ら18人が集まった「信友会」が前身。その後、母県の要請や他県人会の発足に後押しされ、59年11月15日に創立総会が開かれている。全伯に16支部があり、会員数は約650人。母県から村井仁知事、望月雄内県議会議長、小坂樫男・伊那市長(市長会)、藤原忠彦・南佐久郡川上村村長(町村会)ら、11人の慶祝団も駆けつける記念式典(矢崎逸郎名誉実行委員長)では、県から197人の高齢者、6人1団体(功労賞)が表彰を受ける。なお、記念事業として、来年1月の発刊を目指し、寄稿による『自分史』(仮題)の準備を進めているという。慶祝団一行は19日に来伯、慰霊碑参拝、アチバイアの農場視察、21日午前10時から、同県人会サロン(Praca da Liberdade, 130, 9o. andar)で留学生・研修生OBらを交えた懇親会を行い、23日に離伯する。案内のため、来社した北澤会長、土屋エンゾ副会長、石井賢治、新井均両相談役が16日に来社、「長野県人、ゆかりのある方の来場をお待ちしています」と呼びかけ、「一世最後の仕事と思っている。今回を機会に次世代にバトンタッチできれば」と意気込みを見せていた。詳しくは長野県人会(11・3106・1268)まで。
ニッケイ新聞 2009年11月6日付け ブラジル岩手県人会(千田曠暁会長)は、「第3回わんこそば食べ放題」を15日午前11時から同県人会館(R. Tomas Gonzaga, 95, Liberdade)で開催する。餃子6個付きで、そばが食べ放題。同イベントは5月の大会に引き続き今年2度目。好評なことから食祭りに合わせて再度開催される運びとなった。わんこそば大会も開催され、制限時間が前回の2分から3分に変更となる。案内に訪れた千田会長は「時間が長いほうが盛り上がるのでは」と期待する。今回は優勝者への賞品のほか、参加賞も用意される。千田会長は、「日本のそばよりもそば粉の含有量が多く、噛んだ時のはぎれが良い」と説明し、「ぜひその食感を楽しんで下さい」と来場を呼びかけた。前売り券は13レアル、当日券は15レアル。10歳までの児童は前売り券10レアル、当日券12レアル。大会出場者も募集している。申込みは、同県人会(電話=11・3207・2383)まで。
ニッケイ新聞 2009年11月6日付け マナウス市で慰霊碑を参拝後、ふるさと巡りの一行は碑の近くにある「アマゾン自然科学博物館」(橋本捷治代表)を見学。日本移民80周年の1988年に礼宮文仁親王殿下(当時)ご出席のもと開館した、国内で数少ない民営自然科学博物館だ。貴重な蝶や昆虫の標本、魚の剥製のほか、巨大な水槽ではピラルクーが悠々と泳ぎ、訪れた人を引き付ける。偶然見学中だった井上信治衆議にベレン、マナウスの両式典の感想を問うと、「気持ちがこもった手作りの式典と感じた。出席した皆さんも、苦労した昔を思い出して来ているのが分かった」。5度目の来伯で初アマゾン。「思った以上に発展している」と語り、「我々も協力できたら」と話していた。帰路、園田昭憲副会長が憩の園に県連40年誌を寄贈。バスはその後、ネグロ河畔に向かい、ソリモンエス川との合流地点を訪ねる船に乗り込んだ。「黒い川」を意味するネグロ川と、ソリモンエス川との合流地点に到着すると、茶色と黒、2色の水が混ざらないまま続いている。森に覆われた対岸を見ながら、参加者の中野文雄さん(88、福岡)は、少年時代に開拓へ挑んだ自身の体験と重ね合わせ、「今思えばあの頃は夢があったから、道なき道を20キロも30キロも歩いて作物を売った。今の人はできないでしょうな」と一言。船は川を上って水上レストランへ。この辺りの水上家屋は流木を組み合わせた上に建てられており、増水時にはそのまま浮かぶ仕組みだ。帰路は船でホテルへ。途中で作りかけの橋を通り抜けた。ベラ・ビスタ移住地の人たちを悩ませ続けたネグロ川、マナウスから対岸のマナカプルーまでの約3キロを結ぶ橋だ。来年に完成の予定という。次第に陽が沈み始める。陸地を見るとマンションが転々と建つ。「20年前にはホテルまで全部森だったけどね」、ビデオカメラを手に畑勝喜さんは感慨深げ。やがて船はホテルへ到着、ボイ・ブンバのショーを見ながら最後の夜を過ごした。▽   ▽いよいよ最終日。午前中は、日系進出企業の工場を訪れることになった。フリーゾーン設置から42年。マナウスにはホンダやヤマハ、パナソニックなど大手をはじめ30以上の日系企業が進出している。今回は、園田副会長ら8人ほどで、バイクのキーセットを製造するホンダロック社と、バイクのチェーンを製造するDID社を訪れた。その一つ、ホンダロック・ブラジルは宮崎県に本社があるホンダ子会社の車・バイク部品メーカー。3年前にマナウスへ進出し、現在は同地のモトホンダ・アマゾニア社向けのバイク・キーセットを年間100万セット以上生産する。従業員は約300人。工場長の藤本明さんに説明を受けて見学。藤本さんに従業員の様子を聞くと、「いろいろと『痛い』と言って休む人もいるし、真面目な人は真面目。来る前に調査しましたが、来てみていろいろと分かります」と話す。同社では進出に当たって在日ブラジル人を採用。日本で研修後、帰伯したブラジル人が現在、工場運営の中心に携わる。進出に伴う現地側でのコミュニケーション問題も、この方法によって乗り越えているようだ。今後もブラジル人を日本で育成し、伯国の工場で雇用することを検討しているという。工場見学後、ホテルへ。やがて一行を乗せたバスは空港へと出発、同日夜、無事にサンパウロへと到着した。アマゾン3カ所、計9千キロを移動した今回のふるさと巡り。参加者たちは共に80周年の節目を祝い、共に先人の苦労へ思いをはせた。前夜開かれたマナウスの祝賀会で与儀団長は、「これからも全伯で交流を強めていきましょう」と呼びかけた。ふるさと巡りの200余人によって蒔かれた種も、いつか芽生え、育っていくのかもしれない。(おわり、松田正生記者) 写真=アマゾンに沈む夕日とふるさと巡り参加者たち この連載はこちらでご覧になれます。http://www.nikkeyshimbun.com.br/2009rensai-matsuda1.html
ニッケイ新聞 2009年11月6日付け ブラジル島根県人会(古田川英雄会長)は、「第5回慈善バザー」を8日午前10時から午後5時まで同県人会館(Rua das Rosas, 86 – Praca da Arvore)で催す。売上の一部は、老人ホームに寄付される予定。「家族でおこし下さい」と来場を呼びかけている。問い合わせは、同県人会(電話=11・5071・0082)まで。