「アマゾン日本人移民発祥の地」として、入植八十周年記念式典を九月十六日に行なうトメアスー。同地実行委員長で、トメアスー文化農業振興協会会長でもある海谷(かいや)英雄氏が、同式典をはじめとする記念行事の案内状配布を主な目的に今月二十日から来聖、四日間にわたってサンパウロに滞在した。海谷委員長は、文協、県連、百周年協会といった日系主要団体やスポンサー企業、日本政府関連機関などを訪問。「一世が現役で行なう最後の移民祭となる気持ちで臨む」と意気込みを見せ、式典への協力と出席を広く呼びかけた。 記念碑建立、記念誌刊行も 広く全伯から協賛募金求める 「トメアスー日本人移民八十周年記念祭実行委員会」は〇七年七月に発足し、十三の小委員会から構成。これまで毎月一回の割合で会議を開き、各種イベントの準備や実行を推進している。 すでに決定している行事は、九月十六日に同文化農業振興協会会館で開催される記念式典をはじめ、前日十五日のトメアスー西本願寺での先没開拓者慰霊法要のほか、農業物産展示会(十六日、十七日)、記念碑建立(協会敷地内)、芸能祭、移民史料館整備、会館改装、八十周年記念誌発刊、「移民の森」や「初期移民の家」整備などが進められている。 これまでに、一月の麻雀・相撲大会を皮切りに、ミス・ニッケイ・コンテスト(二月)、俳句(三月)、将棋大会(四月)を実施済み。今後、運動会・盆踊り(七月)、敬老会・囲碁(八月)、ゴルフ(九月)、野球・ソフトボール、空手(十月)、ゲートボール(十二月)を予定している。 二十二日午前に来社した海谷委員長は、九月の記念祭案内状とともに、九九年のアマゾン移民七十周年記念誌で先月四月にようやく完成したという「アマゾンの自然と調和して」を持参。記念誌編纂委員がそれぞれの仕事を持ち、諸事情で作業が思うように進まなかったことを説明した上で、「八十周年記念誌は専門家に入ってもらって、この十年分と日ポ両語で新たに編纂し、二〇一〇年の末には発刊したい」との抱負を述べた。 海谷委員長は今回の来聖で、到着した二十日に早速、文協、県連、レアル銀行、トヨタ、ホンダなどの企業を訪問。翌二十一日にJICAサンパウロ事務所、百周年協会、移民史料館などに足を運んだ。 約四十五万レアルが見積もられている記念行事の総予算の中で、現在地元を中心に協力券を発行して資金を募っているとし、今後も北伯地域やサンパウロの企業などにスポンサー協力を呼びかけていく考えだ。 海谷会長は「移民の八〇%は農業移民で、八十年の歴史の中でコショウをはじめ、クプアスー、アサイなど熱帯果樹の現物を物産として展示したいと思っている。各委員会には、二世、三世の若い人たちに実働部隊として積極的に入ってもらい、次世代に引き継いでもらうことを考えているが、八十周年は一世が主導となる最後の移民祭になるという気持ちで臨んでいる」と述べ、今年のアマゾン日本人移民八十周年記念祭典への意気込みを見せていた。
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アマゾン、トメアスーで九月にある入植八十周年式典。県連からは「ふるさと巡り」で約二百人が出席するが、全員が会場に入りきらないことから、川下りのツアーや自然保護区への訪問、作物の視察などを用意し、対応するとか。 来聖し、二十日に県連役員と調整を行なった海谷英雄・祭典実行委員長は、「現在取り組んでいる森林農業(アグロ・フォレストリー)などを見て行ってほしい」と呼びかけている。
ニッケイ新聞 2009年5月23日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、与儀昭雄会長)が主催する「第一回県人会対抗マレットゴルフ大会」が六月二十一日、イタペセリカ・ダ・セーラのグランデ・サンパウロ協会マレットゴルフ場で開催される。新留静・同協会相談役(元会長)と園田昭憲県連副会長が本紙を訪れ参加を呼びかけた。園田副会長は「百一年目の新たなスタートにあたり、県連で開催を決めました。一回目なのでぜひ参加してください」と熱く語った。募集要項は以下の通り。▼日時=六月二十一日、八時半集合受付、九時半プレー開始。▼競技人員=各県人会から最低五人。▼カテゴリー=個人は、カテゴリーA(ハンディキャップ0~8)、B(ハンディキャップ9~11)、C(ハンディキャップ12)に分けられ、他に県人会対抗の団体戦がある。▼各賞=入賞(団体は三位まで、個人は各カテゴリー五位まで)、ホールインワン(三カ所)、ロングドライブ(男性及び女性)、ニアピン(男性及び女性)。▼ハンディキャップ=マレットゴルフ連合会及び所属コースのローカルハンディキャップを適用。▼参加費用=十レアル、食事は別に十二レアル。参加希望者は出身県(二世以降は両親の出身県)と生年月日を添えて、各愛好会、県人会、県連で申し込む。問い合わせは電話=11・9771・1107(上村さん)、4147・1459(田畑さん)まで。
ニッケイ新聞 2009年5月23日付け アマゾン日本人移住発祥の地、パラー州トメアスー移住地で今年九月、移住八十周年記念祭典・関連事業が行なわれるにあたり、海谷英雄・記念祭実行委員長(65、山形)が来聖、領事館、JICA、県連など各方面と調整を行なった。式典が同月十六日に開かれるほか、胡椒のモニュメントや鳥居の建設、農産展の準備などが行なわれているという。海谷実行委員長に聞いた。 一九二九年九月、トメアスーに入植した四十二家族百八十九人が日本人アマゾン移住の嚆矢。密林開拓から、ピメンタ(胡椒)の一大生産地となったことから、「トメアスー」は、苦闘と成功の代名詞でもある。パラー州都ベレンから直線距離で南約百キロに位置するトメアスー郡の人口は現在、約六万人。そのうち日系人口は、約千五百人で八割が熱帯果樹の生産などに従事している。海谷委員長によれば、「一世は約三割で第一回移民は三人が元気に生活している」という。記念行事はすでに相撲大会(一月)、ミス日系(二月)、俳句大会(三月)などが実施されており、運動会、盆踊り、スポーツ大会など、各種記念行事が年間を通して予定されている。メインとなるのは九月。十五日には、慰霊追悼法要、翌十六日に、トメアスー文協で式典が行なわれる。島内憲日本国大使(名誉総裁)、アナ・J・V・カレッパ州知事(総裁)のほか、近隣移住地から五百人の出席を見込む。農業やスポーツなど各分野に分けた功労者表彰もあり、サンパウロからは、ブラジル都道府県人会連合会(県連)が主催する「第三十二回ふるさと巡り」の一行約二百人も駆けつけ、共に祝う。記念事業としては、八十周年記念誌編纂、文協会館の改装のほか、ベレンからの州道のトメアスーへの入り口に、幅八×高さ十五米のアーチを建設する計画が進められている。「ベレンからの船で入植者全てが踏んだ」桟橋を軍が修復中で、トメアスー文協も協力しているという。邦人社会の中心地となったクアトロ・ボッカスに記念碑の建立も勧められており、「ピメンタをモチーフにしたもの。九月の式典に落成式を行ないたい」と海谷委員長。同移住地設立に尽力した千葉三郎氏の銅像がある日本公園(造園は七九年)の改修と共に、鳥居建設の計画も。九月十五、六日にある物産展では、JICA協力による写真展も開催される。「歴史を感じてもらいながら、八十年のなかでトメアスーの特産物がどう推移してきたかが分かってもらえるのでは」なお、〇三年に創立された市立トメアスー日系学校(Escola Nikkei do Tome Acu、生徒数百三十人)では、日本政府による草の根無償資金による校舎建設が検討されているという。海谷委員長は、「マラリアや開拓の苦難の歴史を乗り越えた八十年だった。多方面から式典にご出席頂ける方には、アマゾン移民発祥の地を肌で感じてもらい、これを機会に交流を深めていきたい」と話している。
「十四歳の頃、日本語が大事だと理解した―」。丁寧な日本語で来場者らに語りかけたのは、岐阜県人会(山田彦次会長)二〇〇八年度県費留学生の渡辺量平リカルドさん(二六、三世)。十六日午後二時半から、同県人会会館サロンで講演会『日本での留学を終えて―今後の日系人と私たちの役割』が行なわれ、日本語は日本人の文化であるとともに、国際社会の中で日語が果たす役割、日語を覚えることの大切さを強調した。 留学で知る日系人の役割 県人会活動には積極的参加を 「日本語が分かりづらい方はいますか」。来場者に尋ねると、渡辺さんは、ポ語での講演を急遽、日語に変更し、留学時の体験を話し始めた。 渡辺さんは、岐阜県の朝日大学大学院法学研究科で、商法の今井潔教授に指示を仰ぎ、一年間日本の法律や慣習について学んだ。 学生生活の中で、「努力をする、先生や先輩に対して尊敬の念を持つ、時間を厳守する、物事に全力投球であるといった慣習が日本人には身についていることに驚き、感心した」と話し、欧州やアジア諸国からの留学生も多いことから、「生きた国際交流、諸外国の慣習を自然に学べることは素晴らしい環境だ」と振り返った。 また学外では、県庁の総合企画課で出稼ぎ問題を目の当たりにし、「子どもの教育が犠牲になっている現状を何とかしたい」と強く感じ、県の取り組みについて学んだ。 一方で、ブラジル人労働者の大半が、日本の慣習を知ろうとしない状況に、「ゴミの分別、夜遊び、近所迷惑、騒音などルールを守らない行動がブラジル人全体のイメージを悪くしている」と指摘した。 講演の後半は、「留学生は県人会、日伯協会、日系社会に協力する義務がある」と述べ、今後若い世代の自分たちがどうしなければならないのかということに熱弁を振るった。 日本の伝統文化や慣習を代々伝えていくためにも目上の人と対話をするべきと考え、「県人会の会議やイベントに積極的に参加することで、移民の歴史など、しっかり話を聞いて少しでも理解できれば、子や孫の代に伝えていける」と来場者らに力強く語っていた。 渡辺さんは、日系社会についても「日本文化の継承には日本語が欠かせない」と日語の持つ意義を示し、日語の家庭普及や会議の日語化など、具体的な提案も示した。その上で、「まずは日語に興味を持ってもらうことが大切」と自らが祖母との生活の中で必死に覚えた体験談を披露した。 最後に「留学生がリーダーシップを発揮して、一人一人が社会の一員として行動していけば、日系社会もまとまっていく」と締めくくった。 会場には、終始真剣な眼差しで語られる青年の熱い思いに、拍手の音が響きわたった。 講演後、山田会長は、「日本語は何故必要なのか、何故学ぶのか」と来場者らに問い掛け、会場は即席討論会の場へと姿を変えた。 家で父母と日本語を学んだという女性は、「祖父母とは日語でしか話せない。日語が理解できたから働く際にも役に立った」と、語学としての利点を述べた。 出稼ぎから帰国した女性は、「日本に行ったら、法律や文化を理解するために必要だった。生活する上で、学ばなければならなかった」と日本における日語の必要性を示した。 また、日本から来た留学生は、「ブラジルの中で日本人社会が長い間守られてきたことを考えた。ポ語を勉強して、将来両国の架け橋になれれば」と意気込んだ。 山田会長は、「日本語がなくなれば、移民の歴史を語り継ぐことができなくなる」と日系社会への危機感を表し、「日系人としての社会への役割を消さないためにも日語の存在理由についてもっと議論すべきだ」と訴えた。
聖市リベルダーデ区の宮城県人会(中沢宏一会長)で毎月開かれている青葉祭りの一環として、ADESC(農協婦人部連合会、内海千代美会長)による初めての児童絵画教室が、十六日午前と午後の二回にわたって同県人会館で開かれ、サンパウロ近郊から集まった六歳から十七歳までの幼少年らが一同に集まった。 午前の部は午前九時から始まり、サンパウロ市内をはじめ、遠方はピラール・ド・スールなどから十二の日本語学校生徒ら約百人が参加した。 開会式では、はじめに中沢会長が主催者の挨拶を行ない、ADESCが毎年「家の光」児童画展に協力していることに触れ、七月十二日の「七夕祭り絵画教室」への参加も呼びかけた。 ADESCの内海会長は「自分の思う気持ちを存分に絵に出してもらい、一人でも多くのお友達をつくってください」と激励。参加した子供たちは年齢別に席に座り、指導者の五木田綾子氏が少しずつ描いていく見本の絵を見ながら真剣な表情で取り組み、絵画教室の一日を楽しんだ。 イタペセリカ日本語学校に通っているペレイラ・ミチエさん(一一)は、「絵画は学校でも時々やっています。今日はとても面白い」と笑顔を見せる。 絵画教室に参加するために生徒たちとともに早朝五時半に地元を出てきたというピラール・ド・スール日本語学校教師の岡田エリーナさん。「今日は他にも行事があって、本当はもっとたくさんここに来たいという生徒もいました」と話しながらも、午前中の部の出席者の中で一校からの参加生徒数が二十四人と最も多く、同絵画教室への関心の高さをうかがわせた。 内海会長は初めての児童絵画教室開催について「これまでの『家の光』へのお礼も兼ねて、去年からやりたいと思っていました。宮城県人会さんの協力で実現できたことに感謝したいです」と述べ、今後も様々な活動を行なっていく考えを示していた。
ニッケイ新聞 2009年5月22日付け ブラジル茨城県人会(小林操会長)は、三十一日午前十時から同会館(ブエノ・デ・アンドラーデ街756)で恒例の敬老会を催す。毎年約百二十人が来場するという同会の敬老会。今年もビンゴなど楽しい催しが実施されるほか、七十五歳以上の敬老者にはプレゼントが用意される予定。同会事務局長の山口昭康さんが案内のため本紙を訪れ、「家族と共に多くの敬老者に集まって欲しい」と参加を呼びかけた。問い合わせは、同県人会(電話=11・3209・8515)まで。
ニッケイ新聞 2009年5月21日付け ブラジル島根県人会(古田川英雄会長)は二十四日午前十一時半から同会館(Rua das Rosas,86、地下鉄プラッサ・ダ・アルボレ駅)でやきそば会を開く。やきそばは一皿十二レアル(前売りは十一レ)。そのほか巻寿司、稲荷寿司、お菓子などを販売する。会場ではビンゴも行われる。問い合わせは同会(11・5071・0082)まで。
ニッケイ新聞 2009年5月20日付け 広島文化センター(大西博巳会長)、リベルダーデ文化援護協会(池崎博文会長)、ブラジル日系協会(京野吉男会長)が共催する日系著名人講演会第一回が十五日晩、同センター会館で行われた。世界最大手の砂糖エタノール生産会社コザンの水谷イサム・ペドロ副社長は「エネルギー業界に躍進するブラジルとコザン」をテーマにポ語で講演し、「コザンだけで国内の全フレックス車の二カ月間に使用するエタノールを補給できます」などと景気の良い数字を並べ、集まった約百人は感心しながら聞き入った。 「ブラジル農業の最大の問題は、世界がその潜在能力に気付いていないことだ」。世界有数の企業の副社長らしく、視点の高さ、発想の大きさは世界を相手に商売をしているエリートの雰囲気に溢れている。エタノール生産世界一は米国で、全生産量の半分を占める。二位がブラジルで三七%、三位はEUの五%となる。他国では、変換効率が悪く、食品価格に影響を与えるトウモロコシやビーツ(赤甜菜)であるのに対し、伯国はサトウキビである点を説明し、同社だけで六十万ヘクタールを植え付けているという。「弊社の荒挽きサトウキビの生産量は四千四百二十万トンで、国に例えれば伯、印、中、タイ、パキスタン、墨に次いで世界七位です」。同社の砂糖生産量は三百三十万トンで、州に例えれば、聖州に次いで二位にもなる。バガス(絞りカス)を燃やして自家発電できる発電量は千二百五十メガワットで、九十万人の都市(サントス市二つ分)に電力を供給できる。二世である水谷副社長の父マモルさんは愛知県出身、母テルコさんは広島県出身だ。「〃約束の地〃に住む日系人として、自分の仕事に誇りを持っている」。USP工科を卒業後、一九九〇年から財務担当理事、〇一年から財務や輸出戦略担当の専務理事、〇六年から運営審議会のメンバー兼副社長となった。ちなみに、聖州内の農場経営者には伝統的にイタリア系が多く、「コザン社もやはり社長がイタリア系だ」という。そんな中で唯一の日系人として、気を吐く存在だ。「経済の発展が自然破壊を伴うものであってはいけない。ブラジルはまだ余地が大きい。日系人が日本を説得し、ブラジル農業の可能性に気付かせて欲しい」と一時間余りの講演を締め括った。来場者の一人、汎アメリカン・ブラジル日系人協会の矢野敬祟会長は「コザンがこんなに大きくなっていたとは知らなかった。その副社長を日系人がやっているのはすごいこと。こっちも頑張んなきゃという思いです」と感激した面持ちで感想をのべた。コーディネータの平崎靖之さんは、「斉藤準一空軍総司令官など著名な日系人に講演してもらえるようにお願いしているところ。ぜひ聞きに来てほしい」と次回への参加を呼びかけた。
ニッケイ新聞 2009年5月21日付け 在伯群馬県人文化協会の第三回「やきそば祭り」が、十七日午前十一時から同県人会で行われ、やきそば三百二十杯のほか郷土料理のうどん「お切り込み」も五十杯を完売する賑わいを見せた。群馬県人会のやきそば祭りは、県費留学生OBらが中心になって始めたもの。群馬の象徴となる料理を盛り込もうという意図から、今回初めて郷土料理の「お切り込み」も用意された。「お切り込み」は、野菜をふんだんに使った煮込みうどん。群馬では「三度の食にお切り込み」と言われるほど馴染みのある家庭料理だという。同県人会の主婦八人が前日ボランティアで夕方までかけて作ったダシに、会員の寄付で集まった新鮮な野菜を使った。会場を訪れた三十代の女性は、「うどんのダシと、とろみが最高」と満足の表情。中には、うどんとやきそばの両方を食べて帰った人もいたそうだ。同県人会で行なわれている日本語クラスからも十人の子供たちが手伝いに駆けつけ、クラスで学んだ日本語で客をもてなし、料理を運ぶ姿が見られた。当日新たに三人の子が、クラスに参加したいと申し出てきたという。前日から準備に携わった同県人会管理人の大矢みどりさんは、「おいしいという声が聞けて嬉しい。友人も来てくれて、楽しかった」と感想を語った。同県人会の萩原建暁事務局長は、「今回のようなイベントは県人会同士の交流の場でもある。互いのイベントに参加することで県人会を共に盛り上げていけたら」と話していた。今年好評だったことから、同会では来年以降も郷土料理を紹介していく考えだ。
ここ数年、活動をしていなかった四国ブロック(香川、徳島、愛媛、高知の各県人会)が復活する動きを見せている。十二日午後七時から香川県人会館で四県代表の十五人が集まって会議を行ない、今年十一月予定の運動会開催を目処に具体的な催しを行なっていく考えだ。 今年の担当県である香川県人会の菅原パウロ農夫男会長によると、以前の四国ブロックの活動は、カラオケ大会やゲートボールなどを行なっていたが、特にゲートボールは人の集まりが悪く、三年ほど前にブロックとしての活動が停止したという。 その間、「何回か復活しようとの話もあったが、実現できなかった」(菅原会長)とし、今回の会議で四国四県がまとまることを目的に、再びブロック化の必要性が強調された。 十二日の会議では、「十一月頃に運動会をやろうか」などの意見は出たというが、具体的な活動案はほとんど出されず、六月三十日に開かれる次回の会議で各県人会が具体案を煮詰める予定。 菅原会長は「(ブロック化を)辞めた時も香川県人会が担当だったが、再び始まる時も我々が担当県となった。四県のまとまりを強くするためにも、次の会議でいろんな意見を出していきたい」と話している。
瀬古 義信氏 瀬古義信(せこ・よしのぶ)氏が十三日、膵臓病のため死去した。九十六歳。岐阜県海津郡出身、一九二六年十二月、らぷらた丸で渡伯、モジアナ線セラナ駅トランズバール耕地入植、二九年、ノーバフローラ耕地、三O年、バカラ耕地、三四年、アンジェラで独立農、市一年、ロンドリーナ市郊外に転居、農園を経営。若いときから川柳を嗜み、指導者として、ブラジル川柳社代表、全日本川柳者幹事を務め、川柳の普及、後進の育成に尽力した。岐阜県人会顧問。『いい友が居て貧乏が苦にならず』。(クリチーバ・間嶋正典氏通信)
栃木県人会(坂本アウグスト会長)は、第十九回ヤキソバ祭りを二十四日午前十一時半から、同県人会館(聖市ビラ・マリアナ区カピトン・カバルカンチ街五六番)で開催する。ヤキソバ十レアル。このほか、宇都宮名産の餃子をはじめ、栃木特産の干瓢を使った巻スシや、白餅、お汁粉などが廉価で味わえる。 十八日、案内に来社した坂本会長、永田美知子副会長、真藤浩子婦人部長は「鶏がらと豚の足から摂った特別なスープから作った自慢のヤキソバを家族揃って味わいに来て下さい」と来場を呼びかけている。
ニッケイ新聞 2009年5月20日付け 神戸市内で十五日、日本国内で初めて新型インフルエンザに感染した高校生が見つかって以来、感染者の拡大とともに神戸市・兵庫県では対策に追われている。その影響で、六月三日に予定されている旧神戸移住センターの改修落成セレモニーについても開催が危ぶまれる状況になってきた。 神戸市では矢田立郎市長を長とした対策本部を設置。感染拡大を防ぐため十六日から二十二日まで市内幼稚園や学校、保育所などを休校、休所する措置を取っている。 同市では十六、十七日に予定されていた「神戸まつり」を中止したほか、同市・兵庫県が主催するイベントについても中止または延期。当面は二十二日までの措置だが、今後の感染拡大がどうなるか予測できない状況の中、移住センターの改修落成式も実施できなくなる可能性が出ているようだ。 同式典にはブラジルからも関係者が出席を予定している。神戸市にある日伯協会は十九日、在伯日系団体に「今後のインフルエンザ感染の拡大状況により、式典が実施できなくなる可能性が否定できなくなってきております」とした内容のメールを送付。あわせて神戸市の置かれている状況への理解を求めている。 ただし、仮に式典が中止となっても、神戸を訪れた関係者には市国際交流課が対応し、センターの案内、自治体関係者との面会などを取り計らう考えだという。 ブラジル日本文化福祉協会からは、先月から訪日中の栗原猛会長補佐が出席する予定。県連からは園田昭憲副会長が訪日、出席する予定になっている。 県連では十九日に日伯協会からのメールを確認。事務局によれば、今週水曜日の役員会で話し合うとしながらも、現時点ではセレモニーが中止になった場合でも同地を訪れる考えだという。
ニッケイ新聞 2009年5月19日付け 在伯和歌山県人会連合会(木原好規会長)は今年十月十八日に創立五十五周年式典を挙行するにあたり、母県からの高齢者表彰該当者に連絡を呼びかけている。該当者は今年十二月末時点で満八十歳以上の県人。氏名、生年月日、出身地を明記の上、県人会事務局(電話=11・3209・6771)まで申し込む。締め切りは七月三十一日。問い合わせは事務局まで。
ニッケイ新聞 2009年5月19日付け 栃木県人会(坂本アウグスト会長)は二十四日午前十一時半から午後三時まで、ビラ・マリアーナ区の同会館(カピトン・カバルカンチ街56)で「第十九回やきそば祭り」を開催する。坂本会長、永田美知子副会長、真藤浩子婦人部長ら三人が本紙を訪れ来場を呼びかけた。坂本会長は「栃木のやきそばはダシが違います」とアピールする。豚や鶏を油抜きしてから八時間程煮込んで作るため、油分が少ないという。当日は、母県から取り寄せた干ぴょうを使った太巻き寿司やお餅、お汁粉、餃子なども販売するほか、折り紙、切り花、墨絵の展示も行なう。やきそばは一皿十レアル。前売り券も販売している。問い合わせは同会(電話=11・5584・6572)まで。
ニッケイ新聞 2009年5月16日付け ブラジル北海道協会(木下利雄会長)は今年八月三十日に道人移住九十周年、協会創立七十周年および会館竣工十周年の記念式典を開く。同会では現在、式典で母県から贈られる高齢者表彰の該当者に連絡を呼びかけている。該当者は、(1)これまでに表彰をされていない八十歳以上の北海道出身者、(2)今年中に八十歳になる北海道出身者。姓名(ふりがな付き)、生年月日、出身地、現住所、電話番号、渡伯年月日を明記の上、同会事務局(11・5539・0751)まで申し込む。締め切りは六月三十日。問い合わせは事務局まで。
笹田 教利氏 笹田教利(ささだ・のりとし)氏は十三日未明、病気のため死去。八十一歳。鹿児島県出身。 鹿児島県人会ポルト・アレグレ支部長を長年務め、同地方の県人の親睦と結束を図ってきた。 ************************************************** 訃報=笹田教利氏 鹿児島県人会ポルト・アレグレ支部前支部長の笹田教利(ささだ・のりとし)さんが、十三日午前零時ごろ、ガンのため入院先のポルト・アレグレ市の総合病院で亡くなった。享年八十一歳。鹿児島県出身。鹿児島高等農林学校卒業後、先に移住していた知人に誘われ、一九五五年に友人ら五人とポルト・アレグレに借地農として入植。海外移住事業団(現国際協力機構)支部で農業指導や融資、集団植民地造成などの分野に携わり、その後はリオ・グランデ・ド・スルのワイン工場で世話役をしていた。鹿児島県人会支部の支部長として長年支部の結束に尽力してきた。十三日に市内メトロポリタン・デ・サンジョゼにて葬儀が営まれ、荼毘に付された。
高知県人会(高橋一水会長)は、十七日午前九時から、同県人会会館(聖市ピニェイロス区ミラニャス街一九六番)で「二世、三世の集い」と「郷土料理講習会」を行なう。ともに初めての試み。 婦人部による郷土料理講習会では、中西部の名物料理「蒸し」(鯛の腹におからや海老を詰めたもの)を伝授する。会員以外の一般参加も歓迎。「誰でもご気軽に」と呼びかけている。 「二世、三世の集い」は、県人会から足が遠のきがちな若手会員を対象に企画されたもの。顔合わせを兼ねた親睦会を開き、意見交換の場とする。料理講習会と同時進行するため、「選んで参加してもらえれば」と多数の参加を呼びかけている。 終了後、昼食懇親会を行なう。参加費は一人十レアル(非会員は十五レアル)。詳細・申し込みは事務局(電話11・3031・6799)まで。
サンパウロで大正琴の練習に励む「琴聖会」(山崎節子代表、会員四十二人)の山崎代表ら十一人がこのほど訪日し、八年間指導を受けてきた和歌山琴美会の畑美琴峰会長のお膝元である和歌山県紀の川市で念願の初ジョイントコンサートを実現させた。帰聖した山崎代表は「夢を見ているようでした。とても良かった。成功しました。」と喜びの報告を行った。 生涯学習励む同士の絆は太く 山崎代表の帰国報告 琴聖会が発足したのは二〇〇一年に遡る。同年八月畑会長が初来伯し、サンパウロで演奏会とワークショップを行った。この時、畑会長は大正琴十台をブラジル日本文化福祉協会に寄贈したことがきっかけとなり、サンパウロ新聞社の協力で琴聖会が結成され、約四十人の婦人たちが独自に練習を始めた。 その後も交流が続き、畑会長を中心に和歌山琴美会のメンバーが六回来伯し、琴聖会の指導や演奏会を行ってきた。畑会長はこのほかにも個人で五回来伯し、琴聖会を直接指導したり、レッスンビデオを手作りして送るなど支援を重ねてきた。 琴聖会のメンバーは、文協芸能祭やフェスティバル・ド・ジャポンに出演しているのをはじめ各種の催しに招かれて演奏を行ってきた。当初から「いつかは日本で演奏会を」と畑会長の勧めもあり、訪日に向けて準備を進めていたもので、今回はじめて日本での演奏会が実現した。 山崎代表は「会場はいっぱいになり、感激しました。舞台とお客さんがひとつになり、忘れられない演奏会でした」とふり返った。 一方、受け入れてくれた畑会長は、「ようやく実現するのね。日本とブラジルは遠く離れていますが、同じ生涯学習に励んでいるメンバー。大正琴の音色を通じて、思いを一つにしたい」と一行の到着を心待ちにしていた。 一行は、四月十三日に訪日し、十七日には和歌山県庁を表敬訪問、下宏副知事と懇談した。琴美会と琴聖会のこれまでの交流を聞いた下副知事は「素晴らしい交流を続けていますね。長旅でお疲れでしょうが、頑張ってください」と一行を労った。その後、二日間、畑会長の指導で練習に励み、十八日に紀の川市内の粉河ふるさとセンターで「日本とブラジルをつなぐ大正琴国際交流コンサート」に出場した。 演奏したのは「くちなしの花」「大きな古時計」「ふるさと」「千曲川」「みかん」「あざみの唄」六曲。 畑会長は、「日系人のメンバーは高齢の方が多く、旅費の問題もあるので、今まで心の片隅にしまっていました。交流は八年ですが、もっと古くからの友人のような方ばかりで、今回の交流は素晴らしい記念になりました」と喜んでいる。 琴聖会では、六月の文協芸能祭出場に向けて練習を重ねており、山崎代表は「日本での演奏会は、我々にとって大きな刺激になりました。訪日したメンバーだけでなく、琴聖会にとっても今後の活動の励みになります」と笑顔で練習に励んでいる。
